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ねこると創作クラブコミュの第三回ねこると短編小説大賞応募作品No6『僕の秋が好きな理由』

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 家から車で2時間。高速も使ってるから走行距離は相当なものだけど、山奥にある滝を見に、月一でレンタカーを走らせるようになってどれくらい経つだろう。
 昼から借りたレンタカーで峠を攻める…ことはできないけど、お気に入りの一台を振り回すのは気持ちいい。今日は特に気に入っているロードスターを借りた。以前も借りたけど、こういう開けた場所をオープンで走るのはとても楽しい。小さいくせに2リッターエンジンで横幅は3ナンバー。着座位置も低いし後輪駆動だから、いつも乗ってる軽とは比べ物にならない。強いて難点を挙げれば、車内が狭いことくらいかな。
 高速を降りた先にある、無駄に広い駐車場のコンビニでコーヒーを買って一服。乗り込んで屋根を開け放って、風を感じながら走る。山際へ向かう下弦の月を眺めながらゆっくりとこれからの時間を考えられるなんて贅沢な時間なんだろう…と思うけど、端から見ればただの変な人かもしれない…。
 いざ乗り込もうとしたとき、いつもならありえない事態に陥った。
「わ、ロードスターだぁ!」
 え?と思いながら声がした方に顔を向ける。そこにいたのは高校生にも見える女の子。服装は女の子らしくふわふわした赤いワンピースなのに、光の帯をくっきりと帯びた黒髪をさらりとなびかせ、同じように目を爛々と輝かせている。
 若者の車離れなんて言われる昨今、しかも女の子が反応するなんて…世の中まだ分からないこともあるなぁ…なんて感傷に浸る暇はない。
「え、と…知ってるの?」
「はい!たまに見ますけど、やっぱりカッコいいですよね!!」
 ヤバい。すごく目が輝いてるよ。眩しいよ。
「乗せて下さい!」
「へっ!?」
 本当に自分なのか分からない声が出た。それを聞いた女の子の顔が一瞬で曇る。
「ダメ…ですか?」
「い、いや、ダメじゃないけど…」
 コレって誘拐になるんじゃないだろうか…。未成年者略取なんてことになりかねない事態だけど…。
「お願いします!乗ってみたいんですっ!!」
 …将来、娘に甘い父親になるんだろうな、僕…。


 駐車場で屋根を開け放ってスタートした数分後。
「うぅ〜」
 走り出しは楽しそうにしていた女の子が助手席で唸っている。
「なんで後ろからなのぉ?ボサボサになるぅ…」
 ロードスターはオープンにすると風の巻き込みのせいで後ろから風が吹く。前からこない分、足下や体はエアコンで暖かいけど。
「でも寒くはないでしょ?」
「そうですけどぉ…」
「閉める?」
「いやっ!」
 見た目よりも幼いんじゃないだろうか…。ますます誘拐に勘違いされそうだなぁ…。
「とりあえず適当に走ってるけど…どこか行きたいところはあるの?」
「ここらへん、何もないですよ」
「えーっと…」
 ここらへんにあるものと言えば、アウトレットモールや植物園や果樹園があるけど…この子は地元の子だろうから、特別でもなんでもない場所になっている。わざわざ通っている僕からすれば十分な観光地なんだけど…。だからといって見晴らしのいい景勝地に行ってもなぁ…。
「じゃあガイドブックにも載ってないところに案内してあげましょうか?」
 そう言われて着いたのは川沿いの竹林。川を挟んだ反対側には段々畑の水田が広がっている。まだ稲穂は青いところが多く、風の波がよく見える場所だった。
「綺麗なところだね」
「昔は湿地帯だったんですよ?」
「そうなの?」
 はい、と短い返事をして、竹やぶに入っていく女の子。獣道も無いようなところをずんずん進んで行く。
「ちょっ…どこまでいくの?」
「ここです」
 道路がなんとか見えそうな小さな崖の下。そこにあったのはお地蔵様と小さな石碑。
「これは?」
 刻まれた文字の風化が激しくて読めなかった僕が振り返ると、さっきまでの輝きを失った瞳で話しだした。
「…平安時代の話です」
 清少納言が枕草子を出し、平和に思われる時代にも戦が無かったわけではない。この土地でも新旧の考え方が対立を産み、勝者は畑を耕す土地を得て、敗者はこの山にひっそりと住むことになった。その首謀者とされる墓が、この小さな石碑なのだという。勝者側の大きな記念碑は農地開発によって場所を移されたのに、土地が痩せて開発し辛い場所にあったこの石碑はそのまま残されたらしい。その時代から残る相当な遺跡なのに保護されていないのは、知る人が少ないというより、怨念が残っているという腫れ物に触るような言い伝えだった。平家の落人集落すら残って保存されているというのに…ある意味、時代すら弱者には厳しいらしい。
「よく知ってるね」
「地元の話ですから」
「…そうか」
 僕は何も考えること無く立ち上がり、その石碑に向かって手を合わせた。
「参ってもらえるんですか?」
 不意の声に驚いた。女の子は本当に驚いた様子で目を見開いている。
「首謀者と言われようが、慕われてないと石碑は立たないよ。お墓なのは事実なんでしょ?」
「…ありがとうございます」
「君がお礼言うの?」
「…地元ですから」
「…それもそうだね」
 何がおかしいのか分からないけど、微笑み合った僕たちはゆっくりと竹林からロードスターを停めた場所に向かった。途中、一度だけ女の子が振り返った。
「…ぁ…ま、また来ます」
 声に気付かなかったわけじゃないけど、少し震えていたような気がして僕はできるだけゆっくり歩くようにした。


