THE　半ば面白い話（仮）コミュのクレヨンしんちゃん泣き虫戦国覇者(絶望)

二次創作です。良ければどうぞ。長文予定でお見苦しい脚色がございますが、御免。

｢しんのすけ！お前なんかとは絶交だ！｣

風間くんの声が青空に溶けてゆく。

春を迎えたばかりの４月。

平穏な土曜日、郊外の公園にて。

かすかべ、ぼうえい隊ごっこに興じていたしんちゃんと風間くん。

しんのすけが風間くんに対して耳たぶを甘噛みしたり、お色たっぷりに擦り寄って押し倒していれば。

風間くんはしのすけを跳ね退け。

絶交を口にした

｢風間くん何キレてるんだぞぅ？もっとカルシウムやビタミン取らないとダメだぞ？｣

｢うるさいなしのすけ！もうお前みたいなお子ちゃま我慢の限界なんだよ！！ボーちゃんやネネちゃんが何でいないかわかってるのかよ！？｣

｢なんで……？｣

｢しんのすけ、これから僕たちは小学生になるんだ。何時までも幼稚園児のままじゃいられないんだよ…！皆忙しいしお前みたいに呑気じゃない！だからもうこれっきりだからな！じゃあ僕塾があるから…｣

風間くんはそう言うと舞い散る桜の中駆け出してゆくしんのすけは尻餅をついたまま友達の背をいつまでもいつまでも見つめていた。

舞い散る桜の花びらに埋もれても動かないしんのすけのお腹が低くこごもった雄叫びをあげる

｢腹減ったぞ～｣

それをきっかけにゆっくりとした動作でトボトボと重い足取りで帰路を歩くしんのすけ。

道すがら綺麗なお姉さんや女学生が通り過ぎようと何時もするようにナンパすることもないまま脳裏には全員揃った、かすかべぼうえい隊の楽しい日々と風間の離別が何時までも横切っては消えていった。

……コツン。

不意にしんのすけの頭へ何かが当たる。

拾い上げるとそれは焼け焦げた扇子。

｢うーん、なんだこれ？焼け焦げててバッチイ扇子だぞぅ……ん？何か汚い字で書いてある……ほぅほぅ…おぉ、熱ち、熱ちち！…………おぉおおおおおお！？｣

その字は汚いひらがなで綴られ読む内に再び焼けてしまい途中までしか読めなかった。

その瞬間、地面が消え下りの急勾配が現れ、しんのすけの体はごろんごろんと勾配を転がり落ちた。

どれくらい転がっただろうかと思う頃、不意にしんのすけの体は、地面にぶつかって停止した。

ふらふらになりながらも、どうにか立つ。

振り返ると、青空の下、一面に草むらが広がっていた
………。

……。

桜並木を白馬と黒馬が駆っている。

二人の男を乗せて。

｢兄上！お待ちください！これから父上の葬儀だというのにっ！｣

｢勘十郎！ワシに指図するな！あんな男、父ではない！｣

白馬に乗った織り目正しい着物姿の｢勘十郎｣と呼ばれた若者が真っ赤になって、黒馬に乗った兄を見ながら、必死になって叫んた。 >
それを、制止し勘十郎とは対象的に着崩した姿でただ目の前を見据え風を切り続ける兄と呼ばれた男。

黒い馬が桜並木から外れ草原に入りヒヅメの音が荒々しく闊歩する。

そして徐々に離されていく白馬。

否、黒馬が足を止めて続いて止まった後方の白馬に向き直る。>

｢兄上！なぜ御自身の地位を自ら危ぶまれるのです！家臣やこの国の者が兄を何と言ってるかお分かりですか！？｣

｢勘十郎！ワシは大うつけじゃ！帰って奴の葬儀に出よ！ワシは所詮誰にも愛されぬ運命よ！｣

｢兄上！それは違います。私は…勘十郎はどんなことがあっても……兄上の味方でございます…御免っ！｣
勘十郎は踵を返すと馬を走らせ桜並木へと消えていった。

｢…わかっておるわ勘十郎｣
勘十郎の姿が見えなくなると男は小さく呟き馬を降り、草原の上に大の字に横たわり、澄み渡る白い雲を仰ぎただぼんやりと眼で追う。
暫くそうしていると
｢うごぐげぇ！｣と奇声を漏らしながら、スーハ、スーハと過呼吸のようなおかしな息を吸い始め、やおらつっぷして、口と眼を酸っぱい液体で汚した。

男は、荒い息をしていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。

髷を結わえていた髪止めが取れ髪はぼさぼさに乱れ、顔は涙とヨダレでべしょべしょだった。

だが、その目はまっすぐに空を見据えていた。

不意に酷いありさまの男の顔に影が差す。

いつの間にか見知らぬ坊主頭の小僧が見下ろしていた。

｢ねぇねぇ、何泣いてるの？｣

｢な、泣いておらぬ！これは…め、目にゴミが入ったのじゃ！それよりも！おい、ワッパ！妙なナリをしておるが…何者じゃ？ここぞの者ではないな？｣

男は、慌てて立ち上がると涙をゴシゴシと腕で拭い。
赤面しながらまくし立てた。
しかし、片目から一粒だけ、涙がポロリと零れ落ちた。

｢オラ、ワッパじゃなくてしんのすけ。かすかべに居たんだけど穴に落ちたらここにいて…所でオジサンさっきオンオン泣いてたけどお腹でも痛いの？｣

｢ぶ、無礼な！？ワシの名は信長じゃ！それに武士は泣かん！決してな！｣

｢そんなこと言って…おメメ充血してるし涙でてるぞ？｣

｢ぐぬぬ…！？まぁ、よいわ…しんのすけと言ったか少し話し相手になってくれぬか？お主には聞きたいことがあるしな。｣

こうして、しんのすけは今日、風間くんと喧嘩したことや謎の穴について信長に話した。

｢ほぅ、友と仲違いをしその帰り道、空より出でし扇子や穴に落ちたらここにか……まこと摩訶不思議な話、だがその服や履き物を見る限り嘘とも言い切れん信じるに値するとワシは思う所でしんのすけ、お主今日はどうするのだ？｣

｢う～ん、どうしよう…でもなるようになるんじゃない？｣

｢おぃおぃ他人事だな？しかし前向きじゃ！信長はそなたが気に入ったぞ！はっはっはっはっ！｣

｢ノブちゃん、羨ましいなんてオラ照れちゃうぞ？はっはっはっはっは！｣

｢はっはっはっはっは！ノブちゃんとはワシのことか？｣

｢そーだよ、だからノブちゃんもオラのことしんちゃんって言ってね？｣

｢馴れ馴れしきよ…ノブちゃん…誰もそのような愛嬌でワシを今まで呼ばなんだ…フフ…はっはっはっはっは！｣

しんのすけは誉められると嬉しさのあまりニヤリと笑い信長とともに笑い合った
｢しんのすけよ…友と仲違いをしたと言ったがお主はそんな時どうするのだ？｣
｢オラ、ちゃんと風間くんに謝れなかったから…今度会えたら謝りたいと思ってるぞ…｣

｢なぜじゃ？そなたの元を自分の都合で離れた者であってもか？｣

｢だって友達だもん！友達は大切にしろって父ちゃんも言ってたし…喧嘩したままなんて寂しいぞ｣

｢そうか…｣

しんのすけの言葉に信長が重く言葉を紬いだ。
ふと信長の脳裏に今は亡き父、織田信秀が記憶の淵に浮かんだ。

｢信長よ、そなたはうつけになれ｣

信長が信秀に火急の用件で呼び出された矢先、父が先んじて言った。

信長は三男でありながら他の兄弟よりも思慮深く優秀であり信秀はそれを誰よりも評価し危惧をしていた
｢父上、真意のほどお聞かせ下され｣

｢信長よ優秀であるということは時に人に誉められ出世の足掛かりとなるものだが、同時に嫉妬を買ったり恐れられ敵を作る原因ともなる…家中においてそなたがワシは心配じゃ…｣

信秀は心配や悩みごとがあると扇子を自身の額に当ててる癖があり今度のことにおいても扇子が軋むほど自身の額に押し当てていた。
｢父上、ご心配めされるなこの信長…秘策がござりまする｣

｢して、それは？｣

｢父の云う[うつけ]ではなく手の付けられない[大うつけ]となりましょうぞ！ゆえに…父上今日においてこの信長、別れを申し上げ…ぐぅ…ぅうううう！｣

信長は頭を垂れて別れを告げるつもりだった…。

うつけになると云うことは自身の安全を守ると同時に家臣や兄弟、親に至るまで疎まれ蔑みの対象となることだった。

それは、本来の自分との離別を意味し今後尊敬する父と今までのように接することができない…信長はそれが辛く、誰にも聞かせまいと必死に唇から血を流すほど噛みしめくぐもった鳴き声をあげた。

もう今を境に父と普通に話すことは叶わないのだから。
どんなに悲しかろうと…
だから今のうちにと泣いていた…。

信長は優秀であり涙脆く純粋な心の持ち主であった。
｢信長よ…そなた相変わらず泣き虫じゃな！｣

｢ぢ、父上も…なﾞ、泣いておりまずるぅ！うぅぅ！｣
信秀が、扇子で顔を覆っていた手が震え。

扇子が重力に引かれてポツリと墜ちる。

｢泣いてなどお、おらぬ！ぶ、武士は泣かぬ！うぅぅ…ゥゥゥ！｣

信秀の両目から涙がボロボロと溢れ落ちた。

親子とともに他者に感づかれぬよう必死に唇を噛みしめ顔を涎と涙でクシャクシャにしながら泣いていた。
それはある意味懇情の別れを意味していた。

信秀の云ううつけとは…。
例え父、信秀が死のうとも涙も見せず親不孝の限りを尽くすことも躊躇してはいけないことを両者は理解していた……。

夕も暮れる頃。

｢信長…いや大うつけよ最後にこの扇子を持ってゆけ！｣

｢父上…｣

涙が枯れ信長が部屋を跡にしようとすると信秀は自身が愛用していた扇子を手渡した。

｢うつけ者はいわば道楽者じゃ扇子を開いて闊歩する様も似合うだろう…それにワシにはお前にそれくらいしかやれん…｣

｢いえ、父上、扇子一つと言えど私には大きな宝。この扇子を見る度に心の励みになります…いかなる困難も扇いで渡って見せましょうぞ！｣

信長はそう言うと部屋を飛び出し庶民の者と戯れたり着崩した格好で朝から酒を飲んで道楽の限りを尽くしその噂は国から国へと拡がり。

うつけ、と呼ばれるようになった。

後に父、信秀が死去した
信長が過去を回航し現実に至る。

｢しんのすけ、ワシはまだ[うつけ]じゃ！そなたと話して踏ん切りがついたぞ！ワシはこれより葬儀に向かい[大うつけ]になる！｣

信長はしんのすけをひっつかむと馬にまたがり風を切った。

父との約束を守るため……。

馬の蹄が大地を力強く踏みしめ。

ピンク色の花びらを散らしながら桜並木を風のように駆け抜けていく。

しんのすけは振り落とされぬよう信長の腰に抱きついていた。泣き虫だったノブちゃんの変わりように、理解に苦しみ[変なの]っと心の中で呟いたのだった。
しんのすけは太い眉毛を潜ませながらそっと信長に問う。

