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ワライアル★自己紹介よろコミュのKS5−1 ショコラ→うちこ→acn 

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【ショコラ】

37度の湯を頭から浴びながら、私は南極に住むエスキモーの事を考えていた。これといった理由はない。エスキモーに親類が居るわけでもないし、初恋の相手がエスキモーだったわけでもない。ただ、なんとなくだ。
彼らは腹が減ると、ソリの後ろに括り付けてあるセイウチの胴体をナイフで切り取り、移動しながらそれを食べる。そもそもエスキモーとは「生肉を食う連中」という意味だ。

私が知っているエスキモーの知識は、たかだかその程度のものだった。
私は、エスキモーと対比させる事で、暖かいシャワーを浴びている自分に僅かながらのありがたみを見出そうとしたのだろうか。わからない。
いずれにしても私は、いつかテレビで見たエスキモーの屈託のない笑顔を、それが別段突飛な想像だとも思わず、頭に思い描いていた。

緑色の丸々としたボトルのポンプを二回押すと、手のひらに透明の液体が澱んだ。シャワーヘッドから勢いよく弾き出される飛沫は、古びたユニットバスの壁面を容赦なく打ち続けている。頭上にこんもりと膨らんだ余分な泡を手で落とし、私がシャワーヘッドに手に伸ばした、その時だった。
私はぴたりと動きを止め、鼓膜を震わせるその音に全神経を集中させた。

ぷるるるるる。ぷるるるるる。

またか。と私は思った。
そして私は、心持ち乱暴にシャワーヘッドを掴み取った。
電話の音。それは、私が朝シャワーを浴び始める時間に合わせて、いつしかリビングで鳴り始めるようになった。鳴らない日もある。そのコール音はとても不確定で、不安定なものだった。

ぷるるるるる、というコール音は、あくまでも私がリビングに居る時の音だ。
この浴室で聞くコール音は、いつものそれとは全くの別物と言っても良かった。リビング、脱衣所、そして浴室のドアを潜り抜けてくる間に、その音は幾分くぐもった音へと変化している。

もららららら。もららららら。

私はシャワーヘッドを頭上に掲げながら、もう一方の手で髪の間に指を這わせる。白い泡は透明な水に抱きかかえられ、私の首もとを伝い落ち、やがて足指の間から真っ黒な排水溝へと流れ落ちていく。

私はふと、垂れていた頭を擡げ、リビングのある方へと振り返って耳を澄ませた。いつの間にかコール音が止んでいるような気がしたからだった。

もららららら。もららららら。

しかしそれは続いていた。私は短いため息を吐いて、正面へと向き直った。
洗顔クリームを手に伸ばしてから鼻頭まで泡で包みこむと、私は思考の渦にその身を任せた。

私は朝6時に起床する。それは休みの日を含め、いつも変わらない。布団を出たらまずトイレに行き、頭に重たい眠気が残っているようだったら先にシャワーを浴び、そうでないのなら先に朝食をとる。
つまり私がシャワーを浴びる時間は、いつも一定ではないのだ。にも関わらず、この電話は、私がシャワーを浴びている時にしか掛かってこない。電話の相手は、なぜ私がシャワーを浴びている時にだけ掛けてくるのだろう。

いや、あえてその時間を狙っているのだ。しかし私には、それでいて電話の主は、私に電話に出て欲しいと思っている気がしていた。私にはそれが直感で分かった。これといった理由はない。だがそれは、確かに、間違いなく、そうなのだ。

もららららら。もららららら。

温かい湯が、私の頬を滑っていく。そして私は思考の渦からゆっくりと戻ってくる。壁を伝い、ドアを抜け、その音は濁りながらも、きちんと私の鼓膜を揺さぶってくる。
私は蛇口を強くひねった。途端、辺りはしんと静まり返る。その静寂の中を蛇のようにゆらりゆらりと縫ってその音はやってくる。

もららららら。もららららら。

そしてやはり、私は確信する。
電話の主は、何か大事な事を私に伝えたがっている。

【うちこ】

気づけば時計の短針は8を指していた。出勤の時間が迫っている。私はダウニーの力を借りてふわふわに洗い上げたバスタオルで素早く、けれど丁寧に体の水滴を拭い、予め用意しておいたワイシャツに袖を通した。パリリとした肌触りが心地良い。

毛髪に僅かに残った水分をそのままにリビングへと戻る。ピタリと鳴り止んだ呼び出し音の代わりに、どこか他人行儀な静寂がそこに広がっていた。

姿見の前に立ち、くいとネクタイを締める。合わせるタイピンを選びながら、そっと傍らの電話機に目を向けた。先程まで確かに私を呼んでいたそれは、しかし無言で私を見つめ返すだけだった。不在着信を知らせるランプも灯ってはいない。いつものことだ。

