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E.S.S. Speech Sectionコミュの審査と教育の分離 2008年度報告と改善策

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前回Topicを立てさせて頂きました松浦です。審査と教育の分離に関して集中的に行った方が議論をより効果的に進められると思いますので、審査と教育の分離についてはここでさせて頂きたいです。

まず、僕の「審査と教育の分離について」のスタンスを述べさせて頂きます。(じゅごんさん、また個人メッセージ下さった方ご指摘ありがとうございました。このスタンスは私松浦自分自身が「審査と教育の分離」とは、その目的、必要性、Speech大会とは、等一つ一つ考え、2007年度、2008年度の意見吸収資料、大会方針ガイドラインを参照して考えました。なので、稚拙で至らぬ点はありますが、僕の意見を述べさせてください)これをご覧になる皆様は、2008年度の審査と教育の分離の状況を知ってもらった上で、改善策に実行性、実効性があるかをご意見下さい。

僕は、審査と教育の分離に賛成します。何故なら、審査する方が大会参加者Speakerに事前に個別コメントや赤入れ、質問作成等、特定のSpeakerに肩入れすることで、そのSpeakerと審査員の方が参加する大会は著しく「公平性」を失ってしまうからです。何故「公平性」が必要かという説明ですが、大会とは参加者が存在する競技であり、競技というのは参加者に対して公平な審査を行わなければなりません。何故なら、もし不公平な状況が生じた場合には競い合うべき参加者の前提が違うため、参加者の審査されるスタートラインが違ってきます。前提が違うと、競技参加者内で、審査に有利不利が出て来ます。そうすると競い合うべき競技というものは成り立ちません。よって、その前提を揃えるために、公平性というものが必要で、大会主催側は公平性を保つ義務があります。Speech大会はSpeaker(参加者)のためにあるので、Open大会実行委員長は、審査に公平性を持たせなければなりません。

そして、審査に公平性を持たせるために、Speakerと審査員が事前に接触し、個別教育を行う可能性を排除すること(審査と教育の分離)が提唱されてきた。ここまでは、Mixiに書いてあることと同じですね(僕らの代やその下の代の人は必ず以前のTopicを見ましょう)。なんで昨年に出来なかったのか、これには理由が沢山あると思いますが、一番は「話し合いの場を設けてOpen大会実行委員長内でこの審査と教育の分離についてConsensus(共通見解)」が取れていなかったことが上げられます。一番関わるべきSpeech界の役職者からは、意見吸収や浸透が圧倒的に不足していました。当時、僕達は正直な所何が起こったか状況やとるべき態度がよく分からない状況でした。「KUELのプレと代表者間(代表者はESS全体の意見となるので、自分達Speech役職者も実は含まれているのですが)で決まったことで、SPセクで今年この問題を考えないといけない。なんで意見を全く聞かれていないのに、いきなり施行されるん?意味が分からん。どうしようか。。。」当時僕はこのように考えていました。多分同期の役職者も同じように困惑していたと思います。

KUELから2月と4月に1度ずつこの制度の浸透を受け、その後浸透はなくなり、良く審査と教育をどう実行するか案も分からないまま、1年が立ってしまいました。浸透、浸透といいますが、それぞれの当事者意識が低かったといいましょうか、結局はよく分からずじまいで終わらせてしまいました。

そして混乱を招いてしまった状況に収拾を付かせるために、2009年1月15日の代表者会議で審教廃止案「各団体に審査と教育の分離を任せ、審査と教育の分離を今後の本連盟の方針として、以後「審査の教育の分離」を本連盟の公式方針とはしない」が可決されてしまいました。現役も理解不足(僕自身もよく理解出来ていなかったのに、執行の方に色々言い寄ってしまい、失礼しました)、執行委員も浸透不足(そもそもの2007年の執行の方からの引継ぎが不十分だったと2008年度執行から聞きます)、Consensusのとり方も悪くて、公平な大会を創るための行動をとらないといけないはずの実行委員長同士の中でも結局共通見解が採れていないまま、中途半端な形で本当に収拾がついてしまいました。ここまでが2008年の審査と教育の分離についての現状報告です。

