ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

薔薇乙女文学館コミュのアルムのもとに 1

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「すべての喪失と悲しみのために・・・」


(あらすじ)
ところはアルプス山脈の高原、アルム。戦争に駆り出されたマスターを待つ薔薇乙女の翠星石は、残された山羊たちと共に農場を守っていた。ある日、生まれつき体の弱い母山羊がお産の兆候を見せ、そんな折、青空にnのフィールドを映し出した姉の水銀燈が姿を現すのであった・・・。

コメント(6)


               1
 

 風と共に夜を過ごし、風と共に朝をむかえる。そんな生活が好きだ。


 ひばりの声に誘われて目が覚める。暗闇の中でまぶたを開くと、今日もちゃんと目覚めのときが来たのだなと、意識しないでため息がこぼれる。

 そっとカバンのふたを押しあけて起きあがる。いつも通りの部屋。いつも通りの朝。カバンの中で目覚める自分も、いつもの通り。
 高すぎる窓から、カップいっぱいの紅茶のようにあふれてくる、青白い光。やっぱり、ちゃんと生きている。

 服の乱れを整えようと、姿見の前に立つ。姿見とはいっても、洗面台の鏡を取り外してきたものだ。人間の使っている姿見だと彼女には大きすぎる。その前に立つと、これまたいつもの通り、ベッドの足の高さくらいしかない、自分の背丈。右目がルビー、左目がサファイアのオッドアイ。東欧の民族衣装を身にまとった自分の姿。

 人形のようだな、と彼女は思う。仕方がない。本当に、人形なのだから。むろんその事実も、近頃はなんだか冗談のように思えるときもあるのだが……。

 翠星石。父親にもらった素敵な名前。けれども、甘さではなく苦味を背負わされたその名前――。
眠りにつくときは、濃緑色のドレスを着るようにしている。彼女が産み落とされたとき、父親から与えられた衣装だ。その衣装から、仕事のための地味な服に着替えると、昔とは違う、今の自分に生まれ変わった、そんな気がしてくる。
 
 「さ。今日も仕事、仕事ですよぉ!」
 両手をぱんと叩き合わせて気持ちを引きしめる。窓の向こう、厩舎の方から山羊たちの声が聞こえてきていた。
 「今日もあいつらは翠星石より早起きですねぇ」
 先に朝食を食べようかと思ったが、放っておいては山羊たちがうずうずしてしまう。

 「やつらに餌をやらないといけませんね」
 山羊たちの声を聞きながら廊下を渡り、玄関の重たい扉の前に立つ。この扉は常に閉ざされたままだ。彼女では扉の取っ手に手が届かない。不便だからと、以前、彼女のマスターが扉の下に彼女専用の出入り口を設けてくれた。そこの戸を押し開いて体をくぐらせる。表に立って、ふと空の方に目をやると、アルプスの雪をいただいた峰のつらなりが、紺碧の輝きを背負って立ち現れた。

 風にさそわれるように草原へ足を踏み出す。彼女の住まいのほかには、人家のひとつも見当たらない広大なアルムの草原だ。

 「う〜〜ん、今日もいい天気ですねぇ!」
 青空に向かって大きく体を伸ばすと、まるで一日の労働に必要な元気をもらったように心地良い。翠星石はぴょんとはねつつサイロまで走っていった。

 小さな体だから、ほんの小さなワラの束でさえも抱えるのに苦労する。こうして前もろくに見えず、彼女は厩舎の山羊のところへワラを届け、サイロと厩舎の間を何度か往復した。早くも汗のにじむ彼女の耳をそよ風がなで、ひばりの声が楽しくくすぐった。

 「ふぅ、これでようやく一仕事おわったですね。さ、お前らも食事が終わったら外に出るですよ」

 厩舎の入口で額の汗をぬぐいつつ、小屋の中をひと通り見回す。すると、小屋の奥に一匹の雌山羊がうずくまっている。

 「おや? どうしたですか、メイメイ?」

 その山羊のお腹はぱんぱんにふくれていた。妊娠してどのくらいになるだろうか。出産まではまだ時間があると思っていたが、今晩に産まれてもおかしくない状態だ。

 ほかの山羊がぞろぞろと厩舎を出ていくと、その山羊もよろよろと立ちあがり、仲間の後からついていこうとした。
 「ダメですよ、メイメイ。今日はおとなしくしているです。体に障りますから」
 翠星石がそっと背中をなでてやると、母山羊は観念したらしく、ゆっくりと腰を落として彼女のほほをなめた。

