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『変珍齋日乗』(越路吹雪)w。コミュの『【ふるいうわぎ】よさようなら』(2009年03月02日)。

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■小沢代表の第7艦隊発言、民主「党の見解でない」と釈明
(読売新聞 - 03月01日 22:06)


案の定「大声で喚く」連中涌いてるが、『12年前の↓発言』考えれば【違和感ない】のでは?


http://note.masm.jp/%C9%E1%C4%CC%A4%CE%B9%F1/


この「前段の部分」念頭に置けば逆に『糾弾する方が不思議に思える』のだけれど(苦笑)。

また『この部分』まるまる【パクった】のが『コイズミ以降』の自衛隊対外派遣政策かとさえ!
不適な表現かもしれぬが、小沢の↑理論を『つまみ喰い』の挙句【後段を斬って棄てた】のが

俗に言う『コイズミ改革』の実態でないだろうか?そう考えると【引用側が糾弾する】訳だがw

…などと解説した処で『オカミのオコボレ』しか期待しない連中には【馬耳東風】かもしれぬ。


この問題に関して、読売の『編集手帳』が興味深い文章を…「実情知らねば」頷く内容だが。

■2月28日付 編集手帳
(読売新聞 - 02月28日 01:35)

(以下引用)作家の久世光彦(くぜてるひこ)さんが語ったことがある。「西條(さいじょう)
八十(やそ)と服部良一がいなかったら日本人は復興しそこねていただろう」と。戦後復興の歩みは、両氏の作詞・作曲した「青い山脈」の歌声と切り離せない◆米海軍第7艦隊の旗艦は名を「ブルー・リッジ」(青き尾根、の意)という。横須賀を母港とする旗艦が賓客などに演奏して聞かせる“艦歌”は「青い山脈」であると、司馬遼太郎さんが「時代の風音」(UPU)に書いている。いまもそうらしい◆〈古い上衣(うわぎ)よ さようなら…〉と、戦後復興の陰の功労者であった在日米軍を、もはや用済みの服に見立てたわけでもあるまい。民主党の小沢一郎代表が「アジアの平和と安全には第7艦隊があれば十分で、陸空軍も海兵隊も要らない」とも聞こえる発言をし、与野党に反発と困惑の波紋を広げた◆米軍の抜けた穴を日本が自力で補うには膨大な予算と、時間と、軍備増強が招く対外摩擦を覚悟しなくてはならない。いかなる覚悟があっての発言だろう◆古い上衣は脱ぎましょう、新しい上衣は知らないよ−−では、首相を志す人の言葉としていささか心もとない(以上引用)…『服部良一』氏没後の風化を惜しむ。

「服部良一」(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E8%89%AF%E4%B8%80

服部良一氏が『あの戦争』に対して【どのように対応した】のかをこの執筆者は知らぬのか?

改めて「没後16年の経過」&『記者の不勉強さ』を垣間見る−【この例】ぐらい知るべきだ!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0



http://www.youtube.com/watch?v=exaOjXkXkWk


そんな経歴の主が、「代表作」たる作品が『こんな使われ方』されてる現実を知ったとすれば
【心中穏やかならざるもの】があったのではと−いまさら確認出来ないのが【もどかしい】。


スポットを「代表作」に当てれば…以前記したかもしれないが、一歩間違えばこの「名曲」は
『お蔵入りする』可能性があった!【ある人物】が猛烈に難色を示したからである。その人物
とは…この曲を「主題歌」にしようと想定された映画の『監督』なのだった…【今井正】監督。

「今井正」(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E4%BA%95%E6%AD%A3

皮肉にも、彼もまた『あの戦争』時は【自己の意思と異なる作品】の撮影を強いられた人物だ
(その部分を【未だに】ネチネチと持ち出す『連中』がいるのだから呆れてしまうのだが…)!
今井氏は、この映画に関しては↓なポリシーを抱いていたようだ−が、結局押し切られる。

http://yagi070.exblog.jp/1418011/

その結果「曲調の明るさ」が彩りを染めた映画は『空前のヒット』を記録したのであるが…。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E3%81%84%E5%B1%B1%E8%84%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)


私事だが、自分は『服部良一』という作曲家を崇拝してる−けれど。どうしても気に入らぬ曲
が、実は【この曲】なのだ。。。orz。正直「この曲の…」って枕詞だけでも勘弁して欲しい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E3%81%84%E5%B1%B1%E8%84%88_(%E6%AD%8C)
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND13820/index.html



http://www.youtube.com/watch?v=HchUuLHwsyE


…失敬w、【わざと】(ぉぃ)『ズッコケバージョン』あっかんべーを先に紹介(轟沈)。では『本家版』を。



http://www.youtube.com/watch?v=jVEdfZSEKQk&feature=related


この曲が「時代を超えた名曲になった」所以は2つあるかと−まず【親しみやすいメロディ】。
そして『歌い手』側の『折り目正しい【教科書通り】(!)の歌唱法』。前者はまだいいのだが、
問題は「後者」…。バリトン声楽家「増永丈夫」(本名)の顔も持ってた彼は、『正統派歌手』
としてデビューから逝去までを生き抜いた。芸能界で唯一【生前に】国民栄誉賞受けた実績
が【何よりの証拠】である−ただ。終生『正統派』と言うことは、『いつの時代も【主流】派』で
あったという側面も持ってた−口さがない人はこう呼んだと言う、曰く【要領のピンちゃん】!

『藤山一郎』(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%B1%B1%E4%B8%80%E9%83%8E


常に『陽の当たるほうに向いた』彼の生き方は、【あの戦争】当時にも如何なく発揮された。

(以下引用)「太平洋戦争が激化すると、前々から激戦地に赴き慰問演奏をしたいという希望があり、1943年(昭和18年)読売新聞社の企画で南方慰問団を結成、二度南方に赴き、音楽活動を続けた。1945年(昭和20年)、インドネシアで終戦を迎え、インドネシア解放軍、イギリス軍の捕虜となる」(以上引用)。坂本九ではないが、まさに『上を向いて歩き続けた』人生は

裏を返せば「時代時代の権力者達に『媚び諂い』を躊躇わなかった」人生とも呼べるのだ!


誤解のないように申し上げるが、「歌手・藤山一郎氏」の実力は高く評価している−けれども
『本名・増永丈夫氏の【処世術】と呼ばれる部分』には【大いに疑問符を付けざるを得ない】!
彼の歌う「戦意高揚歌」に送られ斃れた兵士達の悲劇が癒えぬ頃、まるで【他人事】のように

♯古い上着よサヨウナラ…♪と(「仕事」でも)【朗々と歌える神経】には耐えられないのだ!

まさに『上着を替える』ように【尻尾振る相手をコロコロ替えた】彼がこのフレーズを歌うのは、
自分には【ブラックジョークとしか思えない】ものがある(失笑)−「知らなくてもいいこと」を
知ってしまうってのは、時に【残酷極まりない】(「自慢」の意味でなく)ものだと痛感する…。


もう一点。「先述の部分」であり『編集手帳』でもキーワードになった♯古い上着よ…♪部分。

「当時の世相」をこれほど『見事に切り抜いた』西条八十の【センス】は唸るばかりだけど、
『その後の社会情勢』鑑みると、現実には『古い上着』など【ちっとも棄てられてない】のだ!

殊に昨今の『世襲政治家のDNA』(特に「与党実力者」)見てると、わざわざ【古い上着】箪笥
の奥から引き摺り出すが如き傾向が見られる−理由は簡単だ、『要領のピンちゃん』と同じく
彼らの父祖達は『あの戦争で恩恵を賜った』連中が殆どなのである…ただ「同盟の相手」が

『ドイツとイタリア』から(かつての敵国だった!)【アメリカに置き換わった】だけの話ではと。


上記『編集手帳』の筆者に問いたいことがある−彼が「小沢一郎」に対し皮肉った部分は。
「古い上衣は脱ぎましょう、新しい上衣は知らないよ」をこの60年【実践し続けた】連中は

むしろ『現在の【権力中枢部】の方』でない?昨今の【無節操な与党】にこそ相応しいかとw。


PS;「質屋」wぢゃないんだから『私利私欲』絡みで【古い上着】出したり隠したりされても…

「前の前のw」首相の『お祖父さん』なんかは、まさに恰好の【典型例】だったりする…がく〜(落胆した顔)たらーっ(汗)

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