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男装執事カフェ Clef de Fleurコミュの【小説】 Clef de Fleur 過去番外編 2

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AM8:30
「旦那様、おはようございます」
東側の棟の旦那様専用の食堂。
15畳程の部屋に年代物のシックで大きめの食卓と座り心地が良さそうな椅子が数点、燭台と花瓶が備えられているだけの部屋だ。
イメージでは、もっと大きな広間で朝から鴨肉や白魚なんかを残しつつ食べる感じだったが、実際の並んでいるのは焼きたてのパンにオムレツ、コーンクリームスープと紅茶、果物が入ったヨーグルトという身分から考えれば質素極まりない食事。
お客様がいらした時は中央の大食堂でお食事をされるが、一人で食べても寒いし、執事と話すのも遠すぎて嫌になるとの事で旦那様は普段のお食事をこの部屋でとられている。
食事についてはバランスこそ健康の秘訣!らしく、あまり豪勢な物をたくさん出されて残すなら、バランスの取れた食事を腹八分目の量で残さず食べたいらしい。
「みんな、おはよう」
鈴音さんに先導されて入ってきた旦那様は皺一つ無い真っ白なシャツを召され微笑む。
全員の顔を見渡して頷くとサッと引かれた椅子に座られた。
手際良くナフキンを巻かれながら「持ち場に戻って良いよ」と告げられて各々が頭を下げて部屋から出て行く。
食事に付く執事は鈴音さんと日替わりで一人のみ、朝の挨拶が終わって解散の合図があれば執事達は各々の業務を行うのだ。
「旦那、お茶は如何でしょう?」
今日の当番は桜木さん、屋敷内での口調は軽々しい気もするけど外に出ると主君に恥をかかす訳にはいかない、なんて言って凛々しく作法もソツなくこなす姿を見るとこの人と旦那様の信頼を感じる。
「おい、いくぞ大空寺・・・オマエが遅れるのは構わないが、講義の時間が削れて私が恥を欠くのはゴメンだ」
「あ、すいません」
優雅に談笑をする3人に夢中で、僕は日坂さんの嫌味にすら気がつかなかった。

AM9:30 桜木
ガラスの器に盛られたヨーグルトの中に浮かぶ色とりどりの南国の宝石、キウイに、パイン、マンゴーが順に口に運ばれるのを見つめていた、最後までしっかりと食べきって旦那はナプキンで口を拭いた。
「ごちそうさま」
「食後の紅茶はどうされますか?」
「そうだな・・・アール・・」
早く外で旦那の手ほどきを受けたい俺には鈴音がいつもの調子でナプキンを外しながら聞く声がじれったくてたまらない。
「アールグレイにされますか?」
「くくっ・・・いや、たまには外で飲もうか、庭に持ってきてくれるかい」
「・・・・・」
思わず吹き出した事は聞かなかったフリをして、旦那の言葉に待ってましたとばかりに食卓の皿を急いで下げていく。
鈴音の視線が射抜く勢いで頬に当たるが気にしない。
気にし・・・・あ、眼が合っちまった。
「な、なんだよ」
「別に、ただそうやって態度で主人を急かすのはどうかと思っただけですよ」
「せ、急かしてなんかないぞ」
あ、声が裏返っちまった。
「ハハハ、君らは本当に仲が良いな、出会った頃とは大違いだ」
俺たちの主人は明るく笑う。

3年前、幼馴染の誤ちを止めれず、マフィアに殺されかけた俺はこの人に拾われた。
そこから1年間の記憶は余りない、心を閉ざして時間だけが過ぎるのを待っていた気がする。
そしてたまたま出会った幼馴染を・・・愛しい女を眼の前で殺される事件に巻き込んでしまったというのに、この人は俺を家族だと言ってくれた。
男が男に惚れる、というのだろうか・・・俺はこの人の役に立ちたいと考えた。
家族と言ってくれるなら、俺は息子で、父で、兄で、弟で、この人と最良の関係を築きたいと思って今もここに居る。

