※ノンフィクション
号泣した事ってありますか？
人目もはばからず、 ただただ泣くことに夢中になってたこと。
しばらく前の話になりますが、僕はそんな自分に出会ったことがあります。
3月11日あの日僕は普段通り仕事をこなしていた。
その日はどうもデラ（マツコデラックス似の女性同僚）の虫の居所がよくなかったらしく内容は覚えてすらいないけど、口げんかを吹っ掛けられた。
支離滅裂な話だったから簡単にねじ伏せて泣く寸前までケチョンケチョンにしてやったけどずっとイライラしながら過ごしたのを覚えている。
そこに常連の海坊主みたいなヤツがもうすぐ千葉に転勤のため契約解除を申し出てきた。
しばらくここには来ないけど来た時はまたよろしくなっていってた海坊主の背中がなんとなく悲しげだったけど僕はそれどころじゃなかった。トイレ…
若干余力を残しつつ間に合って気分良く手を洗っていると、突然世界が歪んだ。
早く外に！勢いよく扉を開けて同僚達と一斉に屋外へ飛び出した。
後ろの方でガチャガチャ物が散乱する音が聞こえた。
ヤマダの建物が揺れているのが分かった。
電柱がグラングラン回って足場を丸く削っていた。
そこら中の店の立て看板が今にも倒れそうに激しく軋んだ。
吊り下げの固い什器が窓を容赦なく叩きつけて、ヒステリックな音が響かせていた。
４号を走っていた車がみんなゆっくり止まった。
駐車場の車たちが接触しそうなくらい近づいては離れた。
どこからか体に悪そうな燃料の焼け焦げた匂いがした。
デラが膝からこけた。
あのハイウェートでもって勢いよく地面に叩きつけられたデラの膝は黒のストッキングの上からでも確認できるほど真っ赤に染まっていた。
僕はひたすらキミに電話を掛けようとしたけど全然繋がらない。
そんな状況が5分は続いて、いったん揺れが収まったのを確認してからオフィスに戻り、テレビをつけた。
ボリュームを最大にするとアナウンサーの声が外に漏れるくらい大きな音で響いた。
画面に映し出された簡易な日本地図。
今まで見た事のない赤色が東の海沿いを染めていた。
当時の僕にはそれがどれだけ絶望的なものなのかもわからなかったけど、ただただヤバイって事だけは感じていた。
そこにいた誰もが一様に誰かを思った。そしてきっと祈っていたはずだ。どうか無事でって。
やっと繋がった電話で今日のお泊まりは無理だねっていってたね。
そんなの分かってたよ。
涙声のキミに、僕は大丈夫ってしかいってやれなかったけど。
その時、キミの無事を確認できたことは、僕にとって救いだった。
その後、順番までは覚えていないけれど、家族の無事も確認できで、この状況において身近な人たちが皆無事でいてくれている事に安堵した。
なんとか上司に連絡がついて全員帰宅、自宅待機ってことになってその場で解散した。
考えることはやはり皆同じなようで、立ち寄ったコンビニは人で溢れていて、アルコールを除く飲料は既に完売していた。
米飯、パンなども残り僅か。両手いっぱいに食糧を抱えて、田舎のコンビニに長蛇の列を作るその様が事態の異様さを物語る。
僕は普段は手に取ることのない高カロリーな保存食を持ってレジに並んでいた。
入ったばかりの頃はまだ明るかった店内が、時間の経過と共に真っ暗になっていった。
POSレジもバッテリーが切れてしまい、手元が暗い中で手計算による清算を迫られる店員さんの焦りや苛立ちがこちらにも伝わってきた。
そんな間にも、ときおり地面が揺れ、商品を抱えたまま店外へ避難する人も散見された。
子供に籠いっぱいの食料を持って並ばせて、そこに次々と商品を追加していく夫婦、早くしろ！と混雑する列の後ろから怒鳴り声を上げる中年の男、今なら万引きしてもバレなくね？なんて心の貧しさを隠そうともしない若いカップル。
