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ねこると創作クラブコミュの第三回ねこると短編小説大賞応募作品No4『青丹よし奈良山にて、白鹿に会うこと』

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 あるところに、爺さんと婆さんが住んでいた。ある時、道成寺という寺が建立されるということで、鐘を作るため、村中から金物を集めることになった。男は畑仕事の道具を、女は簪などを献上した。爺さんは唯一の仕事道具である鉈を手放すことにした。それを知った婆さんは嘆いた。鉈なくして、我らはこれからどうやって食ってゆくのか。爺さんは言う。確かに鉈が無くては仕事にならぬ。しかし村の大鐘作りに加わらなければならぬ。道理であった。爺さんは外に出て、川に身を投げた。びっくりした婆さんも後を追うようにしてまた、川に身を投じたのである。
 さてこの二人は後世に生まれ変わり、安珍という僧と、白蛇の母を持つ美貌の少女とに生まれ変わり、結ばれぬまま恨みの鐘とともに燃え尽きるのである。

「安易にできやん口約束をし、逃げるように美僧・安珍は紀州中辺路真砂の里を後にするけど、純粋な娘清姫に追いかけられ、道成寺の鐘の中へ身を隠す。大蛇と姿を変えた清姫は鐘に巻き付き、火を履きながら血の涙を流し、鐘ごと安珍を殺してしまうんやさ。けれどもその焼け跡から、一本の鉈が見つかるのであった」
 帰り支度をする拓海をわざわざ呼び止め、さよは安珍清姫伝説をこつこつと語りだしていた。
「なんだよ藪から棒に」
「生まれ変わりって、あると思うんやさー」
 夢見がちな彼女らしい、うっとりした目を宙にむけている。拓海はまたか、と苦笑う。この間はミステリーサークルと古墳の関連について一時間半拘束されてしまったのだ。断らない自分も悪いが、おとぎ話に興味がないわけではない。
「転生して、また愛した人と一緒になって死んでいくってロマンやに」
「そうかあ?」
「あれ、サークルは?」
 サークル棟と反対方向へ歩きだそうとしている拓海に、さよは小首を傾げた。
「明日講義ないから奈良帰ってくる」
「あれ? 実家奈良だっけ」
「生まれ育ちは神戸ですが。両親が奈良なもんでさ。ばあさんに会ってくるわ」
 そうなん、と言い、「お土産かってきてね」と手を振る三重県出身のさよに、拓海も振り返す。

 電話がかかってきたのは一昨日であった。祖母のミキエが最近どうも物忘れが多く、体の調子もおかしいので病院に行ってきたらしい。その結果が明日、わかるそうなのだが、自分で聞きに行くのは怖いらしく、長男の長子である拓海に白羽の矢が立ったのであった。一人暮らしで、病院まで行って検査をしようなど決心できるほどの判断力がありながら、一体何が不安だというのか。
 京都駅まで観光客と学生の鮨詰めバスに乗る。道すがら、紅葉を見に来た客が多いことに気づく。今なら叡山電鉄は紅葉仕様の列車かもしれない。奈良も今では紅に色づいているだろうか。
 小さい頃は、祖母の家には何度も行った記憶がある。同じ観光地ではあるが、京都よりも神戸よりものんびりしたところが拓海の性にあっていた。そして必ず、県南生まれの祖母は茶粥と奈良漬で迎えるのであった。
 近鉄電車に乗り込み、吊り広告をぼんやり眺めていると、奈良の観光PRが目に入った。若草山をバックに、若い鹿が草を食んでいる写真であった。そういえば、と拓海は唐突に思い出した。
 小さい頃である。小学生の拓海は春日大社にほど近い、山裾で遊んでいた。人通りが無く、現地の友だちと秘密基地など作っていた場所である。一人であった。ただ一人で何をするでもなく徒然としていると一頭の小さい鹿がどこからとなく現れ、擦り寄ってきたのである。戯れに名前を付け、その鹿と過ごした時間のことを、拓海は思い出した。あれも秋の奈良であったと思う。周りは黄色や赤に衣替えした落ち葉が敷き詰められていたからだ。その敷物の上を拓海が歩けば、鹿もついてくるという光景まで覚えている。しかし自分が付けた名前が思い出せない。おそらく牝鹿であったと思うので、幼いながらも可愛げのある名前を付けた記憶があるが、思い出せない。つらつらと夢幻を思い出すように思いを駆けていると、拓海はいつの間にか浅い睡魔に飲まれていた。
 
