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アンチ・創価系コミュの創価学会批判は斯くあるべし

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偉そうなタイトルをつけましたが、こう書くのも、創価学会批判が感情的にすぎる人が多く、そのために説得力を失っているものが少なくない、と思うからです。

私は、元創価学会員で、公明党・創価学会の「イラク戦争」を機に、批判者に転じた者なので、自己満足的な批判やヤジではなく、正々堂々と創価学会を批判したいという意識が強くあるのでしょう。

私が思うには、有効な創価学会批判とは、こちらがいきり立つのではなく、あちらのキチガイぶりを自己暴露させるものだと考えます。
そうすれば、客観的な第三者も、かならずや創価学会の問題点をストレートに理解してくれるのではないでしょうか?

ところで、私は現在、現役創価学会員であるiwaさんに、日記コメント欄あらしをされたことから、徹底的な喧嘩をやっています。
上に書いた理論を、ある程度は実践しているつもりです。

・ 元創価学会員として言いますが、(2010年05月19日)
(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1491586143&owner_id=856746)

・ 続・元創価学会員として言いますが、(2010年06月08日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1508912007&owner_id=856746

・ 続々・元創価学会員として言いますが、(2010年06月30日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1526739050&owner_id=856746

・ 続々々・元創価学会員として言いますが(2010年07月14日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1537399264&owner_id=856746


なお、iwaさんとのやりとりを通じて、私なりの「(今の)創価学会論」を書きましたの、下にご紹介させていただきます。
いまのところ、この論文に対し、iwaさんからは「具体的な反論」はありません。

「アンチ創価学会」がそのまま「保守」や「右翼」であるというのでは、薄っぺらだと思います。「左翼」や「平和主義者」にとっても、創価学会は害悪なのです。

コメント(1)

> みなさま

創価学会員iwaさんとの、これまでのやりとりを通じて、私が感じ続けてきた、「違和感」を、「創価学会の精神史」という観点から論じてみました。

短い文章ですが、前例のない着眼点を示せたと思いますので、大方のご高閲を賜れれば幸いです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

   創価学会の精神史 ――iwaさんという症例の意味


戦後の創価学会は、宗祖日蓮の教えに忠実に、果敢な「折伏戦(論戦的布教活動)」をくり広げた結果、会員を増やすと同時に、敵をも増やしました。
また、かつては「貧乏人と病人の宗教団体」と呼ばれるような会員構成でしたから、おのずと「庶民派」「反権力」という、共産党に近い立ち位置を採り、じじつ一時は、協力体制を築こうという話になったこともありました(創共協定)。

しかし、そのために、当時、絶対与党であった自民党を敵にまわすこととなり、事あるごとに「池田大作会長の国会での証人喚問」が取り沙汰され、陰に陽に絶えず弾圧をうけ続けました。

今では、東京都議会で公明党とも組む石原慎太郎都知事も、反創価学会の急先鋒として知られた「タカ派政治家」でした。

このように、創価学会・公明党は、「庶民派」「反権力」の立場を選んだが故に、絶え間ない「法難」に曝されてきたわけですが、そんな創価学会も、時代の推移と共に、徐々に変質してゆきました。

まず、高度経済成長によって日本が豊かになったのに伴い、創価学会員の生活水準も高まって、もはや「貧乏人と病人の宗教団体」ではなくなったことや、全共闘運動の決定的失墜にともなう左翼に対する不人気の高まりなどもあって、創価学会も「庶民派・反権力」から「中流・中道・穏健」へと、徐々にそのスタンスをシフトさせていったのです。

そして、こうした流れの果てに、創価学会・公明党の、今の「権力志向」を決定づけたのが、宗門・日蓮正宗大石寺との対立・決別でした。

この決別によって、創価学会は、宗教団体としてのアイデンティティーを失ってしまいました。
在野で国家権力と対峙した、宗祖日蓮との「血脈」が、決定的に断たれてしまったのです。

もちろん、創価学会は「我らこそ、正統な日蓮の末弟子。地湧の菩薩の眷属である」と主張しました。しかし、その後の「世俗化傾向」は、はた目にも顕著なもので、宗教儀礼的な部分が次々と簡略化されていき、その一方、それを補うかのように、世俗的な活動としての政治選挙運動が、どんどんと比重を増していきました。
その結果、創価学会のアイデンティティーはさらに進化し、「中流・中道・穏健」から、二度と迫害をうけない立場を得ようとする「権力志向」へとシフトしていき、「力」という新たな「安住の地」を求めはじめたのです。

つまり、創価学会の歴史は、「イスラエルの歴史」と酷似しています。

その信仰の故にながらく迫害を受け続けた人たちが、ある時から迫害する側にシフトする。

庶民的で比較的穏健だったはずの人々が、自分たちの身を守るためという名目の下、極めて好戦的で手段を選ばない、自己利益最優先の「現実主義」路線へと反転してしまう。

このように見てくると、創価学会の「被害者意識の強さ」が、今の「手段を選ばぬ権力志向」につながっているというのが、ご理解いただけるでしょう。

また、創価学会員 iwaさんの「手段を選ばぬ攻撃性」「自己正当化のための虚言癖」「非庶民性」「反宗教的現実主義」なども、今の創価学会の精神性を、そのまま反映したものと理解することができるんですね。

公明党・創価学会が、キリスト教右派の支持をうけた米ブッシュ政権を支持して「アメリカのイラク攻撃」を支持したのも、創価学会の精神性が、イスラエルのそれに近いものであることを理解していれば、何の不思議もないものでした。

また、創価学会・公明党の、徹底した無反省も、イスラエルのそれを見れば、容易に理解できるはずです。

イスラエルは先日、パレスチナ地区に支援物資を持ち込もうとした人道支援団体の物資輸送船を、公海上で襲撃して、多数の民間人を虐殺し、国際社会から非難を浴びました。
しかし、やはりイスラエルは「テロリストへの支援の疑いがあった」と言い「自衛のため」にやったことで、何もやましいことはしていないと言い張りました。

この姿は、「公明党・創価学会のイラク戦争支持」に、なんのやましさも感じないと断言し、決して自らの非を認めない、「日記あらし」を使命と任ずる、iwaさんの姿と、ぴったり重なるのではないでしょうか。
iwaさんの「日記あらし」は、イスラエルのブルドーザーが、いきなりパレスチナ人の居住区に入ってきて家屋をおしつぶす暴挙と、まるで瓜二つなのです。

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