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佐雉コミュの佐雉 第10話 道場にて

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翌朝

千破矢は、ぱちりと目覚め、誰かの腕枕で寝ているのに気がついて驚いた。
(え?…だれ?)
思わず千破矢は、くんすん、と、鼻で息を吸ってみて、隼人の匂いを感じ、
(あぁ、隼人さまだ…)と、安堵して、またウトウトしかかったものの、
(あれ…?どうして隼人さまのお部屋にいるんだろう?)と思った。
そうっと、起き上がり窓格子の向こうの明るさを見て、少し慌てた。
もう夜は明けていて、いつものように春鷹の身支度の世話に行かねばならない時刻だと思われた。
千破矢は、ポンポンと寝ている隼人の肩を叩き
「隼人さま、隼人さま、朝でございますよ」
と、声をかけ、隼人が「ん、あ…?」と目を開けたのを見届けて微笑んで、するりと素早く部屋を出た。
「あ?おい、ちょっ…、千破…矢」
隼人は寝起きの重い頭で、出て行く千破矢の背中を見送りながら、のろのろと起き上がり、あくびをしてから、水差しにそのまま直接口をつけた。
ゴクゴクと冷たい水を飲み干し、唇からこぼれる水滴を拭いながら、隼人は思い出し、考えた。

千破矢の背中に浮かんでいた痣。
あの、薄紅色をした桜の花びらのような美しい痣の事を。

千破矢は、スタスタと井戸端に行き、顔を洗い、粗塩で口をすすぎ、うがいをしながら、(なんでこんなに口や喉の奥が苦いんだろう?)と不思議に思った。
その足で自室に戻り、身支度を整え、春鷹の元へ急いだ。

春鷹の自室の前で、左右に配せられた護衛の者に向かって正座をし、いつもの通りに其々に目礼を交わした時、何か違和感があったが、それは多分、遅刻をしてしまったからだろうと思った。
千破矢はそのまま膝を進め、襖を静かに開けた。
「千破矢にございます。遅れまして申し訳ござい…ま…」
言いながら面(おもて)を上げてみると、そこには、既に侍女がいて春鷹の着付けをしつらえているところだった。
「千破矢?そなた、大事ないのか?」
常に物静かな春鷹らしくなく、春鷹は着付けの途中、絹襦袢の上に着物を羽織っただけの姿のままで、千破矢に近づいて千破矢の前に片膝をついた。
正座したまま見上げる千破矢のあごに手を掛け、その目を見詰め、顔色をうかがってきた。
そんな春鷹に、千破矢はどうしたら良いのかわからない。
春鷹が問う。
「千破矢?もう、熱はないのか?」
「…?」
「疲れが出て、風邪でもひいたらしいと、隼人から聞いていたが?」
「…?」
言われて千破矢は、ちらりと、昨日の事や今朝の事を思い出してから、
「ご心配をおかけして申し訳ございません。私はこのとおり、なんともございません」
と、笑顔で答えて見せた。
次いで、侍女に向かって
「かたじけのう存じます。後は私が承りますゆえに、どうぞ、お引き取り下さいまし」
と、これまた丁寧に極上の笑顔で言った。
事実この時、千破矢はケロリとして、いつものように春鷹に仕え、常どうりの使いをこなした上に、隼人の元での剣術指南も受けに道場へ赴いた。

そんな千破矢に、隼人も春鷹も驚いたが、最も驚いたのは、斎藤維築(さいとういつき)だった。

剣術の稽古の際、千破矢は大人を相手に負かしてしまう事が幾度かあったが、対相手をした者が故意に竹刀を投げて、千破矢を勝たせたものだ。
大の大人の男たちは、おおよそ思っていた。
相手は子供だし、まさか、殿の小姓に本気でやりあって勝とうとする馬鹿はいないだろう、と。
万にひとつでも、あの稀有な美貌に怪我でもさせてしまっては、それこそ切腹ものではないか、と。
中にはうっかり本気になって相対する者もいたが、そんな時はいつも、師範であり審判を務める隼人が「それまで!」と止めたものだった。

だから、昨日、維築がうっかり千破矢を負かしてしまった事で、何人かは思ったものだ。

かわいそうに…。斎藤維築の首はもう断たれたも同然だ、と。

維築は半ば生きた心地もしなかったが、まさか逃げ出すわけにもいかず、予定通りに道場に赴いていた。

道場に集まる者、ひとりひとりが目礼を交わしていく。
その中に、千破矢が混ざってた。
いつも通り、キリリとした眼差しながら、口元は穏やかに微笑んでいる。
昨日、維築と相対して倒れた様子は、その気配は微塵も感じられなかった。

維築は勿論、彼を気の毒に思って見ていた者が、みな胸を撫で下ろす思いだった。

だが、それならそれで構わないが、維築としては、やはり、どうにもずっと、心に引っ掛かってる事を見定めてみたかったのも本心だった。
君主春鷹の小姓、千破矢は、春鷹の左腕を斬り落とした大罪人であり、謀反の者、十鬼一族の生き残りに間違いなかろうに。その類稀なき美貌が何よりの証拠であろうに。
そう思うと、維築は千破矢の動向に目が離せなかった。

隼人は、
道場にて、元気に動き回る千破矢を、「おいこら、ちょっと待て」と、後ろ襟を引き捕まえた。
背中から抱きすくめて逃げないようにして、額に手をあててみたり、背中の胛(かいがね=肩甲骨)のあたりを擦ってみたりした。
着物の上からではあるが、背中を触られた千破矢は「きゃあ!」と笑いながら逃げようとして、くるりと隼人に向き直り
「何をなさいますか?」と、潤んだ瞳で見上げて来た。

その眼差しの艶やかさに、隼人は一瞬、昨夜の、口移しで水を飲ませた時、甘く絡みついてくる千破矢の舌を思い出し、胸を刺されるような気がして固まってしまった。
その隙に、千破矢はスルリと隼人の手から逃れ、くすくすと笑っている。

まるで、昨日、稽古試合の時に倒れた事も、高熱を出して寝込んだ事も嘘のようだ。

「千破矢?おまえ…本当に、なんともないのか?」
訝しげに問う隼人に、千破矢は
「ええ、なんとも」と、笑顔で答えた。
千破矢の笑顔、その笑顔のなんと可愛らしく、いまいましい事だろう、と隼人は思った。
いたずらに可愛いのにも程があろうというものだ。
だが、隼人は
「あまり無理をするなよ」とだけ言って、捨て置いておくことにした。

道場の隅で素振り稽古を始めようとした千破矢に、維築が、恐る恐る近づいて声をかけた。
「あの…、ち、千破矢、くん…?」
「はい?」
「大丈夫、なの?」
「はい」
「ケガは、ない?」
「はい」
呆気ない程ケロッと答える千破矢に、維築は拍子抜けする思いがした。と同時に、どうしても、やはり疑念の眼差しで見てしまう。
そんな維築の顔色を見てとったのか、千破矢は、にぃっこりと笑って、隼人を見るのとは違う質の上目遣いで維築を見詰めて、
「今日は、負けませんよ」と言った。
「え…、ええっ?」
うろたえる維築をよそに、千破矢は元気よく手を上げ、隼人に向かって声をかけた。
「再度、試合をお頼みします!お相手には、斎藤維築様をお願い申します!」
よく通る声が道場に響き、その声に応えて隼人はうなずき
「よし、構え!」と号令をかけた。

面頬も胴も備えず、簡易な手甲のみの装備で、千破矢と維築は竹刀を互いにかざして向かい合った。
見詰める千破矢の瞳が怪しく笑っている。楽しそうだ。
まるで、これから楽しい遊びが始まるかの様な、
まるで、兎でも追って捕まえに行くかの様な、そんな気分でいるようだった。

千破矢と向き合っただけで、維築はゾッとした。
初陣の時の恐怖が蘇るようだった。


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