 終点の奈良駅で、観光客や学生と一緒に下車する。地上に上ると、気の早い太陽が山に泥みかけている時刻であった。京都もそうだが盆地の冬は冷える。秋も終わりかけだと告げていた。着ているコートを抱きしめながら、拓海は大通りを渡った。祖母ミキエが住まうのは、奈良市内は志賀直哉旧居にほど近い、高畑町である。春日野の南側、春日山の麓である。東大寺と春日大社、数々の社に囲まれた奈良公園は春日野の中央部分である。ここで有名なのは天然記念物のニホンジカであるのだが、この地と鹿たちの歴史は深い。その昔、人がこの地に住んでまもなく、神が白い鹿に乗って降りてきたというから、千三百年以上は前の話であろうか。現に鹿が現れる民話・逸話は多い。神の使いである鹿は神鹿として奉られ、鹿殺しはすなわち重罪であった。戦前戦後は疾病、餌不足、密猟により百頭を切っていたというから、現在千三百頭はいると推計される鹿の繁殖力と保護団体には頭が下がる。
 そんな鹿をしばしの遊び相手としていたのだから、自分はなんと恐れ知らずなのだろうと苦笑し、拓海は思い出の秘密基地へ足を運ぼうとした。
 緩やかな山裾に差し掛かると、とたんに鹿の姿が目に飛び込んでくる。彼らはあくまで天然記念物であり、野生の鹿でるから、春日野一帯の保護区域内では自由に生息しているのである。ミキエの家の庭にも時折迷い込んでくるのだが、一度植木を荒らされたことがあり、それ以来防御壁を設けいている。
 そういえば、と拓海は思い出す。角の完成した牡鹿は発情期に入るからと、秋に近づくのは強く怒られたものである。あの基地で会った鹿は、小さかったし角もなかったので牝鹿であったろうか。十年は前の話であるから、まだ生きているとしてもかなりの老鹿となっているに違いない。
 小さい頃は自転車で縦横無尽に行き来したあたりまで歩きつく。普段歩き慣れていないということをひしひしと感じた。先程まで散々寒いと感じていたのに、汗ばんできさえする。
 春日大社をそれて、このあたりであったろうかと思うところにたどり着いた。手入れされている区画になっているらしく、秘密基地というには少々小奇麗になっている。とはいえ、日々降ってくる木々の落し物はそこここに敷き詰められている。
「秋だなあ・・・・・・」
 とほとんど不随意に発すれば、後ろから女性の声がした。
「迷われたんですか?」
 弾けるように、という表現がぴたりと当てはまる。拓海は声とほぼ同時に振り向いた。
 白の衣に、赤のネジマチ仕立ての袴。女性神職のようであったが、歳は拓海と同じ位に見えた。
「あ、いや、昔ここに来たことがあったので、ちょっと」
怪しまれるかと思ったが、女性はにこりとして拓海に近づいてきた。
「昔、ここでお会いしたことお覚えてらっしゃいませんか」
 拓海は意外な問いにうろたえた。ここで会ったことがあるのは近所の悪餓鬼三人くらいで、女の子はいなかったはずである。その子らの兄弟か何かであろうか。
「すみません、俺覚えてなくて・・・・・・どちらさまですか」
 女は照れたように笑いながら、それに答える。
「あなたはアキ、と名前をつけてくれました」
 拓海はあ、と思う。戯れに名づけた鹿の名である。
「アキ、と付けたのは鹿だったと思うんですけど・・・・・・・」
 からかわれているのだろうかと思う。あの牝鹿のことを誰かに見られていたのかもしれないし、友人や誰かに漏らしたかもしれない。
「でも始めて会ったのはもっと前」
 拓海の動揺を無視して、彼女は続ける。その間、真っ黒な瞳は微動だにせず拓海を見つめ続ける。
「あなたが私を殺したの」
 ひやり、と拓海の背に寒さが走った。この出で立ちをしているが、実はものすごく厄介な女なのではないか。
「あ、あの人違いみたいなので俺はここで・・・・・・」
 薄暗くなってゆく木々の間から見える空は、早く去れと言っているようだった。
 ぷ、と女の口から空気が漏れ、次の瞬間、大声で笑い出した。拓海は尚怖くなえり、一歩後ずさった。
「ごめんなさいね、驚かすつもりじゃなかったの。順を追って話さないとわからないわよね。あのね、何百年も昔に、鹿を殺すと死罪になったって知ってるかしら」
 声が出ないかもしれなかったので、拓海はひとつ咳をして答える。
「知ってますよ」
「そう。その頃にね、一人の男の子が石を投げて白い鹿を殺しちゃって、石子詰の刑になっちゃったの。石子詰、わかる」
 たしか死んだ鹿と一緒に生き埋めになるという刑であったと記憶している、と拓海は言った。
「そう。でもね、その子は鹿を殺してないのよ。間違いだったの。鹿は牡鹿の角に当たって元から死んでたのよ」
 まるで見たかのような口ぶりに、恐る恐る拓海は口を開く。
「あの、まさかその鹿が、ああなただって言うんじゃないでしょうね」
 女は形の良い口元をきゅっと引き上げ、頷いた。拓海は先程の恐怖に加え、興味が芽生えてきた。この女の話をもっと聞いてみる価値はあるかもしれない。
「それを伝えたかったの」
 簡単な結末に、思わず「は?」と漏らしてしまった。
「でも次の私の姿はやっぱり鹿で、あたなと話ができなかった。でも今はできるから、その誤解だけを解きたかったの」
 次の姿というのは、以前ここで会ったあの牝鹿のことであろうか。見れば見るほど、女の黒々とした目は鹿のそれに見えてくる。しかし、と拓海は思う。
「俺、そのこと全然覚えてないし、今更そんなこと言われてもどうしたらいいのかわかんないよ」
 女は頭を小さく振った。「いいの」と続ける。
「自己満足かもしれないけど、これが言いたかっただけ。それだけ」
 不公平だ、と拓海は思う。女――牝鹿――ばかりが罪に悩み、生まれ変わりを待っていたというのに、自分は何も覚えておらず、今こうして会えたというのになんの感慨も生まれないのである。
「ごめん・・・・・・」
「でもね、二回目、ここで会えたとき、あなたが私に名前をくれたのがすごく嬉しかったわ。お礼も言いたかったの。ありがとう」
 口が聞けずに相手に思いが伝わらないのはもどかしいものであろうと、拓海は胸を痛める。薄暗い森の中で、女の白い肌はよく映えた。
 その瞬間、拓海はあれ、と疑問を感じた。
「でもまって。計算が合わないよ。俺がここで鹿に・・・・・・君に会ったのは十年前だ。生まれ変わるには早すぎる。君はどう見ても僕と変わらない」
 ふふ、と女は胸を反らせた。
「神鹿の魂は時も超えられるのかもね」
「そんないい加減な・・・・・・」
「私の思いはそれほど強かったのよ」
 さよが転生の話をしていたのを思い出した。そういえば、蛇となった娘と、焼き殺された男は、来世では再び巡りあたのであろうか。
 女から意識がそれた瞬間、暗闇に紛れ、足音が遠ざかってゆくのが聞こえた。待って、と呼び止めたが、足音のみを残し、後には寝座を探す鹿の声が遠くで聞こえるのみであった。まるでそれは幻のようであった。
 呆然と立ち尽くしたが、足元が夜目で見えるうちに祖母の家に行かなければ、と思い出し、急いで春日大社を後にする。
 それにしても何百年もの時を超えるほどの鹿の義理堅さには感服である。もしかして、と拓海は思う。以前の姿は二人とも恋人同士で、一緒に死んでしまったのではないか。考えておきながら拓海は一人赤面し、さよの病気がうつったのかもしれないと思った。
 今となっては確かめようのないことである。もしかして、あの鹿の「アキ」を名乗る女神職も、実は今も霊力を持つ神鹿だったのではないか。
 しかし拓海は、改めて会いに行こうという気は起きなかった。事実だとしても、過去とは幻のようなものである。