Speech界を引っ張っていくChief、渉外、実行委員長、Speakerがそれぞれの場でなすべき仕事を最大限こなせるように4年生として出来ることをサポートしていきたい、4つの立場を見てきた経験を生かして、新4年生で今起きている問題点を変えてやりたい。そう思って、現状のSpeech界の問題点を伺うため、検証するためTopicとしてあげさせてもらいました。その時はまだ、僕は審査と教育の分離については深く考えられていませんでした。なおざりにしてきた問題点をおいといて、サポートをしていきたいと考えている自分の考えの甘さがとても恥ずかしかったです。

僕なりに考えてみたPlanを書きます。意見吸収させてください。
まず前提として、関東圏内でSpeech SectionがあるESSが全団体所属する新団体を設立する。
Plan;新団体の中にはOpen大会があるESSも当然含まれるはずなので、その中で競技Speech大会について各ESSと新団体でConsensusを採る。Consensusを採る代表者はOpen大会実行委員長で、意見吸収からConsensusを採る機会の設定、そのConsensusの管理を新団体が執り行う。

  Consensusの内容;
?審査と教育の分離に賛同する。不正が実際に起こらないように、参加者、運営側、審査員に書面で同意を頂く。参加者にはインビテで、審査員の方々には、お願い状を送らせて頂き、サインを頂く。お願い状やインビテには不正を犯した場合の罰則を記す(お願い状内容や罰則に関してはご意見頂きたいです)
?不正が万が一起きてしまったら、不正を起こしてしまった審査員、参加者を実行委員長内で共有し、新団体が罰則を与えること。(この罰則についても同様です)
?各ESSのキャンプ等で教育に来ていただいた審査員の方は、そのESSのOpen大会の審査員に呼ばないこと※この場合、予選、本選と分かれます。個別教育した人を審査する可能性を防ぐためです。
?新団体は、Open大会のJudge採りに困らぬよう、Judge Listを必ず作って共有させる。これは審査と教育を分離することで現役生がOpen大会を開催出来ないのではという不安を解消します。(OBOGの方には知り合いの連絡先を、昨年度Open大会実行委員長の方にはJudge Listのシェアを協力してもらうことで作ります)
?各ESSのOpen大会実行委員長は情報共有を怠らないこと。共有する内容には議論が必要です。これは情報共有することで、審査と教育の分離に違反された審査員の方を審査させないためです。
(今はまだ上がりきりませんが、上記のConsensusを各実行委員長がOpen大会を代表して採ります。そしてConsensusが機能しているかどうかを新団体が管理します)

KUELの1月の決議を解消出来たら、この案を新団体で行う必要はありませんが、決議が採られてしまって変えられそうにないので、今年審査と教育の分離という考えを実行に移すならこのような案がよいのではと思います。

この新団体はSpeechに特化した、Debate界でのNAFAをイメージしたもので、Speech界のよりよい発展に寄与していける団体にしていけばいいと思います。新団体を作る実行性はお金の面で全く立っていないですが、審査と教育の分離を進めることで、個別Lectureが少なくなる代わりとしてOB・OGさんに全体Lectureを色々な方に来て頂いて、定期的に開催したり、機関紙等を通して他大のSPセクの情報共有を図ったり、Joint・OpenのInformationをもっと徹底させたり、往年の名SpeakerのOB・OGの方に出場して頂く大会を創って見たり、今は予算まで組めていないので実行性0ですが、Speechに特化することで、よりSpeech界は発展していくと思います。特に、名簿による人という財の管理によりJudgeの人数増加(名簿は希望者ですが)、Lectureを繰り返していくことで、教育財の蓄積の2点が新団体がSpeech界に与える長期的なMeritになると思います。

最後話が審査と教育の分離から少し脱線しましたが、僕は審査と教育の分離を今年変えるならこの案なら出来そうな気がするのですが、皆さんどう思いますか?長々本当にごめんなさい。現役生はテストで本当に忙しいのに、お騒がせしてすみません。新4年生の皆には特に意見を述べて欲しいです。僕一人では到底出来ません。完全に1人なら企画倒れです。飲み会25人弱集まった自分たちの学年なら、皆となら出来ると信じています。OB・OGの皆様、経験を踏まえてご意見宜しくお願い致します。トピックに直接打つのが難しいの場合は、個人的に遠慮なくメッセージを下さればと思います。

ご意見、ご指摘、ご提言を特に審査と教育の分離の改善策について宜しくお願い致します。勿論新団体についてでもかまいません。宜しくお願い致します。

それでは失礼します。


松浦 元亮

コメント(19)

