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自作小説お披露目会場コミュのRefrain of the Hearts 4

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 イディアがこの部屋に入って、40分程が経っていた。
 フィドルフ司教が尋ねる。

「では、契約内容はこちらでよろしいですね」

 穏やかな声で尋ねられたその中身は、到底穏やかなものではなかった。
 しかし。

「ええ、異論はありません」

 異論はない。言えるはずもない。
 結局のところ、この会見に意味なんてなかった。
 それにしても『契約』なんて、とイディアは内心で笑った。
 その通りだったからだ。
 これは、自分の一生を縛る『契約』だ。
 私は、自由になりたかったんじゃないのか。
 自問してしまう。
 そう、自由になりたかったのだと思う。少なくとも根元の部分では。
 
 ――で、結果がこうなる、と。

 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 自分は、なんて愚かなことを考えていたのだろう。
 この会見だってそうだ。どうにか、少しでも有利な方向へ持って行きたかったのだけれども……内容の細かい部分を詰めるのに終始しただけの、不毛な時間だった。
 当たり前の話だ。最低でも対等の立場に立たなければ、交渉など出来るはずがない。
 そんな風に一通り自分を罵倒しつつ、会話を続ける。

「イディアさんはどうされます。一度、郷里に戻られますか?」

「はい、私物がありますから。形見の品なども、出来れば手元に置いておきたいですし」

「分かりました。お帰りの際は我が家の鳥車をお使いください。セヴァンを御者につけさせましょう」

「お心遣い感謝します」

 そう。
 この家の一員になるイディアには、鳥車を使う資格があるのである。
 もっとも署名はまだしていないので、今現在、厳密には資格はない。署名をしないこと自体は別になんでもなく、単に第三者の立会人が必要なので、今は出来ないというだけの話だ。
 おそらく、ほぼ盤石である鳥車での帰路に加えて、わざわざ『優秀な人材』であるところのセヴァンをつけるのは、逃げださないように監視するのが目的なのだろう。
 だとしても、最早イディアにはどうでも良いことだったが。

「ご懇談中に失礼致します」

 控え目なノックとともに、執事服の男が入ってきた。
 司教はそちらに顔を向ける。

「どうした?」

「フィドルフ様、憲兵隊の支部長が面会を求めておりますが、いかがいたしますか?」

 フィドルフ司教はイディアに向き直って、軽く肩をすくめた。 イディアも頷き返す。

「噂をすれば、ですね」

「それにしても早い。さすがに憲兵隊も、いつものお役所仕事では済まないのでしょう――分かった。1階の応接室に御案内して。すぐに行くと伝えておいてくれ」

 そう指示を受け、執事は退出していった。フィドルフもソファから立ち上がる。

「慌ただしくて申し訳ない。執事をひとり残しておきますので、お寛ぎになってください。南方産の良い茶葉がありますので、宜しければどうぞ」

 南方産と言うならおそらく紅茶だろう。興味はあったが、流石に用もなくこんな堅苦しい場に長居はしたくなかった。

「いえ、私もお暇させていただきます。この街をもっと詳しく見て回りたいですから」

 言って立ち上がるイディア。

「そうですか、では途中までお送りしましょう」

 待機していた執事からバックを受け取り、廊下に出た。
 フィドルフに伴われてしばらく進んでいくと、廊下の突き当たりに飾られている大きな絵が目に入る。
 力強いタッチで描かれているのは、樹、なのだろうか。
 周囲に書き込まれた建物の大きさから推測するに、そうとう巨大な樹なのだろう。
 その壮大さに、一瞬魅入られた。

「あの絵ですか?」

 イディアの視線に気付いて、フィドルフも絵のほうを向く。

「あれはこの街の伝承を基に、半世紀ほど前に描かれたものでしてね。『始原の樹』の話は御存じでしょう?」

 イディアは頷く。
 その手の伝承と言えば、現在ではその多くが教会説話に統合されているが、それ外にも語り継がれているものもある。
 その一つが『始原の樹』であった。

「研究者の説では、ユグ=エンデが聖地となりえたのも、始原の樹の伝承があったことから、もともと霊的な土地柄だったからとも言われていますからね。私も教会の人間とは言え、始原の樹を蔑ろには出来ませんよ」

 だから飾ってあるのだと、フィドルフは説明する。
 そういえば、とイディアは考える。
 自分はまだ始原の樹を見たことがなかった。ユグ=エンデと言えば始原の樹である――そう言われるほど有名なものだ。実物は絵のように天を衝くほどのものではないそうだが、それでも樹齢1000年を超えると言われる巨木である
 せっかくの機会なので、見られるならば見ておきたい。

「ここから始原の樹までは遠いですか?」

「そうですね」

 言って、フィドルフは顎に手をあて、思案する。

「見るだけならここの庭からでも見られます。近くに行くとなると、街外れなので、それなりの時間はかかります。徒歩だと30分から40分くらいでしょうか。興味があるのでしたら案内させますが?」