 ミキエは至って元気そのものである。孫が来た嬉しさが勝っているのか、拓海を食卓に座らせ、てきぱきと台所で動いている。出てきたのはおなじみ茶粥に奈良漬、ひき肉の入った芋の煮っ転し、おひたし、吸い物であった。茶粥とはほうじ茶で炊く粥であるが、普通の粥と違って日常的に出るものなのである。関西で言うところの「おかいさん」は一部紀伊半島では「茶粥」を指す。
 拓海は先ほどあった妙な女神職の話をミキエにした。祖母は目を丸くし、「縁起のええ人にあったなあ」とため息とともに漏らした。
「確かに似た話があるわ。子供が筆を投げて白い鹿を殺してしまうって話があるねやで。ほいで、その子と鹿が埋まった場所に、哀れに思ったお母はんがもみじを植えるんや。鹿ともみじの取合せはそっからきとんやで。まあ夢やったとしてもええ夢見たわ、あんた」
 茶粥をかきこみながら、拓海はふーん、と言う。信じてもらえないのはわかっていたし、自分でも夢か現か分からなくなっている。奇妙な気分なのだ。
「でもなんでもみじだったんだろね」
 奈良漬をかじりながら、詮無い疑問を投げかけた。
 そら、とミキエは言う。
「うちの好きな木やったさかな」

コメント(4)

<投稿者の村崎のヴさんによるあとがきがあります>
「青丹よし奈良山にて、白鹿と会うこと」読んでいただき、誠にありがとうございます。ここでは注釈など。
安珍清姫伝説。この話は知っていても前世の話は知らなかったという人は案外多いかと思います。そこから無理矢理物語にこぎつけたわけですが、余計に分かりづらくなったでしょうか。
奈良の鹿。作中でもありましたように、増えたり減ったりを繰り返して、今では害獣として春日大社付近以外の鹿を駆除しようという流れになっているようです。かつての神鹿も害獣扱いには閉口でしょう。
鹿ともみじ。これは実際こういう伝説があって、寺子屋の少年が殺したのだそうです。筆を投げただけで死ぬ鹿の神様もどうかとおもう。
神戸生まれの神戸育ちで本籍奈良。これは同僚から設定を貰った。お前美味しすぎる。
ちなみに伝説上の白い鹿は事実存在します。ここ十年で四匹確認されていますが、どれも短命でした。
簡単ではありますが、本作の解説とさせていただきます。それでは。
<読んだ人の感想>
・輪廻転生って素敵な考え方ですよね。全体的に雰囲気が統一されていて良かった。情景が思い浮かべやすかったです。
・運命ってきっとある。モチーフの取り方と衝撃のラストに感服。
・最後の一文で真夜中に叫んでしまった私の羞恥心を返せw衝撃的でした。

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