THE　半ば面白い話（仮）コミュの【SSD12】遺書（ｼｮｺﾀﾝ）

※ノンフィクション

僕は今日もビジネスバッグの中に、2年近く前にしたためられた一通の遺言書を忍ばせています。
　

ここ宮城に住む者なら忘れる事のできないアノ日を踏んで、約１カ月。

もしかするとこの日の出来事は多くの人の記憶から遠ざかってしまっているかもしれない。

【４月８日】

Ｍ７．４震度６強。

震源はアノ日と同じ宮城県沖。

僕はそのとき、自室でパソコンに向かっていた。

持ちかえってきた仕事をしてたのか、法律の勉強をしてたか、もしかするとここに投稿する日記を書いていたかもしれない。

いや、あの頃はまだmixiを始めていなかったのだから、エッチな動画でも見てたかもしれない。

突然激しく揺れ、軋む景色。

否が応うにもアノ日の惨状が頭を過る。

３つの携帯電話を同時に鳴らす。

階段を駆け下りて、テレビのリモコンを握る。

津波警報を発令し、遠くではなく、高いところへと呼びかけるテレビ。

電話は意外にもすぐに繋がった。

３月１１日、石巻。300kmも走っていない彼女の新車は深さ１．５メートルに及んだ水溜りの中に沈んだ。

だから、彼女に逃げる術はなかった。

同じアパートの住人達は一斉に高台を目指して飛び出してしまった。
ひとり取り残される孤独。

そんな中で繋がった。同時に灯りが途絶え、彼女の視界を闇が包む。
時刻は24時を回っただろうか。

「みんないなくなっちゃった…」

そういって涙声になる彼女に、僕は大丈夫。動かないで。心配ない。

そんな空虚な言葉しか出てこない。

ほどなくして、警報は解除された。

こちらもバラバラに飛び散ったミニカー。極悪ミッキーの足が折れた。
僕が部屋を片付ける気力をなくした日。

次の日、仕事を休んで、80km先の彼女のアパートに忍び込んだ。

おいしいご飯でも作って待っててあげよう。

ふと、テーブルに目をやると、そこに置かれた4枚の無印のルーズリーフ。

【もし○○が月に旅立ったら】のタイトル。

そこには、僕との出会いが綴られていた。

途切れてしまう悲しみ。

それから、たくさんのありがとう。

まるで、中学生が初めて書いたラブレターのような拙い文章。

きっと暗闇の中、携帯の明かりを頼りに書いたのだろう。

酷く汚い字。

ウサギと一緒だから怖くないよ。

逃げて流されてどっかいっちゃうより、ここならきっと見つけてくれるから、動かないね。

最後を締めくくる言葉は

「愛してる。」

口下手なあの娘が、最後のつもりで残した言葉。

僕はそいつを胸に溶かした。

じんわり広がっていく。

音も立てずに、柔らかく、温かく。

すっと沁み込むように。

知らない間に涙が流れてた事は彼女には今も内緒にしてある。

こんなにも自分が泣き虫だったなんて思いもしなかった。

テーブルにご飯を並べてシャワーを浴びた。

鍵の空いた音がした。

頭にタオルを巻いたまま、

おかえりっていったら、花のような笑顔で

ただいまって返ってきた。

彼女はハッとして、テーブルに目をやる。

気恥かしそうに、ゴミ箱に放ろうとしたそれをさっと奪い取って、

「俺が預かっといてやる。」

なんて、照れ隠しはお互いさまで。

それから、

あの日やあなたの想いを忘れないように。

あなたへの想いをなくさないように。

僕は今日もあなたの遺言を忍ばせている。

開いて読むでもなく、丁寧に仕舞い込むでもなく、

ただ、乱雑に黒いバッグに放り込んで、

ただ、ただ、側に。

いつも、側に。