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ねこると創作クラブコミュの第三回ねこると短編小説大賞応募作品No3『霞のケモノと月明かりの魔法』

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あるところに、けものがすんでおりました。
するどいキバに、ぎらりと光る大きな目。
動きはすばやく、だれも全体を見たことがなかったので、
人間からは「かすみのけもの」とよばれていました。
けものは、ほんとうは人間たちとなかよくあそびたいと思っていたのですが、
そのおそろしいすがたのせいで、あそぶどころか誰も近づこうとしません。
――どうしたら、人間と友だちになれるのだろう。
けものはずいぶん長いことかんがえて、たびに出ることにしました。
つめたくこごえる海をこえたところにすむという魔法使いに、
人間のすがたをもらおうと思ったのです。


 スーパーの催事コーナーの一角に、ハロウィン関連の小物が並ぶようになって久しい。
 とはいえこの辺りのような片田舎では未だに大した市民権を得ているわけもなく、クリスマス用品と一緒くたに置かれているのが現状だ。
 季節感が迷子の陳列棚を抜けて、柊麻耶は昼時の惣菜売り場へと歩を進める。
 水曜日は弁当商品が全品三割引き。向きは逆だが会社からの距離はコンビニとさほど変わらないので毎週利用している。悩んだ末、定番の生姜焼弁当に落ち着くのは人間の悲しい性。エビフライが本日特売だというのでついうっかり手にとってしまい、結局普段より高くついてしまった。
 会計を済ませて外へ出る。しとしと降る冷たい雨は、来る時より多少落ち着いたようだ。
 午後には社長が出先から帰ってくるから、孤独な事務作業も一段落だ。
 「ストレンジャー・イン・モスクワ」など歌いながら来た道を戻る麻耶の足が、不意に止まった。個人商店のシャッターの前でうずくまる人影を見止めたのだ。
 両耳に付けられた大きな銀の環状ピアスが目につくが、顔立ちから十代半ばほどだろうか。二つ結びにした明るい茶色の髪も、帽子についたポンポンの飾りも、とにかく全身が雨に濡れている。服の張り付いた細身の胸元が、かすかに上下していた。
 家出か、迷子か――とにかく放っておける状況ではなさそうだ。
「あの……どうしたの? 大丈夫?」
 歩み寄って声をかけると、彼女に寄り添っていた黒猫が心配そうににゃあと泣いた。

 どうにか傘を保持しながら少女を抱きかかえた麻耶と、社長の乗ったベージュのボルボが会社につくのはほとんど同時だった。車から降りた初老の女性――榊社長は素っ頓狂な声を上げ、麻耶の説明を聞く間もなく中へ招き入れる。
 シャワーを浴びてホットミルクを口にした少女は、ようやく人心地がついたようだった。今は麻耶が着替えとして置いていたジャージに身を包んでソファに腰掛けている。
 お供の黒猫もちゃっかり麻耶のエビフライを平らげ、少女の膝の上にうずくまっていた。
「そう、レナちゃんというの……親戚の方に会いに、このあたりまで?」
 榊舞台設備。それが麻耶の務めるこの会社の名前だった。その名のとおり、撮影や舞台で使う大小の道具を製作・手配するのが主な業務だ。実務は事務所で請け負うので、社長の自宅を兼ねた本社事務所に常駐しているのは榊社長と事務連絡要員の麻耶だけである。
「はぃ。ホントにありがとうございます。駅のコンビニで傘を取られてしまって……なくても平気だって思ったんですけど」
「お礼ならこのマヤさんに言って頂戴ね。彼女が貴女たちを見つけて、ここまで運んでくれたんですから。少しここで休んでいくといいわ」
 レナと名乗った少女が麻耶の方へ向き直って頭を下げる。苦笑いで会釈を返して立ち上がった。榊社長は先代――つまり彼女の夫との間に子供を授かることができなかったので、子供には弱い。まぁ、麻耶自身もだいぶ可愛がってもらっているわけだが。
 接客用の茶菓子を適当に皿に盛り、どうぞと言葉を添えてガラステーブルに置く。自分のデスクに戻って食べ損ねていた昼食を広げながら、メールの受信ボタンをクリックした。
 買った時まだほのかに温かかった生姜焼弁当は、キーボードの前ですっかり冷たくなっていた。