そこには人間の醜さが溢れていた。
そういう僕も、清算のときに店員さんの手元を携帯のライトで照らす事をした程度で、それが終われば、ありがとうの言葉と共にその場を去っていくだけなのだから、その表面はそんな輩と大して変わるものでもない。
そんな風にも思えたんだ。
帰宅後の生活は経験者なら容易に想像がつくと思う。
インフラの整っていない生活は惨めだったよ。
それでも…キミが見た地獄からすれば生ぬるい温度だったろうね。
それに正直な所あんまり覚えていないんだ。
キミは僕をよく分かってるだろう。
誰かのケアに奔走してたさ。
冷静でいられること。それが僕の数少ない取り柄のひとつだから。
ただ一点において、僕は冷静じゃなかったけれど。
久しぶりに家族と過ごすその夜に、眠りが訪れる事はなかった。
気が遠くなりそうな程、長くて寒い夜。
来客用に襖の奥に仕舞い込んでいた毛布を引っ張り出して、そいつにくるまった。
ぼんやりと歪んでいく頭と、張り詰めた神経を抱えながら。
ラジオから流れる不愉快な子守唄をバックミュージックに、眠りの森から少し離れた場所で佇んでいた。
車も自由には使えない。
ガソリンの供給がない。
明かりも無駄には使えない。
いつまでこの生活が続くのか分からない中で電池ひとつすら貴重品。
心もとない便りは、ラジオからの情報…。
翌朝、僕に届いた最初の悲惨なニュースは若林区でざっと見て３００人以上の遺体が浮いている。だった。
３００という数字。３００の命。ワケがわからない。死体…絶命…亡骸…
陸前高田で数千の遺体。行方不明。ワケガワカラナイ…
どうか夢であって欲しい…。
願うほど、そこに至る思考がかえって、これは現実だよ。と、嘲笑う。
これほどまでに引き返せない時流が恨めしく、叶うはずのない願いに思いを馳せたことなど、過去になかった。
じんわりと浸食するように、無機質な時間は時折起こる揺れに伴う、電気信号を折り挟んで、ゆっくりと流れていく。
午後５時には辺りが確認できないほど暗くなった。
互いの顔すらはっきり見えないままの夕食は、どことなく世界の終わりのような匂いがした。
街灯や工場の煙で暈されない夜空は、僕らの精神状態とは裏腹に、それはとても綺麗だった。
満点の星空とはこういうものをいうんだろうな。と残り少なくなった灯油缶を抱えながら、ぼんやりと眺めていた。
皮肉にも頭の中に流れるポップな鼓笛隊の奏でる音。
僕は一体、何に願えばいいのだろう？
次の日僕はキミの実家を訪ねたけれど、誰も出てこない。
食糧不足はこっちも同じだったから、圧力鍋で炊いたあたたかなご飯を届けたかったんだ。１０分ほど待ったが、戻る様子もなかったので諦めて引き返す。
僕は何故だか分からないけど、普段は通らない学校と魚屋の角を曲がった。そのとき偶然キミの家族とそこで遭遇した。
何かが導いてくれたかと思うくらい全くの偶然。
しかし、お互い持ちえた情報を共有したもののキミと連絡が途絶えたタイミングは殆んど変らない。故、何もない。
がっくりと肩を落として帰宅。
ラジオから聞えてくるニュースはより悲惨さを増してゆく。
石巻で2000以上の死者、行方不明者。
気が狂いそうになった。
早くキミを見つけたかった。
どうか無事でってどれ程、何度、祈ったことか。
僕は燃料の途絶えそうな愛車を走らせては何度も何度も電波を捜した。
長町に山形に…分かってたよ。ここでも電波がないんだ。キミのいる場所に電波なんて、携帯の充電だってさ…
それでもそうしないと、何か、なんでもいいから、キミに繋がる可能性を捜してたんだね。
その夜、キミの実家にお邪魔したとき。知り合いの土建屋さんから借りた発電機で新築のリビングのテレビが光を取り戻していたんだ。
