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ねこると創作クラブコミュの第一回ねこると短編小説大賞応募作品 Ex.『リアルエスケープ』

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<注意:本作品は規定文字数をオーバーしているので選考対象となりません。投票時、『リアルエスケープ』への投票分は無効票となりますのでご注意下さい>

リアルエスケープ

「くそー、明日は数学の抜き打ちテストなのに勉強が全く進まねー!毎回満点記録更新中の俺様が、万事休すか!?」
 俺はそう言ながら、風呂上りの湿った髪をくしゃくしゃにかき乱した。そう、明日は抜き打ちとは名ばかりの生徒に事前告知されたテストがある。と言っても、前日の放課後のHRにさらりと通知されるだけだが。そしてそのテストは朝っぱらから行われ、小テストのわりにはボリューム満載でとてもじゃないけど事前準備なしではクリアできそうもない内容なのだ。
 俺は、そんなハードルの高いテストを今まで満点でこなしてきている。ここまでくれば今度も満点を狙わざるを得ない。
 完璧主義を目指す俺には越えられない壁などあってはならないのだ。そう思いつつ、0.5ミリのシャープペンシルを手に取り教科書を睨み付ける・・が、視線はすぐに本棚の方へ。
「ぐぬぬ・・。」
俺はその、姉ちゃんから借りパチしたクマのシャープペンシルを投げつけた。
「うわー、なんだよ!今日に限って集中が持たねーっての!」
 髪をかき乱すたびに水滴がノートに飛び散る。心を落ち着けるために俺は一度机から離れ、先ほど投げ捨ててしまった姉ちゃんのシャーペンを大事そうに拾い上げた。
 ふと顔を上げると、部屋にある全身が俺を映し出す。というか、部屋の狭さのわりにこいつは場所を取り過ぎな気がする。縁がピンク色なのは姉ちゃんのお古だからだ。
 俺はそこに映るわりと疲れた顔をした美形を見つめて溜息をついた。
「はあ、俺もとことん物好きな男だぜ。こんな中間考査でも期末考査でもない単なる小テストに悩むなんて。どうせ勉強するんだったら、いっそもっとぶっ飛んだことをしてーもんだ。こう・・もっと誰もマネできないような非科学的なことを・・。」
『ほうほう・・たとえば?』
「たとえば?そうだな〜。ま、魔法・・みたいな?」
『なるほど、それは好都合。』
「・・・って、ええ!?」
 俺は慣れもしないノリツッコミに合わせてその場にしりもちをついた。驚くのも無理はない。俺以外誰もいるはずもないこの部屋で聞こえるはずもない声を発していたのは、鏡の中のややイケメンな自分であった。
 意味がわからない。この時の状況を言葉に表すのは非常に困難だが、そう、しいて説明するなら、俺は今しりもちをついている。しかし鏡の中の自分はしりもちをついていない。というか、鏡の中の俺自身を見下ろすように突っ立っている。
普通、鏡というのは自己陶酔・・じゃない。自分を反射して映し出すだけの板。というかガラスだ、ただの道具だ。なのに鏡の中の自分が自分と同じ行動をしないのはちょっとしたホラー映像だぞ。まるでその鏡の中に別の空間があってその中にもう一人の俺がいて、そいつがこの俺を見つめているような・・そんな感覚だ。
どうだ?わけがわからないだろう?
ははは、大丈夫だ、心配するな。俺にもわけがわからないよ。
『なんだ、なんか言え。』
「なあ、これ録画したら恐怖映像として放映してもらえるだろうか?」
『はあ?信じてもらえるわけねーだろ、バカかテメーは。』
「・・自分の姿にバカと言われてもな。」
 俺はようやく立ち上がった。なんだ、恐怖映像かなんだか知らないが元は俺なんだ。知るか。バカ、俺は明日の勉強で忙しいんだ。
 そう思いながら、俺が再び手放してしまったシャーペンを拾い上げて無言で勉強机に戻ろうとすると、鏡の中の俺が話しかけてきた。
『明日の抜き打ちテストの勉強か?』
「ああ、そうだよ。だから邪魔すんな・・・って!」
 俺は鏡の前にかけこんだ。
「なんだ、お前は未来の俺だったりするのか?じゃ、じゃあ明日のテストの・・。」
『結果なんてわからん。あいにく俺も明日に抜き打ちテストを控えたお前だ・・。』
「な・・んだよ、そっか。」
 俺はへなへなと鏡の前に座り込んだ。自分でも物分りのいい方だとは思っていたが、こんな超絶非現実的な状況において、よくもまあこんなに冷静でいられたもんだと不思議だった。
「ん?それより、鏡の中の俺。」
『ん?』
「なんで俺がテストの結果を聞きたがっているってわかったんだ?普通の人間は、ここは結果じゃなくてテストの内容だろう。」
 すると鏡の中の俺はフッと笑った。そして、まったく動かなくて不思議だった背景の勉強イスを画面端から引っ張り出し、そこにふんぞり返って言った。
『お前は俺だろ?俺様はいくら満点を欲しているからと言って、テストの問題を聞き出すようなカンニングまでして満点取ろうなんて考えないだろうからな。』
「なるほど、そうか。じゃじゃじゃ、その座り方やめろ。恥ずかしい。」
『あ・・・・。』
 俺に指摘され、鏡の中の俺はすごすごとイスから降りた。そして俯いて言うのだ。
『スマン、ちょっとテンション上がって。』
「それが俺の悪いクセだ。」
 なんだ、一人漫才でもしてんのか。あほらしい。
 またもや俺が机に戻ろうとすると、鏡の中の俺が必死そうな声になって呼んできた。
『まてまて、無駄話が多すぎた。簡潔に言う。鏡の中の俺、頼むから俺と入れ替わってくれ。』
 俺はイスのキャスターと回して、鏡の俺に問う。
「はあ?なんの話だ?」
『聞け、真面目な話だ。俺なら信じてくれそうもない話だが、信じろ。今話している俺は、お前から見ると鏡の中の自分。つまりもう一人の自分だ。これはつまり・・』
「ドッペルゲンガー?」
『そうそう、そんなやつ。つまり、出会ってはいけない存在同士。俺はパラレルワールドのお前なんだ。』
「へー・・・。」
『あ!その目はやはり信じてないな!くそう、もっと夢見ようぜ、そっちの世界の俺!だけど、お前を説得するような時間はあまりなくてだな・・。』
 すると、鏡の中からいきなし手がにょきっと生えてきた。
「うげっ。」
 さすがの俺もイスから転げ落ちるほどの衝撃を受けた。でも待て、これは鏡から手が生えてるんじゃない。あちらの世界の俺がこちらの世界に手を伸ばしているんだ。
『頼む、もう・・繋ぐ・・時間がない・・んだ。』
 鏡の世界の俺は必要に俺に手を伸ばしてくる。俺を捕まえるつもりだろうが、冗談じゃない!鏡の中にパラレルワールド?いくら自分の言葉だろうと信じられるか!
