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The Beatlesコミュの木曜スペシャル「ビートルズ日本公演」から30周年

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今から30年前の秋、昭和53年10月12日(木)のことです。
日本テレビ系「木曜スペシャル」でビートルズ日本公演が放映されました。

日本公演のフィルムについてはエプスタインが持ち帰ったため日本には
存在しないというのが当時の定説でしたが、その持ち帰ったフィルムは
実は7月1日昼の部であり、6月30日夜の部が今回見つかったという
ことで、この時はファンの間でかなりの話題となりました。

ビートルズ日本公演から12年後、当時を知る30才以上のファンは
もちろんのこと、「動くビートルズ」に接する機会に恵まれなかった
若いファンもこの日のテレビにかじりつくように見入ったものです。
小生は当時中学生で“12年前”という言葉の響きに時代を感じたものです。
書物でコンサートの曲順等は知っていましたが、それでも新鮮さいっぱいの
コンサートでした。

当時はパソコンやDVDなどは当然ながら存在せず、家庭用ビデオデッキも
普及には至ってなかったため、テープレコーダーでの録音(!)やテレビ画面の
写真撮影(!!)に熱心に取組んだファンも少なくなかったようです。
(今では信じられない話ですが。)

この「木曜スペシャル」では来日当時に放映されたドキュメンタリーフィルムも
放映され、パトカー護衛の専用車のバックに「ミスター・ムーンライト」が
流れるシーンもそのまま流れて感動した当時からのファンもいたそうです。
また、アンコールを絶対にしないビートルズでしたが日本テレビの編集により
「イエスタデイ」が歌詞対訳テロップ付きで再度番組のラストに流されたのが
個人的には印象に残っています。

あれから30年。
ちなみに今から12年前は「アンソロジーブーム」の頃で、オサーンとしては
たいして昔のことでもないな…というのが率直な気持ちですね。
当時の“12年前”は凄く昔のことに感じたものです。


現役時代のファンのかた、「木曜スペシャル」で初めて日本公演を観たファンのかた、
はたまた「えっ、30年前にそんなことが有ったのか!」とお感じのファンのかた、
どうぞご随意にお書き込み下さい。

コメント(80)

すみません・・・・・
手抜きの言いだしっぺとして表現が多少不味かったかもと反省してますあせあせ(飛び散る汗)

たぶん時差ボケと台風による移動疲れ、チューニングの狂いと練習時間が多少少なかったためだと私も思います。

シェアスタジアムの演奏はあの怒涛の悲鳴の中では完璧に近い演奏だと思います。
かなり用意周到なのとジョンの興奮度がなおあの場面を盛り上げてますね。

日本公演はとてもいい音と綺麗な映像なので、是非2回公演を「ヘルプ」のようにリマスターして、5.1CHのブルーレイハイビジョンで再生してもらいたいものです。
映画のシェアスタジアムの演奏は、スタジオで修正録音を重ねているので、他のライブ音源よりうまく聞こえますね。
当時、録画を敢行された皆様

素晴しい(羨ましい)ですね。
小生の自宅にはビデオデッキがなく、「録音」でした。
カセットテープを裏返すタイミングとか難しかったかも…。
コマーシャルの時にうまく裏返せたのか、記憶曖昧です。

ところでこの頃の家電チラシを見た記憶では、ベータ機と
VHS機が半々ぐらいの製品数でシェア的に拮抗して
いたような感じだったと思いますね。(余談)
シェアスタジアム、あれはシェイと読むんだよ、とニューヨーカーに教えられれまで、ずっとシェアだと思ってました。

アンソロジーでメンバー全員シェイと発音しているのを確認して、ようやく納得できました。(^^;
日本のビートルズ・ファンだけ シェアと呼びます 推測ですが 当時の雑誌あたりで そう書かれていのでは

シェアと読めなくはないですが
ジョージスターキーさん まいどです。

80年代くらいまで、ファン同士はもちろん、雑誌でもフツーに「シェアスタジアム」だったと思います。90年代に入って日本からメジャーリーグへ移籍する選手が増え、メジャー情報が増えていった中で少しずつシェア→シェイに訂正されていったように思います。