 「きゃはは、くすぐったいですよメイメイ。翠星石はまだお仕事があるから遊べないです」

 おてんばのメイメイは心配性の翠星石を安心させたいらしかった。翠星石はすっと目を細くして、膝をたたんで座り込むと、心やさしい母山羊の頭を抱きかかえてやった。

 しばらく体のけいれんが続いたが、出産前の母山羊もようやく落ち着いてきた。

 「がんばるですよ、メイメイ。何もかも、今夜で終わりですからね」
 彼女が厩舎の扉の前で振り返ると、母山羊は「大丈夫だ」と主張するように一声鳴いた。

 「じゃ、翠星石は仕事に戻るですよ」
 
 ふっとほほ笑みを返し、山羊のやさしさに応える。厩舎の扉は開けたままにしておくことにした。厩舎から離れ、翠星石は一面に広がるアルムの大草原を見渡した。小屋を出た山羊たちは早くもあちこちへ散らばってしまっていた。

 「は! いけないです! 今日はまだお乳をしぼってなかったです!」

 草原の真ん中でほほを抱えるものの、雌山羊たちはもうほうぼうに散ってしまっている。こうなってはやむをえない。一匹一匹、こちらから出向いてお乳をしぼってやるしかない。

 自宅の小屋へ引き返し、台所から乳しぼり用のばけつをとってくる。これまた彼女にはちょっと持ちづらい大きさだ。膝に打ちつけながら、「えっほ、えっほ」と軽いかけ声で草原の斜面をのぼる。ひばりの声のほかには音もない草原だ。雲がのんびりと流れ、そこに彼女のかけ声と、ばけつのゆれる、がらん、がらんという音が静かにしみわたる。

 小柄な翠星石は山羊たちと向かい合っても目線が同じだ。そのためか、彼らはすぐに心を許してくれる。

 「さ、ちょっと失礼するですね」

 一番お乳の出が良い山羊が最初の相手だった。日はすでにアルプス山脈の稜線をこえてだんだん高いところに移動していた。膝をたたんで山羊のお乳をしぼっていると、頭巾の下に感じる汗がだんだんむずがゆくなってくる。この汗の心地よさを昔は知らなかった。目の前の作業と向かい合いながら、彼女は遠い昔のことをぼんやり思い出していた。

 乳をしぼり終えると、彼女は山羊にお礼を言って、次の山羊のところへと歩を進めた。しかし、すぐに後悔が頭をよぎった。一番の雌山羊を先に相手したせいで、ばけつがものすごく重い。つかれるという以上に、持ちにくくて仕方ない。持ち上げてはおろし、おろしては持ち上げるというように運んでいく。次の山羊との距離が、一向にせばまらないように感じられる。

 「はぁ……、もうダメです……」

 彼女はとうとう腰をおろしてしまった。つかれが足からどっとこみあげて、そのまま草の布団に倒れ込む。さえぎるもののない青い海が、はるかな頂きから滝になって落ちてくるようだった。お日さまの光が、静かな水面のようにゆれている。目を閉じる。もう今日はいいかな……。そんな気持ちになる。今日一日、収穫が少なくても、もしこのまま一人きりなら、貯蓄をする必要もないのだし……。

 そんな考えが頭をよぎると、不意に彼女の前髪を誰かがさすった。驚いて目を開くと、追いかけていた雌山羊たちが彼女の周りに集まっていた。

 「お前たち……。翠星石のために来てくれたですか……?」

 それに答えるように、山羊たちは一声ずつ鳴いた。

 「最初から、待ってやがれば良かったですのに……」

 目がしらが熱くなってきて、彼女はあわてて顔をふるった。強がりで嫌味をつぶやきながら、山羊たちの乳をしぼる。けれども、終わるころには自然と笑いがこぼれていた。山羊たちもそんな彼女をねぎらった。
 「さ、翠星石はこれからお昼にします。お前らもその辺で遊んでるといいです」

 太陽の位置から、もう正午にほど近いとわかる。つかれと空腹で倒れそうだが、その疲労感が心地よいのは、この暮らしがもう長いからだろうか。

 そういえば昔は彼女も貴族の邸宅で庭園を手入れする庭師だった。あの頃と比べると今の生活はなんて泥臭いのだろう。けれども自分はそんな信じられない生活の真っただ中にいる。それがひどく不思議なものだった。