 その後も地元民しか知らないような場所、看板が1枚立てられているだけのお寺や城跡を回り、気付けば日が暮れようとしている。
 最後に見たいところがある。僕はそう言って車を走らせ、山奥へと入っていく。
「どこに行くんですか?」
「内緒。だけど、来たらいつも行ってるところなんだ」
 ふーん、という返事を最後に、女の子は黙ってしまった。
 いつもなら足を踏ん張って体をシートに押し付けながら上っていく山道を、今日はゆっくりと登る。穏やかに回転数を刻んでいくエンジン音が心地いい。ある回転数を境に豹変するのもこういう車の楽しみかもしれない、なんて考えながら無言のドライブ。同乗者に負担をかけないようにしながらも、急いで行かないと日が暮れてしまう。
 目の高さにある西日を横目に、山奥に突然現れた駐車場の横をすり抜ける。その先にまた駐車場があるのを知っているからだけど、休日には常に満車状態だ。こういう平日であれば、人っ子一人いない場所、その脇に僕の目的地がある。
「着いたよ」
 車を降りて伸びをした横で、遠慮がちにドアが閉まる音がする。
「…酔っちゃった?」
「ううん」
「じゃあ、行こうか。綺麗なとこだよ」
 同じ水の音でも、川の音には程遠い轟音を奏でる滝。人と同じ様に季節によって衣替えをする扇の滝と呼ばれるこの場所が僕の好きな場所だ。
 滝壺から少し離れた場所にある丸太のベンチに並んで座って、しばらく見上げていた。
「最初さ…」
 沈黙に耐えかねて僕が話し出す。
「ただ山道を走ってみたくて来たんだけど、そのときに見つけた滝で。ほとんど歩いてしか行けない道の先にあるのに、この滝だけは道のすぐ側で、しかも見る時期によって全然違う。それに気付いてから通うようになったんだ」
 それからまた沈黙が訪れて、気に入らなかったのかと不安になった。居ても立ってもいられなくて、次はどこに行きたいか聞こうとしたとき、やっと女の子が口を開いた。
「この滝、好きですか?」
「…?うん、好きだよ」
「また来ようと思ってますか?」
「そうだね。多分、しばらく通うと思う」
「そうですか」
 突然、女の子が立ち上がった。さっきまでの沈黙が嘘のように輝いた笑顔になっている。
「わたし、帰ります!」
「へ?」
「家はこの辺なんです。まだ明るいから歩いて帰ります」
 送ろうとする僕を回れ右させて、背中をグイグイと押してくる。
「ほ、ホントに大丈夫なの!?」
「はい!」
 手を後ろに満面の笑みで僕を見送ってくれる女の子。…女の子?
「あ、ねぇ、名前は?」
 ドアノブに手をかけたところで、お互いに名前すら知らないことを思い出した僕は、急いで振り返った。
「……え?」
 滝が巻き上げる細かな霧の中に差し込む光の筋。生い茂る木々の間から伸びる何本もの光の梯子がひとつの看板を照らしていた。
『竜田姫』
 垂れた枝に蔦が巻き付いて、その存在が隠されていた立て看板。何度も来た場所なのに、今まで一度も気付かなかった。滝壺が見える場所に、朽ち果てた杭に「扇の滝」と彫られたのを見て満足していたのが馬鹿だった。僕は慎重に枝を避けながら、宵の光がある内に何度も、何度も何度も読み直した。
『昔、近くである戦に勝つようにと舞を奉納し、生け贄となった少女の名前。扇の滝の由来は、舞っていた竜田姫の扇の絵が、この滝の景色をモデルにしたからだという。秋に生まれ、周囲に笑顔を実らせ、秋に死んだ姫から名を取り、別名「秋季(あき)の滝」という』


 朝早くに家を出た僕は、再びロードスターであの山道を走っていた。駐車場を通り過ぎ、その奥の駐車場に停めた頃には、太陽が滝から看板を照らしている。以前と変わらない、竜田姫が扇に描いた秋の景色が滝を包んでいた。違うのは、まだ下弦の月が空高いところにいることだけだ。
「…うそつき」
 車を降りた僕に声がかかる。
「通うって言ってたのに」
 看板の後ろから顔を覗かせた姫が恨めしそうな目で見ている。
「会いに来る度にレンタカーじゃ、効率悪すぎるよ」
「じゃあ…」
 レンタカー屋のプラカードが付いていないキーを見せる。
「行きたいところはある?」

コメント(4)

<投稿者の鮎川優希さんによるあとがきがあります>
あとがき。

皆様お久し振りです。優希です。
今回は新作を出させていただきました。
…がんばりました。仕事の合間にネタを考えてましたが(笑)
某カードゲームのキャラが可愛くて使いたくて、レンタカーにロードスターを借りて感動して使いたくて…
それだけで仕上げた作品になりました^^;
んで、色々調べてみると京都のお話になるそうで。
…なんの因果か(笑)
ちなみに京都にそういう場所があるのかは知りませんw
だって大好きな熊本と山梨の(自分が行ったことがある)風景だもの(笑)
なので、最後の舞台にもなった扇の滝は、白糸の滝、として実在します。
そして寄姫伝説があります。なんとなくリンクしてます^^;


最後に。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
嘘書いてごめんなさい、竜田姫…^^;
次回もオリジナル(?)でいけたらいいなー。


鮎川優希。
<読んだ人の感想>
・ロードスターって可愛いですよね。これからの二人の関係に期待。
・秋の山を、ドライブしたい
・予期せぬ出会いこそドライブの醍醐味

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