ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

薔薇乙女文学館コミュのアルムのもとに 3

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
(※エンディングには銀さまに「翼をください」を歌ってほしいものです)


               3


  「本当は翠星石もぜんぜん幸せなどではないのです」

 静けさを破って翠星石は口を開いた。二人はもう一時間近く、壁に寄りかかったまま肩で息をしていた。東の裾野からゆっくりと、窓の向こうのアルプス山脈は、白い光の中に輪郭を浮かび上がらせようとしていた。

 その光がわずかながらに小屋の中にも差し込んで、わらの上にうずくまる白っぽい二つの影を照らしだしていた。母山羊は足を折って座り込み、自らの体で包みこむように、もうひとつの白い影に寄り添っていた。生まれたばかりの子山羊は一度立ち上がった後にまた腰を落とし、今は母親の抱擁の中で眠りに落ちようとしていた。

 「育てなきゃいけない山羊が増えて、そんなに不幸なの?」
 水銀燈は冷淡な声で、わざと大真面目に言った。

 「……家の財産たる山羊が増えても、それを喜んでくれる主人のいないことが不幸です」
 あえて真面目には構えず、冗談に突っ込みを入れるように翠星石は答えた。

 「白状しますけど」と、姉が何か嫌味を言う前に、自分の言葉を付け足した。

 「翠星石も主人が帰ってくるなどと信じてはおらんです。そもそも、主人の帰りが遅ければかばんの中から目覚めることもありません。旅立ちの朝に、あのマスターはいつもより多く私のぜんまいをまいてくれました。けれどもそれも二日とはもちません。私は二日目の夜にかばんの中で眠りにつこうとして、もう目覚めることはないだろうと覚悟をしました」

 「もしもあなたのマスターが死を迎えれば、あなたは必然的に次のマスターのところへと送られるはずね。それならどうして今もここにいるの?」

 「どうしてだか……。ただ、次に目が覚めてかばんのふたを開けると、私はまだこのアルムの家にいたのです。マスターは帰っていませんでした。どれほどの月日が経ったのかもわかりません。けれどもその日からぜんまいは一度も切れていません。誰もまいてくれないのに、絶対に切れないのです」

 「あなたのマスターは魔法使いか何かなのかしら。大事なお人形さんに永遠の命を吹き込んだみたいね」

 「冗談にしか聞こえないですが、案外それが正しいかもしれないです」

 「まさか。そんな話、子供じゃあるまいし……」

 「これを見て欲しいです」
 そう言うと翠星石は姉の眼前に自分の左手を差し出した。薬指には薔薇の造形をかたどった指輪が光っている。

コメント(8)


 「……これ? あなたがマスターとの契約に使う指輪じゃない。なぜそれをあなた自身が身につけているの?」

 「それが、自分自身にもわからんのです」
 翠星石は左手を下げ、指輪のついた指先を覆い隠すように右手でさすった。

 「目覚めたあの朝、私の薬指にはすでにこれがありました。マスターの姿は家のどこにもありませんでした。けれども、あの人に何が起きたのかはなんとなくわかりました。……とにかくその日から様子が変なのです。体の感じが……。なんと言えば良いのでしょうか、今までとは違うのです。ローザミスティカの力とは違う、何かほかの別のもの、私自身の体に宿る息吹が命を生み出していく。そんな不思議な感覚があるのです」

 「……あなたは人間になったということね?」

 「そんな感じがするだけかもしれません。でも、人形ならば血や汗を流すわけがないと思うのです。仕事をしているとき、不意に怪我をしたとき、自分自身の心と体の変化に奇妙な感じがして、自分というものがわからなくなるときがあるのです」

 「まあ、あなたは相変わらず人形の大きさのままだし、人形のときの力はそのままのようだし、何もかも人間と同じってわけじゃなさそうだけど……。それにしても面白いわね。つまりあなたのマスターの魂があなたに宿って、あなたの中に命の光を灯らせた。さしずめそんなところね?」

 「私は私の中にマスターを感じるです。だからアルムを離れるわけにはいかない。契約はきっとまだ切れていない、だから私の指に指輪が光っている。そんな気がするのです。それでも一人ではさびしいときもありました。そんなときに水銀燈、私はなぜかあなたのことを思い出しました」

