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なんとかケータイ小説コミュの雀拳刑事

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〈第一話〉
明日が久し振りの非番という晩に、一緒に呑んでた同僚と別れて駅に向かって一杯機嫌で路地を歩いていたら、突然絹を裂くような女の悲鳴が聞こえて来た。

慌てて声のした方に駆け寄ると、あまり流行っているとは言い難いコインパーキングに辿り着いた。

更に近寄ってみると、見るからにおつむの弱そうな若い男たちが、2人掛かりで1人の若い女を車に押し込もうとしている。

車は黒のワンボックス。
窓はスモーク硝子で、中に何人乗っているのか定かではない。

『何見てんだよ。あっち行け!』

男の1人が俺に気付いて怒鳴った。
金髪のニワトリ頭だ。

それで俺の存在に気付いたもう1人の男が、こちらを見てにやついている。
100キロはありそうなゴリラ男で、片手で女を抱き抱えている。(キングコングかっ!)

身の丈160cmにも満たない俺を舐めて掛かっているのだろう。

因みに顔写真だけなら劇画で有名なスナイパーにクリソツな渋い二枚目の俺だが、如何せん5.5頭身のバランスの悪い身体が仇となり、初対面ではまず笑われる。

公称160cmの身長は、本当は156cmしかない。

以前、通信販売でこっそり買ったシークレット・シューズを試してみたが、初日に足を挫いて断念した。
外回りの多い刑事にはシークレット・シューズは向かないようだ。

『誰にも知られず10cmアップ!』

確かそんなキャッチコピーだったが、俺の場合は僅か半日で署内中に知れ渡ってしまった。

見事に転んで犯人を取り逃がした俺が、当分の間、『シークレット刑事』と後ろ指を指されたのは辛い真実だ。


さて暴漢たちだ。

本来なら、公安に所属する俺の担当ではない。

しかし俺も警察官の端くれだ。
目の前で起きつつある犯罪をできれば黙って見過ごしたくはない。

問題は相手の人数だ。

車の外に2人、運転席にもう1人。
これはたぶん当たってる。
あとひとり、中に居るかどうかが運命の分かれ道だ。
銃は携帯していない。

『無理するな』

心の声がそう囁き掛ける。

このまま通り過ぎて家に帰れば、天海祐希に似た美しい妻が、茶漬けの一杯も喰わしてくれるだろう。

年小さんになって、少しおナマな口を利くようになったところがまた可愛い、愛娘の寝顔も眺めることができる。

そう気持ちがなびき掛けた時、ひときわ大きな声で女が叫んだ。

『助けてください!』

女と目が合った。

飛び切りの美人じゃないか揺れるハート揺れるハート揺れるハート

喩えて言うなら、柴崎コウか?
いや北川景子か?

いずれにせよ、目力の思いっ切り強い美女が俺に助けを求めている。

俺は猛烈に迷った。

相手は3人か?
それとも4人以上いるのか?

えぇい、ままよ!

俺はワゴン車に向かって歩み寄った。

コメント(21)

〈第二話〉
『オッサン、やる気か?』

ニワトリ頭が薄ら笑いを浮かべて近付いて来る。

そっと右手の拳を固めた俺は、相手が間合いに入った瞬間、人体の急所のひとつである人中(鼻の下)を正拳で容赦なく撃ちつけた。

手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)

鈍い音がして、ニワトリ頭は膝から垂直に崩れ落ちた。

俺の正拳は瓦20枚をいとも簡単に叩き割る。
またやっちまった…即死だろう。

仲間を殺られた怒りに任せて、ゴリラ男が突進して来る。

放り出された若い女の短いスカートが跳ね上がって、色艶っぽい下着が覗いた。
ラッキー揺れるハート

好事魔多し。
油断した俺は、いきなり胸倉を掴まれた。
ゴリラ男は、見た目に違わぬ馬鹿力でぐいぐい絞めつけてくる。

『はっはっはっ。くたばれや』

だが俺はこんな時でも慌てない。

踵で地面を強く蹴ると同時に、捻りを効かせた右手を相手の両目に向かって躊躇なく突き出す。

手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)

いつも通り根元までずっぽりと指が入った。
指先に脳の滑りを感じたところで、激しく中を掻き回す。

『ぐわがががぁ』

ゴリラ男は、すぐに動かなくなった。
はい、2人目終了。

ワゴン車から男がひとり降りて来るのが視界に入った。
手には特殊警棒を持っている。

俺より30cm以上デカいんじゃないか?
俺は長身相手だと俄然燃える。

特殊警棒を伸ばしたデカちゃんに向けて、もうとっくに絶命しているゴリラ男を突き飛ばした。

『ふぐっ』

デカちゃんが怯んだ隙を突いて、俺は一気に距離を詰めた。

『ヤバい!』

と…漫画だったらフキダシを付けてあげたいような間抜けな顔のデカちゃんが、体勢を立て直す間を勿論与えず、俺は掌てい(熊手)を突き上げた。

手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)

『ゴリッ』

喉仏が潰れる音がし、デカちゃんはそのまま後ろに地響きを発てて倒れた。

ワゴン車の気配を探るが、残りの仲間は居ないようだ。

『ふぅ、間に合った』

俺は安堵の溜息を吐いた。

もうお気付きだろうが、俺は手(グー)グ〜手(チョキ)チョキ手(パー)パ〜の3つの必殺技を持っている。

人呼んで雀拳刑事…それが俺のコードネームだ。

必殺技というのは読んで字の如し、決して誇張ではない。
自分でも加減が利かないのだ。

武道や格闘技の世界では、よく『岩をも砕く』などと誇張表現することがあるが、俺の場合はそれがリアルだから注意が必要だ。

強力過ぎて、オリンピックなど表の大会には出場することができない。

ただし、この強力な雀拳にも泣き所がある。
一度の戦いで使える回数は僅か3回まで。
それ以上は右手が持たない。

先程の戦いで相手の人数に拘ったのもそのせいだ。

ある時、この力を見込まれた俺は、警視庁公安部の特殊任務係にスカウトされた。

通常の公安警察の任務は、殆どが左翼系組織や中国・ロシア・北朝鮮に対する諜報活動あるいは情報収集に終始するが、俺が所属する特殊任務係はまったく違う。

もっと直接的、法では裁けない犯罪者や国内外の要人のイレース(抹殺)を目的として組織されているのだ。

追々紹介していくが、俺の他にも常人を超えた能力者たちが各地から集められている。

世相を反映してか、はびこる凶悪犯罪者の数は日増しに増え続けており、俺たちの出動回数もそれに応じて増え続けている。
〈第三話〉
あぁ、長々と説明セリフを語っている場合ではなかった。

そろそろ【清掃班】が到着する頃だ。
俺たちが躊躇なくイレースに専念できるのは、彼らの功績があってのこと。
ものの見事に現場を原状復帰し、事件を【無かった】ことにしてくれる。

その前に…

俺は美女を危機から救ったヒーローさながらに、事件のショックから気を失っている彼女に近付いた。

ジェントルな俺は、彼女が意識を失っているのをいいことに不埒な行為に及んだりは決してしない。
…多くの場合は。

俺は彼女の肩を優しく揺すり、起こそうとした。

たとえ手が滑って彼女の意外と豊満な胸に手が触れたとしても…それはあくまでもアクシデントである。

『うっううん』

やがて彼女は色艶っぽい呻き声を上げて、目を覚ました。

『お嬢さん、こんな処で寝ていると風邪を引きますよ。』

俺のアメリカン・ジョークが炸裂する。
彼女はメロメロ。
さぁハニー、俺の胸に飛び込んでおいで…。

『ぎゃあああぁ〜』

何処かで七面鳥でも絞められたかと辺りを見渡したが、音源は俺の目の前にいた。

『人殺しぃいいいぃ〜』

自宅の壁面を赤白ツートンに染めたことでも有名な恐怖漫画家の作品のひとコマが、俺の目の前で繰り広げられている。

極限にまで痙攣った女の顔は醜かった。
もはや柴崎コウや北川景子の面影は何処にもない。

五月蠅い女だ。救ってやったというのに。
騒ぎを聞きつけて、誰かがやって来たらどうするつもりだ。
俺は慌てて女の口を手で塞いだ。

『痛っ!』

馬鹿野郎、こいつ噛みやがった。
もう勘弁できない。
俺は右腕を振り上げた。

『ぱすっ…』

思いに反して情けない音がした。

俺は女のみぞおちを打ったつもりだったが、今し方の雀拳でエネルギーを使い果たしていた俺のパンチは、豆腐も崩せないほどの威力しか無かった。

地面にへたり込んだ女は、恐怖に目と口を見開いたまま懸命に後退りしている。
地面が黒く濡れているのは失禁でもしたのだろう。
正義の味方に向かって何たる仕草。

しかし、参った。
この女を何とかしなければ…。
〈第四話〉
車が止まり、掛け降りて来る複数の足音がした。

制服に身を包んだ1…2…3人の初老の男と1人の中年の女だ。
一番ガタイの良い男は手に金属バットを持っている。

彼らは年齢を感じさせない素早い動きで、後退りしている女の後ろに回り込んだ。

女が後ろを振り返る。

『ボコッ』

『ナイスバッティング!』

誰かが声を掛けた。

顔の真ん中を大きく陥没させた女が、有り得ない角度で首をひん曲げながら、俺の方に逆さまになって吹っ飛んで来た。

最初に出会った時の目力はもう何処にも無い。
…というか、既に息さえも無い。

高校球児だったという元さんのスイングスピードは、若い頃は150キロを超えたらしいが、なんのなんの今でも大したものだ。

後は、俺とあまり変わらない身長の男が大助さん…完全に名前負けだ。

ひょろ長い男が三太さん…想像通り三男だ。

3人揃って『大三元』は出来過ぎじゃないかと思うが、事実なんだから仕方が無い。

紅一点…と言っても48歳だが…キャサリンさん。
10年前までは、鶯谷のストリップ劇場で鳴らしたらしい。
40歳前までポールショーで現役バリバリだったというから、これまたお見それするしかない。

『何とか間に合ったようね』

キャサリンさんが言う。

東京都の刺繍が入ったお揃いの鼠色の制服を着た彼らこそが、先ほど話した【清掃班】だ。

日頃は本当に街の清掃活動に勤しむ、れっきとした東京都の公務員。

ただし、ひとたび召集が掛かると、彼らはもう一つの顔を見せる。

現場から屍体を運び出し、血痕を洗い流し、その必要があれば目撃者も回収し、事件自体を無かったことにしてしまう。

後日、別のエレクトロニクス班が防犯ビデオを回収してしまえば、事件を証明するものは何も残らない。

毎年数千人とも言われる都内の行方不明者のうちの何十人かは、彼らの清掃活動の対象者だ。

彼らの手に掛かると、どんな凄惨な惨劇の現場も跡形も無く日常の風景に舞い戻る。
まさに…プロの仕事だ。

見掛けたことがないだろうか?
妙に中途半端な時間帯に街中を走る清掃車。

運転席に彼らを見つけたら、それは【清掃活動】である可能性が高い。

『べっぴんさん残念だったな』

三太さんが気の毒そうに俺に言う。

『アタシで良ければ相手してあげるわよ揺れるハート

キャサリンさんが茶化す。

『馬鹿言ってないで、さっさと引き上げるぞ』

リーダー格の元さんの一声で、清掃班が再び動き出す。

ワゴン車を回収する大助さんと二手に別れて、4人は風のように去って行った。

ふぅ。
今日は無益な殺生をしてしまった。

少し回復してきた右手の握力を確かめながら、俺も歩き始める。

一ノ瀬歩。
将棋好きの父親から名付けられた、女みたいな名前を持つ32歳、一女の父。
彼の行くところ、血の雨が降り屍体の山が築かれる。
…ただし一度に3つまで。
雀拳を武器に家族も知らない特殊任務に携わる彼の戦いはまだまだ続く…はず。
〈第五話〉
俺の名前は、一ノ瀬歩。

日頃は【あゆむ】と称しているが、戸籍上の読み仮名は【あゆみ】が正しい。

将棋好きの父親とそそっかしい母親のせいで、こうなってしまった。

警視庁に勤める32歳。天海祐希に似た美人の妻を持つ一女の父だ。

最近、娘が嫁ぐ日を想像して涙ぐむことが多い。
因みに娘はまだ4歳だが。
特殊任務係の俺は、日頃は昼行燈のように署内で惰眠を貪っているが、いざ出動となると世間には言えない秘密の顔を見せることになる。

今回の任務は、イスラムテロリストのイレース(抹殺)だ。

9.11は次第に風化しつつあるが、水面下ではむしろテロのリスクが増大していることはあまり知られていない。

在米テロ組織は、アメリカ当局の執拗な一斉摘発を受けて、主要幹部の多くが逮捕あるいは死に至ったが、一部は難を逃れて国外に逃亡した。

そのうち、日本にはアハムド・バイジャンの一派が潜伏して、密かに報復の機会を伺っていた。

このバイジャンという男、その冷酷無比な性格と残虐性で仲間内でも畏れられている。

スラムで育った彼は、12歳でテロ組織の一員となった。

生まれ育ったのは、娘は売春婦、息子はギャング、幼い子どもは乞食になるしかないような街だ。

バイジャンの回りでも、自分の酒代を稼がせるために、幼い我が子の腕を切り落として乞食をさせるような父親が幾らでもいた。
観光客相手に憐れみを誘う分、その方が稼ぎが良いのだ。

10歳の誕生日。
バイジャンの父親が彼にくれた「プレゼント」は、彼にとって生涯忘れられないものとなった。

バイジャンは、その日父親が家に持ち込んだ大きなナイフが、何に使われるものか想像もつかなかった。

有り得ないことだが、遂に自分にもバースデー・ケーキが出て来るのかと思ったくらいだ。

『なぁアハムド。お前ももう10歳だ。病気の母さんはあの通り寝た切りだし、そろそろ父さんを楽にさせてくれよ』

残念ながら、ナイフはバイジャンの腕を切り落とすためのものだった。

ナイフを持った父親がバイジャンに歩み寄る。

バイジャンは咄嗟に父親の腕に噛み付いた。

父親が怯んだ隙にナイフを奪ったバイジャンは、闇雲にそれを振り回した。

やがて我に返ったバイジャンが目にしたものは、喉から泡塗れの血を噴き出して倒れている父親の姿だった。

それからバイジャンは寝室に向かい、病床に臥している母親の胸にナイフを突き立てた。

物心ついた頃から、体を売り、酒と薬物に溺れた母親を見てきた。

毎日のようにぶたれ続けた。
バイジャンの体のいたるところには、母親から押し付けられた煙草の跡がある。

改めて思い起こせば、心の底で両親のことをずっと憎んでいたのだろう。
バイジャンは一滴の涙も流さなかった。
〈第六話〉
バイジャンは、今でもこの時のことを思い出して、我ながら感心する。

彼はまず部屋の中を荒らした。

テーブルの上の物をすべて床に叩き落とし、椅子をひっくり返し、まるで暴漢が家に立ち入ったかのような痕跡を残した。

それから、ナイフに付いた指紋を拭うと、割れた硝子が散乱する床に頭から倒れ込み、血だらけの顔を演出すると隣家に駆け込んだ。

『助けて!…父さんが…母さんが…』

やがて警察が出動し、事情聴取を受ける間も、バイジャンは両親を暴漢に殺された可哀相な子ども役を演じ切った。他に身寄りが無く施設に入ったバイジャンは、そこで1、2ヶ月は大人しく過ごしたものの、ある日施設の金を盗み逃げ出した。

それが生まれ持った物なのか、事件を切っ掛けに芽生えた物なのか、バイジャン自身にも分からないが、とにかく彼の中で冷徹な悪魔が育ち始めていた。

施設を出たバイジャンは、自然とストリート・ギャングの道を歩んだ。

まだ体が小さく荒ごとには無理があったが、狡猾な知恵を働かせ数々の盗みを働いた。

相手が自分より非力な場合は、たとえ老人や怪我人であっても容赦無く暴力を振るった。

その際の残虐性に周囲は怖れを抱いた。

妊婦の腹を裂いて、はらわたもろとも胎児を手掴みで引き出したこともある。

悪魔の寵愛を受けたバイジャンは、体も170cmを超すところまで大きくなり、12歳にしてエリア最大のギャングの幹部の一人として更に悪事を働き続け、いつしかストリートでは知らない者はいない程になっていた。

『もっと金を稼ぐことができる』

誘われて入ったテロリストのグループは、麻薬密売、銀行襲撃、要人誘拐等に拠って得た豊富な資金源を持っていた。

バイジャンは、そこで銃火器の扱いと爆弾の製造を学んだ。

バイジャンはメキメキと頭角を現し、数多のテロの現場を踏み、18歳になった頃には組織の四天王の一人に名を連ねるほどに成長していた。

通り名は「メフィスト」。

『年齢の十倍殺す』

それが彼の口癖で、しかも有言実行だった。

殺した数は警察官だけでも20人を超えている。
組織の内外を問わず、誰もが彼を畏れていた。
〈第七話〉
そんな彼があっけなく死んだ…。

来日して2ヶ月が過ぎた頃、バイジャン一味は地下鉄爆破を企てていた。

それは彼らにとって、日本国内に地盤を作るための打ち上げ花火のようなものだった。

企業から裏でスムースに金を得るためには、リアリティのある恐怖が必要だ。

ただし、今回は多数の死人は必要ない。
平和ボケした日本を震撼させるには、人気の無い深夜の駅でちょっとした爆破騒ぎを起こせば十分だ。

確実に爆破を成功させるために、タイマー式ではなくリモコン式を選んだ。
タイマー式に比べてやや複雑な構造となるが、バイジャンにとっては朝食の珈琲をドリップするくらいの手間でしかない。

その筈だった。

バイジャンは自ら製作した爆弾を鞄に詰め込むと、3人の部下を従え深夜の地下鉄の駅に向かった。

一人はスラム時代からの幼馴染みだ。
名前はガゼルという。

臆病者でそそっかしい上に暴力沙汰はからっきし駄目。
まったく以て使えない奴だが妙に愛嬌があり、バイジャンとの相性が良かった。

仲間でさえも周りは全部敵という気の許せない環境の中で、気の置けないガゼルは心のオアシスになっていたのかもしれない。

そんな訳でガゼルはいつもバイジャンに付いて回っていたので、いつしか側近のようになっていた。

当日爆弾を無事仕掛け終えたバイジャンは、いつものように側の壁面に自分のロゴをあしらったサインを認めていた。
末尾には13のナンバー。
これはこれまで手掛けた爆弾テロの数を表している。

まさか、これがバイジャンにとって最期のサインになろうとは、このときには夢にも思っていなかった。

作業中の見張りとカーテン役の2人を従え離れようとした時、それは起こった。

ガゼルは離れた所でリモコンを手に待機していた。
ガゼルに向かって作業を終えた合図が送られる。
後は3人がこちらに来るのを待って、スイッチを押すだけだ。
守備良く終えて祝杯を上げよう。

『乾杯〜!』

ガゼルが言い終える前に、凄まじい爆音が辺りを揺らした。

爆音のした方を見る。

手元を見る。

爆音の方を見る。

手元を見る。

ガゼルは、決して信じたくなかったが、無意識にスイッチを押してしまったことを認めざるを得なかった。
〈第八話〉
バイジャンら3人は即死だった。

ガゼルの視界には、たぶんバイジャンのものと思われる肘から先だけの腕が一本横たわっていた。

その場から逃げ出しアジトに戻ったガゼルは、バイジャンたちが死んだことを仲間に告げた。

もちろん自分の失敗は伏せ(言える訳がない)、バイジャンが作業を誤ったことにした。

組織の仲間は、あのバイジャンが失敗するわけがないと多少訝かったが、現場からの生還者がガゼルしかいない以上、彼の言葉を信じるしかない。

組織にとって俄かにバイジャンの後継者問題が持ち上がったが、それは難航しそうに思われた。

組織に確たるNo.2はおらず、誰が跡を継ぐにしても遺恨を残しそうだったからだ。
今は内々で揉めている場合ではない。

そんな中でガゼルに白羽の矢が立った。

彼がバイジャンと最も親しかったということもあったが、彼ならいつでも変えられる、というのが一番の理由だった。

ガゼルのリーダー性の欠如は、誰の目にも明らかだった。

しかし、ガゼル自身は知っていた。
彼の驚異的な強運を。

幼い頃からそうだった。

普通ならガゼルのように無能な奴はとっくにくたばっている。

にもかかわらず、彼は生き残ってきた。

ガゼルに知恵があった訳ではない。
むしろミスの連続だ。

ある時は、寝坊して集合場所に遅れたら、そこが襲撃されて一人残らず殺害された。

ある時は、移動中に腹具合が悪くて便所に立ち寄り仲間から遅れたら、待ち伏せの警官に彼以外の全員が一網打尽にされた。
捕まった仲間は電気椅子送りだ。

この世界では、実は生き延びること自体が成功とも言える。

多くの英雄が誕生し、そして死んで行った。
バイジャンもその一人だ。

新しいボスとなったガゼルは、自分のミスでバイジャンを死に追いやった後ろめたさもあり、精力的に動いた。
自分の無能さはよく知っていたので、他人の意見もよか聞いた。
そのことが組織の信頼を集めた。

相変わらずミスの連続で、そそっかしいところもまったく改善されていなかったが、それさえもが親しみ易さとして受け取られていた。

バイジャンの優秀だが厳し過ぎる統治に緊張を強いられ続けたメンバーには、ガゼルの緩さはある意味新鮮だったのだ。

しかし、組織の不幸は既に始まっていた。
ガゼルの強運は、身内の犠牲の上に成り立っていることに誰も気付いてなかった。
〈第九話〉
一ノ瀬歩は後悔していた。
思いっ切り。
まさか、こんなことになろうとは…。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

今日の昼飯時に街中を歩いていたら、牛丼屋の前でミニスカートのキャンペーンガールがチラシを配っていた。

《ジャンケンで勝ったら半額。連続で勝ったら無料》

『そう言えば暫く牛丼食ってないな。…給料日前だし。』

そう考えたのが運の尽きだった。

20人近い行列に並んだ一ノ瀬は、その直後にはカウンターで無料の牛丼(つゆだく&紅生姜てんこ盛り)を頬張っていた。

一ノ瀬が負ける訳がない。

ジャンケンで、手(グー)を出す時、手(チョキ)を出す時、手(パー)を出す時、人はそれぞれ異なる筋肉の動きを示す。

五感を研ぎ澄まし、相手の眼の筋肉、頬の筋肉、肩や肘の筋肉、指先の筋肉の動きまでを同時に観察すれば、ジャンケンで次に何を出すかは100%当たる。

雀拳の達人である一ノ瀬は、実際のジャンケンでも負け無しだった。

ただし、これをやると必ずツケが回って来る。

ジャンケンで勝った数だけ、その日の戦闘の際に使える雀拳の数が減ってしまうのだ。

理由は分からない…設定上の都合かもしれない。
一晩眠れば数は回復する。

警視庁公安部公安課特殊任務係とは言え、毎日敵と戦っている訳ではない。
むしろ殆どがじっと待機する日々だ。

今日がいつもの平穏な日であれば何も問題はなかった。

が、しかし…。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

時計の針は夜の10時半を回ろうとしていた。

一ノ瀬と今回の相棒の高品質(たかしな・ただし)は、埠頭倉庫に来ている。

今晩ここで、一ノ瀬たちがマークしているテロ組織による麻薬取引が行われるとのタレ込みがあったからだ。

この種のタレ込みはガセネタであることが多い。
いちいち全てに対応していたら、人手が幾らあっても足りない。

とは言え放っておく訳にもいかないので、念のため程度の心積りでこうして2人してやって来た。

先日の地下鉄テロの件もあり、ターゲットのテロ組織の動きからは目が離せない。

しかし…先日の事件には不可思議な点が多い。
何かしら犯人グループに手違いがあったのだろう、幸いにも被害は犯人グループの3人だけに止まった。
この件で組織はボスのバイジャンを失っている。

