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ひろ兄記念館【離れ】コミュのア、イ、セ、キ。《第一章》

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 砂浜を走る。

 クリーム色のハイヒールを指にかけ、真っ白なスカートがまくり上がらないように左手で押さえながら走る。沈みかけの太陽が名も知らぬ外国の、名も知らぬ海を茜色に色づけて、整列する椰子の木もその茜色に飲み込まれていく中、私は足元の悪い砂浜を何度も後ろを振り返りながら走っている。

 後ろからは愛するブルームが追いかけてくる。「待てよ〜、この小悪魔ちゃ〜ん!」と私を呼びながら、ユニクロのチノパンを砂に汚しながら、夕暮れの砂浜で、シルエットになって追いかけてくる。

 あぁ…ブル〜ム。私のブル〜ゥム、オーランド・ブル〜ム。

 足の速いブルームはすぐに私に追いついて、私はその勢いのまま、たくましい腕で抱きしめられる。

「やん、もう、たくましいんだからっ!」

 私はそのたくましい胸に甘える。胸板に指を這わせながら至福の時間を堪能する。ブルームは水平線の向こうを見つめている。セクシーな青い瞳が紅く燃えていて、どんな宝石よりもその瞳は美しかった。

「ねぇ、ブルーム、ドゥーユーラブミー?」
「オフコ〜スだよ」

 寄り添う2本の影がゆっくりと近づいて、ひとつになる。私は目を閉じて、ブルームの唇に、自分の唇を重ね、そして思い切り突き飛ばされる。

「アナタ、クチクサイネ!」

 ブルームが、汚物を見るような目で足元に倒れた私を見下ろしている、見下している。

そうして世界は急速に、いつもそうするように、私の視界の中で高速回転を始める。夢から覚めるのである。


《第1章》

 変わり映えのしない、純和風という名に甘え、向上心を放棄した、四方を今にも崩れそうな土壁に囲まれた、飾り気のない空間に戻る。壁には取引先からもらったセンスを制作過程に置き忘れたようなカレンダーが吊られている。
 
 この時期、床冷えがようやく息を潜めた。窓の向こうには満開にもう一息の桜並木が、古ぼけたアパートの曇りガラスの向こうで桃色の影となって揺れている。時折大通りを通る車のヘッドライトが窓から差し込まれる。ヘッドライトの明かりと共に桃色の影が室内の奥壁に吹き付けるのを布団の中でぼんやりと眺めているうちに眠ってしまっていたらしく、眠りの中でオーランド・ブルームとイチャイチャしたりキスをしたり、突き飛ばされたり汚物を見るような目で見られたりして夢から戻ってきた私の体は今、部屋の宙に浮いていた。

 私は宙に浮いていた。厳密に言えば、浮いているのは「私の体」ではない。端的に、杓子定規に言うと「意識」というか、「精神」というか、「私の本気」というか、まぁぶっちゃけ「霊体としての私」である。視線を下方、つまり床の方にさげてやると「肉体としての私」は、きちんと布団一式にはさまれて、気持ちよさそうに眠っている。

 私は今宙に浮いた状態で、眠っている私を見ている。週明けの月曜日から2日続いた残業でくたびれ切った、おぞましく忌々しい私の外見が眼下に横たわっている。いつものことながら見るに耐え難い容貌であった。

 これは、いわゆる「幽体離脱」というやつである。すでに何度か経験しているから、今さら緊張も興奮も真新しさもない。私はすやすやと眠り続けるブサイクな私を見下ろしながら、空中で大きく嘆息し、毎度の事ながら困った。

 幽体離脱をしたことは何度もあるのだけれど、未だに「移動方法がわからない」のである。

 一度浮いてしまうと、そこからどう動いて良いかわからない。手を無意味にバタバタさせたり、首を回したり、頭を掻いたり、そういった行動は可能だけど、そこから移動ができない。泳ぐような動作をしてみても、まったく動かない。「もがいている」という表現がピッタリである。空中のある位置に固定され、そこでドタバタ動くことしかできない私は、自分以外のなにかの意思やタイミングで勝手に移動を始めるのを待つよりないのである。

 今夜もまた、自室の中空で途方に暮れている。

 遡ると、初めての幽体離脱は病室のベッドの上だった。それ以前にも経験はあったのかもしれないけれど、私は事故以前、人生を送ってきた記憶を失っている。いわゆる記憶喪失というやつである。

 とても大きな事故だったらしい。

 カーブを曲がりきれなかった観光バスは切り立った崖を転げ落ちたらしい、途中、崖から生えていた樹齢数百年を超える2本の大木にバスは受け止められたが、乗客の3分の2は死亡、私も生死の境をさまよった、らしい。もちろんそんなことは覚えていない。気付くと私の体はベッドに寝かされていて、寝かされている自分を上空から見つめていたのが初めての幽体離脱である。その場から動けない、出来損ないの幽体離脱である。

 体をねじって見上げてみる。

 目の前に天井があって、足の方向に古ぼけた蛍光灯の傘があった。普段見えない傘の部分には埃が積もっている。天井すれすれの高さから部屋を眺めてみる。仕事が最近忙しく、ただ眠るためだけにある部屋は、微妙に散らかっていた。そろそろ片付けないといかんなぁ…なんて思って見下ろしていると、突然視界が真っ暗になった。一瞬驚いて両手両足を少しだけばたつかせたが、効果がないことに気付いてやめる。うつ伏せの状態に戻って待つと、そのうち目の前に畳が現れた。

 顔と畳の距離が近くて息苦しいような気がした。小さな糸くずが畳の目に挟まっているのがわかる。しだいに畳は遠ざかっていく。そうすると、視界の外にあった情報が少しずつ視界の中、真ん中に集まってきて、ようやくここがまた部屋であるということがわかる。上を見上げると、また天井がどんどん近づいてきていた。

 体が、上昇しているということが嫌でもわかった。私は自分の部屋の天井を突き抜けてしまったらしい。もう一度見下ろすと、そこは自分の部屋と似ているようで微妙に違っていた。部屋の大きさは同じだけれど、家具が違っている。

 そしてなにより、部屋には2人の男女がいた。

 さっきまで私が寝ていた辺りでに、大村さんが寝っ転がっている。203号の大村さん、私の部屋は103号。近所でも評判の美人、容姿端麗で彼女に憧れない男はいないとの評判である彼女は時折目を開けたり閉じたりしながら、うっとりとした表情で天井を見つめている。当然幽霊になってしまった私のことは見えていないだろうし、今、彼女はそれどころではないらしい。

 大村さんは素っ裸だった。

 あられもない姿で横たわる大村さんの上には大きな影が被さっている。うっすら汗ばんだ背中は筋肉質に隆起していた。二人は今、互いの愛を確認するのに一生懸命、そう、セックスの真っ最中であった。

 我慢しようとしたけれど耐えられず、私は大きめの溜息をついた。どうせ聞こえやしない。一日中ディスプレイに向かい続け、慢性の肩こりと頭痛に悩まされ続けながら、温泉に行く暇もなく、なだれ込むように辿り着く暗い部屋、今日もハードワークで疲弊しきった体を休めるためにむさぼるように眠る私の上で、大村さんは彼氏とセックスをしているという儚いストーリー。否が応でも「勝ち組」、「負け組」という言葉が浮かぶ。いや、この場合、「合格」、「脱落」のほうがふさわしいのかもしれない。

 そんな偉大なる合格者、ボーダーラインを軽々飛び越えている大村さんの部屋を私はゆっくりと上昇していく。再び視界が遮断され、間もなく再び畳が現れる。303号に到着。さすがに住人の名前は知らないが、綺麗に整頓された部屋は暗く、人はいない。まだ帰っていないようだ。この部屋では停止することなく、私はそのまま上昇していき、そして屋上に吐き出された。

 元は白かったのだろうが、雨水、塵、埃で染みが広がり灰色と黒に浸食された屋上から、3メートルほど上がったところで上昇は止まった。

「さて…どうしよう…」

 この状態で自由に動く術を持たない私。ボロマンションの屋上から3メートルの空中で取り残されて一人、独り。

 ぐるりを見渡すと、アパートやマンション、少し向こうに商店街、その屋根が見渡せる。全体的に暗い。アパートが面している大通りも、この時間に通る車は少なく、桜並木の合間に青白く立つ街灯だけが、妙な存在感を放っていた。

 その弱い街灯のお陰で、八分咲きの桜が幻想的に輝いている。桜を見下ろすという経験もなかなかできないモノだと思い、どうせ動けないのだから、しばらく少し早い花見を楽しむことにした。相変わらず体は動かない。首を動かしたり、手を動かしたりはできるけど、移動ができない。困ったモノだ。私が優等生なら、一度部屋に戻り、缶ビールと柿ピーを持ってここに戻ってこれるのに…なんて不毛な想像を働かせながら、薄紫色に輝く桜並木を上空から見下ろしていた。

 10分かもしれないし、1時間かもしれない、とにかく少し経った頃、突然体が下降し始めた。行きのようにうつ伏せの状態ではなく、直立に近い姿勢で徐々に足から屋上に近づき、つま先がモルタルを貫通する。しばらく真っ暗な状態が続くと、303号室に戻った。さっきの知らない人の部屋だ。今は電気が灯り、青年が座椅子に座ってテレビを見ている。私が夜桜を楽しんでいる間に帰宅したらしい。私の下降は青年とテレビの間にあるコタツに向かっていく。深夜番組を楽しむ青年を邪魔することはないのだけれど、少しだけ申し訳なさは感じる。

 その違和感は、つま先が彼の目の高さまで降りた頃に感じた、心なしか、青年の表情が曇ったように見えたのだ。私のことは見えるわけがない、しかし、青年の顔には一瞬で疑念の皺が刻まれた。そして、ちょうど私の頭部が、彼の視線を遮る位置にまで下降したとき、青年と、確実に目があっちゃったのである。

「錯覚だ」と思った。

 しかし、次に彼は座椅子から体を起こし、下降していく私を目で追ったのである。私の頭がコタツをすり抜けると、コタツ布団を捲り上げ、中を覗いてくる青年。驚いた様子もなく、ただじっと、私を見つめている。見られていると分かりながら、マヌケに人様の部屋を横切っていく自分。隠れることもできない自分。恥ずかしさで耳が紅くなるのを感じた。
 為す術もなく、そのまま青年の部屋の畳をすり抜けていく。

 そうか、きっと見慣れてるんだな、幽霊。私はそう結論づけた。

 青年の部屋を完全に貫通し、再び真っ暗な視界に戻る。明日、もしあの青年にあったらどうしよう。一度も会話したことがないのに、考えようによっては裸よりも内側を見られたことになる、となると、くすぐったいものを感じる。

 そしてまぁ、当然といえば当然ながら、私は再び203号、大村さんの部屋に闖入した。

 はだけた布団の上では真っ裸の大村さんが寝ころんでいる。与謝野晶子よろしく乱れた髪を放射線状に散らせて、虚ろな目で天井を見ていた。彼女に覆い被さっていた男の姿はなく、不本意ながら大村さんの全裸を私は見つめている。溜息が出るほど美しい体で、自然に劣等感が込み上げてくる。整った顔立ちを裏切らない体つき。『人生、得してきました』と言わんばかりの容姿を無造作に投げ出した姿は、高級フランス料理の食べ残しみたいにもったいない。

 すると、台所から、そのフランス料理を堪能した男が戻ってきた。両手にマグカップを持ち、横たわる大村さんの脇で片膝をつく。甲斐甲斐しくて素敵なのだけど、まだ全裸でいるのはなぜだ? そんな八つ当たり的な疑問を抱きながら、私は下降していく。どうやらすり抜けるのは、彼氏のすぐ後ろらしい。つま先が畳に吸い込まれた時から、私は大村さんに片膝をつく彼氏のおしりを見ないように、顔を背けた。

 ようやく自室に還る。下には相変わらず不格好な私が眠っている。

「やっと眠れる」

 実は体は眠っていても意識が起きているというこの状態が続くと、寝覚めが非常に悪い。特に今日のように、長時間、離脱してしまった次の日は起きると二日酔いのような症状が出てしまうのである。

「とりあえず寝よう」

 下降の速度を上げられる気がして、無意味に念じる。体が徐々に倒れていき、下で眠る私に被さろうとうつぶせになる。間近で見れば見るほど吐き気がする自分の姿。

 しかしその直後、突然、下降が止まってしまった。

「なんでよ〜!」

 さすがに叫んだ。私の体は蛍光灯の紐の高さで止まってしまった。さらに、さっきまでは動かせていた腕や首が、どこも動かせなくなった。さらには目をつぶることさえできない。

(ちょ、ちょっと…)

 もがこうとしても体は凍り付いてしまったように動かせない。もう少しで自分の体に戻れるという位置で、立ち往生してしまったのである。しばらくは体を動かそうと意識してみたのだけど、全く無理だとわかると、私はもがくのを諦めた。どうせすぐに動き始めるだろうと勘繰った。

 しばらくおとなしくしていた。

 案の定、再び移動が始まった。しかし、それは思っていたものとは違っていた。

「え…?」

 徐々に遠ざかっていく布団の私を見ながら、久しぶりに恐怖を感じた。

「上昇している…」

 私の体は再び天井に向かって上昇していたのである。しかも今度は体が動かせないままである。幽体離脱を経験し始めて久しいが、ここまでタチの悪いのは初めてだった。久しぶりに「戻れないかもしれない」という恐怖が込み上げてくる。

 そうして、私の体は天井すれすれの高さで再び停止した。

 もうなんなのよぉ!

 空中で金縛りにあったまま、焦りと不安で苛立つ。力めば力むほど、体を動かせない事実が明らかになるので、恐怖を抱えながら、私は力無く空中に漂っていた。頭の中では「戻る戻る戻る戻る」と繰り返す。今の私は意識だけの存在だが、裏を返せば意識だけはこっちのモノだ。

 かくはずのない汗を感じながら私は心の中で唱え続けた。


 戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻るもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどるもどる…・


 視界の右端が小さく動いた。カーテンだと思ったが、窓は閉めてある。カーテンが動くはずがない。

 そう思っている私の目はひとつの影を見つめていた。その影は徐々に私の視界の中央に入ってくる。


 それは少女だった。


 窓の外の青白い街灯から弱く流れ込む光、部屋に入ってきた少女。

 少女? なんで?

 白いワンピースを着ている、黒い髪は腰の辺りまで伸び、ボサボサと散らかっている。枝や枯れ葉が絡まっているようにも見える。上から見ているのと、少女がうつむいているせいで、その顔は見えない。でもわかる。いやでもその少女は半端じゃないというか、平たく言えば今の私と同じ、もしくは私以上の「幽霊だ」ということぐらい分かる。私の部屋に、子供がいるわけがない。

 少女はゆっくりと視界の真ん中に、眠っている私に近づき、布団のすぐ脇で座り込んだ。

(やめて…)

 少女はそうしてしばらく布団のすぐ脇で、眠る私を見下ろしていたが、徐々に体を乗り出し、眠る私の顔を覗き込み始めた。その動きに従って、少女の妙に長い黒髪が掛け布団を擦る、さささという音が聞こえた気がして、その黒髪が眠る私の顔にかかった。

 ぶるりと体が震えた。頬に、髪の毛が触れる感触が浮かんだのである。

 少女が両手を伸ばした。少女の頭が邪魔で、私の位置からは様子を見ることができない。しかし私は、私の頬は、冷たい冷たい指に強く押さえつけられる感触を覚えていた。

「やめてっ!」

 突然鎖を解き放ったかのように声が出る。直感的に、眼下の少女が、眠る私の体に『入り込もうとしている』ことがわかった。髪の毛から指から、少女の意識が流れ込んできたのかもしれない。そしてうつぶせだった私の霊体が跳ね上がり、腕が動くようになる。移動もできないくせに、無我夢中で少女につかみかかろうとした時だった。



 少女が、勢いよく顔を上げた。



 長い前髪がその勢いで、左右に流れる。街灯の青白い明かりが彼女の顔を照らした。上を向いた少女の顔…それは悲惨なものだった。左目が失われ、ぽっかりと穴が空いていた。その暗い穴からは大量の小さな小さな虫のようなモノが溢れ、蠢き、顔全体を高速で這い廻りながら少女の顔中を覆っていた。残る右目は瞼を無くし、開いた瞳孔がまん丸と私をとらえている。小さかったであろう鼻は削がれ蛆が這い回っている、鼻骨は剥き出しになって所々ささくれ立っている。口の周りにも皮膚はなく歯と歯茎が、奥まで露わになっている。そして灰色になった歯茎と欠けた黄色い歯を剥き出しにして、少女は…笑った。

 声とも音ともあるいは衝撃ともとれない高音が、聴覚を突き刺す。曇りガラスを引っ掻くような笑い声、私の視界は急速に狭まり、眩暈を起こす。「気を失うのだな」ということが朧気ながら理解できた。


《第二章》に続く。
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