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ねこると創作クラブコミュの第四回ねこると短編小説大賞応募作品No.3『牙をむく濁流のあぎと』

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 じっとりと暗い雨雲は街に三日三晩の雨をもたらして、ようやくその勢いを弱めた。
 まだ五月の半ばを過ぎたところだから、これを梅雨の走りというのだろう。
 雨粒をまとって黒光りするセダンが、幹線道路を曲がって市街地を抜けていく。
「絢(じゅん)様、今日のお稽古はどうでした?」
 運転手の青年――群雨巽(むらさめ たつみ)は車を走らせながら、バックミラー越しに少女の姿を伺う。絢と呼ばれた少女は、彼女はバイオリンケースにつけたストラップを弄びながら気のない返事を返した。
「ま、フツーかな。てか、最近先生がタツミの話ばっかりするようになってさ」
「僕の?」
「そ。『礼儀正しい素敵な方ねー』だって」
「はは、光栄ですね。そんなこと言われたのは生まれて初めてです」
 愛想笑いの笑顔のままそう答え、巽は運転に集中する。
 ややあって、セダンは行きつけのアイスクリーム屋に停車した。
 バイオリン教室の後はここで特製シルキーバニラを注文するのが金曜日のお約束だ。巽が回り込んでドアを開けるより早く、絢は車を滑り出た。これも、お約束である。
 普段は仕事帰りの女性客で賑わう店内も、天気のせいか人影はまばらだ。店を出てきた絢は、珍しくカップをふたつ手に持っている。
「ほれ、お待たせ」
「僕にですか?」
「そ。イチゴ、好きだっけ」
「ええ、ありがとうございます」
 淡いピンク色のジェラートをスプーンで口に運びながら、巽は暗い空を見上げた。
 雨は今、かろうじて止んでいる。低く垂れこめた雲が勢いを盛り返す前に用事を片付けようと、通りを過ぎる車も人もどこか焦っているように見えた。
「また、一雨来るかもしれないな」
「そうなの?」
「はい。カンですけど」
「なによ、それ」
 絢は鼻を鳴らしてで笑って空のカップをゴミ箱に放り込み、目の前の車道を渡る。
 店舗の前の道路を挟んで、その向こうは川だ。転落防止の柵に足をかけて身を乗り出すと、真っ黒な空間の奥で増水した川の水音がどうどうと唸っていた。
「普段はあんなに浅いのに……こりゃ、流されたらヤバそうだわ」
「当たり前です。洒落になりませんからすぐに降りてください」
「……ん?」
 渋い顔をする巽を気にも止めず、絢は不意に大きく身を乗り出した。
「言ってるそばから何やってるんですか」
 ため息を吐いた巽が言葉を次ごうとして、眉をひそめる。
「聞こえたでしょ?」
「銃声、ですね」
 絢は返事を待たずに軽々と柵を越え、コンクリートの土手を伝って駆け出す。
「あ、絢様!」
 巽はジャケットの裾を払いながら、慌てて後を追う。

 未だ水を吐き出し続ける排水口の近くにたどり着いた絢が耳にしたのは、水音に混じった悲鳴だった。穴の側面に設けられた足場にあやうく飛び移り、声を張り上げる。
「誰かいるの!?」
 ばしゃばしゃという水音と共に、闇の奥から叫び声が聞こえる。
 声の主はこちらへ走って来ているようだ。だんだんと声が大きくなる。
「――たッ、たすッ……! 助けてくれぇ!!」
「絢様!」
 追いついた巽が進み出て、持っていた大振りなフラッシュライトで奥を照らす。
 奥にいたのは男のようだった。彼は水を蹴り上げながら、半狂乱でこちらへ走ってくる。
「どうしました! 大丈夫ですか?」
 ライトの光で男の視界を遮らぬよう注意しながら、巽は相手へ呼びかける。
 足がもつれたのか、流れに足を取られたのか。淀みに向かって盛大に転倒した男の方へ巽が駆け寄ろうとした瞬間――
 背後の濁流が大きく盛り上がり、男を飲み込んだ。
「何だ……!?」
「うああぁぁぁ!!」
 男の絶叫と連続した銃声が下水管の中を跳ね回った。動く水に振り回され、なお彼は手にした銃のトリガーを引き続けているのだ。
「下がって!!」
 水飛沫やコンクリートの粉塵から背後の絢をかばいながら、巽は入口へと後退する。
 銃声が止んだ。
 激しく流れる水音以外、全てが収まっていた。
「い、今のは……」
 呆然と問いかける絢に、巽は力なく首を振る。
 ただ、巽には見えていた。水底からLEDの光を照り返す、巨大な牙が。
 ほんの一瞬だったが、彼がその姿を脳裏に焼き付けるには十分な時間だった。


 初めてそこに足を踏み入れた者は、誰しもそれを豪邸と表現するだろう。
 新都心の一等地、桐生晃造(きりゅう こうぞう)邸。絢の実家のことである。
 主が仕事で不在の今も、この屋敷は頑なにその威厳を保っていた。
「――『下水道にワニがいる』という都市伝説は、私たちが物心つく前から世界中にあります。大抵は飼われていたのが逃げ出したり、捨てられて成長したという設定ですね」
 清潔感のあるダイニングのテーブルには、バスローブに着替えたジュンがついていた。
 その前にコーヒーカップを置きながら、メイド服姿の女性が講義じみた口調で語る。
 彼女の名は、南雲凌(なぐも りょう)。こんな格好だが、実はただのメイドではない。
 彼女こそ屋敷の主から管理を任されている最高責任者であり、母を早くに無くした絢の親代わりであり、この屋敷に雇われた巽の実質的な上司――まさに桐生家のシステムそのものなのだ。
「しかし……下水の水が暖かいとはいえ、日本のような気候ではそれだけ成長するのは難しいでしょう。下水管も狭いですしね」
 絢はコーヒーに砂糖とミルクをぶち込み、その液体でかじっていたバゲットを胃の中に流し込む。
 流石の彼女もあの場面にはこたえたらしい。まともな夕食を取る気になれなかったのだ。
「つまり、そんなでかいのが本当にいるんならとっくに見つかってるだろ、ってこと?」
「いずれにせよ、お嬢様がこれ以上首を突っ込む問題ではないように思います。警察も動いているのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
 嗜めるような凌の視線に押され、絢は言葉を次ぐのをやめる。それを確認し、凌は中指で眼鏡を押し挿し上げて切り出した。
「さ、今日はもうお休みください。バゲットの残りはお部屋へお持ちでも構いませんから」
 凌に促され、絢は渋々立ち上がって自室を目指す。
「パンはもういいわ、ありがとう……あの」
「何でしょう?」
「今日のことで、タツミを叱る?」
「今のところ、その予定はありませんよ――おやすみなさいませ、お嬢様」
 返ってきた答えに満足したのか、絢は軽く手を振ってドアを閉める。
 凌はそれを確認してするとから、軽く息をついてテーブルの上を片付けた。ヘッドドレスとエプロンを外して椅子の背に引っ掛けたところで、今度は濡れ髪の巽が入ってくる。
「お疲れ様。さっぱりした?」
「ええ、どうにか。気分は晴れませんけど」
 不意に氷の入ったロックグラスが飛んできて、巽は驚きながらもそれを受け取る。
 顔を上げると、凌が丸いウィスキーの瓶を掲げていた。
「少し飲みなさい、落ち着くかも知れないわよ」
 三十路手前という噂だが、サントリー・オールドとは歳の割に渋い酒を飲んでいる。
「あ、ええと。じゃあ、少しだけ」
 自分のグラスをテーブルに置いて、凌は彼の向かいに座る。
「一応聞いておくけど、本当にワニだったの?」
「わかりません。ただし、何か大きな生き物がいたのは確かだ」
「そう……まぁ、いいわ。私たちが今やるべきなのは下水の不思議を考える事じゃない」
「と、言うと?」
 凌はお互いのグラスにウィスキーを足しながら続ける。
「私たちの仕事は、お嬢様の『安全管理』なの。お嬢様がそう簡単に殺されるほどヤワじゃないのは知っていると思うけど、リスクや手間は少ないに越したことはないでしょう?」
「……なるほど」
 凌は再び微笑んで、グラスを傾ける。
「分かれば結構。最期に、ひとつ聞いてもいいかしら」
「お答えできることなら」
「――私って、いつも怒ってる神経質な女に見える?」
 想定外の質問に、巽はあっけにとられながら答える。
「い……いえ、そんなことは。? 確かに見た目はそれっぽいかも知れませんけど、僕はそんな事思ってません」
「……そ。正直な答え、ありがとう」
 凌は苦笑し、ため息をついて、俯きながら首を振った。

翌日。
「――ホントに、見事なくらい握りつぶされてるわね」
 絢は新聞に目を通しながら、それをとなりの椅子に放り出して呟いた。
 ほおばったトーストを傍らの炭酸水で流し込んで、巽が相槌を打つ。
「確かに。これだけ徹底されると、かえって怪しまれそうな気もするんですが」
 昨晩の騒動では確かに警察が出動し、見つかった死体の一部を収容していった。
 しかし新聞も早朝のニュースも、そんな事実の鱗片すら話題にしていないのだ。
 珍しい話ではない。これが公になると都合の悪いものが、どこかで情報をせき止めたのだろう。
 スラム化した首都の一部を「旧都心」と呼び初めた頃から、この国も昔ほど安全ではなくなった。企業が利益を守るために、銃やそれを使うことを生業にする連中を抱え込んでいる事は、もはや公然の秘密なのだ。
「もう詮索はお止めくださいな……新聞は結構ですけど、食事を終えてからですよ」
 ミルクティーを運んできた凌が、絢の呟きをぴしゃりと撥ねつける。
 絢が口を尖らせてティーカップに向き直ったところで、若いメイドが入ってくる来た。
「失礼いたします。お客様がお見えなんですが」
「……客?」
 凌は眉を潜めて、壁のモニターを覗く。液晶にはスーツを着た中年の男性が映っていた。
「はい。昨晩の件でお話しがあるとか」
「お引き取り頂いて。予定外の訪問は――」
「通して。一緒に行くわ」
 凌の言葉を遮って、絢が椅子から飛び降りる。
 メイドを伴ってドアの向こうへ消えた絢を成す術もなく見送って、巽は躊躇いがちに凌へ声をかけた。
「あの。凌、さん?」
 深い溜息をついてたっぷり三秒。凌は眼鏡を押し上げて、巽へ向き直った。
「……行きましょ」
 
 応接室へ通された男は会釈をしてテーブルへつき、名刺を差し出した。
『株式会社NPI 生物化学部主任 来島 義嶺―Yoshimine Kurusima―』とある。
「N、P、I……」
「技術研究にも熱心な化学工業メーカー大手。我がキリュウ・ホールディングスも株式の約十二パーセントを保有しています。……それで、お話というのは?」
 先程から眉を寄せたままの凌が、絢への簡単な解説を済ませて来島へ向き直る。
 彼は出されたコーヒーに口をつけ、ゆっくりと答えた。
「――単刀直入に申し上げましょう。お嬢様がたが昨晩遭遇したという生物は、我が社から逃げ出したミズヘビです」
 来島の話は、おおむね次のような内容だった。
 社内で、水棲のヘビに遺伝子操作を施す実験を行ったこと。
 被検体は急激な速度で成長し、想定以上に巨大化したため薬殺したこと。
 そして――その実験中、被検体のうち一匹が行方不明となっていたこと。
「逃げた時点では全長数センチ程度だった筈です。逃げたところで生きてはいけないだろうと判断されたのですが……薬殺した時点で最大の個体は全長約六メートル。本種の常識を超えた大きさです。生存しているなら、まだ成長を続けている可能性も」
「……それを、僕らに話す理由は?」
「暴いて頂きたいのです。貴方達の立場なら、事実を明るみに出す事も可能なはずだ――本社では個体を管理するための発信機を利用して、奴の居場所を追跡している」
「居場所まで特定しておきながら、昨晩は失敗した、と」
 凌の指摘に、来島が目を伏せた。
「お恥ずかしい話です。数名が処理に向かったようですが、全員消息を絶ちました」
 絢と巽が顔を見合わせた。来島は続ける。
「上層部は武装と人員を確保し、本日中にも個体を始末する決定を行いました。その際に生じたいかなる損害も、闇に葬るつもりです」
 凌が息をついて眼鏡をかけ直す。
「――これは、貴方の独断ですか?」
「……皆、覚悟の上です」
 絞り出すような来島の返答に頷き、凌は巽へ顔を向けた。
「分かりました。これが事実となれば、我が社としても貴社に対して何らかの措置を取らざるを得ません。人員を一名、確認に向かわせましょう」
 絞り出すような来島の返答に頷き、巽へ顔を向けた。
「二名、よ。あたしも行くわ」
「お嬢様」
 眼鏡の奥から怒気とともに飛ぶ凌の眼光に真っ向から視線をぶつけ、絢が立ち上がる。
「あたしの知らない所で人が死んで、それがもみ消されて、『あたしはおうちにいまし、世は全てこともなし』。いい加減我慢できないんだ、そういうの」
 意外にも、先に目をそらしたのは凌だった。彼女は首を振って、再度来島の方を向く。
「……もう少し、詳しい話をお伺いできますか」
 来島は戸惑いながらも頷いた。

 朝から雨の続く住宅街の合間を、巽の運転するミニが駆け抜ける。
 下水を伝って蛇を近くの調整池へ追い込み、処分する――それが連中の手筈だった。調整池の脇は公園になっているので、巽達はそこで一部始終を確認する計画だ。
「タツミ。その、ごめん」
「どうしてです?」
「余計な事言って、ついて来ちゃった。でも、我慢できなくて」
 先程から無言で運転する巽に、助手席の絢が声をかける。彼は視線を動かさずに答えた。
「それが絢様の意向なら、僕はそれに従うだけです」
「……そう」
 さらに何事か言おうとする絢を遮るように、巽がブレーキを踏んだ。
 工事中らしい。ヘルメットを被った男が二人、こちらへ歩いて来る。
「すみません、D23地区へ行きたいんですが、迂回路は――」
「申し訳ありませんが、迂回路はございません」
 窓を下ろした巽に向け、男は拳銃を突きつけた。

「……豪勢なオマケだな、こりゃ」
 調整池で指揮をとっていたスーツ姿の男が、巽と一緒に引っ立てられた絢を見て呟いた。
 巽は結束バンドで後ろ手に拘束されている。絢は自由なままだが、背中に銃を突きつけられているのは変わらない。
 その場にいる全員が自動小銃で武装していた。男は地面に膝を着かされた二人を見下ろし、鼻を鳴らす。
「怖いもの見たさって感じだったんだろうが、あんたはついて来るべきじゃなかったよ。まぁ、どのみち家に残ってても無事じゃなかったろうが」
「……どういう事?」
 絢の問いに、男は二人の前へ屈みこんで続ける。
「今頃は来島のおっさんが、あんたの屋敷で暴れてる頃だって事さ」
「……望む通りに、なってるといいわね」
 絢はスーツ男を睨みつけるが、相手は意に介していない。
「お嬢様をもてなせ、後で使える。男の方は……そうだな、蛇が出てきたら食わせよう」
 ややあって、調整池の方が騒がしくなる。下水の奥から追い立てられた騒動の主……丸太のような大蛇が姿を現したのだ。


 同刻、桐生家桐嶋邸の応接室。
 ノートパソコンを持ち込んで作業をする凌の背後で、来島は静かに鞄を開けた。
 取り出したのは、黒光りする拳銃。このメイド、先程の口ぶりから桐生グループの中核に関わる存在に違いない。警備の男は引き剥がした、彼女を仕留めて屋敷を脱出するくらい容易かろう。
 凌の背後に音もなく歩み寄る。不意に、彼女が呟いた。
「昨晩の件にお嬢様が関わった事実を、貴方程度の立場の人間が知り得るはずはないの。手を回すのにどれだけ手間をかけたか」
「……何?」
 動きを止めた来島を振り返りもせず、凌は眼鏡を外してテーブルに置く。
「出来すぎた偶然だったし、NPIも相当泡を食ったみたいね。けど、屋敷に踏み込んで来るなんて……舐められたものだわ」
「遅かったと言わざるを得ないよ。君には悪いが、ここで死んでもらう」
「嫌よ」 
 来島は鼻を鳴らし、彼女の白いうなじに狙いを定める。
 凌が突然椅子を回転させ、振り向いた。銃口に怯むことなく、彼女は微笑む。
「――と、言ったら?」
 刹那、凌は来島の手首を掴んで立ち上がる。放たれた銃弾は、窓ガラスを砕いて飛び去った。
 次の瞬間――来島は自分の鎖骨が砕ける音を聞いた。
「ごぉ……っ!?」
 床に転がった来島の視界に映ったのは、先程まで相手に向けていたはずの銃口。
「処分は覚悟の上だと言ったわね……結構。望む通りにしてあげるわ」
 

