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Summer Dayz 〜拓真と陸王〜コミュのA parallel story 後編

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前編
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それから俺は断然野球部に興味が沸いた。
でも、いつもどおりの毎日にそう変化はなく、自分から野球部に近づくようなこともできなかった。

そしてまた季節は巡る。
大谷と出会ってから、三度目の春が来た。
大谷とはまた別のクラス。
でも代わりにといってはなんだが、拓真と陸と同じクラスになった。
結構ワクワクした。

拓真の熱苦しいくらい熱い性格や、陸のほんわかしたキャラを知れて楽しかった。
今までにないスピードで、時計が回っていた。
桜の木はあっという間に青葉をつけて、傘が乾かない季節が過ぎ、その年初めての入道雲を見た。

「組み合わせ決まった?」
「おう、決まったよ。我ながら、なかなかのくじ運。そっちは?」
「まだ。来週決まる」
「そっか」
「応援行くから、残ってよ」
「邦洋こそ頑張れよ」

ノリじゃなくて本気で言ってるのがよくわかる。
そういう真っすぐさが、羨ましかったりもした。
拓真の視線が俺の後ろに動いて、誰か来たのがわかる。

「クニ」

その声に胸が跳ねる。
振り返ったら大谷が、手にノートを持っていた。

「ほい。ありがとな」
「後でよかったのに」
「使うかなと思ってさ」
「ありがと」

昨日の帰りに貸した、授業のノートだった。
それだけのことで、大谷は「んじゃ」と教室を出て行った。

「大谷と仲いいよなー」
「毎日一緒にトレしてるよな」
「付き合ってるん?」

俺と大谷のやりとりを見たクラスの何人かが、からかってきた。
別に悪気のある言い方じゃなくて、単なる冗談なのはわかったけど、でもなんか少し辛かった。
こっちも冗談で「まーねー」と返そうか「んな訳ねーだろ」って普通に絡むか迷ってたら、拓真が口を開いた。

「いーじゃんなぁ。付き合ってても」

拓真は、無敵の爽やかな笑顔で言い切った。
みんなもつられて笑った。
俺も「そやね。それもいいかも」と笑った。
なんか嬉しかった。
拓真の顔を見ると、ちょっといたずらっぽい目をしていた。

(拓真になら、話してもいいかも)

その顔を見てたら、そんな気持ちになった。
野球部が大活躍をして、俺の思い出に残るくらいの試合をしてくれて。
その間中、拓真に話してみようかなという思いをどこかで持ち続けていた。

そしてその思いは現実になった。

もう冬も深まりつつある時だった。
部活も引退した俺たちは、図書室で勉強をして、それからトレーニングをして。
後は今までと一緒。
暗くなった校舎を後にして、校門へ向かっていた。

「あ、シューズ忘れた」
「明日でいいっしょ」
「いやいや、意外に俺のファンが盗っていくかも」
「あの臭いシューズを?」
「臭いからいいんじゃん」

そう言って笑った大谷は「ちょい待ってて」とトレーニング室へ戻っていった。

(普通だったら「先に帰ってて」なんだろうな)

その校門でのひと時を大谷も当たり前のように思ってくれていることが嬉しかった。
でも、大谷と俺の思いは違う。
わかっていたけれど、わかっているからこそ、その思いはどんどんと膨らんで押しつぶされそうな時があった。

自分でもよくわからないため息をつきながら、校門に寄りかかって大谷を待っていた。

「陸先輩と帰らなくていいんですかー」
「だって、方向別だし」
「そういう問題じゃありませんよ。乙女心がわかってませんねぇ」
「陸、乙女じゃないし」

もう誰もいないと思っていた校舎の方から聞こえてきた声は、拓真と誰かの声だった。

「いつもどんなデートしてるんですか」
「だから、デートじゃないし」
「うーん、もう。つまんないなぁ。でもキャプテンの方はデート気分だったりするんでしょ?」
「んなことねぇよ」
「えー、つまんないー!」
「つまんないって言われてもな。…まぁ、いいんだよ。陸と一緒にいられればそれで」
「キャプテン…」
「んだよ?」
「キャプテン、可愛い」
「あほっ!」

多分、野球部の後輩の誰かとの会話だろう。
でもその後輩が誰かとかよりも、話しの内容にメチャクチャびっくりした。

(今のどういうことだ?拓真が陸のこと好きだってこと?)

しかもその「好き」は俺が大谷に抱いてるのと同じ「好き」に聞こえた。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。
隠れようかとも思ったけど、隠れるところなんかなかった。

「あ」
「よう」

拓真と目を合わせづらくて、ちょっと下を向いてしまった。

「大谷待ってるの?」
「うん、まぁ」
「そっか。あ、こいつ一年の尊光」
「ちわっす」

尊光が名字だったのは後で知った。
二人とも、少し落ち着かない様子だった。
そりゃそうだ。
聞いた俺の方でも、どうしようか困るくらいだから。
そうこうしているうちに、大谷が来た。

「よう」
「おう」
「んじゃ」

なにが「よう」で、なにが「おう」で、なにが「んじゃ」なのかさっぱりわからない会話をして、拓真達は歩いて行った。
その後、大谷と何を話したのかは覚えていない。

(拓真、気まずいだろうな。っていうか、拓真が陸を…。うーん)

どうしていいのか迷ったけれど、最終的には知らん顔をするのはやめた。
聞く時は直球で聞いた。

「あのさ、拓真って陸が好きなん?」
「…やっぱり、聞こえてた?」
「うん。いや、聞くつもりじゃなかったんだけど」
「ううん。あんな大声で話してた俺らの方が悪いんだし」

拓真はそう言って黙り込んでしまった。
次の言葉が見つからないんだろう。

「でさ。俺、いいと思うよ。そういうの」

聞く時は直球だったくせに、自分の思いとなると途端に回りくどくなる。

「いや、だからさ。なんていうの、別にほら」

煮え切らない自分が嫌になる。

「ありがと」

拓真が俺の様子を見て、話を終えようとした。
でもそれじゃ、俺にとっても言わなきゃいけないことを言っていない。

「いや、ありがとうとかじゃなくてさ、えと、だからその。男がさ男を好きでもさ、そんなのもいいっていうか」

自分でも何を言ってるのかわからないくらいなのに、拓真は俺を真剣に見ていた。

「だからさ、俺もそうなんだよ。俺も大谷が好きなんだ」

そう口にした瞬間のことだった。
俺の体に原因不明の電気が走った。
ふいに涙がこぼれた。
拓真が驚いたように俺を見て、やがて静かにうつむいた。

「初めて?誰かに言ったの」
「…うん」
「そっか」

拓真が顔を上げて俺と目を合わせた。

「辛かっただろ」

その一言は、俺のずっと取れなかった胸のつかえを一気にとかした。
俺は涙を止めることができなかった。


それから、俺と拓真はいろんなことを話すようになった。

「同じクラスに、まさかこっちの奴がいるとは思ってなかったなぁ」
「こっちって?」
「お!俺より初心者」

そんな会話から始まって、拓真のいろんなことを聞いた。
晃司のこともすぐに紹介された。

「なんつーか、こいつがいろいろ教えてくれたんだよね」
「なんかその言い方、俺がすごいエロみたいな感じがするんですけど」
「別にそんなこと言ってねぇだろ。ていうかエロで間違ってないじゃん」
「まぁそうですけどっ!でもそんなこというなら、もうエロ動画とか見せてあげなーい」

拓真が自分のことをゲイだって自覚したきっかけのことも聞いた。
晃司の部屋でエロ動画を見た時って言ってたけど、でもそれは性欲がどうとかじゃないんだろう。
拓真の為に思い切った晃司の行動に、拓真が感動したからなんだと思う。

俺も勇気を出さなきゃと思った。

「告ってみりゃいいじゃん。イエスかノーかは別にして、伝えればわかることたくさんあると思うし」
「でもさ、相手が相手じゃん」
「男同士ってことか?」
「うん。まぁ」
「そりゃ女に告るより、100倍勇気いるよな」

クリスマスが近づいたある日のことだ。
大谷に思いを伝えるかどうかって話で、拓真はそう言った。

「本気で大切な友達って、例え好きの種類が違っても、ちゃんと受け止めてくれる気がするんですよねー」

一見軽そうな晃司だったけど、本当は繊細に物事を考えてるのがよくわかった。

「でもさ、やっぱり今までの関係が壊れないにしても、どう変るのかなと思うと不安なんだよな」

弱気にそう言う俺を見て、二人は顔を見合わせた。

「だから、こうやって相談に乗ってるんじゃん」
「大丈夫、変ったら変りっぱなしじゃないんだから。変ったら、また良いように変えればいいんですよ」

心から言ってくれているのはわかっていたけれど、やっぱり少し怖かった。

「なんで二人はそんな強いこと言えるの?」

拓真と晃司はまた顔を見合わせた。

「俺だってさ、めちゃめちゃ怖かったよ。それで周りにも迷惑掛けたし、助けてもらった」
「僕も怖かった。だけど、キャプテンが真剣に聴いてくれたから今も笑っていられるんです」

晃司が拓真に告白している場面を想像した。
確かに怖かっただろうなぁと思った。
その場面を、俺が大谷に告白している場面に置き換えて想像した。

「…やっぱり超怖い」

俺は笑ってそう二人に言った。
結構、軽くて晴れやかに笑えた。

「これ、ちょっと早いけど、俺達からのクリスマスプレゼント」
「え?」

青いリボンが掛かった小さな箱だった。

「開けていい?」
「いいよ」

包みの中からは、青いマグカップと四葉のクローバーが刻まれたコインに短いチェーンが付いたストラップが出てきた。

「そのストラップね、僕がキャプテンに告った時にずっと持ってたやつ」
「マグカップは去年のクリスマスに、俺が陸からもらったのと同じやつ」

その説明だけで、二人の気持ちが強く伝わってきた。

「ありがとう」

少し泣きそうになった俺に、二人はちょっと照れていた。

「ていうか、そのストラップ、お守りとしてはある意味ちょっと微妙なんですけどね」
「なんで?」
「だって僕、キャプテンの彼氏になれなかったもーん」

笑顔の晃司に、俺も笑った。

「大丈夫。勇気って意味じゃ一番のお守りだよ。だって捨て身の告白だろ?」

俺がそう言うと、晃司は「失礼ですね。一抹の期待だってしてたんですから」と、笑いながら睨んできた。
なんとなく頑張ってみようかなって気にさせられていた。

俺も大谷に何かプレゼントしようかなとか思って、ちょっと店をのぞいてみたりもした。
でも改めてプレゼントとか、何を贈ったら不自然じゃないのかなぁなんて考えちゃって、結局は近くの神社で合格祈願のお守りを買った。

その年のクリスマスは、日曜日だったから学校は開いてなかった。
大谷の家まで行って、なんだかんだと苦しい理由をつけて大谷と会った。

「これ、クリスマスプレゼント」
「へ?」
「なんて、ちょっと験担ぎに行ったからさ、大谷にもと思ってさ」
「ありがと」

大谷はちょっとおかしそうに笑った。

(やっぱり不自然だったかな)

「今も英文法やってたんだけどさー。この時期になって未だに初めて見る熟語あるんだよなー」
「そんなんあるある。俺だって化学とか超やばいし」
「んじゃ、験担ぎに行ってる場合じゃないだろ。勉強しなさい」
「だから、験担ぎに行ってるんじゃん」
「そうとも言うか」

くだらない会話の奥で、疼く恋心。
何も知らずに笑う大谷。

「早く終わらないかなー。もう勉強めんどくせー」
「勉強しに大学行くんだろ」
「え?何その大人的発言は」
「大人ですから」
「クニちゃん、童貞君がそんなこと言っちゃいけませんよ」

ふざけてちゃん付けで俺を呼ぶ大谷。

「童貞君はお互い様でしょう?」
「それはどうかな?」
「えっ!?」

思いっきり焦った俺に、大谷はちょっとキョトンとして、それから「焦り過ぎだって、クニ。大丈夫。ちゃんとクニを置いていく時は予告するから」といたずらっぽく言った。

俺はどう反応したらいいのかわからなくて、言葉に詰まった。
そんな俺に気づいてか気づかずか。
大谷が言葉を続けた。

「でもさ、この3年。誰よりもクニと一緒にいたよなー。受験終わったらさ、卒業旅行しようぜ、卒業旅行。俺、ボードとか行きたい」

交感神経系のホルモンが一気に全開になるのがわかった。

「あ、俺もボードやりたかった」

大谷と二人で一泊することの意味とか、卒業って言葉の切なさとか、そんなものがすごいスピードで体を駆け巡って、言葉に出来たのはそれだけだった。
クリスマスにかこつけて、ちょっと告白してみようかなんて思いは、脆くも崩れ去った。

「おし。ちょっと楽しみ増えた。んじゃ頑張りますか」
「おう。んじゃな」

結局それだけの会話で終わった。
だけど、卒業旅行は俺の中で相当の場所を占めた。
拓真と晃司にはすぐに報告した。
二人とも、超からかってきたけど、でもそれ以上に応援してくれているのがわかった。

すぐにセンター試験の日がやってきて、二次試験もあっけなく終わってしまった。
未だにこんな簡単な言い方をするのに抵抗があるくらいだれど、俺は浪人が決まって、大谷は進学が決まった。
もしあの時、俺も受かっていたら。
もしあの時、大谷も落ちていたら。
そんなことを今でも考えるくらい、大谷と違う道に進まなければならないことは当時の俺には重大だった。

「このまま、何も言わなかったらそれでお別れなんだよな」

大谷に告白して付き合えるようになる確率なんて、0コンマいくつもないのに。
浪人生と大学生の付き合いが難しいとか、そんな次元ですらない話なのに。

暗くなる俺に、さすがの拓真と晃司もかける言葉に困っていた。
二人ともしばらく黙った後に、拓真が口を開いた。

「でもさ、俺は永遠の別れなんてないと思う。それから、人を想うのに破れようが秘めていようが、無駄なことなんて何一つないと思う」

真っすぐ過ぎる拓真の言葉は、すぐには俺の中に沁みなかった。

「とにかく、楽しんできてくださいよー。せっかくの旅行なんだし。ね」

晃司の人懐っこい笑顔と、拓真の真剣な眼差し。
どっちにも、どれだけ救われたか。
それは間違いなかった。

「ありがと。お土産は漬物でいい?」
「えー、ビミョー。お菓子にして下さいー」
「俺はあの三角のあれね」
「何?三角のって」
「ほら、あの地名とか刺繍してあって、金色の紐がまわりに付いてるやつ」
「ペナント?」
「そう、それっ!」
「…絶対買ってこないし」
「絶対いらないし」

俺の精一杯の冗談に付き合ってくれた拓真に感謝した。
卒業旅行の行き先は、高速バスで3時間半。
その年の冬は結構寒くて、雪はたくさんあった。

「うっひょう!」

子どもみたいに雪にはしゃぐ大谷が眩しくて、なんかそれだけで胸が一杯になった。
暗くなるまで滑って、ラーメン食って、ナイターでも滑って。
くたくたになって、宿に帰った。




BGM[さよならは 言わない] by 小田和正




「おし、飲もうぜ」

大谷はいつの間に用意したのか、缶チューハイと缶ビールを何本か取り出した。
缶の開く音が、耳に沁みた。

「乾杯」

鈍い音のする缶同士の乾杯。
でも手ごたえはしっかりある。
俺と大谷の付き合いもこういう感じかなと思った。
ワイングラス同士のような華やかな音はしないけれど、でもぶつかった手ごたえがしっかりあって。

点けっ放しのテレビに突っ込んだり、他のクラスメートの進路の話題をしたり。
ボードの疲れもあったけど、大谷との時間がもったいなくて、中身なんか気にせずに、やたらとしゃべりまくった。

「ほんとあっという間だったなー」
「やめてくれる?早くもその思い出回想モード。俺、泣いちゃうよ」

うるさいくらいの暖房の音。
よく冷えた缶。
どれも現実的だったけど、その時の大谷の顔が一番色濃く感じられた。

「いいよー。泣いちまえ。俺が受け止めるー」

酔いも手伝っていたかもしれない。
でも、なんにしても俺の本当の心。

「とぅ!」

気が付いたら、俺はふざけた感じの掛け声とともに、大谷の体に飛び込んでいた。
布団の上に押し倒す格好になった。
トレーナー越しの距離にある、大谷の体。
愛おしくて愛おしくてたまらなかった。

「重いー」

大谷が笑いながら潰れた声を出した。

「俺そんなに太ってないし」
「太ってないけど、タッパがあるだろっ」
「受け止めるゆーたやん」

俺は精一杯冗談ぽくそう言って、体の力を抜いた。
大谷もフッと息を吐いた。
そして、俺の背中に腕を回してきた。

「ありがとなクニ」

反則だった。
こんな状況で、優しくそんなこと言われて、普通でいられるわけがない。
俺も中途半端に放り投げていた両腕を、大谷の体に回した。

「俺も、ありがと」

腕に力を込めると、大谷も同じようにしてくれた。

「三年間楽しかった」

まるで自分から別れを告げるように、口にしてしまった。
その言葉を音にしたら、きっと自分は涙を堪えられないとわかっていたのに。

「俺もクニのおかげで楽しかった。ありがとな。んで、これからも頼むぜ」

これからも頼むぜ。
その言葉で、俺は少し我に返った。
拓真の「永遠の別れなんてないと思う」って言葉を思い出した。

「俺の方こそ。イタイケな浪人生を頼むよ」

俺の方から体を離した。
そのままじゃ爆発しそうだった。
ごまかすように、酒を飲んだ。

「んあー、結構飲んだなー」

布団の上で伸びをする大谷。

「立派な大人になって、高級なバーとかでまた飲もうなー」
「意外なこと言うね。俺は庶民派居酒屋でいいけど」
「あは。実は俺もそっちが好き」

大谷は微笑みを浮かべたまま、目を閉じた。
もう寝るのか?と声を掛けてみたけど「寝ないよー」と寝ぼけた声が返ってきただけだった。
大谷が寝息を立てるのに、3分もかからなかった。
急に胸が締め付けられて、一度その場を離れた。
トイレから戻っても、大谷は変らない体勢でゴロンと寝ていた。

さっきハグしたぬくもりが甦る。
ほんの少しだけ手を伸ばせば、そのぬくもりを確かめられる。
布団もかけていない大谷の体の起伏が、ものすごくリアルだった。
俺は自分の両手を握り締めた。

本当に好きで好きで仕方なかった。
こんなにも近くて遠かった。

「好きだよ。大谷」

絶対に聞こえないくらいの声で呟いた。
その自分の声が、あまりにも悲しかった。
握り締めた手をほどいて、自分の顔を覆った。

「好きだよ。大好きだよ」

堪えきれない嗚咽と一緒に、俺は何度も何度も大谷に好きだと言った。
どこにこんな大量の涙がしまってあったのだろうと思うくらい、涙が溢れて止まらなかった。
絶対に聞こえない、俺の告白。
初めて本気で好きになった人。
後悔はしないけれど、でも切な過ぎた初恋だった。


いつ眠ったのか覚えていない。
気が付いたら朝で、大谷はいつの間にか掛け布団にくるまってまだスヤスヤと眠っていた。

ひょっとしたら、俺の声が聞こえていたかもしれないと思った。
枕元に並んだ酒の空き缶が、昨日のことが夢でないと教えてくれる。
もし聞こえていたら…
そう思った時、バックにつけていた晃司がくれたストラップが目に入った。

(聞こえてたら聞こえてたで…まぁ、いいか)

俺は自分にそう言い聞かせて、ガバッと起き上がって、大谷を起こした。
眠そうに目をこする大谷を見ながらカーテンを開けると、もうすっかり高く昇った太陽が、雪や氷をキラキラと輝かせていた。

「滑ろう!」
「浪人生だけに…ねぇ」

眠そうな顔のクセに、気の利いたギャグを言いやがるから、もう一度大谷の上に飛び込んでやった。
今度はそんなに切なくなかった。



バスが出る夕方まで、目一杯滑った。
昨日よりも高いコースに上ったり、ボードを置いて二人雪合戦をしたり。
リフトの上で撮った写真。
俺の鼻は雪焼けで赤かった。

バスに乗り込んで、昨日はあんまり寝ていなかったし、体力も結構使ったし。
すぐにでも眠ってしまうかと思ったけど、頭は冴えていた。
段々と風景から雪がなくなっていき、代わりに街の明かりが増え始めて。
すぐ横には、またもやスヤスヤと眠る大谷の寝顔。

(ちくしょう。可愛いなぁ)

苦笑いするしかなかった。
あと1時間もしないうちに、バスは到着する。
バスを降りたら電車に乗り換えて、改札口を通って。
5分も歩けば分かれ道。
「これからもよろしく」なんて言ったけど、でももう大谷とはなんの予定もなかった。
不安で胸が潰れそうだった。

「おい、着いたぞ」
「んぁ」
「寝ぼけてると置いてくぞ」
「いいよー置いてって。俺このままもう一回行ってくるわー」
「なんだそれ、俺も連れてけ」

棚からバックを下ろして、座ったままの大谷にドスンと渡した。

「おう。また行こうなー。まぁクニが浪人生活終わったらの話だけどー」
「はいはい。せいぜい頑張りますから、その時はどうぞよろしく」

乗りなれた電車。
いつもの駅。
昨日の朝ここを通ったなんて、信じられない気がした。
あと5分。
俺は大谷に何を話せばいいんだろう。
大谷は「あのコンビニいつの間に出来た?」とか、そんなどうでもいいことを話している。
俺は相槌を打ちながら、大谷と俺のテンションの違いに囚われる。

だんだん自分の鼓動が大きくなって、大谷の声が小さく聞こえた。

「んじゃ!またな」

突然に、大谷の声が耳に飛び込んだ。

「お、おう!また」

またなという言葉が付いていたことにしがみつくように笑って、俺は手を上げた。
振り返れば、まだ大谷の後姿が見えるだろう。
でも俺は振り返らなかった。
いや、振り返れなかった。
その後ろ姿を見てしまったら、本当に最後の別れになってしまうような気がして。

ひとつめの曲がり角が見えた。
あの角を曲がったらもう大丈夫。
泣き崩れたって何したって、大谷からは見えない。

そう言い聞かせて、その曲がり角まで必死に歩いた。
あと5歩。
あと3歩。
あと1歩。

そうして俺はその角を曲がった。



「お帰り!」
「お帰りなさーい!」

一瞬、幻かと思った。
ニヤニヤした拓真と晃司が立っていた。

「どうだった?」
「お疲れさまー」

俺は、あまりにもホッとしてしまって、別の意味で涙がこぼれてしまった。
拓真も晃司も、めちゃくちゃ温かい笑顔をしていた。
泣きじゃくる俺の肩に、二人してそっと手を置いてくれた。
俺は気が済むまで泣いた。