「あ、いえ、それなら次の機会にします」

 案内なんて、どうせ落ち着かないだけだ。
 ひとりでのんびりと見たかったので、あとにすることにしよう。

「では。また後日に」

 階段を下りたところで、フィドルフは改めて挨拶をして、手前の部屋へと入って行った。そこが応接室なのだろう。
 フィドルフと相手の声が、かすかに漏れ聞こえてきた。防音にはあまり気を使っていない部屋のようだ。
 くぐもりながらも耳に届く、冷たく乾いた、愛想笑いの声。
 興味もないので、イディアはさっさと玄関に向かった。
 無駄に大きな玄関を通り、上品な庭を抜け、門を潜る――

「イディア=ククルカンさんですね?」

 ――その先に、ずらりと10名ほど、憲兵が待ち構えていた。

「遺産詐欺の疑いで、貴女の身柄を拘束させていただきます」


*****



「遺産詐欺、ねぇ」
 
 話を聞き終えて、コクトはまじまじとイディアを見た。

「なんですか?」

 細部までは見てとれない。

「……なによ?」
 
 牢の暗がりに浮かぶ表情は、状況が状況なので沈んで半分泣きそうである。しかし、お世辞を抜きでまあ可愛いと言えるくらいには整った目鼻立ちである。さっき憲兵の明かりでちらっと見えた髪は綺麗な灰色で、背中の半ばくらいまで伸びていた。
 第一印象、おしとやか。
 逆に言えばその程度でしかない。

「なんだって聞いてんだろ固羅っ」

「いや、人は見かけによらないんだなあと思って」

 そんな詐欺をするような、小狡い雰囲気はないのだが。
 というか、あれ?

「あんたそういうキャラなの?」

「うっさい。こんなところに押し込まれてんだからどうでもいいでしょ」

 口調と共にしおらしい表情も消えている。見事な変わり身だと、コクトは思った。

「何?文句でもあんの?」

「いや、しょげられてるより全然マシ」

 湿っぽい女は苦手である。それに。

「それに、その調子ならあんたにも協力してもらえそうだし」

「何を?」

「脱獄」

 暗くてよく見えないが、コクトには相手が唖然とした気配が伝わってきた。

「本気で言ってんの?」

「冗談のつもりはない。あんたの話をまとめると、俺は今この街の要人殺しの濡れ衣を着せられているんだろ?犯人が見つかる望みも薄そうだし、このままだと確実に公開処刑だ。なら逃げるしかねーだろ」

「本当に【濡れ衣】かどうかは知らないけどね」

 痛烈な一言だ。
 確かに現状では、コクトが犯人でないと他人に証明することは出来ない。

「第一、両手両足ふさがれた状態で、どうやって脱獄出来るのよ?」

「俺は解呪の方法を知ってる。ただ、ひとりでは出来ない。どうしても協力者が要るんだ」

「はぁ?」

 またしても唖然としたようである。

「よく知らないけどさ、これって拘束用の正式魔術なんでしょ。なのに、術者キャンセル以外に解呪法があるのはおかしいんじゃない?」

「まあ、正確には解呪法ではないんだけどな」

 方法と言うのもおこがましい、もっと荒っぽい博打である。

「じゃあ質問な。両手の神経を遮断したのは、魔力孔を封じるためだけど、魔力孔を塞ぐと何がどうなるのか分かる?」

「魔法が使えなくなる」

「もうちょい細かく」

 イディアは考え込む。

「魔力孔……出口がないんだから……魔法の発現が、出来なくなる?」

「まあ近い」

 コクトは頷いた。

「つまり、魔力を編んで魔術として形にすることが出来なくなるんだ。魔力が消えたわけではない、というのが重要だな」

「だから何なの?」

 分からないか、とコクトは肩をすくめる。

「それじゃもう一つ。このカタチのない魔力というものを伝導しやすいものと言えば何?」

「それは………」

 血だよ、コクトは言った。

「魔術の大元は血なんだ。たぶん目には見えないけど、この拘束魔術を使う時にも血は使われてる。血の残滓だな。自分の魔力をもって他人の人体を封じるなんて術式を描くには、血の伝導がどうしても必要になるんだよ。んで、個人の魔力の質は基本的に相容れないから―――」

「分かった。拘束術式の『血』に、他の誰かの血を反応させるわけね」

 ふふん、と笑って見せるイディア。しかし、それでは半分正解と言ったところだ。

「いや、一度術式としてカタチになった魔力はそうそう無形の魔力に反応しない。小川の水がデカイ岩を流せないのと一緒だな。この場合、自分の血と他の誰かの血を混ぜることで魔力の異常反応を起こす、が正解」