 蛇というには、あまりに巨大だった。
 中程まで水の溜まった調整池の中央にうねる巨体の一端が、ぱくりと割れて牙をむく。
 連続した銃声が次々に響く。
――だが、彼らの作戦には重大な不備があった。
 大蛇のまとった鱗は、ライフル弾の威力すら減じているのだ。怯む様子は見せるものの、動きを緩めることはない。あろうことか蛇は調整池を這い出し、射撃していた男たちに襲いかかったのだ。
 銃声と怒号が飛び交う光景に、さすがの男も狼狽える。
「滅茶苦茶じゃねえか……おい、そいつを殺しとけ、俺はAT4を取ってくる!」
 その場を離れるスーツ男に急き立てられた部下が、巽を小銃で小突く。巽は渋々立ち上がった。
「……蛇の餌とは同情する。お互い、因果な商売だな」
 相手の言葉に、巽は愛想笑いを返す。
「どうも。じゃあ最後に、同業者として忠告を……絢様には気をつけて」
「何?」
「僕も、仕事で桐生家を狙った。僕を返り討ちにしたのは……絢様本人です」
 合図とばかりに絢が立ち上がり、回り込みながら背後の男の銃を掴む。
 横から相手の膝を踏みつけて、下がった頭を取り上げた銃で殴りつけた。
「な……!?」
 男は慌てて小銃を巽から絢に向ける――遅かった。絢は銃身で男の銃を払い、背後に回り込む。金属で補強された銃尾が、男の頚椎に振り下ろされた。
「タツミ……!」
 絢が取り上げた小銃を地面に放り出し、昏倒した男の懐からナイフを探り当てて巽の枷を解く。巽は絢の肩を抱き、力なく笑った。
「絢様、もう戻りましょう。……蛇は十分確認しました」
 地面に転がった小銃を巽が拾い上げた刹那、銃声が彼の肩を裂く。
「く……!」
 巽は痛みをこらえて小銃を構える。先ほど指揮をとっていた男が、大きなプラスチック製の円筒を背負って立っていた。
「逃がさねぇぞ……てめえらも道連れだ!」
「止め――」
 不意に、巽は継ごうとした言葉を失う。絢も思わず口元を抑え、息を飲んだ。
 二人の視線に気づき、背後を振り返った男を――巨大な尻尾がなぎ払った。
 大蛇は地面に叩きつけられた男に巻き付き、ぎりぎりと音を立てながら彼の体を締め上げる。
 絢を背後に庇う巽の視界に、地面に転がった円筒が止まった。
 男が先ほどAT4と呼んだ、使い捨ての無反動砲。衝撃で彼の体から外れたのだ。
「絢様は物陰に。僕とは逆に走ってください」
「……わかった」
 男への拘束を緩めぬまま、蛇は鎌首をもたげてこちらを向く。
「今ですッ!!」
 叫ぶと同時に辰巳は駆け出し、プラスチックの円筒に飛びついた。銃口カバーをもぎ取って安全ピンを抜き、照準器を起こして肩に担ぐ。
 復帰式の安全装置を中指の先で押し上げる。
――この蛇も、自分と同じ。
 倫理も是非も関係ない。失敗すれば闇に消され、また代わりが用意される。
 照準器越しに、丸い瞳がこちらを見つめていた。
――だから、どうだというのだ。
「……旨いぞ、食え!」
 怒号とともに放たれた弾頭は、その閃光で蛇の頭部を吹き飛ばした。

 目を開けた巽の視界に映ったのは、白い天井だった。
「また、ここですか」
 ベッドに身を横たえたまま呟くと、聞きなれた声が耳に届く。
「安心でしょう? ここで治らない傷はないんだから」
 首を動かすと、凌が腕を組んで壁に寄りかかっている。
 巽が絢の命を狙って桐嶋邸を襲撃したあの日――行く手を阻む凌を退けた巽に襲いかかったのは、目標である絢その人だった。彼女の反撃に瀕死の重傷を負わされ目を覚ましたのが、この地下施療室だったというわけだ。
「NPIには早速、ツケを払って貰ったわ……旦那様がお戻りの頃には、本社は廃ビルかもね」
 彼女は壁から身を起こし、巽の枕元に歩み寄る。
「群雨君」
「はい……?」
「ずっと聞こうと思ってたの。あの時、私たちのオファーを受けた理由を」
 沈黙のあと、巽がゆっくりと口を開く。
「僕には普通でした。奪うことも、奪われることも。でも……僕に何かを与えようとしたのは、貴方たちが初めてだ」
「与える……か」
「ええ。例えば――」
 不意に、ドアが乱暴にノックされた。返事を待たず、絢が入ってくる。
「タツミ、起きた?」
 手には、アイスクリーム屋のロゴが入ったビニール袋。
「例えば、いちごのジェラートとか」
 巽はそう言って、凌に愛想笑いを向けた。