 「それであの母山羊にメイメイなんて名前をつけたってわけ? 迷惑なこと……。なんでよりによって私なのよ?」

 「水銀燈の気持ちがわかったような気がしたのです。一人きりでがんばらないといけない日々。一人で床に就き、一人で目覚める朝。いっそのことぜんまいが切れてしまった方が楽なんじゃないか……。何度もそう思ったです。そんなとき、いつも独りのあなたが思い出された。もしかしたら、あなたも本当はこんな気持ちだったんじゃないか。本当は側にいてくれる誰かが欲しいんじゃないか……」

 「感傷的ね。他人に同情しすぎるのも、臆病なあなたらしい」

 「欺瞞ね、です。あなたの心の声は聞かせてもらいました。あなたが眠りに落ちている間に。私は夢の中で人の心に触れる力があるですからね。あなたは誰かの名前を懸命に呼んでいたです。あれはあなたのマスターの名前ですか?」

 「さあね。一体誰の名前なんだか……」
 付き合っていられないというように水銀燈は立ち上がる。

 「行ってしまうですか?」

 翠星石は姉の紅の瞳をじっと見つめてたずねた。ルビーとサファイアのオッドアイを見つめ返しながら、水銀燈の表情は気持ちを隠そうとするようにくもった。

 「私を引き止めても災難ばかり。子供は逆子だったし、母山羊は危うく死にかけた。疫病神だって思ってるんでしょ? 思われても仕方ないもの。私だってそう思ってる。居場所なんてないの」

 水銀燈はますます顔をゆがませて、それを妹に見られるのが悔しくて顔を背けた。ちょうどその視線の先に、穏やかに寄り添う山羊の親子が飛び込んできた。何もなかったかのように互いの存在を確かめあう二匹の山羊。自分たち姉妹とは大きな違いだ。ふとそんなことを考えてしまう。不完全な美の形として生み出された自分たちの運命。そんな悲しみも、山羊の親子に目をやることで、どこかおかしくなってきて、こわばった顔もほほ笑みに変わってしまった。

 「あんたはこの子たちと一緒に暮らせばいい」
 目を閉じた母山羊の額に手を添えて、水銀燈は消え入りそうな声でつぶやいた。

 「あんたはここに必要とされている。受け入れられている。庭師の心はこの土地に根を張っているの。だけど漆黒の翼には荒野の枯れ木がふさわしい。アルムの緑はいつかこの私を拒むはずよ。運命は変えられないの。胸に刻まれたロザリオは癒えずに残る」

 「しかし癒えぬ傷もやさしく見守れば強い大樹の苗床になります。それは生きる力にほかならないのですから」

 「その希望はしかるべき相手のためにとっておきなさい。渇きの上に花を咲かせることはできないわ。たとえあなたの如雨露でも絶望に潤いを与えることはできない。闇を極める輝きが私の力の源よ。あなたのやさしさとは相容れない。それよりも目の前の大切なものに目を向けなさい。あなたの助けを必要としているのは誰?」

 「そのメイメイはもう翠星石の助けを必要とはしていません」

 「壮絶なお産を終えたばかりでしょ? 疲れきって動けないくらい。よほどの深い眠りなのね。それでも放っておくというの?」

 「深い眠りにあるものはもう助けられません。あとはただ眠り続けるだけなのです」

 「どういうこと? あれほど大事にしておいて、子供を産んだら見放すというの?」

 「まだわからんですか。その母山羊はもう死んでいます。生まれつき体の弱い山羊でした。子供を宿したときには楽にしてやろうと迷ったほどです。けれども私はこの子の命をあきらめることができなかった。ありえない奇跡を期待せずにいられなかったのです。この子に特別な名前を与えてしまったのですから」

 「メイメイ……」

 水銀燈はほとんど無意識につぶやいていた。彼女の人工精霊がそっと銀色の髪に触れ、なぐさめるように彼女の周りを飛び回った。

 「悲しいですか? 信じられないですか? けれども子供が無事に生まれるとは翠星石も思っていなかったのです。それにこのメイメイは我が子に寄り添うだけの力は残していました。最初で最後のわが子をその胸に抱きとめる力だけはふりしぼった。そしてその姿のまま息を引き取ったのです」