「――社長、資材の納期、FAX来てました」
「ありがとう。この前の、オートバイの件は?」
「あぁ、さっき先方からOKのメールが。明日営業所に納車みたいです」
 夕方には雨は上がり、事務所の窓からは西日が差し込むようになっていた。本日の業務もほぼ終わりだ。
「……あの子、どうしましょう?」
 麻耶は応接スペースで愛猫と共に寝息を立てる少女を顎で示した。やけに大人しいなと様子を伺ったら、いつの間にかあの状態だ。社長も困惑した様子で頬に手を当てる。
「そうねぇ、勝手に預かることもできないし。せめて親御さんの連絡先でも話してくれればいいのだけれど……」
 麻耶は少し考えてから口を開く。
「出来たら、今日も倉庫で作業したいんです。見学がてら連れて行って、上手く聞き出してみましょうか?」
「そうね。貴女の方が年も近いし、話しやすいかもしれないわね。じゃあ、今日はもうこれで」
 挨拶をして踵を返す麻耶を、社長が呼び止めた。
「マヤさん」
「はい?」
「ハロウィンの準備も大事だけど、夜ふかしは程々になさいね。最近何かと物騒なんですから。今朝もニュースで、例の窃盗団の――」
「了解です。大丈夫ですよ、流石に倉庫で寝るのは寒くなってきたんで、ちゃんと家に帰るつもりです」
 社長の言葉を遮って麻耶は少女のもとに歩み寄り、彼女の頬を指先で数度つつく。
「ひぁ……っ!?」
 三度目で少女が飛び起きる。彼女の胸元を枕にしていた黒猫は、体制を整える間もなく床へ転げ落ちた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと疲れてて……」
「いいのよ。それより、今から面白い所へ行くの。付いてこない?」
 少女は床に落ちた黒猫と一度目を合わせてから、こくんと頷いた。

 ヘルメットを少女に被せ、荷物と黒猫をリアボックスに放り込んで約十分――麻耶は港に面した倉庫街にたどり着いた。
 少女の衣類は社長が洗濯乾燥機に放り込んでいたので、彼女からは柔軟剤の淡い香りが漂っている。
 小柄なスクーターは路面の段差を拾いやすい。相当揺れたのだろう、黒猫が少女に抱かれながら不機嫌そうにしていて、麻耶は少し反省した。
 はじめて後ろに乗ったとはしゃぐ少女を尻目に麻耶はシャッターを開け、バイクを押して中へ入る。倉庫内の照明を付けて奥へ進むと、少女が足を止めて息を呑むのが分かった。
 紙粘土で出来た大小のジャック・オ・ランタン、樹脂粘土製のガイコツ、針金とテグスで組まれた蜘蛛の巣――ハロウィンを彩る様々な造形物が、倉庫のあちこちに積まれている。
「びっくりした? うちの会社、こういうのを造るのが仕事なの。毎年公民館を借り切ってハロウィンパーティやってるから、その準備ってわけ」
「これ、みんなマヤさんが作ったんですか?」
「この辺に出てるのは、大体そうかな。クリスマスは営業所の人たちも手伝いに来るけど、ハロウィンはなかなか人手が足りなくて」
 黒猫も鼻をひくひくさせながらカボチャの中を覗き込む。どうやら猫にも好評のようだ。
「先生、こんな魔法も……あるんですね」
『そうだな。大したものだ』
「はい。ホントに、すごい」
「ストップ。……今喋ったの、誰?」
「へ? わ、私が「ほんとにすごい」って言いました」
「あんたは分かってる、その前」
 麻耶の指摘に少女と黒猫が顔を見合わせ、次いで同時にこちらを向く。
 応えたのは、黒猫だった。
『――その前に喋ったのは私だが。君は、私の言葉が分かるのか?』
「うん、その黒猫……今喋ったよね?」
 麻耶は今一度少女と顔を見合わせる黒猫に歩み寄り、首根っこを持って掴み上げる。
『うわ、止めろ。仕掛けなんかない! ……こら、どこを触っている!』
 ひっくり返して、また戻して――慌てる少女に構わず、黒猫の全身をまんべんなく探る。
「わ……っ!?」
 不意に電撃に似た衝撃を感じ、麻耶は猫を取り落とした。
「だ、大丈夫ですか先生? えっと、マヤさんも!」
『なんて乱暴な……それは君の職業病か何かか?』
 ふと我に返ると、黒猫が毛を逆立ててこちらを睨みつけている。
「あ。ご、ごめん。つい……」