コメント(2)

<投稿者のねこると.45によるあとがきがあります>
 どなた様もお世話になっております、撃ちたくはなかった、だが撃たねばならなかった――!! 毎度お馴染み、ねこると.45でございます。
 いやはや、のっけから何ですが、難産でございました。最近銃撃戦書きたい気分が高まっていたので今回は銃撃戦で行こうとハナから決めておったのですが……ご覧いただいた皆様にはもうお分かりでしょう。
 こ い つ ら 撃 っ て へ ん !
 はい。書いてる本人ゴタクはええからはよ撃てやと思いながら最後まで行ってしまいました。銃撃戦をはじめとするバトルもんしか書けませんと豪語していた不肖ねこると.45、銃撃戦が書けなくなってはもはや牙をもがれた狼、もしくはブレスレット無くした帰りマン、あるいは酒焼けで喉を潰したランカちゃんも同然でございます。
 ……すみませんよくわかんないですね。
 とりあえず罪をぶっ飛ばす為ロケラン撃っときました。
 さらに字数制限の罠により凌さんの出自とかお嬢様にいじられて期限を損ねる巽くんとか、おいしいシーンを削らざるを得ないという。
 とりあえず罪をぶっ飛ばす為ロケラン撃っときました。
 もっと「殺し屋の巽くんが返り討ちに遭って飼いならされた」設定を全面に押し出して行きたかったのですが、いろいろ盛り込みすぎたおかげでみんな中途半端になってしまいましたとさ。
 とりあえず罪をぶっ飛ばす為ロケラン撃っときました。
 ええとあとがきでネガばっかりこいてると読んで頂いた皆様に申し訳ないので、作中に収まらなかった銃器ネタでも。冒頭いきなり食われたモブ野郎は食われながらもトリガーを「引き続けて」銃弾を乱射、つまり彼はフルオート機能を備えた拳銃を所持しておりました。
 グロック18です。実はこの銃も話に絡めるつもりだったんだけど結局絡みませんでしたね。NPI裏稼業班の正式拳銃という扱いなので、桐嶋邸で来島のおっさんが凌さんを撃とうとしたのもこれです。余裕こいて一撃で仕留めようとせず、いきなりフルオートでバーっとやってたら凌さんに勝ってたかもしれませんね。へたくそー。
 ちなみにこの「来島」という名前の男、ねこると作品には『話には絡むけど結局殺される(もしくは酷い目に遭う)モブキャラ』の名前として頻繁に登場します。名前の由来は彼のフルネーム『来島 義嶺(クルシマ・ギレイ=苦し紛れ、と読める)』からお察しの通り。しかし来島一族(?)に下の名前がついたのは今回初です。歴史的快挙です。でもないか。
 蛇さんをぶっ飛ばす最終兵器についてはロケランの他にメタルストーム射撃システム
というミラクルな選択肢があったのですが、実は俺もうまく描写できるほど構造を理解していないので無難にロケランになりました。射撃手順はかろうじて力入れた。
 ……あれ?AT4の弾頭って安全のため着弾が射手から近すぎると爆発しないんだっけ?
 (しばし考える)ま、まぁいいか!←
 うわ、あとがき千字超えた(爆)
 そんな感じでお送りした「牙を剥く濁流のあぎと」、お目通しありがとうございました。楽しんで頂ければ幸いです。
 どなた様も今しばらく第四回ねこると小説大賞にお付き合いくださいませ。

ねこると”銃撃戦のモチベーション確保にバイオなんかやるんじゃなかった”.45
<読んだ人の感想>
・お嬢様強すぎでしょう。巽さんかっこいいでしょう。

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