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ピーチスマッシュ!コミュの3話:おにたいじ ?

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 しんと道場内が静まり返った。
「は?」
 数秒の後、猿島と犬山がほぼ同時に言った。
 驚いた、というより、何のことか咄嗟に理解できないといった様子であった。
 二人のそんな反応を見て、吉備子は首を傾げた。
「あれ? わかんなかった? “おにたいじ”って」
「鬼退治……」
 猿島と犬山は、離れた場所から互いの顔を見合った。
 猿島は口ではなく目で「わかるか?」と訊ね、犬山はかぶりを振って「いいや」と返した。
「どういう意味なんだ?」
「ん? だから、お・に・た・い・じ」
「そうじゃなくって、鬼退治って具体的には――」
「“おにたいじ”はさ、“おにたいじ”だよ?」
「だから、鬼退治ってどういう意味だ? 頼むから、わかるように説明してくれないか?」
「え、ぇえ? マジでわかんないの?」
「ああ、マジでわからん」
 きっぱりと言い切った猿島に、少女はうーんと唸り声を出し、白い喉を見せて下唇に人差し指を当てた。
 すると、何かを閃いたかのように急にその場から離れ、道場の奥にある扉の奥に姿を消した。
 しばらくして少女は、黒い樹脂性のキャリーがついたホワイトボードを引っ張って来た。
 それから、猿島と犬山に見えやすい位置にホワイトボードを置き、キュ、キュ、キュ、と黒水性ペンで少女がホワイトボードに何かを描き始めた。一体何を描いているのか、猿島が縛られた柱の位置からだと少女の身体が邪魔でほとんど見えなかった。描き終わったから全貌が明らかになった。
「これ」
 トンッとホワイトボードを手の甲で叩き、少女は自分で描いたそれを指した。
 猿島と犬山は、無言でそれを見つめる。
「……何じゃそりゃ?」
「化け物?」
 ひどい絵だった。幼稚園児が画用紙に描くような、大きな頭にアンバランスな手足と胴体、崩れた目と鼻、口のカタチ、頭の先にちょこっと三角の角が生えており、口の横に「ガオー」と汚い字で雄たけびらしき吹き出しがついていた。
「これが“おに”」
「あ?」
「これを退治するんスよ。わかった?」
「いや、その……その前にあれだ」
「ん?」 
「どうもな、俺としては先にあんたの名前を聞きたいんだ。あんたをどう呼べばいいか困ってしょうがない」
「ああ、そうだったね。そーだねー、確かにキビも「あんた」とか「お嬢ちゃん」って言われるの好きじゃないなー」
 ふむふむと少女は小さく頭を振っては頷いた。
「うん。じゃー自己紹介だね。私は『桃川吉備子』。桃に川って書いて、吉備子はええっとー……えーい、キビでいいや」
「キビコ……変わった名前だな」
「そんなことないよー。かわいい名前でしょ?」
 猿島は無言だった。
「わかった。それじゃぁ、キビコちゃん」
「キビでいいってー」
「――ならキビちゃん。俺たちに何をして欲しいんだ?」
「おにたいじ」
「いや、その俺らはさっきからそのキビちゃんの言う“おにたいじ”が全然わかんないんだけど……」
 なるべく、柔らかい物腰で吉備子に訊ねる猿島だったが、本人も自覚するほど、顔の筋肉が引きつっている。今、鏡に自分のを顔を映せば、怒りを我慢しているのが丸わかりなのだろうなと想像できる。
 それほど、猿島の忍耐は限界まで来ていた。
「まさか、その“おに”っつーのは、宇宙人とかか?」
 犬山が訊いた。本気ではなく、冗談のつもりで言った。
「違うよ」
 あっさりと吉備子は否定した。
「だったら、何なの?」
「これ」
 トンッと、吉備子は手の甲でホワイトボートを叩いた。やはり同じ絵を指していた。
「いや、だからわかんないって」
「マジで? だから、これが“おに”だって」
「だからわかんないっつってるじゃん! っていうか、お前結局何がしたいんだぁあ?」
 犬山が吼えた。容赦のない怒り方だった。ちょっとでも近づけば、すぐに噛み付いてきそうなほど殺気立っていた。
 怒り出すタイミングを犬山に取られてしまい、猿島の熱く込みあがっていた感情が一気に冷めた。
「ワンワンもしつこいっスねー。おにたいじだって言ってるじゃないっすかー」
「テメェッ! っんとにいい加減にしろッ! 黙って聞いてりゃさっきからわけわかんねぇー御託抜かしやがって! 張ったおすぞ!」
「ん? そう? やる?」
 怒鳴り上げる犬山に、吉備子がニコリと笑みを浮かべた。その右手にはすでに拳を作っており、いつでも発射準備が整っていた。
 犬山は「あ、いや……」と口ごもった。
「もーしょうがないなぁー」
 ふんと吉備子は鼻息を勢いよく出し、腰に手を当てた。
「わかんないんだったら、行くしかないっスねぇ。おにたいじ」
「は?」
 眉を真ん中に寄せる猿島に吉備子は歩み寄ると、鉄柱の後ろに回って猿島の身体を縛る手錠と鎖の鍵を外し、次に犬山の手錠と鎖を外した。
 吉備子は二人には何も言わず、勝手に道場を出て行った。
「お、おい……どうするよ?」
 手首を上下に動かし、肩を回す犬山が猿島に相談した。
 板の間から立ち上がった猿島は、何ともいえない複雑な気持ちで「行くしかないだろう」と言った。
 逃げるにしても、今のまま逃げるのはどうにも釈然としない。吉備子と名乗った少女について行く他、猿島と犬山には選択肢はなさそうだった。
 道場で気絶する雉谷を放置し、猿島と犬山は吉備子を見失わないように、後を追いかけた。二人の格好は、道場破りに負けたままの姿らしく、猿島は黒のレスリングパンツにTシャツを着ているだけで、犬山に関してはボクサーパンツ一枚のみで後は裸である。「上半身裸なのはさすがに不味いのではないか?」と犬山は思ったらしく、きょろきょろと辺りを見渡すと、気絶する雉谷の空手着が視界に入った。が、あの臭そうな空手着を着ることはさすがにぞっとするので、結局何も着ないままにすることにした。
 外へ出る際、猿島も犬山も素足であったことを思い出したが、道場の外に大人用のビニール草履が二足あったのを見つけ、二人はそれを履いて外に出た。
 三人は道場から出て、そこから砂利の田舎道を歩いた。
 外はすっかり夕闇に包まれている。空を仰げばちらほらと星が見え、涼しい風が吹いていた。 
 底が浅そうな汚れた川が一本あり、その川沿いに古い工場が立ち並んでいる。民家は数えるほどしかなく、スーパーやコンビニは一つもなかった。
 川沿いを歩いている途中に、細く高いコンクリの煙突が一本、屋根瓦の古い銭湯があった。
 田舎の工場地帯――。
 そんな雰囲気の場所であった。
 それから二〇分ほど歩き、工場地帯から抜け出すと、駅や高層ビルが林立する市内に到着した。
「ええっと、どこだっけなぁー」
 親指で頭をポリポリと掻く吉備子が、片手に持つメモらしき紙切れをじぃっと凝視している。
「どこ探してるんだ?」
「うんとね。ここなんだけどさぁ」
 吉備子が猿島にメモ用紙を手渡した。犬山がメモを上から覗くカタチで、二人はメモに書かれた文章を読んだ。
「……」
 ミミズのような汚い字だった。アラビア文字のようなふにゃふにゃと連なった線が、メモの端から端まで羅列されている。
 よくよく観察すれば、漢字や平仮名に見えないことはない。
 猿島はよく目を凝らしたが、やはり何と書れているのか全く解読できず、途中で諦めた。
「ええっとー、あのよぉ? これって……」
「あ! 見つけた! ここだ!」
 猿島が吉備子にメモに書いている字について訊ねようとした矢先に、吉備子は猿島らから勝手に離れて歩いていて、彼女の目の前に見える建物を指差していた。
「ここの四階だよ!」
 吉備子が指差す建物を、猿島は見上げた。
 そこは、何の変哲も無いただの雑居ビルであった。
「ここがお前の言う“おにたいじ”の?」
「うん! そうそう! そーなんでスよ! いやぁー見つかって良かったぁ!」
 屈託のない明るい笑顔で吉備子が言った。
 その笑顔を見た猿島は、口の中にたまっていた不評や文句の数々が急に喉の奥に戻ってしまい、何も言えないままムスっと唇を固く結んだ。
 犬山も猿島と同じ気持ちらしく、唇をへの字に曲げては押し黙っていた。
 不思議な少女であった。
 自己中心的かつ行動が予測不能。
 他人の話を全く聞こうとせず、己のワガママや意思の主張のみを貫いている。
 常識がまるで通用しないし、言葉遣いや振る舞いのそれがまるで小さな子供そのものである。
 黙っていれば容姿端麗の美少女女子高生なのだが、頭の中身は小学生か幼稚園児並み。
 いや、小学生や幼稚園児の方がまだマシかもしれないほど、ひどい有様だ。
 個性と呼ぶには、あまりに病的である。
 まともな神経の人間から見れば、明らかに異常だと感じられる性格であった。
 俗に“電波系”や“不思議ちゃん”といった奇人変人の類と呼ばれる存在。
 こういったタイプの人間は、どこの社会にも大概一人や二人はいる。非常に面倒で厄介なタイプだ。まともに相手をすればするほど不快な気分にさせられたりストレスがたまってしまうので、異性にも同性にも嫌われてしまうパターンが多いのではないかとと思われる。
 吉備子もそういったタイプの一人なのかもしれない。
 だが、吉備子の場合、ただ世間で認知されているような奇人変人の類とは違うモノがあった。
 満面な笑顔――。
 一〇代の少女らしい純粋なスマイルである。
 このとびっきりの笑顔を前にすれば、滾らせていた闘争心が一気に萎えては肩の力が抜け、ついこちらもニコりと笑みを返してしまいたくなる。
 つい、ため息が漏れてしてしまうほど可愛い。
 背伸びをせず、ありのままの自分を表現している。
 無垢な少女の笑顔にそれだけの効力があるのか、あるいはこの吉備子だけが持っている魅力なのか、どっちなのかはわからない。
 腹立ちより、妥協が湧いてしまうのだ。 
 吉備子の悪行に対し、気が付けば「しょうがないな」と許してしまっている。それだけは確かだった。
(嫌になるぜ全く)
 猿島は心の中で呟いた。
 その横で、猿島と同じことを考えていたらしい犬山が、それとは別に、いいように吉備子に翻弄されている自分の不甲斐なさを落胆するように、がっくしと肩を落としていた。
「ん? どうしたの? 置いていくよ?」
「うるせぇな。わかってるよ」
「すぐ行く」
 雑居ビルに入った三人は、ビルの中にあるエレベーターで四階まで上った。
 冷たいコンクリートが剥き出しの回廊であった。扉が前に四つほど距離を開けて設置されており、それぞれの扉の前に名札がぶら下がっていた。一見すれば、雑居ビルの造りというより住宅マンションの造りに似ていた。
「ええっと、あしがらこーぎょーは……っと。あしがら……あしがら……」
 四階のフロアの扉にぶら下がっている名札を見ながら、自分が持つメモを片手に吉備子が探しているその後ろで、猿島は聞き覚えのある言葉に、ぴくんと反応した。
「あ……しがら?」
「どうした? 猿島さん」
「ああ、いやぁ……どっかで聞いたことあるような……」
 下顎を親指と人差し指で掴むように擦る猿島が、「何だっけなぁ」と必死に思い出そうと努めていると、犬山が「あ」と言った。
「ひょっとしてさ。足に刀の「柄」って書く、足柄か?」
 ピタッと顎を擦る猿島の指の動きが止まり、目を向いてみるみるうちに顔色が青ざめた。
「ま、まさか」
「ああ! やっと見つけたよ! ここ、ここ!」
 メモ用紙に書いてある名前と扉のネームプレートが一致したのを発見したらしい吉備子は、エレベーターの前に立っている猿島と犬山の二人に向かって手招きした。
「お、おい! 待て! そこは!」
 インターホンを押そうとする吉備子を制止すべく、慌てて猿島が駆け出した頃には、すでに遅かった。
 インターホンが鳴った。
 しーんと静まり返ったまま、扉の置くから誰かが出る様子はなかっ。
「あれれぇ? いないのかなぁ?」
 首を捻る吉備子は、それからむぅっと唇を尖らせた。
 人差し指で押すインターホンのボタンを、一度ならず、二度、三度、四度、何回も押した。
 カチカチとプラスチックのボタンを直接押す音と、扉の奥から「ピンポーン」とインターホンの電子音の二つが重複して聞こえてくる。
「もしもーし! いませんかぁー! おにたいじに来ましたキビでーす!」
「バ、バカ! やめろ! やめろって!」
 猿島は吉備子から三メートル離れたところから、近所迷惑にならないように声の張りを抑えつつ、なるだけ大きな声を掛け、「戻って来い」と右手で大きく手前に仰いだ。
 だが――。
「あ、いたじゃないっスかぁ!」
 ガチャッと、扉が開かれた。
 白いタンクトップに紺色の綿ズボン。角刈りヘアーに眉を剃った厳つい顔の男が、ぬぅっと出た。
 年の頃は三〇代前半といった印象で、身長は猿島より頭一個低い。肩に、皮膚の上をうねるように踊る『龍』の刺青が彫られており、深い刀疵が顔面の頬から顎にかけて一筋走っていた。
「何じゃ……?」
 ドスの利いた低い声だった。ピリピリと刃物のような殺気が帯びており、凄まじいプレッシャーを男から感じられた。
「“おにたいじ”に来ました」
「ぁん?」
 ニコっと吉備子が爽やかに笑った。刹那、男の身体が真っ直ぐ前方方向に吹っ飛んだ。

 〜続く〜

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