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イーグルスファンコミュの西村在籍10年 好守でチームに安定感

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野球西村在籍10年 好守でチームに安定感野球

けがに泣かされたプロ生活。それでも最年長の生え抜きとして10年間在籍した自負はある。

西村は「ここ数年はいつ辞めても悔いのないように練習をしてきた。現役に未練はない」と

穏やかな表情で話す。

入団当初は創設期でベテランが多く、強肩と堅守の西村は、期待の有望株だった。

球団創設2季目に当たる2006年、新人ながら遊撃で47試合に出場。一番の思い出は、

同年5月初先発を果たした広島との交流戦だ。

当時球界を代表する剛腕だった黒田からプロ初安打を放った。

「ボールの切れがとんでもなかった。打ったのは甘く入ってきた140キロ台のフォークボール」と

懐かしむ。

足掛かりを築いたはずの2年目に挫折を味わう。自慢の右肩を亜脱臼するけがに見舞われ、

1軍戦未出場に終わった。その07年に、俊足巧打の新人渡辺直(現西武)が遊撃に定着。

11年からは松井稼が遊撃で壁になった。

けがした後、西村は山なりのキャッチボールしかできない時期もあったが、

必死に練習に励み復活を遂げた。「ショートの守備がうまいのはニシ(西村)」と

当時のライバル渡辺直も認めた好守に活路を見いだす。打撃が不得手だったため先発機会こそ

少なかったが、10年以降は主に守備固めの役割で頭角を現し、12年は自己最多82試合に出場。

試合終盤の守りで、チームに安心感を与える存在となった。

12年シーズン後、またも右肩のけがに泣いた。リハビリ生活が長引き、初の日本一に沸いた13年は

1軍出場なしに終わった。「日本一を1軍で味わえなかったのが唯一の悔い」

16年、東北楽天ベースボールスクールのジュニアコーチとして、指導者生活のスタートを切る。

「甲子園に出たり、プロでベストナインを取ったりする選手が出れば最高」。

第二の野球人生、子どもたちの育成に夢を膨らませる。


野球<楽天>日本人11人退団・引退野球

東北楽天は、斎藤隆、小山伸一郎の両ベテラン投手ら日本人選手11人が今季限りで退団、

現役引退した。

斎藤は1992年大洋(現DeNA)に入団し、06年に大リーグに移籍した。

日本の通算成績は403試合91勝81敗55セーブ、防御率3.75。大リーグでは21勝15敗、

84セーブ、防御率2.34。小山は99年中日入りし、通算481試合28勝36敗36セーブ、

84ホールド、防御率3.87。梅津は05年広島に入団し、通算291試合8勝11敗2セーブ

76ホールド、防御率3.76。山崎は03年近鉄入りし、05年広島、08年オリックス、

13年には西武へ移籍した。通算518試合231安打8本塁打79打点。

小斉は06年ソフトバンクに入団し、通算165試合66安打7本塁打32打点。

森山は06年オリックス入り、通算476試合129安打0本塁打、28打点だった。



野球栗原 母のため、故郷東北のため、楽天で「0」からのスタート 野球

16年間プレーした広島を退団し、楽天に入団テストを経て加入した栗原が故郷・東北での

再起を誓った。

今月7日の入団会見後、山形県天童市の実家で母・順子さんに入団を報告。

右肘故障の影響で13年5月を最後に1軍出場がない男は、最大の理解者である母のため、

東北を盛り上げるためフルスイングに思いを込める。

店の片付けをしながら息子の帰りを待ちわびていた順子さんの耳に「ただいま」と

聞き慣れた声が響いた。栗原と妻・聖良さん、今年5月に生まれたばかりの

三女・心杏(みあん)ちゃんが帰ってきた。

あいさつを終えると、宴の始まりだ。順子さんの「健太の楽天入団を祝って乾杯!」という音頭で

栗原家に笑顔の花が咲く。店の宴会場で日大山形の同級生らも交え、

焼き肉を食べながら栗原の再起を祈った。

いつだって一番のファンは母だった。順子さんは栗原が中学3年の時に離婚。

焼き肉店「マルタイ」を一人で切り盛りしながら弟・泰志さんと2人の息子を女手一つで育て上げた。

「カープに入って山形から広島に離れた。1軍でプレーしているところを見せるのが親孝行と思って

ずっとやってきた」。栗原は、活躍することが何よりの恩返しと信じてきた。

99年ドラフト3位で広島に入団。母の前では口べたな栗原にとって1軍で活躍することが、

1000キロ以上離れた実家への便りだった。06年から4年連続20本塁打以上をマーク。

08年は4番を打ち、打率・332、23本塁打、103打点。球界を代表するスラッガーに成長し、

09年には世界一に輝いた第2回WBCの日本代表メンバーにも名を連ねた。

だが、13年5月を最後に1軍の舞台から姿を消す。08、12、14年と右肘を3度手術し、

2軍暮らしが続いた。

2年以上も1軍出場がない中、気持ちが腐らなかったのは、順子さんの言葉を胸に刻んでいたからだ。

「今している努力は無駄じゃないよ。見てくれている人が絶対にいる」。

小学5年の時、少年野球チームで負けが続き「いくら頑張っても勝てない」と珍しく弱音を吐いた。

その時に諭された言葉が厳しいプロの世界での支えとなった。

今年7月、息子を応援するため、順子さんは3日間、店を休み広島へ向かった。

「物凄く練習をする子。健太が人一倍頑張っているのは知っているから、“頑張れ”と言えなかった」と

振り返る。必死に練習に励む栗原だったが、チーム事情もありファームでも出番は減る一方。

このまま終わるわけにはいかない。大きな決断をした。金額にかかわらず、出場機会を求め他球団を

あたってみたいと広島に伝え、野球協約の減額制限を超える提示を受けることで自由契約となった。

11月、岡山・倉敷での楽天の秋季キャンプ。入団テストのフリー打撃で広角に打ち分け柵越えを

4本マークし、星野仙一球団副会長から「想像以上だった」と評価を受けた。

母の言葉通り、努力を見てくれている人はいた。天童市からコボスタ宮城は車で約1時間の距離。

来年7月には山形での試合もあり「店があるから広島だと多くても年3回だったけど、

10回以上は見に行けそう」と順子さんは喜んでいる。

息子は言う。「楽天に入り、母親も応援に来ることが増えると思う。親孝行できる機会が増えた」。

09年に最高1億6000万円だった年俸は2000万円に。

背番号は「0」に決まった。文字通りゼロからのスタート。東北で輝きを取り戻すという固い決意を胸に、

栗原は特別なシーズンへ向かう。


野球栗原家の正月の“風物詩”スタミナ気合汁で来季に向け栄養蓄え 野球

栗原家の正月には欠かせない食べ物がある。順子さん特製の雑煮「スタミナ気合汁」だ。

鶏肉ではなくカルビを使うのが特徴。「絶対に欠かせないのがゴボウ」という。

しゃきしゃきとした食感に箸が進む。しょうゆ味で「最後にニンニクを入れる」のが、名前の由来。

今年の年末にも帰省予定で、復活を期す来季に向け栄養を蓄える。


野球根っからの野球好き 栗原 店の駐車場で早朝練習する少年だった 野球

栗原は身長1メートル71という順子さんの遺伝子を受け継ぎ、体重約4500グラムで生まれ、

すくすくと育った。肩が強くて、足も速く、高校入学時には陸上部からも誘いがあったほど。

ただ、順子さんが「すすめたわけではないけど、小さいころからボール遊びをしていて、

自然と野球を始めたね」と振り返るように、子供の頃から野球に夢中だった。

「マルタイ」の裏にある駐車場。栗原は「ここで朝から的当てしていたんですよ」と壁を指さした。

小学校に上がる前から、朝の5時に起きてはボールを投げていたという。

家でほうきなど長い棒を見つければ、バットのように振り回した。根っからの野球好き。

店の窓に自分の姿が映っているのに気づくと、永遠の野球少年はおもむろにスイングを確認した。




野球正月休み中は梨田監督が電話番!?留守電の音声ガイダンス担当 野球


楽天は正月休みの期間中、球団の留守番電話の音声ガイダンスを梨田監督が務める。

指揮官が「お電話ありがとうございます。楽天イーグルス監督、梨田昌孝です」と名乗り、

26日から来年1月4日までの休業を案内。

約30秒のメッセージの最後には

「楽天イーグルスの応援をよろしくお願いします」とダンディーな声で呼びかけている。




野球梨田監督、事務所留守電に30秒のメッセージ野球

 少しでもファンと球団に喜んでほしい。梨田昌孝監督が、おもてなしの心を約30秒のメッセージに

吹き込んだ。

球団事務所が年末休業となる12月26日から来年1月4日の間、球団の電話音声ガイダンスを

担当することが決まった。期間中、代表番号に電話をかけると、梨田監督の温かい声が聞こえてくる。

「お電話、ありがとうございます。楽天イーグルス監督、梨田昌孝です」

「2016年が、みなさまにとってよい年になりますように」

グラウンドの外でも何かできないかという思いが球団初の試みを生んだ。新人選手の入団発表会が

行われた1日。梨田監督は終了後に事務所を訪れ、各部署を丁寧に1つずつ回り、職員約100人と

懇親の場をもった。球団職員は「忙しい中でも、全部の部署を回ってくださった」と、

温かい姿を思い出す。その中でコールセンター担当部署を訪問した際に、音声ガイダンスの話が

浮上した。「ただ音声を流すだけでなく、監督の声が流れれば電話をかけた方が喜んでくれるのでは」。

双方の思いが一致し、翌週9日にさっそく録音。真心を込めてメッセージを読み上げた。

チームに初合流した10月から「みなさんに、近い存在だと感じていただきたい」と願い続けてきた。

全ては来季から指揮を執る楽天と、応援してくれるファンのために。ユニホームを着ていなくても、

梨田流で周囲を喜ばせていく。




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