 俺は、もう一人の俺が伸ばす手をしっしっと振り払いながら後ずさりする。
「や、やめろ。来るな、来るなよ!」
こんなのどんな恐怖映像だよ。ホン怖に出してやる!
 しかし、鏡の中の俺はしつこかった。俺の右腕をようやく掴むと、そのまま思いっきり引っ張られた。そしてその反動で、鏡の中からあちらの世界の俺がこちらの世界に飛び出してきた。同時に、俺も鏡の中に引きこまれる。悲鳴を上げる間もなく、すれ違いざまにもう一人の俺が言った。
「ゴメン。多分、ホン怖は無理だよ。」
「うるせええぇぇぇぇぇ・・・。」

「ハッ!」
 目が覚めると、俺は勉強机の上でうつ伏せになって寝ていた。窓の外をみるとスズメがチュンチュン。すっかり明るくなっていた。あ、やべっ。俺としたことが寝落ちだと?
 ふと手元のノートを見ると、書いた計算式らしき文字が俺のよだれで濡れてふやけてしまっていた。ダメだ、これは解読できそうにもない。というより・・・。
「だは〜!全然勉強してねえ!」
「梓〜、なにしてるの。早く起きないと遅刻するわよ!」
 階下から母(五十近い)の俺を呼ぶ声がする。なんたることだ!
 この完璧主義(目標)の俺がテスト勉強の途中で寝落ちし、しかも寝坊するなんてなんたる不覚!
 仕方ない!勉強はマッハで学校へ行き、先生が教室に来るまでのわずかな隙にやるしかない。
「今、起きました!」
 とりあえず階下の母に返事をし、急いで服を着替えて階段を駆け下りた。カバンの中には机の上の筆記具を全部詰め込んだ。授業の教科書などは問題ない。テストのある数学以外、全て学校だ。
「いってきまー。」
 靴のかかとを踏んだまま家を飛び出した時、目の前に氷海が通りかかっていたらいつもの時間。よし、大丈夫、間に合った。
「氷海!」
 俺は、その男に話しかけた。氷海は俺に振り替えると意外そうな顔を見せた。
「なんだ、君が寝坊するなんて珍しい。あやうく、僕一人で登校する所だったじゃないか。」
「寂しいならうちの前で待っててくれてもいいだろ?そんなこと言いつつもそそくさと登校するんだもんな、お前は。」
 俺が笑いながらそう言うと、氷海はフッと鼻をならした。
「嫌だね、それじゃあ僕が遅刻する。そんなことよりも、今日は君の大好きな例の小テストの日じゃないか。まさかその為に徹夜で勉強して寝坊したとでも言うのかい?」
 ぎくり、一番つつかれたくない話題を出されたな。あんなに満点取るって息巻いてた反面『実は全然勉強できませんでした〜』なんて死んでも言えねーし・・。
「ま、まあ、それなりに?」
 と、俺は当たり障りない解答をした。まあ最も、教室についたらソッコーで勉強するけどな。
「ふーん。まあ、今回も満点だったらいいね。」
「そうだな・・はは、ははは。」
 いつもそれなりにいい点数の氷海のこの表情、今の俺に問ってみれば、ものすごいむかついた。

 教室に入ると、なにやら妙に騒がしい。みんな教科書やノートを黙々と音読していた。えっと・・。
 席についた俺はすかさず勉強するつもりだったが、なにやら音読するクラスの連中が不気味に思えてきて、思わず前の席の氷海の肩をつついた。
「おい、氷海。なんなんだみんな、今日は英語の発音テストでもあったか?」
「は?そんなの・・」
 ガラガラガラ・・・・。
「はいはーい、みんな勉強やめいっ!今から抜き打ちテスト始めるぞーい!」
 すると、いつもならチャイムが鳴った後に入ってくるはずの日内女教諭が、可愛らしくてわざとらしい声を上げながら教室に入ってきた。おいおい早すぎだろ、いくらなんでも。まだ、チャイム鳴るまで時間あるぞ。
 俺と同じことを思ったのか、笹原が焦りながら抗議した。
「先生!もうちょっと時間ください!あと五分でいいですから。」
 しかし、女子生徒には厳しい日内にそんな抗議は通用しなかった。
「五分あってもなくても、覚えられんもんは覚えられんのんじゃあぁぁ!・・・じゃあ、テスト配りますね。」
 日内先生のドスの聞いた声に、みんなはすごすごと教科書などの資料を机の中にしまった。俺も、観念して勉強用具をしまう。みんなはあの凄味の聞いた方言混じりの方にビビったんだろうが、俺はそのあとの笑顔の方がよっぽど怖かったぞ。
 配られるテスト用紙。一番後ろの席の俺に回ってきたそれを見て、俺は目が飛び出るほど自分の目を疑った。
 名前を書く欄の下には見慣れぬ文字の羅列、そして無駄に長い解答欄。そこには、俺が予想していた数学の数の字どころか数字すら見当たらなかった。
 これは、アラビア語?インド語?アメリカ語?