｢ノブちゃん！葬儀って何！？｣

｢葬儀とは死んだものを弔うことだ、ワシは父を今弔うのだ親不孝をもってな！｣

｢オラァ、ノブちゃんが何言ってるんだかよくわかんないぞぅ｣

｢分からなくてよい！誰もワシのようになってはならぬのだ…はあぁ！｣

信長は幼いしんのすけの素朴な疑問に複雑な表情で前を見据え馬を急かせた。
眼前には父の居城であった末森城が聳えていた。

…………。

……。

…。

｢尾張のうつけ者が帰ってきたぞぅ！｣

｢やーい！うつけ！｣

｢信秀殿も親不孝なうつけを持って哀れじゃ！｣

｢尾張はうつけの省で終っちまう！アッハハハ！｣

城下を疾駆していると、民衆が各々、口を開いて信長の後ろ指をたて罵った。
しんのすけは、それらを曇りのない眼で見つめ信長の裾をひっぱり問う。

｢ノブちゃん[うつけ]って何？｣

｢簡単に言うと馬鹿だ。ワシにはお似合いよ｣

信長は苦笑して告げる。

それを聞いたしんのすけはどう見ても嬉しさを噛み殺せないという顔で、とんでもないことをしでかした。
｢ほぅほぅ、じゃあオラもうつけだぞぅ～！ぞ～さんぞ～さん！お鼻が長いのね！そ～よ母さんも長～いのよぅ！！｣

疾駆する馬の背で無謀にも立ち上がるとズボンとパンツを引き下ろし幼い性器を露出させて歌を歌い始めたのだ！

｢なっ！！？｣

周囲の人間を含め信長でさえ口をあんぐりさせ、しんのすけの寄行に目を見張ったのだった

｢まだまだぁ！ケツだけ星人！ぶりぶりぃ～ぶりぶりぃ！！｣

当のしんのすけは空気を読まず尻を突き出した形で踊り始めてしまう。

｢や、やめぬか！！？｣

信長は恥ずかしくなり、寄行を止めようと手を伸ばすが、しんのすけはホイホイっと言った掛け声とともにかわされ。

前方を疎かにした。

｢ぁ、ノブちゃん前、前｣

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[1] mixiユーザー 06月10日 23:14

｢うるさい！とにかくその寄行をやめぬか！？｣

｢あ、ぶつかる…｣

｢だから…！む？ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！？｣

馬は走り続け城門を越え葬儀を執り行っている式場に突っ込んでしまった。

[2] mixiユーザー 06月10日 23:18

｢ではこれより故、織田信秀殿の葬儀を執り行います｣

坊主の厳かな言葉が続き。

重々しい雰囲気が漂う。

式場では重臣や親族が集まり。

故人を悼む者。

自らの野望を目論む者。
誰ぞ組み入ろうかと胡麻をする者。

と、各々の思いがその場に集約されていた。

｢さて、ここは通例であれば織田家御当主自らの御挨拶する運びでございますが…生憎、御当主…うつけ…いえ失礼…織田信長様は…生憎葬儀の席には居りませんので……｣

坊主が意味深な口調で言葉を運び、視線の先には織田勘十郎を見据えていた。
実の所、この坊主。

今は亡き織田信秀の正室。
｢土田御前｣の息がかかった者であり。

寄行目立つ信長を嫌った御前がこの機を境に溺愛する勘十郎を当主の座に付けようとする画策であった。
重臣の多くが規律正しく聡明な勘十郎に惹かれていたのは確かであり。

対照的に奇行目立つうつけ者の信長には眉を潜めるのも事実であった。

信長自身、うつけ者を演じるにあたり親不孝を葬儀で興じるのはあまりに辛く欠席を覚悟していたが、しんのすけとの出会いがそれを変えた。

ゆえに…。

もし、信長が葬儀を欠席をしたままなら後の歴史は大きく変わっていただろう。
｢ここは織田信勝(勘十郎)殿に……ん？ぐひゃあああああああ！！？｣

坊主が淡々と語る。

その時。

蹄の音が式場に響いた。
荒々しい音が、段々と近づいてくるのをその場にいた全員の耳に届いた。

門が破壊され坊主の悲鳴がほどなくして響く。

暗い式場に外の光が注がれ逆光の中、一頭の馬に乗った信長とその頭に乗っかり尻を露出した童子。

馬にしたじきになっている哀れな坊主。

の姿が式場にいた人間の目に釘付けとなった。

｢ひ、ひぃ！何事じゃ！？｣
｢ぁ！あれは！｣

｢なんと！｣

皆の声は、驚きを含み。
侮蔑を込めて。

｢うつけ者！｣

と叫んだ。

｢そうぞ！信長ここに参上！オヤジは死んだか！？ハッハハハハ！馬鹿め死におった！｣

信長は豪快に笑うとしんのすけに｢ここにおれ｣と頭から剥がして馬に乗せ。

一睨みして威圧した。

しんのすけは優しかったノブちゃんの異変にただ固まってしまった。

｢兄上！何を言っているのですか！？父上が！父上が亡くなったのですぞ！？それなのに！｣

｢黙れ！勘十郎！ワシは織田家当主織田信長ぞ！えぇい！邪魔じゃそこを退け勘十郎！｣

勘十郎は兄、信長の帰参に喜びもしたがあまりの傍若無人に眉を潜めこの場を納めようと前に立ちはだかった。

このまま行かせてはならないと…。

勘十郎は大好きな兄と永遠の別れをするような…胸騒ぎがしてならなかった。

が、信長は弟、勘十郎を蹴り飛ばすと立牌の前まで歩く。
蹴り飛ばされた勘十郎は重臣達に庇われ。

きらびやかな着流し姿の土田御前は慌て勘十郎の傍に寄り｢うつけ者！そなたが父の代わりに死ねば良かったろうに！｣と信長を罵った。

同時に家臣達の殆んどが｢そうた！そうだ！｣とヤジる。

信長はそれを気にも止めず懐から扇子を取り出した。
まるで、手向けの花を墓に添えるように自然とそれは行われた。

｢人間五十年、下天のうちをくらぶれば…｣

と、詠い出しとともに舞を踊り始める。

信長の突拍子な奇行にヤジっていた者達は静まり返り見いってしまう。

舞は優雅にどこか哀しげに情緒ある趣に満ち。

時間がゆっくりと鼓動していく…。

舞う最中、信長の脳裏には。

……父がいて、笑い泣き怒り悲しみ、舞を教えられ、共に歩いているだけで、嬉しかった。

……一緒にいれて一緒ではなかったが…。

……土田御前、ほんのひととき、…まるで暖かい木漏れ日が立ち止まったように素のワシであったなら
……その言葉を呼ばせて欲しかった。

…勘十郎、うつけ者を演じるワシを影ながら支えてくれたことを心内で何度も叫んだ…その言葉を云えぬ兄を許してくれ…。

…父上、ワシはこの舞を最後に親不孝の名を元に｢大うつけ｣となります。

[3] mixiユーザー 06月10日 23:20

舞終えると信長は焼香を立牌に投げつけた。

｢なんと！？｣

舞に魅力されていた者達が眼を醒ましたように驚きの声をあげ…。

｢尾張の大うつけが！！｣
と罵った。

同時に信長の真意を悟った家臣も少なくなかった。

それを見ていたしんのすけは何かを悟り。

｢ノブちゃん本当は…｣と言い止めに入ろうとすると。
床に急勾配の穴が現れ足元を掬われ飲み込まれてしまう。

まるで、言葉の先を危惧したかのように……。

長い長い坂道をしんのすけは落下していった。

どれくらい転がったと思う頃。

不意にしんのすけの体は、見慣れた食卓の椅子に座っていた。

しんのすけは周囲を見回した。

ビールの入ったコップを片手に酒のつまみを食べる。
父、野原ひろし。

上司の馬鹿野郎！や家のローンが32年残っている！と酔っぱらいながら相変わらず愚痴っている。

野原みさえ。

愚痴っている、ひろしを軽く流しながらお酌している。

野原ひまわり
哺乳瓶をちゅっ、ちゅっと吸い、上着の袖口から窃盗証拠物である、みさえのアクセサリーが覗いている。
(オラ、ノブちゃんの所にいたﾊｽﾞなのに…)

｢ちょっと、しんのすけ全然食べてないじゃない？｣
｢しんのすけ、食わないと父ちゃんみたいにデカくなれねーぞ！？ガハハハ！｣
｢たーい！たい！たーい！｣
しんのすけの家族が食が進んでいない長男の様子に見かねてかそれぞれ声があがる。

｢オラ！さっきまでノブちゃんと会ってたのに！ここ…なんで…オラ、オラ…｣
｢しんのすけ、何ボケてるのよ？それよりも風間くんのこと大変だったわね？｣

みさえが軽くウィンクしてくる。しんのすけは真意が分からず首を傾げる

｢え？風間くん？｣

(いや、オラまだ母ちゃんに話してないと思うけど)
｢しんのすけ！出会いもあれば別れもあるのが人生だ！みさえ、もう一杯｣

｢もうダメよ！アナタ、ちょっと飲みすぎよ！？｣
｢えー、良いじゃんか！もう一杯！みさちゃんお願い～｣

しんのすけを尻目にひろしの切れたビールのおねだり交渉が始まった所で｢父ちゃん！母ちゃん！まじめにオラの話を聞いてよ！｣

ドンとしんのすけの拳がテーブルを叩いた。

賑やかな食卓が虫を殺したように静まりかえる。
しんのすけは風間くんと喧嘩した帰り穴に落ち信長との出会いを語った。

｢しんのすけ、はは！上手い話考えたな！？んーそりゃあ織田信長だ！いつのまに歴史に興味が湧いたんだ？｣

｢オラは考えたわけじゃないぞ！本当のことだぞ！？｣

｢もうすぐ小学校に上がるのにアンタって子は空想が好きねぇ｣

｢たーい！えへへへ！｣

[4] mixiユーザー 06月10日 23:20

｢だからオラ！ほんとにほんとなんだぞ！？｣

家族の皆がしんのすけがいくら弁解しようと言うことを信用しようとはしなかった。

暫くして、らちがあかないと思ったしんのすけは質問してみることにした。

｢父ちゃん…ノブちゃん…織田信長ってどんな人？｣
｢ん？いいか、しんのすけ信長はそりゃぁー残忍で冷酷だったんだぞ？自分が気に入らない人間はその場で刀で切り捨てたり｣

｢あーあたし知ってる！信長って若い頃手がつけられない不良で親の葬式で暴れたり、お寺を焼いたり農民女、子供関係なく殺しちゃったりして酷いことする[うつけ]でしょ？[泣かぬなら殺してしまえホトトギス]も有名だし！高校の歴史で習ったわ｣

｢おー、みさえよく知ってるな！？ちなみに豊臣秀吉と徳川家康もそれぞれ短歌を詠んだのも有名だし。あとあと、信長って天下統一が見えた所でさ『明智光秀』に本能寺で討たれるんだよな！まぁ信長は会社で言う所のワンマン社長で無理難題を部下に押し付けて反感くらちまったのが仇になったんだろうなぁ～｣