抱きしめた大谷の体の温もりも、「これからもよろしくな」って言った大谷の声も、伝えられなかった俺の気持ちも、全部全部が嘘じゃなくて。
それが切なくて、それが嬉しくて、俺は気が済むまで泣いたんだ。







結局、俺の浪人生活は一年で終わりを告げ、でも大谷とボードに行くことはなかった。
大谷と再会したのは、俺が大学1年の秋。
実に一年半ぶり。
でも何も変っていなかった。
柔らかな笑顔も、何もかも。

変っていたとすれば、俺の心の穏やかさ。
無駄じゃなかったんだなと、改めて思った。
無駄な想いなんてないんだなと、拓真の言っていた意味を思った。



「永遠の別れなんてないと思う」

あのクリスマスの時の拓真の声が聴こえる。

サヨナライツカ

誰とでも、どんな存在とでも。
いつかは別れる。
でも、永遠の別れなんてない。


だから俺は、さよならは言わない。


コメント(10)

 元さんが以前書いてた実体験がリンクしてきて、クニとともに想いが重なって・・・
 「本当に大切な友達は好きの種類が違っても受けとめてくれる気がする」
 が心を撃った!
 
拓真と晃司の心の励ましは、キャラを知ってるので親近感があって、また二人が好きになったよ手(チョキ)

そして、そんなやりとりに関連して

以前マイミクさんの弟が兄さんが、どうもこっちみたいと悩んでた時に、その弟の友達が「にいやんが、それで幸せならいいやん」と言ってくれたことで、弟がそのマイミクさんを受け容れたって話も思い出した。
まゆちゃん>

俺もボード行くシーンあたりから、かなりやばかった。

これ実はねぇ、半分実話なの。
駄洒落でなくて泣き顔
dullmaさん>

俺もそのフレーズはお気に入りで、これまでも聡が言ったりもしておりまする。

そのお兄さん嬉しかったろうなぁ^^
いい話だぴかぴか(新しい)
友春さん>

できるさぁぴかぴか(新しい)

ちなみにだけどね、この話しは、リアルな体験からのリクエストをもらって出来たものですぴかぴか(新しい)

クニ、がんばったね。言えなかったけど、無駄になんてならないさ。涙

一気に23話まで来ちゃって、底を付くからゆっくり読んでね
って言われたから、元さんの日記読んだり、こっち読んだり。

さ、本編に戻るかなっ!泣く準備、よーし!爆
アコきっちゃん>

そうなんよー。
クニ頑張ったよね。
なんか泣いてばっかりだけど、正直に真っ直ぐにごまかさずに泣いて。
クニの純粋さが大好きー。

今35話を執筆中。
ちょっと筆が滞ってます。
追いついたら後は、気長にお待ちくださいm(_ _)m

24話から30話くらいまで、おーきなおーきな展開があったでしょ?w
強いなー。

拓真も、晃司も、クニも。

この強さがあったら、過去はかわっていたのかな。
なんて淡い初恋を思い出しちゃった。

中学で初恋(性格には幼稚園とかだったのかも)をして、たくさんの想いで毎日を過ごしたけど。
在学中にすでに遠い存在になってしまったから、今周りで聞く学生自体の恋愛話を聞くと心からうらやましく思う。

今でも覚えてる初恋の彼の誕生日。
お財布に入っている彼の写真。

あー胸がズキズキすんなー
おっくん>

多分ね、この強さは、それぞれが一人じゃなかったからだと思うんだ。

俺もいまだに高校生の頃とか思い出すと、胸が痛い。
今でも繋がっていて、特別な親友だけど、絶対に伝えることのないあの思い。

もし秘めた思いを聴いてくれる誰かがいたら、また違っただろうなって思う。
だからパラレルストーリー。

でも、今は間違いなく今で。
これでよかったんだろうなって思う。

だからこその、もしものキラキラ。
かな。

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