「なあ、いい加減教えてくれないか。誰が、なにを、私に伝えようとしているだ?」

思わず語尾を噛んでしまった。けれど、私が噛もうが噛むまいが、電話機は沈黙を貫き通す。なにも答えてはくれない。これも、いつものことだ。

***

「ことちゃんっ、おはようございます」

会社最寄り駅を出た所で、ふいに後方から声を掛けられた。振り返った先には吉岡良美の姿があった。
吉岡良美、通称よしよしは同じ課の後輩にあたる。誰にでも分け隔てなく接し、常に屈託のない、それこそエスキモーのような笑顔を振りまく彼女は同僚からの評判も良い。朝日を背ににこにこ笑う彼女を見ると、なるほどそれも頷けた。

「ああ、良美か。おはよう」

「はい、おはようございます!今日もいいお天気ですね。すっごく、反・仕事日和です」

隣に並んだ良美は手に持った鞄をぶんぶんと大きく振りながら、目を細めて空を見上げる。

「反・仕事日和?ああ、言われてみれば。確かに、仕事より他にすることがあるかも」

「ぱぁーっと遊びに行きたいですよね。原っぱとか。・・・って、あれれ?」

「ん、なに?なんだよ。」

言葉を飲み込んだ良美にじっと顔を覗き込まれた私は、大げさに仰け反ってみせた。髭の剃り残しでも見つかったのかと頬に手をやるが、なにもない。

「うーん・・・ことちゃん、なんか悩んでたりします?」

悩み? ピストル型に広げた手を顎にあてた良美が小首を傾げ続ける。

「死相が出てるんですよねー。」

「え、な・・・え?し、死相?」

予期せぬ言葉に声が裏返ってしまう。

「えへへ、ジョーダンですよ。」

私の気を知ってか知らずか、良美は白い歯を見せ無邪気に笑う。

「冗談って・・・。いや、まあ、ほんとでも困るけど。」

「死相は冗談ですけど・・・でも、なんか、ことちゃん困っていることありますよね?」

ふっと真剣な表情を浮かべた良美の鋭く澄んだ瞳は真っ直ぐに私を捉えていて、私は思わず口ごもった。

「悩んで・・・なんか、ない。」

「うそ。だってその証拠に、ほら。」

良美はくいと小さく顎を突き出し、視線を落とした。つられて私もその視線を追う。次の瞬間、全身がぶわと粟立った。良美の視線の先、私の持つビジネス鞄(ゴールデンベアー)の中には入れた覚えのない、しかし見覚えのある電話機の子機が顔を覗かせていた。

【acn】

「これ、子機だよね……?」
朝の身支度を思い出しながら、なぜか私は良美に向かって質問していた。

「そう……みたいですけど、携帯と間違えたとか」

「いや、入れてないって確信だけがある。その証拠にほら」
見事に粟立った腕の鳥肌を見せた。

「入れた覚えのないものが鞄に入ってるって、こんなに気持ちの悪いものだったなんて知らなかったよ」と笑いながら、良美の笑いを誘ってみたが、良美は表情すら変えず一点を見つめていた。

「良美……?」

「ことちゃん、もうすぐ会社に着いちゃうけど、バカにしないで聞いてくれます?」

「あ、ああ。いいけど、バカにするような話なの?」少し茶化してみたが、良美の固い表情は一向に変わらない。

「いいから気にしないで話してみなよ」

良美は少し顔を近づけて小声で話し出した。

「子機。ことちゃんだけじゃないんです」

「え?」

「だから、子機を持ってる人を見たの、ことちゃんだけじゃないんです」

良美はそう言い終えて、反応を確かめるためか大袈裟に私の顔を見た。

「俺だけじゃないというのは、他にもいたってことだよね?」

良美は安堵したような表情で大きくうなずいた。

「そうなんです。昨日からもう8人目です。最初は電車の中でした。五人ぐらいの学生の男の子たちが電車に乗ってきて、その中の1人の鞄に子機が入っていることに気付いたんです。あ、子機だって。そのうち他の友達が気付いたみたいで、少しからかわれてましたが、入れた覚えがないって何度も言うんですよ。今のことちゃんみたいに」

なぜか得体の知れない妙な恐怖感が湧いてきて、生唾を飲んでしまった。

「あとの人たちはどうだったの……?」

「あとの人たちも全部、そんな感じです。女の人もいたけどひとりでした。まず私が気付いて、その本人が気付くっていう。なぜかみんな見えるところに子機を入れてるんですよね。誰にも話しかけてませんよ? そういうタイミングで全部が進んでいく感じです。で、今朝、ことちゃんの鞄の中の子機に気付いたんです。ちょっとソレ見せてもらえます?」

