THE　半ば面白い話（仮）コミュの深き血の村 #31（ﾀﾞﾝｿﾞｩ)

　
　ばあちゃんからの手紙の中身は……
「なんだ？」
　
　茶封筒の中からコロリと出てきたものは、三角形の……そのうちの二つの辺はギザギザとしている。残る一片はごつごつと盛り上がり、というか全体的にふくらみがある。一見して鮫の牙のように見えるが……ただ、歯の大きさを考えるとかなり大きい鮫だろう。
「それ何？」
　肩越しに背後から紀子の声。
「わ。お前もう着替え終わったのかよ」
「あとジッパー上げるだけ。上げたい？」
　紀子のアゴがこつんと俺の肩に乗る。背中にじんわりと圧力を感じる。
「馬鹿言ってないでさっさと準備終わらせろ」
「もう、冗談通じないんだから。とっくに済んでます！」
　そう言いながらも、俺の肩越しのままで紀子は手を伸ばす。
「鮫の歯っぽいね」
　するとサワダも振り返る。
「オー！　シャークズ・トゥース！」
　
　掌の中の鮫の牙。この牙の根元のところにある小さな穴……これ、じいちゃんの……。
「これ、ずっとずっと小さな頃、ばあちゃんに見せてもらったことがある」
　紀子の両腕が後ろから俺をぎゅっと抱きしめる。
「凄腕の漁師だったじいちゃんの形見だって。じいちゃんが漁をするとき、これを身に付けていると漁の邪魔をする鮫に一度も負けることはなかったって……」
「ね。フカヒレとかしょっちゅう食べてたの？」
　紀子の無邪気な明るさにはよく助けられる。
　どうしようもない現実の重さに、異常さに、時々つぶされそうになるけれど……俺は自分で背負うと決めたのだから……
　
　助ける、って言葉は「信頼」につながっている。逆に言えば、助けさせてもらっている、とも言える。
　俺が手を伸ばしたときに、そこにある手が安心してくれるってことは、俺自身をも安心させる。
　俺が紀子を助けている以上に、俺は紀子に助けられている気がする。
　……違う。
　まるで今、思いついたみたいに俺の中に浮かんでいるこの言葉。
　ずっとずっと遠い昔、誰かに言われた……はず。
　
　助けるってことは一方通行じゃないんだ。
　俺がお前を助けることで、俺もお前に助けられる。
　信頼ってのはな、どっちの側にいようとも、その両端の二人が信じあって手を伸ばさなきゃつながらないものなんだ。
　俺に助けられろ。そうすれば、お前は俺を助けることが出来る。
　
　……誰だっけ……男の、声だった。
　
「ね、お兄ちゃん」
　
「あ、うん」
　紀子の声で我に返る。
「これ、穴が空いてるね。待ってて」
　鮫の歯をつかんだ紀子の重みと髪の臭いがふっと遠くなる。そして、ちゃらりと軽い金属音。
「よかった。通る！」
　その直後、俺の首もとに一筋の冷たさが走る。
「お兄ちゃんの首、ギリギリ。でもオッケーだよ！」
　自分の鎖骨あたりに重みを感じる。
　……じいちゃんの、形見か。
「この鎖、私の大好きなおばあちゃんの形見なんだ。失くさないでね」
　
　紀子の形見の鎖。そしてじいちゃんの形見の鮫の歯。
　ちょっと恥ずかしい気もして牙をシャツの内側へと隠した。
　
「ボート操縦、物知りガールにレクチャーしたら、すぐ行くネー」
　
　俺は紀子とサワダとを見る。
　なんて心配そうな顔してやがるんだ。やめてくれ。こっちまで気分がしけてくる。
　俺は満面の笑顔で応えると、暗い海へと身をすべらせた。
　
　潮の香りが体中に満ちる。
　そういえば海なんて、この村を出てから一度も入ってなかったっけ。
　体中の、細胞のひとつひとつが喜んでいるようにも感じる。
　故郷の海。
　少しづつほどけてくる自分の記憶をたぐりながら俺はもう一度、海の中に大きく開いているはずの暗黒の顎を睨む。
「ヨースケ！　マーカー！　目印ネー！」
　後ろからサワダが大きなマキビシのようなものをいくつか手渡す。ＬＥＤの光る球体から、いくつかの突起が出ているようなモノ。砂場や岩の隙間に差し込めそうな突起が。
「岩場だからうまく設置できないかもしれないが、とりあえず転がしておく」
　大きく息を吸い込む。
　
　記憶を遡る。
　この海の向こうにある俺の記憶を。
　記憶の、海の、中へ。俺は潜った。
　
　
　
　
　
（続く）
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