そこに映し出された石巻の光景に僕は言葉を失った。
僕はしみん市場が大好きだった。
平日に休みの多い僕はキミに内緒で、キミのアパートによく侵入した。
先に少し遠回りになるけど、しみん市場に寄って、つぶ貝を買って夕食の準備をしてキミの帰りを待っているのが好きだった。
市場のおじさんも僕の顔を覚えてくれて、もう何が欲しいかをいわなくてもすぐ準備してくれたんだ。
何度かおまけでもらったホタテも刺身やパスタにしてふたりでよく食べたよね。
そんな思い出の場所の骨組みだけになった姿を、崩壊した周辺と共に、空からのカメラが捉えていた。
知らない人が見れば初めから何もなかったかのようにも見える程、根こそぎむしり取られた景色。
もう…迎えにいかなきゃ…
生きてても水やご飯がなかったら死んじゃうじゃないか…
そんなの一番悲惨じゃないか…
見殺しじゃないか…
焦る僕を、キミのパパは穏やかに諭してくれた。
でも次の瞬間、そんな見るに耐えない絶望の中に、一筋の光が差し込んできた。
液晶が映し出したのは信号の先の21SEIKIの看板、古びた建物が形を残している。
信号を曲がればキミのアパートはすぐそこだ。
僕はいてもたってもいられなくなって、キミのパパに迎えに行く事を伝えた。
「俺が連れて帰ってきます。」
キミのパパは小さく頷いて、僕の顔をきっと睨みつけた。
そして僕は一旦、家に戻ってキミを迎えに行くための支度を整えた。
また大きな津波くる。ラジオから流れるそんな警告を無視して僕は家を飛び出した。
母はそんな息子をどんな気持ちで送り出したのか。
小刻みに手が震えて、きゅっと結んだ口が言葉より雄弁にその心を語ってくれる。
早朝、キミを目指して走る車。
キミに近づくにつれて、原型を崩していく街並み。
通い慣れた80kmはその変わり果てた姿を隠す余力すらないようだ。
溺れても、会いにいく。
キミのいない世界なら、そんなものなくても構わない。
確固たる決意が引き返すことを許さない。
幼子が遊び投げたトミカのようにバラバラに配置され、叩きつけられ、踏みつけられた車達が行く手を阻む。
その隙間を縫って走るセレナの他には自衛隊と警察の車両ばかりが目立つ。
助手席で両手を結んで震えが止まらない僕。
それを和ませるようにきつくハンドルを握りながらも、笑って語りかけてくれるキミのパパ。普段は僕にはあんなに無口なのにね。
寸断された橋を遠回りして、巨大な流木に阻まれた道を避ける。
あまり通らない土手高の裏道を抜けたら、キミがいるはずの建物が見える。
少しでも早くキミに辿り着きたかった。
そんな僕らを嘲笑うように、海水がとおせんぼするんだ。
キミのパパはそれを無視して、ただまっすぐに泥水の中を走り抜けたんだよ。
そしてそこにたどり着いた。
車を降りるといつもキミを迎えにいってたあの入口から中へ走りこんだ。
「○○はいますか！○○はいますか！」
僕の叫ぶ声に、周りの人たちが呆けてこっちを見ていたらしい。
視線なんてちっとも気にならなかった。
そして職員室を抜けて、キミのいるはずの場所へ。
そこにあったのは…
弱々しくも、誇りをもって仕事をする聖職者の姿。
キミの名前以外には「よかった」って言葉しか出てこなかったね。
普段は強がりでキミの前で涙なんて見せたことなかった。
いつも俺は強いって顔をして、逆境なんかクソ喰らえって笑ってた。
せめてキミの前だけでは誰よりも強くありたいから。
戯言を繰り返すだけの弱々しい男にキミは何を思ったかな？
堰を切ったようにキミの瞳から溢れる涙に、僕はなんの答えも持ち合わせてなかった。
ただひたすら、泣き崩れ、キミの手を握って嗚咽をあげるだけだったね。
まるで、母親を見つけた迷子のように。
号泣した事ってありますか？
