「ピアノ？」
頬を少し染めた山瀬が俺にたずねた。
「ああ、これは幼馴染からのメール着信音」
優美と俺ともうひとりの幼馴染、春日望（カスガ・ノゾム）は、ピアノが上手。
小さい頃の写真を見せると大抵の人は「両手に花だね」と言うが、性別はちゃんと男。
確かに髪が猫っ毛で、女装するとかなり美人なんだけどね。
「すごい上手ですね！」
「ああ。一応、音大生だぜ」
俺はメールを開いてみる。
『今、優美ちゃんと一緒にアパッチに居るよ♪』
なんだよ。
久々のメールだってのにいきなり「合流しよう」かよ。
アパッチってのは、俺の地元の駅前にあるダーツバー。
最近、俺がダーツにはまってるのを優美から聞いたのだろうか。
望とはたぶんＧＷに一緒に映画に言ったきり、じゃなかったかな。
「わりぃ。俺、呼び出しかかっちゃった」
「幼馴染みの彼女さん、ですか？」と、山瀬。
「幼馴染みの彼女さん、ですか？」と、赤城が繰り返す。
「赤城が女の子と間違えた、あの望ちゃんから、です」
赤城のニヤニヤがヒクついた。
攻守が逆転したか。
「いやいや……あ、あの写真って絶対女だから！ ふ、普通騙されるよ？」
「えぇぇ？ 女装の人ぉ？ ……タクマ先輩の彼女さんってぇ……男の人ぉ？」
こらアニメ声！ なんだその食いつきは！
くそ。赤城と青戸さんがタッグ組んだら、ちょっと手ごわいな。
「高校のときの文化祭の写真が、ちょっとね。本人は普通の男だぜ」
「へぇぇぇぇぇ」
と、嬉しそうな青戸さん。ちょっと目が遠くに……せっかく造型は可愛くはある、のに……この子には、時々ついていけない。
「琢磨のさ、彼女とその美人男子と３人は幼馴染なんだってよ」
赤城が解説を開始。
ちょっと待て。このまま任せておくと、ないことないこと言われかねない。
赤城と女子の間にさくっと割り込む。
「去年の文化祭、俺がその２人を案内してたんだけど……山瀬見てない？」
「見てない！ 付き合ってからも長いんですか？」
そこでやっぱり赤城が黙ってなんかいられなかった。
「いや、彼女のお父さん怖い人らしくてね。まだ付き合ってないことになってる」
そんなことまで言わんでもいいのに。しかもちょっと違うし。
だがそこで、予想外の解説が入る。
「そしてカモフラージュに、その美人男子とつきあってることにぃ？」
……青戸さん……あなたがとても遠く見えるよ……
「きりがないから、行くぜ」
「あ、琢磨さんが逃げた！ ……今度写真見せてくださいよ！」
「望に聞いておくよ！」
「そっちじゃなーい！」
地団駄を踏む山瀬。ほんとに踏むやつってそうそう見ないよ……酒のせいか？
手を振ってきびすを返そうと時、俺の振る手の速度に合わせて赤城が急に近づいてきた。真面目な顔をしている。
「おい、琢磨！」
「んー？」
「キャンプの話、あとでメールで詰めようぜ！」
……そうだった。今日はキャンプの予定を詰めるはずだった……んだが……食って呑んで終わり。
「だな！」
元気に返事して離脱した。
そして数回のメール送受信のあと、ダーツバー「アパッチ」に到着した。
「よう。おまたせ！」
「くまちゃん、遅いわよ」
彼女……優美は、俺のことを昔から『くまちゃん』と呼ぶ。
俺のフルネームは、琢磨征人（タクマ・マサト）。
姓の「タクマ」のところが小さい頃は「ックマ」に聞こえたみたいで、それからずーっと。
中学に入ったとき、さすがに恥ずかしくて優美に聞いたんだ。
「そろそろ、変えない？」
「この呼び方は、一生変えないの」と、返ってきたもんだ。
「なんでだよ」
「だって苗字、タクマじゃない」
その頃ちょっと彼女を好きだった俺は、なんとなーくごまかされたままで居た。
で、高校に進学したとき。
お嬢様な女子高に行ったはずの優美に入学式で会ったんだ。
まさかって思うだろ？
俺もしばらく呆然としてた。
そしたら優美のやつ……
（続く）
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