「――えっと、改めて自己紹介しますね。わたしは魔法使いのレナータ。レナって呼んでください。こっちが、私の師匠のシヴァン先生です」
 椅子を与えられた少女が黒猫を抱きかかえて挨拶するのを、麻耶は自分の作業机に肘をついて聞いていた。
「疑って悪いんだけどさ、それって本当に魔法なの?」
『すぐに信じられないのも無理はない。しかし、君に私の言葉が分かるとは驚いた。大抵は、子供が多いのだがな』
「なによ。私、子供っぽいって事?」
『あ、いや。そういう意味ではないのだが』
 思わず声を荒げた麻耶に、黒猫のシヴァンはばつが悪そうに顔を背ける。
「マヤさんも、やっぱり科学のほうがいいですか?」
 彼に代わって口を開いたレナの言葉に、今度は麻耶が目を逸らす番だった。
「いや、なんていうかさ。魔法とか、そんな事いきなり言われても困るわけよ」
 作業机の本棚が目に止まる。造形に関する本に混じって立てられた、ぼろぼろの絵本を手にとった。
 タイトルは、「かすみのけもの―ヨーロッパのおとぎばなし」。
「……あたしだって信じたくないわけじゃないんだ、魔法とか」
 差し出されたその絵本を、レナは不思議そうに受け取った。
「……これは?」
「あたしが小さい時からずっと持ってる絵本よ。人間と友達になりたいケモノが、魔法使いに人間の姿を貰いに行く話。途中でケモノは人間を助けるんだけど、そのたびに裏切られて。最後は、唯一仲良くなった女の子をかばってケモノは死んじゃうの。魔法使いには会えずにね」
 ゆっくりとページを眺めるレナを一瞥して、麻耶は続ける。
「子供心に、そのオチはねーだろって思ったのね。私が魔法を使えて、助けてあげられたらいいのに。ううん、魔法なんか使えなくても、私ならケモノと友達になって、一緒に遊ぶのに、って。で、気がついたらこんな仕事してるわけ。今でも――」
 ぱた、ぱた。
 かすかな物音に気づいて、麻耶は言葉を止める。見ると、閉じられた絵本の裏表紙に水滴が乗っていた。顔を上げてこちらを向いたレナの顔が、涙でぐしゃぐしゃになっている。
「な――なによ、泣かなくってもいいじゃない、お話なんだから」
「マ……マヤざんびたいな優しい人に会えて、あだじ……カンドーじまじたぁ!」
 聞き取りづらい叫び声を上げて、レナが麻耶に飛びつく。
 シヴァンはといえば、気恥かしそうに向こうをむいて毛づくろいをしていた。
「ちょ、ちょっと!」
 困惑する麻耶に構わず、レナは小一時間ほど麻耶の腕の中で嗚咽を漏らしていた。