私も、初めてニューヨークへ行ったときに、地下鉄のタイムズスクエア駅でスタジアムの近くを通る7ラインのホームを探していたとき、地元の兄ちゃんに「シェアスタジアム? そりゃシェイスタジアムだろ」といわれて初めて知りましたから。日本で「シェアスタジアム」が定着しているのはよく分かります。

知識が無ければ「東海林」を「しょうじ」と読めないのと一緒で、知らなければSheaというスペルなら99%の日本人はシェアと読むでしょう。なぜシェイと読むかといえば、人の名前だからです。渡辺とかいてワタベと読む人に「渡辺は"わたなべ"と読めるでしょ」といって本来の読みを無視するのは失礼ですよね。だから、sheaはシェイと読むべきだと思います。今年でなくなっちゃうことですし。新しい球場はcitiフィールドだそうですから。

ちなみに、スタジアム名になったシェイさんですが、ウィリアム・シェイという人で、当時のニューヨーク市長の命を受けてメッツの誘致に尽力した法律家だそうです。ビートルズにゆかりの深い場所の名前の由来を知っておくことも決して損にはならないでしょう。
はじめまして。
僕もビートルズを聴くようになったのは最初の日本公演オンエアからです。
僕の家は電気店だったのでビデオを撮ることができましたが、それが最初のオンエアなのか、1980年の放送だったかが、定かではありません。
大竹しのぶのナレーションは鮮明に記憶しています。
それと、番組の最後に「21世紀、学校の音楽の授業で流されるのは、バッハやベートーベンではなく、『イエスタディ』や『プリーズ・プリーズ・ミー』であろう」という趣旨(ディティールは違っているかもしれません)のナレーションが流されたのも、とても印象に残っています。
>>たなかまさま

家が電気店…それは天の恵みという好環境ですね。
いずれにせよ貴重なご経験だったと思います。

後段に書かれている「21世紀、学校の音楽の授業で〜」は
確かに小生もなにかの番組の時に聴いた覚えがあったのですが、
これが30年前の「木曜スペシャル」の時だったのかは
はっきり覚えていなかったのです。

ただ、30年前の音楽の教科書にはB4は有りませんでした。
時代は、確かに変わりましたね。

>>koichi 様

“シェア”のコメント、拝読しました。
勉強になりました。(ありがとうございました。)

>>16 のコメントにもいただいていますが、
「最初で最後の再放送」にはヤラレましたね。
日テレにファン心理をこの上なく煽られてしまいました。

この「木曜スペシャル」の視聴率がどうだったのか、
以前に書物で読んだ気がしたのですが忘れてしまいました。
当時のような超高視聴率ではなかったようですが、それなりに
視聴者(ファン)の関心を集めることはできたようですね。
ごめん、ブース物って、何?

ブートのこと?

「BEATLES武道館LIVE」の件ですが、

当時6月30日(初日)をTV用に録画しましたが、演奏状況が良くなくエプスタインよりNGが出て2日目の7月1日に再録画され、こちらが放映されたそうです。
7月1日録画分はエプスタインが英国に持ち帰り、日本には6月30日のテープが残りました。

そのため、その後の再放送などは6月30日のものが使われています。
80年代に「VAP」より「武道館LIVE」のビデオが発売されますが、発売許可を取るための「APPLE CORPS」が出してきた条件がAPPLEへの「テープの返却」でした。
90年代に再度ビデオが発売されますが、これは上記の理由からマスターテープからではなく、ビデオからダビングされています。(このため、こちらは80年代のビデオに比べ全体がやや白っぽい画面になっています)

ですから、「武道館LIVE」のマスターテープは2本とも日本にはなく、APPLEにあるのです。
この状況から、現在も「武道館LIVE」のDVDは商品化されていません。
今後もひじょうに難しいのではないでしょうか?
1993年のVHS、LD発売の際、当初7月1日ヴァージョンが発売されるというアナウンスがされましたが、結局6月30日のものになってしまいました。中身は1980年代に発売されたものと同一でした。