 俺が目を疑っている中、黙々と問題を解くクラスのみんな。完全アウェイ、ぼっち状態。完璧なる異空間と化した教室に打ちひしがれた俺に追い打ちをかけたのは、テスト用紙の上部に書かれた科目欄だった。
 魔法・・数理?
「魔法だって!?」
 静寂と化した教室に俺の情けない叫び声が響き渡った。
「どーしたのかな?アズ・・東くん?ヤマ勘が外れちゃったのかな〜?」
 日内が顔をひくひくとさせながらそう言うと、クラス中がドッと笑いにわいた。俺は恥ずかしくなって下を向いてしまう。いや、恥ずかしいのではない。いかんせん、まだ頭の中が混乱しているのだ。
 ヤマ・・勘だと?いや、それ以前の問題なんですが・・。これ、数学の問題じゃないよね?明らかに違うよね?
 魔法、魔法、魔法?
 俺の頭の中で、その文字がゲシタルト崩壊。唯一読み取れる文字が非科学的で厨二まっさかりな『魔法』て。
 そんな時、俺の頭の中にキュピーンと昨日の記憶が蘇った。いや、正確には思い返した。だって夢だって思うだろ普通。
 まさか・・まさか。まさか、まさか。
 ここはパラレルワールドの世界なのか?
 そう確信した俺は、正直身震いが止まらなかった。冗談じゃない!こんなことあってたまるか!
 俺は思ったら即行動に移すタイプだ。というかこの場合、あまり物を考えていたとは言い難い。とにかくこの異空間が怖くてたまらなくて、俺は敵前逃亡、もとい、教室を飛び出した。日内やクラスの連中がざわつく中、俺は見慣れたはずのいつもの廊下を走り出す。と、とにかく逃げたかったのだ。人はこれを『現実逃避』と呼ぶ。

「はい、反省しています。もうしません。」
 俺は化学準備室の冷たい廊下に正座して、目の前の般若の形相の日内に頭を下げていた。
 テスト逃亡も虚しく、ものの数秒で日内に捕まってしまって今にいたる。まあ、捕まるのは当たり前としてその捕まえ方だ。日内愛用の支持棒はにゅるにゅると数十メートルも伸び、まるで蛇の如く俺の足にまとわりついて俺をこかしたのだ。
 もちろん元々伸びる仕様ではないし、いくら伸びたとしてもあんな動きは不自然で不可思議すぎる。
 ニュートンに逆らってんじゃねー。あんなのまるでムチだ。いや、ムチよりタチが悪いか。あれ、変幻自在に伸び縮みするもんな。
 とにかく、あんなもの見せられたあかつきには、もう信じるしかなかった。というか、信じたくないけど事実だ。ここは俺の知ってる学校じゃない。ここは異世界、もう一人の俺が言ってたパラレルワールドなんだ。

「パラレルワールド?」
 しかし、そんなことを言っても誰も信じてくれるはずもない。日内は真剣な顔で一通り説明した俺を見つめ、ケタケタと笑い始めた。
「アズマン、あんたいつから嘘を言うのがそんなに下手になっちゃったの?」
 そしてまた腹を抱えて日内=ひうっちゃんは笑い出した。
 俺はとりあえず、ひうっちゃんの般若の形相が直っただけでもホッとして胸をなで下ろすのであった。
 アズマンというのは俺『東(あずま)梓(あずさ)』のあだ名だ。教師からなぜそんなにフレンドリーなのかというと、ひうっちゃんもとい、日内家と東家は遠い親戚関係だからだ。
 正直、日内(ひうち)を『ひうっちゃん』と呼ぶのはうっとおしいのだが、プライベートの時はフレンドリーに行きたい!むしろそうしろ!という担任教師らしからぬ強い命令が下っているのでしぶしぶそうしている。
まぁひうっちゃんはまだ若い方だし、昔から勉強を教えてくれた中だからまだいいかなと思っている。
 しかしこれだけ親しくても、信じてもらえないものは信じてもらえない。まあ、仕方ないことだろうけど。俺からしたら、ひうっちゃんが得体の知れない魔法を使いこなしていることが未だ信じられない。ちなみにクラスの連中は教室で自習中だ。俺はひうっちゃんの研究室と化した準備室で説教されている扱いである。 
 ひうっちゃんは一通り笑った後、もう一度俺の話を整理した。
「つまり、もう一人のあんたが別の世界のあんたを勝手に連れ込んで入れ替わっちゃったってこと?」
 俺は深刻な顔をしてコクンと頷いた。やはり、そうだ。俺は昨晩、もう一人の俺に無理やり鏡の世界へ引きづりこまれた。入れ替わりに向こうにあいつが行ったのも覚えている。しかし記憶はそこで途切れ、気がついたら今日の朝だった。てっきり夢だと思っていたのだが、これは現実。昨日の出来事もまぎれもない事実で、俺は魔法世界のパラレルワールドへと来てしまったのだ。
 自分自身の確認のためにもした説明だったが、とても支離滅裂で信じようもない話だってのは俺が一番よくわかっている。案の定、ひうっちゃんは怪訝そうな顔をする。
「しつこいわよ。どうしてそんなメルヘンチックな作り話までするわけ?そんなに私の魔法数理のテストを解く自信がなかったのかしら?ま、今回はアズマンの満点対策にちょーっと難易度を上げたんだけどね。」
「・・ここの世界の俺も満点取ってたのか。まあ、俺だもんな。・・でも俺対策に難易度上げるってどうよ?」
「だってだって!毎回満点取られるなんてくやしーじゃん。」
 そう言って、ひうっちゃんは手足をバタつかせた。この世界のひうっちゃんも変わらないな。まるで子供なんだから。
 そうか、この世界は魔法がある以外はなにも変わらない世界なのかもしれない。俺も。俺の周りの人々も。道理で今まで気付かなかったわけだ。・・まあ、根本的すぎる所が俺の住んでた世界とは違いすぎるのだけれども。
 だけど、魔法の世界にしたって・・学校に来るまでの間に気付いてもよさそうなものだが。