 不意に猛烈な寒気を感じ、麻耶は作業机から跳ね起きる。
 時計の針は十二時と少しを指していた。バレるといろいろ面倒なので庫内の照明は落としてあり、明かりは作業机を照らす電気スタンドだけだ。
 卓上にいたカボチャと目が合った。パテの乾燥を待っている間に寝てしまったらしい。
 少女とは「また明日」と約束し、黒猫はエビフライのお礼を言ってきた。彼女らを見送って作業を再開したのが、たしか十時過ぎ。
「まさか――夢?」
 足元に、コンビニの袋に入った弁当の空き容器が転がっていた。
――二人分だ。間違いない。
「うん。夢じゃ、ないよね」
 なんだか安心して立ち上がると、倉庫の上の方から月明かりが差し込んでいるのが見えた。ガラス窓の向こうに大きく澄んだ月がはっきりと見える。
――それだけ空気が冷えている、ということでもある。
 意識したとたん、猛烈にトイレが恋しくなってきた。用を足すには一旦倉庫を出なければならない。備えてある大きなマグライトを手に、作業机に近い勝手口を抜ける。
 月明かりのおかげでライトは無用だった。倉庫の立ち並ぶ幻想的な光景を見ていると、あの少女と黒猫の事が本当に夢だったのではと思えてくる。
 倉庫へ戻る途中、麻耶は気配を感じて足を止めた。
 少し先に誰かいる。一人や二人ではない、少なくとも五人以上。
 集まって何かを運んでいるようだ。
 麻耶の脳裏に、最近この周辺を騒がせている窃盗団のニュースが頭をよぎった。そういえば、社長もそんなことを――
 冷たい汗が、うなじをなぞる。混乱する頭がはじき出した答えは、『何も見なかったことにして朝まで倉庫に立てこもる』これ一択だ。
 自社の倉庫までのルートを脳内で辿り、数歩後ずさって一気に駆け出す。
 どん。
「ひ……っ!?」
 ぶつかったのは壁ではなかった。目出し帽をかぶった、大柄な男。
 相手もかなり驚いたようだった。体勢を立て直しこちらへライトを向けようとする彼のこめかみを、思わずライトでぶん殴る。
「おい! 来てくれ、女がいた! くそっ、ぶん殴られた!!」
 背後で響く男の怒号に構わず、麻耶は駆け出した。
 こちらの後を追う足音が増える。全速力で勝手口に滑り込み、鍵をかけた。
「しゃ、シャレになんないわよ、こんなの……っ!」
 乱暴にドアノブを回す音に、麻耶は改めてすくみ上がった。奴らはこの薄い金属ドアを一枚隔てた向こうにいるのだ。這いずるように資材の影へと身を隠す。
「おい、鍵開け持って来い!」
「いや、前に回ったほうが早い。見張ってろ」
 ドア越しの声が耳に届く。
――あたしは、シャッターに鍵をかけただろうか。
 この倉庫の正面シャッターは手動、鍵がかかっていなければ簡単に上げることができる……それこそ、麻耶の細腕でも。
 ばたばたという足音のあと、一瞬にして静寂が訪れる。
 携帯は――おそらく机の上のどこかにあるのだろうが、とっさには場所が分からない。
 背筋は痺れてむず痒く、心臓は飛び出しそうなくらいに弾んでいる。なのに、周囲には動くものが一切見当たらない。
 やがて――シャッターの上がる、麻耶の最も聞きたくなかった音が庫内に響いた。
 次いで複数の足音。ライトの光条も見える。
「う、うわあぁぁっ!」
 突然の悲鳴に、麻耶は身をすくめた。ついで、ドサドサという物音。
「なんだ……!? ぎゃあぁっ!」
「……え?」
 様子がおかしい。悲鳴を上げるのは、こちらのはずだ。
 物陰からそっと様子を伺った麻耶は、息を飲んだ。
 樹脂粘土性の幽霊とコウモリが、月明かりの差し込んだ庫内を跳ね回っている。ハリボテのカボチャに尻を齧られているもの、ガイコツに卍固めを受けて悶絶するもの……あまりにも異様な地獄絵図が広がっていた。
「ちょっと、なによコレ……」
「マヤさんっ!」
 呆然とその場に歩み出た麻耶の元に、聞き覚えのある声が届いた。半狂乱で逃げ惑う男達の間を縫って、黒猫をだいた少女が駆け寄ってくる。
「レナ……ちゃん?」
『レナが、嫌な予感がするというので戻ってきたら案の定だ。しかし、君の魔法もなかなか馬鹿にできないぞ。なぁ、レナ?』
「はい、こんなにイキイキ動いてくれたのは、マヤさんが愛情込めて作ったからですよ!」
「は、はぁ……どうも」
 概ね納得しかけた麻耶の意識を、さらなる物音が吹き飛ばす。
 勝手口が開き、さらに数名の男がなだれ込んできたのだ。
「げっ……!?」
 レナが持っていたステッキを男達に向けようとするが、逆に強力なライトの光を浴びせられて動きを止める。男のうちの一人が驚くべき素早さでレナの腕を掴んで羽交い絞めにし、ナイフを抜いて彼女の喉にあてがった。
「ぐ……」
「レナちゃん!」
「動くなっ! くそ……どんな仕掛けか知らねぇが、今すぐ止めろ!」
 背格好からして、さっき殴った目出し帽だった。白刃がレナの細い喉元に月明かりを照り返している。
 ごくりと唾を飲み込んだ真矢の足元で、シヴァンが口を開いた。
『マヤ君。悪いが、私の首輪を外してくれないか』
「何言ってんの、それどころじゃ――」
『いいから早く。とっておきの魔法があるんだ』
「何をブツブツ言ってる、早くしろ!」
 男とシヴァンを交互に見て麻耶は頷き、屈みこんで銀の首輪に手をかける。
「わ、わかったわよ。すぐ止める。だから、ちょっと待って」
 首輪が外れるとほぼ同時に、シヴァンの体が光に包まれた。
「わ……!?」
 光は一瞬大きく膨らみ――ローブをまとった青年が姿を現す。
 肩にかかるプラチナブロンドの長髪をかき上げてこちらを向いた淡いブルーの瞳は、確かに先程までの黒猫のものだった。
「な、なんだ?」
 あっけに取られる麻耶に不敵な笑みを送り、黒猫だった青年は男に向き直る。
『君の持っている絵本、実は間違っている。……レナ、彼らを少し懲らしめてやりなさい』
 きぃん。
 軽い金属音が床に落ちる。見ると、レナの付けていた銀のピアスだった。
 間をおかず、今度はレナの体に異変が訪れる。
 彼女の全身が影を落としたように黒く染まったかと思うと、溶けるように男の腕をすり抜ける。漆黒の塊は、見る間にヒョウに似た巨大な獣に姿を変えた。
「なッ……!?」
 腰を抜かした男たちに一声吠えて、怪物は暴れだした。
 鋭い牙に、ぎらりと光る大きな目。動きはすばやく、目にも止まらない。
 その姿は、まるで――
「かすみの、けもの……?」
『そう、かすみのけものは死んでなどいない。傷つきながらも無事私の元にたどり着いた。だから私は望む通りに人の姿を与え、レナータ・ヴィヴィマス――生きながら生まれ変わるものと名を与えたのだ』
 男たちが全て戦意を喪失したところでけものは動きを止め、こちらへ歩み寄る。
 大きな舌で頬を舐めてくる獣の顔に、麻耶は思わずしがみついた。
「そうだったんだ……人間の体、ちゃんと貰えたんだ……」
『――もっとも、レナの体を少女のサイズに収めるには、それなりの対価が必要になったんだがね』
 シヴァンは銀の首輪を拾い上げて、自らの首に嵌めた。彼は光に包まれ、黒猫の姿に戻る。
 床に落ちていたピアスが飛んできてけものの耳を捉えると、見る間にその体がしぼみ、彼女もまた寝息を立てる少女へと姿を変えていた。
「疲れちゃったのかな? でも、良かった。本当はハッピーエンドだったんだね」
『いや、真のハッピーエンドは今訪れた。けものは、友を勝ち取ったのだ……そうだろう?』
 黒猫の言葉に、麻耶はゆっくりと頷いた。