「まぁ、親友ですから!なぁ、鈴音?」
今では友と思える優男も自慢の銃で俺達を守ろうとしてくれた恩人だ。
ふざけるように無理矢理肩を組むと鈴音は「あ、・・・えぇ」と頷く。
まただ、一瞬の間になにかを考えていたのか強ばった表情から愛想笑いをする。
こんな風に考え込む様になったのは半年前のElixir社との事件以来。
時折思い詰めているのが判った。
なにも話されない、聞いてはいけない気がして深くは踏み入れない。
親友だと思ったのは俺だけだったんだろうかと不安になる。
「おや珍しい、鈴音が友人と公言するとは」
旦那が笑うと鈴音は少し眼を丸くして無理矢理組んだ肩をさっと解かれる。
「・・・・言わすのは勝手ですから」
わざとらしくため息をついて茶番っぽい台詞回しをするコイツははなにを隠しているんだろう。
未だに見えない部分や知らない事情は多々あるが、最初の頃より腹を割って話せる様になったし、頼りにされている実感もある。
けど、壁は分厚く破れない。
「仲良きことは良きことかな、さて・・・行こうか、桜木君」
鈴音は旦那の動きに合わせてさっと椅子を引く、いくら様子がおかしいとはいえこればっかりはコイツにしか出来ない。
「あいよ」
肩幅は広くないのに、俺からしたら大きな山の様にでかい背中の旦那は何かを気付いているのだろうか。
旦那から聞いてもいいが、それはなにか違う気がする。
どうしたらいいのか悩む気持ちを抑えて、俺は旦那の為に扉を開けて庭へ向かった。

AM11:00 日坂
小春日和のまだ冷たい風の吹く季節、眠くなる講義を早めに終えて、研究棟から温室に続く道を歩く。
1週間前に見た本の内容と全く同じ講義、最後に出されたレポートは簡単過ぎてすぐに終わってしまった。
この邸に来て半年、植物を扱う主人に仕える執事の基礎知識として受ける講義はほとんどがこの邸にある書籍から読み取れる知識ばかり。
最初に渡された植物、園芸に関する本は1週間も掛からず読み終わり、早く業務に就きたい私は蔵書室から本を借りて読み漁って知識を得たが、それで早期に講義が終了する等という事は無いらしい。
不満を言った私に執事長である鈴音さんが世話を任せてきたのは「アデニウム」の鉢植え。
外の気温よりも5℃以上違う温室内は息が詰まる、暑いのは苦手だ。
『なら、この花が咲いたら考えましょう・・・なに、答は簡単ですよ』、1ヶ月前に一筋縄ではいかない男から預かった花は咲かないどころか日に日に弱っていく様子すらある。
寒さに弱いこの花にとっては未だに寒いのか?ファイルに挟んだ本のコピーを確認しつつ花と睨み合う。
正直、なにかを育てるというのは苦手だ。
毎日気にかけながら自分の時間を費やすという行為はとても無駄に思えてしょうがない。
ただ、そんな事を言おうものならすぐに追い出されるだろう、ここは花の邸・・・花を愛でぬ者は必要ない。

他国で形ばかりの貴族として生まれ育ち、家業である製薬会社の買収騒ぎの折にこの邸の者達に救われた。
この場所でなら自身に不足している何かが見つかると思い執事として仕える決意をして渡来する。
国が違えば文化も違う、学ぶ事も多いが・・・欲しいものとはなにか異なる気がしていた。
頭に詰め込む知識ではなく、私は心の経験が欲しいのだ。
日毎に募る不満で自分自身が過敏になり他人に当たっているのは判っている。
自己嫌悪で眠れず、寝不足で余計不機嫌になるという負のスパイラルはどうにか出来ないだろうか。