 松浦君のやりたいことは分かります。だからこそ、なぜ今、審査と教育の分離が必要なのかということについて、まとめておいた方がいいのでは。ぼくが書くことではないのかもしれないけど、知っている限り、当初の話を、記憶を頼りに書きます。以前のトピックを参照してもらってもいいけど、いくつか管理人さんに削除されてしまった発言があるので、議論の経過が分かり難くなっているように思います。

 発端は、特定の審査員と大会出場者に癒着が起きている、という話でした。とある審査員が、面識のある現役生を個人的に指導して、自分が審査員を務める大会で高く評価したとか、そんな噂があったんだそうです。確たる証拠が示されたわけではありませんが、これまで、よく審査員をしている方にSpeechを見てもらうということは、恒常的に行われてきた面もありました。また、自分が指導した子は、無意識にでも高く評価してしまう可能性があるし、そうやって入賞した子のことを、指導した自分の手柄のように吹聴する審査員もいたとかいないとか。不公平な審査が行われているのではないか、というわけで、審査と教育を完全に分離することが提唱されました。
 それに賛成した人は、不公平な審査を今すぐなくすべき、と主張しました。反対派は、Judgeの数が足りなくなるのではないか、と心配しました(ぼくは、不公平な審査の現場を見たことがなかったので、そんな噂で一方的かつ早急に結論を出さなくても、と思って反対しましたが、ほかにもいろいろあって、話が複雑になるので、ここでは気にしないでください。気になる人は、過去のトピックを見てください)。その話が出たのが夏ぐらいで、既に審査なり教育なりに関わっていて、今さらどちらか一方は選べないというOBがいたこと、推進していたK.U.E.L.と、反対する現役の間で話がつかなかったことなどから、独自に審査と教育の分離を掲げたいくつかの大会を除いて、この議論は停滞したままになっています。
 途中、癒着が疑われた審査員をSpeech界から追放するとか、審査と教育の分離に反対した団体は一定期間K.U.E.L.の活動に参加する資格を失うとか、いろいろな案が出ては消え、2007年度が終わり、2008年度は「審査と教育の分離」という言葉をあまり聞かないまま、現在に至っています。

 こんな感じで合ってますかね?
関本さん、

あなたはどこまで嘘つきなのでしょうね。あなたは「一方的かつ早急に結論を出さなくても」と思って審査と教育の分離に反対したといっていますが、それは違いますよね。あなたは、「審査員と教育者が同一である競技などいくらでもあり、この文章は、現実の社会を十分に分析していないために起こる認識不足から来る誤りであると言わざるを得ません」と言って、「そもそも審査と教育の分離は必要ない」と主張していました。

ところがあなたが挙げた例はことごとく否定され、最後にあなたは「学生のSpeech大会なんて所詮草野球の試合みたいなものだから、審査員と教育者が分離していなくても構わない」という話を展開したのではないですか。

ご自分の過去の意見を虚偽表明するのはやめたほうが良いですよ。
>まみさん

 どもども。そう言えば、前回は、きちんとご挨拶しませんでしたね。はじめまして。K.E.S.S.OBの関本と申します。

 えっと、個人的には、審査と教育の分離をK.U.E.L.が進める必要はないと思っていますが(それは各団体が個々に判断すればいいことなので)、とりあえず、ぼくの意見を述べるために書き込んだわけではなくて、ここでは、現状を認識するために、昔を振り返っただけでして。。。そういう以前のゴタゴタを引き合いに出すと、最近の事情しか知らない現役の皆さんが混乱するだけではないか、と心配してしまいます。

 学生のSpeech大会は、確かに草野球と同じだと思っています(なんとなく、まみさんの文脈だと、草野球をバカにしているような印象があるんですが、そんなことはないですよね? 真剣に草野球を楽しんでいる人も、世の中にはたくさんいますからね。ぼくの知り合いにもいます)。ぼくは野球はしなくて、サッカーばっかりでしたけど。

 ぼくの考えている解決案は、明日(もう今日か)くらいにまとめますけど(ただ、ほかに発言者が現れないようであれば、ぼくばっかり書き込んでも仕方ないので、しばらく静かにします)、まみさんは、現状をどのように認識され、どう解決するべきだとお考えですか? ぼくの昔の書き込みまで詳細に読んでいらっしゃるようなので、いい意見が伺えるのではないかと思っています。
私は草野球の参加者が真剣かどうかなどを言っているのではなくて、審査と教育の分離が必要かそうでないかの例として比喩されている草野球について、Speech大会と同列で評価することを問題だと言っています。