人目もはばからず、 ただただ泣くことに夢中になってたこと。
しばらく前の話になりますが、僕はそんな自分に出会ったことがあります。
3月11日あの日僕は普段通り仕事をこなしていた。
その日はどうもデラ（マツコデラックス似の女性同僚）の虫の居所がよくなかったらしく内容は覚えてすらいないけど、口げんかを吹っ掛けられた。
支離滅裂な話だったから簡単にねじ伏せて泣く寸前までケチョンケチョンにしてやったけどずっとイライラしながら過ごしたのを覚えている。
そこに常連の海坊主みたいなヤツがもうすぐ千葉に転勤のため契約解除を申し出てきた。
しばらくここには来ないけど来た時はまたよろしくなっていってた海坊主の背中がなんとなく悲しげだったけど僕はそれどころじゃなかった。トイレ…
若干余力を残しつつ間に合って気分良く手を洗っていると、突然世界が歪んだ。
早く外に！勢いよく扉を開けて同僚達と一斉に屋外へ飛び出した。
後ろの方でガチャガチャ物が散乱する音が聞こえた。
ヤマダの建物が揺れているのが分かった。
電柱がグラングラン回って足場を丸く削っていた。
そこら中の店の立て看板が今にも倒れそうに激しく軋んだ。
吊り下げの固い什器が窓を容赦なく叩きつけて、ヒステリックな音が響かせていた。
４号を走っていた車がみんなゆっくり止まった。
駐車場の車たちが接触しそうなくらい近づいては離れた。
どこからか体に悪そうな燃料の焼け焦げた匂いがした。
デラが膝からこけた。
あのハイウェートでもって勢いよく地面に叩きつけられたデラの膝は黒のストッキングの上からでも確認できるほど真っ赤に染まっていた。
僕はひたすらキミに電話を掛けようとしたけど全然繋がらない。
そんな状況が5分は続いて、いったん揺れが収まったのを確認してからオフィスに戻り、テレビをつけた。
ボリュームを最大にするとアナウンサーの声が外に漏れるくらい大きな音で響いた。
画面に映し出された簡易な日本地図。
今まで見た事のない赤色が東の海沿いを染めていた。
当時の僕にはそれがどれだけ絶望的なものなのかもわからなかったけど、ただただヤバイって事だけは感じていた。
そこにいた誰もが一様に誰かを思った。そしてきっと祈っていたはずだ。どうか無事でって。
やっと繋がった電話で今日のお泊まりは無理だねっていってたね。
そんなの分かってたよ。
涙声のキミに、僕は大丈夫ってしかいってやれなかったけど。
その時、キミの無事を確認できたことは、僕にとって救いだった。
その後、順番までは覚えていないけれど、家族の無事も確認できで、この状況において身近な人たちが皆無事でいてくれている事に安堵した。
なんとか上司に連絡がついて全員帰宅、自宅待機ってことになってその場で解散した。
考えることはやはり皆同じなようで、立ち寄ったコンビニは人で溢れていて、アルコールを除く飲料は既に完売していた。
米飯、パンなども残り僅か。両手いっぱいに食糧を抱えて、田舎のコンビニに長蛇の列を作るその様が事態の異様さを物語る。
僕は普段は手に取ることのない高カロリーな保存食を持ってレジに並んでいた。
入ったばかりの頃はまだ明るかった店内が、時間の経過と共に真っ暗になっていった。
POSレジもバッテリーが切れてしまい、手元が暗い中で手計算による清算を迫られる店員さんの焦りや苛立ちがこちらにも伝わってきた。
そんな間にも、ときおり地面が揺れ、商品を抱えたまま店外へ避難する人も散見された。
子供に籠いっぱいの食料を持って並ばせて、そこに次々と商品を追加していく夫婦、早くしろ！と混雑する列の後ろから怒鳴り声を上げる中年の男、今なら万引きしてもバレなくね？なんて心の貧しさを隠そうともしない若いカップル。
そこには人間の醜さが溢れていた。