鉢植えの前でしゃがみ込んでどれだけ時間が立ったのだろう、20分はとうに過ぎている。
「鎌、鎌、鎌〜」
入口付近から聞こえる不快な声に私は思わずビクリとなる。
この声の主は礼儀知らずでガサツで、お節介で馬鹿力でたまに頼りになるところが余計気に食わない。
「お、針金発見、講義サボったのかよ?」
「そんなものは早々にレポートを出して終わらせた、オマエこそ南国が恋しくて温室に来たのか?」
「庭の手入れの仕上げに鎌取りに来ただけだっての、つかそれ暗にゴリラって言ってんだろ」
まさか気付くとは思っていなかったのでほくそ笑むと「本当に可愛くねー後輩だな」と器具が入った棚をさばくり出す。
こちらとて愛想を振りまこうとしても貴族同士の嫌味と権力に媚びた形しか知らないのだ。
人の気も知らないで簡単に言ってくれる。
「んーで、そんな優秀な坊ちゃんがなんで南国の薔薇を枯れさせそうになってんだ?」
鎌を取り出してこちらに近寄って来た桜木は無神経に人の神経を逆撫でしてくれる。
「貴様っ・・・」
こちらの声も聞かず少し土を掘ってブツブツと一人で呟いたかと思ったら棚に再び手を伸ばした大男は青いシートを床に広げていく。
「あーこりゃ、根がずいぶん張ってんな・・・」
「おい、勝手な事をっ」
「よっと!」
私の制止など聞かず、シャツから伸びたよく日焼けした筋肉質な腕が大きな鉢をひっくり返すと鉢植えの中身がゴロリと出てきた。
「あーやっぱりな」
「なにがやっぱりだっ!花を台無しにするつもりかっ!?」
「はぁ?・・・・土、見てみろ」
頭に巻いていたタオルをほどくと桜木はビニールシートを指さす。
そこにあるのは根が張り詰めてほとんどバラけていない土だった。
「な・・・」
「ずっと苦しかったんだろうな、この様子じゃかなり前からだ」
絡む根の一本一本が圧迫されていた証明の様に鉢の形を型どっている。
「なに、違う鉢に植え替えてやりゃ元気になるさ。多年草にはよくある事だな、土いじってりゃ判る」
手に持ったコピーには単なる文字が書いてあるだけだ。
毎日花を見ているだけで、この半年間、私は花を育てようとはしなかった。
全てを見透かされた気分で顔から火が出そうになる。
「あー、まーそう落ち込むなや、他の育て方は良いみたいだしよ、鉢さえ変えればすぐ元気な花を咲かしてくれるぜ」
よりによって一番気にかけて欲しくない相手の慰めの言葉が余計に惨めだ。
コイツのこういうお節介なところが嫌いでしょうがない。
「な、なんだったら俺も手伝ってやるからよ」
人が何回突き放しても悪態をついても最後は手を差し伸べやがって。
「・・・お世話だ」
「は?」
「余計なお世話だっ!コレは私の花だっ!私が咲かせてみせるっ!!」
出来る限りの声を張り上げて睨みつけると鼻で笑いながら「頑張れよ」と言われて出て行ってしまった。
見返してやる、絶対に、絶対にだ。
軍手をつけて根をほどきながら土を新たな鉢に移しつつ、胸の中で闘志が燃えていた。

PM13:00 桜木
紅を基調にした重厚な絨毯に昼下がりの光が射し込む、厚みのあるガラスを通して湾曲した影が時間と共に形を変えていくのを俺はぼんやりと見つめていた。
ボディーガードの仕事というのは常に気を張っていないといけない。
いくら主人がこの国でも随一の警備とサービスを誇るホテルの分厚い扉でと防犯ガラスで守られた部屋で食事をしているとはいえ、なにがあるか判らない。
だけど・・・暇なんだよな、事件なんてそうあるワケじゃないし。
今日のメニューはフランス料理のコース、長ったらしい話と共に食べる細々とした飯の予定は3時間。
食事会は始まって30分、あと2時間30分。
どっかのもやしっ子の後輩に時間を取られたせいで昼食を取れなかった事が悔やまれる。