――数日後。
 ハロウィン・パーティの会場となっている公民館は、本来小学校の校舎だったこともあって無駄に大きい。自治体の協力で模擬店が出るなどして、ちょっとしたお祭りである。
「いやぁ、マジでどうなるかと思った。今年はなんかもう、いろいろありすぎて」
 麻耶は講堂の片隅に置かれた休憩用ベンチに少女の姿を見止め、その隣にどかっと腰を下ろした。
 窃盗団は「ハロウィン用の飾りに驚いて御用」という、なんとも不名誉な見出しで新聞を飾ることになった。麻耶は警察と社長にこってりと絞られた上、大暴れした飾りたちの修復作業で寝ずの作業を強いられたのだ。
「マヤさん、お疲れ様です。それにしても……すごいイベントですね」
「うちの社長と自治会長がノリノリだから。元々お祭り好きみたいだよ、この辺の人って」
「お祭り、か。みんなが楽しくなる魔法……これは魔法使いとしては負けてられません。ね、先生?」 
『君に任せる。そんなことよりエビフライだ、差し支えなければもう二、三尾頂きたい』
 足元で紙皿に盛られたご馳走をぱくつきながら、シヴァンが答えた。
「……もしかしてあんたたち、何か企んでるわけ?」
 答えの代わりにレナは立ち上がり、人差し指を立ててくるんと回す。
 同時に講堂内の照明が落ちる。ざわつく人々の声を遮って、少女の声が響いた。
「お待たせしました! 本日のサプライズイベント、お化けと魔女のダンスショーのはじまりですよ!」
 ややあって館内に光が戻る。同時に、麻耶は思わず声を上げた。
 いつの間にか、フリル付きスカートの魔女へと着替えさせられていたのだ。
「ちょっ……なにコレ?」
「えへへ。似合ってますよ、マヤさん。そのままステージへどぞ!」
 吸血鬼や狼男が、ステージで曲を奏で始めた。曲はマイケルジャクソン「スムース・クリミナル」。
「……やってくれるじゃない」
 麻耶は苦笑とも笑みともつかぬ表情を浮かべ、ふわりと飛んでステージへ躍り出た。

