奥崎謙三　ゆきゆきて神軍コミュのokuzaki(9)「ヤマザキ天皇を撃て!!」

奥崎は東京拘置所から出所後、色々な知己、機縁を経て、処女作である「ヤマザキ、天皇を撃て」を出版した。内容は、何故に天皇をパチンコで狙撃したかを奥崎の生い立ちを含めて、裁判所に対して提出する陳述書をベースにしたものである。直木賞作家で国会議員の兄を持つ井出孫六氏が機関誌に奥崎に関するエッセイを掲載したことをきっかけに、出版されるはこびとなった。
出版に際しては、紆余曲折があった。当初、出版を予定していた出版社に対して児玉誉志夫から圧力が掛かり、一度発刊が頓挫した。

児玉は右翼運動家で、Ａ級戦犯に指名されたが後に釈放された。後にロッキード事件の被告となる。ロッキード事件の概要を説明すると、日本のシェアを拡大したいロッキード社は児玉を秘密代理人にした。新しい総理大臣の佐藤栄作や田中角栄にはあまり影響力をもっていなかった児玉は、田中との共通の友人、小佐野賢治に頼るようになった。小佐野は日本航空や全日本空輸の大株主でもあり、ロッキード社製のジェット旅客機の売り込みでも影響力を発揮したが、すでに日本航空はマクドネル・ダグラス社製のＤＣ―１０型機の購入を決定していた。
その矛先を全日空に向けた。全日空はすでに決定していたマクドネル・ダグラスＤＣ―１０の購入計画を、後に贈賄で逮捕される元運輸次官の若狭得治社長の指示で破棄し、ロッキード社のＬ―１０１１トライスターの購入を決定。その後全日空は同機種を二一機購入し、この結果ロッキード社の日本での売上は拡大した。しかし、アメリカ上院で行われた公聴会で、
「ロッキード社が日本の超国家主義者を秘密代理人として雇い、多額の現金を支払っている」
事実が公になり、捜査が開始さた。児玉は衆議院での証人喚問がおこなわれる直前に「発作」を起こし、床について間もなく児玉は脱税と外為法違反で起訴された。元総理の田中角栄は収賄容疑で逮捕され、一九八三年一〇月に有罪判決が出された。田中は脳卒中で半身不随になるまで、闇将軍として自民党に君臨する。一方の児玉は判決が出る直前の一九八四年一月に再び発作を起こして七二歳で世を去った。奥崎が、「田中角栄を殺すために記す」を発刊するのも児玉との因縁少なからずと言ったところだろう。
その後、一生懸命に版元を探した結果、三一書房によりなんとか出版にこぎ着けた。本は幅広い層から反響があり、奥崎は結果に満足する。

それなりに売れ行きが好調であったので、三一書房は重版の許可を貰うべく奥崎と交渉するが、奥崎はこれを内容証明郵便にて拒否する。何故なら、それより以前に三一書房を独立し二月社という出版社を立ち上げた石田明氏に版権を引き渡す約束をしていたのであった。
そのような経緯の下、二月社より「ヤマザキ天皇を撃て」は出版されつつあったが、その矢先に三一書房側の弁護士より、奥崎に抗議文が届く。奥崎は、このような行動を取ったことを後悔し、三一書房側に謝罪することによって、本件は事なきを得た。後日譚として、奥崎の下に三一書房から印税の入金のあった数日後に、石田明氏より、百万円の無心があった。石田氏は一年後の返済を約束したが、奥崎は、
「成功しない場合は返さなくて構わないが、そうなることは石田さんのために望まない」
奥崎は皮肉を込めながらも快く借金に応じた。「ヤマザキ、天皇を撃て」はその後重版を重ね、奥崎シンパを増やす原動力となった。

この頃から、警察の警備課により奥崎は監視されることになった。当時の警備課は案件により
公安第１課（共産党）
公安第２課（右翼、皇室、要人警備）
公安第３課（革マル派、中核派、革労協など極左過激派）
の三課に別れていた。今は事態の流れからか、第３課は無くなったらしい。よく公安と公安調査庁は混同されがちであるが、違いは逮捕権の有る無しと、管轄だろう。公安調査庁は法務省管轄でトップは高等検察庁検事長が就任するのが通例だ。奥崎の行くところ私服刑事がつきまとう。日常的な活動は職員一人ひとりの裁量に任されている。
「奥崎先生、今日のご予定は？」
いちいち私服刑事がついて回る。仕事だろうがお構いなしだ。東京に行くときも所轄エリア毎に奥崎の車を追尾する。
「東京行くんだったら、車使わないで、新幹線使ったらエエやん」
広範囲の尾行は経費がかさむ上、血税だ。奥崎は私服刑事に私用を言いつけたり反対に国家権力を利用していたようだった。シズミも何かあれば電話で呼び出して、用事を言いつけていたようだ。奥崎夫婦には公安に見張られているという不快感は無かった。もし公安からマークされて運動から足を洗い完全な一般市民に戻ったとしても、監視から逃れることはできない。一生監視されるのだ。