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シャーク◎市屋の面白い話コミュのツレがムツになりまして

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隣の部屋で何かが跳ね回る音で目が覚めた。
ふすまを開けると、布団の上でビチビチしている
ツレを見つけた。
慌てて病院へ連れて行くと
「ムツ病」と診断された。
ムツ病は胃腸風邪みたいなもの。
誰でもかかる。
お医者さんからはそう説明を受けたけれど
まさか、ツレがムツになるとは思わなかった。
思い返せば
一ヶ月くらい前から
ワイシャツが生臭かったり
廊下に鱗が落ちていたり
息苦しそうにしていたり
ツレの様子はどこかおかしかった。
それらは全てムツの前兆だったみたいだ。
気付いてあげられなくてごめん。

せめてもの償いと思って
ツレの入った水槽に
いっぱいのスイミーを注いだが
ツレは見向きもせず、水が濁っただけだった。
「よく食べるスイミー♪」
なんて嘘っぱちだった。
クレームの電話を入れるため
袋に目をやると
「鯉の餌」の文字が。

ツレごめん。

ムツになっても仕事に行こうとするツレは
毎朝水槽から抜け出し玄関で跳ねている。
このままではいつか死んでしまう。
そう思った私はツレの代わりに会社へ退職願を出しに行った。
ツレがムツ病になったことを部長さんに告げると
「今年に入って5匹目なんだよなぁ」
と頭を抱えた。
5匹じゃなくて5人だろって突っ込みたかったけれど
ムツをシュレッダーにかけると
三枚おろしで出てくるんじゃないかと想像したら
思わず笑みがこみ上げた

インターネットでムツについて調べてみた。
ムツ病は体内のカルシウムが不足することによって起こるため
カルシウムを多く含んだ食べ物、例えばひじき等が
症状の緩和に有効とのことだった。
ひじきがなかったのでひじきっぽいものを上げたら
ぷかぷか水面に浮かんでしまった。
慌てて病院に連れて行き治療をして貰ったところ
猫ひろしみたいに毛玉を吐いた。
お医者さんにこれはひじきじゃないですね。
と言われたけれど
「いいえ。西城ひじきです」
とひじきで押し通した。
ツレのムツとどう向き合えばよいか尋ねたら
ムツ病患者に絶対に言ってはいけない言葉を教えて貰った。
それは「サンマって」。
好きでムツになっている訳でもないのに
サンマってなんて言われると、酷く自尊心を傷つけられるらしい。
冗談交じりで「サバっては?」と尋ねたら
真鯖顔で「ダメです」と言われた。

しめ鯖食べたい。

ツレがムツになって1ヶ月が経った。
薬が効いてきたのか
尾びれがなくなり
足が生えて来た。
生えた足で水を掻きながら水槽内を
泳ぐ姿は正直、気持ち悪かったけれど
ツレが少しずつよくなって来てることを
感じられて嬉しかった。
だけど、翌朝には足はまた尾びれになっていた。
回復を期待しただけにショックだった。

もう無理・・・

このままツレを排水口に流してしまいたかった。
でもそんな時に浮かんだのが祖母の口癖だった。

「おじいちゃんがいてくれたら」

嬉しいとき。
悲しいとき。
笑ったとき。
寂しいとき。
ことあるごとに祖母はそう呟いた。
祖父は若くしてモチとノッチを喉に詰まらせて
亡くなっているため
祖母と祖父が一緒に過ごせた時間は
僅かだったと聞く。
ツレはムツかもしれないけれど
今確かにここにいる。
それが何より大切なこと。
そう気付いた私はシンクの中から
ツレを拾い上げて水槽に戻した。

ある日の夕暮れ。
隣に住む釣り好きのおじさんが
「ツレに捌いてもらいな」
と発泡スチロールの箱を持ってきた。
「ツレはムツに・・・」
出掛かった言葉を私は飲み込んだ。
ツレがムツになったと言う事が
どうしても言えなかった。
蓋を開けると、そこにいたのは
皮肉にもムツだった。
ムツはまだ生きていた。
私はどうしたらいいのか判らず
反射的に貰ったムツをそのまま水槽に入れた。
どっちがツレだか判らなくなった。

ツレごめん。

やがて通院日がやって来た。
未だどちらがツレか判らなかった。
仕方なく1匹を選び病院へ行ったが
連れて行ったのはただのムツだった。
他人に本気で怒られたのは小学校以来だ。

ムツは一進一退。
調子がいいと腕まで生えることもあったが
数日経つとまた元通り。
私が焦れば、ツレはもっと焦ってしまう。
そう言い聞かせて、気長に見守ることにした。
小声でサンマってと言ってしまったのは秘密だ。

ツレガムツになって半年。
毎日ツレに食べさせるひじき代、魚肉ソーセージ代
そして私のパチンコ代で生活は徐々に逼迫していった。
10万使って一度も当たらないなんて詐欺だ。
大ムツ物語なんてもう二度と打たない。
やがて、水道代も惜しむようになり
ツレの入った水槽は日に日に濁って行った。

このままでは私もツレも死んでしまう。
そう思った私はかつて所属していた芸能プロダクションに
電話をした。

「ツレがムツになりまして。
仕事をください。
ひじきくらいなら出せます」

しかし、私の決ひじきの覚悟は
需要がないと一蹴されてしまった。
職安でもひじきを活かした仕事を探したが
見つからなかった。
人生どん底だった。
最近は私の体も生臭くなってきた気がする。
それはお風呂に入っていないせいか
ムツの前兆なのか判らなかったが
言いようのない不安に押しつぶされそうだった。

そんな折、昔のマネージャーから
電話が掛かって来た。
AV出演の話だった。
アナルのビデオですか?と尋ねたけれど
やっぱり返ってきた言葉は
アニマルビデオだった。
ムツすら触ることが出来ない私が
動物との共演なんて
考えただけで鳥肌ものだった。
でも、背に腹は代えられず
依頼を受けた。

三十路目前の女が動物と戯れる。
ただ、それだけのビデオが
空前の大ヒットとなった。
おかげで、生活には困らなくなった。
水槽の水は毎日変えてあげられるようになったし
魚肉ソーセージはシーチキンになり
ひじきは松井ひじきになった。
しかし、海外での撮影も多くなったため
実家に預ける日が続いた。
ツレに寂しい思いをさせてるのもわかっていたし
自分自身も寂しかった。
でも、ツレのムツを治すため
大ムツ物語2を打つため
私はアニマルビデオに出続けるしかなかった。

ガラパゴス諸島で
シーズン3第12話の撮影を終え帰国した私を
待っていたのは変わり果てたツレだった。

「いやっぁぁああああああああああああああ」

水槽に漂うツレを見た瞬間私は思わず泣き叫んだ。
ツレには胸びれも、背びれも、尾びれも何もかもがなかった。
もうムツですらなかった。
そこにあったのはただの塊だった。
気づかない内にツレの症状は進行してしまったのだ。


「ツレがモツになりまして」。


ICUに運び込まれた
ツレは予断を許さない状態だった。
1時間毎にモツとハツを行ったり来たりした。

「靴になったら終わりです」

お医者さんは淡々と言った。
私はお医者さんの肩を掴み

「靴ってなんですか!!!
クロックスにはならないんですか!!!
時期的にサンダルでもいいんですけど!!!!!」

そう言うとお医者さんは
ならないですね。とまた淡々と言った。
冗談が通じないタイプの男だった。

翌日。
手術が行われた。
成功確率は30%と説明を受けた。
80%の確変すら引けない私には
絶望的な数字に思えた。

ツレがんばって・・・

リーチ中に魚群が走った時と同じくらい祈った。

手術中のランプが消えるまでの間
ツレと一緒に出かけたいくつもの思い出が蘇って来た。

札幌、函館、福島、新潟、東京、中山、中京、京都、阪神、小倉。

これが走馬灯と言うやつだろうか。

5時間後。
ようやくランプが消えた。
手術室から出てきたお医者さんは

「最善は尽くしました」

淡々とそう言った。
それが手術の成功、失敗どちらを
意味しているのか判らなかった。
手術室から運び出された
ストレッチャーの上には、先ほどまでハツだった
ツレの姿はなかった。
その代わりに、赤と青のジャージを着た・・・


「いっやぁ嗚呼あああああああああああああああああああああ」


「ツレがテツandトモになりまして」。


あれから3年。
ツレは相変わらずテツandトモだ。

最初は昼夜を問わずなんでだろう。と歌うツレの横で
ななななんでだろう。と泣く毎日だったけれど
生活を続ける内に慣れていった。
来年にはテツandトモに効果的な新薬が出ると言うが
正直、どうでもいい。
ツレがどんな形に姿を変えたとしても
もう恥ずかしくなんかはない。

「ツレがツレになりまして」

そう思える私はツレが側にいるだけで幸せだ。

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