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涙腺ゆるい。感動しぃですから。コミュの宝物の野球ボール

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 夏の暑い盛りになると,私は,いつも小学3年生だったあの時のことを思い出す・・・

 それは,梅雨時で小雨が降る日のことでした。私と親友のけんたろう君は,自分の二階の部屋で野球ボールを投げて遊んでいたのですが,けんたろう君の投げたボールが窓の外に飛び出してしまったのです。私が,あっ,と叫んで,慌てて窓の外を見ると,野球ボールは,屋根からぴょんぴょんと飛び跳ね,自宅の前付近を流れる大きな川にポチャンと落ちてしまったのです。

 野球ボールは,私の大好きな野球選手が90本目のホームランを打ったときのボールで,父に連れて行ってもらった野球場で偶然手に入れた,大事な大事な,世界でたった一つの宝物だったのです。私は,転げ落ちるように二階から降り,自宅のドアも開けっ放しで川の前までやって来ました。けんたろう君も大慌てで私について来ました。ボールは,川の上をプカプカと浮いて流れて行きました。

 「お〜い,待てぇ」

 けれども,ボールは止まらずにどんどん流れて行きました。私は,待てぇ,待てぇ,と大声で叫びながら,川沿いに沿って走り続けました。

 私とけんたろう君は,はぁはぁと息を切らして走り続けましたが,道が行き止まりとなり,ボールは,流れて行ってしまいました。

 私は,流れて行った方向を見つめながら,けんたろう君に対し,「お前のせいやぞ,お前のせいやぞ!」と大声で叫び続けたのですが,知らぬ間に涙が溢れていました。近所のおばさんに「たかし君,どうしたの?」と優しく声を掛けられた瞬間,私はわぁぁぁと泣き出してしまいました。けんたろう君は,ずっとうつむきながら,何度も小声でごめん,と言っていました。

 その後,おばさんに連れられて家に帰ってからも泣き続け,けんたろう君を責めていた私に対し,父は,「いつまでめそめそと泣いているんだ」「なくなったものは仕方がない」「けんたろう君は,お前の友達じゃないのか」「うっかりと誤ることは誰にでもある」「それを許せないやつこそ,問題だ」などと厳しく叱りつけたのです。しかし,当時小学3年生だった私には,どうしても納得できなかったのです。自分の宝物がなくなったのが無性に悲しく,また,けんたろう君に腹が立って仕方ありませんでした。

 父は,非常に厳格な性格で,いつも,しかめ面をしていました。私は父が笑ったのを見た記憶がほとんどありません。また,どこかに連れて行ってもらった記憶も,冒頭で触れた野球場の観戦しかありません。

 この時も,「いい加減にしろ!」と鬼のような形相で私を怒鳴りつけ,いつまでも大声で泣き止まない私の頬を平手で叩いたのです。それを見かねた母に抱かれて泣き続けたところで,私の記憶は途絶えています。

 翌日に学校に行っても,けんたろう君とは,口を利かずに過ごしました。学校に行っても家にいてもずっとつまらない気持ちのまま時が経過し,気付けば,夏休みに入っていました。

 ある日,父から,「けんたろう君にうちに来るように伝えなさい」と有無を言わさぬ厳しい口調で言われ,けんたろう君に伝えました。けんたろう君は,うん,とだけ言って私の家に来ました。そして,私,父,母とけんたろう君とで晩ごはんを食べました。

 食事中,父は,テレビでナイターを付けながら,黙々と画面を見ていました。
 
 やはり,けんたろう君とは一言も口を利かず,重苦しい沈黙が続いていました。

 その時,興奮した声が聞こえてきました。

 「入ったぁ! 中嶋選手通算100号ホームラン!」

 その瞬間,耳をつんざく大歓声がテレビから聞こえて来ました。

 私は,思わず,やったぁ,とガッツボーズをして叫びました。けんたろう君もうれしそうに私の顔を見ました。母もそんな二人の表情を見て,にっこりと微笑んでいましたが,父だけは,いつものしかめ面のまま,厳しい表情でテレビ画面を見つめ続けていました。

 その試合は,中嶋選手のホームランのおかげで勝ち,試合終了後,中嶋選手のヒーローインタビューが行われました。通算100号の記念すべきホームランボールを運良く受け取った観客は,中嶋選手にそのボールを手渡したようで,中嶋選手は,そのボールにサインをしていました。

 そして,何やら大声で叫んだかと思うと,テレビカメラに向かってホームランボール投げつけたように見えました。

 その瞬間


 テレビ画面から,ボールが飛び出したように見えたのです。

 そして,座っていた私の近くまでボールが転がって来ました。私が手にすると,毎日,毎日眺めていた,忘れもしない中嶋選手のサインが書いてあったのです。

 私は,大興奮して周囲を見渡しながら,中嶋選手のボールやでぇ,100号のボールやでぇ,と大声で叫びました。けんたろう君も,奇跡や,奇跡やと興奮して言い続けました。母も,二人の様子を見て,興奮しているようでした。

 父は,いつの間にかいなくなっていました。

 それから,私は,けんたろう君とも仲直りをし,学校でも,奇跡のボールを見せて人気者になりました。


 あの時のことを思い出すたび,私は,あれは,しょげている私を見かねた父が中嶋選手に手紙でも出し,全く父らしからぬ,一生に一度の大芝居をしたのじゃないか,とも思うのですが,既に他界しているので確かめようがありません。

 ですが,あの父のことですから,そんなこともないでしょう。

 あれは,神様が起こしてくれた奇跡だったに違いありません。

 ただ,父が他界した後,当時を思い出して立てた仮説が一つあります。

 私が宝物の野球ボールがなくなったことで,あれほど長い時間泣いたり,しょげたりしていたのは,父に遊びに連れて行ってもらった記憶が,あの野球観戦一回きりだけだったこととも関係しているのかも知れないということです。

 私が宝物のように大事に思っていたのは,野球ボールではなかったのかも知れません。

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