しんのすけは後悔していた。

ひろし達の楽しげに信長を語る姿に

(母ちゃんも父ちゃんも何も知らないんだぞ…ノブちゃんは…ノブちゃんは…)
しんのすけはひろし達の談笑をよそに食卓を静かに後にした。

………。

……。

…。

信長の葬儀の一件から。
織田信勝(勘十郎)派と。

織田信長派に別れた。

末森城の一室にて信勝を旗頭とする。

重臣。

林秀貞。

林通具。

柴田勝家。

率いる家臣達が集い極秘会談が催されていた。

そして信勝の隣には土田御前が控えていた。

｢信勝殿！あの、大うつけ信長めにこの織田家は任せられぬご決断を！信勝殿！｣

｢わ、私は……｣

信勝は家臣である柴田勝家の再三に渡る進言に眉を潜ませていた。

信勝こと勘十郎にしてみれば兄と戦うことは避けたいが、葬儀での一件以来。
日に日に｢信長討つべし！｣との声は高く、それに拍車をかけるように兄、信長の義父である斎藤道三が長良川の戦いで戦死。

それの救援に向かった兄も道三を死なせたばかりか義龍軍に敗退。

家中での信長疑問視の声が強まる材料としては十分だった。

信勝でさえ家臣達を止めることは困難だった。

……兄上……。

信勝は正直言えば賛同できない立場にあるので、体を小さくして聞いているしかなかった

が。

｢兄上と戦うことは私は今まで避けてきたつもりです…ですが、兄上の失態は眼にあまるものがあります。皆の気持ちは弟として重々に承知しています。ですが一度、兄上…いえ、信長と明日、申し開きする場を設けたく存じます。誰も付いてこなくて結構。私と信長の二人で話します｣

ぐっ、と握りこぶしで信勝は熱弁した

一つの目的に進んでいた部屋の雰囲気は、ピーンと張り詰めた空気に変わってしまった。

｢信勝殿！正気ですか！？あのような、大うつけ！何をなさるかわかりませぬぞ！闇討ちされる危険性も！｣

｢信勝殿、母をあまり心配させないでおくれ…憎きはあの大うつけ信長よ！殺すのです！信長を！討たねば討たれますぞ信勝！｣

そうしたような家臣達や土田御前の制止が雨のように信勝に降り注いだ。

信勝は霧のように降りしきるそれに吐息だけが熱を帯びて凍えそうになるも。
ふと…。

(兄上ならこの行く手を阻む霧……否、兄上の場合豪雨をどうするのだろう…)
と呆然と考え。

片目から涙が溢れた。

兄上…。

貴方は、父が残した扇子一つで今まで幾つの雨に晒されてきただろうか。

私がいくら傘をたてようとも。

扇子一つで雨を晴らそうとあの手この手と…うつけを演じて舞うのを見て。
私はこんなにも無力だったのですね…。

兄上…。

信勝は一人思うと霧に包まれ行く手を曇らせたまま明日、晴れることを望んだ。
…草原を月明かりが蒼く照らす夜。

白い着流し姿の信長が一人。
刀を上段に構えたまま精神統一を計り微動だに動かない。

蚊の羽音、コオロギの合唱、生暖かい風の匂いや音、心臓の鼓動、心の胸騒ぎ。
…雑音が多すぎる。

信長はボーボーと無造作に生えた草を凝視する。

そして手に持った刀を振り下ろす。

[5] mixiユーザー 06月10日 23:25

鋭い刃音を引いて風に喰らいつく。

それは、弱さを断ち切る意思。

ザアァァァァーッ。

緩やかな風が草を靡かせた。

同時に、信長の背後で草が不自然に揺れた。

真っ黒な長着と頭巾姿の男だった。

…お命頂戴！

そう言って、背中に刃を突き刺そうと突進した。

とたん、信長はその勢いより激しい勢いで男に襲いかかった。

信長の刃が男の顔に走る。
縦一直線につけられた切り口から、頭巾がこぼれていた。

男は横に跳んで、信長を睨みながら距離をとる。

男は、さすが信長、と笑った。

｢織田信勝殿、闇討ちとはやはりこのワシが怖いと見受けられる｣

信長は呟き。

勘十郎(信勝)は走り出した。
勘十郎は刀を両手に、腰を低くして見渡す限りの草原を失踪する。

ただ、一直線。

兄、信長をめがけて。

信長は即座に刀を上段に構えて、眼を細めた。

信長が目と肌と耳で感じとる警戒網を、影は猪のように進路を変えることはない
勘十郎にとってはまだ遠く信長にとっては必殺の間合いまで距離が縮まった時。
信長は、今まで止まっていた動きを猛獣のものへと変えた。

鎌鼬のような風。

猪は信長の左側に跳躍して、刀を片手持ちで喉元へ突き刺す。

かきいぃぃぃん！

刀と刀が衝突する。

信長は勘十郎の頭上を狙い。

その隙を突いて信長の喉元を狙った勘十郎の刀、それを下段から防ぎに入った信長の刀が衝突した。

…かち、かち、かちぃ

刃が摩擦し互いに退かない
殺那。

己の刀と共通するように、二人は視線を交錯させる。
意思に満ちた信長の瞳。
哀しみに満ちた勘十郎の瞳。

信長は勘十郎を横から蹴り飛ばした。

信長から一メートル近く離されるように後方に飛ばされ、片手を地面に着いて着地した。

｢何故…｣

と勘十郎は言った。

｢貴方は分かってくれない！？｣

痛む脇腹と心を苦にして、顔を歪め、勘十郎は抗議の声をあげた。

信長は答えず、かつて心を赦した弟を見つめていた。
｢家中での勢力差は私に軍配があがっています…なのに貴方は退かない。負ける戦と分かっていながら！｣
荒い、荒い…。

深い息遣いが響く。

勘十郎の吐息は、今にも呼吸困難で倒れそうなほど荒い。

｢負けられぬ戦だからこそワシは引かぬ｣

退かぬ兄の言葉に、勘十郎は刀の握り手を強く掴む

[6] mixiユーザー 06月10日 23:26

｢わかりました…さらに言うと私は家臣達には明日、信長殿と話し合いの場を執り行うと虚言しましたが…もともと私は貴方を殺すつもりでした。何故だかわかりますか？｣

口調とは裏腹に、刃が少し震えていた。

対照的に信長は微動だにしない。相手が弟であれ、眼前の敵を前にして始末するのが彼の義務であるから。
｢申してみよ信勝殿｣

中段に構えて信長は問う。
勘十郎は重々しく返答した。

｢信長殿の真意は幼少の頃より知っております。ゆえに今回の家中騒動決して退かぬことは知っていました…戦で誰かに貴方を殺されるくらいならと思い…私は最初から貴方を殺すつもりだった！｣

草原に響く声は哀しく狂気に満ちてゆく。

勘十郎の噛んだ唇から、鮮血が流れ濡れたそれをヌメリと舌が舐めとる。

かつて共に同じ時間を過ごし優しかった目を血走らせた自分の弟を。それを前にして、信長は何も答えない。
激しい愛憎が信長の口を封じている。

この同じ哀しみを背負った相手と話すことが信長にはできなかった。

兄弟殺しに抗いたい真実が含まれていて、それを否定したかったとしても。

…ワシと同じ修羅になろうとしておる。

[7] mixiユーザー 06月10日 23:27

以降。

語る舌を持たず刀の刃が両者を物語っていた。

降り下ろすは勘十郎

それを防ぎ凪ぎ払うは信長
刃の擦り切る様はまるで内の悲鳴。

感情の声が信長という自己に浸透していくのを、止めることはできずに、ただ立ち合うしかできなかった。
かきいぃぃぃん！

信長の頬をかする一撃。

かきいぃぃぃん！

それを横から防ぎ触れる一撃が共鳴し、信長を見えない鮮血で染め上げていく。
信長は横目に。

刃に移った月に子供のころの夢を見た。

まだ父、織田信秀が存命であった頃、遠い昔の思い出を。

月の明るい夜のことだ。
信秀は信長と勘十郎を城から連れ出し草原に出張ると。
鎗、弓、刀を取りだし。

武芸の手解きをすると告げた。

それから、毎夜、鍛練は続き。

弱音や泣きそうになろうと。
｢男子たる者、弱音、泣き言、ここぞという以外泣いてはならぬ、今はその時にあらず！｣と言い。

父の幾つもの怒号が飛んだ。
手や足に幾つもの血豆を作り。

幾つもの武器を壊した。

時は流れ。

信長は三種の武器を使いこなし。

勘十郎は一種の刀を使いこなすのがやっとであった。
父、信秀は云った。

｢信長よ、そなたは万人に一人の器用者｣

誇らしげに父は信長を見下ろす。
｢勘十郎よ、そなたは信長程の器用さはない平均者だが一種に長ける強みがあればそれで良い｣

父はそう言うと同じく勘十郎を誇らしげに見下ろした。
兄弟は互いを見つめ。

涙を浮かべた。

そして脳裏に過る。

｢信長、勘十郎今が泣き時ぞ！よくやった！父はそなた達を誇りに思うぞ！｣

と太鼓判を叩き最後にこう付け足す。

｢だが、これだけは覚えておけお前達の刃は軽い、それは力や技量ではなく人を斬っていないからだ…人を斬れば死という亡霊にとりつかれ剣が鈍るか、悪戯に命を奪うか、重くなるかはそなた達次第だ…｣

それだけを口にして夜空を見上げる。

その横顔は涙と鼻水でクシャクシャで威厳も何もなく一人の父として子の成長を喜んでいたのだった。

……この時、信長は悟る。
人一倍辛く自分達に当たり。
人一倍喜んで泣いてしまう。
この父はそれくらい泣き虫なのだと。

何かの為に涙するという事は、とても特別な行為、それはまわりに影を落とす程の所業、心の動きを感染させる行為でもある。

…泣いてしまえば、誰かの特別になってしまう。

それは誰とでも解り合える。
とともに…。

誰とも分かり合えない孤独。

……この時。

信長にとって、泣くことの魔性ともいえる魅力に呑まれた。

武芸よりもずっと大切な、絶対に失ってはいけないモノだった……。

月の明るい夜、三人で星を見上げた。

それが信長にとって遠い過去の風景。

ずっと覚えていて、ずっと忘れようとしている、遠い日の夢だった。

キィィィィィィィィン！

[8] mixiユーザー 06月10日 23:28

重い一刀の下。

耳をつんざくような激鉄音とともに一刀の刃が折れた。
刃は月夜の空を弧を描きながら飛び地を刺した。

｢お主の刀は軽い…！｣

信長は尻餅を着いたままの勘十郎に刃を向けていた。
勘十郎は眼前に向けられた刃に死を覚悟した。

……に殺されるなら本望だ
｢去れ勘十郎…｣

だが、信長の一言にそれは風化する。

目の前にいる者は修羅と化した信長ではなく。

共に歩んできた兄としての信長だった。

唐突に草が濡れた…。

雨が降っていた。

止めどなく大地を塗らす雨が。

信長は刀を鞘に納めると背を向けた。

そして夜空を見上げる。

月は忘れようとしたあの頃のまま変わらずにあった。
変わってしまったのは己。
｢そなたの…刀は戦のモノにあらず……だが、この信長を内から殺すモノなり｣
信長は俳句を詠むような辿々しさで内の心情を歌い。
｢それに生憎の雨、今宵はこれにて引き分けと致そうぞ…この信長、明日の戦に備えて失礼致す｣

そう綴ると信長は風となって消えてゆく。

残された勘十郎は尻餅をついたまま。

夜露に濡れた草を見つめると。

頬を伝う雨に濡れながら夜空を仰いだ。

｢兄上……相変わらず泣き虫なのですね…｣

秋が近づくにつれ。

稲穂の頭が垂れる頃。

青空の下。

血で血を洗う戦が起きようとしていた。

草原を境に佇む二つの陣営は織田信勝軍数にして。
五千。

対して。

織田信長軍数にして。

七百。

数の上で信長軍の負けは必至だった。

｢足軽共と騎馬武者に伝えろ一気に信長の三旗を踏み潰せと！｣

織田信勝の陣営にて。

信勝は重臣、柴田勝家に命じ。

勝家は突撃の合図を出した。

地が｢信長を殺せ｣と怒濤をあげるかのように。

馬の蹄、兵の声、魂が大地を揺らす。

信長軍は侵入を拒む木の囲いに陣取り。

先鋒を五メートルはある長鎗を持たせた足軽。

後方に騎馬隊を待機。

その間に弓隊と石礫隊を配置。

眼前に迫る敵を前に。

佐久間盛重が｢よいか！弓や礫はギリギリまで引き付けよ！焦って打った所で矢や礫の無駄じゃ！｣と檄を飛ばす。

敵の騎馬隊があと三百メートルと迫る。

盛重叫ぶ。

｢まだじゃ！まだ引き付けよ｣

騎馬隊二百メートルにさしかかる。

信長軍、将兵達に焦りの色が見え始める。

｢バカ者！臆したか！？｣

浮き足立つ将兵に重盛は一喝、中には逃げようとした兵を合戦前に信長と訳したようにその場で斬り捨てた。

そうして敵が百メートルとさしかかった頃。

重盛の命が飛ぶ。

｢弓隊！石礫放てぇ！｣

青空に、弓と石の雨が騎馬。
武者と足軽達を襲う。

矢に射ぬかれて死ぬ者。

石に頭を割られる者。

落馬して死ぬ者。

など様々だった。

だが、それにも限界がある。

敵は屍や負傷者を越えて信長本陣を目指す。

信長の首ただ一つを求めて。

[9] mixiユーザー 06月10日 23:33

｢信勝殿、信長陣営は浮き足だっておりますぞ！信長の首は時間の問題かと｣

｢勝家、そなたの言う通りだ。お前は私によくしてくれた礼を言うぞ｣

｢ははっ！この柴田勝家、殿が織田家筆頭にと亡き信秀殿の葬式の折より家臣を束ね貴方様にならと思い尽くして来た次第でございます｣

信勝軍優勢の中、主の賛辞に勝家は片足を地につけ頭を垂れて告げる。

しかし、和やかなそのムードは一兵の報により崩れ落ちることとなる。

｢報告！物見からの情報によりますと織田信長軍とおぼしき２０～３０の影が我が陣の後方にあります川より接近とのことです！｣

一人の足軽が陣営の中に駆け込むと報を伝える

｢何！？信長は本陣にいないと申すか！？謀りおったな信長め！｣

突然の報告に柴田勝家は寝耳に水で虫を噛み潰したかのように顔を歪める。

本来、合戦において大将は陣において指揮を下すが。
今回の場合、信長は数に劣る分。

密かに別動隊を組織。

信勝が大規模な兵力の投入を見計らい。

手薄となった本陣を後方より奇襲する作戦であった。
｢具足と馬を持て！勝家、私自ら信長を討つ！｣

信勝は椅子より立ち上がると控えていた兵に叫んだ。
そして、ちょうどその時。
信長の前に迎え撃つ男の影があった。

信長は自身が選んだ精鋭とともに馬で川を越え。

信勝の本陣を目指す。

が。

目の前に百ほどの後方部隊を束ねる林美作守が立ちはだかった。

｢やぁー！我こぉそは林通安が子、織田信勝が家臣林美作守！うつけ信長このワシが討ち通ぉる！じんじょうに一対一で勝負ぅいたせぇい！｣

林美作守が馬上において口上を独特の図太い声であげ長鎗を頭上で振り回す。

奇襲において気取られればそれは死を意味する。

｢織田信長！罷り通る！｣
ゆえに信長は止まらない。
信長は鎗を左手に持ち変え刀を抜く。

二つの馬が互いを目指して走り出す。

林美作守は長鎗を得意とし。

頭上に高々と鎗を振り回し敵を威嚇するとともに一気に討ち取ることを戦法としていた。

林美作守が信長の胴を狙い鎗を上段から下段に突き刺した。

だが、林美作守が見たのは澄み渡るような青い空だった。

そして次に見たのは両腕と首を無くし噴水のように鮮血を撒き散らす己の姿だった。

信長は刀に付いた血を軽く払うと鞘に納め。

落ちてきた首を掴む。

織田信勝軍の兵は皆、目の前の光景に口を開け戦意を喪失した。

そして信長は林美作守の首をぶら下げて本陣を目指した。

織田信勝の首を我が手に増やさんがため。

陣の外の騒がしさに勝家はまさかと飛び出した。

[10] mixiユーザー 06月10日 23:34

眼前に広がるは恐怖のあまり糞尿を垂れ流す兵や敗走する者達だった。

そしてそれらを蹴散らすかのように突き進む影は織田信長と後ろをゆく騎馬武者。

勝家は慌て馬を引き寄せれば騎乗し刀を抜き進む。

｢我こそは織田信勝が家臣柴田勝………｣

勝家が口上し終える前に顔面に対面するモノがあった
｢ひ、ひぃ……！？｣

勝家はそれに小さく悲鳴をあげる。

それは林美作守の首であった。

あまりの恐怖に勝家は落馬してしまう。

そして頭上より響くは信長の声。

｢臆す者に用はなし！追う者は死を！｣

と続き過呼吸で泣きべそをかいた勝家は信長の背中に多大なる恐怖とある種の尊敬の念を寄せるのだった。
信長は陣にたどり着くと部下に命じて周りを囲み前線の敵兵が浮き足立つよう周りの旗を折るよう命じた。
信長は馬を降り一人本陣へ足を踏み入れた。

そこには一人怯えて股を濡らし逃げる兵と。

背を向け鎮座する織田信勝がいた。

｢その首、この織田信長が貰い受ける｣

と信長は言い歩み寄れば信勝の首を一刀のもと斬首する。

残された胴体は血の噴水をあげながら床に倒れた。
同時にコロコロと転がり落ちる首。

信長は眉を潜めた。

｢この信長を謀りおったか信勝｣

陣の外では兵の悲鳴とともに馬の蹄が力強く大地を蹴る音が響く。

信長が斬った影武者の銅には一枚の紙に小刀が刺さっており。

『謀りごとは信長殿の専売特許にあらず』

と、記してあった。

[11] mixiユーザー 06月10日 23:36

信長は影武者の首を一目すると。

末森城に逃走する織田信勝を追った。

だが、退却する敵兵に阻まれあと一歩という所で信長は信勝を逃がしてしまう。
信長は急ぎ末森城へと急ぐが。

末森城には土田御前が立ちはだかった。

兵の背にしがみついて気丈にも馬上においてのことだ。

｢織田信長殿！織田信勝のお命、どうかお情け下され｣
信長は止まるはずのない馬の足を止めた。

それが、トドメになった。
純粋な力、子を思う純潔な母の言葉は……。

そうであるが故に信長の仮面を剥ぎ取ってしまう。

信長にとってこの言葉は、計り知れないほど大きな幸福であり、防ぎようのない破壊だった。

……ワシはこの幸せを通して、決して叶わない夢を見せ付けられたのだ。

……誰かと共になれる世界はなんと楽な世界なのだろうか。

……だが、ワシはそれを知ることはもはや叶わない。
……今は、願えば願うほどそれは儚い願いだ。

この時、初めて信長は。

心の底から信勝を憎いと思った。

……土田御前は当たり前のように言う。ワシはそこにいられないというのに。
そんな存在には耐えられぬと、信長は確信した。

……信勝は、ワシを破滅させる。

｢…土田御前、聞けぬとワシが言うたらいかがいたす？｣

信長に潜む黒い感情が心底から噴き上げ口から吐き出した。

｢この命、信長殿に差し出します！ですから、どうか！どうか何卒っ！！｣

御前は馬から落馬するよう落ちるときらびやか着物に土が付くのもいとわず地に額を擦り付け請願した。

信長はそれを見届けると鎗を後方の部下へ放り地に降り立つ。

まともに会わず。

まともに口を聞かなかった。

数年来の母との対面だった。

青空はいつのまにか茜色に染まり。

よく見ると灰色の兆しがあった。

にわかに騒ぎだした雲行きから、今より雨になるのだろうと信長は思った。

信長がまるで嵐を呼んだかのように…。

空を覆った雨雲はほどなくして雨を降らせ始めた。

ザーザーーと喚く雨音が信長の心中を語るかのように。

雨は土砂降りとなった。

雨は冷たく痛みを伴い信長と御前を濡らしてゆく。

｢信勝の命ならぬ！！｣

激しい雨音に負けぬ信長の声が天に響いた。

｢どうか！どうか！信勝の命だけは！！｣

｢ならぬ！！｣

｢後生です！信長…殿！命だけは…！命だけは…｣

｢ならぬ…！！｣

[12] mixiユーザー 06月10日 23:37

信長はこうして何度となく御前の頼みを、まるで手に持った刀で斬り捨てるように言い放つ。

御前の鮮やかな朱色の着物や顔は泥と化した土にくすみ汚れようとも頭を垂れ続け信勝に命乞いを続けるのだった。

その度に信長は刃を奮う身体中を見えない返り血と痛みを伴いながら、頬を伝う雨の滴が止めどなく溢れてくる。

心なしか声が震えそうになる。

｢なら…ぬ……！！｣

何十回、何百回…と信長が御前を斬り捨てたかと思う頃。

雨は未だ止まない。

土壌に出来た水溜まりが夜空の星をキラキラと飽きもせず繰り返し映していた。
静かで、なのに騒々しい雨。

それを雨に濡れ見るも無惨に汚れきった御前の耳に、一つ大きな声が聞こえてきた。

バシャッ！と一際大きい水音。

｢信勝に伝えよ！母に感謝せよと！そして二度とワシに反逆せぬようにとな！！｣

信長は馬に飛び乗ると味方の制止を振り切り居住、清洲城には帰らず一人になれる場所を目指した。

頬より流れ出る激流ともいえる土砂降りに見舞われ。
一人、雨宿りできる場所を目指して。

この戦い…。

稲生の戦いの後

赦免された信勝派は信長には従順な態度を見せつつも。

裏では林秀貞と林通具等が斎藤義隆と通じ再起を謀っていた。

織田信勝はこれを知り戦は避けられぬものと知り、自身の力は今や家臣にも及ばぬただの飾りに過ぎぬかった。

…否、最初よりすでに飾りであったかもしれない。

信勝は決断する。

重臣、柴田勝家に再起をはかる過程と戦を全て話した。

勝家は合戦の折り信長に惚れてしまっていた。

勇壮で恐ろしく残忍な信長という姿に。

勝家はその夜、末森城を一人抜け出すと清洲城へ馬を走らせた。

新たな主に与するためかつての主の謀反を餌に掲げて。

勝家まさに首を手土産にしていた。

｢なるほど…信勝の謀反を餌にワシに与したいと｣

寝間着姿の信長は古びた扇子を手に眼前の柴田勝家を睨む。

その眼孔は刃のように鋭く見るものの心臓を鷲掴みにするほど鋭利に細められていた。

その刺さる視線に鎮座している勝家はまともに直視できず、手に汗握り脇腹から冷や汗が流れっぱなしだった。

そして心なしか股の間が少し濡れていた。

｢ならばお主は一度、信勝の元へ戻りこう伝えよ…ワシが重病で死にそうだとな｣

｢は、はい必ず…｣

勝家は頭を垂れその場をあとにしようと立ち上がり出口を向くと、頬にヒンヤリと冷たい感触が走る。

勝家は横目にそれが刀の刃だと悟った。

そして後方より信長の冷たい声が響く。

｢よいか勝家、おぬしがワシを謀ればその首を貰う、勝家が見舞いにここを来なくてもおぬしの首を貰う、逃げても地の果てまでワシはおぬしを追って首を貰うよいな？ゆめゆめ忘れるでないぞ…！｣

｢は、はひいぃ！か、必ず！！｣

勝家は震える声で応答すると、その場で失禁した。

[13] mixiユーザー 06月10日 23:42

信長は勝家がいなくなると配下の者に床の始末をさせ。
布団に横になり扇子を強く額に押し付けた。

その部位には血が滲んでいた…。

ほどなくして信勝は信長の居城、清洲城に現れた。

しかも丸腰でのことだった。

これには信長の将兵は唖然としてしまった。

信長家臣、川尻秀隆を先頭に信勝は重病で床に伏しているという部屋に通された
信勝にとって。

近くもあり。

遠くでもあった兄との再会だった。

｢信長殿、重病と聞き入りこの織田信勝ここに見舞いに参った｣

｢大義であった信勝…｣

床に伏せって背を向けている兄に一目と信勝が近寄った殺那。

ずきり、と信勝の心が痛む。

ふと、信勝は思い立って笑顔を浮かべた。

それは心底嬉しそうで哀しい。

満面の笑顔…。

信勝は本当に嬉しいのに頬がヒクついてしまった。

だから、もっと笑う。

……口から血が溢れた。

もっともっと笑った。

……眼から涙が溢れた

諦めて笑顔が崩れると、お腹が真っ赤に染まっていた
刀の刃が血に濡れて妖しく光っていた。

｢川尻、もうよい下がれ。その様子だと信勝殿は長くは持つまい…人払いじゃ…下がれ…最後くらい兄弟としてワシが看取る｣

信長は静かに川尻に告げ、人払いをした。

｢ははっ！｣

信勝の銅から刀が引き抜かれ床におびただしい朱が広がる。

信勝は血の海に附せながら己を死を間近に早々と近づく音を聴いていた。

｢あ、兄上…やはり…御健勝で…｣

｢謀りごとは信勝…いや勘十郎おぬしの専売特許ではないからな｣

信長は白い着流し姿で弟に近づくと上半身を起こし抱いた。

｢…私は家臣達を抑えることが…できず……｣

信勝は兄の腕に抱かれ、たどたどしい口調で信長に語りかける。

信長は悟っていた。

勘十郎が丸腰で清洲城に来た時から、すでに死ぬ覚悟であったこと。

先の戦も家臣達を抑えるための自作自演。

そして信長に傾きかけていた勝家に謀反の内容聞かせ自然と勘十郎自身を裏切ることを。

｢兄上…最後に私の願いを聞いて下さい｣

｢申してみよ勘十郎…｣

信勝の顔にバシャリ、とバケツの水を叩きつけるように涙の雨が落ちた。

信長の声が酷く震えていた。

織田勘十郎はそれを潤んだ瞳で見つめ続ける。

やはり兄上は泣き虫なのですね、と勘十郎は内心笑った。

｢私が死ねば…この家中騒動必ず収まるはず…兄上の手で織田家を大きく…天下をとり……このような悲しい戦が…なくなるような…天下泰平の世を作って…下さい…共に笑って暮らせる世界を……｣

｢必ずだ！ワシが叶える！勘十郎！｣

…荒く、強く、苦しげに。
傷を受けていない信長の声や呼吸は勘十郎のように重なる。

室内、二人の呼吸が重なりあう。

鼓動も思考も命さえ…。

嵐が近づいていた。

決して降り止まない嵐が。
｢あ…と…一つだけ…私の最後は泣かずに…笑って見送って……下さい…兄上…｣

勘十郎の最後の願いに信長は袖で拭っても拭っても涙を止めることができず。

｢ワシから涙を抜けぬ勘十郎｣と謝り笑った。

その笑顔は器用者の信長にとってはあまりにも不器用なほど下手な笑顔だった。
｢私は…兄上に…笑顔で初めて勝ちましたね……｣

勘十郎はそう告げると穏やかに笑い。

勘十郎の痛覚や生命の鼓動が消えていく…。

[14] mixiユーザー 06月10日 23:43

兄、信長の涙の暖かさを感じないぐらいに。

死後、織田信長は勘十郎を手厚く葬り。

三日三晩、人を寄せ付けず泣きに泣いた。

そして涙は枯れた…。

織田家は織田信長を筆頭に勢力を拡大。

自身に従わぬ者は容赦なく斬り捨てた。

足利義照が命終われ京より信長の元へ落ちのび。

義照は信長に三好氏討伐を要請。

信長は好機とこれを引き受け京へ向かい朝倉家と手を結び三好氏と戦を開始しこれを勝ち戦とした。

そして、これは。

上洛を果たしたある日の出来事。

重要な人物と信長は出会うのだった。

９月、秋の寒々しさがるものの都はきらびやかな着物を着た人々が行き交い。

活気に溢れていた。

それもそのはず、先の将軍を暗殺した三好氏を主に織田信長軍の活躍あって撃退し足利義照は無事戻ってきた。

人々の安堵さが都全体を包んでいたのだ。

だが、その平穏は唐突に小さな嵐で引き剥がされることになるとは誰も知る由がなかった…。

一軒の茶屋。

赤い着物に身を包んだ侍が一人傍らに茶と串団子を楽しんでいた。

名は十兵衛、歳の頃は二十代後半ほど。

十兵衛は茶屋の娘に凛々しいその素顔を惚れられていた。

｢ねぇねぇ、お侍さんアンタこの辺じゃ見ない顔だね？何処から来たんだい？｣
娘はお盆を胸に抱いたまま十兵衛の顔を覗き込む。

娘の頬はピンク色に染まっており瞳は幾つもの星が光っていた。

｢あっしは、るろうの侍さ気安く声をかけると娘さん、この串団子のようにあっしが食べてしやいやすよ？｣

｢ぇ…あたしを？｣

｢そう！パクりっとね｣

｢ぇ、やだよ、ご冗談を｣
｢冗談かどうかは今宵、あっしと宿にて手取り足取り丁寧にお話いたしあしょう｣

｢あぁ、困ります…私、そんな…心の準備が｣

十兵衛は端正な顔で口にアンコを付けたまま子供のような笑顔を見せれば娘の手を掴んだ。

拍子に、カラリと音をたててお盆が転がる。

娘と十兵衛は見つめあっていた。

だが。

十兵衛のナンパは長くは続かなかった。

｢やいやいテメェ！よくもまぁオラ達に見せつけてくれるじゃねぇか！？｣

｢そーだ！そーだ！｣

三旗を背中に差した団子のように丸い顔の二人の侍が中に割って入ってきた。

十兵衛は横目にその者達が織田信長軍であることを知った。

ゆえに笑顔を浮かべる。

｢おーこれはこれはぁ！その三旗見ればあなた方は織田信長様の軍の方とお見受けするがいかがかな？｣

｢おうとも！オラ達は織田信長様の者だ！｣

｢三好どもを追い払ったのはオレ達のお陰だぞ！感謝しろよ！｣

｢はい、はい感謝、感謝ナンマンダブ、ナンマンダブ｣

十兵衛は地に膝をついて侍達に頭を下げ拝み倒した。
｢ヒヒヒ！こいつーオラ達に頭を下げて拝んでるだ！｣

[15] mixiユーザー 06月10日 23:43

｢ハハハ！そーだな！？で、ここは茶屋だし、コイツの頭見てると団子みたいだな！？｣

｢言えてるな！？でもよ～地面に落ちた団子～きたねぇな！｣

侍達はそう言うと十兵衛の頭を踏みつける。

十兵衛はそれでもニコニコと拝み続けた。

｢あぁ！？お侍様っ！どうかその辺でお許しを！｣

見かねた娘が割って入り侍の一人の袖を掴む。

だが、それがいけなかった。
女に飢えていた侍は美しい娘の顔を見れば下卑な笑みを浮かべて手を掴んだ。

｢可愛い娘だ！こんな団子侍と話すよりオラ達と宿で良いことするべ！｣

｢そーだ、そーだ！それがいい！｣

｢いや！離して！いやぁ！｣
｢うるせぇ女！黙れ！コノ！｣

｢きゃあぁ！？｣

侍に腕を引っ張られ悲鳴をあげる娘。

怒りを買ってしまった娘は頬を張られてしまう。

都の者は誰一人として娘を助けようとしなかった。

それもそのはず、今や三好氏を追い払った織田軍には恩もあり、敵に回して自らの首を絞める道理はなかった。

ましてや、茶屋の娘一人のために…。

だが不意に。

｢お待ちなすって｣

声が上がる

｢あん？｣

十兵衛が一人立ち上がっていた。

侍達は不審げに十兵衛を見つめる。

心なしか十兵衛の柔らかかった表情は冷たい者に変わっていた。

｢聞けば織田信長軍の規律は厳しいとか、さらに聞く所によると…『女の顔を覗くべからず』なんて規律もあるとか…こんなことが信長様の耳に入ってアンタ等死にやすぜ？｣

十兵衛の言葉は当たっていた。

後の歴史において信長軍の規律は特段に厳しく破る者は死罪は免れなかった。

侍達は主君信長の恐ろしいまでの姿を思い浮かべ震え上がった。

｢お、お前どこでそれを…｣

｢風の噂でさぁ、さぁ解ったら娘さんを離しなすって刀は捨てて真面目に生きると誓うならこの場を見逃しやしょう…｣

｢野侍風情が…オラ達に刀捨てろだと！？｣

｢女の顔に手ぇ挙げたんだ武士の魂くらい捨てなきゃ割りが合わんでしょうや？｣

｢言わせておけばぁ！斬り捨てぇる！抜け！！｣

十兵衛の言葉に一人の侍は耳まで真っ赤にし刀に手をかける。

９月の冷たい風が肌を突き刺すように流れた。

｢もう、あっしは抜きやしたぜ？｣

｢なぁに！言ってんだこのボケ！抜いてねぇじゃねぇか！？｣

勘十郎はただ立ったまま抜く所作をしただけ見る者には何もしていないかに見えたが…。

｢あっしはもうアンタを斬りやしたぜ｣

｢だ～か～ら！まだテ……｣
侍がいい加減抜こうとすると手が刀の握り手を何時までも掴めなかった。

それもそのはず。

侍の右手は肘から下が無かったのだから。

｢ヒ、ヒイィィ！？お、おデの腕エェェ！！｣

｢刀を捨てねぇなら、あっしが捨てさせてやるよ大体の人間は右利きだからなぁ｣
十兵衛は静かに告げると、右腕を庇い悲鳴をあげ続ける侍を尻目にもう一人の侍へと向き直る。

