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7days,7flowersコミュのビューティフルネイム

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私の大好きな男の人は、本名を馨という。



かおる、女の子みたいな名前だけど、私はその難しい漢字のかもし出す美しい雰囲気が好きだし、実際にその人は美しい。

一般的に見ると、昔野球で鍛えたごつめの身体に不精ひげ、背もそれほど高くないし“美しい”なんて言い過ぎだって思われるだろう。


だけど私には美しい。

私が名前を呼んだとき、応えてくれるその振り向きざまの表情の、一瞬一瞬がストップモーションになる。あんまりみずみずしくて、あんまり尊くて、全てを画像にして見えるかたちで残しておきたくなるくらい。



本名は、馨。
だけど私はその名前で呼びかけたことはないし、彼の周囲の殆んどは彼が“馨である”ことすら忘れている。



大学入学早々、彼が高校球児であったことを知った先輩からそのまま『キュウジ』というあだ名を命名され、それがそのまま浸透してしまっている。キュウジ、キュウちゃん、キュー、キュー先輩…

私は“清水さん”、と呼ぶ。清水馨、彼の本名。ちょっとでも“馨”に近づきたい。という意識の表れ。

呼びかける度に、願いを込めていた。私はあなたの名前を知っています。私はあなたの美しさを知っています。あなたが『ん?』と振り返る度に、その名の意味を知ります。『どうした、』と微笑む度に、あなたの周囲の粒子が一斉にきらめくことを、私だけが、知っています。



だけどある日突然に、唐突に、突如として、私のそのささやかで些細な願いの塔を、そのひとは飛び越してしまった。



馨、



と呼びかけたその女のくるぶしはとても白く、華奢なアンクレットが巻き付いていた。

その女は、この世の中にこんなにも嬉しそうな顔を出来る人がいるんだ、という様な、まっさらな笑顔で、彼に駆け寄って行った。



あの女があんな笑顔を出来るのは、美しいあの人といるからだ、とすぐにわかった。





サークルの飲み会。

なんて全く行きたくなくて、なんならもう、この世を生きたくない、ってくらいのやさぐれ様だったのに、美しいあの人のちょっとした台詞(『なんで、行かないの?』たったこれだけ!!!)によって、私はテーブルの片隅にいつの間にか座っていた。しかも、ちゃっかりと席は彼の隣に。



「…清水さん」

「何?」


私はこの“何?”がこの世の中で一番好きだ。お酒は飲んでいるけれど、酔ってるときもそうでないときも、病めるときも健やかなるときも、いつ何時も私はこの“何?”を聞いていたい。そのためだけに、大抵のことは出来る気がした。

大抵のことは出来るかなぁ、と思った瞬間瞳が潤んで、大好きなあなたの顔がぼやけてしまった。馨さん、馨。心の中では何千回も呼んだのに。心の中じゃだめだっつー話。



「か、馨…さん」

「どうした、お前酔ってるの?」

「酔ってるかも知れないけど、別に酔ってるかどうかはどうでもいいんです。酔ってるときでも何も変わらない気持ちがあるんです」

「やっぱり酔ってるだろう、呂律回ってないよ」

清水さんは、めちゃくちゃ可笑しい、という顔で笑って、私の頭をぐしゃぐしゃとした。ちょっとだけでもいいから、私の馨さんが欲しくなった。そんなのいつもいつでも欲しいけど、今酔ってるし、隣だし、大好きだし、ものすごく欲しくて欲しくて破裂しそうだった。



その瞬間、「逆転!!!」という叫び声がして、私は動転し咄嗟に隣に置かれた彼の手首を握りしめてしまった。

声の主は、居酒屋に置かれたテレビの野球中継だった。9回裏、ジャイアンツ、誰それがやりました、とか何とか騒いでいる。



私の手は極度の緊張で震えていて、酔っていて暑くて汗ばんでいて、だけどどうしても離せなくて、全身が真っ赤になってそのまま蒸発しそうな気がした。訳もわからずにぽたぽたっ、と涙がふたつぶ、正確にこぼれおちたのがわかった。



私の愛しい男の人は、私の指をそっと、ゆっくり引き離し、どこか痛むみたいな、木の葉が落ちるのを眺めるみたいな表情を見せた後、スローモーションで私の耳に近づいて、



「わかってる」



と言った。

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