 やっとの思いで台所にたどり着くと、お乳の加工は午後の仕事にして、しぼり立ての生乳を携帯用のポットに入れ、昨日のうちに用意していたお弁当を持ち、再び家を出る。晴れた日はアルムの草原で食事をすることにしている。そして空の雲を数え、遠い森の木々をながめ、ずっと作ってきた叙景詩の続きを考えるのだ。

 お弁当を広げる前に、草原をざっくざっくと歩いて、一番ながめの良い場所を探す。小屋を少し離れて斜面をのぼると、遠い山並みでも特に高い峰の横に、氷河に削られたくぼみがはるかに見渡される場所が見つかった。その雄々しさが胸にせまってくる。そういえば、作りかけの詩には、山の雄大さを歌った箇所がどこにもなかった。今日はその部分を足し合わせることにしよう。

 包みを広げると、いつもの黒パンに、チーズがひとつだけ多めにつけてある。今日は朝も食べていないし、たくさん働いたから、自分にごほうびだ。

 急峻な山脈の中腹に位置するアルムは、とがった峰の先から吹き下ろす風が谷底にはね返ってゆっくりとかけあがってくる。そよ風のようにやさしいときもあれば、嵐のように強いときもある。夜はろうそくの灯りに照らされた窓を打ち、朝は鳥の歌と共に扉を叩く。この風と一緒に生きてきた。

 今日の風はやさしい風だ。頭の中で詩をうたいながら食事していると、一匹の子山羊が甘えた声を出してすり寄ってきた。先月生まれたばかりの新しい仲間だ。黒パンを差し出すと、一口二口とかじり、そのまま首を彼女の腕にすり寄せ、彼女の後に寝そべった。彼女はそっと息をついて、子山羊の背中を枕に身を横たえた。

 いっそのことこのままアルムの草原に溶け込めたらどんなにいいだろう。山羊になって仲間たちと暮らすのもいいかもしれない。身よりのない孤独は、ときとして息がつまってしまうから……。

 気がつくと眠ってしまったらしい。時間はゆっくりと過ぎていった。ふと、遠くから誰かの声が聞こえたように思い、目が覚めた。日はまだ高く、アルムの草原を吹きわたる風と光は白昼の草の香りをふりまいている。

 「いけないです。午後の仕事を終わらせないと……」

 まぶたをこすりながら身を起こすと、彼女の下で眠っていた子山羊が「めぇ」と鳴いた。しかし、立ちあがろうとすると、また誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

 「誰?」

 声は、はるか頭上から聞こえてきていた。まさか? そう思うが、気配はどんどん近づいてくる。じっと空の一点に目をこらす。最初は気のせいかと思っていたが、空の中に小さな黒い点が現われ、それが徐々に大きくなっていく。

 何も知らない山羊が甘える声で「めぇ」と鳴く。それをそっとなだめて、翠星石は見えない脅威からその子山羊を守ろうとするように寄り添った。黒い点はだんだん形をあらわにしていった。そして、最初は点であったそれが、突然、二対の漆黒の翼を青空に広げた。空をつかむように羽ばたくその翼は、まがまがしい気配と共に、傲慢なほどの気高さを身にまとい、地上へと舞い降りつつあった。

 「この気配……」

 知らず知らずのうちに体がこわばり、側にいる子山羊が不安そうに身を縮めた。
 今や翼は、そのひとつひとつの動きが手に取れてわかるほどに接近していた。

 「来て! スィドリーム!」

 彼女が片手をかかげて声をあげると、小屋の方からひとつの小さな光が素早く斜面をかけあがってきた。その光が彼女の手の周りを囲むように飛び回ると、その手の中に光があふれ、美しい装飾をこらした如雨露が現れた。もうずいぶん手にしていない庭師の道具だった。この装備が再び必要になろうとは予想すらしていなかった。

 「ここのアルムが味方してくれるかどうか、わからんですけどね……」

 彼女は如雨露を構えて目の前の翼と対峙した。並々ならぬ脅威を察した子山羊は彼女から距離をとって事態を見守っていた。

 深い闇を彩ったその翼は空の一点で不安定に立ち止まっていた。翼を背負ったその姿は、逆十字を刻まれた黒い衣装、満月のごとく銀色にたなびく髪、そして突き刺すような紅い瞳の少女であった。