アンソロジーのCDに6月30日の音源が収録されている事、1980年代に発売したビデオにアップルのクレジットが載っている事を見ても、現在これらのテープはアップルの管理下にあることは明らかでしょう。

日テレに残っているとしたら、1989年再放送の放送マスターでしょうか? あと、6月30日の前座もある可能性大ですね。

カラーでビデオテープに記録された唯一のライヴ映像ですので、今後も何らかの形で発売して欲しいものです。
トビを立てたなかぶうと申します。

今月は10月、ちょうど「木曜スペシャル」から30年となりました。
この放送については1966年の視聴率には及ばずとも、30年前も
相応の視聴率であったのでは?と思いつつも確証に至っていませんでした。

そんな中、先日所蔵のLPレコードを整理していた際に「Wings Greatest」
(上掲のアルバム)のライナーノーツに“19%”という数字を見つけました。
この数字が高いか低いかについてはファン諸氏の見解が分かれると思いますが、
自分としては特定アーティストの番組として解散済みの点も考慮すれば
まずまずの数字なのかな、と考えています。

「Wings Greatest」は1978年12月発売のアルバムで、ライナーノーツを
担当した寺村敏氏はおそらく原稿締切り直前で「木曜スペシャル」に接して
当該コメントを残したものと思われます。(あくまで推測ですが)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


この「木曜スペシャル」は30年前の番組であり、トピックを立てる際にも
果たして書きこんで頂けるファンのかたがどれ程いるのか疑念を拭い切れ
ませんでした。しかし結果としてファンのかたに当時の思い出を気持を込めて
書き綴って頂けた点につき驚くと共に感謝の気持でいっぱいです。

ファンの皆様が今後も生涯のパートナーとして末長くB4を楽しまれますよう、
祈念いたします。
当時15歳でファンになって1.2年の僕はテレビで見る初めてのビートルズでした。  

カセットテープに取って何度も聴きなおした事を鮮明に覚えています。

印象に残ったのは 今夜1回きりの放送の約束で放送された事や、解説が大竹しのぶさんで、初めてビートルズを見た時に、「ハンマーで頭を殴られた様な衝撃でした。」って言ってた事ですね。

シアスタジアムのコンサート(エドサリバンショウー)でファンがフェンスを乗り越えて駆け込むシーンや、ラストの曲アイムダウンでジョンがキーボードを肘で弾くシーンを覚えています。

羽田に着いたときに、JALのはっぴを着て降りてきた事とその時にミスタームーンライトが流れて、ホテルにパトカーで誘導してもらった事など覚えています。解説でビートルズの警備費が、莫大な予算で政治家から批判を受けていた事。

いよいよ日本公演で前座が、ドリフターズ、内田裕也、尾藤功がWELL COME BEATLESを歌った後EHエリックが、ビートルズを紹介した事。(ウエルカムビートルズは今でも歌えます。)

ロックンロールミュージックが流れて始まり曲と曲の間でファンがおっさんの声で「ウエルカムビートルズ」と叫んでいた事や、番組の最後にアンコールをしたことがないビートルズを、アンコールの舞台にあげて、イエスタデーを流してくれた事が印象的でした。

あれから30年たったことが信じれないぐらい鮮明に覚えていますよ〜

30年たてば15歳の青年も45歳のおっさんになっていましたね。(笑)

