ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ねこると創作クラブコミュの第四回ねこると短編小説大賞応募作品No.7『いつまでもあなたと一緒にいましょう』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 シャッター通り。
 読んで字のごとく、商店街の商店や事務所が閉店したり閉鎖し、シャッターを下ろした状態が目立つ言葉である。
 とあるこの商店街も、近所に最近流行りの大型ショッピングモールが出来、その影響を直接受け、あちらこちらシャッターが降り、空いてる店はもはや数件か……というほど寂れた商店街。
 その中ではひときわ人に溢れた……というわけではないが、固定客が付きない店が一箇所だけあった。

 ――鳴滝古書店。

 埃っぽく薄暗く物に溢れた古書店独特の香りに包まれた店内。白熱電球の一箇所は今にも切れそうなのか、不定期に点滅している。
 本棚に置かれた古書たちの一部は、入りきらないのか平台に無造作に積み上げられている。――言うまでもないがもちろんこれも売り物。
 いつの時代の、どこの国の本かも分からないものまである、というのが、お偉い大学の教授やマニアが絶えず足を運ぶ理由である。
 ここまでくれば、お約束通り店主は頑固者の親父……と、物事はそう簡単にはお約束通りには進まないらしい。
「ありがとうございましたー」
 鳴滝古書店の中から聞こえたのは若い男性の声。
 誰がどう考えても――頑固であるかは覗いて――親父と呼ばれる年齢ではないだろう青年の声。
 立て付けの悪い引き戸を開け出てきたのは、やはり二十代後半になるだろう青年。
「あつっ……」
 もう夕方過ぎだというのにさんさんと降り注ぐ太陽光に顔をしかめ、眩しかったのか、右手で額に手を添えた。
 青年は左右をきょろきょろ見渡し、客がいないことを確かめると引き戸を閉め、今や懐かしいネジ締まり錠で鍵をかけ、とりあえずの目隠しとして、ブラインドを閉める。
 ツッカケで店内の奥に戻り、一段高くなっている石段を登り、鳴滝家の居間となっている畳敷きに腰掛ける。
「爺ちゃん、もう閉めたから……って、またオンラインゲームしてるし!!」
 青年の声に、爺ちゃん……と呼ばれた老齢の男性がデスクトップパソコンの画面から振り向く。
 その瞬間。パソコンのスピーカーからアラート音が響く。
「あぁぁ!! ちくしょうっ! お前があんな所で声かけるから、振り向いちまったじゃねぇかっ! お前は老後の楽しみを邪魔するのかっ」
 老齢の男性は捲したてるように青年に食いかかる。
 しかしその一方で、いつも見慣れた光景なのか気にする様子もなく、畳に上がると着用していたエプロンを外し、ハンガーに掛ける。
「今日は婆ちゃんの命日だろ? 墓参りに行くって張り切ってたのじいちゃんじゃん」
 青年の言葉に、しまった……の表情を浮かべたら老齢の男性。
 罰が悪そうな表情を見せながら、黙ってそのオンラインゲームからログアウトするとパソコンを切る。
 膝を右手で抑えながら、立ち上がろうとした瞬間。何かを思い出したかのような表情を浮かべる。
「そうだ。梅子さんは行くのか?」
 その言葉に青年は手にしたスマートフォンの指の動きを止める。
 しばし空を見つめた後、
「本人に聞いたほうが早いんじゃない?」
 その意見に納得なのか、老齢の男性は小さく頷くと、
「梅子さんやーい。梅子さんは墓参りに行くのかい?」
 と、誰も居ない方向に声を張り上げる。
 それと同時に、誰もいない場所にすっと現れる、黒髪をひとくくりに結わえた年頃の女性。
 目を細めて、ニッコリという擬音が一番似合う笑顔で一言。
「墓地は幽霊にとっては姿が一番はっきりしやすい場所です。わざわざ行って皆さんを恐がらせる必要はないでしょう。でも……」
 わざとらしく言葉を切る。
 珍しいことなのか、青年と老齢の男性は顔を一瞬見合わせる。
「最後なので行ってもいいかもしれません」