 「もしもこの翼が……」
 水銀燈はおえつをこらえるように言う。


 「救いをのせた天使の翼だったら……。災いを運ぶ夜の色ではなくて……」


 「己を過大評価するなです。あなたがここに来たくらいで運命は決まりません。むしろここで起きたことは奇跡なのです。子山羊は死なずにすんだです。あなたの運んだものがあるとしたら、それは奇跡だったのです。翠星石の願った奇跡をあなたは実現してくれた」

 「奇跡……。本当に? 信じられないのよ。私は白い翼が欲しかった」

 母山羊のぬくもりが残るほほの形を、水銀燈はなぞるように何度も手を触れた。動かない母山羊の顔には安心でさえ浮かんでいた。それは自分の生に執着しないあきらめでもあったのだろう。

 子山羊が何かを察したように、母山羊の体から顔を起こして水銀燈の紅いまなこを見つめた。そのはずみで、子山羊に寄り添う形で支えられていた母親の頭が、ぱさりと音を立て、地面に倒れた。

 「その子に名を与えて欲しいです」

 茫然と立ちすくむ水銀燈の背中に翠星石は問いかけた。

 「その子が無事に生まれた奇跡を、あなたに祝福してほしいのです。あなたはアルムに迎え入れられました。これからも一緒にその子を見守ってほしい。あなたがいれば、きっとまだまだ、素敵なことの起きる予感がするのですから」

 水銀燈は黙ったままで子山羊の瞳を見つめ返した。そっと手を差し出すと、子山羊はそれを母親の頬ずりだと思ってか、うっとりと眼をうるませて額を寄せた。

 「この子、男の子? 女の子?」
 かすれそうな声で水銀燈はたずねた。

 「メイメイと同じ、女の子です」

 「……そう。不思議なものね」

 何か感じるところがあるらしく、水銀燈は物思いにふけるような遠い目をした。


 「めぐ。この子、めぐって呼んであげて」


 「めぐ、ですか。いい名前ですね」

 「そうでしょ? 私のマスターだった人の名前」

 「マスター、水銀燈にもマスターがいたんですね」

 「そうよ。いたんだけど、いなくなっちゃった。守ってあげたかった」

 水銀燈の声は途切れてしまいそうに小さかった。生まれたばかりの子山羊は、動かない母親をじっと見つめ、まるで何かを察するように遠い目つきをしていた。水銀燈は子山羊の目を母親の屍からそらさせようとするように、その体を腕の中に抱きしめた。

 背筋をさすると子山羊は心地よさそうにまぶたを細めた。体を預けて眠りに落ちようとするその子山羊を水銀燈は見つめる。かつての自分であれば、この子山羊を薄汚いと言って忌み嫌ったのだろうか。今の彼女は服の裾は乱れ、ヘッドドレスの結び紐はほどけ、袖はわらのくずや羊水に汚れている。そんな格好で子山羊を抱擁する自分の姿を頭の中に思い描いた。

 「ひとつの命が土に還り、ふたつの命が仲間に加わりました。あなたはもうアルムの一員です」

 「ありがとう、翠星石。気持ちだけでもうれしいわ」
 眠りに落ちた子山羊をそっとわらの上に横たわらせ、水銀燈はすっくと立ち上がった。

 「……だけどごめんなさい。私はここにはいられない」

 「意地を張る必要はありません。もう誰も、あなたのことを傷つけたりはしませんから」

 「違うの。昨夜はあなたに嘘をついたのよ。戦場を見てきたと行ったけど、それは他人の戦場じゃない。私自身の戦場なの」

 「私たち姉妹の争いは人間まで巻き込むことはありません。あなたは一体何を相手に戦うというのです?」

 「そこはね、事情が複雑なのよ。だけど、あなたのマスターがここを離れたのも、おそらくは同じ戦争が原因よ、翠星石」

 「同じ戦争? いったいそれはどんな戦争なのです?」

 「そうね……。ここからは大事な話だから、覚悟して聞きなさい。世界は今、憎悪と憎悪がぶつかり合う大きな争いになっている。ひとつひとつの争いは大したことがない。だけど、人の信頼と猜疑心がすれ違って、誰も望まない、誰にも止められない争いがあちこちで起きているの」
 