侍は十兵衛の刀の腕に慌てた。

｢よ、寄るな！さもなくばこの女の命がねぇぞ！？｣
侍は茶屋の娘を掴むと首筋に刃を向け人質にした。

娘は恐怖で声も出なかった。

震える視線は十兵衛に、助けてと訴えていた。

｢卑怯な…｣

十兵衛は眉を潜めた。

視線の先は侍の背後にあった。

冷たい風が吹いた。

息も凍るような冷たい。

｢なにをしておる？｣

侍の背後より声がかけられた。

侍は十兵衛が気がかりで、振り向くとはできなかった。

｢見てわからねぇか！？この侍が俺達を斬りやがった！｣

｢では、なぜ人質を取っておる？｣

｢ごちゃごちゃうるせ…ひ、ひいぃ！？｣

痛い所を突かれ、侍は振り向いた。

そこには主君、織田信長が威風堂々と立っていた。

｢の、信長様ぁ～！？｣

侍はへたりこみ失禁する。
その間に十兵衛は娘を保護。
｢貴様、ワシに泥を塗ったな？｣

｢そ、そんなつもりは！｣

｢ぬぅん！｣

鎌鼬。

抜かれた刃が赤に染めた。
ごとりと、侍の首が落ちた。

｢我が名は織田信長、我が愚兵が世話をかけた｣

信長はそう言うと、背を向けて歩き出した。

｢お待ちくだされ！｣

それを止める声。

十兵衛である。

｢我が名は朝倉が家臣、明智十兵衛！またの名を…｣
雲がぐずつき。

突風が吹き上がる。

｢明智光秀と申します。どうかお待ちを｣

両者は互いを見つめ。

信長は光秀の目に覚えを感じ眉を潜め。

光秀は好意と尊敬を持って信長を知ろうとした。

嵐が迫っていた。

[16] mixiユーザー 06月10日 23:47

1576年２月

原田直正と明智光秀が三津寺の戦いで敗走。

直正は討ち死に、光秀は天王寺砦に逃げ延びた。

しかし一万五千に及ぶ。

本願寺軍に四方を囲まれてしまう。

光秀は京にいる信長に援軍を要請。

信長はこれに幾内の諸大名に動員令を出すが……。
突然のことであったため足並みがなかなか揃わず兵力が集まらなかった。

｢なりませぬ！信長様！まだ！出陣にあらず！｣

若江城の一室では家臣の制止する声があがっていた。

鎧に身を包んだ信長の腰や足には山ほどの家臣達が捕まり必死に止めようとしていた。

だが、信長はその枷を、ものともせず馬に向かって歩き手綱を掴むと｢えぇい離せぬか！馬鹿者どもめ！！｣
家臣達を怒鳴り散らした。
｢な、なぜでございますか信長様！？なぜ、そうまでして光秀様を！？たかが一軍の将！信長様一人行かれたとて…！｣

｢黙れ…！｣

家臣の額に刀が押し当てられる。

信長は眼下の家臣達を、殺してでも行くぞ！という意思を込めた瞳で睨み付ける

家臣達はヒッ！と悲鳴をあげ皆が信長から離れ横一列に並んで鎮座する

｢臆したか！？信長軍に臆病者は要らぬ！ワシは行くぞ！ワシの味方なら後からついて参れ！光秀が死ねばそなた達の命ないと思え！｣
信長は告げるとマントを翻し馬に騎乗し戦場を目指した。

曇天の空は今にも泣き出しそうだと光秀は見上げて思った。

天王寺砦で籠城より数日。
兵糧も味方の数も底をつきかけ。

兵士の疲れもピークを迎えていた。

ある者は日がな１日縁の下で震え。

ある者は刀を片時も離さずちょっとした物音でさえ敏感に反応した。

またある者は暇さえあれば土を掘って墓を作っていた。

光秀は援軍は間に合わぬと自害さえ考えていた。

だが。それは一つの報告で終わる。

｢光秀様！物見からの報告によりますと織田信長様らしき影が接近とのことです！｣

｢何！？まことか！？して、数はいくらだ！？｣

光秀は自分の耳を疑った。
光秀自身が出した突然の援軍要請は兵の足並み揃わず間に合わぬと考えていた。
所が、信長自身が援軍として現れたのである。

まさに寝耳に水であった。
｢そ、それが三千ばかりと｣

｢な…！？本願寺軍は寄せ集めの雑兵なれど、一万五千の大軍…信長様…命が惜しくないのですか！？｣

光秀は鬼とも思った信長の真意が読めなかった

曇天の空は今に泣き出しそうだと信長は一目にそう思った。

光秀の安否が信長にとって気がかりだった。

頬を撫でる風が斬る風へと変わる。

信長は自然と馬に強く鞭を入れていた。

本願寺軍においては寄せ集めの雑兵ではあったが、鉄砲隊も配備されており。
信長軍の奇襲に兵の足並みが乱れはしたものの容赦なく鉄の雨を降らせた。

だが、信長は退かない。

[17] mixiユーザー 06月10日 23:48

織田信長軍の向きを蛇行させることや背を向けることなく。

純粋に真っ直ぐ。

敵中突破を目指す。

雨は降る…。

鉄の硝煙が信長の鼻孔を刺激する。

鉄の雨に当たり赤い鮮血の花を咲かせる味方が大地に目覚めのない眠りについてゆく。

不意に信長の右太股に雨粒で紅く濡れる。

大の大人でも落馬してもおかしくない痛みが信長を襲う。

だが、信長に迷いはない。
そんなことよりも光秀が気がかりだったのだ…。

信長軍は敵の懐に飛び込む寸前。

天王寺砦より明智光秀が先頭に本願寺軍を挟撃した。
逃げ惑う本願寺軍を前に獲物を狩る肉食動物ように。
明智軍、信長軍、両軍の動作は、迅速かつ正確に敵を葬った。

一万以上の敵兵に両軍足して四千あまり。

だが信長、光秀はこの戦に勝った。

終わる頃には地べたに敵兵の骸が山積みになっていた。

｢信長様、今回の戦…｣

光秀は先の戦の敗走に顔を曇らせ語りかけたが返ってきた答えは意外だった。

｢死ねば負けだ光秀、よくぞ生きておった…大義である…今後もワシのために働け！残りの本願寺軍を追撃致す！ついてこい光秀！｣
信長は仏頂面ながらそう告げると早々と馬を走らせ残敵の追撃を命じた。

光秀は心揺れていた。

…信長様、あなたはもしや。
曇り空はいつの間にか晴れていた…。

1582年５月１５日

しんのすけはごろん、ごろんと急勾配の中を転がり。
気付けば見たこともない城に現れた。

武田討伐の戦勝を祝う会で集まりその場にいた。

織田信長、明智光秀、徳川家康その他家臣等は突然目の前に現れた子供に唖然とした。

だが、ざわめく者達の中で信長は見覚えがあるしんのすけに目を細めた。

｢何奴！？｣

明智光秀は刀を誰よりも速く抜くとしんのすけに向けた。

だが、信長は手で制する。
信長にとって、しんのすけはかつてない程の旧知の仲であった。

｢う～ん、あたた、あれ？ここどこ？ぁ！ノブちゃん！？｣

しんのすけは打った頭をさすりながら辺りを見渡す。
見知らぬ大人達が殺気だって自分見ている。

でも、忘れえない…。

目元にシワを作り老けた泣き虫な人物を見つけ。

しんのすけは嬉しそうに信長を指差す。

とたん、なんと！？、家臣達のざわめきがさらに波及する。

家臣でも容赦なく斬り捨てる信長をトンデモない愛称で呼び捨てしたのだ。

驚きは多く、光秀、家康、家臣全員がしんのすけの首が飛ぶと思った。

｢……しんのすけ、久しぶりじゃな？お主は相変わらず変わりないようだが？｣
ククク、と不敵に笑いながら信長は言う。

家臣達や光秀や家康、家臣達は、口をあんぐりと開けて眼を見開いていた。

…女子供を容赦なく斬る冷徹な信長が突如現れた小僧に笑みを浮かべ親しげにしている様子に。

｢ノブちゃん、オラのことは『しんちゃん』って言わなきゃダメよぉ？一度も呼んでもらってなくてオラ、寂しくて死にそうよ～お嫁に行けなかったらどうしてくれるのよぉ～｣

しんのすけはオカマ口調で信長に擦り寄ると臣下の中から、無礼な！？と声が挙がる。

しんのすけは信長に甘えるように膝に座ると叫んだ臣下を見て。

[18] mixiユーザー 06月10日 23:49

｢もう嫌だぁ～あの子ったら私達に嫉妬しちゃってるわよ～？もうヤーねぇ、男のデリオカシーは見苦しいのにぃ｣

信長はしんのすけを咎めず逆に隣に控えていた蘭丸に命じ扇子で臣下の頭を叩かせた。

なんともいえぬ和やかな雰囲気に次第と殺気立っていた臣下達に小さな笑いが溢れた。

しんのすけは場の雰囲気に察してか。

｢ケツだけ星人｣と称してズボンとパンツを脱ぎ捨て下半身を露出しながら左から右へと蛇行し周囲を湧かせていった。

信長に関しては家臣にすら見せたことがないほど楽しそうに涙を浮かべながらガハハハ、と豪快に笑った。
まるで何十年と我慢していたかのような大笑いだった。
周囲はこの様子に互いの頬っぺたをつねり合っては自らの眼を疑った。

…信長様が人が変わられたように楽しそうに、笑われておると。

｢あ、そういえばノブちゃん、ノブちゃん！耳貸して｣

｢はは、なんじゃ？しんのすけ？｣

[19] mixiユーザー 06月10日 23:50

｢ノブちゃんって短歌知ってる？｣

｢無論じゃ！して？｣

｢ホトトギスの短歌って歌える？｣

しんのすけは、みさえやひろしが言っていた言葉が気になり、それぞれの短歌の答えを伏せて信長にこっそりと耳打ちして、そのことを話した。

｢ほぅ、未来では…ワシや、豊臣なぞ知らぬが、たぶん筑前(羽柴秀吉)や三河殿(徳川家康)の性格をなぞらって短歌が詠まれたか…実に面白い！良かろう！お主の挑戦、この信長が受けて立とうぞ！｣

信長は古ぼけた扇子を取り出すと、バッ！、と勢いよくと開きニヤリと笑う。

そして信長は未来の話しは周りに伏せてホトトギスにちなんだ短歌の話をした
家臣達は互いの顔を見つめ合ったが、ややっ面白きなり、と膝を打った。

家康もこれに承知の色を示す。

だが、生憎、後の豊臣秀吉こと羽柴秀吉は戦のため不在であったため。

本来戦勝会であった場を接待役の任についていた。

明智光秀が秀吉に代わり句を考えることとなった。

織田信長。

徳川家康。

明智光秀。

野原しんのすけ。

三人の偉大な歴史人と一人の幼稚園児が紙と筆を手に。

ホトトギスの句を考えていた。

｢では、まずは私からゆきますかな…｣

紙に筆を走らせ終えると家康は手を挙げ。

｢鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス｣

厳かに句を読んだ。

オォ！、と周囲がどよめき。
｢三河殿らしいですな？｣と、信長は自らの膝を打つ。

[20] mixiユーザー 06月10日 23:51

家康はイヤイヤっと赤くなりながら謙遜する

｢光秀、ワシ等も負けられぬぞ！？早よう詠まぬか！｣

そして信長は光秀に扇子を向けて無邪気な笑顔で促した。

しんのすけは、ガンガレー！っとおかしな声援を送る。

光秀に至っては、ははっ！と、慌てた様子で紙に句をしたためる。

｢で、では筑前殿に代わりこの明智光秀、ホトトギスを詠ませて頂きます…｣

光秀はしくじれぬ手前、戦とは違う状況に手が僅かに震えているようで声が上ずってしまう。

信長はそれを見るとククク、と不敵な笑みを浮かべ。
｢光秀よ、しくじった所で手打ちにはせぬぞ？｣

と、囃し立てた。

｢え？手打ちってソバのこと？ノブちゃん！？いいなぁオラ食いたいぞ！？｣
ついで、しんのすけは誤解して信長に蕎麦を所望した。

周囲から大きな笑いが溢れた。

光秀の緊張も幾分か紛れ。

｢では改めまして…鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、ホトトギス｣

と、詠んだ。

周りが、確かに！、と頷いた。

信長は｢手柄取りの筑前らしいのぅ大義である｣と。
これを絶賛。

光秀は普段、誉められることがないため眼を見開き紙を持つ手が酷く震えた。
次に、信長はしんのすけを見つめ促す。

｢しんのすけ、お主は何と詠む？｣

しんのすけは促されニヤニヤと笑みを浮かべ。

お世辞にも綺麗とは言えない字をたて並べた紙を見つめる。

｢ん～とね～、鳴かぬなら、いいじゃない？、ホトトギス｣

周りが、む？と首を傾げた。

信長も同様首を傾げ問う。
｢しんのすけ、どういう意味じゃ？なぜ鳴かぬホトトギスを諦めた？｣

｢だって、鳴かないなら無理に鳴かせたら可哀想だし、待つのも疲れるし、鳴くのは自然のことだから…オラ達人間がとやかく言うことじゃないぞ！オラがもしホトチョットギスだったら絶対嫌だぞぅ～｣

しんのすけはサラリと言ってのける。

家臣は理解できぬと、しんのすけを不思議そうに見つめた。

だが信長一人、なるほど、と膝を打った。

｢お主らしくてよいのぅ｣
｢まぁね～、じゃあ次はノブちゃんの番だよ？｣

｢うむ、鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス｣

信長は静かに告げる。

緩やかだった場の雰囲気が一気に凍りつく。

ただ一人、しんのすけを除いて。

｢やだなぁ～ノブちゃん、そんなのダメダメ～作り直して～じゃないとﾁｭｳしちゃうぞ？｣

しんのすけは笑顔で唇を突き出した。

｢それは困るのぅ、ではこれならどうじゃ？｣

信長は苦笑。

言い直す。

｢鳴かぬならワシが泣こうぞホトトギス｣

[21] mixiユーザー 06月10日 23:55

しんのすけが戦勝会に現れる少し前。

ユラユラと蝋燭の灯火が揺れる。

１０畳ほどある和室に男が二人。

上座に足利義昭。

下座に明智光秀。

義昭は苛ただし気に頭を垂れている光秀を見下ろしていた。

｢光秀よ、そなたの働きで信長包囲網第一次、第二次と組むことはできた｣

｢はは！｣

｢だが、相変わらず信長は健在！何時になれば信長は討てるのか！？何時になれば、まろは京に戻れるか！？世間ではまろは滅びたと噂がたっていると聞く！光秀よ…猶予はないぞよ？そなた、信長に隙あらば斬れ｣

｢……ははっ｣

｢じゃが、まろはお主の手助けいたさぬぞ？当家とぬしとは悪魔で無関係、信長を討った後は自分の尻は自分で拭うがよいぞ？桜姫のためにもな…よいな？｣

｢この光秀、お役目必ず果たしてみせます！｣

光秀は深く頭を垂れた。

だが、脳裏には戦で信長に助けられた情景と。

妹、桜姫の笑顔が浮かんでいた。

ユラユラと揺れる蝋燭の灯火は光秀の心と重なっているようだった……。

しんのすけが現れてからというもの。

安土城、城下の者を巻き込む。

国をあげての。

飲めや歌えやのドンチャン騒ぎとなった。

豪華な料理が振る舞われ。
美人な姫達に囲まれた。しんのすけは鼻の下が伸びぱなしだった。

信長としんのすけが女形を演じての恋物語は盛況を呼び。

最初笑っていた観客も袖を濡らして顔を上げられぬ者達で溢れた。

信長は途中、光秀や家康にも声をかけ。

三人の偉人と幼稚園児が女形を演じた。

一人、真面目なため固い光秀も時が経つにつれて緊張がほぐれ笑顔が浮かぶ。

それはまるでお祭りといっても同義である。

観客の声援、笑い、泣き声が祭り囃子。

楽しい時間がその場にいる者達を包んで幸せを共有した。

世の戦の哀しみや明日への不安はその時ばかりは忘れたり、覚えていようとちっぽけな悩みにさえ思えるほど。

何時までも何時までも祭りは続く。

安土城には生に満ちた人の笑い声が絶えなかった。

だが、どんなものにも終りがあるように。

どんな祭りも何時かは終わりを告げる。

伝令の報告が人の声や活気を奪った。

｢報告致します！毛利軍が大軍を率いて高松城の救援に向かう動きがあります！信長様、至急！筑前殿より援軍要請をお願いしたく！｣

楽しげな祭り囃子は嘘のように静まり返り。

信長の笑顔は消え失せ。

光秀に命を下す。

｢日向(明智光秀)、頼めるか！？｣

｢ははっ！お館様の命なれば！この光秀、援軍に向かいます｣

光秀は膝を床について頭を垂れる。

信長は光秀にそっと近づき囁いた。

｢うむ、ワシは中国攻めをするため京に上洛し前戦基地本能寺へ参る。この一件が終わったら…ワシは隠居する。光秀、ワシはお主を織田家の筆頭に推薦しようと考えておる。｣

｢……っ！？｣

｢天下統一がワシの夢じゃ共に歩もうぞ光秀…｣

信長は一瞬笑顔を浮かべ
信長は光秀の肩を叩く。

[22] mixiユーザー 06月10日 23:57

信長は光秀に当首の座を譲るつもりだった。

しんのすけは一人、首を傾げたまま、ぽつーんとしていると重力に引かれて口を大きく開いた穴に落ちていた。

しんのすけはコロコロと暗い穴の中を転がる。

不意に光が溢れた

行き着いた先はしんのすけが通う幼稚園だった。

辺りを見渡すと小学校のドリルを開いていてノートに手を走らせている者。

紙にホトトギスの句を書き込んでいる者。

で、あった。

｢オラ…まただ…｣

しんのすけは紙を強く握り震えた。

しんのすけは暫く考えて、一瞬、風間君を見つめるが諦めて社会のドリルを開いているマサオ君に今までことを騒ぎたてる。

気にもしない様子のマサオ君は｢しんちゃん、歴史に興味あるんだ？じゃあコレ貸してあげるから、勉強邪魔しないでよ｣

と、手で虫を払うように振ると歴史書を手渡してカリカリと鉛筆をノートに書き込む。

しんのすけは口を開いて何かを言いかけるが、止めて渡された歴史書を開く。

それには歴史上の人物による事細かなことが記されていた。

だが、いかんせん、それは大人が読むような物で漢字がびっしりと書き記されている。

平仮名の読み書きも怪しい、しんのすけには酷であった。

しんのすけは本を視線で焼いてしまうのではないかと睨み付けるが、時間は無駄に過ぎるだけだぞ、と悟り
担任のみどりを捕まえると。

織田信長に関する歴史を読んで聞かせてもらった。

だが、しんのすけが聞く内容は信長が策略のためなら女子供でも容赦なく殺したこと、弟も然り、血も涙もない悪魔のようだったとする人物像であった。

その後の悲しい末路も。
しんのすけは耳を塞ぐと幼稚園を飛び出した。

雪の降る肌寒い銀世界へ。
吐く息が白い

裸足で飛び出したために足がすぐにかじかみ。

凍った路面に何度も転んで頭やお尻を打った。

打撲痕が赤黒く腫れる。

道行く人々が奇異な眼でしんのすけを見つめる。

…何事かと。

ぎり、と奥歯を強く噛んで、しんのすけはボロボロになっても走り続ける

とたん、また転んだ。

がむしゃらに走った先。

しんのすけは、かすかべぼうえいたいごっこでよく遊んでいた公園にいた。

転んだ拍子に積った雪に埋もれたしんのすけは、もがかず拳をギュッと握り締める。

しんのすけは目の前が真っ暗だった。

信じていた友達に背を向けられ。

本一冊でノブちゃんに対する心が揺れ。

しんのすけにとって全てが真っ暗だった。

一度、ゴツンと自らの頭を叩く。

１１月の夕、しんのすけは哀しみのため吼えた。

晴れない嵐を払うかのようにように…。

戻らない日々を返せと。
ノブちゃんを悪く言って嘘をつくな！と。

しんのすけの闇は自らを包み、それは重力に引かれていった。

夜明け近く

秀吉の援軍に向かう道中、光秀は迷っていた。

天秤にかけるのは。

命を賭して自分を何時でも助けてくれた信長。

妹の笑顔…。

光秀にとって苦渋の決断。
否、天秤にかけることさえうつけ者！と自らを罵った。

だが、決断しなければなかった。

中国攻めに備えて前線基地である本能寺にいることを知っているのは我が一人、本能寺の広さにして守備も手薄、よもや｢味方が裏切るとは夢にも思わないだろう…｣、と。

[23] mixiユーザー 06月10日 23:57

首を跳ねるなら今が好機。
今をもって光秀は修羅となるしかなった。

｢敵は本能寺にあり！｣

光秀は進路を変え叫ぶ。
将兵が首を傾げる、なぜ本能寺ですか？、と。

光秀は首を傾げた兵の一人の首を躊躇なく斬り捨てる。

｢ついて来なければ骸となるのみ！臆病者もいらぬ！もう一度言う！｣

敵は本能寺にあり！

夜明けは近づいていた

1582年6月2日、早朝。

本能寺燃えゆ…。

しんのすけは焼ける匂いに顔をしかめた。

だが、顔は生気に満ち溢れ走り出した。

見慣れない、いくつもの障子を開け放って。

居間に白装束姿の信長と対面した。

右肩には矢が一本、不自然に生やしていた。

｢ノブちゃん…｣

｢しんのすけか…おぬしとは節目、節目で会うのぅ｣
｢光秀が裏切ったの…？｣
｢未来の世界というのは…何でもお見通しか、恐れ入る…その通りだ｣

｢嘘だ！！！｣

しんのすけの叫びが響く
しんのすけ自身、今見る景色を全て認めたくなかった。

願うなら、これが夢であって！っと思った
｢しんのすけ…｣

信長は困ったように眉を潜める。

今まで勝てないと言われた戦場を知恵と力で乗りきってきた信長にも。

今なんと、しんのすけに声をかけてよいか器用者と呼ばれた脳裏には浮かばなかった。

｢嘘だ！嘘だ！嘘だー！！み、皆でホトトギス読んだぞ！徳川家康！明智光秀！ノブちゃん！みんなで！みんなで！！…楽しく笑ってドンチャン騒ぎしたぞ…なんで…こんなの！全部嘘だぞ！！皆でオラのこと騙してるんだ！！｣

しんのすけは叫び終えると瞳を潤ませ、ぺたん、と床に尻餅をつく。

｢嘘だ…みんな嘘だぞ…｣
と最後に呟いて瞳から涙の雨を降らせた。

｢しんのすけ、少し昔話に付き合ってくれぬか…そして話し終えたら逃げろ｣

信長はしんのすけに近づいて頭を撫でる。

そして回想する。

自らの生い立ち、部下に指示して弟を殺したことや、比叡山の焼き討ちの一件…自分の手がいかに赤く染まっているかを。

話し終えると。

信長はしんのすけに軽蔑されると思った。

…人殺し！、人でなし……様々と言葉は浮かぶ。

だが、返ってきた言葉は意外なものだった。

｢ノブちゃんのウソつき！あとオラは逃げないぞ！｣
｢ウ、ウソなど…ワシは申しておらぬぞ？それに逃げねば焼け死ぬぞ！？｣

｢じゃあ、なんでノブちゃんは泣いてんだ！！？オラは納得しなきゃ此処を離れないぞ！？｣

｢なっ…！？｣

信長はハッとして目元に手を触れると、涙がいつの間にか溢れていた。

そして、しんのすけの強い意志が宿った瞳に折れた。
｢確かに泣いておるわ…遠い昔に捨てた哀しき涙よ…｣

信長はそう言うと｢うごぐげ｣と奇声を漏らし、スーハー、スーハーと過呼吸になり、顔は涙と涎でべしょべしょになった。

｢誰がなんと言おうと、ノブちゃんは泣き虫だ！悪く奴はオラが許さないぞ！？だからオラと一緒に逃げよ！！｣

しんのすけは涙を流したまま信長の袖を掴んで必死に引っ張った。

だが信長は動こうとはせず。

｢逃げろ…しんちゃん……ワシを置いて｣

かすれた声で、ノブちゃんは言った。しんのすけは語尾を強めた。

｢しんちゃんって言ってくれてオラ…嬉しいぞ！？でもノブちゃんとオラは友達じゃんか！？置いてなんかいけるかーー！！｣

｢友か……良い言葉じゃ。では、しんのすけよ、ワシの…友としての願いを聞いてくれぬか？光秀にあることを言ってきて欲しいのだ｣

｢なに？｣

｢それはな……｣

信長は友という言葉を噛み締めるように反芻すると、しんのすけに言伝てを告げた。

だが、しんのすけは眉を潜めた。

｢そんなの、自分で言えばいいじゃん…ノブちゃん｣
｢ワシとしんちゃんは友と言ったはず…頼む。それにワシはここに残っている他の者も助けねばならぬしな…自分一人だけ助かるつもりはない…侍の本分に恥じるのでな？あと、お主が上手くやればこの戦は終わりワシは助かることに繋がるやもしれぬぞ？｣

信長はそう嘘をつく。

信長は掛け軸裏に隠された隠し通路をしんのすけに教えるのだった。

[24] mixiユーザー 06月11日 00:01

｢ノブちゃん、オラ必ず言って戻ってくるから！ノブちゃん死んだらダメだぞ！｣
しんのすけは信長に向き直ると小指を突き出す。

指切りげんまんだった。

信長は小さな幼い小指を見据え笑って指を絡めた。

…指切りげんまん。

…ノブちゃん嘘ついたら。
…張り千本のまーす！

｢男同士の約束だ。しんのすけ｣

信長は笑って泣いていた。
しんのすけは約束終えると隠し通路の中を走って行った。

信長は一人。

おもむろに懐から古ぼけた扇子を取り出す。

それを開くと筆と墨汁を取り。

筆を扇子に走らせる。

暫くすると。

…雨が、降っていた。

ザーーッと止まない雨音に。
信長は閉じていた瞳を見開く。

そして徐に舞う。

[25] mixiユーザー 06月11日 00:02

…人間五十年、化天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり、ひとたび生を受けて滅せぬもののあるべきか。

台詞を口づさみ、優雅にそれを舞う。

それを終える頃には周りはぐるりと燃えていた。

…これまで。

不意に信長の肩に二つの手が乗せられた。

信長は悟るとボロボロと涙を流しながら笑みを浮かべた。

｢ずっとワシを見守っていたのか…父上、勘十郎…｣
本能寺は燃える火に焼けていった。

しんのすけは暗い道を走って行った。

不意に光が溢れたので、しんのすけは飛び込んだ。

焼けた匂いがツーンと強く鼻孔を刺激する。

周りは一面、焼け野原だった。

崩れ落ちた建物の残骸が無惨に火の強さを物語っていた。

そして、建物の中央に明智光秀が一人佇む。

しんのすけは制止する兵の弓や槍をかわして風になる
お前は！？、と息を飲む光秀と、駆け出すしんのすけ。
しんのすけは光秀にタックルをかました。

光秀は衝撃で地面に倒れる。

｢ばか！！！！｣

激昂して、しんのすけは光秀に怒鳴る。

しんのすけは胸が痛くてたまらなかった。

だから、これだけは言わないと気がすまなかった。

｢ノブちゃんから伝言だぞ『ワシはお前を恨まぬ、初めてお前の眼を見た時ワシが自分の都合のため殺した弟の勘十郎を思い出した…だから恨まぬ…だから…ワシの代わりに天下を取れ！禿げネズミやタヌキにやられたりしたらワシは決して許さぬ！生きろ！』…って言ってたぞ…｣

しんのすけは淡々と言伝てを言うと、泣きたくなるほどの悲しい気持ちがよけいに強くなるばかりだった。
しんのすけは背を向け。

｢光秀のおじさん、オラはおじさんのこと絶対許さないぞ…でも、死んだらノブちゃん悲しむから…死んだらもっと許さないぞ！｣

と告げ。

先ほどの隠し通路に走った。
信長に言伝てを伝えたと言うために…。

例え、もう遅かったとしても伝えずにはいられなかった。

……。

…。

そうか…。と光秀は聞き終えると天を仰いだ。

晴天の青空…。

大粒の雨が大地を濡らしていた。

しんのすけは暗い道を走る途中、言伝てぐらい言わせろー！！、と怒鳴った。

急勾配がしんのすけを嘲笑うかのように重力に沿って引っ張っていたのだ。

明るい日差しがしんのすけの眼を差していた。

周りを見ると馬上におり、しんのすけは一人の武者にしがみついていた

その背中には見覚えがあった。

｢む…！私の…背中にいるは何者…！？｣

苦しげなその声は光秀であった。

｢ぁ！光秀のおじさん！？｣
｢し、しんのすけか…いつのまに…｣

｢オラ…気付いたらここにいたんだぞ｣

｢そうか…私も…いや、わっちもヤキが回ってきたか…フフ｣

光秀は自嘲めいて言うと口調が少し変わり

しんのすけは首を傾げた
｢ん、どしたの？｣

｢もともと、こうゆう喋り方でしたんで、あっしは…｣

｢光秀のおじさん、ウソつきだぞ…｣

｢わっちはウソをつくのが性分みたいに生きてきたんで…｣

光秀は笑顔を作り。

腹痛がするので自分の腹をさすった。

｢で、光秀のおじさん、なんで一人なの？｣

｢逃げてるんでゲスよ…｣
｢何から…？｣

｢は、禿げネズミからね…ぅう！｣

光秀の苦しげな苦痛が声をあげ俯く。

息を絶え絶えに肩を上下させる。

｢おじさん…！どこか痛いの！｣

｢へい、ちょいと腹痛でね｣

[26] mixiユーザー 06月11日 00:03

｢なーんだ、そそかしいなぁ～死んじゃうのかと思ったじゃんか！？｣

｢へへ…ご冗談を｣

光秀は気丈に笑うも視界が眩み。

手綱を持つ手が緩み落馬した。

サッカーボールのようにゴロゴロと転がる光秀は七転八倒し地面に仰向けに倒れる。

胸には矢が三本刺さっていた。
>
そしてドクドクと赤い血が地面に広がってゆく。

｢おじさん！！｣

しんのすけは馬から飛び降り、光秀に駆け寄る。

そして、八つ当たりするように、死ぬな！約束破るな！！と叫ぶけれど。

光秀はただ笑顔を浮かべ。
｢しんのすけ…嘘をついてすまぬ…だから…信長様に叱られてくる｣

口から血を垂らしながら。
光秀は、微笑んでそう言い残した。

柔らかな、幸せそうな、儚げな微笑みだった。

｢嘘つきーー！！ノブちゃんも光秀も！みんな！みんな！嘘つきだ！！！ホントは皆、痛いのになんで笑うんだ！？痛かったら泣けばいいんだぞ！悔しかったら泣けばいいんだぞ！頭にきたら泣けばいいんだぞ！嬉しかったら泣けばいいんだぞ！聞いてるのか！泣き虫侍どもー！！！！｣

しんのすけは光秀を何度も揺すり叫んだ。

空に向けても叫んだ。

天と地。

どこに彼らがいようと。

その叫びが届くように…。
そして、しんのすけは静かに消えていった。

｢しんのすけ！お前とは絶好だ！｣

桜舞う季節、風間くんの声が響く。

風間はそう、しんのすけに告げると走った。

途中、土手にさしかかると。

灰で汚れ、衣服がボロボロに破れている、しんのすけと出会った。

｢しんのすけ…お前どうしたんだよ…！？｣

風間はしんのすけの異様な様子に驚いて駆け寄った。
…ただ事じゃないと。

｢風間くん！オラ…！オラ…！風間くん！ネネちゃん！ボーちゃん！マサオくん！みんな、みんな！なんと言おうと友達だから！だから……｣

しんのすけは言葉が続かなかった。

涙と鼻水で顔をクシャクシャにして言葉を発しようとすればするほど意味をなさなかった。

不意に、春風がしんのすけの肩に手を添えた。

しんのすけは慌てて後ろを振り向くが誰もいなかった。

その後、騒ぎを聞き付けた園長先生達や、ボーちゃん、ネネちゃん、マサオ君が駆けつけ、しんのすけは病院に運ばれた。

幸い大した怪我はないものの。

精密検査のため一週間ほど、入院することとなり。

見舞いにはボーちゃん、ネネちゃん、マサオ君

そして…。

風間くんの姿があった。

………。

……。

夕方。

風間くんは見舞いを終えると。

扉に向かい。

帰り際。

｢しんのすけ、今度、無茶したら承知しないからな！？｣

と、しんのすけを叱る。
それは友を心配する気持ちが詰まっていた。

風間くんが帰ると。

しんのすけは一人、窓の外に映る桜を見つめていた。
風に揺れて、木漏れ日に包まれながら桜の花びらが舞ってゆく。

それは幻想的な光景だった。
そして不意にコツン、としんのすけの頭に落ちてきたモノで物見を邪魔される。
拾いあげるとそれは。

字が書き込まれた扇子だった。

長くも短くもない字の綴りは漢字が含まれているため。
しんのすけは誰か来たら、コレを読んでもらわなきゃと思った。

でも、その字を見ているとしんのすけの眼に自然と涙が溢れて止まらなかった。
｢泣き虫侍…｣

唐突に誰かに語るように、囁きが漏れていた。

おわり

[27] mixiユーザー 06月21日 00:07

まだ本文を読んでないんだけども糸色さんに一つ質問
映画のアッパレ戦国なんちゃらを見てから読むべき？

[28] mixiユーザー 06月22日 18:02

> ヨーデル＠ＵＴさん

どちらでも構いません。

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