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イーグルスファンコミュの盛り上げ役の楽天阿部引退、コーチで子どもに夢届け

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野球梨田監督 “天敵”西武・雄星に珍要求 ソフトB倒優先して 野球

梨田監督が「天敵」に珍要求だ。

昨季からCSも含めれば12連敗中の西武・菊池に「来年はソフトバンクにターゲットを絞ってほしい」と

訴えた。

さらに、菊池がソフトバンクに11年のデビューから12連敗中にも着目。

「プロに入って一回も勝っていないのは恥ずかしいこと」と挑発的な言葉を投げかけ、ソフトバンク戦に

優先的に登板することを望んだ。

来季、西武との初対戦は4月13日からの本拠地での3連戦。

指揮官の願いは菊池が投げないことだ。



野球梨田監督、今季9戦全敗“天敵”菊池に指令野球


梨田監督が23日、天敵に異例の指令を出した。

ターゲットは、指揮官の年の瀬の夢にも出てくるという、西武・菊池だ。

今季はCSを含め9戦全敗で、昨季から12連敗中。一方で、そんな左腕はソフトバンクには入団から

17戦勝ちなしの12連敗中と、苦にしている。

「来年はホークスにターゲットを絞っていってほしい。

プロに入って1回も勝っていないのは恥ずかしい。

うちに(CSを除き1年で)8つ勝つのも恥ずかしいことだけど」と梨田監督。

自虐的に敵チーム左腕へ言い渡した。

もちろんチームとしても対策は練っている。

ソフトバンク・モイネロにも初対戦から32打者連続無安打と完璧に封じられたことから、

左腕の打撃投手を1人増員。新たに今季まで現役だった金刃が加わった。

指揮官も「金刃はまだ現役を終わったばかりなので、いい球を投げていてちょっと期待はしている」と

期待。

「打倒・菊池」へ、あの手この手を使っていく。



野球盛り上げ役の楽天阿部引退、コーチで子どもに夢届け野球


エンターテイナーが、球場から去る。

阿部俊人内野手は、楽天イーグルスアカデミーのジュニアコーチとして新たな道へ進む。

次世代の子どもたちへ技術だけでなく、夢も届ける。

「手探りの部分もあると思うけど、とにかく笑顔あふれる環境にしたい」と意気込む。

「アベちゃん」の愛称で親しまれ、常に周囲に笑顔を届けてきた。

暇さえあれば、インターネットで「いたずらグッズ」を物色。

本物とうり二つのムカデ、触ると電気が走るペン…。

8月4日のロッテ戦(Koboパーク宮城)でサヨナラ打を放ち、ヒーローとなった。

楽天ポイント10万円分を送られ「どんなグッズを爆買いしよう」と本気で悩むいたずら好きだ。

ゴキブリのおもちゃを大量購入し、後輩選手のロッカーに忍ばせたこともあった。

うんちの臭いがする香水を三好のタオルに付けた際は、大騒ぎとなった。

「驚く顔がたまらない」といつも笑っていた。“遊び心”を忘れない。ダーツは、プロに勝利したことも

ある腕前。

野球だけでなく、それ以外の時間も全力で楽しんできた。

10月28日。そんな男が戦力外通告を受けた。銀次は「何でアベちゃんが…」と声を詰まらせた。

プライベートでも仲の良い枡田は「大事なムードメーカー。いつも盛り上げてくれていた」と唇をかんだ。

阿部は「もう1回、お立ち台に上がりたかった。1人でマイクを持って笑いを取りたかったですね」と

少しだけ寂しそうな顔を見せた。次は、子どもたちを笑顔にする番。

「アベちゃんコーチ」として、全力で楽しむ。





元東北楽天の相原和友投手は、あの日の光景を今も鮮明に覚えている。

 プロ1年目の2014年4月29日。初めて本拠地コボスタ宮城(現コボパ宮城)のマウンドに立った。

先発の美馬が負傷し、二回からの緊急登板だった。

0−2の三回、無死満塁のピンチを招いたが、強気の投球を貫き、左飛と遊ゴロ併殺と無失点で

切り抜けた。

ベンチに戻りながらスタンドを見渡した。休日のデーゲーム。観衆は2万958人の大入りだった。

今まで客席から見ていた場所に自分がいる。「とにかく歓声がすごかった」。

万雷の拍手と声援が胸に染み込んだ。


<4失点喫し降板>

仙台生まれの仙台育ち。仙台市広瀬中3年の秋、地元にプロ野球チーム、東北楽天が誕生した。

「ここで野球ができたらどんなに幸せだろう」。

強豪の宮城・東陵高から東北福祉大に進み、学生時代はチームメートとよく試合を観戦した。

12年に地元の名門社会人チーム・七十七銀行に入ると、1年目から頭角を現した。

プロを目指し、14年にドラフト7位で東北楽天入団を果たした。

10年越しの願いがかなった。しかし、プロ生活は、わずか3年で終わった。

1軍最後の登板も休日のデーゲーム、満員のコボスタ宮城だった。16年8月28日。

大量ビハインドの場面で登板し、回またぎした九回に1死も取れず、4失点して降板した。

あの日とは打って変わった失望のざわめきがスタンドを包んだ。

「通用しなかったな」。野球人生が終わった、と予感した。

 2カ月後の10月23日、戦力外通告を受けた。

<野球道具を販売>

5分ほどで話を終え、球場のクラブハウスを出ると、待っていたファンにサインを求められた。

同じ立場だった他の選手は避けるように通り過ぎていった。

相原はスーツ姿のまま応じ、最後の一人まで丁寧に書き続けた。3年間続けた、いつもの姿だった。

今はプロでの知識と経験を生かそうと仙台市内の野球用品店「仙台ドーム」に就職し、

野球道具の販売や修理に携わっている。

「3年でクビになるぐらいなら、七十七銀行にいた方が安泰だったのに」

 初対面の人にもよく言われる。

 愚問だと思っている。

 「元々、プロなんて考えられるレベルになかった。でも銀行に進んでプロへの道ができたから、

迷わずに行った。

細い道で、たどり着いたら戦力外の落とし穴にはまって終わったけど」

笑いながら続けた。「もう一度その岐路に戻り、その後の結果を知っていたとしても、

絶対に同じ道を選ぶ。プロに入ったことは僕にとって成功。大成功です」

相原にとって「プロ野球選手」とは何だったのだろう。しばらく考えた末に、こう答えた。

「夢。1年目は半分くらい楽しく、後の2年はしんどいことばかりだった。

それでも、プロで過ごした3年間は人生の宝物です」

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