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ヒッチハイクコミュの京都〜北陸 今回の旅で考えたこと

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〜ヒッチハイクとは極めて攻撃的な旅である。行き先を書いた段ボールを片手に掲げて、もう片方の手の親指を立てる。ドライバーがそれをヒッチハイカーだと気付いたとき、ドライバーにはresponsibility―応答可能性―が生じる。つまり、乗せるにしろ乗せないにしろ、ドライバーは選択に迫られるのである〜

北陸でヒッチしているとき、こんなことを考えていました。北陸でやったのは初めてでしたが、あそこはヒッチハイカーにとってはまさに「アウェイ」です。見通しがよく、左側に充分スペースのある右カーブ―そんな最適な道路条件でも、北陸、特に富山の車は何百台、あるいは何千台とスルーしていきます。(もっとも、正月というタイミングの問題もあるでしょう。正月には家族連れの車が多く、子供を乗せた車は警戒心が高いと考えられます。)今まで、東京などの都会はヒッチハイクには適さない、と考えていましたが、必ずしもそうではありません。都会には様々な価値観を持った人が集まっていて、そのために警戒心が強いともいえますが、ヒッチハイカーを乗せたがるような変わり者、言い換えれば好奇心旺盛で社会通念にとらわれない人も多く住んでいます。

富山のような「アウェイ」でヒッチしていると、自分がよそ者、そして文字通りstrangerであることを強く感じます。

なぜあそこでヒッチが難しいか、その原因を考察してみると、
?少子高齢化が進んでいて、ドライバーにも高齢者が多いこと
 もちろん一概には言えませんが、高齢者が乗せてくれる確立は低いように思います。肉体的に若いヒッチハイカーが優位に立つことは言うまでもなく、もし襲われたら、という警戒心もあるでしょう。「常識」を信じ、知らない人を自分の車に乗せるなんてとんでもない、と考える傾向もあるかもしれません。
?クルマ社会が発達していること
 自動車が無ければ生活できないような郊外では、自動車の中の空間に対する考え方も特殊なものがあると推測できないでしょうか。生活の一部となっている自動車、その中の空間はクルマ社会が比較的未発達の都会と比べると、排他的な私的空間という意味合いが強いのではないでしょうか。自分の家に他人を気軽に入れないのと同様の意味合いで、クルマ社会が発達しているとヒッチハイカーは歓迎されないのかもしれません。

今までヒッチハイクで目的地につけなかったことは無かったのですが、今回は初めて途中で電車に乗り換えました。富山に負けた、そう強く感じました。ただ上のようなことを考えることが出来たので、有意義ではあったと思います。このようにいろいろな場所でヒッチハイクを通じてその社会の分析をしていくのも興味深いと思います。

冒頭で「ヒッチハイクは攻撃的」といいましたが、そう考えるとこのコミュニティで議論されているようなヒッチの技のようなものは、その「攻撃」の攻撃力を高めるものだと考えられます。ただ、乗せてくれたからと言って、自分が勝利、ドライバーが敗北ということではないし、ヒッチの要素はそれだけではありません。各トピックで話されているようなドライバーとのコミュニケーションや相手への礼儀などがヒッチハイクの重要な点であって、そこが醍醐味だと思います。

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