 この辺で詳しく説明しておこう。
 最初から青年と呼ばれていたのは、鳴滝古書店の現店主、鳴滝翔。まだまだ年頃の青年だ。爺ちゃんと呼ぶ祖父から毎日毎日書店についてのノウハウを晩酌とともに聞かされ続けている。
 幼いうちに両親は離婚し、お互いによその勤務だといって、翔に構うことなく母方の祖父母に預けられた。
 両親と会うこともなくなり、今や肉親と呼べるのは現存している祖父だけである。
 そして爺ちゃんと呼ばれたのは、鳴滝正三。元・鳴滝古書店の店主である。
 妻が亡くなり、今は翔にその座を譲りネット上の若者と一緒にオンラインゲームにしけこむ日々が続いているが、真昼間は翔にその座を譲ったと言いながら、常連客と昔話を初めたりと、引退した様子は見せようとはしない。
 そして最後に。
 幽霊にとっては……と問題発言をした梅子さんと呼ばれた彼女について説明しておこう。
 彼女が発したとおり、梅子は幽霊と呼ばれる類の生き物で、足もきちんとあり、翔や正三ももちろん彼女がこの世のものではないということは理解している。
 翔が生まれたちょうどその日、当時正三が店主を務めていた鳴滝古書店にいきなり現れたのだ。
 長い黒髪を結わえ、今の時代に合う……と言うよりも、好きな様に着替えられるのでその都度服装が変わるが、長いワンピースを常に着用している。
 翔には何も分からず、梅子がいるのが当たり前のように育ち、正三はたまになにか知っているような様子を見せつつも、結局は何も分からず二十数年幽霊とともにこの鳴滝古書店は営業を続けてきた。



 茜色の空の下。街中より少々外れた時折カラスが鳴く以外は静かな霊園内。
 そこにあるのは二つの影と、一人の幽霊。……もしくは別の幽霊がいるのかもしれないが。
「婆ちゃん。今もちゃんと店を続けているよ。……売上は相変わらずボチボチだけどね」
 翔は苦笑を浮かべながらそう呟くと、墓石に水をかけた後に線香を上げ手を合わせた。翔の後ろには煙草の箱を持った正三。それを、墓の上に置く。
「人には体に悪いから酒やめろとか言っておきながら、婆さんはまだ向こうで吸ってるのか? 最近物騒だからライターはなしだ。そっちで用意してくれ」
 そう言いながら、正三は鼻の下を手で拭った。どことなく照れくさそうな表情。
 その横には、じっと墓石を見つめる梅子。もちろん、二人以外の他の人――霊感のいい人以外――には見えてはいない。
 浮かべた表情はなんとも言えない寂しそうな表情をしており、翔や正三が墓参りが終わったことにも気が付かず、じっとその場に立ち尽くしている。
「梅子さん?」
 翔の言葉にようやくハッと気がつく。
「ごめんなさい。帰りましょう」
 微笑を浮かべ、右手で髪を耳にかける。しかし、正三は梅子の微妙な表情を見逃さなかった。



「爺ちゃん、最近梅子さん変じゃない?」
 墓参りより数日経ったとある日。
 家にいては梅子に話を聞かれる――翔は梅子がそういう幽霊ではないとは分かってはいるが――可能性を排除するために、わざと正三を行きつけの喫茶店に連れ出した。
 シンプルモダンな雰囲気の店内に、ガラステーブルの上に置かれたアイスコーヒーが二つに正三の前には旬のさくらんぼが乗ったフルーツパフェ。
「なんだお前も気がついていたのか」
 そう一言こぼすと、目の前のスプーンを手に取り一口頬張った。その表情は至高のものを食べてるとしか言えない笑み。
 それを呆れた表情で見つめ、
「晩飯食えなくて梅子さんに怒られても知らねぇぞ」
 そう一言呟くと、ミルクもガムシロップも入っていないアイスコーヒーの氷をストローで弄んだ。
 自分では何かを考えている、だけどこれ以上考えたくない。その思いが翔の手持ち無沙汰具合を表してる。
 一通りいじり倒した後、ストローを口に含み一口喉を潤した。
「にが……」
 飲みなれたブラックコーヒーも、考え事をしている翔の思考回路を邪魔する。
 小さくため息をつくと、手元においてあるガムシロップとミルクを入れ、ストローでクルッと二回し。
「ところで、お前も気がついていたのかって、爺ちゃんなにか知ってるのか?」
「別に梅子さんの気持ちなんて分かりゃしねぇよ。年寄りの勘だよ」
 そう言いながら、正三は目の前のパフェのコンフレークに手を付ける。
 とても老齢の男性の食べっぷりではない。喋る間も惜しいのかどんどん口に運び、みるみるうちに減っていく。翔はそれに目をそらす。
「……梅子さん、俺の誕生日覚えてくれてるかな……」
 ボソリと漏らす。
 その言葉に正三はチラリと翔の方に目をやる。
「そうかもうすぐお前誕生日だったな。いくつになるんだ?」
 ぶっきらぼうに言葉を投げかけ、最後にさくらんぼを口に含む。
 からんっ、と氷の音が響く。
「二十五だよ。孫の年齢忘れるなって」
 呆れ声の翔だったが、正三はその言葉に、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった。
 驚き、目をぱちくりとさせ、一瞬言葉を失う。
「二十五……だとぉ!? 通りでおかしいと思ったんでぃ」
 そういうのが速いか、勢いよく店のドアを開けて飛び出していく。口にはまださくらんぼの枝を口にしながら。
「爺ちゃん!?」
 正三の行動に驚いた翔は、一瞬体を動かすことを忘れたが、テーブルの上に置かれたコーヒーを一気飲みし、『お釣りはいいです』とお札をテーブルの上に置き会釈すると、彼も急いで飛び出した。
「またどうぞ」



