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Bar.の亭主コミュのBar.通信『扉〜ピスタチオとメーカーズマークと私』

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Bar.通信『扉〜ピスタチオとメーカーズマークと私』

3月にブログアップしたBar.の詳細メニューの中で

『1987年の夏、あの頃の私は、メーカーズマークにピスタチオが定番でした』

という品書きがあります。

『あれって、どういう意味なの?』という問い合わせがいくつかありました。

今宵、お贈りする物語りは『扉〜ピスタチオとメーカーズマークと私』



あれは36年前の事です。

1987年の5月。

新緑の微風が香り始めた、ある日の夕方だったと思います。

場所は、JRの大塚駅から程近い小さなバー。広さ三坪程。

スタンディングでキャシュ・オン・デリバリー・スタイルのバーボン専門店。

店の名前はアバクロンビー。

扉を開いた瞬間に自分が将来やりたい事、やりたい店の

イメージがハッキリ解ったような気がしました。

それまでの私は、何となく、お酒やカクテルの世界に憧れていましたが、

何をどうしたら良いのかも知らず、

自分が、どうしたいのかさえも解らずにいました。

とにかく、私は漠然と飲食の世界に手探りで入っていった気がします。



18歳の頃の私は、高校は休んでも、アルバイトの喫茶店は、休まずに行き、

コーヒーを淹れたり、ジンライムを作ったり、見よう見まねで焼きうどんを作ったりしていました。

そして、飲食の世界で、何をやりたくて、どんな道を進んでイイのかも解らないまま、

六本木のレストラン『ニコラス』に就職しました。

ホール・スタッフや調理スタッフとして働き、時間に追われる毎日の生活は、

不安や焦りを感じながら、自分の将来像や、今やるべき事が何かも

考えられない日々だったと思います。



ニコラスでは、貴重な時間を過ごさせてもらい、

今でも交流のある大切な先輩達にも巡りあう事が出来ました。

でも、私は、何物になる事も出来ないまま、ニコラスを3年足らずで退社してしまいました。

その後、渋谷のブリックと云うバーで調理スタッフとして、働き始めた私は、

初めて、バーという世界が有る事を知ったのです。



バーに関する本を読んだり、色々なバーを飲み歩きながら巡りあったのが、

JR大塚駅近くにあったバーボン専門店アバクロンビーだったのです。

当店Bar.で四目並べのゲームをしたことのある人もいると思います。

この四目並べを教えてくれたのもアバクロンビーのマスターでした。

1987年の初夏、私は毎晩のようにアバクロンビーで、

ピスタチオをつまみながらメーカーズマークを飲んでいたのです。

私が初めて、バーテンダーとして、職に就くのは、その歳の秋の事でした。



東京都港区六本木5の9の14第七ビレッチビル1階奥 電話03-3423-7577 Bar. 亭主木本伸二

午後18:30〜翌午前2:30(L.0.2:00)日祝休み  現金払いのみ。



お奨め動画以下、ユーチューブのアドレスです。



http://www.youtube.com/watch?v=jQVokH2P6fw



フェイスブックのアドレス(shinji kimoto で検索)

https://www.facebook.com/teishu.bar



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