さて…取り引きがあるという時刻まではまだ暫くある。
待ち時間を利用して、気になるだろうから、高品質のことを紹介しておこう。

28歳独身男。彼女なし。
特殊任務係では数少ない20歳代である。
冗談みたいな名前だが、東京大学農学部卒業の立派な学歴を持っている。

元々はバイオ先端技術を学んでいたらしい。
しかし、講義の一環で訪ねた農業実習で眼から鱗の旨い食材に接して以来、専ら食べる方に関心が移ってしまい、しかも元々が研究熱心、常軌を逸して寝る間も惜しんで食べ続けた結果、今じゃ只のデブ。

それも並大抵のデブじゃない。
デブの2乗、いや3乗。
オリンピックなら金メダル、小説ならばノーベル文学賞クラス。

恐ろしくて聞いたことはないが、たぶんウエストサイズは2mは下らないだろう。

そんな奴が何故この部署にいるのか、今回が初コンビの一ノ瀬にはちっとも分からないが、何かしらの特殊能力を持っていることだけは間違いない。

高品質。
コードネームは、ボウリング・ボウリング…略してBB。

それにしても…見たまんまだ。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK
〈第十話〉
11時まであと5分。
張り込みの間に結構冷えて来た。

やはりガセネタかと引き上げるつもりになっていた。
『僕、お腹空いちゃいましたよ。ペッコペコです。』

マジかよ?
署を出る前にカツ丼2杯も食っていた奴は誰だ?

まぁ良い。
高品が【今イチオシ】と薦める晴海通りのラーメン屋に寄って帰るのも悪くない。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

悪くはないが、そうもいかないようだ。

静まり返った夜の埠頭にエンジンの音が響いた。

張り込んでいるコンテナの陰からそっと身を乗り出してみると、ヘッドライトを左右に向き合わせた2台の車が、アイドリングさせたままいつの間にか停車していた。

やがて、ドアが静かに開き、まるで呼吸を合わせたかのようにそれぞれの車から複数の男達が降りてきた。

向かって左側の男達は一見日本人に見えるが、仲間同士の会話から半島系の人間と思われる。
たぶん北だろう。


右側の浅黒い男達が一ノ瀬たちのターゲットだ。
バイジャンの跡目を継いだと目されるガゼルの姿も見える。

ガセネタどころかピカピカの大ネタ…テロ組織を一網打尽にできるチャンスだ。
高品と2人切りで凌げるヤマではない。

一ノ瀬は本部に応援を依頼した。
この時間帯なら応援部隊の到着までに20分も掛かるまい。
後は成り行きを注視しながら待つばかりだ。

静かな夜だ。

辺りを照らすのは、対岸の工場の遠い照明とやせ細った月明りだけ。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

連中に動きがあった。
ここからじゃ細かい会話までは聞き取れないが、何やら揉めているらしい。

いいぞいいぞ。
その調子でたっぷり時間を掛けてくれ。

『〇▲□★◇!』

どちらのグループからか一際大きな怒鳴り声が聞こえ、周囲に緊張が走った。

一触即発の空気を前にして、その場に居た誰もが固唾を飲んだ。

迂闊に声を出せば、互いに発砲も辞さないだろう。
あと少し…応援部隊が到着するまでは何とか保ってくれ。

その時…

『ぐるぐるがらがらぐるぐるぐる〜〜〜』

何事かと尻餅を着くほどの大音響…ただし間抜けな…がした。

『一ノ瀬さぁん、僕やっぱりお腹空いちゃいましたぁ。』

バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)

前方にいる男達が一斉にこちらを振り向いた。

見つかった!

最初は相手方が仕込んだ罠かと互いに罵り合いを始めた男達だったが、そのうちに1人の男が叫んだ。

『サツだ!あのデブ見たことある!』

あちゃ〜。
こんな目立つ奴を偵察に使うなよ。

憎悪のエネルギーが、こちらに向かって一斉に放射されるのが肌で感じられた。

途端に銃弾の雨霰が降って来た。
触れればあの世行きの横殴りの土砂降りだ。

マシンガンも使ってやがる。
弾除けにしているコンテナがいつまで保つことやら。
バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)
どうにか第一波が止んだと思ったら、両グループから2名ずつ合計4人の男達がこちらに向かって駆け出した。

こちらの反撃が無いことで、大した人数や装備が無いことを見透かされてしまったのだろう。

ヤバいじゃん。

隣りを見ると、高品が頭を抱えて丸くなっていた。

『嫌だよ〜。怖いよ〜。死んじゃうよ〜。』

信じられない!!!
こんな時に幼児退行してんじゃねぇぞ!

お前なんか今さら丸くならなくても最初から十分丸いじゃんか。

射撃はまるっきり苦手な俺だが、このままじゃなぶり殺しが待っている。

覚悟を決めて立ち上がろうとしたその時…隣りで蹲っていた高品が突然立ち上がり、銃を乱射し始めた。

『お前なんか嫌いだ〜。嫌いだ〜。嫌いだ〜。嫌いだ〜』

ボロ泣きじゃん!!!

そんなんで当たる訳が…

あるんだぁ???

まるで映画のシーンのようにバタバタと男達が倒れた。

もしかして、こいつの特殊能力って射撃の腕?

『馬鹿!ゴキブリ!うんこ野郎!』

弾倉が空になったことも気付かず撃ち続けている高品を見て…

絶対違う!

俺はそう確信した。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

とまれ、敵は相当なショックを受けたようだ。

残った男達は皆一斉に車の陰に隠れた。
こちらに射撃の名手がいると勝手に勘違いしてくれたようだ。

このまま時間が稼げれば、そのうち応援部隊が到着する筈だ。

睨み合いが続いた。
遠くを行く船の汽笛が聞こえる。

高品は少しは落ち着いたようだが、再び丸くなって震えていた。

『おかしい。』

もうとっくに応援部隊が到着する筈の時間だ。
まさか、途中で事故でも起こしたか?

敵方にも少しずつ動きが見える。
いつまでもこの状態は続かないだろう。

『ブルブルブルブル…』

マナーモードの携帯が震えた。
着信を見ると係長からだ。

『すまんすまん。近くまで来てるんだが、珍しく今日は行列が無かったんで、こんなチャンスはなかなか無いから、一杯食べてからそっち行くわ。暫く2人で頑張っといてくれ。』

店の前にパトカー横付けでラーメンを食ってるらしい???

なんて薄情な奴等。

『係長たちズルイですよね。自分たちだけ。きっと僕が言ってた今イチオシの店ですよ。』

ツッコミ所が違う気がするが、とにかく暫くの間応援は来ない。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

嘆いている暇は無いようだ。

銃撃戦を諦めた奴等は、とんでもないものを持ち出してきた。

手榴弾。
奴等、俺たちを吹っ飛ばすつもりだ。

軍人でもない素人が手榴弾なんてそうそう簡単に…

使っちゃうのね!!!

俺は高品を思いっ切り蹴飛ばした。
高校時代の国立競技場でのシュートが甦る。

ゴロゴロと転がった高品の体は、10mばかり先のドラム缶にぶつかって止まった。

同時に俺も猛ダッシュ&スライディングでドラム缶の陰に回り込む。

すぐ背後では轟音とともに火柱が上がった。

『危なかった…』

高品はと見てみると、顔を煤だらけにしながらもなんとか無事らしい。

体のあちこちにいろんな物が刺さっているし血も流れているが、皮下脂肪が厚いせいか何ともないらしい。

『ふんっ!』

高品が鼻息荒く力を込めると、刺さっていた金釘やら何やらが弾け飛んだ。
血も止まったようだ。

さぁ、ぐずぐずしてはいられない。
ここから少しでも離れなくては。

敵の出足を止めるために、ありったけの銃弾を打ち込んだ俺たちは、裏をかき、コンテナの間を縫って気付かれぬよう敵の後ろに大きく回り込んだ。

遅れながらついて来る高品のドタドタした足音が大いに気になったが、見当外れな方向に投げられる何発もの手榴弾の爆音が書き消してくれた。

しかし無茶苦茶する奴等。
此所は日本だぞ。

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〈第十二話〉
ガゼルたちは一種の躁状態に陥り、隠れていた車の前に敵味方無く全員が出て来て、手榴弾やらマシンガンやらありとあらゆる手持ちの武器を使い始めた。

『何処の花火大会?』

これだけ派手にやらかせば、所轄署だってもうじき飛んで来るだろう。

大きな取引に対する緊張…

突然現れた警察に対する恐怖と焦躁…

爆音と火花がもたらす高揚…

彼らが冷静な状態であったならば、きっとさっさとこの場を逃げ出したであろう。
少なくともバイジャンがいれば、そうした筈だ。

しかし…今この場を仕切っているのは、臆病者のガゼル。
臆病者ほど武器を持たせたら見境が無い。

『ギャハハハハハ…死ね死ね死ねぇ〜』

この期に及んで自分だけはただ一人車の陰に隠れているくせに、威勢だけは良いところがガゼルらしい。

自分もやってみたくなったのか、使い尽くして遂に最後の2発となった手榴弾を両手に握ると、口でピンを抜き取り同時に放り投げた…

爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾爆弾

ガゼルは勢いよく投げたつもりだったが、そもそも両手同時なんて無理がある。

すっぽ抜けとなった手榴弾は、ひょろひょろとした軌道を描いて前方の集団に向かって飛んで行った。

何が起きたのか理解する間もなく、彼らは吹き飛んだ。
爆発の瞬間、偶然ガゼルと目が合った仲間の一人は…

『ガゼルか…』

と、諦めにも似た呟きを残したが、直後の爆音に書き消された。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

ようやく係長たちが到着した。

しっかり替え玉までしてきたというから、唯々呆れるしかない。

爆風の勢いで転んだ拍子に頭を強く打って昏倒していたガゼルが逮捕された。
他はすべて遺体として、後から来た救急隊によって運ばれた。
組織は壊滅的な打撃を受けたことだろう。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

あまり得意ではない銃撃戦で、さすがに今日は疲れた。

係長たちを先に帰した俺は、お腹が空いたと駄々を捏ねる高品をなんとか立たせて、車に向かって歩き出した。

『死ぬ死ぬ。動けない。』と言ってた癖に、帰りにラーメン屋に寄る約束をした途端にスタスタ先頭を切って歩き始めるとは、まったく現金な奴だ。

『ぶんっ!』

コンテナの間から何かが飛び出して、黒い影が動いたと思った瞬間、暗闇の中で何かが煌めいた。
〈第十三話〉
『ふぎゃあ!』

前を歩いていた高品が腹を押さえている。

どうやらもう一人残っていたようだ。
取り引きを潰された上、仲間を皆殺しにされて激しく怒っている。

仲間を殺したのは俺たちではないと伝えたかったが、こう頭に血が上っていたんじゃ聞く耳は持たないだろう。

俺は朝鮮語はある程度使えたが、諦めることにした。

ナイフ遣いか。
この場を何とか乗り切らなくては。
所持する銃は先程の応戦ですべて撃ち尽くしていた。

『ぶんっ!』

今度は俺に切り掛かって来た。

敵が動いたのは分かったが、刃先を見切ることはできなかった。
相当な腕前だ。
俺は切られた左腕を押さえた。

勝負は一発…本当なら3発あるのに…。

昼間の牛丼屋を恨んだが終わったことは仕方がない。
俺は手(グー)で行くことを決意して、敵に向かって踏み込んだ。

暗闇の中、炎のようなオーラを帯びた俺の渾身の雀拳が炸裂した。

『決まった!』

…筈が躱された。

というか、そもそも敵に届いてない???

振り返ると高品が俺のベルトに手を掛けて引っ張っている。

『一ノ瀬さん。ラーメンまだですか?』

って、腹から血ぃ流しながら何言ってんのお前???
今日はもうこの一発切りしか使えないのにぃ〜。

『一ノ瀬さん。こんな奴放っといて早くラーメン食べに行きましょうよ。』

強く引っ張られた俺は後ろに飛ばされた。

『ぶんっ!』

コンマ1秒前まで俺が居た場所で、敵のナイフが空を切った。

何だか知らないが…助かったらしい。

『チッ!』

舌打ちをした敵は、今度こそ逃さないとこちらの隙を伺っている。

絶体絶命。

緊張感が高まる。

敵の息遣いばかりか、鼓動までもが聞こえるようだ。

神経を研ぎ澄まさせた睨み合いが続く。

隣りの馬鹿を除いて。

『ぐるぐるがらがらぐるぐるぐる〜〜〜』

『一ノ瀬さ〜ん。もう僕待ち切れませんよ〜。』

『うるせぇ!こいつをやっつけるまでラーメンは無しだ!』

『なぁんだ、じゃあ僕がやっつけちゃいますよ。』

そう言うと高品は敵の前にしゃしゃり出た。

『びゅんっ!』

当然の結末というか、敵はナイフを突き出した。

ナイフが高品の腹に深々と突き刺さる。

『高品っ!』

高品の顔が真っ赤になる。

敵は二刺し目に移ろうとナイフを引いた。

が…ナイフは抜けない。

尋常でない出来事を前にした敵の顔に恐怖が浮かぶ。

高品は構わずそのまま敵の腕を掴み、ぐるぐるとハンマー投げの選手のように回転を始めた。

『んどぅわぁぁぁっ!』

高品が大地を揺るがす雄叫びを上げたかと思うや、敵の体は凄まじい勢いで遥か遠くに飛んで行った。

ちょうどそこ…倉庫脇…には荷物運搬用の巨大な鋼鉄のフックがあった。

敵の体がその刃に突き刺さる。

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埠頭にやっと静寂が訪れた。

ときおり強めの風が吹いてフックを揺らす。
聞こえて来る軋んだ金属音は、死者の呻き声のようにも聞こえる。
その真下には血の海。

『一ノ瀬さん。ラーメンにはチャーシューたっぷり入れましょうね。』

高品が何からインスピレーションを得たかは、飯が不味くなるから考えないことにした。

高品の特殊能力。

彼の分厚く強靱な皮下脂肪は、刃渡り30cmのナイフをも受け付けない。

『ライフル以外は大丈夫ですっ!』

って、いったいどんな腹なんだか???


警視庁公安部…一ノ瀬たち特殊任務係の激務はまだまだ続く…はず。

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〈第十四話〉
一ノ瀬歩32歳。
天海祐希に似た美人の妻と愛くるしい4歳の娘を溺愛している。

警視庁公安部特殊任務係に所属する彼は、その職務に相応しい特殊能力を身に付けていた。

『雀拳』

その凄まじい破壊力とスピードは、ショットガンを上回る。

しかし…今回の任務は彼をして荷が重かった。

何しろ敵は遥か上空…雲の上。
国際会議に出席する大臣、副大臣、政務次官を乗せた政府のチャーター機が、テロリストによってハイジャックされたのだ。

幸いマスコミにはまだ知られていない。

できれば秘密裏に人質を救出し、犯人を抹殺し、事件を無かったことにする。

そう都合良くいくかどうかはともかく、人質の安全だけは確保しなければならない。

俺は緊急対策本部が設置された総理官邸に急いだ。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

マスコミの目を避けるために官邸の裏から入った俺は、すぐに地下にある隠し部屋に案内された。
総理の姿はまだ見えず、政府関係者と警察庁、警視庁の幹部がずらりと並んでいた。

勿論世間には公表されてないが、総理官邸は幾つもの政府主要施設と地下で繋がっている。

地下にはレールが敷設され、さながら政府専用地下鉄だ。

以前、ワンマンで知られる都知事が、地下鉄の新路線を開設する際に、ついでに都庁と総理官邸を繋ごうとしたが、周囲の反対にあって断念したという噂がある。

まだ総理の座を諦めてなかったのかと、その上昇思考の凄まじさに、当時の関係者は改めて恐れを為したと言われる。

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『ハァイ!ジャック』

室温が3度は下がっただろう寒いギャグとともに、総理が現われた。

就任直後の日米首脳会談で、こんなんやっちゃったお方だ。
これくらい、まだマシな方かもしれない。

『My name is … … …. Oh, I'm sorry.』

渡米中の飛行機で一晩考えたらしい。
迷惑なお方だが、何処か憎めない。

『諸君も既に知ってる通り、本日政府機がハイジャックされた。中には閣僚級3名が乗っている。飛行機は一旦飛び立った後、現在は羽田空港に着陸している。犯人からの要求はまだ無い。』

ここまで一気に言って回りを睨めつけた。

(なんか出るぞ)

『テロは断じて許してはならん!厳しい措置が必要だ!』

『ただし!人質が政府要人だけに…用心して対処してくれ。』

(やっぱり…)

太鼓持ちだけでその地位まで上り詰めたと言われている副総理だけが、大袈裟に手を叩いて爆笑している。
虫の好かない奴だ。

室内にトホホ感が充満した頃、一人の係官が飛び込んで来た。

『犯人から要求が届きました!』

『犯人は、平壤空港への着陸と身代金10億ドルを要求しています。』

室内にどよめきが走る。
10億ドルとは大きく出たもんだ。

『なんとか半額にまけてもらえませんかね?』

副総理が水を向ける。

『そうだな。3割4割当たり前って言うからな。』

(安さ爆発かよっ?!)

『それが無理なら、金利手数料無しの36回払は駄目かね? ちょうど任期も3年残ってるし。』

それを受けて、副総理がTVショッピングの名物社長の物まねをし始めた。

(似てねぇ〜…って、そこはどうでも良いか。)

二人を放っといて、実務的な打ち合わせを終えた俺は空港に向かった。

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〈第十五話〉
空港に着いて驚いた。

中継車が何台も並び、空港はTVクルーで溢れていた。

(何でバレてる?)

露出好きの総理は、毎日欠かさず、たっぷりと時間を掛けたぶら下がり会見を行うのが日課だが、そこでうっかりばらしてしまったようだ。

『総理。国際会議に出席した大臣らに何を期待されていますか?』

と聞かれて…

『あっ、まだ行ってないよ。』

とやっちゃったから大変だ。

問い詰められて、正直に語らざるを得なくなった。

一斉にデスクと連絡を取りに散ってしまった記者たちに取り残された総理は…

『俺も飛行機に乗ってりゃ良かった』

と嘆いたとか。

このお方の場合、2、3回拉致された方が国益になるような気がしてきた。

尤も相手も持て余して、すぐにのし付けて送り返して来るかもしれないが…。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

現場では犯人との交渉が続いていた。

既に10億ドルの身代金も用意されていたが、このまま犯人の言いなりになるのはなんとも口惜しい。

マスコミに漏れたことで騒ぎは大きくなっている。

国内外のマスコミに加えて、空港には望遠カメラやカメラ付携帯を手にした野次馬たちが、大挙して押し掛けていた。

整理のための機動隊や警備員が配備されていたが、あまりにも数が多過ぎて対処仕切れていない。

世界中の注目を集める中、日本政府は超法規的措置を講じるか否か決断を迫られていた。

国際政治の裏側では、アメリカと中国を軸にロシアや韓国も動きを見せている。

解決に手間取っていれば、思わぬ内政干渉を受けることになるかもしれない。

時間が無い。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

遂に総理が決断した。

人質と引き換えに犯人の要求をすべて飲むことにしたのだ。

TVの生中継を前に記者会見を開いた総理は、難しい顔をして、『明日の日本国を担う彼らへの投資として10億ドルは高くない』と開き直った。

取材陣からは一斉に野次が飛んで、明らかに無謀な賭けだと思われたが、その後に続けた言葉が思わぬ反響を呼んだ。

『私は総理大臣だ。何としても日本国民、同胞を助けたい。………。正直に言おう。………。私は総理である前に友人を想う一人の人間でありたい。』

そう言って、涙まで流して頭を下げた総理の姿が、浪速節好きの国民のツボに入ってしまったのだ。

老若男女を問わず、総理発言を支持する電話やHPへの書き込みが相次いだ。

ネット上では、記者会見の模様を写した動画のダウンロード回数が、あっという間に100万回を超えたという。

大した役者だし、なんともラッキーなお方だ。

真相は…人質となった大臣夫人と大層仲の良い総理夫人から、『要求飲まなきゃ離婚して裏金のこともばらす』と脅された総理が、渋々受け入れただけなのに。

〈平成の大英断〉

マスコミも現金なもので、ワイドショーや翌朝の新聞は手の平返して一斉に囃し立てた。

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〈第十六話〉
厳戒体制の中、現金輸送車が飛行機に近付く。

10億ドルと言えば、乗客100人以上の重量だ。
機内に積み込むだけでも相当な時間が掛かる。

『何か手は無いのか?あぁ!僕の10億ドルちゃん!』

総理の戯言は無視して…。

???

(いつの間に来たんだか?)

どうやら自分の手で渡すと言って訊かなかったらしい。

単にTVに写りたいだけの癖して。

このお方の場合、下手すりゃ一束くらいこっそりポケットにし舞い込みかねない。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

しかし参った。
何か良い手は無いものか?

刻々と積み込み作業は進んでいく。
このまま飛び立たれたら、もう手も足も出ない。

犯人が地上にいる間に突撃したいのは山々だったが、人質を取られている以上どうしようもない。

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遂に積み込み作業が終わった。

続いて人質が解放された。

給油も十分。
天候も良好。

犯人の離陸を妨げるものは何も無い。

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解放された人質たちが、警備の制止を振り切ってなだれ込んだ報道陣に取り囲まれた。

総理はここぞとばかり大臣と抱擁している。

(そのカメラ目線は要らんだろう)

みすみす犯人を取り逃がした敗北感にうちひしがれていた俺は、ふと何だかおかしな空気に気付いた。

何かが足りない???

よくよく見ると、解放された筈の副大臣の姿が見えない。

マスコミから隠れるように空港建物に入って行った政務次官の後をそっとつけて行って、驚くべき事実が分かった。

〈副大臣もグル〉

なんと副大臣、クルーの一部など、現在も飛行機に止まっているメンバー全員がテロ一味の共犯者だと言うのだ。

(まんまとしてやられた)

俺の怒りは頂点に達したが、こんな事実が明るみに出たら、政権はひっくり返ってしまうだろう。

(総理はこのことをご存じだろうか?)

慌てて戻って見渡した俺の目に飛び込んで来たもの。

TVカメラに向かってピースをしている総理の姿を目にした俺は、その場でのけ反りそうになった。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

滑走路に向かって、飛行機が動き始めた。

もはや打つ手は無い。

自衛隊機が虚しく上空を旋回している。

真実を語ることができるなら、飛び立つ飛行機を撃墜することも可能だろう。

国民の理解も得られる筈だ。

だがしかし…。

現役の副大臣がテロ組織の一員だったなんて…。

何としてでも、真実は隠し通さなければならない。

現状では、天変地異か事故でも祈るしかない。
まさか、衆人環視の中、未だ人質の一部が乗っている…と思われている飛行機を撃ち落とすなんてできっこない。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

飛行機が滑走路に入った。

エンジン音が大きくなる。ゆっくりとテイクオフに向かって走り始めた。

後は飛び立つばかりだ。

(あぁ!この拳が飛行機まで届くなら、見事大破させてくれようものを)

飛行機が離陸した。

(あぁ!行ってしまう!)

居ても立ってもいられず、表に飛び出して行った俺は、そこで閃いた。

(飛行機と俺は…空気を挟んで繋がっている?)

(ならば…)

俺は早速試してみることにした。

腰を落とし、丹田に力を込め、右拳を大気に向けて強く突き出す。

手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)手(グー)

『どぅわぁぁん!』

空気の壁に穴が開いた。

続いて、人指し指と中指に力を込め、穴に向かって突き立てた。

手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)手(チョキ)

『しゅっきゅん』

空気が深く切り裂かれ、飛行機と俺を一直線に繋ぐ気道が生じた。

俺は、最後に渾身の力を振り絞って、気道に向けて掌を突き出した。

手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)

『どぉどぉぉぉぉん!!!』

俺が発したエネルギー波が大気の気道を突き抜け、飛行機に激突した。

『ドゥバドゴォォォォォォォォォン!!!!!』

空港上空100m程に達していた機体が大爆発した。
〈第十七話〉
(俺ってサイヤ人?)

何でも有りな展開に驚きと戸惑いを隠せない主人公一ノ瀬。

爆発した機体は、その破片とともに満載された身代金のドル紙幣を辺りに撒き散らした。

空港近辺の住民は、高額紙幣の大雨が降ると言う椿事に見舞われることとなった。

空港に集まっていた野次馬もその恩恵に預かったが、何と言っても空港近隣に群集する中小企業の経営者たちの台所を大いに潤わせた。

長引く不況の中、日本の産業界を下支えする彼らの回復は、後の〈平成大景気〉の大きな要因の一つと言われ、現政権の長期安定化にも多大な貢献を果たしたと言われている。

爆発の原因は謎とされ、暫くワイドショーのネタとなった。

CIAの関与が噂されたりもしたが、仲間割れによる誤爆の線が有力とされたまま、結局真相は分からず終いだった。

まさか、雀拳の達人が関与していようとは…誰も思わない。

かくして、日本中を震撼させたテロ事件は、一ノ瀬の活躍によって無事解決した。

掟破りの作者の荒技に一抹の不安を感じる一ノ瀬であったが、彼らの活躍はまだまだ続く…はず。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

さて、後日談について、触れておかぬ訳にはいくまい。

結論から言うと、一ノ瀬はサイヤ人ではなかったようだ。

犯人の乗った飛行機を爆破した自分自身の力に衝撃を受け、呆然と立ち尽くしていた彼に総理が歩み寄り言った。

『いやぁ、よくやってくれた。感謝してるよ。』

総理は一ノ瀬たち特殊任務係の存在を知っている。

『これが噂の雀拳の右手か。』

総理が握手してきたが、戦い直後の一ノ瀬には強く握り返す力は無い。

『なんだ。意外と華奢な手だねぇ。』

総理はあくまでも上機嫌だ。

(何かがおかしい)

幾つもの修羅場を潜って来た一ノ瀬の直感がそう囁いていた。

だから…先回りしてVIP専用の駐車場に向かった。

BINGO!

間もなく、人気の無い駐車スペースには、SPも付けずに私設秘書2名だけを引き連れた総理が姿を現わした。

秘書はそれぞれ大きなジュラルミンケースを両手に抱えて、車に積み込もうとしている。
総理も一つ持っている。

(やっぱり、やってやがった)

ジュラルミンケースは、身代金として飛行機に積み込まれたものと同じ型だった。

『バレちゃったようだね。』

総理は悪びれずにそう言い、俺のポケットに札束を突っ込んで来た。

『はいお小遣い。みんなには内緒ね晴れ

(おいおい、それで済ますつもり???)

問い詰めようと踏み出した俺を交わして身を翻した総理は、振り返りもせずに車に向かった。

『そうそう。一つ言うのを忘れてた。』

車に乗る直前、総理は背中越しにこう言った。

『さっきの爆発、君の雀拳とは関係無いから。』

(えぇっ???)

『現金と爆弾擦り替えといた。ここにあるのはその分。』

(えぇぇぇぇ?????)

『ちょっと待って!』

追いすがる俺を取り残し、総理を乗せた車は去って行った。

どうやら総理の方が一枚も二枚も上手だったようだ。

総理だけが全部お見通しだったということ。
犯人の素性も副大臣の裏切りも…。

(だから、政治家って奴は喰えないんだよな。)

今日もまた、大人社会の苦さを学んだ一ノ瀬歩32歳。

頑張れ!一ノ瀬。
負けるな!歩。
彼の戦いはまだまだ続く…はず。

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〈第十八話〉
一ノ瀬歩32歳。
警視庁公安部特殊任務係に所属するこの物語の主人公である。

手(グー)手(チョキ)手(パー)の3つの雀拳の達人。
その絶大な破壊力を武器に超法規的な〈洗浄〉活動を続けている。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

『麗奈ちゃんはホントに可愛いでちゅねぇ。』

とある日曜日の正午前、都内有数のハイソな幼稚園の教室に一ノ瀬の姿があった。

見ているこちらが恥ずかしくなるほど…デレデレである。

醜悪でさえある。
父親諸君、気をつけよう。

今日は愛娘の家族参観日。
午後からは創立記念式典が開かれる。

一ノ瀬は溜まっている事務仕事を放り出して、天海祐希似の美人の妻とともに幼稚園にやって来た。

名門だけあって、父兄はみな名士揃いだし、子どもたちも皆な賢そうな顔をしている。
おまけに保母さんも器量良しが揃っていて、特に麗奈のクラス担任は上戸彩に似ている。

鼻の下を伸ばしていたら、横から妻に脇腹を摘まれた。

(イテッ)

義理の両親の強い薦めで入れた頃には(何もそこまで)という気持ちが強かったが、今になってみれば(入れて良かった)心からそう思う。

(恵まれた環境の中で健やかに育てていくのだ。)

(だって、麗奈はこんなに可愛いんだから揺れるハート

重症である。

つける薬は…たぶん無い。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

英語の時間…
(留学先はやっぱり東海岸の大学だよな)

お遊戯の時間…
(バレエ団に入れるならやっぱりヨーロッパだよな)

お絵描きの時間…
(この天才的な線と色彩センスは、ルーブルの展示でこそ映えるだろうな)

『ドォォォン爆弾爆弾爆弾

妄想膨らむ一ノ瀬を正気に返らせるためでも無かろうが、突然凄まじい爆発音が轟いた。

一ノ瀬は並んで立っていた妻を抱き寄せ安全を確認すると、すかさず麗奈のもとに走り寄り、上から覆い被さった。

幸いこの教室の被害は殆ど無く、建物が揺れるほどの衝撃ではあったが、爆発地点は離れた体育館だった。

一ノ瀬は妻に麗奈を連れて避難するように託し、体育館に走った。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

幼稚園としては立派過ぎる200坪はあろうかという体育館が、無残なまでに破壊されていた。

周囲の花壇には、窓ガラスを割って外に吹き飛ばされた跳び箱やマットが散乱しており、爆発の威力を示している。

この会場で午後から予定されている記念式典には、卒園生でもある鷹山総理が来賓として出席する予定であった。

状況から見て、総理暗殺を狙ったテロ組織の犯行と思われる。

大規模な爆弾テロだったが、幸いにも会場準備を終えた職員たちの殆どが昼食に出ていたために、奇跡的に死者は無かった。

本来なら式典が始まってから爆発させるつもりが、何らかの手違いで早まってしまったのだろうか?

いずれにせよ、死者が出なくて良かった。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK
〈第十九話〉
怒声があり、続けて銃声が聞こえて来た。
園児たちのいる教室の方からだ。

急いで駆け付けると、教室の前に数名の警官の姿が見えた。
応援はまだ到着していない。
教室の中には犯人がいるようだ。

報告に拠れば、半島系と目される犯人グループは3人が確認されているが、逃げ遅れた1人が7〜8名の園児と保母を人質として教室内に立て籠もっているらしい。

中の様子が知りたいが、中庭に面した窓はすべてカーテンが下ろされていて、中の様子を窺うことができない。
たぶん施錠されているだろう。

廊下側には、引き戸式の出入り口が教室の前後に2つと幾つかの窓がある。

窓の一つが割れている。
先程説得しようと近付いた警官に向かって発砲された跡。

廊下を這って中の様子を窺おうとしたところ、窓際に保母さんが現れた。
上戸彩似の美人保母さんだ。
俺を見て驚いたような顔をしている。

犯人の指示で、園児たちが描いた絵で窓を目張りしようとしているらしい。

(大丈夫。必ず救出しますから。チュッキスマーク

俺は合図した。
最後の投げキッスは余分だったかもしれない。
一点の隙間も無く目張りが施されてしまった。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

応援部隊が到着し、幼稚園近辺を包囲した。

教室の中では犯人が喚いている。
相当苛立っているようだ。
目張りのせいで中の様子は窺い知れない。

『逃走経路と身代金1億円を用意しろ』

美人保母さんが犯人の要求を通訳して伝えて来た。

才色兼備とはこのことか。
保母さんは朝鮮語を使えるらしい。

しかも自分自身が犯人であるかのような迫真の演技だ。
俺は改めて惚れ直した。

園児たちの泣き声が聞こえて来る。
何と言っても人質の安全が一番だ。

特に今回は、知名士の子息令嬢が人質とあって慎重を期せねばならない。
我々は犯人の要求を飲むことにした。

すぐに逃走用の車と金が用意された。
後は犯人の出方を待つばかりだ。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

『人質として女を連れて行く。』

犯人は保母さんを逃走時の人質として要求して来た。

その言葉を伝える彼女の顔は心持ち青褪めて見えた。
あぁ!美人はこんな時でも美しい!