 「それは誰と誰の戦争なのです? 首謀者は誰で、対抗するのは誰ですか?」

 「残念だけど、首謀者も、対抗者もいないわ。すべては個人的な争いなの。どこで始まったのかもわからない、誰が始めたのかもわからない、悲しい戦いよ」

 「言ってることが見えてきません。戦争というのはいつもリーダーとその臣下がいるものです。組織立って別の組織を叩こうとするのが戦争です」

 「世界を巻き込んでいる争いはそんな古い形の戦争ではないのよ。人は国の名前を背負って争うのでもない。家族の名前を背負うのですらない。皆が皆、いつの間にか、他人のことを信じられなくなってしまったの。目に映る相手、すべてが自分を傷つけ、迫害しようとしているように見えてしまう。……何が原因かもわからない。だけど、そんな悲劇が世界のあちこちで起きてるの。親が子を殺し、愛し合った二人が傷つけ合う。そんな血なまぐさい現場をいくつも見てきたわ。もはや人と人が連帯するということはありえない。すべてが敵で、味方になるのは自分だけの、孤独な世界」

 「……想像がつきません。では、あなたの戦った相手というのは、誰なのです?」

 「誰でもなく、すべてのものである、というのが正確な答えね。往来で、または眠りにつこうとした先々で、あらゆる攻撃が私の前に立ちふさがったわ。私は自分の身を守らなければならなかった。もう、アリスゲームどころの騒ぎですらなかったの。実際、かわいそうな姉妹たちの末路を何度も見て来たわ。ある者はマスターのために体を張り、ある者は孤独の叫びと共に理解を求め、いずれも理不尽な力によって斃された。……私もね、大切なマスターを失ってしまったのよ。唯一、心を許すことのできる相手だったのにね」

 水銀燈の紅い瞳に夜の帳のような陰りが降りた。翠星石は見守った。彼女の方から口を開くのを待つことがいたわりなのだと考えた。

 「主人であり、最愛の友でもあった人を永遠に奪われて、私はどこへも行くあてを失い、虚無という場所をさまよった。深い痛手を負っていたわ。このまま滅んでいくのだと思った。闇に溶け込んで、そしていつかマスターと二人きりになれる世界を探し出すの。私はいつの間にかnのフィールドのどこか、深い深い闇の中を漂っていた。けれども気がつくとはるか先に光が見えた。そこから私を呼ぶ声が聞こえたの。私はその声に最後の希望をたくした。……そう。本当はね、あなたの言う通り、私は救いを求めてここへ来たのよ」

 「……それなら」

 翠星石は言葉をしぼり出そうとした。姉の絶望を癒すための言葉を――。たとえそれが偽善であると言われても。わかり合うためには、ぶつかっていくことも必要だから……。

 「……それなら、ここにとどまれば良いのです。あなたは放浪のすえに安息の地を見出しました。争いに疲れたその翼を休めてください。その幸福を抱きしめることは恥ずかしいことでも愚かしいことでも、まして傲慢なことでもないのです。それとも水銀燈は、この土地のぬくもりでも、まだ愛が足りませんか?」

 「いいえ。むしろ十分過ぎたの。こんな私を祝福してくれたせいで、この土地に毒が回らないか、私は心配でたまらない」

 「共に乗り越えましょう。この世界の闇がいつここに届くかもわからないのです。そんなときに翠星石一人ではとてもここを守りきれません。あなたの助けが必要なのです」

 「大丈夫。ここは誰にも汚させはしない。私がすべての悲しみを調停するから。闇として生まれた私の、それが使命なのだから」

 水銀燈は庵の出口へ向かった。扉が開かれると、空にはちぎれた綿の塊のような雲がいくつも重なりながらひしめき合い、その合間をぬって光の線条が地上に降り注いでいた。その光をめがけるように、水銀燈はたたんでいた翼を大きく広げた。


 地上の一角に夜が現れた。


 「もしも私が天使に生まれ変わったら、そのときはまた、ここに遊びに来てもいいかな?」


 「水銀燈!」

 翠星石は姉を引き止めようと手を伸ばした。けれども手遅れであることはわかっていた。伸ばした手はわずかなところで姉の翼には届かず、青空の中にあらわれた夜の色はさびしそうにたゆたった。

 「闇に還ることが闇の宿命よ。闇を制することができるのも闇だから。あなたは庭師としてこの土地をちゃんと育てるのよ。それは私の使命ではない。あなたの代わりに私が争いに立ち向かう。あなたには私にできないことをしてほしい」

 「だけど水銀燈! 置いてきぼりにしないで! 独りぼっちはもういやなの!」

 翠星石は叫んだが、その声をかき消すように水銀燈の翼は力強く羽ばたいた。

 「……ごめん。だけど甘えちゃ駄目よ、翠星石。守ると決めたんだから、あなたも運命と戦って。これは姉として私からあなたへ、最初で最後のお願いよ。いつか私が帰って来るその日のために、どうかここを守っていてほしい。きっと私は戻ってくるから。……めぐをよろしくね」

 そうして彼女は身を転じると、空の高みに向かって一直線に羽ばたいていった。彼女がやって来たときと反対に、空をつかむ翼は少しずつ離れていく。振り返りもせずに舞い上がり、やがてはその翼も、識別できないほどに小さくなるのだろう。

 「いや! そんなのつらいです! やっとわかりあえたじゃないですか! 仲間になれたじゃないですか! それなのに……。あなたまで翠星石を見捨てるですか!」

 翠星石は空に手を伸ばして姉が戻ってきてくれることを切望した。雲間からの光に照らされて、それはまるで祈りの姿のようでもあった。

 涙で視界がかすみ、遠ざかる姉の翼までにじんで消えそうになる。姉は何も答えてはくれない。孤独のような、悲しみのような、けれども絶望とは表現したくないやるせなさの固まりが、翠星石の胸をつんざいた。落ち着いて! 翠星石は自分に言い聞かせる。言い聞かせて、暴走してしまいそうなやるせなさに立ち向かう。それが涙の洪水になってあふれてきそうになった。翠星石はなんとかこらえる。涙で大空を見ていられなくなるのはつらい。姉の決意は固いのだ。戻ってはくれまい。それなら、せめてその後ろ姿くらい、最後までちゃんと見届けたい。

 目にたまった涙をぬぐい、しっかりと表情を引きしめて、戦場へと出陣していく姉の黒い翼を、翠星石はその目の真ん中に見すえた。



 翼は翼の宿命に従い、庭師は庭師の運命を歩む。



 戦いの宿命を背負った翼は、勇んで戦へ飛び立ちいく。それなら自分は? 庭師の運命をさずかった自分のなすべきことは? 考えるまでもないことだった。

 「ここを守れだなんて、あの人と同じことを……」

 彼女は胸の前でこぶしを握った。姉の服に刻まれたロザリオが、彼女の胸の中にも残されて赤々と燃えている。これと同じ別離を彼女は以前にも経験していた。



 「ちゃんと帰ってくるですよ。この美しいアルムのもとに、翠星石はいつまでもあなたを待っておりますから」



 あのときと同じ言葉を彼女はつぶやいた。あのときと違って、胸のロザリオには喜ばしい気持ちがあふれていた。


 姉はとうとう雲の向こう側へ消えゆこうとしていた。そのときに切れ切れな雲の間が大きく割れて、洪水のような光の束がそこからあふれ返って来た。まばゆい光は水銀燈の黒い翼を包み込んだ。ふと大きく広がったその翼が、めぐみの光を一身に浴びて、一瞬だけ、純白の輝きをまとったように見えたのだった。




―了

cf. "Wings to Fly"
http://www.youtube.com/watch?v=XNmzKikXZyY

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

薔薇乙女文学館 更新情報

薔薇乙女文学館のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。