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佐雉コミュの佐雉 第25話「鬼が来る」

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鬼が来る。

追って来る。

逃げても、逃げても、背後に足音が迫って来る。

必死に走って逃げているのに、迫りくる足音は悠々とゆっくりとしている。

それなのに、逃げ切れない。

とうとう、うっすらと笑っている声さえ耳元に聞こえてきた。

「来るなあああぁ…っ!!」

隼人は叫びながら駆けたが、背後から足首を横殴りに蹴られ、前のめりに倒された。
そのまま背中から馬乗りに組み伏せられてしまい、あっという間に、帯を解かれ着物の裾を割られ、下帯までも無理矢理に剥ぎ取られた。

「い、嫌だ!!嫌だぁ!!」

どんなに抗っても敵わない。鬼の好いようにされてしまう。

まるで串刺しにされるような痛みと、それ以上の辱めに気が狂いそうだ

「やめろおおおぉっ!!」

泣き叫びながら振り向いて見た鬼の顔は



自分と同じ顔をしていた。



「うわあああああぁぁっ!!」

叫んで、隼人は目覚めた。

自分の叫び声に驚いて、がばりと起き上がり、思わず周囲を見渡した。
まだ深い闇の中、見開いた目には何も見えない。
体中に冷たい汗が流れて、忙しない息がこぼれた。

「……隼人さま?」

傍らに横たわる千破矢の声で、隼人はやっと我に返った。
「あ…、…すまない。起こしてしまったか?」
隼人は平静を装い、千破矢の髪を撫でて、寝かしつけようとした。
そうしながら、今宵、自分がした事、千破矢を手籠めにしてしまった事に青ざめる思いがした。

夢に出てきた鬼は、
それは、鬼塚玄烏(おにつかくろう)
先代の鬼塚家君主 春鷹の実父、隼人にとっては伯父。

どうしても忘れたくても忘れられない。

13歳の悪夢のような夜と、それから続いた夢ではないと思い知らされた日々

男が男に手籠めにされる屈辱を思い出し、隼人は身震いがした。

この七夕の夜

千破矢の秀麗な姿に酔いしれて、あの鬼畜と同じ事を、自分はしてしまったのか。

「隼人さま…?」
冷や汗が流れる隼人の腕に、千破矢の手が触れた。
千破矢の手も冷たかった。

雲が割れて月が姿を現し、薄明かりが差した。
ほの暗い中に夜目が効くようになった。

隼人の腕に触れる、千破矢のその手のなんと白いことだろう。
触れる手から手首、腕へと視線を伸ばすと、その先に千破矢の姿が見えた。
寝乱れて半裸の姿がぼんやりと見えた。
するり、するり
衣擦れの音と共に、千破矢がゆるりと半身を起こし、隼人に手を伸ばしてきた。

隼人は、ぞくり、と身震いを覚えた。

けれど、それは恐怖ではない。
震えがくる程の悦楽が隼人の躰に蘇って来た。
思わず溜息と共に目を閉じてしまうと、瞼の裏に、得も言われぬ妖艶な姿の千破矢が見えてしまい、更に隼人は狼狽えて再び目を開けた。
その目の前に、夢とも現(うつつ)ともつかない千破矢がいる。

「人に非ず」
かつて十鬼(とき)一族は、残虐な上に淫乱で、そう嘲弄された。

真昼の明るい光の下では、その可愛らしさから「お姫様(おひいさま)」と、親愛の情で揶揄されている千破矢。
その一方で、戦の場では「弁天の面をした夜叉」と恐れられる千破矢。
今、この夏の夜の月明かりの下で、寝乱れて半裸の姿の千破矢は、神とのまぐわいを許された巫女を思わせた。
巫女との交わりは、神との交わりに通じるとされている。

隼人は思う。

俺は罪を犯してしまったのではないか?

この生来の無法者、剛毅な漢(おとこ)が、子供のころ以来に、怯える思いをした。

目を閉じていようがいまいが、千破矢の姿から目が離せない。
動けない隼人の首に、千破矢の両腕がするりと柔らかく巻きついた。
「隼人さま…」
胸元に顔をうずめながら囁く千破矢の甘やかな声色と、華奢ながら柔らかな抱き心地の良さに、隼人は改めて驚いてしまう。

まさか?これで良かったのか…?


やがて夏が過ぎ、

大風に海と山が荒れた後、風は涼風と化し心地よい季節が巡って来た。

鬼塚家に仕える女たちは、相変わらずくすくすと喧しい。
女という生き物はいつだってそういうものだが、この秋のもっぱらの噂話は

お姫様(おひいさま)が、益々、お美しくなられた…

七夕の夜、隼人が公然と千破矢に夜伽を命じた衝撃が、未だ女たちの好奇心を煽っている。
事実、この夏から秋にかけて千破矢の見栄えがまた一段と艶やかさを増していった。
満たされた夜の果てに、否応にも色艶を増していくのは大人なら誰もが知っている事だ。
だが、良識のある者は、ただ成長に伴って背が伸び、目鼻立ちも大人びて、子供らしさが抜けた代わりに凛々しさが増しているだけだと、歯牙にもかけはしなかった。
けれど千破矢には、少年としての凛々しさを得ながらも、未だ「お姫様(おひいさま)」と呼ばれ続けるだけの、男にはありえない艶があるのも事実だった。
が、
はたして隼人と千破矢が念約(男色関係を結ぶ約束)を交わしたかどうか、その事実は、当の本人同士にしか分り得ない事ではある。

