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佐雉コミュの佐雉 第21話 真昼の月

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暦は五月(さつき)を数えているのに、朝晩が妙に肌寒い日が続いていた。

菜の花の河原
そこは、鬼束家に仕える者たちの暗黙の憩いの場であった。
いつもの年なら、河原には菜の花が黄金色に眩しく輝き咲くのに、この年はひょろりと伸びた茎の先に、まだまだ硬い蕾が寒そうに風に震えている。

その河原に若き、否、若いというよりはまだ幼い面影が残る侍がいた。
千破矢(ちはや)である。

千破矢も鬼束家に仕える身であり、君主 鬼束春鷹(おにつかはるたか)の小姓として5年の月日がたち、その齢は元服も間近の数え14歳。

この日、朝稽古を終えた時、斎藤維築(さいとういつき)が、千破矢に、すれ違いざまに耳打ちをしてきた。
「すまないけど、八つの刻(午後3時)を過ぎた頃、菜の花の河原に来てくれませんか」
どうして?と、千破矢が問う前に、維築は
「私を探して下さい。もしかしたら、亡骸になっているかも知れませんので」
それだけ言い残して足早に去って行ってしまった。

もしかしたら?亡骸?

あまりに唐突な上に物騒な話で、千破矢は一瞬茫然としたが、すぐに慌てて維築の後を追いかけた。
だが、ほんの僅かの隙に彼の姿は見えなくなってしまった。
維築さんにしては、悪い冗談だな…と、無理やり思い込もうとしながら、千破矢は不安な気持ちを抱えたまま、八つの刻を迎えた。

菜の花の河原には、ほの柔らかい春風に冷たい川風が混じってなびいている。
草と水の香り、太陽の匂いは感じたけれど、生臭い血の匂いがしない事に安堵しながら、千破矢は、隼人が再び鬼束家を飛び出す直前に残していった言葉を思い出していた。

「俺を必要とするなら、斎藤維築(さいとういつき)を俺の代わりにすれば良かろう」

いったい隼人にどんな思惑があってそんな言葉を残したのか把握しかねていたが、実際のところ、隼人がいなくなってから、千破矢にとって維築は、確かに気の置けない存在であった。

維築はまじめでおとなしい青年だ。
千破矢より5歳年上で、まもなく二十歳を迎え、春鷹とも同い年である。
千破矢が春鷹の小姓として鬼束家に上がった当初から、維築は何かと千破矢を気に掛けてくれていた。
それが実は、千破矢が謀反を起こした十鬼(とき)一族の生き残りで、しかも、春鷹が初陣の凱旋の折に、春鷹の左腕を奪った大罪人であるのを知っていての事だった。

知っていても尚、維築は千破矢には変わらぬ温厚な態度で接してくれていた。
春鷹のような手の届き難い孤高の畏怖の存在でなく、隼人のような父とも兄ともつかぬでもなく、ただ少し歳の離れた友として、着かず離れずの距離感を保ちながら快く接してくれる、接していられる者のひとりだった。

それなのに

「亡骸って、いったいなんだ?」

維築の身に何が起こったというのだ?
千破矢の勘では、今ここで維築の変わり果てた姿を見る事は絶対にないと思えた。
けれど、それではこれは、いったい何を試されているのだろう?
そんな思いに捕らわれていながら、ふと

千破矢は背後に違和感を感じた。何者かが近付いて来ている。

振り向きざまにトンと飛び下がりながら、脇差の鯉口を切った刹那

「うわっ!ちょっと待ったっ!!」

千破矢のかざした切っ先の向こうに、

「維築、さ、ん…?」

両手を上げて万歳をしている維築がいた。


河原の岸にある大木の切り株に、千破矢と維築ふたり腰かけている。
維築が近所の甘味茶屋から買ってきた串団子をかじりながら、千破矢は見目麗しい面立ちに似合わない、むすーっと頬を膨らませて拗ねたような顔をしている。
「千破矢くん、ごめんよ。機嫌なおしてくれないかな?」
「………」
チラリと、維築を責めるような眼差しで見てくる。
その冷たい眼差しは、千破矢のなまじっかない美貌だけに、見られる維築にとっては余計に背筋が凍るようだ。

「いや、あの、でも、おかげで巡察に自信がついたよ」
「巡察?なんですか、それ?監察方についたのですか?」
「はい。まだ見習いだけどね」
照れ臭そうに笑う維築が言うには、この春から、監察方に籍をおいて務める事にしたらしい。
千破矢にとっては意外だった。
「そんな…勘定方を希望されていたのではないのですか?20歳になれば試験が受けられるって…、算術や、勘定帳の付け方の手習いをされていたのに…」
維築は元々は、亡き父が鬼束家の勘定方に籍をおいていたのが縁で、鬼束家に奉公に来ていたのだ。元々彼も、武よりも学に向いた性質(たち)で、ゆくゆくはその方面を望んでいたのだが
「空きがないんですよ。私の為にどなたかに辞めていただく訳にもいかないでしょう。
それに、私は、なんとなく…、いてもいなくても、ぼんやり解りにくい方なんで、こういう仕事の方も向いている気がしますよ」
「何を言ってるんですか?そんな、自分を昼行燈みたいに言っちゃいけませんよ」
思わず口をついて出た千破矢の言葉に、維築は一瞬きょとんとして苦笑を浮かべた。
「はは…、千破矢くんこそ、昼行燈なんてあんまりな言い様だなぁ。それじゃ、私は役に立ってないって事じゃないか」
「あ…いや、そんなつもりは…」
言葉を間違えてしまって気まずくうつむく千破矢に、維築は柔らかく微笑みかる。
「嘘ですよ。冗談です。
そうだなぁ…、昼行燈なら、誰かがみつけて火を消してくれるでしょうけど…」
維築は夕暮れ間近の空を見上げて
「私は、あの昼間の月みたいなもんですよ」と笑った。
いつも空のどこかにいるんだけれど太陽の様に明るくも強くもないし、夜の月の様に闇夜を照らす事もない。
だから、監察方なんて、目立つ事なく誰にも気づかれない、気付かれちゃいけない仕事に向いてるのかも知れない、と。
「私はね、鬼ごっこは得意じゃないけど、かくれんぼは得意なんですよ。
さっきも、千破矢くん、私が後ろに近づくまで、私がどこにいたか気がつかなかったでしょ?
どうです?今度また、千破矢くんの後をこっそりつけ回してみましょうか?」
「よしてくださいよ」
思わず笑いながら答えたものの、特にやましい所は無いとはいえ、人知れずつけ回されるなんて、気持ちの良いものではない。
その職種柄、獲物に気付かれれば刃向われ一戦交える事も厭うことも許されないだろう。
そんな仕事が、維築に向いているとは、千破矢には思えなかった。
だから
「でも、だからって望んでもいないんでしょう?」
思ったままを言葉にしてみた。
維築は少しだけ目を伏せて静かに答えた。
「望む事と出来る事は、必ずしも一致しないものだという事がなんとなく解ってきましてね。
自分の性分に合う、合わないと、自分の器量で出来る、出来ないとの、折り合いをつける事にしたんです。
それに…
お金を貯めて、小さな家か長屋でも間借りして、故郷(くに)から妹と弟を呼んで一緒に暮らそうと思いましてね…」

誰かの為に、大切な者の為に、維築は生き方を決めて前へ向かっていくのか。
そんな誰かがいる維築がうらやましく思えた。

「それにね、勘定方や事務方の仕事との関わりもあって、むしろ、こっちの方が向いてるんじゃないかって、隼人様の勧めもあったんですよ」

キリリと、千破矢の胸の奥が鳴いて、冷たく痛んだ。

「だから、そうしようと決めたんですよ」
「それは…、隼人さまに勧められたのは、いつの事…なんですか?」
「先月、隼人さまから文が届いて、中町の茶屋でお会いしてね、その時にね」
穏やかな維築の笑顔が、千破矢の胸を刺すようだ。
「隼人さま…、お戻りになっているの?」
千破矢の胸が切なく高鳴る。
「さぁ…、どうかな?先月は城下にいらしたようだけど…また…」
維築の言葉は、千破矢の耳には途中から聞こえなくなっていった。

どうして?
なぜ、自分には何も、一言も音沙汰がなかったのだろう?

千破矢は、トクトクと鼓動が打つ度に、心臓から冷たくなった血が溢れていくようで、手が、指先が冷たくなっていくのを感じた。

やっと忘れたと思っていた、
寂しいという感情に飲み込まれてしまうのが恐ろしかった。


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