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Pの『THE つだん部屋』コミュの【1104】村の秘密

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【コピペ】



神山奈央子という女性が、今日、うちの会社に入社する。
中途どころか新卒さえも採らないほど会社の経営は正に火の車で、リストラされていく同僚たちの背中を、もう何人も見送ってきた。
そんな状況下、何の変哲も経験もない若い女性が入社してくるとあって社内では一週間ほど前からちょっとした話題になっていた。
ただ、神山奈央子という名前に、私は少し聞き覚えがあった。
決して思い出したくない思い出である。
願わくば、別人であると願いたい。


約十年前、私は某大手出版社でホラー雑誌の編集をしていた。
掲載されている作品は漫画に加え、小説にコラム、そして中でも特に人気があるのは全国各地の心霊スポットを回るという企画コーナーだった。
毎月、多くの読者から「うちの町にはこんなスポットがある」だの「我が家の天井のシミを見てほしい」だのあらゆる投稿が寄せられた。

「編集長!ちょっとこれ見てくださいよ!」

入社して三年目の私は、ようやく自分の企画を出させてもらえるようになりやる気と闘志に燃えていた。

「おう、なんか面白い投稿あったか」

「はい! A県からの投稿なんすけど、なかなか面白そうなんですよ。ちょっと見てもらえますか?」

その封書には、毛筆で『○○出版○○編集部投稿係御中』と書かれていた。
文面も全て筆で書かれており、若い読者からのキャラクター封筒と丸文字ばかりを読んでいた私にとってかなり新鮮なものだったのを覚えている。

『突然、このような御手紙を差し上げることは非常に恐縮なのですが私自身もどうすればよいのか分からず、思い悩んだ末に貴編集部のご協力をいただきたく思い、筆を取らせていただいた次第であります。
私は五年前、結婚を機にN県K村に越してきた者です。妻の家がK村にあり、村を出たくないので一緒に暮らしてほしいという希望に従ったのです。
当時、私はT都で暮らしており、自分の家も持っておりましたので大分妻を説得したのですがどうしても村を出たくないという妻の懇願に折れてしまったのです。それほど、私は妻と結婚したいと願っていたのです。
しかし、今から思えば…あのときもっと真剣に、なんとしても妻をこの村から連れださなければならなかたのです。
結論から申し上げますと、この村は狂っているのです。
あなた方を巻きこみたくはありませんが、ぜひ一度、この村に来てください。これは警察にも絶対に話せないことなのです。
どうか、私を助けてください。お願い致します。
          神山修一』

私は改めてごくりと唾を飲み込んだが、編集長はにやにやと笑っていた。

「これ、本当ですかね」

「まあ…、どうせ河童のミイラがあるとかその程度のもんだろ。
気を引きたいからこんな書き方をしているんだよ。うちの雑誌も有名になったもんだな」

「でも…狂った村ってどんな感じなんでしょうね。具体的なことが書かれていないから余計に気になりますね」

「行きたいなら行ってもいいぞ」

「え、本当ですか!」

「ただし、二日で戻ってこいよ」

今なら二日でN県まで行けと言われたらどうにかして回避しようとするだろうが、当時の私は若かった。喜んで行くと言った。



「すごい田舎だな…」

K村など聞いたこともなかった。
地図に載っていなかったらおもしろいネタになるのにと思ったが、しっかり載っていたし、地元の住民もよく知っていた。
駅でタクシーを呼べば良かったところを、うっかりバスなどに乗ってしまったがために一時間ほど歩き続ける派目になった。
手紙の送り主である神山秀一の家に着いたのは夜の七時過ぎごろだった。
電話番号が書かれていなかったため、訪ねる旨の手紙を一応速達で送ったがアポ無しのため断られても仕方がない。
しかし、おそらくどうにかなるだろうという妙な自信があった。
不思議だったのは、村人どころか民家がほとんど見当たらないという点ぐらいで別段「狂った」村だと思わせるような異様な雰囲気はない。

「おかしいな、もうこの辺なんだけど」

該当する番地の周辺をうろうろしても、あるのは木と草だけである。
本当にそれしかない。

「あの、すみません」

「え!?」

私は驚いて飛び上がった。
誰もいないところから男の声が聞こえたのだ。
走って逃げ出そうとした瞬間、足元からガン!ガン!という分厚い鉄板を叩くような音が響き、そこから声の主らしき男性が現れた。
呆気に取られている私を見て、男性は

「もしかして月刊○○の安藤さんですか?」

「では、あなたが神山秀一さん…。これはいったい…」

「お手紙は今朝拝見しました。ご丁寧にありがとうございます。さあ、入ってください。ここは危険ですから」

何もかもが分からないことだらけだった。
私は言われるがまま、神山の後をついて地下に入っていった。
地下へつながる階段は十分な足場が作られていて、駆け降りても大丈夫そうだった。
なぜ、こんなところにこのような地下室があるのだろうか。
これは、そう、地下シェルターのようである。
驚いたことに空調も完璧で、気付けば私は厚手のコートを脱ぎ始めていた。