 俺のイメージの魔法の世界は、朝飯の目玉焼きが宙に浮いて食卓に運ばれて、外では空飛ぶ絨毯や箒が飛び回っているイメージだ。そのことをひうっちゃんに告げると、ますますバカにされてしまった。
「空飛ぶ絨毯?ランプの精でも出てくるのかしら?そんなので公道を走っていたら道路交通法違反でしょ。というより、いまどき恥ずかくて誰もやらないわよ。それ以前に、学校外での魔法は免許ないと使えないし。」
「免許?道路交通法?」
「はあ?これくらい常識でしょ。いまどき小学生でも知ってるわ。」
 悪かったな、小学生以下で。少しイラッときたので、俺はまた聞き返してやった。
「随分ご都合主義だな。学校外では使えないなんて。なんだよ、その取ってつけたような決まりは。しかも免許って。」
「あら、じゃあ医師免許のない人間にオペを任せるの?病院を経営させるの?それと同じよ。監視のない外じゃ、ハンパな力じゃケガするだけだから。」
 ぐっ。なんとなく納得できるようなできないような。俺が黙っていると、少し勝ち誇った様子のひうっちゃんは話を続けた。
「まあ、天才魔法数理の先生の私はちゃーんと免許持ってるんだけどね。」
「じゃあ聞くが、教育制度上いつから魔法なんて習うんだ?まさか高校からだとかほざかないよな。」
「そうよ。高校からよ。」
「なんでだよ。」
「じゃあなんで数学は高校から習うの?それと同じよ。」
 それは算数という下積みがあるからだ、それとこれとは話が違うと言い返したかったがやめた。これ以上話しても、全て理屈っぽい屁理屈で返されて終わりそうだったからだ。
 ツッコむとキリがないが、ここはこういう世界なのだと理解した。確かに考え方によればなかなか楽しい世界じゃないか。郷に入りては郷に従え。俺はすぐさま元の世界に帰りたいとばかり考えていたが、もう少しだけこの世界で過ごしてもいい気さえしていた。しかし、俺は一つ小さく呟いた。
「でも『学校の外は魔法は使えない』なんて。」
 すると、それを聞いていたひうっちゃんは訊ねた。
「その余事象は?」
「え?『学校では魔法が使える』・・そんなの単なる屁理屈だ。」
「ピンポンピンポン!屁理屈けっこう。物事はいい方に考えなくっちゃ!」
 余事象。簡単に言えばある事象の真逆。俺の世界では数学教師だったひうっちゃんと、数学大好き人間の俺がお気に入りな屁理屈用語。まさかこの世界でも聞くことなるとは・・。俺はこの世界にも数学はあるのだということを知って喜んだのと同時に、ひうっちゃんはひうっちゃんなのだと実感した。

 授業終わりのチャイムが鳴った。
「しかし、問答無用に再テストはあるんだな。トホホ・・どうやって俺に異世界の問題を解けと言うんだ?あの人は。」
「あ、あの。アズマン。」
 ひうっちゃんの自称お説教が終って俺が準備室を出るとすでに休憩時間に入っており、心配した面持ちの笹原が部屋の前に立っていた。
「あ、笹原。そ、その、待っててくれた・・のか?」
 俺はどこかぎこちなく応答する。笹原はクラスの中でもそれなりに可愛い方で男子にもそこそこ人気がある子だ。俺もそれなりに・・・だったりするが、親しい間柄で呼ばれる『アズマン』というあだ名で呼ばれたことがなかったから少し驚いたのである。
 だけど、この世界の俺はそこそこうまいことやっていて笹原ともそこそこ仲がいいのかもしれない。
『俺の世界では笹原とはそれほど仲が良くない。』
 その余事象は、
『他の世界では笹原とそこそこ仲がいい。』となる。などと勝手にご都合解釈して、俺は平然な顔をして応答した。
 すると笹原は小さく頷き、俺の顔をまっすぐ見据えて言った。
「あ、あのね、聞いちゃうつもりはなかったんだけどね。聞えちゃったから。」
「え?」
 俺はその言葉に固まってしまった。聞いちゃったって何を?え?まさか・・
「アズマンが、パラレルワールドから来たって話。」
 マジか!
 俺は頭を抱えた。畜生、笹原にまで変人扱いされたら俺はおしまいだ。こんなバカみたいな話をよりによって笹原に聞かれてしまうとは・・、一生の不覚。
「あ、あの話はだな・・」
 俺が必死に取り消そうとしたその時だった。笹原は俺の手を握り、少し潤んだ大きな瞳で俺を見上げながら言った。
「魔法が使えない世界から来たなんて、さぞ大変だろうね。わ、私になにかできることがあったら何でも言って。きっとアズマンの手助けになるから。一緒に元の世界に帰る方法を探しましょ?ね?」
 な、なんと。
 俺はごくりと生唾を飲み込んで、笹原の手を握り返した。
「し、信じてくれるのか?笹原?こんなバカげた話を。」
すると笹原は、逆にぽかんとした顔を返してきた。
「どうして?嘘なの?」
「い、いやいや。・・マジでか?笹原!恩に着るぜ。」
 そうして笹原に抱きつこうとする俺を、彼女は大いに拒絶して思いっきり俺を突き飛ばした。
「い、嫌!。」
「で、ですよね〜・・ははは、がっくし。」

コメント(9)

「ふむふむ、これが噂の異世界へ通じる鏡・・。」
 放課後、笹原は調査のため俺の部屋の全身鏡を見に来てくれた。というか、調査とかいう名目であるとはいえ、まさか俺の部屋にクラスの女子を招く日が来るとは。魔法世界万歳!パラレルワールド万歳!である。
 笹原がこの部屋に入る前に一通りの片づけを済ませてしまっていたので、もう何を詮索されても大丈夫だった。掃除機がけとファブリーズはばっちりである。
「ねえ、アズマン?本当に、ここから来たの?」
 笹原は全身鏡を指さして訊ねた。俺は無駄に緩んでしまった頬に力をこめ、心を落ち着かせて答えた。
「た、多分。あっちの世界じゃここから入ったから。でも、実際に出てくるときの記憶がないんだよな〜。」
「ふーん、そっか〜。」
 笹原は腕を組み、まるで探偵のように深く考え込み鏡をなめるように調べていた。
 俺はその真剣な様子に改めて感心し、少し気になって訊ねてみた。
「なあ笹原、この鏡になにか異常があるのか?」
「鏡自体には魔法もなにもかかってないわ。まあ、学校外だから当然なんだけど。」
「じゃ、じゃあ何を調べてるんだ?」
「んーとね、鏡と使ってパラレルワールドへ飛べそうな魔法を考えてるんだ。」
 そう言って、彼女は俺の勉強机の本棚から見慣れぬ参考書を取り出してパラパラとめくった。そしてまた説明口調となる。
「私たちの世界のアズマンが、あなたと交代するために使った魔法なんだもの。アズマンに使える魔法なら、私でも使えるかあるいは知ってるものの応用なんじゃないかと思って。まあ、一年生で習えるものは限られてるし。いくら成績優秀なアズマンでも、上級生レベルの魔法は使えないでしょ?アズマンは・・場所移動の魔法が得意だったから、それを応用したのかも。」
「へー。」
「と言っても、今のアズマンにはわからないわよね。」
「す、すいません。」
 俺が謝ると、彼女はクスリと笑った。なぜ笑ったのかという顔をしていると、彼女は顔を横に振って弁解した。
「あ、ごめん。違うの。今のはバカにしたとかそういうのじゃなくて。」
「いや、別にかまわないけど・・。」
「ううん、そうじゃないの。あのね、アズマンがなんだか私なんかに頼ってくれてる気がして嬉しかったの。私・・魔法、特に魔法数理が苦手でね。アズマンなんかには足元にも及ばない成績なの。だけど、いつもすごいなあって思っているアズマンが今は私に頼ってくれている。それが嘘みたいで、嬉しくて・・。」
 そう言う笹原は照れ隠しなのか、俺に借りた参考書を手渡して俯いてしまった。ああ、なんという・・。
 この世界の笹原は魔法数理が苦手。俺の世界の笹原は数学が苦手だった。なんだか今はその妙な共通点がしみじみと思えた。俺の世界の笹原もこんなことを思ってくれていたのだろうか?・・あれ?俺の世界の笹原・・・?
 俺はそのことが頭の端に妙に引っかかったが、今は目の前の笹原が愛おしすぎて、すぐに疑問はどこかへ吹き飛んでしまった。もっと長く話しておきたい気分になり、俺は夢中で話題を探した。
「そうだ。笹原はどんな魔法を使えるんだ?俺、この世界のことまだよくわかんないから教えてほしいんだけど。」
「え?私の?」
「あ、いやいや・・ダメだったらいいんだ。」
「ううん。アズマンほどうまくは出来ないんだけど・・今度見せてあげるね。」
 そう言い、彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれた。俺はその笑顔を見ただけでとろけるような思いになり、もうこの世界に一生いてもいいかな?という気にさえなった。
 帰りは彼女の家の近くまで送った。俺の頭はお花畑で会話の内容はほとんど覚えてないのだが、彼女の去り際の一言で一瞬にして現実に引き戻された。
「じゃあアズマン、明日も魔法の授業があるから頑張ろうね。」
「お、おう。・・って、えええ?・・なんか生きていける気がしない。」
「アズマン、一緒に頑張ろっ。」
 笹原はそう言ってガッツポーズを見せた。『一緒に』か・・。この言葉があればなんとか生きていける気がする。俺は笹原の優しさを噛みしめていた。
「これじゃない?」
「おおう!」
 笹原の示した先には、文化祭で使ったのだろうか?大きな全身鏡があった。そう、丁度うちに置いてあるくらいのものだ。俺はそれを見て感嘆の声を漏らす。この鏡の存在に気付いたのは笹原だった。きっと俺一人では見つけることはおろか、思いつきもしなかっただろう。
 かくいう笹原は、この鏡を見つけることができて嬉しそうだった。彼女の横顔は少し誇らしげで、ほっこりとしたえくぼが印象的だった。
 何を隠そう、ここは学校の物置部屋だ。ここにはいろいろな学校の備品が置かれている。ひうっちゃんの口添えで鍵を貸してもらい、俺たちは俺の部屋に置いてある全身鏡の代わりになるようなものを探しに来ていた。
「学校外じゃ、いくらアズマンでも魔法は使えないもんね。でも、アズマンは鏡に引きずりこまれたって言ってるし。だったら、あのアズマンの部屋にあった姿見と同じような鏡に魔法をかけたんじゃないかと思ったんだけど・・。」
「・・笹原、それどっちの俺の話かわからん。」
「あはは、そうだね。ややこしいね。」
 とりあえず今この世界にいる俺、魔法の使えない俺を『アズマンA』とし、もう一人の魔法の使える方を『アズマンB』と仮定することにした。
「なんだか、数学の証明問題みたいだね。」
 数学嫌いの笹原はそう言って苦笑しながら、乱雑に置かれた全身鏡に触れる。・・・なにも起こらない。ただの鏡だ。
 それを確認した後、彼女は鏡に手を触れたままそっと目を閉じた。俺はその様子を静かに見守る。しばらくすると、彼女は目を開けて首を横に振った。
「ダメ、私じゃ魔法を使ったのかどうかわかんないよ。」
「ん〜、この鏡じゃないのか?」
 俺はそう言って大きく伸びをした。元の世界に戻る方法を探すためとはいえ、こうして笹原と二人っきりで放課後を過ごすなんて夢にも思わなかった。これもパラレルワールドの俺のおかげだなあとも思う。元の世界じゃあ、こんなに笹原との距離も近くなかったもんな〜。うん。
・・・あれ?元の世界・・って?
 俺は一瞬身震いした。俺の様子がおかしいことに気付いたのか、笹原は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「アズマン?どうかした?」
「さ、笹原、やべーよ。俺、元の世界のこと考えてたんだけどさ。・・一瞬わかんなくなっちまって。」
「・・なにが?」
「この世界と元の世界の記憶がごちゃごちゃになってるんだよ。や、やべーよ。早くしないと元の世界に二度と帰れなくなるような気がする。」
「ええ!?」
 笹原は悲鳴に近い声を上げた。それを聞き、俺はハッと我に返った。何を焦ってるんだ俺は?笹原にこれ以上心配はかけられない。俺は無理やり気持ちを落ち着かせた。
「今のは言い過ぎた。大丈夫だから。ゆっくり、気長に元の世界に帰る方法を探そう。うん。マジで心配かけてスマン。」
 すると笹原はホッと胸を撫で下ろしたようだ。
「本当?でもやっぱり私なんかじゃアズマンの力にはなれないのかな?やっぱり日内先生みたいな人の方がよっぽど頼りに・・。」
「いやいや、あんな変人教師なんかよりは全然笹原の方が頼りになるって。」
 俺はそう即答した。大体あの人は、俺の話を信じてすらくれなかったし。しかし笹原はまだ不安そうだった。そこで俺は、思い出したように話題を変えた。
「そうだ笹原、お前の魔法を見せてくれよ。」
「え?」
「ほら、前に言ってたじゃん。今度見せてくれるって。」
「でも・・私、アズマンほど上手には・・。」
「なーに言ってんだか。ここにいる俺は魔法の『魔』の字も知らない『アズマンA』だぜ。だからほら、頼むよ。」
 俺がそう言って頭を下げると、笹原は笑ってコクンと頷いてくれた。
「私はね、将来は魔法医学を学んで魔法医学者になるのが夢なの。だからね、私の魔法は・・なんだろ?うまく言えないんだけど、こう、目に見えないものを形にする魔法・・みたいな。」
 彼女は少し恥ずかしそうにそう言いながら、両手を広げて目を閉じた。どうやら耳を澄ましているようだった。しばらくすると、彼女の両手から小さな音符が飛び出した。その音符はふわふわとまるでシャボン玉のように宙を舞った。
「うわっ、なにこれなにこれ!すっげええええ!」
 俺は驚いて、思わず感嘆の声を叫んでしまった。すると彼女はビクンとびっくりしたように反応し、それと同時に両手からパラパラと沢山の音符が溢れ出した。俺がそれに触れると、バカみたいにうるさい先ほどの自分自身の声が再生された。
「これが、私の魔法だよ。いわゆる『ボイスチェッカー』かな?まだまだ未完成なんだけどね。」
「いやいや・・・すっげーよ、笹原。お前、本当に魔法使いなんだな。なんか別人みたいだったよ。」
 俺はお世辞でもなんでもない素直な感想を述べたに過ぎなかったのだが、笹原は余程照れ臭かったのか顔を真っ赤にして俯いて呟いた。
「そんなに・・褒めないでよ。」
 しばらくすると、小さな音符たちはまるでシャボン玉のようにはじけて消えてしまった。しかし、多くの音符が宙を舞っていた様子はとても幻想的で、透き通った音符たちは物置部屋の窓から漏れる夕焼けの光に照らされてとても輝いていた。

 俺は魔法数理の時間、眠気眼を擦りながら窓の外を眺めていた。魔法の授業は聴講するだけなら何も気にすることはないので、俺が唯一感慨に浸っていられる時間だった。
 窓の外は今日もいい天気だった。外は寒いが教室の中は人の熱気でいくらか温かい。曇った窓ガラスから外を見ると、昨日見たシャボン玉のような音符が見えた気がした。俺は、あの幻想的な風景をもう一生忘れることはないだろう。
 もう俺はこの世界にずっといてもいい気さえしていた。だってたとえ魔法が使えなくとも、笹原さえいてくれれば・・なんてくさい台詞は到底言えないが。
 しかしここで、今まで考えもしなかった一つの疑問が浮かんだ。結局、アズマンBはなんのためにあちらの世界に行ったのだろう?ということだ。
 魔法世界が飽き飽きして。・・などと考えるような俺ではない。むしろ、今までの経験からして俺の魔法の成績は良かった方らしい。なら、魔法が嫌だからという理由はどうにもありえなさそうだ。
 俺は考えが詰まって、前の席に座る氷海の後頭部を見る。こいつにも俺がパラレルワールドから来たという話はしていない。話してもよさそうだったが、笹原に止められたのだ。普通、そんな話信じないしバカにされるか『最近アズマンはいろいろあったから』とか心配されるのがオチだと。
 ・・・待て、最近いろいろあったからとは何か?この世界の俺、いわゆるアズマンBはそんなに病んでいたのか?

「今日、あの鏡を日内先生に見てもらえるように頼んでみようと思うの。もし魔法かけた形跡が残ってたなら、先生ならどんな魔法だったかもわかるはずだし。」
 放課後になり、笹原が俺に意気揚揚と話しかけてきたが対する俺は上の空だった。アズマンBがあちらの世界に行かなきゃいけなかった理由・・。自分の思考なのに検討がつかないこと自体、俺は悔しかったのだ。
「もう、アズマン聞いてる?」
「ん、ああ聞いてる。わかった、そのことは笹原に任せるよ。」
 俺は慌ててそう返答し、帰る準備を手早く済ませた。と、筆箱からころころと一本のシャープペンシルが飛び出して床に落ちた。笹原がそれを拾おうと手の伸ばす。俺はそのシャーペンを見て目を疑った。
「アズマン?どうしたの?」
 笹原がシャーペンを手渡してくれた。俺はそれを無言でゆっくりと受け取り、よくよく目を凝らしてそれを見てみた。
 そのシャーペンは、普通の黒いシャーペンだった。どこにもクマのイラストなど描いてはいなかったのだ。
「クマのシャーペンが・・・。」
 俺はそう呟き、筆箱の中を探り漁った。
「ない・・ない!どこにも・・ない!」
「どうしたの?」
 笹原が首を傾げて俺を見上げる。しかし今は説明している余裕もなかった。俺は筆箱を無造作に鞄にしまいこみ、急いで学校を飛びだした。
「ない!ない!ない!」
 俺は部屋中をひっくり返してクマのシャーペンを探していた。いい年の野郎がクマのシャーペンなんて・・とかなんとでも言えばいい。あれは、この前姉ちゃんだ実家に帰ってきたとき俺の部屋に忘れて帰った置き土産なのだ。あとで電話で忘れたことを告げると、クマのシャーペンの代わりに俺の『黒いシャーペン』を持って帰ってしまったのだと笑いながら言っていたらしい。むろん、母親へ言伝を頼んだので直接話してはいないのだが。
 俺はそれを思い返し、手の中にある黒いシャーペンを見つめた。そうだ、これは本来ここにあってはならないものなんだ。だってこのシャーペンは、今は姉ちゃんの下宿先にあるはずなんだから。
 しかし結局、部屋中探してもそのクマのシャーペンは見つからなかった。途方に暮れる俺の携帯に、連絡が入った。今から来てほしい所があるのだと告げるのは、笹原の今にも泣きそうな声だった。
 
 県立の医療センターである。薄暗い玄関に比べ、去年改装したばかりの病室棟は比較的新しくて綺麗だった。入り口で待っていたのは、笹原とひうっちゃんだった。ただ、ほとんど放心状態の俺にはなぜここにひうっちゃんがいるのか気にする余裕もなかった。
 病室の白いカーテンから夕焼けのオレンジが滲む。俺はその部屋にゆっくりと足を踏み入れた。個人部屋なのにカーテンで仕切られているベッドが一つ。俺はカーテンを回り込み、そのベッドの中を確認した。
「姉ちゃん・・。」
 ベッドに寝かされていたのは、まぎれもなく実の姉だった。
「多分、アズマンのこと待ってたんだと思うの。でも、あの日アズマン、自主練してて遅くなってて・・。だから・・。」
 笹原が全てを話してくれた。彼女は姉の事故の目撃者だったのだ。
 姉は事故にあっていた。この前、実家に帰ってきたあの日だ。あの日、俺の世界では久しぶりに里帰りした姉が駅から歩いて家に帰るとき、偶然学校の校門前でばったり会った。そのまま家へ一緒になって帰宅した。丁度終業式の日だった。
 しかし、この世界では少し変わった形の事象が起きていた。終業式のあの日、アズマンBは姉に会わなかった。なぜなら魔法の自主練習をしていたからだ。姉は帰り道に学校により、弟がまだ学校にいるのを確認して少しの間出てくるのを待っていた。しかしあまりに遅いので、姉はしびれを切らして家路ついた。・・・そしてその帰り道に事故にあった。
 たった数分の違い。アズマンAとアズマンBの世界では『魔法』というものがあるかないかの違いがあった。しかしこの違いで、アズマンBの姉は今、目を覚まさない状況下にある。
「俺の世界では姉ちゃんは元気にしている。事故になんかあってない。・・だけどこっちの世界では、こんなことに・・。」
 俺はうなだれてその場に崩れ落ちた。それを見て、ひうっちゃんも笹原も何もかける言葉が見つからないようだ。かわりに俺はひうっちゃんに訊ねた。
「なあ、なんで早く教えてくれなかったんだよ!こんな、こんなことになってるなんて・・・知ってたんだろ!」
「知ってた・・けど。」
 ひうっちゃんはそう言い、笹原と顔を見合わせる。ああ、なんだか俺はバカみたいだ。なるほど、今ようやくアズマンBがあっちの世界へ逃げ出した理由がわかった。俺は鼻をすすって顔を引き締めた。そして、ひうっちゃんに向かって言った。
「先生、ちょっと頼みがあるんだ。」
ひうっちゃんはピンクの縁の全身鏡に魔法をかけた。俺はその様子を笹原と共に見守る。まもなく、鏡の表面がまるで物質が変化したように波たつ。
「あくまでマネ事だからね、あとはあの魔法を使った本人にやってもらわないと。」
「ありがとう、ひうっちゃん。十分だよ。」
 俺がそう言って会釈すると、ひうっちゃんはにこりと笑って言った。
「こっちの世界のアズマンに伝えといて。再テスト、楽しみにしてるって。」
 ひうっちゃんはそう言い残し、俺の部屋を出て行った。笹原もどこか居心地悪そうに自分も部屋を出るタイミングを見計らっていたが、俺が先に先手を打った。
「笹原は、ここにいてくれ。」
「あ、はい。」
 笹原はなんだか安心したように俺の横に着席した。俺はそれを確認し、鏡の中に手を伸ばした。すると、まるで水の中に手を突っ込んだみたいに俺の手を入れた場所から波紋が広がる。笹原はそれを関心そうに見つめていた。
「おい、アズマンB聞こえてるんだろ。」
俺は誰と言うこともなく、鏡の中に話しかけた。鏡の中に映っているのは俺と、笹原しかいない。しかしこの声は既にあちらそ世界とつながっているような気がした。案の定、しばらくしてどこからともなく返答が帰ってきた。
『おい、なぜ俺がBなんだ?お前がBだろ。』
「え?嘘っ?」
 その声に驚いたのは笹原だった。鏡に手を突っ込んだままの俺と鏡の中を交互に見比べ、不思議そうに鏡の中を見つめている。
『え?なんで笹原が?』
 鏡の中のアズマンBも驚いたのか、すっとんきょーな声を出す。俺はかまわず話を続けた。
「お前、姉ちゃんに会えたのか?」
『・・・。』
 アズマンBは答えない。俺は質問を続ける。
「お前、この魔法は物置部屋で使ったんだよな、俺は魔法には詳しくねーが、すげえことするよな姉ちゃんに会いたいがために。」
『・・・この世界の姉ちゃんは事故にあっている。もう起きることもないって、魔法医に言われた。だからその余事象は・・。』
「別の世界の姉ちゃんは事故にあわない。だと?そんなおただの屁理屈だ。」
『だけど、実際こっちの世界の姉ちゃんは元気だった。』
 鏡の中の俺は叫んだ。その声は震えていた。こいつは自分自身なんだ。気持ちは痛いほどわかった。でも・・。
「だから逃げ出したのか?元気な姉ちゃんのいる事象を探して。そんなんかっこ悪すぎだろ、情けなさすぎだろ。」
『そんなの!お前に俺の気持ちがわかるもんか!俺は姉ちゃんがあんなことになって魔法も、魔法世界も全部嫌になったんだ!自分があんなものにハマって、自主トレなんかしてたから姉ちゃんは事故にあったんだ。魔法さえなければ・・・、それはお前が一番よくわかってるだろ?魔法さえなかったら姉ちゃんは無事だったんだ!』
「うるせえ!」
 俺は、鏡の中のアズマンBにどなりつけた。くそっ、人の気も知らないで。この分だと、こいつはあのことを知らないんだろう。俺は横目で笹原を見つめて、またどなった。
「お前、現実逃避する魔法を覚える時間があったら・・もっと他にやることがあっただろうが!魔法医学、習うんじゃねーのか?」
『・・・。』
「笹原から聞いたよ、お前は将来魔法医になるのが夢なんだろ?・・随分ご立派な夢じゃねーか、自分ながらあっぱれだよ。」
 笹原はそれを聞き、黙っていた。
「その夢、お前はそっちの世界じゃ天地がひっくり返っても叶えられねーぞ。なんたって魔法なんて非現実的な事象のない世界だから。」
『・・・なんだよ?だから、その夢叶えて姉ちゃんを助けろ、とか言いてーのかよ。綺麗ごと言いやがって。』
「そうだよ、わかってんじゃねーか。」
『無理だよ、無理なんだよ・・俺なんて。』
 そう言うあいつの声がだんだん遠くに聞こえてくる。もう時間があまりない気がする。そんな時、笹原が口を開いた。
「アズマン、無理なんかじゃないよ。・・一緒に、頑張ろ?」
『笹原・・。』
 アズマンの声が若干、照れているように聞こえた。あーやだやだ、これだからリア充は。俺はそう思いながら、鏡の中に乗り込もうとする。
『ま、待て、無理やり通ろうとするな。リアルエスケープの魔法が解けちまう。』
「はあ?テメーみたいなシスコンリア充野郎の指図は受けん。」
『お前、悪口言ってるのは自分に向かって言ってるのと同じなんだぞ?』
 アズマンBはそう言いつつも、なにやら呪文を詠唱し始めた。どうやらようやく説得に応じてくれたようだ。でもな、アズマンB、お前と俺は同じなようで全然別の存在なようだぜ?少なくとも俺はそう思う。俺は笹原を見つめながらそんなことを考えていた。
「アズマン・・もしかしてお別れ?」
 笹原の寂しそうな声が背中に突き刺さる。俺は鏡に片足突っ込んだまま答えた。
「ああ、そうみたいだな。でもお別れじゃないだろ?すぐに俺が戻って・・。」
「でもそれはあなたじゃない。」
 笹原は珍しく大きな声を出した。まさかそんなことを言ってくれるとは思わなかったので、俺は思わず振り返ってしまう。
「笹原・・。」
「アズマンAとアズマンBは違う・・と私は思うの。だから・・。」
 彼女がそれ以上何か言いだす前に、俺はぴしゃりと彼女の言葉を切った。
「同じだよ。俺は俺、変わらない。」
「だけど、・・だけど、この数日を一緒に過ごしたのは・・君だよ。その記憶は、その思い出は君しか持ってないんだよ。」
 笹原はとうとう泣き出してしまった。俺はそんな彼女を愛おしく思った。そのまま抱き締めたかった。だけど、それは俺の役目じゃない。いや俺の役目だけど、それはこの世界の俺のことだ。
 俺は鏡に完全に入る前に彼女に言った。
「必ず、必ず君を助けるから。」
 気がついたら朝だった。そうやら俺は、机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。顔には押し付けられたノートの字がくっきりと映ってしまっている。そう、今日は再テストがあるんだ。
 握りしめていたのはクマのシャーペン。俺はそれを大事そうに筆箱にしまった。
 朝もやのかかる窓の外にシャボン玉が一瞬見えた気がした。だけど、どうやら気のせいだったらしい
 階下から俺を呼ぶ母の声がする。それに返答しつつ、俺は本棚から見慣れぬ参考書を取り出した。中学生の頃、将来の夢を本気で考えていた時に衝動買いしたものだ。俺はそれをゆっくりと鞄にしまいこむ。
 今日は学校帰りに寄るところがある。自分に将来の夢をもう一度考えさせてくれたあの人に会いに行こう。
<投稿者のたれさんによるあとがきコメントがあります>
 あとがき
 どうも、たれです。規格外の長編、申し訳なかったです。運営のねこるとさんはもちろん、他の方にも『なんじゃいこれは?』と思われたに違いないでしょう。こんな公の場で。
でも、まあ、あれはあれで良かったんじゃないかな?とも考えることにしました。結局、自己満足なんですよ、はい。
 字数制限やテーマ設定などもすっかり忘れるくらい夢中だったわりには、最後が若干駆け足になったのが残念でした。もっとフラグとかタメとか使っていきたかったんですが、何分拙い文章力で、長く書けば書くほどボロが出てしまうというオチです。
 最後の「あの人」というのをもっとうまく書けれたらよかったな。と考えなおしています。果たして読んでる人にうまく伝わったのか・・・。
 最後に字数オーバーについての言い訳を。私が初めて小説という小説として読んだのが『ニルスの不思議な旅』で、その次に読んだのが青い鳥文庫のシリーズ物でした。どちらも課題図書として無理やり読んだわりにはハマッてしまい、シリーズ物は全作品買って読むほどでした。それを見本としてでしょうか、私の書くものはどうもシリーズ物のように長くなってしまう傾向があるようです。だから、今回も『どうしてこうなった?』という状況になったんだと思います。スミマセン。理由になってないですね。
 では、もしこの作品を読んでくれた方がいらっしゃったらありがとうございます。今後またこのような機会があったなら、是非今度こそ選考基準を満たす作品を書きたいな、と思っています。
<本作品には無効を承知での投票がありました。以下感想>
・たれちゃんの書き方かなあとか思いつつ。リズミカルなのが好き。

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