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ひろ兄記念館【離れ】コミュのア、イ、セ、キ。《第五章》

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《第一章》
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《第5章》

 私は私として、つまり事故後初めてリビングにまで人をあげた。303号の住人朷咲静思(トウサキセイシ)くんである。あの夜、幽体離脱して部屋を通過していった間抜けな私を凝視した青年である。彼は今、差し出した座布団に丁寧に正座し、ミネラルウォーターに口を付けている。

「あの…」

 私は、あの夜の彼の目を思い出しながら尋ねる。

「私のこと、知ってるんで…すか?」
「はい、知ってます」

 彼の言葉には戸惑った様子も躊躇する様子もなかった。

「見えた…んですよね?」
「はい、見えます」

 結露したグラスを弄ぶようにして、静思くんは即答する。

 要するに朷咲静思は幽霊が見える人間だった。彼がきっぱりそう言った。疑う余地を与えないほどにあっさりとさっぱりと、彼はそう認めた。

 幽霊が見える人間。テレビを見ていれば、一度は見聞きする類の人間であるけれど、実際、生を見るのは初めてだった。嘘をついている可能性だって多々あるだろう。でも、私の中で既に、彼のその特性を認めてしまっている。確かに目が合ったのだ、信じない理由がなかった。

 静思君を前に、私はまだ迷っていた。会社用の地味な自分を出すべきか、すでに幽体まで見られたのだから、気にする必要はないのか。彼がここに来た理由は簡単に推測できる。
 彼は昨日と一昨日の私を知っているだろう。私の知らない私。それを尋ねてみたかった。彼自身こうやってここに上がり込んでいるのだから、その話をしてくれるつもりなのだと思う。そんな彼に対して、どう接するべきか、私は迷っていた。

「裸を見たワケじゃないですから、許してください」

 逡巡していたので、なにを言われたのかがすぐにはわからなかった。静思くんは照れたように小さく頭を下げた。その言葉と仕草で私は腹をくくったのかもしれない。

「どうして、この部屋に…その、すんなり入ってきたんでしょうか?」

 本題を切り出すと、彼は一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「本当にごめんなさい。もちろん理由はあるんですけど、それでもチャイムぐらい鳴らすべきでした」
「理由を聞かせてもらえないでしょうか」
「僕がここに座るのは2度目です」

 静思くんは唐突に話を始めた。

「1度目にお会いしたアナタと、今のあなたはどう見ても別人です」

 ゆっくりと息を吸い込む。

「会ったんですか、私…」

 驚いた。あっさりと私の推測、私の中に誰かがいて、勝手に行動しているかもしれないという推測が裏打ちされてしまったのである。

「聴かせて頂いてよろしいでしょうか」

 既に心臓は上手くリズムを刻めていなかった。

「もちろんお話します」

 そう前置きして、彼はこの2日間の話を始めた。

「一昨日の夜、僕は家に遊びに来ていた従兄弟と飲みに出かけていたんですけど、ここに戻ると、玄関ホールにアナタが蹲っているのを見つけたんです」
「私が? 蹲ってた?」
「まぁ、厳密にはあなたではないと思うんですけど、ややこしくなるのでそうさせてください」

 なぜか静思くんは私の知らない私の状況をほぼ確信を持って把握しているようだった。

「わかりました、続けてください」
「僕らは蹲るアナタに声をかけたんです、すると、突然つかみかかられました」
「えっ」

 思わず声を上げて身を乗り出す私を、静思くんは宥めるように見つめ、頷いた。

「あなたは玄関ホールで泣きながら暴れ始めました。僕らはとりあえずアナタを取り押さえて、一旦僕らの部屋に運びました」
「そんな…」

 そう言われても、何も思い出せない。

「その状況から判断しても、今のあなたとは同一人物とは思えません」
「すみません」
「謝らないでください、僕はアレがあなただとは思ってないんですから」

 立て続けに驚くしかないような事実を伝えられた私はみるみる落ち込んでいた。二人の間に沈黙が流れる。グラスに口を付けて、静思くんは再び話し始める。

「僕の部屋に来ても、アナタは暴れ続けました。『帰る!』と叫びながらどうしようもなく暴れるので、あなたの家に運びました。そのとき、鞄から鍵を取り出させてもらったのですが、結局鍵はかかっていませんでした」

 鍵がかかっていなかった。あのコは鍵をかけなかった。当然のことといえば当然のことであるけれど、自分に降りかかっている火の粉が思っていたよりもずっと熱いモノのような気配がしてくる。

「アナタは部屋に戻ると一気に大人しくなりました。唐突に童謡を歌い始めたり、メモ用紙に落書きを始めたり、僕らのことなどお構いなしでした」

 横目で電話台を見る。光の加減でメモの落書きまでは見えない。

「じゃああれは、私が?」
「はい、結局大人しくなったのでその日は僕たちも帰ったんですけど、やっぱりどう見てもおかしい現象でしたので、その夜は交代に見回りに来ました」
「そんな…」

 顔が熱かった。静思くんは従兄弟と交代で夜通しこの家に見回りに来てくれていたという。恥ずかしさに顔が炎を噴き出しそうだ。しかし、なぜそこまでしてくれたのだろう。

「でも、た、たとえば、警察とか、そういう…」
「話がややこしくなるだけですから」
「ややこしく?」
「はい。僕にはわかります。行動だけじゃなくて、あの夜のアナタがあなたではないことが分かります」
「どういうことですか?」
「少女の顔をしていました」

 心臓が再び跳ね上がった。

「『少女のような顔』ではありません。『少女そのもの』でした。取り憑かれていることぐらいわかります」

 なんでもないことのように言うが、それは、とんでもないことである。やっぱり取り憑かれているんだ。

「なにがあったんですか?」

 静思くんは優しい口調で訊いてきた。その優しい口調に引っ張られるようにして、私は滑稽なぐらいさらりと、あの夜の、静思くんに見つめられた直後の話を彼に始めた。彼もまた、滑稽なぐらいあっさりと、私の話を信じた。

「少女…そういうことだったんですね…」

 取り乱さなかった理由は何だろう。たぶん、静思くんの特異な体質のせいだろう。私はいつの間にか、目の前に座る初対面の人に頼る気でいた。2年半、誰にも頼らずに生きてきたくせに、今、静思くんにすがろうとしていた。情けないと思う。不甲斐ないと思う。それでも明後日のことがあった、もはや明後日にまで近づいてしまった運命の日、出発の日だけは守りたかった。

「なんとか、ならないでしょうか…」

 息だけで呟いた一言に、自分の無力感を感じて、止め処ない涙が床に落ちては広がっていくのをただ俯きながら見つめていた。

 突然部屋に電子音が鳴り響いた。静思くんの携帯が鳴ったのだ。顔を上げると、静思くんは無表情で携帯を操作し、テーブルの上に置いた。素速い操作が手慣れた感じを演出している。連絡を取り合う相手もいない私は、未だに携帯の機能を把握できていない。

「…大丈夫ですよ」

 静思くんの言葉が何に向けられたのか、一瞬わからなかった。「携帯を操作できないことぐらい、大したことじゃないですよ」と言われたような気がしたが、よく考えれば、そうではない。

「あなたに起こっている異変を、治すことは、出来ますよ」

 言葉をぶつ切りにして、少し顔を俯かせながら、それでも彼はそう断言した。
 真意を問おうとすると、突然、チャイムが鳴った。滅多にならないチャイムに、返答が遅れる。

「入って」

 私ではなく、静思くんが玄関に声をかけた。ドアがゆっくりと開き、外から、闇が流れ込んできた。それは長身の男だった、全身を黒系でまとめた色白の男。前髪は長く目を隠している。男は玄関で靴を脱ぐと、小さく頭を下げ、部屋に入ってきた。咎めることは出来ない。男はそのまま実にあっさりと、静思くんの隣に腰かけた。

「従兄弟の朷咲伊月です」

 男、朷咲伊月(トウサキイツキ)くんはそう呟くと、小さく頭を下げた。


「大方の話は終わった。あとはお前から頼む」と言うと静思くんはミネラルウォータを一気に飲み干した。

「なんとかしないといけません」

 伊月くんの声は静思くんよりも低く、それでいて清涼だけど、その黒い服に真っ白な肌という雰囲気がどうにも不気味で、正直戸惑いが先行していった。

「こいつなら、なんとか出来ると思うんです」

 雰囲気を察して静思くんが口を挟んだ。私は頷くと、伊月くんに向き直った。

「なんとか、なりますか?」
「僕ではありません」

 極めて簡潔に答えた伊月くんは、少し腰を浮かして、ズボンのポケットから定期入れを取り出し、その中から小さな紙片を引き出した。

「これをどうぞ」

 差し出されたのは名刺だった。白地に『神楽便利屋 朷咲伊月』と書いてあり、その下に電話番号が記載されているだけのシンプルな名刺である。

「か…かみ…ら、らく?」
「“かぐら”です。神楽便利屋です。僕、そこでアルバイトをしてるんですけど、そこの所長なら何とか出来るかもしれません」

 呆然とした。便利屋? 聞き慣れない単語、それもなんだかいかがわしい雰囲気である。話が怪しい方向に進んでいきそうな気配がして、私は自分を律した。

「便利屋ですか?」
「便利屋です」

 生真面目に返答する伊月くん。3人に沈黙が流れた。

「所長、昔、呪いを解いたことがあるんですよ」

 伊月くんは微動だにしない。私が動揺していることに気付いているはずなのに、意に介することもなく妙な話を始めるのである。

「呪い?」
「はい。『高潮村いずな憑き事件』なんて名前が付いているんですけど。知る人ぞ知る、結構大きな事件を解決したのが、うちの所長です」

 悪魔的雰囲気と裏腹に、素っ頓狂な話を始めた伊月くん。私は、肩すかしを食らったような虚無感と同時に、ほんのわずか、苛立ちを覚え、一気に冷静さを取り戻した。考えてみれば、こんな青年、否、若造二人に頼むようなことではなかったのだ。今まで惚けていたような自分を恥じ、律し、叱咤し、一気に自分を取り戻す。時間は2秒とかからなかった。やはり誰にも頼ってはいけない。この2年間で培ったノウハウを総動員し、私は自分を取り戻した。

「呪い…ですか…あの、勘弁してもらえませんか。ちょっとこっちは切羽詰まってるんで、っていうか、そろそろお引き取り願えますか?」

 気持ちがダイレクトに言葉になる。しかし、立ち上がろうとした私を伊月くんが言葉で引き留めた。

「あなたに起こっている現象と、呪い。何が違いますか?」
「え?」
「これからどうするんですか?切羽詰まってる、そうでしょう。では今から出かけて、警察に行って、『少女に取り憑かれているんで除霊してください』とでも言いますか?それともタウンページ開いて、霊媒師の項目を指でなぞりますか?それで火曜日に間に合いますかね?」

 ハッとする。

「なんでそれを!」
「カレンダーにあそこまで仰々しく○をつけてあればイヤでも目につきますよ、何があるかは知らないけれど、一刻を争うんでしょう?」

 伊月くんの口調は変わらず冷徹で一定で明瞭で、そして有無を言わさない力があった。私は脱力に任せて再び腰を落ち着ける。震えが呼吸を乱している。

「神楽便利屋という名前、あなたは知らないでしょうが、その世界では有名です。断言しましょう。そこでなら今のあなたをなんとかできる」

 冷たいくせに力強い視線は私に絡みついて縛り付けた。それでもやはり信用できない。あまりに話がうまくいきすぎている。まるで心臓発作で倒れる人の隣の部屋で救急隊が息を殺しているみたいにタイミングが良い。私は、最後の抵抗を試みた。

「お金がないんです。助けて頂いたとして、それに支払うお金がありません」

 それもまた無駄に終わった。

「お金を頂くつもりはありません。こんなサービスの押し売りのようなことをして、お金をもらってしまえば、それこそ悪徳商法ですよ」
「へ?」

 お金が必要ない…意味が分からなかった。

「僕らは既に少女が発現したアナタを見てしまっています」

 伊月くんの口調が幾分穏やかになった。

「このままアナタを放っておいて、アナタに万が一のことがあったら…。あの夜だって、一歩外に飛び出していれば、車に撥ねられていたかもしれない。そう考えると夢見が悪いんですよ」

 言い返す言葉が、既に私の中にはなかった。

「体調が悪くなって道ばたにしゃがみ込んでいる人の横を医者が通りかかったとしたら、医者は声をかけるだろうし、応急手当もするでしょう、そう思いませんか?」

 顔を上げると、伊月くんが私を見つめていた。静思くんも私を見ている。私は黙って頷いた。

「医者は助けられるから助けるんです。その手当にお金を払おうとして、医者が受け取ろうとしなくても、別段不思議ではないでしょう?」

「はい…」

「僕らも、僕らに出来ることだから手を貸そうとしているだけです。手を貸せるのに貸さなかったというほうが、よっぽど罪悪感です」

 再び涙がにじみ、私の視界を歪めていった。


◇───◇


 「明日朝うかがいます」と言い残して、伊月君は去っていった。静思くんには部屋の合い鍵を渡した。1時間ごとに見回りに来てくれるという。急に心強い味方ができたような気がした私はせっせと壁の落書きを拭いた。彼らの言う『所長』の手腕に期待しながら、久しぶりにキッチンに立った。

 そうしてパスタのゆで加減に注意している私は、もちろん、立ち去った伊月君が、アパートの正面玄関前に随分長く停まっていた赤い外車に乗り込んでいたことも知らないし、明日来るはずの『所長』が、その外車を運転していったことも知らないし、さっき静思君が「…大丈夫ですよ」と言うまでに少し時間がかかった本当の理由にも気付いていなかった。ただ、しばらくして、バイクの低音が唸りをあげながら敷地内に入ってきたことには、ひょっとすると気付いていたのかもしれない。

 しかし、なにより、私は全く気付いていなかった。

 なぜ、伊月君が『翌日』を指定したのか。伊月君たちの訪問が朝だったにもかかわらず、なぜ翌日を指定されたのか。もちろん、「所長は今日、予定が入っているので」と返されればそこまでだっただろう。



 それでも、私は全く気付いていなかった。

 私に何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるのかを。

《第六章》に続く。
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