私は鞄の中にあるソレを親指と人差し指で恐々とつまみ、良美の手のひらに落とすように渡した。

「何その汚いものを渡すような渡し方!」

笑いながら良美は子機を上にしたり下にしたりしながら丁寧に眺めていた。

「ちょっと待って……。なんで? なんで?」

一瞬にして良美の表情が曇った。少し涙を浮かべている。

「ど、どうしたの、良美」

「だって……、私が見た子機って全部同じ機種なんだもん! 怖いよ、ことちゃん!」

こんなに怯えた表情の良美を見るのは初めてだった。正確に言うと、これほどまでに怯えた人間を間近で見ること自体が初めてだった。

「ねぇ、ことちゃん! この電話機どこで買ったの?! この子機になにがあるの?!」

怯える良美を前に、いつも風呂に入っているときにかかってくる電話のことは伝えないでおこうと思った。が、そんなことをまくしたてられても、私だって何が何だかさっぱりわからない。

「いや、俺だってわかんないよ。正直、俺だって怖いしさ。ただこの電話機は限定モデルで、10台しか作られていないものなんだ。おはようございまーす」

相変わらず怯えた表情の良美だったが、会社に着いてしまったこともあり、昼ご飯を一緒に食べる約束をして入り口で別れた。
良美の話すことが本当ならば、10台の限定モデルの機種を持った人に8人遭遇。このことすらものすごい確率としか良いようがない。
「とにかくわかるところまで調べるしかないか」そう小さく呟いてデスクについた。

【ショコラ】

結局私は、よしよしとの昼食をなしなしにして、1人で食べた。約束をしてから思い出したのだが、良美はものを食べる時にぐちゅぐちゅと下品な音を立てるところがあり、それを正面にすると私は、食欲を失ってしまうのだった。

私は仕事が終わると、自宅の近くにある図書館へと足を運んだ。近くとは言っても、自宅から自転車で15分はかかる。この図書館は平日であれば9時半まで開放しているので、この時間になると会社帰りのサラリーマンや、OLの姿が目立つ。

私もその中の1人として、風景に溶け込めるよう努力はする。だが結果が結びつく事は、まずない。
私は図書館で、エスキモーに関する文献を探していた。これだけ大きい図書館なのだ、相当数の資料が見つかるだろうと思っていたが、それは全くの見当外れであった。

エスキモーに関する表題で見つかった本は、たったの2冊。それでもないよりはマシか、と私は儀式めいたため息をつき、その2冊を手に取って図書館の中央部にあるラウンジへと向かった。

ここは最上である4階まで吹き抜けになっていて、緩やかな放物線を描くように設計された天井のせいか、まるで小宇宙を感じさせるような開放感に満ちている。
私は端の方に設置してある、比較的目立ちにくい席を選んで腰を下ろした。
そうして持ってきたうちの1冊を手に取り、片手でぺらぺらと捲ってみた。

私はこの電話機と、エスキモーには、何らかの繋がりがあるのではないかと考えていた。
リビングの電話が鳴っているのを風呂場でじっと聞いていたとき、私はエスキモーの事を考えていた。これから食べる朝食の事でも、好きな女との楽しかったデートの事でも、営業先への憂鬱な電話応対の事でもない。私が考えていたのは、日本から遠く離れた場所に住む、実際には見たことも会った事もない、エスキモー達の事なのだ。

そこには何かがあるはずだ。表面上には浮かんでこない、油汚れのシミのような原因が。

半分くらいまでさっと目を通し終えた所で、私はふいに、肌を焼かれるような痛みを右半身に覚えていた。

誰かに視られている、と私は思った。

第三者による好奇の視線は、言葉通り人を焼く。ちりちりと音を立てて、私の顔の一部が焼かれていく。だが視られたことのない者にとっては、それがどういったものであるのか想像もできないだろう。

私は体を捻り、その視線から少なくとも顔面だけは逃れられるように、左側を向いた。

「絶対・・・・・・そうだよ」「こんなところで・・・・・・何してるんだろうね」

若い男女の声が背後から聞こえてくる。彼らは第三者による好奇の呟きが、当事者の鼓膜を掻き毟る事を知らない。私は儀式的ではなく湧きあがった大きなため息を吐き出しながら、またか、と小さくごちた。

私が現役を引退して早数年が経つというのに、未だに私の事を覚えている人間は至る所に存在
する。そして私を見つけては、罪の意識を露ほども抱く事なく、私の肌を焼き、鼓膜を掻き毟るのだ。

私は席を立ち、ラウンジを後にした。そして廊下に設置された薄暗いベンチに腰を下ろし、もう一冊の文献に目を通した。
その中で私は、「エスキモーは犬ぞりを使う」と書かれているページで手を止めた。