 「水銀燈……」

 冥界の使者をすら思わせる少女の、その名を翠星石は、自分でも知らぬ間につぶやいていた。

 「お久しぶりねぇ、翠星石……」
 皮肉にゆがんだ笑みを浮かべ、漆黒の少女はそう言った。

 「ごあいさつね、水銀燈。あなたがここに来るなんて、どうりで今日の空は不吉だと思ってたですよ」

 「うふふ……。きれいなものには気をつけた方が良くてよ。隠れる場所も、ごまかす余地もないものだから。これだけきれいな空だもの。nのフィールドを映し出すには十分な媒体だったのよ」

 「用件はなんですか? ここには質素な生活と非力な山羊たちしかおらんです」

 「あらぁ、お察しが悪いことね。私がここに来た理由はただひとつ……。わかっているはずよ。私たち薔薇乙女の宿命はね?」

 「あなたの狙いがなんなのかは知りません。けれども、こちらにはこちらの生活があるのです。それを乱そうというのなら……、容赦はいたしません!」

 「……たのもしいわね。だけど自分の置かれた状況がわかって? あなたの武器は非力なその如雨露。それで私にかなうとでも?」

 「地の利はこちらにあるですよ。あなたにとってここは見知らぬ異国の土地。けれども私はここで長い月日を過ごしました。ここの風が、太陽が、草木が私の味方です」

 「強がりは元気なうちに言っておきなさい。じきにあなたも……、この黒い翼の下に……」

 青空を黒く染めた水銀燈は不敵な笑みを浮かべたが、急にその顔から血の色が抜けていった。翼は力を失い、彼女は糸の切れた人形のように、突然意識を失うと、アルムのやわらかい草の上に墜落してしまった。

 翠星石は油断しなかった。相手に力が残っていないことは、彼女が現れたときからわかっていた。けれどもどんなに弱っていても水銀燈は脅威なのだ。くずおれた翼は少女の姿を覆い隠したままでけいれんしていた。それも弱々しくなり、やがて止まった。無事なのだろうか。脅威とはいえ、庭師の翠星石の心には、いたわりの気持ちがわいてきた。

 「スィドリーム、もっと瞬いて。道に迷わないように。この人の心の樹が枯れそうです」
 翠星石は警戒しながらも水銀燈に歩み寄った。彼女まであと数歩というところまで来ると、黒い翼にもう力が残っていないことがわかった。

 すると、とたんに不安で胸が引き裂かれそうになった。急いで彼女のところまでかけよった。翼の間から彼女の体を抱き上げる。翼はみるみる間に小さくなり、ドレスの肩の羽飾りのようになった。

 「世話の焼ける姉ですね。こんなになるまで無理する必要ないですのに」

 重たい翼をたたんでくれたのがせめてもの救いだった。翼が開いたままではその体を運ぶこともできない。衰弱するばかりの彼女を介抱できないのだ。こうして彼女はやっとのことで黒装束の姉を自分の小屋まで運びこむことができた。

 もうずいぶん使っていなかったベッドに寝かせると、水銀燈の体はいたるところに傷を負っていた。彼女の胸に手を当ててみる。彼女の心の樹はちゃんと地に根を張っていた。けれどもたのもしさはなく、やっとこさそこに立っているという感じだ。

 とにかく何か滋養のあるものを。そう思って翠星石は、貯蔵してあるチーズをとりに部屋を出ようとした。けれども、

 「余計なことしなくて結構よ」
 冷たい声が彼女の足を止めた。振り返るまでもなく、水銀燈がベッドの上に身を起こすのが気配でわかる。

 「ふん。あなた、幸せねぇ? この私が今日は消耗しつくしてたから無事だったけれど……。でも明日になったらわからないわよ。敵の介抱なんかしてていいのかなぁ?」

 「強がるな、です。地の利はこちらにあると言いました。さっき、あなたの心の樹に働きかけて、最後の力を奪わせてもらったですよ。また余計なことをすればさっきと同じ目にあってもらうです。覚えておきやがれです」

 背後で水銀燈が舌打ちをするのがわかる。どうやら、自分の置かれた状況はちゃんと理解できるようだ。

 「とにかく、今日はこの家にとまっていくです。食事、用意しますからね。明日になって、元気が出たら、またどこへでも好きなところへ行きやがれです」
 言い捨てるようにそう言うと、翠星石は姉に背を向けたままで部屋を出た。

To Be Continued…
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=55987935&comm_id=5190393

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

薔薇乙女文学館 更新情報

薔薇乙女文学館のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング