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自作小説お披露目会場コミュのソローブレイカー 1−3

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 少年が外へと躍り出れば、

「ん?」
「むっ」

 そこで、一人の男と鉢合わせた。
 長身痩躯の金髪碧眼の男。
 二十代前半のように見えるが、それは異国の血を引いているからだろう。実年齢はもう少し下のようにも見えるし、外見相応の年齢なのかもしれない。金糸で縁取られた純白の外套に身を包んだ、控え目に見てもまともな感覚――人間社会の常識を持ち合わせている者が見れば、一目で怪しい人物と分かる格好の男である。漫画やゲームのキャラだ出てきてしまったような格好にも見えるからコスプレ、と判断する者もいるだろうが。それを踏まえても『怪しい男』に『コスプレ』という要素が追加されるだけだろうが。
 しかし、それはあくまでも人間社会の常識が身に付いた者の観点であり、それを心得ているものの、人智を超えた存在である少年と男には全く、微塵も、欠片も関係のない話である。

「この辺だと当たりを付けたが、よもや民家から出てくるとは」

 男は少年が出てきた民家を一瞥しながら告げる。

(……何とも間が悪い時に現れてくれたものだ)

 少年は内心だけで悪態をつく。
 座し過ぎた罰とでも言うかのような間の悪さ。最初の襲撃から始まって、不可思議な少女、そして敵対している男との接触――これだけ自分にとっては面倒なことが起こると、神によって何かが仕組まれているような気さえしてくる。

「この家の物には手を出すな」

 駄目元で少年は言った。
 義理は無い。あの少女は身勝手に、分かっていて尚首を突っ込んできた。そんな彼女に対して、少年が義理を果たす謂れは何処にも無く、そのことを、その行為を責める者は誰もいないだろう。
 それでも、少年には責任がある。
 あの少女が関わったから今後も関わろうとしてきたように、専門家として素人を巻き込まない責任が。

「元より手を出すつもりはない。いつでも屠れるから、というのもあるが、俺の目的はあくまでもお前との雌雄の決しだからな」

 少年がそう言えば、男は無関心な風情で淡々と言った。

「それは重畳。――場所を移したいがいいか?」
「構わん。ここは遮蔽物や障害物が多過ぎる」
「話が分かるな」

 言うが早く、少年は踵を返し、夜が降りつつある町を疾駆する。それに遅れることなく、男も背中を追い、奇抜な格好をした二人は何事も無かったかのようにその場を静かに立ち去った。


 二人が去って十数秒後、青髪碧眼の少女はそこへ到着した。

「あの様子じゃ、彼と接触した塵芥は健在のようね」

 確かな殺意を帯びた、暗い光を宿す碧眼が眼前の家屋へと向けられる。
 視線の先にある家屋は純和風の豪邸。かなり広い。百、二百平方メートルはあるだろうか。古風な木造の門には『新羅』と書かれている。
 豪邸はひっそりとしていた。周囲の竹林によって闇が降りているのも要因の一つだろうが、住人が少ないのかもしれない。穿った見方をすれば、幽霊屋敷に見えなくも無い。
 或いは、竹林でその存在を周囲――ひいては世界そのものから隠れるようにして建つ奇怪な屋敷。

「塵芥一匹、放っておいても問題無いだろうけど万一ってことがあるものね」

 少女はそう呟くと、右手の指を弾いた。
 刹那、異変が発生する。
 彼女の右腕が蠢いたかと思えば、水となって地へと落ちる。その水は一見すれば水だが、半液体状なためか、地に着いても爆ぜることなく、それどころか意思を持つように蠢き、犬とも狼とも見える姿を成した。

「よろしく頼むわね」

 少女がそう告げると、水でできた犬とも狼とも見えるそれは石畳を疾駆し、二メートルほどある塀を一足で飛び越え、屋敷の中へと消えていく。
 それを見送って、少女は竹林に足を向けた。


 少年が出て行くと、リビングには自然と静寂が降りた。
 夢乃は時計を見やる。十七時三十分。体感時間ではもっと経過しているような感じがしたのだが、思いの外時間が経過していなかった。

「……夕飯の準備でもするかぁー」

 夢乃は自分に言い聞かせるように言って、ソファから立ち上がり、エプロンを装備してからキッチンへと向かった。誕生日会で済ませる予定だったので、キッチンにはいつもならば用意されている物は何一つとしてないからである。
 友人各位を招集して誕生日会を開き直すのも手かと思いもしたが、嘘を付いた手前、そんな仔細なことを気にする面々では無かったが、それでも気が引けた。
 キッチンに立ち、手っ取り早く済ませるか、年に一度の誕生日だからたまには本気を出してみるか――そんな思案をし始めた時だった。
 夢乃は不穏な気配を感知した。
 勘違いか――そう思おうとしたが、その考えを即座に改める。父から教わった日常生活でも稀にしか活躍しない無駄な技能だが、こういう感覚を感知した時、いずれにおいても、大小様々であったが、必ず良からぬことが起きた。例を挙げると、不注意により上から花瓶が落ちてきたことや学校で歩いていると野球をして遊んでいた男子がかっ飛ばしたファールボールが飛来してきた等々。

(ったく、何でこうなるかね……)

 感じた気配に対して、夢乃は内心で悪態をつく。
 少年が意を決し、自分も意を決した。だと言うのに一度変わった、交わった自分達の関係の終わりを運命はどうやら許さないらしかった。
 やれやれ、と夢乃が思うのと、状況が一変は全くの同時だった。
 庭に面して窓を突き破って現れたのは、水で出来た怪物だった。
 敢えて幻想的な形容をするならスライムである。ちなみに可愛くない部類だ。
 到来したスライムは狼の姿をしていた。尖った鼻。鋭利な敵意を宿す瞳。肉食獣だと一目で分かる鋭利な牙。狼だと認識できたのは、その有様が何処か孤高で、壮絶なる威圧感を抱けたからだ。そして『それ』は巨大だった。
 優に四、五メートルはあるだろう。同世代の女子の平均身長より少し高い身長を夢乃は有しているが、その二、三倍は余裕である巨躯。到来した『それ』――水狼によって、ソファと背の低いテーブルはただ乗られただけで破砕した。

「派手に散らかしてくれちゃってまあ……」

 しかし、夢乃は冷静だった。
 冷静でいられたのは、両親から授けられた数多の技能と精神のおかげだった。
 覚えておいて損は無いし、何より何かあった時、そして何かを守りたいと思った時きっと必要になる――その前提の下、夢乃は幼少の頃から日常的に役立つ炊事洗濯掃除勉学から、今のような非日常的で非常識なことでも起こらない限り、決して日の目を見ることはないだろう対応策――戦闘技能まで様々なことを教えられ、教えられたことは大抵習得してきた。

(……あのバカップル、あたしがこうなることを確信してたわね)

 バカップルとは、夢乃の両親のことである。
 実際に起きた。常識的観点からすれば、非日常的で非常識な事態が。
 それを踏まえると、今まで確信を持ってなかった事柄が皆々氷解していった。
 遅かれ早かれこうなることが分かっていたから、両親は適当な前置きの上で、かつそれが怪しまれないような態度で自分に接し、自分を鍛え上げ、現状のような状況に何時接してもまずくないように教育したのだろう、と。また秘匿とされている両親の仕事の内容も、この現状と同質の常識的観点からして非日常的な非常識と関係性がある仕事で、だからこそ秘匿にされてきたのだろう、と。
 もっとも、そんなこと物心付いた時からその実夢乃は知っていたが。

「でもまあ、感謝しておくわ」

 何であれ、夢乃は感謝する。自分をこんな風に育ててくれた両親とこちらの気も知らないで襲撃を仕掛けてきた敵に。
 夢乃は諦めるつもりでいた。
 自分のために、そして少年がそう望んだから。
 しかし、こちらの思惑を余所に向こうはやりたい放題。
 それを卑怯だと、夢乃は思わない。むしろ、当然の行為と賞賛したいと思っているくらいである。不安材料を残しておくことは不利益と不都合しか呼び寄せる原因としか成り得ないだろうから。
 だからこその感謝。
 この時、この瞬間、夢乃は大義名分を得た。
 理不尽と不条理なる死への抵抗という自己防衛に作用された大義名分を。

「――おかげで面倒臭いこと考えず、関わることができるからね」

 夢乃の呟きに対して、水狼は高らかに耳障りな咆哮を上げた。由愛の言葉に、応、と答えるように。夢乃の言葉に抵抗の意思を感じ取ったように。
 水狼は強靭な四肢にて床を破砕しながら踏み込み、キッチンにいる由愛を強襲した。それにより、キッチンは一方的な暴力によって無惨に破壊される。キッチンとリビングを分けている壁は砕け、水道管は破裂して水を撒き散らし、ガスを供給している線は元栓と断絶されてガスが噴き出し、照明はしばし明滅した後に消えて新羅家のリビングに闇が降りる。
 だが、そこに夢乃の姿は無く、

「貴方に恨みは無いけど、殺す気で話し合いする素振りも無かったのだから、自分がどのような末路を
辿ろうと文句は無いわよね?」

 声は水狼の背後から上がった。
 発声と共に水狼は見た。自分の眼前から、自分の脳が敵と判断していた夢乃の姿が消え入るように姿を消したその光景を。
 殴りかかるように水狼は省みて、視認する。高速で強襲を回避し、何事も無かったようにこちらへと背を向けて立つ――刀を持った少女の姿を。
 水狼は夢乃の言葉をすぐには理解できないでいた。当然と言えば当然である。強襲を回避した高速の移動術だけでも驚きだというのに、省みて見ればそこには見知らぬ、いつの間に抜いていたのかも分からぬ一振りの刀。
 しかし、そう思った刹那、水狼は絶命を経て、それを理解した。夢乃が強者であることを。自分はいつの間にか抜かれていた、忽然と現れた漆黒の刀にて命を奪われたのだろう、と。自分の理解が時既に遅過ぎることであると。
 水狼が理解するのを待っていたのかいないのか。
シュン、という何かが消える音と共にスライム狼は、ただでさえ水とガスと存在意義を一方的に奪われた家具や壁、床、窓だった物で乱雑になっているリビングに様々な大きさとなった水の粒となって四方八方に霧散した。

「――『あたし達』の血は遅かれ早かれ人ならざる者を惹き付ける、か……冗談だとは思っていたけど本当のことだったのね」

 夢乃は散々な状況になっている部屋を一瞥して、見なかったことにして、屋敷の外へと足を向けつつ、他人事のようなぼやいた。

「初めから分かっていたことだろう?」

 その言葉に夢乃が他人のような口調で答えた。
 同じ声帯から紡がれたその声だが、その声は明らかに別の個人によって発せられているものと、もしこの場に第三者がいたならば訳が分からずとも、そんな感想を零すだろう。
 その感性は間違っていない。実際問題として、先の声は夢乃ではあるが、夢乃ではなく、夢乃の中にいるもう一つの人格であるから。
 あの少年、そして両親には黙っていたが、その実由愛は彼と出会う前から彼のような存在がこの世に極秘裏に、秘密裏に実在することを生まれたその時、その瞬間から『もう一人の自分』という形で知っている。そして、両親が世界の裏側――異形と呼べる存在達と精通しているかもしれぬ、ということも皆含めて。

「『俺』が生まれた時からいるのに未だに信じていなかったのか?」
「そうは言うけど、今日まで夢刃が言っているようなこと起こらなかったじゃない。この状況にしてみても、始まりはあたしのせいじゃないわけだし」

 家を後にし、竹林へと足を進める。そうして、

「なるほど。清々しいくらいに天使な少女ね」

 そこには見紛うこと無い天使少女がいた。
 天使、と一見で分かったのは、少女の背に純白の光を淡く帯びて光る一対の翼があったからである。それに自然な色合いをしている青い髪。染髪せぬ限りでないだろうその自然な色合い加減は『少なくとも生粋の人間ではない』ということを判別するにはあまりにも充分過ぎる。

「この天使少女がアレをけしかけて来たと見て間違いないな」
「そういう根拠は?」
「右腕が無いだろう?」
 夢刃に指摘されて夢乃は気付いた。確かに天使少女の右腕は肩から先が無い。
「恐らく、右腕を媒介としてアレを呼び出したのだろう。で、俺達はそれを『斬った』。その反動が跳ね返ってこうなっているのだろう」
「はぁ。ま、因果応報って勘弁してもらうことにして――」

 夢乃は夢刃との会話を強引に打ち切って、空を仰ぎ見た。
遠い空――そこからは、何かと何かが衝突し合っているような音が、不定期に数珠繋ぎに聞こえてくる。

「派手にやってるわねー。まあ、探す手間が省けたからいいけど」
「行くのか?」
「行くしかないでしょ? 抜いちゃった以上、無視してくれるとは思えないし、あたし的に周りに被害でも出ようものなら堪らないわ」
「あれだけ派手にやっているのに騒がれないのだから大丈夫だと思うが」
「でも、可能性はゼロじゃない。ゼロじゃない以上、警戒しないことに越したことは無いわ。備え有れば憂い無しというくらいだしね。まあ、若干――いや、かなりの過剰防衛になっちゃうだろうけど、その辺は話し合う余地があるかどうかってことで大目に見てもらえることを祈ることにするわ」
「この惨状を見る限り望み薄だと俺は思うが、努力するに越したことはないな」
「そういうこと。んじゃ、行くとしますか」

