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7days,7flowersコミュのメッセージ

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「ああなんだか、これは夢だなぁ」
と俺は思っていた。
夢の中で俺は自宅のリビングにいて、テーブルの上に置かれたスマホの画面をほとんど無意識に開くと、メッセージアプリに小さな赤い丸が点いていた。

アプリを開くと、会社の同僚からメッセージが届いていた。

「好きになって、ごめんね」

夢の中の俺は感情がフワッとしていて、その言葉に対して何を感じているのか自分でもよくわからなかった。
とりあえず明日彼女に会社で会ったらどういうことなのか訊いてみよう。
だけど直接顔を合わせて訊くのは気まずいんじゃないか?
だけど…でも…



意識がうっすらとして、戻ってきた頃には場面は会社の風景に変わっていた。
俺は通勤用のいつもの黒い薄いかばんを片手に、「ざーっす」とか言いながら自席につこうとした。

でも、何かが少し、いつもと違う。
椅子に座るのを俺の意識の片隅から何かが引っ張って留まらせた。

オフィスの東側の、人事総務のあたりの席がざわついていた。難しい顔をした役員、険しい顔でどこかに電話をかける人事部のマネージャー。
見渡すと、そこ以外でも女性社員が集まって、顔を覆う誰かを他の誰かが肩を抱いたり、普通にデスクについているように見える男性社員も異常に険しい表情で額に手を当てたまま一点を見つめている。

「なんかあったんすか」
手近にいた同じ部署の先輩をつかまえて問うと、こんな答えが返ってきた。

「杉田、亡くなったんだって」

一瞬、周りの音という音が全て消え、ウワンという時空のうねりのような目眩に襲われた。
杉田は、あの奇妙なメッセージを送ってきた同僚の名前だ。杉田君香。
同期で入社して俺は企画に、彼女は営業に配属になり、彼女から聞く客からの要望を受け俺たちが企画を練る、そういう間柄だったので、互いの抱える問題や愚痴もよくわかり、他の同期や年齢の近い人間も交えつつ頻繁に飲みに行っていた。

「なんで…」
俺は思わず先輩の腕を掴んでいた。
先輩は言いにくそうに俺から視線を外してこう言った。
「まだはっきりしないけど、病死でも、事故でもないかもしれないって」

病気でも事故でもない?
何を言ってるんだ?
先輩が俺の腕をそっとふりほどきデスクに戻るまでの数秒間で、俺はやっと「自殺」という単語に辿り着いた。



彼女は艶やかな丸いショートボブをなびかせて、常に野うさぎのようにサクサクと社内、外を走り回って仕事をこなし、鮮やかといっていい手腕で契約を取ってきた。
男性社員に劣らずサバサバとした口調、態度ながらも、女性らしい気遣いや柔らかな笑顔は忘れず、同僚として、女性として非の打ち所がないようなやつだった。

あのメッセージに覚えがあるとすれば、ひとつだけ、1度だけ、俺たちは寝たことがある。

ただの「過失」だと思っていた。
いつものように飲みに行き、しかしいつもと違っていたのは、その日たまたま他のメンバーの都合がつかず俺と杉田の2人だけだったこと、そして杉田が珍しく強い酒を飲みすぎ、泥酔してしまったことだった。

よくある流れだった。
足元のおぼつかなくなった杉田をタクシーで運び、3階の部屋まで到底歩いて行けそうもない様子の彼女の肩を抱いて何とか鍵を開けさせ、ベッドに放り込み、一息つこうと同じベッドに腰掛けたとき、杉田の細くて白い腕が俺の腰に絡まってきた。小さくて形の良い頭が俺の膝の上に乗っていて、熱い息が俺の腹のあたりを湿らせていた。

彼女の綺麗な栗色の髪をかきあげると、紅く染まった頬と恥ずかしそうに伏せた黒い睫毛が見えた。
軽い気持ちだったと思う。
社内でもファンの多い杉田が、今俺を頼りにするようにしがみついてきていて、俺は酔っていて、ここは杉田の部屋で、杉田からは花のようないいにおいがして、俺は杉田のことを女性として意識したことは殆どなかったけれど、ふと「この唇に触れてみたい」と感じたことがあったのを、何故だか忘れていなかった。