>なかぶうサン 貴重な思い出を蘇えらせてくれてありがとう。15歳のころを 思い出しました。

「木曜スペシャル」見ました。
当時中学生でBeatlesのLPを集めてる最中でしたので、持ってない曲が強烈に印象的でした。

懐かしいです。
さて、ファンの皆様。
今年は来日50周年ですね!
我々ファンも驚きの(商魂たくましい)コンテンツの出現が期待されます。

殆ど妄想の域ですが…
「6月30日&7月1日/21世紀最新テクノロジーによるクリア映像Blu-ray & DVD」
特に7月1日の部は公式には初登場!
定価5800円+税ぐらいでどうかな?(笑)
30年前の「木曜スペシャル」は,今初めて知りました.私はその頃,まだ幼稚園児…後に80年代頃から「ひらけ!ポンキッキ」のBGMでビートルズが多用され,また地元兵庫県のサンテレビで放映された「アニメ・ザ・ビートルズ」などで影響を受け,小学生にして一気にビートルズにハマっていきましたw また「ポンキッキ」の選曲が妙にポール寄りだったからか(Silly Love Songsまで出してた),今もポール派です.
ビートルズのライブ、映画になりますね。秋の公開。監督はロンハワード。武道館もデジタルリマスターされた極上画像で収録されるのは確実ですね。楽しみ!

ザ・ビートルズのライヴ映像による映画『THE BEATLES LIVE(仮題)』が2016年秋に公開されることが決定した。

この映画はプレス・リリースによれば、「バンドのリヴァプール時代から、1963 年に始まった 15 か国 90 都市 166 公演におよぶツアーの様子と世界中の熱狂の様子、そしてザ・ビートルズの 4 人が最後に観客の前で演奏した 1966 年 8 月 29 日のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パーク公演まで、まさにバンドの全盛期を多数のライブ映像で描」くものになるとのことで、「著名人や関係者のインタビューを織り交ぜ」たものになるという。

監督は『アポロ 13』、『ダ・ヴィンチ・コード』、『天使と悪魔』などを手掛け、『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞最優秀監督賞を受賞したロン・ハワードが務め、プロデューサーは『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』、『ボブ・ディラン ノーディレクション・ホーム』等の名作音楽ドキュメンタリーを手掛けるホワイト・ホース・ピクチャーズのナイジェル・シンクレアとスコット・パスクッチや、イマジン・エンタテインメントのブライアン・グレイザーが担当するという。

エグゼクティブプロデューサーには、アップル・コア・リミテッドのジェフ・ジョーンズとジョナサン・クライド、イマジン・エンタテインメントのマイケル・ローゼンバーグ、ホワイト・ホース・ピクチャーズのガイ・イースト、ニコラス・フェラルが参加している。

プレス・リリースによれば、本作は「ポール、リンゴ、オノ・ヨーコ、オリヴィア・ハリスンの全面協力」のもと制作されるという。

現時点での映画のクレジットは以下の通り。

出演:ザ・ビートルズ 監督:ロン・ハワード
プロデューサー:ナイジェル・シンクレア、スコット・パスクッチ、ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード
エグゼクティブプロデューサー:ジェフ・ジョーンズ、ジョナサン・クライド、マイケル・ローゼンバーグ、ガイ・イースト、ニコラス・フェラル
2016年/イギリス/英語/カラー/配給:KADOKAWA 提供:KADOKAWA、テレビ東京 協力:ユニバーサル ミュージック合同会社
>>[069] そうでしたか(^O^) 私も「ポンキッキ」を見ている時,周囲の大人に「この曲歌ってる人等,『ビートルズ』って言うんやで」と教えてもらって知りました.またレコードも色々聞かせてもらい,最初にプレゼントされたレコードが「Rubber Soul」なだけに,同アルバムには思い入れがあります目がハート それが昂じて30年後に2回(H25と昨春),Paulに会いに京セラドームへ行きました
「ポンキッキ」での登場曲は他にBaby,It's Youがありますね.「シャララララララ,シャララララ…せっけん」とか(笑) 今も頭に焼き付いてます♪
ポンキッキ では、Wings の Silly Love Songs も使われてましたね。
少しトピ違いになりますが自分は1966年6月にビートルズが来日したとき羽田空港からの中継をほんの少しだけ見た事をかなり鮮明に覚えています。
台風の時にやってきて正に台風のような騒ぎを日本中に巻き起こした彼ら。
幼い自分にもその衝撃は忘れられません。

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