 呟いて、夢乃は夜が降りようとしている町へと繰り出した。

「詮無きことだが、あの者は放っておくのか?」
「本気を出さなかったお礼よ。それにまだ話してみて無いから」
「徒労に終わるような気がするのは俺だけか?」
「試合を始める前から諦めちゃ駄目だって」
「なるほど。合点した」


 時間は少し遡る。

「あ、ぐっ!」

 青髪碧眼の少女は突如激痛に襲われ、膝を折った。突発的なことであり、覚悟していなかったので、思わず声に出してしまった。

(一体何が……)

 少女は思考し、その激痛が右腕から来ていることに気付き、

「嘘、でしょ……」

 至った事実を口にした自分の言葉に背筋が冷たくなる。
 視線は右腕。そこには中身を失った袖があるだけだった。戻そうと思っても、その中身が、右腕を媒介にして作り出した刺客は戻ってこなかった。
 そこまで至った時だった。

「『俺』が生まれた時からいるのに未だに信じていなかったのか?」
「そうは言うけど、今日まで夢刃が言っているようなこと起こらなかったじゃない。この状況にしてみて
も、始まりはあたしのせいじゃないわけだし」

 そんな話し声と共にこちらへと近寄ってくる足音が耳についた。

(まずい……)

 本能的にそう思った。だがしかし、右腕から伝わってくる激痛は容赦無く、まるで因果応報だ、と言わんばかりに走った。
 少女の意識はここで断絶される。
 途切れる間際、少女はふと疑問に思った。

(声は二つ……なのに、足音はどうして一つ……)


住宅街から少し離れた場所には何処にでもありそうな運動公園がある。
 時刻は十七時半を少し過ぎたところ。この時間帯ならば多かれ少なかれ、人気はまだあるだろう。まだ日が長いこの時期で、この時勢。今時、暗くなったから家に帰るなどという習慣はよほどの田舎でもあるかどうか。
 しかし、その場所に人気は無かった。日は落ち、濃紺の割合が多くなってきてはいるが、だとしても人気が全くない、ということは決してないだろう。
 無いのは人気だけではない。運動公園一帯は色と時間を失っていた。
 新緑の木々、緑色の芝生、土色のトラック、白の白線、出入り口の石畳、野球の試合時に使う濃緑色の得点板、選手達が休む濃緑色を基調としたベンチ――それらは全てモノクロと化し、『時間』という言葉は愚か、概念すら忘れてしまったかのように、神によって一時停止でもされてしまったかのように止められるその瞬間のまま動かなくなっていた。
 その原因は、人智を超えた者が展開した『結界』による効果。
 外界と一時的に切り離すことによって、現実と世界に、その間のみ常識的観点から荒唐無稽と形容できる事象を認識させなくさせることで荒唐無稽なことを行えることが出来得るようになる人智を超え、人智及ばぬ秘技。
結界の展開は人智を超えた戦いが起きていることの証明。
 何もかもが色と時間を失っている結界内では、例外たる二人の男によって、荒唐無稽と形容する他に適当な言葉がない戦いが行われている。
 一人は少年。
 灰色の髪に空色の双眸をし、ズタボロのコートを着用し、勝ち目の少ない勝負を挑むことを決め、今尚その道を、いつ終わるとも知れぬ戦場に身を置き、置き過ぎたせいで本来の姿を失ってしまった少年。
 一人は男。
 金色の髪に空色の双眸。金糸で縁取られた純白の外套を着用し、少年と雌雄を決することをただただ望む男。
 前述した通り、少年に勝機はゼロに等しい。少年の全盛は遥か昔のことで、今の少年には全盛の十分の一ほどの力しか残されていない。
 少年は善戦したといえる。
 しかし、善戦は善戦。
 相手も同等の条件下であるとはいえ、それを踏まえた上でも少年と男の差には覆らぬ力量の差があり、それは『一方的な暴力』を『勝負』という体裁に保てはしたが、そこまでが限界で限度。付け加えて、少年は万全の状態ではない。様々な要素が少しずつ、しかし確実に双方の差を広げていき――

「はぁ……はぁ……」
「勝負は決したが、弱体化した身でここまでやるとはな」

 片膝を付き、荒げた呼吸を整えようとしている少年に向かって、男は憮然と、しかし少年の見当を褒め称えた風情で言う。

「――1つ、聞かせろ。どうして、他者を頼らなかった」

 男は知っている。少年が隠し玉を有していることを。それが少年の真髄であることを。そして自分が言ったことを少年が実行に移していたならば、今頃地面に伏しているのは自分であったことを。

