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ねこると創作クラブコミュの第二回ねこると短編小説大賞応募作品No8『というか、残りの人生​を俺にくれよ』

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 桜の花びらは秒速五センチメートルの速さで地面に落ちていくのだと、誰かが言っていた。ひらりひらりと地面に降り積もる淡い色。今日は午後の日差しが暖かい。健人はのんびり川沿いを歩いていた。せっかく仕事が休みなのだ。彼女とデートでもしたいところだが、生憎彼と付き合ってくれる女性がなかなか居ない。健人と知り合った女性は皆が口を揃えて言う。「黙っていればかっこいいのに」と。


 健人には母親が居なかった。酒癖のわるい夫に愛想を尽かせて出ていったらしい。母の温もりを知らないせいかどうかはわからないが、高校生の頃にはクラスメイトや他校の女子生徒に声をかけては、次々と新しい彼女を作っていた。もちろん修羅場になったこともある。しかし健人は持ち前の口の上手さでそれらをのらりくらりとかわし、また別の女の子のところへと移り変わるのだった。そしてそのまま大学へ入学した健人は、更に手広く女性に手を出すようになった。同じゼミの同級生、サークルの後輩、果てはバイト先の人妻など、健人の容姿に惹かれてやって来た女性はとりあえず手当たり次第。そんな大学生活で健人が学んだことと言えば、割りきった付き合いがベスト、と言うことだけだった。大学は二年の途中で行かなくなった。そしてその頃関係を持ったのは、風俗嬢をしている綺麗な女性、名前をミナミといった(といっても本名ではないのだが)。ミナミは普段お金を貰ってお客を満足させる立場にある。しかし健人は、二人で『楽しむとき』だけはミナミのしたいようにさせていた。ミナミは少し特殊な性癖があった。自分が相手を支配する、そこに興奮を覚えるのだという。また、健人もそこで初めて、自分がマゾヒストであることに気がついた。特に少なからず自分が興味を持った女性に見下されたり暴力を受けたりすると、興奮するのだと。それ以降、関係を持った女性に幾度とミナミのような『楽しみ方』を求め、「変態」と言われた。だが健人は嫌な気持ちがあるわけでもなく、ただ「自分は変態なのだ」と受け止め、その罵りすら『楽しみ』に変えるだけだった。

 そんな奇妙な生活を繰り返していた健人も、あるきっかけで人並みに夢を持つようになる。多くの女性と関係を持ってきた健人であったが、その中の一人が妊娠したと健人を訪ねてきたのだ(結論だけで言えば虚言だったのだが)。『妊娠、出産』。何故か健人はそれに非常に興味を持った。小学生の性教育に使われそうな本から果ては専門書などを読み漁り、妊娠、出産について調べた。しかし知れば知るほど女性の体は神秘だった。健人はあまり会話の無い父親に無理を言って違う大学に通わせてもらった。産婦人科の医者になるために。もともと頭の回転が早い健人は、勉強もそんなに苦労したことはなかったが、さすがにこの時ばかりは必死に勉強した。こうして今の健人が有るのだった。



 春は恋の季節。また、新しい生命が芽吹く季節でもある。健人は春が大好きだ。桜が咲く頃には、休みとあらばこうやって外を目的もなく歩き回る。川沿いから町中へと足を運ぶ。先程までは静かで穏やかだった世界が、騒がしくごちゃごちゃした世界へと変わる。
「(今日はこのまま適当に声かけて、時間潰しだな…)」
そんなことを考えながら新しくオープンした美容院のビラ配りを横目に、通りをまっすぐ南に向かって歩いた。美味しい珈琲を出してくれると話題の喫茶店の角に差し掛かったとき。目の前を桜の花びらが一枚、ひらりと舞った、ように見えた。しかしそれは花びらではなく、目の前を横切った少女の、淡い桜色をしたワンピースだった。健人は目を奪われた。
「あ…」
無意識に健人の口から声が出ていた。ワンピースの少女は気付かず通りすぎていく。きれいに整った顔立ちの少女。それは、桜の妖精かと思う程で、健人の目を奪うには十分だった。気がつけば健人はその少女の前に立ち塞がっていた。
「ねえ、君」
と、声をかければ、不思議そうな顔をして見上げる少女。健人は自身でも、その少女の瞳に映る自分は、とても胡散臭く、『良い顔』をしいるのだと予想できた。
「私、ですか?」
「そうだ、君だよ」
凛とした綺麗な声だ。健人は頭の中で少女の声をリピートさせた。そして目を細めて笑いながら、言葉を続ける。