コメント(2)

<投稿者のねこると.45によるあとがきがあります>
 どなた様もお世話になっております。すごいや、やっぱりマイケルは魔法使いだったんだ! 毎度おなじみねこると.45でございます。 ウィザード本編見てないのにシャバドゥビタッチヘンシーン!!が脳内を駆け巡っております。うちの子もコネクトプリーズで亜空間にしまえたらどんなにいいかと……閑話休題。
 実はこの話、構想段階で思いついたのが「猫がエビフライに異常な執着を示す」ただそれだけだったのですね。なのでキャラも設定も話自体も二転三転しましたが、ここはなんだか初志貫徹できてちょっと満足。我ながらシヴァン先生きゃわわです。当初女性キャラの予定だったのが野郎にしてから可愛さが増す不思議。
「かすみのけもの」というおとぎ話は僕の創作です。実は有名な絵本が題材にありますがご想像におまかせということで。
 けものの人間名、『レナータ・ヴィヴィマス(生きながら生まれ変わるもの)』はラテン語です。しかしラテン語なんて齧ったことないので多分間違ってます←
 今回の小ネタはマイケル関連、麻耶さんは歌って踊れる実践派のマイケルファンという裏設定。ストレンジャー・イン・モスクワはモノクロのPVが美しいので一見の価値ありですよ。彼女が雨の中で歌ってるのも関連。最後の曲はスリラーと迷いましたが、バックダンサーがゾンビでは何かとニオいそうなのでスムースクリミナルで。ダンス的に麻耶さんのパンチラも期待でき(ry
 おあとがよろしいかは別として今回はこの辺で……そんな感じでお送りした「かすみのケモノと月明かりの魔法」、お目通しありがとうございました。楽しんで頂ければ幸いです。 また、どなた様も今しばらく第三回ねこると小説大賞にお付き合いくださいませ。 ねこると”卍固めをかけて自己崩壊しないだと? ガイコツの関節にはリボ球が仕込まれているに違いない”.45
<読んだ人の感想>
・王道ファンタジー好きです。全体的に可愛らしい感じでした。
・師匠!!
・最初の下りがそこにそうやって来るとは。魔法乱用ってオチも面白かったです。
・先生とレナは大変なポイントを盗んでいきました。まさか美(?)青年だったとは…そしてケモナーな自分歓喜。
・特別賞3『ふんどし』
 作品名: 『霞のケモノと月明かりの魔法』
 言った人:シヴァン先生
 台詞: 『いや、真のハッピーエンドは今訪れた。けものは、友を勝ち取ったのだ……そうだろう?』
 よろしければ感想をどうぞ。: …ギプリャ!!

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