そういう僕も、清算のときに店員さんの手元を携帯のライトで照らす事をした程度で、それが終われば、ありがとうの言葉と共にその場を去っていくだけなのだから、その表面はそんな輩と大して変わるものでもない。
そんな風にも思えたんだ。
帰宅後の生活は経験者なら容易に想像がつくと思う。
インフラの整っていない生活は惨めだったよ。
それでも…キミが見た地獄からすれば生ぬるい温度だったろうね。
それに正直な所あんまり覚えていないんだ。
キミは僕をよく分かってるだろう。
誰かのケアに奔走してたさ。
冷静でいられること。それが僕の数少ない取り柄のひとつだから。
ただ一点において、僕は冷静じゃなかったけれど。
久しぶりに家族と過ごすその夜に、眠りが訪れる事はなかった。
気が遠くなりそうな程、長くて寒い夜。
来客用に襖の奥に仕舞い込んでいた毛布を引っ張り出して、そいつにくるまった。
ぼんやりと歪んでいく頭と、張り詰めた神経を抱えながら。
ラジオから流れる不愉快な子守唄をバックミュージックに、眠りの森から少し離れた場所で佇んでいた。
車も自由には使えない。
ガソリンの供給がない。
明かりも無駄には使えない。
いつまでこの生活が続くのか分からない中で電池ひとつすら貴重品。
心もとない便りは、ラジオからの情報…。
翌朝、僕に届いた最初の悲惨なニュースは若林区でざっと見て３００人以上の遺体が浮いている。だった。
３００という数字。３００の命。ワケがわからない。死体…絶命…亡骸…
陸前高田で数千の遺体。行方不明。ワケガワカラナイ…
どうか夢であって欲しい…。
願うほど、そこに至る思考がかえって、これは現実だよ。と、嘲笑う。
これほどまでに引き返せない時流が恨めしく、叶うはずのない願いに思いを馳せたことなど、過去になかった。
じんわりと浸食するように、無機質な時間は時折起こる揺れに伴う、電気信号を折り挟んで、ゆっくりと流れていく。
午後５時には辺りが確認できないほど暗くなった。
互いの顔すらはっきり見えないままの夕食は、どことなく世界の終わりのような匂いがした。
街灯や工場の煙で暈されない夜空は、僕らの精神状態とは裏腹に、それはとても綺麗だった。
満点の星空とはこういうものをいうんだろうな。と残り少なくなった灯油缶を抱えながら、ぼんやりと眺めていた。
皮肉にも頭の中に流れるポップな鼓笛隊の奏でる音。
僕は一体、何に願えばいいのだろう？
次の日僕はキミの実家を訪ねたけれど、誰も出てこない。
食糧不足はこっちも同じだったから、圧力鍋で炊いたあたたかなご飯を届けたかったんだ。１０分ほど待ったが、戻る様子もなかったので諦めて引き返す。
僕は何故だか分からないけど、普段は通らない学校と魚屋の角を曲がった。そのとき偶然キミの家族とそこで遭遇した。
何かが導いてくれたかと思うくらい全くの偶然。
しかし、お互い持ちえた情報を共有したもののキミと連絡が途絶えたタイミングは殆んど変らない。故、何もない。
がっくりと肩を落として帰宅。
ラジオから聞えてくるニュースはより悲惨さを増してゆく。
石巻で2000以上の死者、行方不明者。
気が狂いそうになった。
早くキミを見つけたかった。
どうか無事でってどれ程、何度、祈ったことか。
僕は燃料の途絶えそうな愛車を走らせては何度も何度も電波を捜した。
長町に山形に…分かってたよ。ここでも電波がないんだ。キミのいる場所に電波なんて、携帯の充電だってさ…
それでもそうしないと、何か、なんでもいいから、キミに繋がる可能性を捜してたんだね。
その夜、キミの実家にお邪魔したとき。知り合いの土建屋さんから借りた発電機で新築のリビングのテレビが光を取り戻していたんだ。
そこに映し出された石巻の光景に僕は言葉を失った。
僕はしみん市場が大好きだった。
平日に休みの多い僕はキミに内緒で、キミのアパートによく侵入した。
先に少し遠回りになるけど、しみん市場に寄って、つぶ貝を買って夕食の準備をしてキミの帰りを待っているのが好きだった。
市場のおじさんも僕の顔を覚えてくれて、もう何が欲しいかをいわなくてもすぐ準備してくれたんだ。
何度かおまけでもらったホタテも刺身やパスタにしてふたりでよく食べたよね。
そんな思い出の場所の骨組みだけになった姿を、崩壊した周辺と共に、空からのカメラが捉えていた。
知らない人が見れば初めから何もなかったかのようにも見える程、根こそぎむしり取られた景色。
もう…迎えにいかなきゃ…
生きてても水やご飯がなかったら死んじゃうじゃないか…
そんなの一番悲惨じゃないか…
見殺しじゃないか…
焦る僕を、キミのパパは穏やかに諭してくれた。
でも次の瞬間、そんな見るに耐えない絶望の中に、一筋の光が差し込んできた。
液晶が映し出したのは信号の先の21SEIKIの看板、古びた建物が形を残している。
信号を曲がればキミのアパートはすぐそこだ。
僕はいてもたってもいられなくなって、キミのパパに迎えに行く事を伝えた。
「俺が連れて帰ってきます。」
キミのパパは小さく頷いて、僕の顔をきっと睨みつけた。
そして僕は一旦、家に戻ってキミを迎えに行くための支度を整えた。
また大きな津波くる。ラジオから流れるそんな警告を無視して僕は家を飛び出した。
母はそんな息子をどんな気持ちで送り出したのか。
小刻みに手が震えて、きゅっと結んだ口が言葉より雄弁にその心を語ってくれる。
早朝、キミを目指して走る車。
キミに近づくにつれて、原型を崩していく街並み。
通い慣れた80kmはその変わり果てた姿を隠す余力すらないようだ。
溺れても、会いにいく。
キミのいない世界なら、そんなものなくても構わない。
確固たる決意が引き返すことを許さない。
幼子が遊び投げたトミカのようにバラバラに配置され、叩きつけられ、踏みつけられた車達が行く手を阻む。
その隙間を縫って走るセレナの他には自衛隊と警察の車両ばかりが目立つ。
助手席で両手を結んで震えが止まらない僕。
それを和ませるようにきつくハンドルを握りながらも、笑って語りかけてくれるキミのパパ。普段は僕にはあんなに無口なのにね。
寸断された橋を遠回りして、巨大な流木に阻まれた道を避ける。
あまり通らない土手高の裏道を抜けたら、キミがいるはずの建物が見える。
少しでも早くキミに辿り着きたかった。
そんな僕らを嘲笑うように、海水がとおせんぼするんだ。
キミのパパはそれを無視して、ただまっすぐに泥水の中を走り抜けたんだよ。
そしてそこにたどり着いた。
車を降りるといつもキミを迎えにいってたあの入口から中へ走りこんだ。
「○○はいますか！○○はいますか！」
僕の叫ぶ声に、周りの人たちが呆けてこっちを見ていたらしい。
視線なんてちっとも気にならなかった。
そして職員室を抜けて、キミのいるはずの場所へ。
そこにあったのは…
弱々しくも、誇りをもって仕事をする聖職者の姿。
キミの名前以外には「よかった」って言葉しか出てこなかったね。
普段は強がりでキミの前で涙なんて見せたことなかった。
いつも俺は強いって顔をして、逆境なんかクソ喰らえって笑ってた。
せめてキミの前だけでは誰よりも強くありたいから。
戯言を繰り返すだけの弱々しい男にキミは何を思ったかな？
堰を切ったようにキミの瞳から溢れる涙に、僕はなんの答えも持ち合わせてなかった。
ただひたすら、泣き崩れ、キミの手を握って嗚咽をあげるだけだったね。
まるで、母親を見つけた迷子のように。
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