「君、俺の子を産んでみないか?」

綺麗な顔が、みるみるうちに歪んでいく。健人を蔑む様に。その歪み具合に比例して、健人のテンションは、どんどん上昇していった。
「あぁ!その表情!とても良いよ!!」
なんというか、こう。ぞくぞくするんだ!と健人は大袈裟なほどの身振り手振りで話す。少女は自身(そのワンピースの上に羽織っているカーディガン)の胸元をぎゅっと握りしめて身構えた。
「……何なんですか貴方」
健人を見据えて少女は言う。その表情と声に健人が更に興奮したのは言うまでもない。少女は眉を寄せて嫌なものでも見るような表情になり、逆に健人は、この綺麗な顔を歪めたのはこの俺自身だ!と恍惚とした気持ちになっていく。二人はとても対照的だった。
「怪しい者じゃないんだ」
「嘘つかないで下さい」
少しでも少女の緊張を解こうとする健人に、間髪を入れずに少女が言った。健人はまた大げさに、「酷いな」とでも言いたいかの様な身振りをする。本当に俺は怪しい者じゃないんだが。身分だって証明できる。仕事もしてる。ほら、俺以上に怪しくない奴なんてこの世に存在しない!と早口に捲し立てる健人。すると少女がが一つため息をついて言った。
「私は無駄な時間が嫌いです。なので貴方にこれ以上構いたくないのですが」
これには健人の表情もきょとんとなった。可愛い顔をして、随分ハッキリと物を言う少女だ。早口に捲し立てたのがいけなかったのだろうか?いつもならもっと余裕を持って女性と話すと言うのに…。だが気をとりなおした健人は少女に顔を近づけ、これ以上無いほど大きな手振りをしながら少女に言った。
「無駄?俺と君との時間のどこが無駄だって言うんだい!?」
すると少女はますます嫌そうな視線を健人に向けた。
「本当になんなんですか、貴方は…」
「あぁ、そうだな。まだ名乗ってなかったな」
「そういう意味では」
ないのですが、と少女が言い終わるよりも早く、健人は口を開く。とことん人の話は聞かない健人に、少女はまたため息をついた。
「健人です。よろしく」
そんな少女もお構い無しに、健人はにっこりと笑って手を差し出す。
「君は?」
「………美咲、です…」
少しの間を置いて、少女(美咲という名前らしい)は答えた。ただし、差し出された手を握り返すことはせずに。
たが当の健人はこれまた、きょとんとした顔をしている。
「みさき、…美咲か…」
更には小さい声で美咲の名前を呟いていた。健人は思った。例えばこの名前が偽名だと後でわかったとしても、俺は少女の事をいつまでも「美咲」と呼んでしまいそうだ、と。それほどまでに、その名前は少女にぴったりだった。
「そう、美咲か!綺麗な響きだな。実に良い名前だ」
今までの表情とはうって変わり、健人は目を細めて穏やかに言った。




 自分を捨てて出ていった母と、ネグレクト気味の父の間で幼い健人が唯一両親の愛を感じられたもの。それは自身の名前だった。だから健人は他人の名前も大切にする。そして少女の、美咲と言う名前は今まで出会ったどんな女性よりも綺麗な響きだと感じた。だから素直に言った。

「美咲の容姿や、その桜色にもよく似合う」

そう、健人は思ったことを素直に言ったまで。それだけだった。
「貴方…、」
「ん?俺の子を産む気になってくれた??」
ふっ、と今まで警戒していた美咲の表情が和らいだ。これはチャンスと、健人がいつもの様に軽口を叩くと、美咲は更に表情を和らげて微笑んでくれる。健人はここで初めて、自分の中に何かいつもと違う感覚があることに気がついた。
「残念ながら私は未成年ですが」
「年齢なんて関係ないさ!」
「関係ありますよ。犯罪です。……まぁ、でも…」
一拍置いた後、美咲は健人を真っ直ぐ見た。しかしそれは最初の様な敵意の視線ではなく。
「名前、誉めてくれてありがとうございます」
今までに無いほどの綺麗で優しげな微笑みだった。一瞬、時間が止まった様に、健人は感じた。美咲の澄んだ瞳に映し出された健人は、きっと随分と間抜けな顔をしている。動機が少しずつ、早くなっている気がする。
「何ですか?まだ、子供だの産めだの言うんですか?」
口説き文句にしては、それは酷いですよ?と、急に黙り込んでしまった健人を今度は美咲がからかった。健人は必死に考える。そこで自分にいつもの余裕が無くなっていることに気がついた。頭が回らない。
「あぁ、違う。俺が言いたいのは、つまりだな…」
「……?」
美咲は小首を傾げている。ああ、君はただ綺麗な訳ではなく、愛らしさまで備えているのか。と余計なことが健人の頭をよぎった。
「えぇっと、何て言えばいいのか…」
必死に言葉を探す。しかし何故かいつもスラスラと浮かび上がる口説き文句も、自分が伝えようとしていることも、今は出てこなかった。
「つまりだ、俺にとっての『産んでくれ』って言うのはだな…」
健人は思考を巡らせた。いつから俺はこんなに余裕の無い奴になったんだ?動機もだ。なぜか息苦しい。それから、頬に軽く感じる熱。
「何ですか?」
これでは、まるで俺が美咲に一目惚れでもしている様な…。と、ここでようやく、健人の中で何もかもが一つに繋がった。一目惚れ?そうか。一目惚れか!
「そう!!つまり、俺は君に一目惚れしたって事なんだ!」
「!」
健人は美咲の手を取って、顔をズイッと近づけた。








(…あ、あの、一目惚れは解ったんで、離してもらえませんか?)(あぁ、照れた顔がまた可愛いね、美咲!)(人の話聞いてます?)(聞いているさ!そうだな、美咲がそこの喫茶店で俺と美味しい珈琲を飲んでくれるなら!)(……しょうがないですね)(!!!)(私も健人に興味が湧きましたから)(俺の名前!!)

コメント(2)

<投稿者の巳莱さんからあとがきコメントがあります>
こんにちは。
『というか、残りの人生を俺にくれよ』(以降:『タイーホ』←たれちゃん命名)で、第2回ねこると小説大賞に応募させていただきました、巳莱-mirai-です。
大体の場合ですが、短編を書くときには「KO RE DA!」と思う台詞を一つ用意し、その台詞に合わせてストーリーを考える私です(よく言う『この台詞を言わせたいだけの作品』というものです)。
このお話では、『君に一目ぼれしたってことなんだ!』でした。
実はこの作品、2008年に仕上げていたもので、良く言えばリサイクル。悪く言えば使いまわしです。
もともとは二次創作のべーこんれたす小説でした。原作に『俺の子を産んでくれ』がデフォのキャラがいて、そいつ目線の作品でした。
しかし2008年の時点でのこの作品、携帯用のサイトに載せていたものなので、文章は短く薄っぺらく・・・と、とても小説大賞に出せる代物ではない。
さらに文章が稚拙。
そこで肉付きをたくさんたくさん行い、新・『タイーホ』が完成しました。
ちなみにこのタイトルはとてもお気に入りです。

ところで私は『夏と花火と私の死体』や、『きみにしか聞こえない』、『ZOO』などを生み出した、乙一さんのファンです。
乙一さんは俗に、ミステリーや暗い話、ちょっと怖い話を書く『ブラック乙一』と、感動ものや恋愛ものを書く『ホワイト乙一』があります。
両方大好きなのですが、今回の『タイーホ』を書き上げてすぐ、ずっと買いそびれていたブラック乙一さんの『死にぞこないの青』を購入しました。
やはり好きな作家さんに影響されるのでしょうか。文体が若干乙一さんに影響されていると改めて感じました。
私も普段はブラックが多いですし。


最後に。
タイトルや健人と美咲のやりとりで、意外と『ふんどし賞』を狙っていたのはここだけの秘密。


5月某日 巳莱-mirai-
<読んだ人の感想>
・主人公逮捕おおおおおお!!の一言につきます。今回は真面目で綺麗にまとまった話が多かった中、異端で面白かったです。
・読みやすかった。なぜかなーと思って、ハッとした。そうか、私変態だった(驚愕)

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