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歴史好きのGAYコミュの伊達政宗の母親の眠る仙台北山五山のうちの覚範寺に行く

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仙台市の少しだけ北側に標高50メートル程の小高い山が屏風のように東西に連なっています。
1600年に伊達政宗が仙台に城下町をつくった時はこの山が仙台藩の北端でした。
そこに京都五山にならって伊達家ゆかりの臨済宗5ケ寺を等間隔に東側より光明寺、東昌寺、覚範寺、資福寺(あじさい寺)、満勝寺を置きました。
現在、満勝寺はすぐ南の平地に引っ越したため、資福寺の隣にある曹洞宗の輪王寺を含めて北山五山と呼ばれています。

覚範寺に行った訳は、
1987年(昭和62年)に放送されていた大河ドラマ「独眼竜正宗」が土曜日の夕方6時よりNHKのBSプレミアムで再放送中ですが、
伊達政宗の母親である山形県の最上家から伊達家に輿入れした岩下志麻演じる義姫(お東の方)のお墓があることを知ったからです。
覚範寺は元々は義姫が輿入れした伊達政宗の父親である北大路欣也演じる伊達輝宗の菩提寺として山形県米沢に建てられ、
正宗に従い現在地に移って来ました。

義姫は「独眼竜正宗」通り、弓、長刀、小太刀、乗馬にすぐれており相当な男勝りの女性だったようです。
また、晩年は和解したようですが、息子伊達政宗が豊臣秀吉のたびたびの上洛にも従わないことで伊達家存亡の危機になると思い、
正宗に毒を盛り、弟の小次郎に家督を譲ろうとした凄い怖い女性でもありました。

北大路欣也演じる伊達輝宗は、二本松城主畠山義継の拉致により非業の死をむかえ、義姫は出家して保春院となります。
保春院は正宗とぎくしゃくが続くので、実家である山形の最上家に身を寄せますが保春院の兄である最上義光が亡くなると内紛が起きてお家お取り潰しとなり、
行き場を失った晩年の保春院は息子伊達政宗に迎えられ仙台城へ身を寄せます。
その後9年間何不自由なく穏やかに仙台城で暮らし当時としては長生きの76才で亡くなりました。

坂道の途中から石段に変わり、小さいながら立派な「あ・うん」の仁王門を潜り、
正面に本堂が見えて来ますが残念ながら鉄筋コンクリート建てでした。

本堂裏の端に保春院の墓が見えて来ました。
正面に大小2つの墓石が見えますが、左の大きいのは伊達政宗の三男で35才の若さで亡くなった伊達宗清のお墓ではなく供養塔で、右側に凄く小さな墓石が岩下志麻演じる義姫(お東の方)のちの保春院のお墓です。
脇はたぶん殉死の方々のお墓だと思います。
男勝りで気が強く好き勝手に生きた保春院のイメージからはあまりにも小さくて驚いてしまいました。
しかし、伊達政宗は仙台市の南小泉に保春院という寺を建てて位牌所としているので母への思いは相当あったのだと思います。

お墓の前で合掌して目を閉じたら岩下志麻の姿が現れてテレビの影響は凄いと思いました。

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