(一ノ瀬歩、絶対貴女をお助けいたします!)

志願して俺が金の受け渡しをすることにした。

犯人の要求通り丸腰となった俺は、金の入った鞄を持ち、教室の扉に手を掛けた。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK
〈第二十話〉
『ズギューン!』

その時、突然銃声が鳴った。

慌てて扉を開けて中を覗くと、一人の園児が犯人の手に噛み付いていた。
噛み付かれた拍子に銃が暴発したらしい。

(どうして麗奈が此処にいる?)

妻とともに避難した筈の麗奈が何故か目の前にいる。

混乱している俺を置き去りにして、男は麗奈を突き飛ばし怒りに任せて銃口を向けた。

(危ない!麗奈!)

咄嗟に犯人に飛び掛かった俺は、格闘の末、数秒後には犯人を取り押さえていた。

一件落着。

『もう大丈夫ですよ。サランヘヨ。愛しの先生揺れるハート

気分はイ・ビョン・フォンでそう言いながら振り返った俺は、信じられない光景を目にすることとなった。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

『その男を放しなさい。』

美人保母さんが麗奈たちに銃を突き付けながらそう言った。

(彼女もグル?)

道理で朝鮮語が堪能なわけだ。

彼女に恋心を抱いていた俺は、卑劣な犯行への怒りと自身が吐いたこっぱずかしい台詞の両方に顔を赤らめた。

形勢逆転。

俺はボコボコに殴られ、教室の手摺に後ろ手に手錠を架けられた。
力を込めてみるが、見た目以上に頑丈な手摺はびくともしない。

勝ち誇ったような犯人たちの顔。

(あぁ!そんな恐い顔していても美人は魅力的だなぁ。)

俺の心中を察したのか、上戸彩似の美人保母さん改め女犯人が近付いて来て言った。

『下心見え見えでデレデレしやがって。気持ち悪いよ。この下衆野郎!』

頬を打たれ、唾を吐き掛けられる俺。

『あんっ揺れるハート

女みたいな声が出てしまった。

(実はドMかも俺)

イカンイカン。
愛娘が見ているんだった。
何とかこの状況を打破しなければ。

とは言え、後ろ手に拘束されたままではどうしようもない。

(右手だけでも自由になれば何とかなるんだが)

俺はやけくそで犯人にこう言って見た。

『なぁ、運試しにジャンケンしてみないか?俺が負けたら逃走資金をもう1億円上乗せするように交渉してやってもいいぞ。』

『ははは。随分突拍子も無いことを言う奴だな。それにそのままじゃジャンケンはできまい。』

『だから、右手だけでも良いから手錠を外してくれないか。』

犯人の男が近付いて来る。

(シメタ!まんまと乗って来た。)

『バシッ!』

思いっ切り頬をはたかれた。

『馬鹿め!一ノ瀬歩、お前の雀拳の噂は聞いてるんだよ!騙されると思ったら大間違いだ!』

(バレてたのね)

自由になった右手で雀拳炸裂!という俺の目論見は、いとも簡単に見破られてしまった。

(打つ手無しか)

打ちひしがれる俺とは対称的に、高笑いの止まらない犯人たち。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK
〈第二十一話〉
『ねぇ、ジャンケンしないのぉ?』

園児の一人が声を上げた。

『ジャンケ〜ン』

『ジャンケ〜ン』

園児たちが一斉に囃し立てる。

『おじさん。私と勝負よ。』

麗奈がスクッと立ち上がった。

『その子は一ノ瀬の…』

保母の女が口を挟もうとするより先に麗奈が続けた。

『おじさん。私が負けてもプラス1億円よ。』

男の方は麗奈が私の娘だと言うことは知らないらしい。

『分かった。分かった。おじさんが勝ったら、そっちのおじさんに払ってもらおうな。』

『その代わり、私が勝ったらみんなを解放してよ。』
『ようし分かった。約束しよう。』

麗奈の愛くるしさに犯人も気が緩んだようだ。
凶悪犯とは思えない笑顔を見せている。

(しかし麗奈はいつの間に韓国語を覚えたんだろう?妻が嵌まっている韓流ドラマと関係あるのだろうか?)

(まぁ良い。ともかくよくやった麗奈)

と言いたいところだが、4歳の麗奈に何ができるわけでなし。
ここは運を天に任すしかあるまい。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

『最初は手(グー)。ジャ〜ンケ〜ンポ〜ン』

犯人は手(パー)を出した。

麗奈は手(チョキ)だ。

(やった。麗奈の勝ちだ。)

園児たちが歓声を上げた。
飛び跳ねて喜んでいる子もいる。

手錠で繋がれてさえいなければ、俺だって飛び跳ねていたことだろう。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

『おじさん。約束だからね。みんなを解放してよ。』

『何のことかなぁ?』

惚けて見せる犯人に園児たちから野次が飛ぶ。

『い〜けないんだ。いけないんだ。せ〜んせいに言ってやろう。』

『うるさいっ!』

(確かに…今回は先生も共犯だ。)

そもそも冷静に考えれば、凶悪な犯人がこんなたわいもない約束を守る筈もない。

園児たちはまだぶつくさ言っている。
逆ギレした犯人が園児の1人をひっぱたいた。

火が付いたように泣き出した園児に誘発されて、他の園児たちも泣き始めた。

『びゃあぁぁぁ!』
『ぶぅわぁぁぁ!』

さながら動物園のような騒々しさだ。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

〈第二十二話〉

麗奈はと見ると、手(チョキ)を出したままの格好でブルブルと怒りに震えている。

こんな麗奈は見たことがない。
約束を破られたうえにクラスメートをぶたれて、相当怒っているようだ。

『お〜じ〜さ〜ん!!!』

普段の愛くるしい麗奈からは想像もできない凄い形相で、麗奈は犯人に突っ込んで行った。

『ひぇっ!』

咄嗟に避けようとして尻から転んだ犯人に馬乗りになった麗奈は、躊躇すること無く右手の手(チョキ)を犯人の両の眼にぶち込んだ。

『うぎゃあ!』

七転八倒する犯人。

保母の女が麗奈を取り押さえようとしたところへ、今度は園児たちがわんさかと群がった。

揉みくちゃにされて、身動きが取れない女。
スカートが捲れて太股がむき出しになっている。

(手錠で繋がれてさえいなければ俺だって…)

馬鹿なことを考えている俺を尻目に、待機していた警官たちが一斉に突入した。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

今度こそ一件落着。

麗奈の大活躍で犯人たちは無事逮捕され、人質の園児たちもみな解放された。
幸い大きな怪我人も無い。

犯人の男が一番重症と言えるが、麗奈の紅葉のような可愛い手では、致命的な損傷を与えるまでには至らなかったようだ。

それにしても麗奈の奴。
何処であんな技を覚えたのやら?
血は水よりも濃いということか?

そんなことを考えていたら、気が付くと麗奈のそばに妻が寄り添って立っている。

俺はいまだ後ろ手錠で手摺に繋がれたままだ。

『なぁ誰かに言って手錠を外してもらってくれよ。』
苦笑いしながら俺は言った。

『あのねぇママぁ、パパったら先生にキスマークっとか言ってたよ。それに先生のパンツ見てデレデレしてた。』

(こらこら、そんなことをばらすんじゃない!)

恐る恐る見上げた妻の顔が見る見る鬼の形相に変わる。

(さっきの麗奈の恐い顔は妻譲りだったわけね)

『麗奈ちゃん。ママとケーキ食べて帰ろうか?さぁ行きましょう。』

『おいおい、先にこれ外してくれよ〜。』

都内有数の名門幼稚園に一ノ瀬の悲痛な叫びがこだました。

一ノ瀬歩32歳。
警視庁公安部特殊任務係最強の戦士(家庭ではそうでもないらしい)。

行け行け一ノ瀬。
頑張れ歩。
首都東京の安全と平和は君に懸かっている。
一ノ瀬たちの戦いは明日も続く…はず。

指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK指でOK

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