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∞コワバナ∞コミュの師匠シリーズ【021】

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「超能力」

大学時代、霊感の異常に強いサークルの先輩に会ってから
やたら霊体験をするようになった俺は、オカルトにどっぷ
り浸かった学生生活を送っていた。
俺は一時期、超能力に興味を持ちESPカードなどを使っ
て、半ば冗談でESP能力開発に取り組んだことがあった。
師匠と仰ぐその先輩はと言えば、畑違いのせいか、超能力
なんていうハナシは嫌いなようだった。
しかし信じてないというわけではない。
こんなエピソードがある。

テレビを見ていると、日露超能力対決!などという企画の
特番をやっていた。
その中でロシア人の少女が目隠しをしたまま、箱に密封さ
れた紙に書かれている内容を当てる、という実験があった。
ようするに透視するというのだ。
少女が目隠しをしたあとで芸能人のゲストが書いたもので、
事前に知りようがないはずなのに、少女は見事にネズミの
絵を当てたのだった。
しかしテレビを見ていた師匠が言う。
「こんなの透視じゃない」

目隠しがいかに厳重にされたか見ていたはずなのに、そん
なことを言い出したので、「どういうことです?」と問う
と、真面目くさった顔で、
「こんなのはテレパスなら簡単だ」
意表をつかれた。
ようするに精神感応(テレパシー)能力がある人間なら、
その紙に書いたゲストの思考を読めば、こんな芸当は朝飯
前だというのである。
どんなに厳重に目隠しをしようと、箱に隠そうと、それを
用意した人間がいる限り、中身はわかる。

師匠は、テレビで出てくるような透視能力者はすべてイン
チキで、ちょっとテレパシー能力があるだけの凡人だ、と
言った。
『テレパシー能力のある凡人』という表現が面白くて笑っ
てしまった。
師匠はムッとしたが、俺が笑い続けているのは他に理由が
あった。
ロシア人の少女の傍に立つ通訳の男を、よく知っていたか
らだ。


インチキ超能力芸でなんども業界から干された、その筋で
は有名な山師だ。俺は今回の透視実験のタネも知っている。
時々「続けて大丈夫か」というようなことを言いながら少
女の身体に触る、その触り方で絵の情報を暗号化して伝え
ているのだ。以前雑誌で読んだことのある、彼のいつもの
手口だった。
松尾何某がそこにいれば「通訳にも目隠しさせろ」などと
意地悪なことを言い出すところである。
俺はあえて、この少女をテレパスだと信じている師匠にこ
の特番の裏を教えなかった。
なんだか、かわいらしい気がしたから。

そんなことがあった数日後、師匠が俺の下宿を訪ねてきて、
「今日はやりかえしに来た」と言う。
あの番組のあと、雑誌やテレビでインチキが暴露されてちょ
っと話題になったから、師匠の耳にも入ったらしい。俺が知
っていてバカにしていたことも・・・
俺は嫌な予感がしたが、部屋に上げないわけにはいかない。
師匠はカバンから、厚紙で出来た小さな箱を二つだし、テー
ブルの上に置いた。

「こちらを箱A、こっちを箱Bとする」
同じような箱に、マジックでそう書いてある。
なにが始まるのかドキドキした。
「Aの箱には千円、Bの箱には1万円が入っている。この箱
 を君にあげよう」
ただし、と師匠は続けた。
「お金を入れたのは実は予知能力者で、君がABどちらか片
 方を選ぶと予知していたら、正しく千円と1万円を入れて
 いる。しかしもし、君が両方の箱を選ぶような欲張りだと
 予知していたら、Bの箱の1万円は入れていない」
さあ、どう選ぶ?
そう言って、選択肢をあげた。
「?箱Aのみ
 ?箱Bのみ
 ?箱AB両方
 おっとそれから、
 ?どちらも選ばない」

どういうゲームかよく分からないが、頭を整理する。
ようするにBだけを選んだらちゃんと1万円入ってるんだから、
?の「箱Bのみ」が一番儲かるんじゃないだろうか。
師匠は嫌らしい顔で、「ほんとにそれでいいのぉ?」
と言った。

ちょっと待て、冷静に考えろ。
「その予知能力者は、本物という設定なんですか」
肝心なところだ。
しかし師匠は「質問は不可」というだけだった。
目の前を箱を見ていると、そこにあるんだから、いくら入って
ようが両方もらっといたらいいじゃん? と俺の中の悪魔がさ
さやく。
待って待って、予知能力が本物なら両方選べばBはカラ。Aの
千円しか手に入らないぞ? 
と俺の中の天使がささやく。
予知能力が偽者ならどうよ? そう予知して、Bにお金を入れ
なかったのに、実際はBだけを選んでしまったら、もうけは0円
だぞ。
と悪魔。

そうだ。だいたい予知能力というのがあやふやだ。
目の前にあるのに、その箱の中身がまだ定まっていないという
のが、実感がわかない。
お金を入れる、という行為はすでに終わった過去なのだから、
今から俺がどうしようが箱の中身を変えることは出来ない、と
いう気もする。
じゃあ、?の箱AB両方というのが最善の選択なんだろうか。

「さん」と言い掛けて、思いとどまった。
これはゲームなのだ。所詮、師匠が用意したものだ。
あやうく本気になるところだった。
たぶん、?を選ばせておいて箱Bは空っぽ、「ホラ、欲をかく
から千円しか手に入らないんだ」と笑う。
そういう趣向なのだろう。
なんだか腹が立ってきた。
?のBだけを選んでおいて、「片方しか選んでないのに、1万円
入ってないぞ」とゴネることも考えた。

しかし?の「両方」を選んでおけば最低でも千円は手に入るのだ
から、次の仕送りまでこれで○千円になって・・・
と、生活臭あふれる思考へと進んでいった。
すると師匠が「困ってるねえ」
と嬉しそうに口を出してきた。
「そこで、一つヒントをあげよう。君がもし、透視能力、もし
 くはテレパシー能力の持ち主だったとしたら、どうする?」
きた。また変な条件が出て来た。
予知能力という仮定の上に、さらに別の仮定を重ねるのだから、
ややこしい話になりそうだった。

そんな顔をしてると、師匠は「簡単簡単」と笑うのだった。
「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう? だった
ら再現するのは簡単。箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な
透視能力者だ」
ちょ、そんなズルありですか、と言ったが
「透視能力ってそういうものだから」
そっちがOKなら全然構わない。
「テレパシーの方ならもっと簡単。
入れた本人に聞けばいい。
 頭の中を覗かれた設定で」
なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。
「で、僕は超能力者になっていいんですか?」
「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。
 と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人が
 ここにいないから、遠慮してもらおうかな」
本人がいない?
嫌な予感がした。


もしかして、彼女が絡んでますか? と問うと頷き、「僕も中身
は知らない」と言った。
俺は青くなった。
師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどい
というのか、予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくな
い人だった。
「本物じゃないですか!」
俺は目の前の箱から、思わず身を引いた。
ただのゲームじゃなくなってきた。
仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまた
まのレベルを超えて、ひょっとしてもしかして本物の予知能力
だった場合、これってマジ・・・?
俺は今までに、何度かその人にテストのヤマで助けてもらった
ことがある。

あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。
「さあ、透視能力を使う?」
師匠はカッターを持って、箱Bにあてがった。
「ちょっと待ってください」
話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。
予知能力が本物だとした場合、両方の箱を選ぶという行為で、
Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか?
それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がな
されていて、俺がどう選ぶかということも完全に定まってい
るのだろうか。


「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」
という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭
を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。
俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗
かれているのだろうか?
そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不
確定な過去が定まるのだろうか?
その「同時」ってなんだ?
考えれば考えるほど、恐ろしくなってくる。
人間が触れていい領域のような気がしない。
渦中の箱Bは何事もなくそこにあるだけなのに。
そしてその箱を、選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、
なんだか訳がわからなくなってくる。

俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの
答えを出した。
「?どちらも選ばない、でお願いします」
師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。
「前提が一つ足りないことに気がついた? 片方を選ぶ場合は
 それぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。
 じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?」
決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分から
ないんだなぁ。
師匠はそう言いながら無造作に二つの箱をカバンに戻した。
俺はこの人には勝てない、と思い知った。

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