 勢いよく自宅用のドアを開け、帰るなり大声を張り上げる。
「梅子さん、梅子さんはいるかっ!!」
「はい。おります」
 正三の言葉に、すっと目の前に現れる。
 シアン色のマキシワンピース。上には薄手の白いカーディガン。そして変わらない、優しい微笑み。
 その変わらない様子に、正三は呆気にとられ、頭をボリボリとかく。
「話があるんだ。翔が帰ってきたら居間に来るように行っとくれ。梅子さんもだ」
 草履を脱ぎ捨て、居間に入っていく。と、同時に翔が扉に手をかける。明らかに息が切れてる。
 肩で大きく何度か深呼吸した後、
「じぃちゃん……早すぎっ! なんなんだよ、いきなり!」
「お帰りなさい、翔さん」
 翔にも変わらず優しい微笑みを投げかける。
「あ、ただいま、梅子さん」
 いつもの条件反射だ。
 約二十五年当たり前のようにこうやって過ごしてきた。周囲から見ればおかしな光景なのだろうが、鳴滝家にとっては普通のこと。
「そういえば、正三さんが居間に来るようにおっしゃっておられました」


「なんだよ爺ちゃん。話って」
 暖簾をくぐり、居間に入る。
 正三といえば、いつの間にか急須にお茶を入れ、ちゃぶ台の上に二つ湯のみを置いて入れていた。
「まぁ、座れや」
 正三は言葉短く翔に伝える。
 いつもの祖父との違いに戸惑いながらもいつもの場所にあぐらをかいて座る。その近くには正座した梅子。
 ごほん、と小さく咳払いすると、正三はチラリと梅子の方を見る。
「梅子さん、もう時期が来たんだな。こいつに話すぞ」
 確認をとった、といえば聞こえがいい。が、実際のところは有無を言わせないと言った表情を梅子に向けていた。
 正三が何を言うのか理解していた梅子は、小さくこくりと頷く。
 二人しか理解できない会話に、翔は若干イライラしていた。
 言うならば勿体つけて言わずに、はっきりと言えばいいのに……とまで思っていた。
 そんな翔を汲み取ったのか、正三は目の前の熱いお茶を一気に飲み干すと、
「単刀直入に言おう。梅子さんは後数日の命だ」
 翔には祖父の言っている言葉が理解できなかった。
 梅子は幽霊であり、後数日の命と言われても頭のなかがショートしかかっているのか、整理できない。
 そんな翔を理解したのかしてないのか、
「あれだ。神様だかお釈迦様だかしらねぇが、お前の二十五歳の誕生日までこの世に居させてやるって約束らしいんだ。……俺にゃぁ、こういう話するのは苦手だ、後は頼んだ」
 正三はそう言い切ると、梅子に視線をやった。
 梅子はそれを理解したのか小さく頷くと、翔の方に向き合った。
 今まで家族として付き合ってきた梅子が、じっと真剣な瞳で翔を見つめる。
 一瞬見がたじろぐ。
「わたしは昭和初期のとある文豪の娘です。そして、あなたと出会い、結ばれないと分かった私たちは心中したのです」
 あまりに突拍子もない梅子の言葉に、まさに目が点になるとはこういうことになるのだろう。
 一瞬、翔の中で時が止まる。
 が、
「いや、あの。言ってる意味が……」
「わたしはあなたと一緒にいられたらどんな格好でも良かった。機会が与えられた。でも、でも……私は生き残ることができなかったっ!!」
 余りにもの勢いに翔は言葉を失う。
 が、最後の『私は生き残ることができなかった』にハッとする。
 いや、ハッとせざるを得なかった。
 彼、鳴滝翔には妹が居たのだから。いや、正式には居るはずだった、というのが正しい。
 翔が生まれた二十五年ほど前、彼は双子の兄として生まれた。妹も無事に生まれるはずだった。が、成長が悪く、生まれたと同時に死亡。もちろん、そのことは翔も知っている。
 その時から、梅子は鳴滝家に存在する。
 それだけの言葉で、翔は全てを理解する。
「すいません。少し感情的になりました。おそらく気がついておられるでしょうが、わたしは前世ではあなたの恋人、今の時代では双子の兄妹として生まれるはずでした。だけど……叶わなかった」
 歯を食いしばるような、必死に悲しみを堪える表情。
 正三はそれを見ていられなかったのか、再び急須からお茶を注ぐと一気飲みする。
 それを言われた張本人である翔は、なんとも言えない表情で俯く。
 数分間の沈黙。
 しばらくし、それを破ったのは梅子であった。
「約束したんです。二十五歳の誕生日まで無事に育つように見守らせてください、と。その後はどうなってもいいから、と。そして、あなたは無事二十五歳の誕生日を迎えられる。素敵なことじゃないですか」
 にこり、と微笑む。
 それは悲しみに溢れた表情ではなく、心底喜んでいる微笑み。
 梅子のその言葉に、結ばれなかった彼は二十五歳の誕生日を迎えることもなく心中してしまったんだろうな、と一瞬にして翔は理解した。――いや、理解したと言うよりもすっと胸の中に入ってきた。
 少し考え、
「ごめんね。前世のことは何も思い出せないけど、ありがとう。でも……二十五歳までという約束が出来たなら……」