まぁ、明らかに体の経験が不足しているのに頭にばっかり積めていくタイプのアイツが本当の意味で土と向き合う様になったんだからいいか。

空腹で色々考えていても仕方ない、そう思って眼を閉じると角を曲がった先から強烈に甘い匂いが漂ってくるのに気付いた。
正直この手の匂いはあまり得意じゃない、香水の匂いだ。
厚い化粧と耳たぶが落ちそうなイヤリングを揺らした熟年の婦人が微笑みながら歩んでくると俺の眼を見つめる。
「Mr桜木、お元気?」
「マダム、お久しぶりです」
一度見たらこの人を忘れれる人間は居ないだろう。
瞼の上にごっさりと付けられた睫毛に紫のシャドウ、紅くギラついた唇にピンクを超えて朱色になった頬。
マダムイザベラは旦那の取引先の建築家の婦人だ。
1回だけ土曜の夜の舞踏会に招かれて以来、彼女は俺のファンになってくれたらしい。
屈強な男が好きなんだと。
「本当に、私を避けてたんじゃなくて?」
あー、ナチュラルに体に触れないでくれないかな。
「そんなまさか、ご冗談を」
避けてました、遠くから匂いがしたら一目散に逃げてました。
「あらそう?なら今からサロンでお茶なんてどうかしら」
「申し訳ありませんが、私は主人から離れる訳にはいきませんので」
業務妨害だ、匂いも、俺の胸に触れる手も。
「いいじゃない、ここの設備は完璧よ?なにしろ私の夫が設計から関わってるんだから」
自慢してるのにそれを口実に他の男を誘惑するなんてすごいな。
そんな優著に考えていると骨ばったか細い手が俺の燕尾の下へ潜り込もうとする、えっと、これはどうやって避けようか。
悩んでいると後ろの重いドアが開いて鈴音が顔を出す。
「桜木くん、少し良いですか?」
ナイスタイミング!
すっと手を引いたマダムに精一杯の微笑みを送る。
「失礼、マダム、お呼びが掛かったみたいです」
「あら、残念」
本当に残念そうだ。
マダムは鈴音に会釈をして、まるでタンゴでも踊る様にターンして背中を向ける、カツ、カツとハイヒールを鳴らして魔女は足早に去っていってしまった。
どこでその音が止まるかも判らないので俺はしばらく笑顔を固める、正直頬がつりそうになった。
「・・・・フゥ」
ため息をつくと鈴音がクスクスと笑う。
「なんだよ」
「いえ、なんでも」
「違う、なんの用かっての!」
鈴音は「あぁ」と頷くと廊下に体を完全に出して扉をゆっくり閉める。
「今回は信頼出来る相手先ですし、給仕はあちらで手配するとの事だったので扉の前で待っていたらどこかの誰かさんが困ってる声が聞こえまして」
眼鏡を外すとハンカチーフでゆっくり撫でていく。
「どうも私達は親友らしいですから助け舟でも出してあげようかと」
それならなんで過去の質問をいつもはぐらかすのかと聞きそうになって喉で引っ掛かる。
また壁が、殺意とも脅迫とも違う威圧感にも似た空気の壁が俺の首を締める。
「どうかしましたか?」
無意識に出しているとしたらよっぽどタチが悪い。
「・・・いや」
俺達は眼を合わす、眼鏡越しのグレーの瞳は何も語らない。
「腹が減ったなって」
今は、なにを言っても無駄。
壁を壊す力を俺が持つまでは。
「まだまだ時間はありますが」
「あぁ、つってもオレはいつでも腹減ってるけどな」
「フフッ」
笑った顔に嘘を感じなくて、少しだけ安堵した。
「プ・・ハハハッ」
思わず互いに声を出して笑うと、空虚な心が少し満たされて、離れた距離が少し縮まった気がした。