あなたはあくまで「審査と教育の分離が必要でない例」として「草野球」を挙げており、「参加者の真剣度合い」の例として「草野球」を挙げているわけではありません。ですから私が「草野球」に対して論じている意見において、「参加者の真剣度合い」を持ち出すのは非論理的です。Supporting Materialの役割の基礎的な論点だと思うのですが、レクチャラーをやられている現在でもあまりご理解されていないのでしょうか。

また、あなたの意見では、あなたが役員を務めていたKESSが主催する福澤杯も、あなたの認識では、審判が公平中立な人間である公式大会ではない草野球レベルの大会であり、審査員やクエスチョナーが事前に特定の出場者に対して指導をしていて、その上で審査が行われても問題ないということですね。
 あらあら、ご挨拶もなしですか。。。どんな方なのか、プロフィールを拝見しましたが、いまいち分かりません。。。えっと、どちらの団体に所属していらっしゃいますか? Open大会を主催しているところですかね??

「学生のSpeech大会なんて所詮草野球の試合みたいなものだから」と書かれてしまっていたので、「その発言は、文脈的に草野球に失礼じゃない?」と思って、本筋とは関係なく伺ってみました。どのくらい真剣だと審査と教育の分離が必要になるかとか、そういうことは言ってませんよ。

 福澤杯も、Speakerはそれでお金を稼いでいるわけでもありませんから、草野球と同じ類でしょう(どちらも趣味の世界なわけで)。ただ、審査と教育の分離がなされなければ、不公平な審査が行われるとは限りません(審査と教育の分離をK.U.E.L.が進めることと、審査が公平になることは、イコールではないと思います)。福澤杯は、わざわざ「審査と教育の分離」なんて大袈裟な看板を掲げなくても、いつも公正な審査をしています。

 で、まみさんの解決策を伺いたいんですが、、、ダメですか? ぼくに文句を言ってるばっかりじゃ、話が進みませんから。お願いします。
あなた自身がかつて例としてあげていた高校サッカーや吹奏楽のコンクールも、お金を得ているわけではありませんが、審査や審判は利害関係のある指導員がそれを行うことはできないような運用がされている旨、以前の書き込みで書かれていたとおりです。ですから、お金を稼いでいるかどうかがを根拠として、審査と教育の分離の要不要を説くことはできません。

世の中の公式行事は、「我々はいつも公平な審査をしています」と自己主張するだけでは信じるに足りず、それでは出場者のために公平性を担保することはできないため、審査と教育を分離しています。「公平な審査をしているから信じろ」というのは、「もしかしたら不公平な審査が行われるかもしれない」というリスクを出場者に全て被せる非常に原始的な運営手法です。そうするのではなく、運営者側が出場者のためにそのリスクを最小化すべく、審査と教育の分離が図られています。

人間の心の内を全て明らかにすることはできないため、審査と教育の分離を図っても公平性が担保できないリスクはあるのかもしれませんが、それは審査と教育の分離を図らなくても存在するリスクです。さらに、審査と教育の分離を図れば、それを図らないときに比べて、不公平な審査が行われる可能性ははるかに小さなものになるため、高校サッカーや吹奏楽コンクールなどの行事では審査と教育の分離がされているのです。

AかBかの対立するどちらかの意見を主張する際は、両方の意見に内在する厚生価値の度合いを比較して、どちらかが一方を上回るという主張を行うのが常識ですが、あなたのように比較を行わないで、片方の意見にもぬぐいきれないリスクがあるということだけ主張することは無意味です。関本さんはディベートもご経験されたということですが、もっとも基礎的な論理的答弁の方法を学び損ねたようですね。

福澤杯というコンテストは、「いつも公正な審査をしている」という信頼に足らない主張を出場者に押し付け、不公平な審査が行われるかもしれないというリスクを全て出場者に被せるような大会なのですね。

解決策云々ですが、人にそれを要求する前に、まずご自身がご提案したら良いのではないですか。

ちなみに私はあなたに対して文句を言っているのではなく、スピーチやディベートをご経験されたという割には、虚偽の表明や非論理的な主張が度々されていることを指摘させていただいているだけです。
 えっ? 各団体が注意して問題ない人物を審査員に呼べばいい、と一昨年も申し上げたはずですが。。。今年も同様です。

