ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

THE 半ば面白い話(仮)コミュの【鳩】はとさぶれ (アキラ)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ザコワで以前投稿したものに加筆修正したものです。




窓から入る湿気を含んだ風を頬に感じながら、私はクルマのアクセルを軽く踏んだ。

友人に子どもが産まれたので出産祝いを渡しに行った帰り道のこと

休日は出かけるという友人の都合に合わせて仕事が終わってからの訪問になったので家路についたのはけっこう遅い時刻になっていた

一年で最も昼が長い時季でも、午後七時半を過ぎると徐々に夜のとばりおろし薄暗くなりはじめる。

カーラジオからは、お笑い芸人がパーソナリティーをつとめる投稿番組が流れていた
けっこう好きな芸人だったからいつもなら楽しんで聞くところである。
今日は番組からながれる笑い声が耳障りであんまり聞く気にはなれず、番組のオープニングで早々にスイッチを切った。

「大丈夫かい」

助手席に座る妻、祥子に言葉をかけて彼女の肩にそっと左手をおいた。流産を経験している彼女には今日の訪問は精神的にきつかったのではないだろうか。
何も言わずに祥子はこちらを向いて寂しく微笑んだ。暗くて分からないが、彼女の瞳は深く暗い色をしていたのだろう。


クルマを走らせていると、珍しく祥子が声をかけてきた。

「ねぇ蛍が見たい」

「そうか、それじゃあ結婚前に一緒に行ったところに行くか」

思いがけない妻の申し出に戸惑いを覚えながらも、祥子の声が聞けるなんて最近ではめったにないことなので、心がはずむのを感じた

私はハンドルを左きって街中から郊外へと向かった。私たちは地方都市に住んでいるからクルマで三十分も行けば蛍が見える、そんなところにたどり着くことが出来る。

『ほたるの里』

それは有機農法に取り組む農家の青年たちが地元を活性化のための話題づくりにするために整備したところだった。人口が流出し過疎化し消滅しかけた古くからある里山を保全し蛍の幼虫が生育しやすいようにしている場所である。

夏には地元の若者や親子連れが訪れ蛍を見物し楽しむ場所であり、私と祥子にとっても結婚前に何度か訪れた思い出の場所であった。



ほたるの里に向かう車内で私はハンドルを握りながら、いつかの日の光景を思い浮かべていた。 あのすべてが灰色になった日のことだ

私も祥子も子供を欲しがったが中々その兆しがなかった。
二人で不妊治療を真剣に考え始めた時に訪れた、待ちに待った祥子の妊娠の報告だった。

祥子が妊娠してからの日々は初めてだらけの日々だった。

付き添って行った産院で感じた気恥ずかしさや、日に日に大きくなる妻のお腹に幾度も幾度も耳を当てたし、お腹にいる子供に声をかけ続けた。また二人でベビー用品やマタニティーグッズを見て回った休日

とにかく私を取りまく世界が眩しかった。眩しくて仕方がなかった。

それがあの日を境に私を取り囲む世界のすべてが色を喪った。
一瞬にして私のいる世界が、色のない灰色の白けた虚しい物に形を変えてしまった。

私の網膜に焼き付いて離れない光景、決して離れない光景、灰色の病室、そこの片隅の寒々しいベッドに横たわり眠る祥子がいた

私は彼女の顔を見つめて嗚咽しながらただその髪を撫で続けた。そして時おり思い出したように、眠る彼女の唇に接吻をすることしか出来なかった。


そんな在りし日のことを振り返っているうちに、 ほたるの里に到着した。
クルマを停めて、二人で外に出た。

「やっぱり風があると駄目なのかな」

完全に日が落ちて真っ暗になった辺りを見回したが、蛍の姿は見当たらない。 ただ疎らな外灯の灯りと中途半端な暗闇しか見えなかった。

「雨が降って土が柔らかくなると蛍は出やすいらしいからね。ここんとこ晴れ続きだったから、蛍あんまりいないかもよ。」

私は隣に佇む祥子に話しかける。少し離れたところの民家の明かりで彼女のシルエットだけは確認できた。

祥子は何も応えずに、ある一点を指差した。

指の先の上空には、幽かに点滅を繰り返す小さな光が漂っていた。

「ああ、蛍いたね。けど他にはいないのかな」

祥子は黙って何も応えない。

「まあ一匹でも見れたから良しとしようかな」

「うちの父の田舎の方ではね。亡くなった人は蛍になって帰ってくるって考えられているんだよね。」

「じゃああの蛍は、私のお腹の子供が来てくれたのかな。迎えに来てくれたのかな。」

めったに聞けない祥子の声が聞けるのは嬉しいけど、話が好ましくない方に流れていきそうだった。
私はその先を聞きたくない。だから帰るように促した。

「また今度、もっと蛍が沢山見れそうな時に行こうよ。明日も仕事だから帰ろう。」

蛍はしばらく飛び続けていたが、やがて暗闇の中に吸い込まれるように消えて行った。

「ねぇ、私もあの蛍についていきたい」

「それ以上は聞きたくない。いいから、帰ろう。」

祥子の言葉は私が最も聞きたくないものだった。私はそう強く言うと、祥子をクルマに乗せ、私自身もクルマに乗り込んだ。

祥子は抗うことなくクルマに乗り込んだので私はほっとしながら、エンジンをかけてクルマを発進させた。

「そんなこと言わないでくれ。私を一人ぼっちにしないでくれよ。」

祥子は応えずにため息をついた。暗いから見えなかったが、きっと深く暗い瞳をしていたのだろう。 これだけは確かなことだ。


自宅のマンションについたのは、それから一時間近く経った、午後十時前のことだった
祥子はいつも家にいる時のように、和室にしつらえた骨壺と位牌を置いた仏壇がわりの棚の前に座った。

私はダイニングの椅子に腰をかけ、一息つくと、テーブルに紙袋が置いてあるのに気づいた。

「ああそう云えば、昨日母から荷物が届いていたんだっけ、開けるの忘れてた。」

封を開けると、黄色い缶入りの菓子と封筒が入っていた。

「お菓子なんて、子供じゃないんだから」

苦笑しながら独り言を呟き封筒をあける。手紙にはこんなことが書いてあった。




明宏(私の名前)、元気にしていますか。ちゃんと食べていますか。

先日祥子ちゃんのご両親から電話がきました。

『これまでの明宏に対する態度をお詫びするし、もう祥子ちゃんのお骨を自分のところのお墓に納骨させろって言わないから、とにかく今の中途半端に身の回りに置いておかないで、ちゃんとお墓に納骨して欲しい。』

とおっしゃっていました。

私もお父さんもそうした方が良いと思います。明宏と祥子ちゃんはとても仲睦まじくしていました。それに祥子ちゃんのお腹には二人の赤ちゃんが宿っていたのに、それを突然の交通事故で奪われた明宏の悲しみや無念の気持ちは分かります。
受け入れ難い現実だってのも分かります。
私とお父さんにとっても祥子ちゃんは可愛い嫁だったし、お腹の赤ちゃんは待望の初孫でした。
明宏ほどではないけど、私たちも悲しかったのです。けど、祥子ちゃんが亡くなってから三年も経ったのです。そろそろ受け入れて明宏はやり直してもいいんじゃないかと思います。新しい人生を歩んでもいいんじゃないでしょうか。

先日、鎌倉のお寺に行ってお墓を買う相談をして来ました。以前からお父さんと、遠い故郷のお墓に入るよりも近場に自分たちのお墓が欲しいと話してましたから、これを機会にお墓を建てようと思っています。とても静な良い所ですし、祥子ちゃんも気に入ってくれると思います。

お寺のお坊様もおっしゃってましたが、亡くなった人を忘れないでいるのは、善いことだけど、執着するのは善くないことだそうです。亡くなった人が成仏することを妨げかねないそうです。だから明宏、お願いだから、祥子ちゃんのためにも祥子ちゃんと赤ちゃんのお骨を納骨しませんか。どうかよく考えて下さい。

お願いです。明宏の将来のためにもこれ以上洋服屋に在るような板人形に祥子ちゃんの服を着せて、祥子ちゃんを連れ歩くように板人形と出かけたり、話しかけたりするのは止めて下さい。

もし、どうしても祥子ちゃんの死を受け入れるのが難しいと言うのでしたら、一緒にお寺のご住職と話してみませんか、よく考えて下さい。


追伸、お菓子は鎌倉のお土産です。祥子ちゃんと赤ちゃんに供えてあげて下さい。



私は手紙を破き捨てた。祥子はここに居るんだ。私は彼女の姿を見ることができる。それにごくたまにだけど、言葉を交わすことも出来るんだ。

死とはいなくなるということだ。私のそばに居る以上、彼女は死んでいない死んでいないっていうことは生きいるということだ。 生きている者にお墓なんか必要ない。

それに板人形ってのはどういうことだ。確かに元の身体とは違うが、これは祥子の魂の器なんだ。魂の器っていうことは即ち身体ということだ。


頭にきて菓子の缶も捨てようとした。しかし物に罪はない。

捨てるのは止めて、手紙の通りに供えることにした。
缶のふたを開けて中から、一枚取りだして骨壺と位牌の前に置いた

祥子は黙って見ている。

「祥子、鎌倉のお土産だって、菓子食べるかい」

祥子はそれには応えずに

「お願いです。どうか逝かせて下さい。赤ちゃんのいる処に逝かせて下さい。」

と言うだけだった。

私はとても悲しく絶望的な気分になった。
なんていう日なんだ今日は、祥子の声がこれまでないくらいに沢山聞けるのに、
それなのにそれなのに、
話す内容は聞きたくない言葉ばかりだなんて

涙を祥子に見せたくなかったから私はダイニングに戻った。
そして一枚菓子の袋を開けて、口に入れた

甘いはずの鳩の形をしたサブレは何故だか
砂を噛むような味だった。

コメント(1)

怖い話はどうするんだっけ【 】ww
【現在進行系】ってつけると無駄に怖くなる気がする。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

THE 半ば面白い話(仮) 更新情報

THE 半ば面白い話(仮)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。