「お前が我らから離反したのは自分の正義に則ったからだろう? だが、だとしても、いやそうであるならば、むしろ他者に頼るのは当然の行為であり、人間側も支払って当然の対価だ。人一人の運命を――」
「寝言は寝て言え」

 男の言葉を少年は乱暴な口調で遮る。

「……確かにお前の言葉は一理がある。ああ、そうだとも。確かにそうしていたならば、こんな結果にはなっていないだろうし、俺が一人でこんなことをしていることが理解できないというお前の気持ちもよく理解できる」

 だがな、と少年は一度区切り、

「どれだけ高尚な理由があろうと、どれだけ崇高な理由があろうと、こちらの都合で他者の運命を捻じ曲げるなんて所業が許されるはずないんだよ」
「救いに犠牲は付き物だ。それはお前がよく分かっていることだろう?」

 少年の力強い言葉に対して男はそこまで反論してから言葉を切り、

「――お前は一度間違ったことがあるのだから」

 男の言葉は事実だった。
 確かに少年は自分の言葉を自分で否定することを行った過去がある。そうしたことで間違った経験がある。そうしたことで掛け替えのない物を喪失してしまった実績がある。
 だけれども。

「間違ったからだ」

 少年には言えることがある。間違ったからこそ。

「俺は知った。自分が如何に傲慢だったこと。そして教わった。人間は、人は、確かに弱く、愚かな存在だが、俺達が思っている以上に強いことを」

 そんな経験があるからこそ、そんな実績があるからこそ、少年は学び、知った。自分や自分を初めとした同胞達が如何に傲慢であるかを。

「――ああ、それと、誤解されたままでは困るから否定しておくが、お前らの目には俺が『人間を守護している』と映っているだろうが、俺は暇潰しにこんなことをしているだけに過ぎないんだよ」

 男の眉が不審げに寄り、ほどなくしてその表情に理解が広がる。

「つまるところ、ただの意地で、だから他者には頼らなかったわけか」
「そういうことだ。『別に何処でくたばっても構わないが、ただでくたばるのは癪に障る』という自己満足を得たいがためにやっているだけだからな。そんな戦いに他者を頼る理由が何処にある?」
「……語るに堕ちたものだ」
「それに関しては突っ込ませてもらうが、滅ぼされ、人という器を得て尚、俺との決着にこだわるお前も大概だと俺は思うが」
「ついでに減らない口だな」
「俺は事実を言っているだけだ」

 男の眉根が寄せられる。それに伴い、男は明確な殺意をまとい、それに感化されてか、空気が張り詰める。

「ではな」

 短く言い、男は少年の命を奪う渾身の一撃は放った。
 振り下ろされる凶手。少年に避ける力は残されていない。
 それで終わる――はずだった。
 だがしかし、少年の運命は、ある少女と出会ったことで少しだけ狂い変わってしまった少年の運命は、少年に死ぬことを許さなかった。

「彼を殺されると困るのよね。あたし、まだ責任取ってもらってないから」

 その一声が男の凶手を鈍らせ、場違いなほどに明るいその声によって男に隙が生まれる。その虚を突かれ、男は何者かの襲撃を回避することができずに吹き飛ばされ、少年に訪れた終わりは恐ろしいほど呆気なく覆った。

「んじゃ、そういうことで!」

 襲撃者はそんなことを言い残し、少年を小脇に抱えるや否や、さなが曲芸団員のようなしなやか、かつ鍛え上げられた動きで何事も無かったように逃走を図ってしまった。驚きつつも疑問を投げかける少年の言葉を全て無視して。

「――奴が『嫌な風』か」

 一人取り残された中、男は虚空に向かって忌々しげに、それでいて何処か嬉しそうにぼやいた。
 風のように現れ、風のように去っていった襲撃者。
 唯一分かることは、相当な強者であること。
 集中していたとはいえ、こちらに接近を気取られることなく接近し、一瞬の虚をついて少年を助け、潔く鮮やかに退いていく――その手際の良さは強者のそれだ。引き際を間違えず、攻め時を間違えない、強者が強者たる所以の一つであるそれを襲撃者は確かに有していた。

「……なるほど。確かに『嫌な風』だ。だがまあ、だからこそ面白い」

 男は静かに笑い、そして当ても無く二人の後を追った。
 合間見える可能性があるとされていた『強者探求』だけではなく、予想外にして想定外過ぎるにもほどがある襲撃者の登場――戦いを好む男にとって、この困難は確かに困難であるが、と同時に喜ばしい事態でもあったから。

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