 てか、つまんないですね、この話。どこの誰だか分からない相手と議論するのは、相手を喜ばせるだけ、というお言葉も受けたので、まみさんとお話するのは、この辺までにしておきましょう。個人的に話したい、ということであれば、(関西の方のようなので)東京にいらっしゃったときには時間を作ってお会いしますし、あるいは、電話でもSkypeでも結構ですよ。
>せっきー
うん、やめよーぜ。
せっかく松浦君が分離について議論をしたいってトピックなんやし君の能力云々について議論してもしゃーない。

俺にとっちゃ君はただの酒好きの良い後輩だ。(笑)


■さて本題、まず高野のスタンスは反対。
んでも提案は、やってみれば?

■反対の理由はだいたいせっきーと同じ。

まぁ現役生に浸透しなかったってのからも、必要だと感じてる人も一部なのかなって思ったし。
あと、学生の時に高野が感じた事も無かったからかな。
3年の時は日本で一番多くのspeech大会に行った人の自信はあったけど、毎回勝つ人はやっぱうなづけたよ。


■あとは方法とその効果だなぁ。
まだ現時点で完璧に効能する方法は思い付かないです。
理論的にゃ確かに可能性は減るだろが、やっぱかける労力に対する効果は??です。
あと、個人的に見てくれって言われりゃ…OBは誰でも熱意ある学生は好きだし顔(口笛)
九州の学生とか熱心だよ。


■でもやってみれば?ってのは、高野も経験ないし、絶対に松浦君の考えが間違ってるとも思えない。
なんで、4年生で議論してやる事に決まれば、高野はやれる事は手伝います。

そんで、一年か二年後にダメだと思ったら松浦君の後輩たちがやめればいいんじゃない?
ま、とりあえず来週の金曜飲みに行かない?
皆さん、大変ご無沙汰しております。「ユカギルマンモス」こと、竹久です。おまなりさんが斯様なスレッドを立ち上げたので再び氷から出てきました。

もうそろそろお互いに個人攻撃や見苦しい言い訳はやめましょう。非建設的です。
また、以前もそうでしたがあまりに「ジャッジ目線」「主催者目線」の話が多すぎます。もう少し現役スピーカーのためにどうするのかを考えませんか?

すでに立派な会社に就職しているOBの方々にはピンと来なくなっているかもしれませんが、就職活動では英語スピーチでの大会の成績は資格などと同様に重要な「売り」です。ここに書き込んでおられる方々はきっと「いや、私は別に就職に有利になるようにESSに入ったわけじゃない」と強弁する(事実、そうなんだと思いますが)でしょうが、採用する側からすると、見る項目の一つである事には間違いありませんし、20年以上も前の話ではありますが、結果として私もそれが決め手の一つとなって第一志望の会社に入れたのです。
なによりも大事なポイントは「就職活動のために」始めたかどうかは別にして、結果として大きな大会で上位入賞した人はその事実を履歴書に書くでしょう(さすがにこの年になると私はやりませんが)し、面接でもその実績は訴えるわけです。

別に大学卒業にスピーチそのものを生活の糧にしよう、などと言う人はいないでしょうが将来に大きな影響を与える可能性がある(少なくとも現役学生はそう受け止めてますよ)活動ですから、単に「一生懸命やっている」草野球よりも、「実績をのこしてドラフトで指名されることを目指す」体育会野球部に性格は近いと言わざるを得ません。

それでも「いや、私は賞を取ることが目的でやっていたわけではない」、「草野球だってみんな必死」とおっしゃるならば、それは信じる宗教が違う、としか言いようがなく、おそらくは議論の収拾はつかないでしょう。

その上で、これまで出た議論を基に論点を整理しましょう:

「審査と指導(このコンテクストで教育、という日本語に違和感を覚えるので)」積極派の論理
1)大会の公平性を担保する上で必要
2)実際に不正が疑われる情報が出回っている
3)仮に不正がなかったとしても、それを疑われる状況があること自体、大会の信頼性を損なう

「審査と指導分離」慎重派の論理
1)シーズン前に「審査」か「指導」か選べ、と言われても困る
2)ジャッジのなり手がいなくなる
3)不正の事実はなかったし、仮にあったとしても該当する審査員だけを排除すればよい
4)「草野球」レベルの話でそこまでガチガチにやらなくともよい