「…けっ」
鬼塚春鷹(おにつかはるたか)が、隼人を目の前にして言い放つ。
「世が世なら、貴様は切腹もんだぞ」
春鷹の言うことも道理ではある。
隼人は元々は鬼塚家の血筋、しかも長(おさ)たり得る者ではあったが、その素行の悪さ故に縁を絶たれた者だ。
それを春鷹の采配で、血筋の者でなく、友として万指南役として迎え入れた。
とはいえ、一介の指南役ごときが、君主の小姓を手籠めにしてしまったのは捨て置く事もかなうまい。
「俺を斬るか?」
盃を傾けながら隼人が問うと、春鷹は背後に控える千破矢を見据えて
「どうしたものかな?」と問うた。
千破矢は戸惑ったが、ただ一言
「…御意(ぎょい)」とだけ答えた。
春鷹の意志には逆らわないと言っているのだ。
だが春鷹は
「何が御意だ?俺はまだ何も決めてはいないぞ?」
その一瞬
千破矢は立ち上がり素早く春鷹の前に居住まいを正した。
「恐れながら、有体(ありてい)に申し上げます」
春鷹の目を真っ直ぐに射止めながら千破矢は進言する。
「私の方から望んで隼人さまに身を委ねました」

春鷹も隼人も息を呑む。

千破矢は何を言うのだ?

「己が身分をわきまえず、ただ目の前の隼人さまに惹かれてしまったのは本当です。
私は隼人さまに…」

千破矢は頭(こうべ)を下げて告白した。

「抱かれてみとうございました」

春鷹は千破矢を見つめてから、チラリと隼人を見やると、隼人は固まっていた。
この豪胆な漢(おとこ)が、まるで小娘のごとく頬を染め、耳まで赤くなっている。

「ですから、咎は私にあります。処断されるべきは私の方で、」
「千破矢!言うな!」
千破矢の言葉を遮る隼人に春鷹は苦笑を禁じ得ない。
「ああ、もういい…!」
春鷹は盃をぐいと一気に飲み干して
「もう、ふたりとも今宵は下がりおろう」
吐き捨てるように言う春鷹に千破矢の瞳がすがる。
「…ですが、春鷹様、まだお世話が済んでおりません」
善を片し、寝支度を整える仕事が千破矢には残されているはずだ。
春鷹を片腕にしまった千破矢が償うべき仕事が。
「構わん。今宵は千鶴を呼んでいる」

鬼塚千鶴(おにつかちづる)
春鷹の許嫁である。
未だ正式な婚礼の儀は為しえていないが、既に「鬼塚」の姓を与えられ、御台盤所(みだいばんどころ=正妻)にあたる。
隼人も盃を飲み干して、それを置き立ち上がり、千破矢に退座を促した。
「御台所(みだいどころ)様のお出ましとあらば、我らがいては無粋というもの。さぁ、行くぞ千破矢」
「けれど…、お話が終わっておりません…」
泣きそうな顔をしている千破矢に、春鷹は口の端だけで笑って答えた。
「心配するな。俺はまだこの若さで、馬に蹴られて死にとうはないぞ」※
春鷹の答えを受けて、隼人が豪快に笑ってみせた。
「さすがは、御殿。ご寛大であらせられる」
隼人は千破矢の隣に居住まいを正し、三つ指をつき
「有難き幸せに存じます」と頭(おもて)下げて一礼をして見せた。
その隼人につられて千破矢も頭を下げる。
「さぁ、千破矢。我らは晴れて許された。行くぞ」
隼人に手を取られ、千破矢はその手に従って退座した。

隼人に、しかと手を握られたまま、ふたりは冷たい廊下を進んで行く。
その途中、前方に艶やかな紅葉が見えた。
白羽二重に鮮やかな朱色の紅葉の柄が散りばめられた振袖姿のそれは、千鶴姫である。
侍女をふたり従えて、春鷹の下に進むのに出くわしたものだ。
隼人と千破矢、ふたり廊下の隅に下がり正座をし、黙って面(おもて)を下げる。
千破矢の前で、千鶴はぴたりと立ち止まり、膝を落とし
「…苦しゅうない。面をあげよ」と命じた。
存外、冷たい声の響きに驚きながら千破矢が面を上げると、
「そなたが千破矢か…」
千破矢の顎に、千鶴の細く冷たい指がかかってきた。
千鶴はまるで値踏みをするように千破矢の顔を眺め
「……ほう、これは、これは、噂に違わぬ美貌よのぅ…」
と、ニィ…と禍々しく微笑んだ。
次いで、面を下げたままの隼人を一瞥し、再び千破矢を見て
「男が男に抱かれるとは、そんなに好いものか?」と囁くように言った。
あきらかに狼狽える千破矢の顔色と、俯いたまま身じろぎもしない隼人を見てとり、千鶴は楽しげに高らかに笑い、その場を後にした。

千鶴姫の背中を見送った後、千破矢は隼人を見て我が目を疑った。

まさか、隼人さまが?

震えていらっしゃる…?





※人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじまえ

他人の恋愛を邪魔するのは無粋極まりないことで、そんな輩は往来を歩いていても人にも馬にも蹴られてしまえ、と蔑んでいうセリフ。
出所は都都逸か?

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