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Sure Record Pool Since 1978コミュのトピックしか入らない文字数の為

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>コメント有難うございます、僕以外、はじめてです。
まず、EMDMAXの正式名は、エンドルフィン・マキシマムです。
まず、オープンのENDMAXは、揉め事が多かったのが現状です。
武邑先生とDr小山さんの対立が激しく相当もめてます。
LARRYを日本へ招聘したのは、NYに有ったマーズ、クイックのYWA代表YUKIさん
その友人関係にあったDr小山さんが、オープン直前にNYへ行って契約ペン
また、企画部の青木リーダーと武邑先生のなかでは、着々とオープン準備
後、GOLDのエコーナイトは、ENDMAXがオープンする前、逆でした。
当時、名古屋(岐阜、大垣)の先輩であった、木村コウさんがDJを担当。
そのエコーナイトに勝るとも劣らないサウンドシステムを導入しようとTOAのZドライブシステム導入ヘッドフォン
ENDMAXにバロウズのコンセプト、バンカーを取り入れ、ドリームマシーン導入
ちなみに、私は、バロウズのサイン入りの岩石をクローズした後もらって、
今でも、部屋に、LARRYのサイン入り(Harmony Tour GOLDのDATをホテルでイコライジングし直してオリジナルダビング〜カッセトへ)カセットとともにかざってます。名古屋にNORIさんとMICKさん、田中りつこさんが、わたしの部屋に遊びに来てくれた時、それ見て(*_*)してました。後、LARRYがさわったUreiも大事に部屋に置いてます。耳を内耳障害で壊したため乖離幅がないにも関わらず、聞こえてくるそのカッセトテープ。そのために現行の型で唯一カセットデッキがある
車(セダン)F50シーマを無理して買いました。
話は、90年6月に戻します。LARRY一行(HISAさん、NORIさんも同行)は、ENDMAXに着いて、すぐ、サウンドチェック致します。1日かけて武邑先生サイドがメンテナンスした、音響を、LARRYは、15〜30分で簡単に変えてしまう事に。
さらに、バロウズのドリームマシーンが気に入らなかったのか、外せと小山さんに注文!大変な騒ぎになって行きます。
ただ、私は企画部であり、プロモーターだったので、どちらにも付けず、ついには、青木プロデユーサーが三倶を抜けてしまいます。
LARRY LEVANとは、NYで遊んだ時に、当時のトラックスってCLUBに行き、こう、オーナーに言ってます。こんな、店、このTOM'(私の略名)の店の方が何分の1しか無いが、Gドライブシステム使って、何倍もいいサウンドしてるぞって!うそでも、こう言われた、私とDJ SYUJI君は鼻が高くなったものでした。
当時としては、吊り天型は珍しいシステムだったみたいでTOAの最先端がそこにあったのは、事実です。
YELLOWに移籍後もENDMAXと音の良さを比べて、純粋に全く逆の理論からつくりあげられているため、比較はできないです。ただ、91年LARRYは自分が作ったごとくのように、TOM'心配するな、負けてないってYELLOWに一緒に言った時、言ってました。
まあ〜〜武邑先生も、コウさんに飯食ってる時に聞いた話では、東大の教授になったとか、聞いてます。
そういった、流れで、険悪ムードバンバンのオープン!
でも、LARRYは別の理由で、大大キゲンがよく91年12月22日最高以外のプレイのなかでくらべても、比較的落ち着いていました。
また、92年、LARRYは、当初、予定がなっかた、Harmony TourのENDMAX後援を支持して、あの箱だけは、絶対にやるっていってくれたそうです。その時まさに、奇跡が置きます。DJ EMMA君もいたかな〜〜?一旦、ホテルに帰ったLARRYが、もう2,30人しか残って無かったENDMAXに禁止マル秘バリバリでもどって来て、お前らのためにだけに、もう1時間位、サービスだって!これには小山さんも喜んだのか、はじめて踊ってる姿が拝見できました。走る人
私は、YELLOWにくるおおくのDJを世話してます。ただ、いつも私のマンションで
LARRY LEVANと一緒に移っている写真、Urei、THORENSなどGARAGEのレコードコレクション含めて、見たとたん、いわば、おおげさに、言うとたいとう扱い、友人に成っていきました。LOUIE、KERRI,KENNY,WALTER、INDIA,DANNY,JOE,などです。
やっぱり、LARRYは札幌に行く前に俺とお別れをいいに来たんだと。
そして、バリバリにきめて、僕の為に作ってくれたカッセトがいつかやくにたつと教えてくれて、、、CD
本当に、最期の札幌に付いてってくれって頼まれた時、仕事休んでも行けば良かったと、後悔してますたらーっ(汗)。
ウオルターも最後の日は、警察がはいったんで、辛い役目をしましたたらーっ(汗)。
PLAYを途中で止めたんです。その代わり、彼が最期に行きたがってた富士山につれていきました富士山。
いつの日も、お別れは辛いものですふらふら。
私も、今、病気とたたかっています。耳です。将来、全く駄目かも耳
でも、今日の朝4時に上海人のよめとRENAISSANCEのHernan Cattaneoって、、、
どうしても、聞きたいって言ってたからききました。
Tuxさんのように音楽に精通していらしゃる方なら、耳がいかに大事かお分かりに
成ってくれるとおもいます。
でも、最期まで、聞き続けます。
本当に、貴重かつ緻密なトッピクありがとうございます。
今度は、このコミでGARAGEで最初に常連だったMacさんがコメント
楽しみにしていてくださいるんるん

コメント(9)

この揉め事は、ディスコ派と、クラブ派の対立なんですか?


長年の、経験がある、ディスコ派と


もう、新しい時代だよと!

新興勢力の、クラブ派


の、争いなんですか?
>武邑先生とDr小山さんの対立が激しく相当もめてます。

武邑さんは当時日本に於けるニューエイジの先導者/スポークスマン的な存在でしたから
ね(11PM等でも度々取り上げられてましたが)・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8
(これは的はずれな感じなのでもっとリアルなのは、当時のニューエイジ・カルチャー 
 をダイレクトに反映していた、Mondo2000という雑誌など>Wired等はその一般向けと
 いう感じであり、Mondo2000の様な濃い内容では有りませんでしたが・・・うちには
 Mondo2000のほぼ全巻が有ります)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Mondo_2000
 http://www.ew.com/ew/article/0,,312487,00.html

・・・小山さんがディスコ文化の方で有れば、かなり異質の物だったかも知れませんね。


>後、GOLDのエコーナイトは、ENDMAXがオープンする前、逆でした。

・・・私の記憶違いの様ですね。

少なくともGOLDオープニング段階('89 11/18?)で映像機器類は導入されてない事や、
'90の後半以降で導入された記憶が有ったので、EndMaxより後だと思ってました。
(もしかしたら映像システム導入前から、既にECCO Nightはやってたかもですが)

以下の写真は撮影時期がバラバラの物が含まれてますが、上から3枚はオーニング
 の時の物です(マーク・カミンズさんがDJされてます)。
 http://www.meta-design.jp/photos_club_GOLD2.html
 (間に合わなくて未だ5F等は音響工事中でしたが・笑)

 因みに追加導入された映像システムは以下です(追加で三千万〜程度):
 http://www.meta-design.jp/pdf/GOLD-Visual.pdf

当時の各種資料(ECCO Nightの企画書やフライヤー類など)残ってるので、調べてみます。


>ENDMAXにバロウズのコンセプト、バンカーを取り入れ、ドリームマシーン導入

そうでしたね。

ブレイン・マシン的なフリッカー(点滅)を生じる照明装置やシンクロ・エナジャイザー
の効果音?発生装置など海外から導入されたとお聞きした記憶が有りますが、バロウズさ
ん絡みだった事も思い出しました。

 当時武邑さん配下でMM Internatoinalという会社がそれら装置に関わってたと記憶
 してますが、今も事業継続されてる様です。
 http://www.style21.co.jp/mm8/mm8.htm


>LARRYは、15〜30分で簡単に変えてしまう事に。

私はオープンニングの日にFairlight CVIという映像効果機器(200万程度のDVE)を納品
する際に、ラリーさんがお店に来る少し前辺りの時間(開店前)から居ました。
http://www.meta-design.jp/CVI2.html

・・・その時のラリーさんの鬼の形相が凄く印象的だったのです。
(恐らく数時間程度の滞在で、終電が有る時間で店を出てるので後の事は存じませんが)


>バロウズのドリームマシーンが気に入らなかったのか、外せと小山さんに注文!

照明の方なら効果はさておき、見た目は・・・でしたからね。
(提灯というか何というか・笑)

・・・音の方なら、所謂サイレン・マシン的な物でしたけど。
(シンクロ・エナジャイザー自体は脳波を誘導する為の光刺激と音刺激発生装置であり、
EndMaxに導入されてたのはノイズ/パルス発生装置だった様)
http://www.mindmachines.com/LightSoundRelaxationSuperstore/
http://en.wikipedia.org/wiki/Mind_machine

どう接続されてたのかは存じませんが、常時Urei1620に信号が入力されてたのかも。
(もしそうなら、Cueの時ウザイ思いをする事となり、外せ!・・・と成るでしょう・笑)
>Gドライブシステム

Z-Driveですね。

昔の製品の情報は無さそうなので、現行では:
http://www.toa.co.jp/products/prosound/speakers/speakers_zdrive/

・・・Z-DriveはPA用途としては評価がそこそこ高い物で当時結構使われてましたが、但
し当時の物は指向性が狭く(水平角60°程度だった記憶が有ります)、クラブ・サウンド
用途で使うのは難しかった筈です。
(Live/コンサート音響は、Stage上のMusicianという視覚前提でStageから音が到達す
るとかMusicianが音を出してる様な調整なのに対し、クラブシステムでは音で包み込む
物であり、又日本人はDJを向いて踊りますが、基本的に視覚対象が無い音なので)

そもそもTOA等設備音響システムを扱う会社や、若しくはLive音響対応するPA/SR業者は、
クラブサウンドに対して何も解ってませんが・・・。
(名前は覚えてませんが、その時居たTOA担当者は特機部門の方です>矢 何とかさん?)

(小山さんの処の記述で)ラリーさんがAmpやEqをフルにしたのはどうかと思いますが
(もし私が対応していたのなら大喧嘩するか電源落としてます・笑)、でもGOLDでラリー
 さんの対応をした上で、結果それが求める音だったのだろうな・・・と納得できます。
 (Play中決して無茶される事無く、個々の曲のあらゆる状況で細かなEq/音量調整など
 された上で、その曲の良さを余すところ無くフロアに届ける様な人だったので・・・
 若しくはJimの3wayDivider/5BandEqを使いこなして、私自身経験した事の無い劇的な
 効果を演出されたりも・・・”Isolator”等では決して生み出せない効果として)
 http://www.meta-design.jp/modify_7.html


>ENDMAXと音の良さを比べて、純粋に全く逆の理論からつくりあげられているため

喧嘩売る様ですが、私は何度かお伺いした上でYellowの音を良いと思った事は有りません。
(Yellowだけでなく、超低域〜低域と高域〜超高域の音は許せても、特に中高域辺りが
きつい箱だらけなので・・・Yellowは色んな造作物がSubLoに共振していたのも凄く気に
なりましたが、音を売りにする店舗でそういうのはあり得ません)

*私は音を良い悪いで表現するのは無意味だと思ってるので(個々の聴覚構造や音の認知
 ・分析など音/音楽経験次第であり、又経験に根ざした音響心理により、誰一人として
 同じ音など聞いてませんので・・・音が良い悪いとは、個人の主観/好みの問題でしか
 無い事です)、心地よいか否かでの心地よい音では無かった・・・という意味合いです。
 
EndMaxはオープニングの時しか行ってないので、その後どういう音になったのかは存じま
せんが、潜在能力としてはZ-Driveはクリア/繊細な(日本人の感覚で開発された物なの
でやはりそういう物に成るのです)音が出せる筈なので、ちゃんと調整されてたのならそ
ういう音だったのかも知れません。

一方ReyAudoiの中身のTADは・・・ジャジャ馬です(笑)。凄くごっついとかリアル(例
えば太鼓の皮のリアルな響き等)な音を出せる物だけど、そう簡単に使いこなせる物では
無いと思います。
(TADは木下さんが開発した・・・と主張されてる様ですが、Pioneerの一社員としてゼ
ロから開発したのでは無く、JBL/Gaussと兄弟です・・・意味は以下の通り同じ技術者に
よる技術供与を受けて生み出された物なので、その為肉食人種的な音に成ったのかも)
http://www.ishinolab.com/modules/wordpress/index.php?p=27


先の”LARRYは、15〜30分で簡単に変えてしまう事に。 ”・・・という事は、”自分
の音”をお持ちの一部のDJの方々は、どんなシステムでもそのシステムなりに自分の音に
短時間で作り替えてしまいます。

・・・求める音・理想的な音が明確な物として自分の中に有るからこそです。
(それ以前に、音を作り替えられてしまう店舗システム側の調整の問題ですが)


>武邑先生も、〜東大の教授になったとか

以前東大大学院の助教授職でしたが、現在は:
http://www.scu.ac.jp/faculty/teacher/design03.html

以下などにEndMax/GOLDの事等記されていたかも:
2)武邑光裕著(1992):「メディア・エクスタシー」情報生態系と美学 青土社 286p

EndMax/GOLDに所謂ニューエイジなシステム/表現を持ち込む流れとしては:
1)武邑光裕著(1988):「サイバーメディアの銀河系」フィルムアート社 236p

日芸時代の個人事務所は、ウィリアム・バロウズ氏のエージェントも兼ねていたと思います。
http://blog.livedoor.jp/tetra_/archives/52249945.html
(キナ臭い事としては、武邑さんがEndMaxに導入させた諸々のシステムは、武邑さんを経
由していたという事ですが>バブル時代相当稼がれてた事でしょう)
>Harmony TourのENDMAX後援

存じませんでしたが、After Party的な事が行われたのですね。


>最期の札幌に付いてってくれって頼まれた時

沖縄(宜野湾市のどこか)のコーディネートされた方とはかなり前どこかでお会いしまし
たが、全般的な招聘・コーディネートされてた方が居ましたよね?


>PLAYを途中で止めたんです

騒音などによる通報が有ったのだと思われますが・・・まあ風営法で縛られてるのでどう
しようも無いですね(たてつくと即営業停止処分であり、度々だと どんどん営業出来な
い期間を延ばされたり、又は責任者の逮捕〜営業禁止処分が待ってますから)・・・。

時効?なので記しますが、昔神楽坂Rottenには、見回りに来た方々への対策として、
”非常音響停止装置”を納入した事が有ります。
(”誰か”が来たら、”ラーメン屋”の処に有るスイッチを押してフロアの音を強制停止
する為の物ですが・・・少なくとも風営法違反の現行犯には成らない為に)


>耳がいかに大事か

仕事上特に支障は有りませんが、私も右耳をやられてます。
(思いつく物としては、常時Boothでの私の立ち位置では右耳の間近にSpeakerが有った
GOLDですが・・・おまけにTADの2"/1"という、4WayのHiMid/Hi Unitの間近だった為
>ただ音/音楽を聴く時には脳内補完などで全く影響無くとも、何故か人の話す声が聞き
取りにくいという特殊な難聴です)
> 友松さん

ヤバイ!!


シキリが高くなってますよ!!


しかし!


近いうちに、かなり、レベルは落ちますが!


私の、endMax事件簿を、お送ります。
ECCO Nightの企画書は夜公開しますが・・・。


解る範囲では以下でした。

GOLD PreOpen Event ??? (招待客向け内覧会的な物)
GOLD PreOpen Event Miss A Live Nov18? 1989 
(ノーべスパジオ*阿川泰子さんのプロモーション/四方さん)
GOLD Open Nov28 1989

ECCO Night
#1 Jan26 1990
#2 Mar16 1990
#3 ????? 1990 ←フライヤー・スケジュール無いので不明
#4 Jun28 1990
#5 Jul?? 1990 ←フライヤー・スケジュール無いので不明
#6 Aug?? 1990 ←フライヤー・スケジュール無いので不明
#7 Sep21 1990
#8 Oct19 1990
#9 Nov09 1990
Nov22-Dec21 1990 Closed!(営業停止処分・以降Eraとの関係切れる)
Jan/Feb 1991 ←フライヤー・スケジュール無いので不明
Mar16 1991 
Apr05 1991
May24 1991
*スケジュールには以降掲載されてません。
 (朧気な記憶では、映像の送り出し側機器除去して、プロジェクターのみ数台使用
 していた状況かも)
Feb28 1992 ←単発イベントとして

・・・私の記憶違いであり、映像機器が導入される前からイベント自体は行われてました。
(プロジェクター類などどこから借りたのかは解りませんが、映像演出としては例えば
 CG Genさん・秋元キツネさん・田中秀幸さん等蒼々たるメンバーが、Amiga+Video
 ToasterやMindEye等使われてました>所謂Video Drug全盛期)

映像機器が導入された時期も、1990後半だったという事以外詳細不明です。
(導入する事に成ったのは確実に武邑さん/ECCO Nightによる物であり、それは武邑さん
のJan18'90の企画書に要望内容が記されてます・・・導入された機器類は当時販売開始
されたばかりとか特注で納期を要する物だったので、稟議降りてからの納期・工期含め
やはり半年程度は要していた筈です)

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