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同人小説集「ちきゅう」コミュの第1回 テーマ:恋愛 「シカク」(その1)

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私には朱美という友人がいた。

私と朱美は大学時代からの付き合いだ。入学式の時に、隣同士に座ったというだけで、特に特別な縁があったわけじゃない。彼女の切れ長の、憂いを帯びた眼と、整った小さめな顔。それらと少しアンバランスな地味な服装が、私の興味を引いた。清楚な感じ?と言えば、聞こえはいいのかもしれない。でも東京で生まれ育った私からすると、はっきり言うと田舎臭い女の子だった。私は頑張って勉強したおかげで、自分でもびっくりするぐらい上位の大学に合格していた。親はとても喜んでくれたが、高校時代からの友人は、誰一人同じ大学に入れなかった。私は嬉しい反面、入学式から何だか少し寂しさを感じていた。そんなときふと横を見ると、大人しそうな田舎臭い女の子が座っている。とても話し掛けやすいシュチュエーションだった。朱美と友人になった理由。正直に言うとそれはただ、私の退屈を紛らわすためだった。

朱美はどちらかというと引っ込み思案で、何でもクドクド考えるのが好きなようだった。しかも人見知りで、私以外に友人と言える子も中々作れなかった。内向的で、たまに何を考えているのかよくわからないところもあったけど、今時に珍しく?素直で真面目な女の子だった。それなりに仲良くなった私達は、よくいっしょに、買い物や映画、合コンなんかにでかけた。朱美は初め、なれない東京の生活に途惑っているみたいだったけど、私が上手くレクチャー?したおかげで、最初よりかはかなり、都会の生活に慣れてきたみたいだった。私は正直、男遊びもそれなりに激しい方だったけど(まあ、それでも普通の女子大生ぐらいかな)、朱美はそっちの方はさっぱりだった。さっぱりというよりも、長く続かない。長くどころか、大抵2,3回デートしただけでダメになった。意図的にそうしたのじゃなく、自然と(ほとんどの場合)振られてしまうのだ。絶対にもてない方じゃなかった(実際私に朱美を紹介して欲しいと男の子から何度か頼まれたりした)けど、トータルしても、彼氏がいた時期の方が短かった。私は本当に不思議だった。私は友情のためという名の好奇心で、朱美とデートしたことがある男の子に、その理由を訊いてみたことがある。

「う〜ん。何ていうかさあ。怖いんだよね」
「怖い?」
私はとても意外だった。私と一緒にいるときの朱美からは「怖さ」なんか全然感じたことはなかった。むしろ私の方が、他の友人なんかからは怖がられるぐらいだった。
「どこが?」
「そのう、いっしょに街を歩いてるときなんかの、彼女の目とか」
「目?」
「そう。ふと会話とかが途切れて、俺が通行人なんかをボーっと見ていたりするとすんじゃん」
「うんうん」
よくあるシュチュエーションだと思った。
「そんなとき、ふと彼女を振り返ると」
「振り返ると?」
「目がさ・・・」
「目が?」
「なんてーかさあ。顔は笑ってるんだけど、目だけが別っていうか。上手くいえないけど、ゾーッとするんだよね」
「・・・何だかよくわかんないんだけど」
「かおりんは、ボケ老人て見たことある?」
かおりんは香織のこと。香織は私の名前。かおりんは私のニックネームだ。
「なーい」
私は首を振る。
「俺の爺ちゃんがボケちゃっててさ。かなり重くて、1人じゃトイレもいけないぐらいなんだよね」
「へー。そうなんだ」
「その爺ちゃんの目に似てると言えば似てるんだよね」
「え?ボケちゃったおじいちゃんの目と、朱美の目が同じだっていうの?」
私は驚いて訊き返した。
「まったく同じって訳じゃないけど。似てるよね。目だけがさ。爺ちゃんは顔全体に感情が無いけど、朱美は目だけ無いから余計に怖いんだ。感情がどっかいっちゃってるっていうかさ。なんか俺らとは全然違う感じ」

私は他の朱美と付き合ったことがある男の子、何人かにも話しを訊いてみたけど、大体似たり寄ったりだった。共通しているのは「怖い」ということ。人によって「目」だったり「仕草」だったりしたけど、「怖い」ということだけは共通していた。怖い?正直その頃の私にはピンとこなかった。私から見た朱美は、少し大人しめの、とても真面目な女の子。話していても普通で、あまりにも真面目すぎてつまらないぐらい。確かに少し、何を考えているのかわからないところはあったけど。そしてとにかく不思議だった私は、朱美の(何度目だったか忘れたけど)失恋したときに、少し突っ込んで、何でそんなに続かないのか、訊いてみたことがあった。すると

「私があんまり魅力的じゃないからだと思うわ」

本当に悲しそうにいうのだ。私は「男の方に見る目がないだけよ」と言って、慰めてあげた。でも、本当にそれだけだろうか?私はそう慰めつつ、なんだか納得できないものを感じていた。

私と朱美との中に、隆志が入ってきたのは確か2年も終わりの頃だった。隆志は私達と同じ大学に通う同学年の男の子だった。きっかけは、例によって私に朱美を紹介して欲しいという(その頃付き合っていた)私の彼氏からのお願いだった。ただ、その時いつもと違ったことは、隆志はもう半年も前から、朱美に夢中だったらしく、友人の友人の友人ぐらいから、たどってたどって私の彼氏にたどりついたらしい。私はそれを聞いたとき、正直言うと、今度は何ヶ月持つかしら?と思ってしまった。朱美には今、彼氏はいないし、紹介ぐらい全然するけど、責任は持てないわよ、と彼氏に言うと、それで構わないということだった。それで私は朱美に、隆志を紹介することにした。

隆志と初めて会ったときの第一印象は「え?こんな男の子が朱美を?」だった。それは良い方の意味で。つまり別にわざわざ朱美を選ばなくても、女の子には困らないんじゃない?というレベル。背は180ぐらいですらっとしている。色黒で今時めずらしく筋肉質で。顔も引き締まっていて、どこか知的で。よくいる、ただ肉がついているだけでもなく、ただ知識があるけど青白い草食じゃなく。しゃべる言葉もハキハキしていて、でも暑苦しくはなく、とても感じがよかった。私はとても魅力的な男の子だと、素直に思った。そこで私は、つい、いらない親切心を出して
「本当に朱美でいいの?」
なんて訊いてしまったぐらいだった。
「ああ。あの子がいいんだ。あの子じゃなきゃダメなんだ」
「・・・そう」
私には理解できなかったけど。とにかく請け負ってしまったからには、約束は果たさなければならない。私はありのままを朱美に話してみた。
「え?本当?うん。・・・とにかく会ってみるよ」
朱美は普通に嬉しそうに答えた。当たり前だよね。女の子だったら嬉しくないはずがないもの。私は何を期待していたんだろう?さっそくデートの予定が組まれ、朱美と隆志は、すごくスムースに付き合い始めた。

2人は私の予想に反して、3ヶ月以上続いた。それまでの最高記録だった。しかも今まで聞いたことがなかった、朱美の「のろけ話」も聞くようになった。
「彼ったら、本当に私しか見ないのよ。他のことはうわの空なのね。私、本当に信じられる人とやっと出会えたと感じるの」
朱美は切れ長の目を一層細めながら、なんだかとても嬉しそうに私に言うのだ。私は
「はいはい。お熱いことでなによりですわねえ」
などと茶化したりした。
私は、よく朱美のマンション(その頃朱美はオートロックのマンションに1人で暮らしていた。朱美のお父さんは医者で、とても裕福だった)に行ったけど、隆志と三人で食事する時なんか、隆志は私の存在があまり眼中にないようで、朱美に向いてばかりいた。それを見ている私の方が、何だか恥ずかしくなってくるぐらいだった。でも。微笑ましい反面、私は私の心の奥底で、暗い何かが蠢いているのを感じていた。

それはほんの微かな思いだったけど。確かに私の中にあった。言い訳じゃないけど、女の子だったらみんな多かれ少なかれ持つんじゃないかしら。特にその彼氏が、自分の好みに合っていたとしたら。私はそんな自分を否定するつもりなんかない。醜くて汚くて嫌になるけど。それが本当の気持ちなら、しょうがないじゃない?

その思いが暴走してしまったきっかけは、隆志からの相談だった。3年になって1,2ヶ月たった頃。朱美と隆志が付き合い始めてからは5ヶ月ぐらいだったと思う。その頃私は、彼氏と別れ1人身だった。勿論適当に遊んではいたけど。これから就活で、なんだかんだ忙しくなりそうだし、このまま取り敢えず卒業までは1人でいいかな、なんて思っていた矢先の事だった。
「少し朱美のことで相談したいことがあるんだけど。今週末、暇?」
隆志からのメールだった。私は別に予定もあるようでなかったし、そのときは「喧嘩でもしたか?」なんて気軽に考えてOKした。

その頃私は、2人に遠慮する形で、距離をとっていた。朱美達も1人身の私がいては、何かと気を使うだろうと思ったからだ。本音のところでは、私が私の気持ちを怖がっていた面もあったんじゃないかと思う。久しぶりに会った隆志は何だか少し窶れて見えた。私の部屋(私の部屋は家賃7万円のアパートだった)からも程近い、パッとしないファミレスで、窓際の隅に席を占めた。ドリンクバーを頼み、隆志はホットコーヒー、私は氷入りのレモンティーを飲みながら隆志は、らしくもなく、ぼそぼそと話し出した。
「俺の考えすぎかもしれないんだけど」
いつになく、隆志の歯切れは悪かった。
「どうしたの?朱美と喧嘩でもした?」
私は少し、イラついてズバリと訊いてみた。
「い、いや。喧嘩というか、本当に俺の思い過ごしだと思うんだけど・・・」
隆志の話はこうだった。最近隆志の女友達の間で、何だか気味の悪い噂が流れている。それは隆志の女友達が隆志と話しをすると、決まって嫌な目に遭うというものだ。嫌な目というのは、鞄にねずみの死骸が入っていたり、新聞の切り抜きで作られたらしい「死ね」という文字が貼り付けられた手紙が、家のポストに投函されていたり。ある子は自転車のタイヤに、何本もの五寸釘が突き刺さっていたという。また別な子は、誰ともしれないメアドから、犬の死骸や汚物が写った写メが送りつけられてきたそうだ。始めは誰も訳がわからなかったが、被害者達はその内にある共通点を見つけ出した。大学で隆志と話しをしたか、隣に座った、その次の日に、そんな目に遭っているらしいのだ。その内容は特に関係ないらしい。ただ共通項は、隆志と話しをするか、隣同士に座る、それだけだという。そんなことでそんな酷い目に遭うなんて。問題は、誰がやったかということ。普通の神経の持ち主の仕業じゃない。一番怪しいのは・・・。私は少しの間、氷の溶けきった、変に甘いレモンティーを飲みながら、思いに耽った。

朱美・・・。あり得るだろうか。私といるときの朱美は虫も殺せないような、そんな子だ。でも、そんな女の子ほど、思い詰めると何をするかわからないことも、私は知っている。私の心がざわつき始めた。朱美の顔と、朱美の昔の彼氏の話が交錯する。目の前にいる、隆志。性格もさっぱりしていて優しいし、ルックスも悪くない。私の思考に私の悪魔が横槍を入れてくる。「朱美になんかもったいなくない?」いや。朱美は私の親友だ。裏切るなんてこと、できるわけない。「裏切り?違うわよ。だって朱美は変質者だもの。そんな人間と付き合っていたのでは、隆志の身も危ないわ」変質者?だって朱美が犯人と決まったわけじゃない。「なに言ってるの。他に誰がいるっていうの?朱美に決まってるじゃない」でも。朱美は親友だ。

「もう。やめてよ。あなた本気でそんなこと思ったこと一度もないでしょ?もういいじゃない。本当の自分から逃げないで」

レモンティーは無くなった。カラのコップには、もう、一滴の雫さえ、残ってはいなかった。

「朱美がやったっていうの?」
私はストレートに隆志に言った。
「い、いや。そんなことは思っていないよ。けど・・・」
隆志はやっと否定してみせた。
「じゃあ、他に心あたりがある?」
「う、う〜ん」
「普通に考えれば、朱美が一番怪しいじゃない」
「で、でも朱美にかぎって」
隆志はまだ朱美を信じているのだ。隆志らしい。私はそのまま責め立てる。
「私、今の話しは初耳だったけど、実は朱美の前の彼氏とかから聞いている話しがあるの」
「え?」
「聞いて」
私は朱美の前の彼氏から聞いていた朱美の「目」の話をした。なるべくストレートに。
「今の話は全部本当よ。なんなら今からその前の彼氏に、携帯で聞いてみてもいいわよ」
「い、いや。いいよ。信じてるし」
隆志はだいぶ揺らいできている。もう少しだ。
「いい?勘違いしないで。私だって、朱美を信じたいのよ。でも。私は朱美も大事だけど、隆志、あなたもより以上に大事なの。私、こう思うのよ。朱美が犯人であろうとなかろうと、しばらく2人は離れた方がいいんじゃないかって。朱美がもし犯人だったら、隆志、あなたの身が危険だし、朱美自信にとってもよくないわ。もし万が一そうじゃないとしても、真犯人がみつかるまでは、やっぱり少し離れている方が、朱美のためにもいいと思うの。だって朱美だって、その内にきっと標的にされるはずだもの。わかる?」
「あ、ああ、成る程・・・」
隆志は曖昧だけど肯いた。肯いてしまった。私にはこの瞬間、嬉しさはなく、不思議に酷くがっかりした。何だか寂しくさえあった。ふと横を向くと、陳腐な観葉植物越しに見える窓の外は真っ暗闇で、窓ガラスに映る隆志の姿は、何だか私の知っている隆志には見えなかった。何だか人間ではない違う生き物のように見えた。私は軽く目を閉じた。数秒後目を開くと、一気にきっぱりと言いきった。
「いい?勘違いしないで。これは、あなたのためでもあるけど、朱美のためでもあるのよ。それが結局2人のためなんだと思うわ。後は、いきなり朱美にズバリと問い詰めたりしないようにね。それはお互いのために危険だと思うの。そのうちに私が、それとなく朱美に訊いてみるから。ね?」

結局、隆志はこの夜「ありがとう、かおりん。また連絡するよ」と言っただけで、何だか悄然と帰っていった。

私はそれで十分だと思った。隆志にはここまででいい。家に帰った私は、次に朱美にメールすることにした。
「朱美ー。元気?久しぶり。今日さあ、なんか変な噂を聞いたんだけど。なんか、学校で隆志と話しをしたり、近づいたりすると、変な嫌がらせをうけるんだってー。マジキモイよね。朱美は何か知ってる?もし何か知ってたら教えてね。じゃ、おやすみー」
そして、携帯の電源を切った。私は携帯をベッドの上に投げ出しながら「しょせんこんなもので終わるようなら、大して愛し合っていなかったのよね。早めに終わった方がかえっていいぐらいなんだわ」なんてぼんやりと、思っていた。

次の日は土曜で休講だった。私は毎週土曜日、居酒屋でバイトしてたけど、何だかその日は行くのがダルくなって、休んでしまった。なんとなく、気分が沈んでいた。土曜と日曜は、部屋に篭りっぱなしで、携帯の電源もほとんど切ったままで過ごした。

月曜の朝になって、私は携帯の電源を入れて、メールと着信をチェックした。ただ、いつもと変わらないこの行動が、今日は酷く私を緊張させた。

メール バイト先の友達から2件、学校の女友達から3件、男の遊び仲間から    1件
着信  バイト先の上司から2件、よく遊ぶ高校時代からの友人から1件、
    そして、朱美から1件。

朱美からも着信があったことが、私を何だかほっとさせた。時刻は土曜の夜23:32分。私のバイトが終わるぐらいの時刻だ。そしてその時刻が、私をさらに安堵させた。朱美は普段からあんまりメールする子じゃなかったから、メールがないことは特に気にならなかった。

その日。午後からの講義だった私がお昼ぐらいに大学に行ってみると、何だか校内がざわついていた。そこかしこに、数人ぐらいの人だかりができていて、頻りに何か話している。
「どうしたの?」
たまたま出くわした、学内の情報屋みたいな友達に訊いてみた。
「それがさあ・・・」
聞いて、私は息をのんだ。何だか呼吸が苦しくなってくる。その友達の話によると、あの隆志と話した女の子に嫌がらせをしていた犯人が、わかったらしい。その犯人は今、学長室に呼ばれているとのことだ。犯人は、朱美ではなかった。隆志の元カノだった。しかもこの大学の生徒でもなかったのだ。それで今の隆志の彼女が誰だかわからずに、手当たり次第に嫌がらせをしていたらしい。私は聞いていて気が遠くなりそうだった。
「どうしたの?やけに顔色悪いけど大丈夫?」
その子に心配されてしまうほど、私の顔色は悪かったらしい。私はもう、講義を聞く気にもなれなくて、逃げるように大学を出た。

帰り道、私は電車に揺られながら、酷く後悔しながら、どうしたらいいだろうと考えていた。朱美はどうとでもできる気がするけど、問題は隆志に対してだ。隆志にどうフォローしたらいいだろう?隆志は私のことをどう思うだろう?それを考えると、本当に頭痛がしてきた。私は部屋に帰ると、取り敢えずシャワーを浴び、ビールを飲んだ。苦かった。飲みながら、考えていた。ビールをゆっくりと2本飲んだ後、ようやく隆志にメールすることができた。
「もう聞いた?あの嫌がらせの犯人が捕まったんだって。隆志の元カノだったんだってさ。びっくりしたよね。この間の金曜日、変なこと言ってゴメンね。私も朱美にかぎってって思っていたんだけど、2人のことを心配しすぎちゃってさ。でも、本当、何事もなくて良かった。また、そのうち3人でのみにでもいこうよ。じゃあね」
うち終わっても、私の頭痛は少しも治らなかった。次のビールのフタを開けながら、今度は朱美にメールした。
「もう知っているよね。この間メールしたキモイ犯人が捕まったんだって。何でも隆志の元カノらしいよ。怖いよねー。朱美は何もされてなかった?最近私、体調悪くて講義休みがちだけど、そのうち遊びにいこうね。じゃ」
私は足の爪を切りながら、隆志からの返信を待っていた。足の爪を切り終わり、3本目のビールを飲み終わった頃、携帯が鳴った。着信だ。飛びつくように見て見ると、それは朱美からだった。少しがっかりしながら、私は携帯を開き電話に出た。
「もしもし」
自分でもびっくりするぐらい、声が沈んでいる。
「・・・香織?体調は大丈夫?」
朱美の声はアルコールのせいか、すごく冷たくすまして聞こえた。
「まあね。少し頭痛はするけど、まあ平気よ。それよりどうしたの?」
「うん。実は隆志のことで少し相談したいことがあるのよ」
私はドキッとした。こめかみが、ドクンとうずいたのが、わかったぐらいだった。
「え?隆志のことで?」
何だか声が上ずる。
「そう。香織にしか相談できないことなんだけど、携帯じゃ話しづらいから、香織さえよかったら今からでも家にこない?」
「え?今から?」
私は壁にかかっている時計を見た。夕方の6時をまわったところだ。
「そう。体調いまいちのところ悪いけど、すぐにでも聞いて欲しいのよ。しかも、香織にしか相談できないことなの。行きと帰りのタクシー代は、私が持つから。ねえ、お願い」
私は、何時にない強硬な朱美のしゃべり方に驚いた。普段はこんなにあつかましいお願いなんかしないのに。しかも、お願いしていながら、何だか有無を言わせないような強さがあった。タクシーだと朱美のマンションまで10分ほど。今から準備しても7時前には着くだろう。
「何だかわからないけど、よっぽど大事なことなのね。いいわ。もう軽く飲んじゃったけど、行くわ。7時前には着けると思う」
「ありがとう。香織。やっぱり持つべきものは、友達ね。ところで夕食は食べた?」
嬉しそうに、朱美は言った。ただ「友達ね」のところに耳障りな、変なアクセントがついていたような気がした。気がしただけかもしれない。
「まだだけど」
「よかった。じゃあ、夕食を用意しながら待っているわ。楽しみにしていてね」
「ありがと。じゃあ7時に」
「うん。待ってる」
私は携帯を切ると少し変な気分に襲われた。朱美?今のは本当に朱美だったんの?。声は朱美だったけど、どうも私の知っている朱美とは違う気がする。話し方が気になったんだろうか。それとも、もう酔ってきたんだろうか。私は気になりつつも、手早く身支度をして部屋を出ると、タクシーに乗り込んだ。

タクシーに乗りながら夜の街を見ていると、窓ガラスに映る自分の姿が、金曜の夜、ファミレスの窓に映った隆志の姿にダブって見えた。らしくない。それに、何だか酷く心がざわついている。タクシーは私を乗せ滑るように進んでいく。静かな制動音をさせながら、タクシーは朱美のマンションの前に止まった。

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