さて、一つ気づくことはありませんか?あまりに「ジャッジ目線」「主催者目線」の理屈に偏っていませんか?大会は誰のためにあるのですか?参加者各位の猛省をお願いします。

「現役目線」の解決策はあります。ただ、今日はこのコメントを打っている時間の都合上、おまなりさんの提案への具体的なコメントも含めて後にします。
>高野さん
 ぼくも3年目はどの大会にも行ってたし、4年目にJudgeをしたJointの数も、読んだSpeechの本数も、同期の誰にも負けないはずですけど、やっぱりそうですよねー。いつも入賞するような人には、どう悪いことをしても勝てないと思います(´゚∀゚`;)
 あ、また、おいしいビール飲みに行きましょう☆
 いろいろ議論して、やりたいならどうぞ、って感じですけど(現役の決めることに偉そうに口を出すOBにはなりたくないので)、本音を言えば、議論はK.U.E.L.じゃなくて、現役の三年生(大会主催者)主導でやってほしいな、と。K.U.E.L.は、加盟団体に考え方とかルールを指導する組織じゃありませんから。。。

>竹久さん
 どうもご無沙汰しております。
 そうですね。ぼくにとってはSpeechは趣味ですし、今も趣味で審査とかレクチャーをやっているんで、相容れないものがあるんですね(だからぼくは、勝てるSpeechの書き方を教えることができないんです。。。)。なんかうまく説明できなかったけど、竹久さんの書き込みを読んで、よく分かりました。
 一昨年は、当時三年生の現役世代から要望があって、K.U.E.L.とやり取りをしていましたが、彼らももうすぐ社会人。現役の子とはあまり交流がなくなってしまったので、最近、Speakerの発想を忘れかけてしまっていたのかな、と反省しております。


 関係ないですけど、ここまでの一連の発言で、このコミュニティに入っている方々が、福澤杯は不公平な大会だという印象を持ってしまったのではないかということが、ちょっと不安です。ぼくは運営には部分的にしか関わったことがないので、詳しいことは言えませんが、皆さん、福澤杯は、そんなに悪い大会じゃないですよ〜(*」>д<)」
京都の奥野です。生涯現役なので、審査、レクチャー経験がありますが、これからも現役生として扱っていただきたいと思います。

スレッドを立てた、おまなりさんの目的は、審査と教育の分離のために、おまなりさんが提示した案に対するOB・OGの意見を訊きたい、というもので間違いないですよね?

そのための手段は「Mixiを通じて」でなくてはならないのでしょうか。

去年にすでにこの方法による議論は失敗しているのでは??

現に、上からわかるとおり、おまなりさんの要求したものに直接応えているのは、ほんの一部です。


意見を収集している、という告知のためのスレッドを立てることには意味があると思いますが、このスレッド上での議論を促すことは上記のような混乱を生むのではないでしょうか。

個人メッセージやメール、手紙(手間とお金はかかりますが、誠意は伝わるかと)等、個々人を対象とした手段に限定して意見収集を行った方が効率的かと思います。


おまなりさんには、去年、私の卒業論文「E.S.S.におけるスピーチの評価方法」の一環で行ったアンケート調査にご協力いただきましたが、意見、考え、価値観、スタンスを収集するというのは、それなりに労力が必要です。卒業のためとは言っても、私一人では、現役生96名、審査員15名が限界でした。(この中には回答形式を誤っているために破棄せざるを得なかった欠損データが10以上含まれています)



しかし、今のおまなりさんには25名を超える仲間がついているのでしょう?



竹久さんが仰った、「もっと現役生の視点を」という提言はごもっともだと思います。しかし、私が、スピーカー及び教育者として知りたい、かつ知るべきだと考えるのは、


現役生、運営者、審査員、教育者全てを包含する、「E.S.S.関係者」総体としての意見が、いずれに傾いているのかというマクロな視点です。



私は、審査と教育の分離以前に、ここで議論することに対して反対なので、ここでのコメントは、意見収集の方法の提示に留まらせていただきたいと思います。


K.U.E.L.がすべきなのは、どれだけのE.S.S.関係者が審査と教育の分離を望んでいるのか、をアンケート調査することだと考えます。

おまなりさんを中心とした25人弱の仲間が集まり、

アンケートを作成し、(誘導的にならないように注意が必要)

日本国内の全てのE.S.S.関係者に配布し、(関東だけに留まらず)