PM16:00 紅野
黄色にピンク、白の薔薇に飾られた真新しい門は花の邸の入口であり出口。
丘の上の邸に続く坂のふもとにこの春に作られたばかりの警備を目的とした建物は華やかな外装とは異なって勤めているのは筋肉質な中年の男ばかり。
「オイッス!お疲れちゃん」
この場所を一番通るのはオレだろう。
朝も夜も、学校に行く為に毎日通っている。」
「おう、お疲れさん」
門番のおっちゃんが軽やかに手を上げてくれたのでこちらも返すと無精髭だらけの顔がくしゃりと笑ってくれる。
「異常はないかい?」
「あったりまえだ、俺達が居るからには塀を登る様な馬鹿は出さねぇよ」
「またそれかよ・・・」
この門が建設された理由はあまりにも邸に侵入者が簡単に入れるから、らしい。
ちなみに以前侵入した一人はオレ。
しかも女に嗾けられて。
その話を聞いたオヤジ共はこうやって毎日の様にこうしてそのネタを繰り返してくる。
「だーもー、しつこいなー」
「悪いな、年取るとネタがねぇんだよ」
「明日の朝までには違う話題考えといてくれよ」
門番達は門が住居となっているから毎日の様に顔を合わす。
「オマエがなんかヘマしたらな!」
背中で笑って手を上げると「また明日!」と声がした、そういや息子と同い年って言ってたからこんなに構ってくれるのかもしれない。
「あーちかれた、ちかれた」
延々と続く坂を歩くのは最初は本当に辛かったけど、毎日通るにつれて息が上がらなくなって、今では途中で眺める夕焼けくらいは楽しめる。
他のメンバーは車を使う事も多いから、ゆっくり街が陽に飲まれていく様子を眺める事もないだろう。
紅く染まる街並は溶け合って一つの影になる様で、あの影の先にいる離れた家族を思って足を止める位にはお気に入りの風景になっていた。
「紅野さん」
「うっわ!!」
突然後ろから声を掛けられて思わず声を上げてしまう。
「す、すいません、まさかそんな驚かれるとは・・・」
恐る恐る振り返るとそこには陽に当たって頬を真っ赤にした大空寺が眼をパチパチさせて立っていた。
「・・・・あんま驚かせんなし」
細いくせにしっかりした肩に手をかけてついついしゃがみ込みそうになる。
「あんまりにもじっと夕日を眺めてらっしゃったんでお邪魔かなとも思ったんですが、無視をするのも失礼かと思って」
「あー、そっか。ゴメンな、こっちこそなんか気使わせて」
首を横に振る一番下の後輩は驚く位真面目だ。
「届け物か?」
「えぇ、講義が終わって食事をしていたら厨房の方達が門番さん達に差し入れを作られてたので持って行こうかと・・」
よく見ると片手には大きなバスケットからパンとワインが覗いている。
とんでもなく働き者の後輩は自分の仕事でも無いのに名乗り出たんだろう、オレはワインをさっと引き抜いてラベルに眼を通す。
「どれどれ・・・年代、地方・・ん、安物の赤だけどなかなか良い味のやつだな」
「お酒の味が判るんですか?」
「一応酒房の息子だからな」
とんでもない理屈だけどガキの頃から酒の匂いを毎日嗅いでりゃ、なんとなく善し悪しは判ってくる。
それで興味も持って・・・・これ以上は秘密。
「そういうものですか」
「そうそう」
「さすがですね」
天然もかなり入っているらしく大きく頷くところが扱いやすくてオレはコイツが気に入っている。
日坂さんは可愛げもなにも無いっていうか・・・年上で態度も大きくて・・圧倒されるっていうか、既に敬語っていうか・・・
まぁ、大空寺もオレより年上な訳だけど、コイツには先輩面が出来るのが万年いびられ役だったオレは超嬉しい。
「では、そろそろ行きますね」
「あ、手伝ってやるよ、バスケット貸せよ!」
「いえ、あの、重いですから・・」
良いトコを見せて先輩として信頼を更に得ようと考えてバスケットを半ば強引に奪うと腕が抜けそうな勢いで右手から体が一気に傾いてバスケットはズシンと音を立てて地面にめり込む。
持ち上げようとしても軋むバスケットはピクリともしない。
「は?・・・は?」
中身に掛けてあった布が風になびくとギッチりと詰められた大量の瓶詰めとワインがチラチラと姿を現した。
詰め方も、尋常で無い入れ方も異常としかいえず、オレは息を飲む。
大空寺はバスケットの取っ手を片手で掴むと軽々と宙に持ち上げる。
「大丈夫ですか?・・・コレ、ワインが7本入ってますから・・紅野さんには無理ですよ」
向けられた笑顔に悪い予感が胸によぎる。
「ハハ、すっげぇな・・」
思わず呟いた言葉への回答は決定的だった。
「?この倍くらいまでなら片手で持てますけど・・」
軽々と持ち上げられた荷物を自分に置き換える。
怒らせない様にしよう、結局オレの執事ライフは周りの機嫌取りになるのだと感じた瞬間だった。