「神山さん、ここは一体…なんなんですか。あなたはいったい…」

「安藤さん…あなたを騙すような真似をしてしまってすみません。
ただ、この村が狂っているというのは真実なのです。それは夜中になれば分かります」

騙すような真似、ということはやはり心霊の類ではないということだろうか。
長い階段を下りると、そこは30畳ほどのリビングのようになっていた。
中央にはテーブルが置かれ、奥に扉があった。寝室につながっているのだろうか。
神山が出してきたコーヒーを飲むふりをしながら、私は内心、かなり参っていた。
まさかこんな場所に来ることになるとは思ってもみなかったからだ。
もしかしたら危ない組織のアジトなのかもしれない。
こんな場所にシェルターを作るなど、普通ではない。

「ところで安藤さん、あなたはN県の女性をどう思いますか」

「え…」

「なんとなくの印象でいいんです。あるでしょう、たとえば、九州の女性は気が強そうだとか」

唐突に、この男は何が言いたいのだろう。

「そうですね…、綺麗な人が多いようなイメージはありますね。色白で、鼻が高いとか。
女優の○○やモデルの○○もここの出身ですよね」

神山はまた黙りこんでしまった。
私は少しずつ苛立ってきた。ここまで呼び出しておいて、事情ぐらいすぐに教えてくれてもいいではないか、と。

「神山さんは、東京ではなんのお仕事をされていたんですか」

「医者でした」

「すごいですね、じゃあ…もしかして…ここは病院…?」

その瞬間、奥の扉の中でガタッという物音がした。
そう言えば、この男には妻がいるはずだ。奥の部屋にいるのだろうか。

「…安藤さん…すみません……。先に謝っておきます…。
あなたを…とんでもないことに巻き込んでしまうかもしれない……」

「…とんでもないことって何ですか…」

ガタッ

ガタッ…ガタッ……

いっそう激しくなる扉の奥の物音に、神山は気まずそうな顔で俯いた。
そして、いよいよ誤魔化せないと思ったのか突然席を立ち、驚かないでくださいと言いたげな表情で安藤を見つめ、ついて来るように促した。

「ここには、あなたの奥さんが…?」

「ええ、そうです」

鍵は三つ付いていた。
どれもこれも、当時にしては最先端のものばかりだった。
しかも、その部屋の扉はおおよそ鍵など必要ないのではないかと思うほど重く分厚い頑丈な鉄扉だった。
このシェルターの入口の扉でもそうだったが、神山は息を切らして青筋を立てて扉を押している。
私でもそうなるだろう。ならば、女性を閉じ込めておくのに、なぜこのような設備が必要なのだろう。
さすがの私も、神山が何らかの事情で自分の妻を監禁しているのであるということは悟っていた。
そうこう考えている間に、ようやく扉が開いた。
薄暗い室内では、見るからに屈強なパイプで組まれたベッドの上に妊婦らしき若い女性が縛り付けられていた。
猿轡を噛まされ、苦しそうだ。
ガタガタという音は、女性が上下にもがく度、直接床に備え付けられたベッドのパイプが揺れ軋むためだった。

「奥さん、妊娠されてるんですか…」

「一日の8割は麻酔で眠っています。でも、今日は少し早く起きたようだ…」

「そんな…麻酔って、だめじゃないですか。胎児に影響が…」

「腹を殴っても蹴っても、冷水に浸けても生まれるんですよ」

「あんた…頭おかしいんじゃないか?これは犯罪だぞ…!?」

神山は淡々とした様子で妻の腕から僅かな血液を採ると、それを素早く試験管に移して冷蔵庫のような箱へ保存した。

「…!きみ、何をしている…!」

女の口の縛めを解こうとした私を神山は止めようとしたが、猿轡は呆気なく床に落ちた。

「だって…苦しがってるじゃないか!こんなの、ひどい…」

途端に、我々の隣で女が呻き始めた。

「…っ…はあ……はあっ……あ……あ…なた…、ねえ…これ、ほどいてよ…ねえ……くるし…」

「黙れ…ッ!!この…化け物!」

「ああッ……!!痛い!ひど…い……!どうして…!どうしてよあなた…ッねえ…なんでこんなことするの…ッ!」

躊躇なく妻の顔を拳で殴り付けた神山に、私はただただ驚き、茫然としてしまった。とにかく帰りたい。この場から立ち去りたい。そんな思いで溢れていた。

「ああ…ッ…苦しい……ねえ…っ…そこのあなたでもいいわ…ッお願い…ねえ、こっちへ来て……!」

「だ、大丈夫ですか!」

顔から血を流しながら泣き叫び、助けを求める女性に反射的に反応してしまった。
神山はもう止めなかった。



※コメントに続きます

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※続き



私が側へ行くと、彼女ははあはあと息苦しそうに言葉にならない声を発している。

「ぁ…あ……ぅ…あ…………し…ぃ……し…い……よ………ぁああ…」

「えっ?なに?どうしたんですか…?奥さ……………」

その瞬間、自分の絶叫で鼓膜が破れそうになった。
ぐちゅぐちゅくちゃくちゃという音を立てて、女は満足げに私の耳を味わっている。
耳を食いちぎられたのだ。

「こっちへ。すぐに手当します。大丈夫ですよ。上の方だけです…」

「あああああああッ……!!!痛い…ッ…いてえよ…っ……ぅ…ああッ……」

神山は麻酔のようなものを耳の付け根に注射すると、ガーゼ等で処置をしてくれた。
いったい何が起こったのか、すぐには理解できなかったが、神山の妻は既に麻酔で眠らされたらしく室内は不気味な静けさに包まれていた。
私は一刻も早くこの寝室を出て、せめてリビングへ行きたかったが神山はこのタイミングで「すべてを説明します」と言い出した。
もう取材も何もかもどうでもよかったが、私はおそらく神山の仮眠用であろうソファを彼にすすめられ、そこに倒れ込んだ。
とにかく疲れていた。

「そのままでいいので、聞いていただけますか」

「…どうぞ…、でも…私はもう帰らせていただきます」

「…それは無理です」

「無理って…なんでですか」

「夜は危険です。明日の朝、駅までお送りしますよ」

無理と言われた瞬間、私は少しぞっとした。殺されるのかと思ったのだ。
でも、不思議とその次の言葉はすんなりと信じることができた。

「安藤さん、驚かずに聞いてください」

「もう、何にも驚ける気がしませんよ…」

「そうですか、では構いませんね。
この村の住人は…動物の血液を、特に人間の血液を接種しなければ生きていけないんです」

「……」

「この村の住人と言うよりは、この村に連れて来られた住人…と言った方が正しいかもしれませんね」

「な…それは…吸血鬼ってことですか…」

「いえ、そこまでのものではありません。ただ、普通の人間に比べて寿命は長い。
この奈央子も、本当ならもう60なんです。見えないでしょう」

「からかわないでください…」

すると、神山は拳を震わせて呟いた。

「からかいや妄想で…こんな所で暮らせると思いますか…。全てはあの病院の所為です…」

「あの病院って…」

「私が昔勤務していた、Y総合病院です」

「有名なところじゃないですか」

「あの病院が何をしているか御存知ですか」

神山は私に分厚いファイルを渡してきた。
かなり古いものらしい。そうしたファイルが、室内の本棚にはずらりと並んでいた。

「古い写真ですね…」

ドイツ語で書かれたカルテのようなものは読めなかったが、報告書や写真を見ていくにつれ、私の全身から血の気が引いた。

「…これは…」

神山の手も震えていた。
おそらく誰が見ても絶句するであろうデータが、私の目の前にあった。

「人体実験です」

「人体実験だけじゃないでしょう…遺伝子操作の末生まれた……これは…ひどすぎる…」

口を押さえたものの、吐きはしなかった。
Y病院が古い歴史を持っていることは知っていたが、戦前の記録もある。
おそらく麻酔を施されていないのだろう。苦痛に喘ぐ妊婦の腹を黙々と裂いているところや、取り上げた胎児をそのまま解剖する場面なども写真や図画で記録されている。
特に、奇形児の写真には思わず目を覆いたくなってしまう。
有名な戦争の影響で多く生まれたという種のものとはまた違う、どこが「異様」である。それを見つけ出すほどの精神力は当時の私にはなかった。



※続きます
※続き



「7●1部隊を御存知ですか」

唐突に訊かれ、私は記憶を手繰り寄せた。

「…7●1部隊、たしか…戦時中に日本軍が行っていた人体実験の…。でも、あれは日本の敗戦のときに資料はそのままGHQに持って行かれたと聞きましたが」

「人間の皮膚がどこまでの熱に耐えられるのか、寒さに耐えられるのか
投薬実験、生きたままの解剖…どこまで残酷な行為が行われていたのかについては今でも議論の対象となっています…。しかし、それらの実験内容のスペアはそっくりそのままY病院に持ち込まれたのです。
更に…部隊が無くなってしまってからは、実験の筆頭に立っていた医師が自らの精子で人工的に生体を作りそれらをモルモットにしたわけです」

改めて言葉にされるとぞっとする。
私がファイリングされた写真の中で最も寒気を感じたのは、同じ顔をした子供たちが、それぞれ番号をふられた狭いガラスケースの中に入れられているというものだった。
さながら動物病院のようだと感じた。

「動物病院のようでしょう」

「…ええ」

見透かされたようで、余計に気分が悪くなった。

「このY病院の特別病棟は医療の進歩に最も貢献したものと私は考えます。
オペの練習、替えの臓器…数えればきりがありませんよ」

「そこまでは…信じられません…」

「そうですか?世の中には、金のためなら何だってやるクズがいくらでもいるんです。
あなたの周りにも、きっといるでしょう」

「…いません…こんな…狂ってる…」

淡々と話す神山に対して、「これは現実だろうか」と、私はそう思っていた。

「世界中の金持ちが欲しがるものを全て作ってやろうというのが、戦後、Y病院の掲げた崇高な目的であり、彼等にとっての使命…いや…天命だったのですよ。
ところで安藤さん、世界中の金持ちが最も欲しがるものは何か知っていますか。
…金はいくらあっても食べることはできないし着ることもできない。当然ですが、貴重なのは物ですよね」

そう付け加えられて、『金』と言おうとしていた自分を少し恥じた。

「…金持ちなら、一生美味いものを食べていきたいと思うでしょうね。
それに、欲しいものはなんでも手に入れたいだろうし…」

「欲しいものとは」

「不老不死、とか…」

言ってしまった途端自嘲したが、次の瞬間、それは笑えないものだということに気付いた。

「不老不死の実験だったんですか…」

「まずは不老不死に限りなく近い遺伝子を作り出すこと。
そして高度な脳移植の技術を追求すること。これは、新しい肉体に古い脳を入れ替えるためです。
次に、より完璧なボディーを作ること。強い肉体、そして美貌」

「美貌…」

不意に、ベッドで眠る妊婦に目が行った。

「ただ、理由は解明されていませんが…、より完璧な肉体を求めれば求めるほど血に飢えた化け物のような人間が出来あがってしまったのです。9割は容姿もひどいものでした。
写真を見たでしょう。とても、人間とはいえない…。しかし大抵の場合精神はしっかりしているから皮肉なものです」

「その、言い方は悪いけれど失敗した場合はどうなるんですか」

「実験に使われるかバラして売られるか、でしたね」

「…奥さんは…」

不意に、神山の目から涙が零れた。
これまで涙どころか表情すら見せなかった男の琴線に、いったいいつ、何が触れてしまったのだろうかと私は面食らった。

「失礼…。さっき、数年ぶりに妻の声を聞いたもので…」

「奥さんも、実験で作られたんですか」

「……妻…、奈央子はプロジェクト史上最高傑作だったと聞いています。
当時の院長だった斎藤という男は、奈央子の遺伝子から奈央子のコピーを作ろうと目論んでいたそうですが何度やっても成功しなかったそうです。ただ、斎藤はそれ以上に奈央子を特別視していました。
見て分かるように、奈央子にはなんとも言えない魅力があります。
私も初めて見たときは、魂を抜かれたような気持ちでした」

「初めてというのは…どこで出会われたのですか」

これまでデスクに両手をついて体を支えていた神山が、床にどしりと腰を下ろした。
自棄になっているようにも見える。



※続きます
※続き



「あれは三十年前のことです。
病院から、実験資料や材料の半分以上をこのK村に移行しようという計画が持ち上がったのですよ。
…それは…、もう東京ではこんな危ない実験をやっていられない…ということを意味していました。
関東大震災のときもかなり危なかったようですから、数ヶ所に移そうという話が持ち上がったのです。
他は知りませんが、N県の実質責任者は斎藤でした。
それで、私はこのK村に送られてきました…。最初、私とは別の医師が来るはずだったのですが彼は実験の最中に発狂してしまったそうで…私が代わりに…。斎藤は私をよく思っていなかったようなので不本意そうでしたがね。
既にこちらで大きな研究施設を作り始めていた斎藤の他に岡倉や宮田という医師がいたのですが、彼等は都会から来たおえらいお医者様という具合で村民から崇められていました。
実際、この村のはずれには村民向けの病院や診療所もいくつか作って、そこで勤務している者達のことはよく知りませんでしたがおそらく一般の人間だったでしょうね。今もまだ残っていますが…」

「この辺りの土地に住んでいた村の人はどうなったんですか?」

「十分な金を持たせて立ち退かせたそうです。大病院を作るからという名目でね。
ほとんどの村民が隣村へ移っていきましたよ」

いまいちよく分からない。
このシェルターの上を歩いてやって来たわけだが、辺りには民家が全くなかった。

「それで、奈央子さんとはどこで…?」

「…奈央子と出会ったのは、こちらへ来て一年ほどが過ぎた頃でした。
夏の暑い夜、川に泳ぎにでも行こうと思って…村から少し離れた、滝壺のある川へ行くと既に先客がいたようなので退散しようと思ったんです。
でもよく見ると、それは女性で…私はつい、茂みからその姿を盗み見してしまったのです。
もしもあの日が雨だったら、もしもあの夜…月が鮮やかに輝いていなければ私の人生はもっと平凡なものに変わっていたかもしれない」

「その女性が奈央子さんだったんですね」

「そうです。今でも忘れられない。あれほど美しいものを、私は見たことがありません。
時間が過ぎるのも忘れて、腹が空くのも忘れて、一生見ていたいと思えるような光景でした」

「……」

「しばらくすると……奈央子は私の存在に気づき、あろうことか私を川へと誘ってきたのです。
がむしゃらに彼女を抱く日が続きました。毎晩川へ出かけて、愛し合いましたよ…。
なぜ夜にしか会えないのかと訊くと、悲しそうな顔をするだけだったので…家が厳しいのだろうと勝手に思っていました。
私はいつも白衣を着ていたので、医師だということは分かっていたでしょうがね」

恍惚としている神山の顔が、少し恐ろしかった。
思い出に浸る際の人間というものはある種、酒に酔っているとき以上に気持ち良さそうな顔をするものだがそれにしてもこのときの神山の表情は忘れられない。

「それからしばらくして、奈央子は私にこう言ってきたんです。
『私を人間にして』と…。
そのとき、私は全てを悟りました。ああ、これが…、我々が作ってきた宝。斎藤の命なのかと…」

「じゃあ、奈央子さんがこの村を離れたくないというのは…」

「ええ、正確には…私がここに奈央子を閉じ込めたのです。彼等から守るために…私は…恐ろしいことをしました。斎藤を殺し…、奈央子と同種の人間もかなり処分しました。研究に必要なもの以外はね。
斎藤のことは許せなかった…。あの男は奈央子を自分の部屋に閉じ込め、そこで毎日奈央子を凌辱していたのです…。
奈央子は斎藤が寝静まったころ、私に会いに来ていたのですよ…」

「待ってください…! じゃあ、奈央子さんは斎藤さんとも関係を持っていたと…?」

「ええ、そうです。別に大したことではありません。最終的に、奈央子は私のものになったのですから」

この男こそ狂っている。そんな気がして溜息を洩らすと、神山は思い出したように一枚の図面を私に見せてきた。



※続きます
※続き



「これは…もしかして、建設されなかった病院の図面ですか」

「建設されなかった?誰がそんなことを言いましたか…?」

「え、でも…」

「病院は予定通り建設されました。しかし、極めて秘密裏に…。
名目は避難用シェルターとされました」

「まさか…っ」

私は図面を取り直した。
その広さはK村の面積のほぼ8割を占めている。

「この地下は…ほんの一部ということですか…」

「ええ、そうです。今では私がほとんど一人で、この施設を運営しています」

「一人でって…資金はどうしてるんですか…」

「あらゆる組織が援助してくれます。世界には欲望に飢えた金持ちがいくらでもいますからね」

「あなたの本当の目的はなんですか…」

「奈央子を普通の女に変えてやることです。普通の女として、普通に死なせてやりたい。
社会にも出してやりたい。奈央子はよく、学生になりたいとか…OLになりたいとも言っていました」

「でも、あなたがもしも死んだら…ここはどうなるんですか」

空調の音だけが響く。何か言ってほしいと私は願っていた。
私はここに来たころから、嫌な予感に苛まれていた。
それが真実となって私を飲み込もうとしているのではないかという危惧がいっそう強まってきたのだ。

「…これは私の推測ですがね、このシェルターは…かなり前からあったようなのです。
私がここへ移ってきたころ、まだ増築中ではありましたが…研究施設としては充分に成り立っていました。
更に驚いたのは、おびただしい数の試験体です。それも、Y病院では見たことがないようなものばかりでした。
斎藤はここで、独自に研究を進めていたのではないか…。私はそう思いました。
しかも、N県では当時…行方不明者の数が非常に多かったそうです…。
これはもちろん公にはされていませんが、届け出を出そうにも出せない人達には全国的に見られる傾向だそうで…日本はまだましな方だったでしょうが」

「……」

「戦前は普通の人間をモルモットにすることもできたが、戦後はそうもいかない。
しかし斎藤は…、どうしても試してみたかったのかもしれません…」

「斎藤は自分の遺伝子を使っていくつもの個体を作っていると言っていましたよね。じゃあ、どうして…」

「個体を作ることは可能です。しかし、そこに入れる脳はどうでしょう。
中身を伴った脳を単品で作ることはさすがにまだ不可能です」

「まだ」という言葉に私は震えた。怖い。素直にそう思った。

「…脳だけを取り出して、別の体に入れたり…脳を取り出した人の頭の中に…また人工的な何かを入れたりしていたんですか…さっき見たファイルの中に、それを連想させられるものがありました…」

「鋭いですね。あれはかなり古いものなのでひどい結果ですが、今は大分ましですよ」

「今って…、まだそんなことしてるんですか?遺伝子の研究だけじゃなく…?」

「仕方のないことです。これも奈央子のためなんですよ」

「…奈央子のため…って……それで人間の命を奪ってもいいんですか…そんな権利が…あなたにあるんですか……」

「もちろん、調達ルートはきちんとしたものです。肉を食べるために牛や豚を育てるでしょう。それと同じですよ」

殴ろうにも殴れない。
なぜかこの男の言っていることが正論に思えてきたのだ。感覚が麻痺しているのが自分でもよく分かった。
調達ルートのことなどは追及したくもなかった。



※続きます
※続き



「…あなたは異常だと思うかもしれないが、分からないでしょう。
私の人生が……、奈央子に出会うまでどれほど味気ないものだったか…。
幼いころ養子に出された医者の家庭では、愚鈍な兄達に散々殴られた…。よく医者になれたかと思うほど、毎日ひどい暴力を受けました…。義母には疎まれ…義父は私を自分の病院の医師として、一生馬車馬のように働かせたいだけだった…。
自分は何のために、誰のために生きているのか分からなかった…。愛する者など一人もいなかった…。
学生時代…研究をしている時間だけは唯一、幸福を味わうことができました。私の手によって生み出される新しい生命、逆に…その生まれた生命を生かすも殺すも私次第だった…。
そんな研究の成果を買われて、私は当時まだ世界でも珍しい遺伝子工学の第一人者としてN病院へ迎えられました。
ようやく自分の生き甲斐とも呼べるものを見つけたのです。
しかし、結局どれだけ研究を重ねても…私は大きな喜びを得ることはできませんでした。
家族を持てば変わるのかもしれないと思い、何度か見合いのようなものも経験しましたが…どの女を見てもただの肉の塊にしか見えなかった。
そんなとき…、ここへの移動が決まり、奈央子に出会ったのです。
何もかもが激変しました。初めて酸素を体内に取り込んだような気さえしました…。
奈央子は私にとって、命そのものなのです」

「……そんな奈央子さんを、どうして殴ったんですか…」

神山はしばらく黙り、一言「気の迷いです」と呟いた。

「…実は、このシェルターは5年ほど前から監視されています…。
外の様子はモニターで見ることができまずが、私にはなぜ…彼等が私とここを泳がせておくのかが…いまいち分からないのですよ。
私を殺そうと思えば簡単に殺せるでしょうに…」

「5年…ですか…。何か対策は?」

「いえ、特には何も…」

話をすり替えられたことに不満を感じつつも、私はこれ以上神山の話を聞きたくはなかった。
しかし、それは単に彼の利己主義な部分に自分の正義感が反応しているなどという感情ではなく、不可解なものだった。まるで分からないでもないような気さえする。

「彼等というのは、Y病院の…?」

「ええ、先ほどお話した…研究移行の際に各地に散らばった関係者たちでしょう。
最初は私を消して、この研究所ごと乗っ取ろうとしているのかと思いましたがそうではないことに私は気付きました。確信ではありませんが、そうでなければ私を生かしておく理由がない。
彼等の目的は奈央子ただ一人なのです。ここのセキュリティーはほぼ完璧ですが、一番の武器は…奈央子です。強引に奈央子を奪おうとすれば、私は彼女を殺すだろうということを彼等は知っているのでしょう」

「そこまでして…どうして…。奈央子さんがプロジェクトの最高傑作だったから、ですか…。
今でも奈央子さんのコピーを作ろうとしているってことですか」

「おそらくそうでしょう。しかし、もしかしたら奈央子そのものを手に入れたいと思っているのかもしれない。
…私のようにね」

「奈央子さんのコピーが作れないというのは、原因は分かっているのですか?」

私のこの言葉に、神山は口ごもった。
別に、もう何も隠すつもりはないのだろうが、単に口に出すのが嫌なのだろう。
先ほど奈央子のことを「化け物」と罵った直後も、大分憔悴していた。



※続きます
※続き



「奈央子には生殖能力がないのです」

「…え…、でも…妊娠されてますよね…」

「細胞分裂で個体を増やす生物がたくさんいるのは御存知ですよね。
種の保存という意味では、人間などよりもよほど賢い生き方です。オスもメスも関係ないのですから」

「それって…」

「そう、細胞分裂とは言えませんが…奈央子は体内でごく精子に近い生殖細胞を作ることができます。
それも、死ぬまで半永久的に。そして卵と結びついたそれは、『胎児のようなもの』を作る」

「胎児のようなもの…」

「生まれたときは普通の胎児ですが、成長しないまま三ヶ月程度で死にます。
…あらゆることを試してもそうでした。三ヶ月以上は生きられません。
そして、この胎児というのが…腹にいる時間が非常に短いのです。
まるでウサギかモルモットと変わらない…。奈央子は一年の半分以上は妊娠しています。そういう体なんです」

「そんな…どうして…」

その理由を考えたくはなかった。
分かってはいたが、それは想像しようにもできないほど恐ろしい。
一人で青ざめている私を横目に、神山は書棚から新たに一冊のファイルを取り出してきた。

「ここからはあくまでも資料に基づいた話に過ぎませんが…完璧な体を製造、研究している間に…動物の血や肉を定期的に与えなければ死んでしまう傾向が顕著に表れてきたそうです。
最初のころは食用の獣肉を与えていたようですが、奴らは次第に生体を好むようになった…。
犬、猫、大きいものなら一頭ごとの牛や豚…色々与えましたが、それらではとても追いつかなくなった。
そこで彼等は…試験的にある危険な遺伝子をかけ合わせてみることにしたのです。
クローン羊が騒がれたころ、神の領域がどうのと言われていましたが…連中は既にその何十年も前から…聖域を侵していたのですよ」

「その危険なかけ合わせの末生まれたのが、奈央子さんというわけですか」

「…そうです。何度も失敗を繰り返し、ようやく完成したのが奈央子…ということでした。
奈央子が生まれたのは、おそらく単純な偶然でしょう。奈央子のコピーを作ることは奇跡に等しいことだ。
それに私は、そんなことはどうでもいいんです」

「あなたは普通の女性の体に、奈央子さんの魂…つまりは脳を移したいだけなんですね」

「……」

彼は黙ってしまった。
神山の話を聞いていると、世界中の組織と金持ちを相手に不老不死の肉体を与えることを研究の目的としている、許させるべき人間ではないのになぜか私には彼が純粋な男子中学生のように思えてきた。

「私はもう、やめたいんです。何もかも投げ出して、ここで奈央子と一緒に死んでしまいたい。
昔から嫌だったんです。斎藤から…あの恐ろしい病院の真実を告げられて、そのときには私は抜け出せないほど深みに…。
今でも他の化け物を見る度に恐ろしくなる…。あれらが人間の作り出したものだと思うと…吐き気がする…」

「そんなことを言っても、どうにもならないでしょう…。神山さん、悪いことは言いませんから…
全てを公にしましょう。大変なことになるかもしれないが、そうするしかないですよ」

神山は不意に私の顔を見つめると、意味ありげな笑みを浮かべた。
それは自嘲とも取れたが、「そんなことできればとっくにやっている」という意味だろう。
たしかに、これほどの施設を所有し、運営するための医療資材等はどこからか調達しなければならない。
それが可能であるということは、相当な力が関わっているのだろう。
私もそれは分かっていた。しかし、気休めにでもそう言うしかなかったのだ。



※続きます
※続き



「あと少しで、奈央子のことだけはどうにかなりそうなんです。それさえ終われば、私は死ぬ予定です」

「死ぬなんて…」

それ以上に、「どうにかなりそう」という台詞が引っ掛かった。
奈央子のあの状態から察するに、どうにかなりそうと言うよりはもうじき死にそうと言った方が正しいのではないだろうか。

「先ほどあなたは、私が死んだらここはどうなるのかと聞いてくれましたね…」

「え? ええ…」

「こんなことをあなたに頼むのは本意ではないが、これを…」

神山は私に一枚のフロッピーディスクを渡してきた。

「これは…」

「もしもいつか、あなたが奈央子に会う機会があったら渡してください」

「ご自分で渡してください」

「安藤さん」

私はこの男の顔をこれ以上見ていたくはなかった。
なんだか、自分の方が悪人のような気がしてくるからだ。
私はフロッピーディスクを神山に差し出したが、結局突き返すことはできなかった。

「なぜ、私なんですか」

「あなたしかいないんです。私のことを知らず、組織のことも知らない。
あなたはただの編集者で、私の投稿を見てこの村にやって来たに過ぎない」

たしかに、接点のない他人同士が知り合うにはうってつけの方法かもしれない。
「投稿」と「出会い」を結び付けた手法で成功した雑誌を、私はよく知っている。
しかし拭い去れない疑問がいくつかある。

「じゃあ…編集者なら誰でも良かったというわけですか。
うちの会社以外にもあの手紙を…?」

「いいえ、安藤さんのところだけですよ」

「どうして…。もしも私が来なかったらどうするつもりだったんですか」

そう、私があの手紙をもしも読んでいなかったら。
投稿の手紙などいくらでもある。数多くの投稿の中から、あの手紙を見ていなければ。

「私は、あなたのことをずっと知っていたんですよ。
そして…、今回のことを頼めるのはあなたしかいないと思ったんです。
私に直接的な関わりがなく、好奇心旺盛で…若くて…少し特殊な部分がある」

「ちょっと待ってください。私のことをずっと知ってたって、それ…どういうことですか。
私はあなたのことなんて全然知りませんよ…」

「では、安藤さん…、あなたはどうしてあの雑誌の編集者に?
どうして、あの会社に入ったのですか?」

「…それは…、私が学生のころ…うちの大学で教えていた編集長に誘われたんです。
今の出版社で新しく雑誌を作ることになったから、そこで編集をやってみないかと…。
編集長は昔から私を気に入ってくれていて…、私にとっては……父親…のような人です。
…それが、何か…」

「私と共にY病院からここへ移ってきた人間の中に、宮田という男がいました」

私は思わず苦笑した。
先ほど「岡倉と宮田」という言葉を聞いたとき、確かに引っかかった。
しかし、そんなこと思いもしなかった。

「宮田浩二、私の元同僚で…あなたの今の上司です」

「岡倉もです…」

「え?」

「岡倉は…、私の恋人でした」

神山の驚いた顔はここへ来て初めて見た。
全てを見透かしているような顔をしていたので、初めから私の性質は見抜かれていると思っていた。
いや、知ってはいたものの岡倉のことは想定外だったのだろう。

「それは信じられない偶然ですね。ただの偶然でしょうか…」

「岡倉とは学生の頃、飲み屋で知り合いました…。彼からは何も聞いていませんが、たしかに何か大きなものを抱えているような雰囲気はありました」

「……。三十年前、私自身は元々Y病院に勤務していましたがこの村に集められた医師の中で、特に奈央子に関わる人間は同性愛者に限られていました…。
おかしな話かもしれませんが、そこは斎藤が許さなかったのです」

「なんでそこまで…」

「奈央子には、たしかに男を魅了する…独特な雰囲気があるのです。
あなたは先ほど奈央子を一瞥するに過ぎなかったが、普通の男ならあんな状態であっても奈央子から目が離せないはずなんですよ。本能的にそうなってしまうのです。」

普通の男でなくて悪かったなと私は思ったが、たしかに奈央子は魅力的だ。
真っ当な嗜好でない自分から見ても、つい奈央子のうわ言に耳を傾け結果食いちぎられてしまったのである。
ごく一般的な男性であれば、頬か首の辺りまで食われていたかもしれない。
神山は私を試したのだ。私の性質を。
奈央子の唇が伸びてきた時点で、私は反射的に顔を背けた。
ぞっとするものを感じながら耳に手を当ててみると、ガーゼ越しにまだじわりと生温かい。



※続きます
※続き



「岡倉とは、もう連絡を取り合っていないのですか」

「…ええ、ある日突然…一方的に別れを告げられました」

「消されたか」

ぼそりと呟いた彼の言葉に感情は込められていなかった。
その後、宮田と神山の交流について色々と聞かされたが、もはや私の耳には何も入ってこなかった。
実際に会ってはいないということや、宮田の命のために、彼には何も託せないということは理解できた。
私は、フロッピーディスクでもなんでも保管してやるから、早くここから帰してほしいと願っていた。
不意に腕時計を見ると、じきに夜明けを迎えるような時刻になっていた。

「あなたを監視しているという組織が…夜だけやってくるのはどうしてですか」

私は、一般的な吸血鬼の性質について考えざるを得なかったが果たして世の中にそんなものが本当に存在しているのだろうかという疑念も実のところは拭いきれていなかった。
先ほどの奈央子の姿は、ただの奇行に過ぎないのではないかと。

「それは、私にもよく分からないんですよ。もし岡倉が生きていれば、
あちらの組織がどのような研究をしていたのか、何人で構成されていたのかを知ることも可能だったでしょうが…」

「…知りたかったですか?」

「そうですね、その中に…もしも奈央子を幸せにできる研究結果があれば知りたいですがおそらく私以上に彼女を第一に考えられる人間はいないでしょうから」

この男にとっては、今が最も幸福なのではないだろうか。
この閉鎖されたシェルターで、愛する女と一緒にいられる時間こそが彼の本当の幸いなのではないだろうか。
その気持ちは自分にも分かるような気がしていた。
彼に対する恐れや苛立ちが、その頃にはほとんど同情にすり替わっていた。

「朝になれば大丈夫です。モニターでしっかりと見ていますから」

「…吸血鬼の村人が襲ってくるなんてことはないでしょうか」

「村人は全てここにいますから」

「そうですよね」

「はい」

その無機質な会話を終えてからの時間、駅まで走り、始発に乗った経緯までを私はあまり覚えていない。
あのシェルターで見たこと、聞いたこと、神山修一という男、全てが夢だったのではないかと思う。
しかし私のデスクの中には、あれから今日に至るまで、例のフロッピーディスクが眠っている。
あの日、東京へ帰ってすぐに自宅でディスクの中を見た。
どんな機密が隠されているのかと思えば、奈央子に向けた神山の赤裸々な想いが綴られていたのでざっと見るだけに留めておいた。
まさかこれを託すためだけに私をあのシェルターへ行くように仕組んだとは思い難いのでこのディスクには何かあるのかもしれないが、宮田は「奴ならやりかねんな」と一蹴した。
私は宮田を問い詰めたが、結局何も教えてはくれなかった。
警察に話すと脅しても、あの夜の神山と同じ種の笑みを浮かべるだけだった。
「それにしても、どうしてN県のK村だったんですか」と訊くと、「斎藤の故郷だったそうだ」と、それだけは教えてくれた。
もしかしたら奈央子の遺伝子は、斎藤に関連があるのかもしれないと私は考えた。
だからこそ執着したのではないかと。
「たしかにあの地方出身の人は美人が多いですよね、女優の○○とか…」
宮田は何も言わなかった。悔しいことに、私にそれ以上の追及を許さない何かを、宮田もまた持っていた。
唯一許されたのは、私が会社を辞めることだけだった。
宮田は引きとめてくれたが、翌日には全ての荷物を引きはらった。
それからしばらくして、とある地方で原因不明の地震と爆音が響いたというニュースを目にした。
ミサイルが海に落ちたのではないかとか政府が核実験を行っているのではないかとか一部では様々な憶測を呼んだものの、結局は流星の空中爆発か隕石の落下だと報道された。
その事件が神山のシェルターに関連しているかどうかは分からない。
確かめようと思えば確かめられるのかもしれないが、しばらくは何も考えたくなかった。



※続きます
※続き



あれからまだ10年しか経っていないのかと思うと不思議で仕方がない。
私には毎日が非常に長く感じられる。
神山奈央子は、果たして本当にあの奈央子なのだろうか。
朝から顔色の悪い私を、向かいのデスクに座る爽やかな同僚が心配してくれている。
冷えたミネラルウォーターを手渡され、彼になることができればと不意に思った。
部長に伴われて、ベージュのスーツを纏った女性がコピー機の前で一礼する。

「はじめまして、神山奈央子です。本日からよろしくお願い致します」

別人だった。





【了】



※終わり

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