 数年経った鳴滝古書店。
 あいも変わらず元気にオンラインゲームに興じる正三、古書店は暇そうで忙しそうで……やはり若干暇な翔。
 梅子さんは居なくはなったが、変わらない日常が過ぎていた。
「翔ちゃーん!」
 いや、大きく変わったことが二つある。
 数年前には居なかった女性。そう、一つは結婚したのである。
 彼女は一年前に結婚した翔の奥さん。もちろん、昔ながらの幼馴染で梅子さんのことも十分に理解している。
 そして大きく変わったもう一つは――。
「あのね、あのね。お腹の中の梅子さん、今日も元気だよ!」





『二十五歳までという約束が出来たなら、今度は消える前に俺の子供に生まれてくるという約束をしてよ、梅子さん?』

コメント(2)

<投稿者のみゅうさんによるあとがきがあります>
 お、終わったー!!!(脱力)


 伸びた締め切り当日までヒーヒー言いながら、書き続けた真生みゅうです。どなたさまも毎度お世話になっております<(_ _)>
 ここまで書けないのは前人未到でした。
 もう、ここまで思いつかないか!! というくらい苦しみ抜き、書き始めたのは締め切り延長の三日前の晩/(^o^)\
 この時点で最終締め切りの次の日は絶対に外せない予定入ってたので、何があっても書かなければ!! の勢いで書き続けました。
 もちろん後半ごまかしが作成で(元からない文書力が)失速した上に、何書きたかったのかイミフな状態に……。
 梅子さんのお話はずっと暖めてきて、もっとすっ(中略)ばらしいお話になる予定でしたが……時間が……そして書き手がダメでしたw
 もう思いついていた話はひっくるめて変更。
 計画しなきゃダメですな(T▽T)アハハ!
 とりあえず、全て参加という目標は果たせたので……。


 大人しく明日、というか、今日に備えてこのへんであとがきを終えて(寝坊しないように適度に)泥のように眠ります。
 読んでいただき、ありがとうございましたー!!


 真生みゅう・拝
<読んだ人の感想>
・梅子さんの文豪の娘という設定をもう少し生かせていたらよかったと思いますが、ささやかなラストのハッピーエンドがよかったです。

・しゃっきりしてる老人って格好良いですね。

・最後にそうきたか!と(笑)初めはお母さんかと思いました。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ねこると創作クラブ 更新情報

ねこると創作クラブのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング