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イーグルスファンコミュの<E番ノート・球譜>星野氏と三木谷オーナー 絆は立場を超えて

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野球<E番ノート・球譜>星野氏と三木谷オーナー 絆は立場を超えて野球


東京都内で19日にあった東北楽天元監督、故星野仙一氏のお別れの会。

そこには号泣する三木谷浩史オーナーの、思いがけない姿があった。



<球団史の転換点>

約8分間の弔辞で星野氏との14年間を振り返る中で、言葉を詰まらせた場面が3度。

ゼロから始まった球団史の転換点となったそれぞれの逸話は、野球人と経営者という立場を超え、

親子に近い絆を感じさせた。

1度目は2004年、球界再編騒動の中での初対面。「『君みたいな若い人がプロ野球界に

参入し新しい風をつくれ』と…。その言葉が、ちゅうちょするわれわれの背中を押しました。

その頃から、星野さんとイーグルスの運命は決まっていたのかもしれません」

東北楽天は50年ぶりに新規参入したが、1年目の05年はどん底の最下位。

09年に初の2位に躍進するも10年に再び最下位に転落すると、三木谷オーナーは星野氏に

監督就任を要請した。

「駄目で元々でお願いしたら『ええよ』と快諾いただいた。

『火中の栗を拾ったなあ』と思い、心からうれしかったのを覚えています。

よし、これで…」と言って声を詰まらせた。だが、間もない11年3月11日、東日本大震災が襲った。

そして3度目は13年11月3日の日本シリーズ第7戦。前日に完投した田中

(現米大リーグ、ヤンキース)に試合の幕引きを託そうと星野氏が球審に近づく。

「近くにいた僕や審判を見て、にやついて『田中や』と。まさに闘将の真骨頂。

東北に大きな元気を与えただけでなく、プロ野球史に残る大きな…、優勝になりました」



<開幕前開催望む>

三木谷オーナーは試合の6日後に父を失った。最愛の人が亡くなる直前に日本一の歓喜を

見せてくれた星野氏は16年7月、くしくも父と同じ膵臓(すいぞう)がんの宣告を受けた。

 昨年、前半を首位で折り返す快進撃は後半に急失速し、王座に届かなかった。

「『星野さんが病気と闘っているんだ。気合を入れろ』と選手に言いたかったが、口止めされていた」

お別れの会が終わり報道陣の前に現れた三木谷オーナー。

「命がそう長くないとお分かりだったのか、遺言ではないが、開幕前の時期にこういう会をして

ほしいという意向だった。それくらいイーグルスを思ってくださっていた。

今度はその思いを力に変えて、チームが戦ってくれると思う」

今季、ユニホームの胸の裏に星野氏の背番号「77」をつけて戦う。

星野氏への思いを闘志に変え、王座奪還を期す一年が間もなく始まる。

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