次の日目をさますと机の上に置き手紙と部屋の鍵が置いてあった。先に会社に行くこと。鍵はポストに放り込んでおいてほしいこと。が書かれていたと思う。
隣に杉田がいないことで、昨夜のことが夢のように思われたけれど、指や首元に残った香りが間違いなく現実だったことを告げていた。

会社では、予想通りいつもの杉田だった。
その日の仕事を終え夕飯を食べていると、杉田からメッセージがきていた。昨日はごめんとかありがとうとか、そんな内容だった気がする。俺は俺で、まぁ気にすんなとか、当たり障りのないようなことを返信した。介抱したことについて話しているのか、それとも肌を重ねたことについてのことなのか、確かめることもできず、俺自身が曖昧にしておきたかったこともあり、なんとも微妙なやりとりになったが、翌日以降も杉田はそれを態度に表すことはなかったので、俺はそれに安心してしまった。

その後、杉田は以前にも増して仕事をバリバリとこなしワンランク上のポストを勝ち取った。俺の方はマイペースに仕事とプライベートを半々くらいのエネルギーでこなし、彼女と呼んでいた人のことを他人には「嫁」と呼ぶようになり、抱き上げると小さな手のひらで俺の衣服を掴む新しいいのちも授かった。



杉田、お前は俺のことが好きだったのか?
だったらなんであの時付き合おうとか、そんなようなこと言ってくれなかったんだ?

周囲が白くもやのかかったようになり、頭の中の声がもやに反響するように現実化して聞こえてくる。
(杉田が気持ちを言ってくれたとして、俺に何かできたのか?)

杉田、どうして謝ったりするんだ?
お前は何も悪くないし、俺たちはあの後も普通に飲みに行ったりしていたよな?

(気づかないようにしたのは俺じゃなかったか)

杉田、ごめん、杉田…

俺はなぜ謝っているんだ?

スーツのポケットから携帯を取り出し、液晶に指を滑らせる。
杉田のメッセージを読み返す。

「好きになって、ごめんね」

すると目の前にかかっていたもやが何かに吸い込まれるように晴れていき、次第にその空白が人の形をとり、やがてそれは杉田として現れた。

「わたし、ほんとうは、こういう風にしてたいわけじゃないんだ」

何を言っているのか、何を言ったらいいかわからなくて俺は黙っていた。あんなに長く一緒にいたのに、どうして俺にはこんなに杉田のことがわからないんだろう。
何かを言わなければ杉田が消えてしまうことはわかっているのに、声が出ない。

「わからなくていいんだよ、それが当たり前だから。だってわたし言わなかったもんね。それはわたしのせいだから」

杉田、どうしてそんなに悲しそうにするんだ。なんで当たり前とか言うんだ。なんで言わなかったのはお前のせいなんだ。
問いかけたいのに、叫んで掴み寄りたいのに、自分の体が自分のものではないかのように動かすことができない。

「ごめんね、ほんとうに、ごめんね」



気がつくと、俺は自室のソファの上にいた。暗い部屋にテレビがつけっぱなしになっている。 時計に目をやると午前3時を指していた。

「杉田…」

俺はぼんやりとした意識のまま手探りで携帯電話をたぐり寄せ、メッセージを確認してみた。当然、杉田からのメッセージはない。

「なんだよ…」

俺は声に出して言って、もう一度ソファに倒れこんだ。なぜあんな夢を見てしまったのか、誰にともなく腹立たしくなった。
杉田が自殺?俺のことを好き?
そんなことあるわけないじゃないか。
夢の余韻を吹き飛ばすように「フンッ」と独りで笑い、もう一度眠りに入ることにした。嫁の眠るベッドにもぐりこむ気持ちには何となくなれなかった。


次の日、いつものように出社する道すがら、殆ど忘れかけていた夢のワンシーンが妙に鮮明に思い出された。

いつもと違う、不穏な雰囲気の漂う社内。
一様に戸惑い、悲壮な表情を浮かべる社員たち。
そこを支配していたのは「死」の存在感だった。

杉田…そんなはずないよな?
通勤電車の中、俺は鼓動が早まるのを感じていた。わかっている、あれはただの夢だ。杉田は今日も早目に出社して、サンドイッチを頬張りながら資料に目を通したり日経新聞をチェックしたりしているに違いない。単なる夢に動揺して、こんなにドキドキするなんて普通じゃない。落ち着け、大丈夫だ。

しかし俺は電車を降りるなり杉田の社用携帯に電話をかけていた。
コール3回で回線が繋がる。

「どうした?」

いつものよく通る杉田の声が響く。
俺は、おかしいとわかっていながら滑稽なほど安堵した。杉田がいるわ。そう思った。

「いや、あのー、こないだのK社の件、どうだった?先方はあれで納得したの」
「は?」

その場の思いつきで、とるに足らない案件の確認をしてみたが、杉田は予想通り怪訝な反応を示した。俺は赤面した。

「うん、あの案で行きましょうってことになったよ。でもそんなの別に会社に着いてからでいいのに」

その通りだった。
違うんだ、俺の言いたいことはそうじゃないんだよ。

「なー杉田、あのさ、あー、お前、いや、俺さぁ…」

二の句が継げず言い淀む。
電話ごしに、杉田が訝っているのがわかる。
夢の中の杉田の悲しそうな瞳がよみがえる。お前、ほんとうはどっちなんだよ。
いや、あれは夢か。だけど…

「俺、お前がいてくれて良かったよ」

杉田がポカンとしているのが伝ってくる。
唐突だ。わかっている。
なんの脈絡もない。
伝わるはずもない。
ただ、今俺に言えることは、そして言わなければならないことはこれが精一杯で、唯一だった。

数秒の間ののち、杉田の盛大な笑い声が耳をつんざいた。

「アハハハハ!なーに言ってんの?そんなのわかってるよ、当たり前じゃん!」

いつもの笑い声にホッとするのを感じた。
笑ってくれてよかった。
やっぱり杉田だ。

「あ、今日打ち合わせ9時半に変更になったからよろしくね!会議室とっといたから」

その言葉を聞き終わるか終わらないかの内、プツッと電話は途切れた。
自然と笑顔になりながら携帯をしまおうとすると、メッセージの着信を告げる表示が灯った。

開くと、杉田からだった。
「わたしもだよ、ありがとー」

そうだよな、うん。
お前は俺に、謝ることなんかひとつもないんだよ。

その時ふと、あの夢の内容を思い出そうとしてみたけれど、もうほとんど霧の中に紛れてしまったように思い出すことができなかった。
俺はいつもの風景が待ってくれているだろうオフィスへと続くエレベーターのボタンを、いつもより心持ち力を込めて押した。







コメント(4)

男にとって自意識過剰というのは固く封印しておきたい状況であって、とりわけ『女性のか弱く繊細なニュアンスばかりを再構築した挙句の、それを自分こそが救済し得るのだという自意識過剰』は、バールで口を抉られたって他言したくはない最高機密事項だと思っている。

時々芸人さんが捨て身の自虐ネタにしたり、己を切り売りする覚悟を決めた物書きさんが私小説にしたりはするけれど、女性である七花さんがこれを書けるのは驚異的。

あんたは魔女か。(←注:称賛の意)
>>[1] んー、そういう意図で書いたわけでは特にないんですけど、そういう捉え方も、読む人によって、あるんだなぁと勉強になりました。

なんか前にも夢でみたことを現実の人に言うみたいな、これにそっくりな話書いたなーとか思って、こういうパターン好きなんでしょうかね。
>>[2]
うん。知ってる。
別にそれがこの作品の意図とは思ってなくて、単純にそのリアリティー(?)に驚いたぞって話です。
無粋な深読みごめんなさいm(_ _)m

そういえば、夢に限らず“眠り”に関連したお話多いよね。
寝不足?
>>[3] 眠り、多いですかね?眠りっていうか、夢の話が多いかな。ミズヲとか?

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