PM18:00  日坂
「それでは、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
書類を届けた先の企業の人間に外まで見送られ、深々と頭を下げる執事長に並んでお辞儀をする。
昼間の暖かさに比べて春の夕暮れは肌寒い、なかなか頭が上がらないので横目で顔を伺うと一瞬こちらを見て頭を上げてくれた。
「では、失礼いたします」
車のドアを開けて乗り込んで走り出すと運転をしていた鈴音さんが口を開く。
「人に頭を下げている時に急かすというのは、あまり感心しませんね」
対向車線のライトが眼鏡に反射して、どんな顔をしているかこちらからはよく見えない。
「申し訳ない・・・・しかし、この国の人間は頭をすぐ下げ過ぎですよ、私の国では人に頭を下げるのは余程の時のみです」
「それは風習でしょう、礼を重んじる事は悪くは無いと思いますし・・・なにより私達は旦那様の名代として伺っています、私達の犯す過ちは旦那様の名誉を傷つける事になる可能性もあるんですよ」
優しい声だがトゲトゲしく刺さってくるのが判る、主人が絡むと冷静な男は普段感じさせない牙を剥き出す。
そしてそんな時はなにを言っても叶う訳が無いという気にさせられる。
「・・・・申し訳ありません」
帰宅ラッシュの時間なのか大通りの列は中々進まず、この重苦しい空気が更に悪化していく。
「はい」
沈黙が続くのと同じ様に車は少しも動かず、居心地の悪さはどんどんと増していった。
思えばいつも注意をされている様な気がする、まぁ、大概はこちらが悪いのだが・・・ただ、意見を言えないと言うのは中々ストレスが溜まる。
気負って言えない事も、相手が悪い訳では無い事も問題だ。
ぐるぐると考えていると憂鬱な気分になって、気持ちが悪くなってきた。
気持ち悪い?あれ?まさかこれは・・・
「日坂くん?顔が真っ青ですよ?」
始めて聞いた慌てた声が自分に対してだなんて、なんて惨めなんだろうか。

「はい、お水」
商社が集中する区域から少し離れた公園の脇。
止めた車の助手席で寝転ぶ私は、差し出された水をふらふらと受け取って一口だけ飲み込んだ。
車酔いなんて幼い頃以来だ、どうにか吐くのは堪えたが、「すぐに病院にっ!」なんて言われて一方通行の道を走ろうとされた時はビックリした。
どうにか車酔いなので休めば治ると伝えると、手際良く脇道を抜けてこの公園まで車を走らせてくれた。
「・・・書類を届けないといけないのに」
今日中にあと3件回らないといけない予定だったが、横になって気がついたら時計はもう7時を回っていた。
「先方には電話をしました、元々余裕を持って行動していますし・・・私は明日午前中はオフでしたから問題ないですよ」
「すいません」
自分の休みを潰すという事だろう、罪悪感が募ってどうにか頭を下げると彼は笑う。
「・・なんですか?」
「さっきのアナタの言葉を思い出しまして、これは私は余程の事をしたのかと思って」
一瞬意味が判らなかったが先程の自分の発言を思い出して急に恥ずかしくなる。
「いや、それは・・・その・・」
「本当に、面白いですね、日坂君は」
「・・・初めて言われました」
今まで見た事の無い朗らかな顔につい眼が釘付けになる。
「君ぐらいですよ、執事でそんな気位が高いのは」
「馬鹿にされていますか?」
「いいえ、まぁ、困りものな時も多々ありますが・・・・・プライドは持つにこした事ありません、なんでもそうですが自分の行動に誇りを持たない人は責任も負えませんから」
「そういうものですか」
「えぇ」と頷いて鈴音さんはミントの飴を差し出す。
「君に必要なのは柔軟さですよ、自分に理解出来ない物を拒んだり、なんでも1つの部分だけ見て1つの方法で行おうとしてもほとんどが解決しない」
「・・・例えば花ばかり見て根は見てないとか」
「おや、気付きましたか?」
少し驚いた様子で微笑む顔に嘘はつけない。
「桜木が・・・」
「そうですか、彼は柔軟さの塊ですからね」
「めちゃくちゃですよ」
「えぇ」
つい互いに声を出して笑うと体調が良くなって来た事に気付く。
「もう、大丈夫です・・・申し訳ありませんでした」
「謝らなくていいですよ、私達は同じ主人に仕える執事です、互いに助け合っていけば良い」
例え天地がひっくり返ってもこの人には敵わないと、外していた眼鏡を掛けながら私は頷いた。

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