その回答結果を集計し、(25人と言わず10人以上いるだけで集計は大分速いはずです)

統計処理をかけ(自由記述設問の場合はKJ法などで分析)、

分析結果を公開する。(総体としての意見、カテゴリー別の意見双方を表示することで見えてくるものがあると思います)

参考文献:
川喜田二郎『発想法−創造性開発のために−』中公新書、1967 (KJ法について)

三熊祥文『英語スピーキング学習論―E.S.S.スピーチ実践の歴史的考察』三修社、2003 (E.S.S.でスピーチやってるなら読むべき。正統的周辺参加というE.S.S.の特徴は、この問題にも間接的に関わってくるのではないかな)

馬場浩也『SPSSで学ぶ統計分析入門(第2版)』東洋経済新報社、2005 (統計について)

ゾルダン・ドルニェイ著、八島智子、竹内理監訳『外国語教育学のための質問紙調査入門』松柏社、2006 (質問紙調査について)

田中敏『実践心理データ解析 問題の発想・データ処理・論文の作成』新曜社、1996 (分析について)


25人も仲間がいれば、中には統計や質問紙調査に詳しい方もおられるでしょうし、意味のある活動ならば、私も協力を惜しみません。(私も現役生の方々にはお世話になったのでw)



表現が不適切かも知れませんが、このスレッドにおける議論の妥当性、信頼性は、発言内容が一部において荒れた時点で、2ちゃん○る並に堕落してしまったと言わざるを得ないので、削除した上で、アンケート実施の告知スレッドを、後ほど新設することをお勧めします。



次のシーズンが始まるまであと数ヶ月です。

おまなりさんが、スピーチ界をよりよくしようと考えて、このスレッドを立てたことは十分に理解できますし、上のコメントを記した方々が、価値観は違えど、熟考の末に意見を述べてくださっていることも感じることができます。

しかし、いかに強い情熱を持っていようと、方法を間違えれば、それは悪しきものとなる。

限られた時間で、効率的に、民主的に、E.S.S.関係者の声を集めるにはどうすればよいのか、上述したアンケート調査に関する提案を聞き入れるか否かは別にして、考えていただきたいと思っております。

「E.S.S.スピーチをよくしたい」という、ただそれだけの、おまなりさんの、その意志に、共感できるからこそ。
日付は変わってしまったが続きを。
おまなりさん、コンセンサスを取るのは無理です。これまでのやり取りを見てお分かりのとおり、ESSは「体育会」と「同好会」が混在している世界です。
まず、原点に立ち返りましょう。スピーカー目線で考えた場合、どうなるか。一方では「競技として真剣に取り組みたいのに審査もコーチも同じ人がやっているのでは公平性が担保されておらず、不安だ」と思う人もいれば、もう片方では「別に勝ち負けはいい。それよりも気心の知れた人から指導も審査も受けたい」という人もいるでしょう。
本当に大事なことは選択肢を提供することではないでしょうか。ガチガチに「審査と指導の分離」をやって「体育会路線」の大会もあれば、おなじみのジャッジに審査してもらう「同好会路線」の大会があってもいいじゃないんですか?どちらに出たいか、それはスピーカーに判断させればいいことです。
問題はどの大会が「体育会」でどの大会が「同好会」か、ということなのですが、そこで一昨年の「調停案」の考え方になるわけですが、「体育会」の大会はKUELが認証機関の役割を果たす、というものです。大会主催者が「倫理綱領に準拠した大会です」と宣言をして、KUELがそれに「お墨付き」を与える、という図式です。そうすれば、参加者は安心して選べるわけです。ここでのポイントは勝手に「準拠してます」と宣言をしても無意味であるが故にある一定の信頼性を持った機関がそれを認証する、と言うところなのです。
もっとも、KUELがその「認証機関」としての役割を負いたくない、と言うことであれば違う組織でやるしかありません。認証を希望する大会主催者からは申請料を取れば交通費などの実費は捻出できるでしょう。あとは誰がやるか、です。できれば審査も指導もしていない人の方がいいのですが。

さあ、ここからは現役生の諸君がどうしたいかですよ。
皆様ご意見ありがとうございます。

これから現役生と今後を話して参ります。これまでに頂いた意見は参考にさせて頂き、現役で話していきます。

貴重なお時間を取って頂いて本当にありがとうございました。


松浦 元亮

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