 なるほど、とイディアは頷く。しかし首を傾げて

「でもそれって、術式の魔力を、異なる血の魔力反応で力づくで吹き飛ばすってことだよね。反応が大きすぎたらどうすんの?制御手段は?」

「ない」

 きっぱりとコクトは言い放つ。

「制御手段を奪うことが魔力孔を封じることの目的だろ。そりゃ制御出来なくはないけど、どのみち人体に影響を与えないように術式だけトばすなんて細かい調整は無理だ」

「じゃあ失敗したら腕ごと吹き飛ぶっての?危ないじゃない!!わたしはそんなの嫌だからね」

 呆れたようにイディアは言う。その反応はコクトも予測済みだ。それでも協力してもらわなくては困る。
 だいたい、とイディアが口を開いた。

「なんで私が手伝わなきゃいけないの? 私のメリットは?」

「ここがどうだか知らないが、普通、脱獄者と相部屋だった奴には罰則があるな」

「ならあなたが脱獄しなきゃいいだけでしょう」

 その通りである。コクトはうんうんと頷いた。

「でもさ、あんたも遺産詐欺だっけ、疑われてるんだろ?このままここに居たって、良い方向に進むとは思えないけど」

「わたしは大丈夫なの。そのためにフィドルフと契約したんだから」

「契約、ねえ」

 コクトがつぶやいた時、再びギギギと扉の開く音がした。こつこつと、誰かが歩いてくる音がする。
 そして、鉄格子の向こうに初老の男が現れた。

「フィドルフ司教様!!」

 イディアが嬉しそうな声を上げた。
 こいつがフィドルフか、とコクトは男を見た。
 逆光で細部までは見てとれないが、その顔には冷たい目が光っている。イディアの声にも微動だにしない。契約とやらの中身は知らないが、これはどうも、そういう雰囲気ではないような気がした。

「この女かね?」

 フィドルフは付き添いの憲兵に尋ねる

「そうです。ちょうどフィドルフ様の屋敷から出てきたところでしたので」

「すまないが、私には見覚えがない。知らない女だ」

 意味不明の会話を交わす二人。その様子にイディアも異変を感じたようだ。

「……フィドルフ様?」

「それはよかった。フィドルフ司教、あなたがコーネリア大司教暗殺に絡んでいるなんてことがなくて、ひと安心です」

「コーネリア大司教は私の尊敬する人だ、当然だとも。こいつらは、まだ何も自白してないのだったか?」

 ええ、そうですと憲兵は応える。

「明日からはじっくり絞ってやるつもりですが」

「その心意気は結構。だが絞る前にひとつ、教会に身を連ねる者として、罪を告白させる猶予を与えてやりたいのだが、良いかね?」

 その言葉に憲兵は心得たように頷いた。

「分かりました。では私は外で待機していましょう」

 言って、憲兵は外に出ていく。
 鉄格子の向こうにはフィドルフだけが残った。

「フィドルフ……司教様……?」

 イディアが恐る恐ると言った風に問いかける。

「こうなってしまって非常に残念ですよ、ククルカンさん」
 
 フィドルフはため息を吐きながら話し始めた。

「私はね、貴女の親殺しと遺産横領の罪は本当に隠蔽するつもりだったんですよ?その準備もしてあった。なのに貴女の罪はコーネリア大司教暗殺だと言う。これはどうにもなりませんよ。いくら私でもね」

「そんなっ?!」

 イディアは叫んだ。

「だってわたし、ここに連れてこられるときに遺産詐欺だって――」

「その時は本当にそうだったのでしょう」

 イディアをさえぎってフィドルフは言う。

「しかしそちらはすぐに間違いだったと判断されました。私が細工しておいた証拠品のおかげでね。ところが貴女は、大司教暗殺の現在における第一級被疑者と接触があったと言う。なら捕まえないで良いはずがない」

「そんな……誤解です!! セヴァンさんだって一緒だったし……」

「ですが、セヴァンが憲兵を呼びに行った数分、貴女とそこの彼の二人だけしかいない時間があった。しかもセヴァンを詰め所に行かせたのも、貴女がその場に残ったのも、貴女の指示だと言う。その間に何らかのやりとりがあった」

 それが憲兵の筋書きですよ、とフィドルフは苦笑気味に言い放つ。

「そういうことで、この件は諦めてください。私は私の契約義務を果たした。今こうなっているのは貴女自身の責任です。運がなかったですね」

 同情しますとフィドルフは肩をすくめた。

「長々話してしまいましたね。では、そろそろ失礼します」

「待って……!!待って下さい!!!」

 イディアの悲痛な声が届いたか、出口に向かっていたフィドルフは一度立ち止まって、振り返る。

「そうそう。契約書にサインをもらっていませんでしたが、とにかく私の責務は果たしたということで、契約通り貴女の財産は全て頂きます。ご了承ください」

 ギギギと、扉が開いて、また閉じられた。
 牢にはイディアの嗚咽がかすかに響いていた。


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