犬ぞり・・・・・・。私は足元に寝そべっていたビジネス鞄(ゴールデンベアー)の中から子機を取り上げて、まじまじと観察してみた。

子機の背中には横長に【 KO   KI 】と印字されていた。当たり前ではないか、と私は声を出して笑いそうになった。本体の裏には【 HON  TAI 】とでも印字されているのだろうか。子機を色んな角度から眺めてみたが、エスキモーや犬ぞりに関係しそうな所は特に見当たらなかった。

だが、と私は思う。必ずこの2つを結ぶ何かが、必ずあるはずなのだ。私はそう確信していた。

【うちこ】

なしなしにしたつもりだった昼食会は、結局翌日にありありとなった。

ぐちゅぐちゅぐちゅ、もっきゅもっきゅ、ぬっちゃらべっちゃら、じゅるびちゃじゅるじゅる、

ごっくん

げぇぇっプ。

葉加瀬太郎も思わず耳を疑う華麗な口内四重奏を社員食堂全体に響かせ、よしよしは見る間にうな重をたいらげていく。

私は手にしたBLTサンドを口に運ぶことに抵抗を感じ、そっと皿に戻した。

「お残しは許しまへんでぇ〜」

すかさず私のBLTサンドに手を伸ばしたよしよしは、山椒にまみれてスナスナになった口角をくいと上げて微笑んだ。

私は掛ける言葉を見出すべく、テレビに目を向けた。BGM代わりに点けられたテレビには昼の情報番組が映し出されていた。

『横綱・白鵬 無敵の二場所連覇!』

画面を彩るテロップをぼうと眺める。正確には、ぼうと眺める、ふりをした。ともすれば、ぐにゃりと歪みそうになる視界。眉間にぐっと力を込めることで、かろうじてそれを防いだ。

「俺だって、俺だって今頃は・・・。」

思わず口をついて出てしまった言葉を慌てて飲み込むがしかし、不安げにこちらを見やるよしよしと視線が交差した。

「ことちゃん? 今頃って? 今頃は何?」

「いや、別になんでもないよ。うん、なんでもない。 てか、白鵬二連覇だってさ。」

「白鵬? 私、お相撲さんには詳しくないんです。あ、でも、前に琴光喜っていうお相撲さんいましたよね? ちょっと好きだったなあ。 彼、今頃何してるんですかねー」

よしよしの口から飛び出したベーコンと琴光喜の三文字に、私の心臓は大きく跳ねあがる。

「あ・・あ、あの醜いデブか。さあ・・・どうかな? どっか遠い海外で、露天商でもやってんじゃないの?はは」

「えー、なんですかそれ。 案外、近くにいるかもしれないですよ、琴光喜。」

案外近くにいるかもしれない、そう言ったよしよしの瞳が一瞬鋭く光ったことに、私は気づくことが出来なかった。


***


仕事を早めに切り上げ、帰路についた。

頭が重く、中枢がずきりと痛む気がしたからだ。おそらく疲れているのだろう。電話のこと、白鵬のこと、よしみのこと。考えねばならないことが多すぎて、正直私は混乱していた。一人になって、少し休みたかった。

電車を降り、改札をくぐる。西口に出て大通りを真っ直ぐ進み、セブンイレブンの角を左に曲がる。突き当りのT字路を右に折れると私の住むレオパレスに辿り着く。

切れかかっているのか、エントランスの証明がじじじと不安げな声を上げていた。

頭の痛みは激しさを増し、こめかみのあたりがドクンドクンと脈打っているようにさえ感じられる。私は左手で頭を押さえ、右手でエレベーターの上昇ボタンを押した。

チ、ン

程なくして降りてきた無人の箱に足早に乗り込んだ。しかし、4階のボタンを押そうと伸ばした手が宙を泳ぐ。既に、4階が灯っていたのだ。

何かがオカシイ。

困惑する私をよそに、エレベーターはゆっくりと上昇を始めた。









チ、ン

私が違和感の正体に気づくのと、エレベーターが4階到着を告げたのは、同時だった。

― 駅からここまでの道すがら、ワタシハダレニモアッテイナイ −


もららららら。 もららららら。


壁を伝い、ドアを抜け、薄暗い廊下を這うようにして、その音が私の鼓膜を揺さぶってきたのは、その時だった。

【acn】

ソレは、エレベーターのドアの前で小刻みにブブブブと動いていた。
廊下を這うように震えながら近づいてくる子機を凝視し、逃げるように壁に張り付いた。体中の穴という穴からどっと汗が噴出す。

もららららら。もららららら。

依然、鳴り続ける子機に恐怖が一周して、少し腹が立ってきた。
しかもなぜ子機なのにバイブレーション。

「バイブの機能なんてあるわけないだろ!」

恐怖を隠すように自分でも驚くほどの怒声をあげ、子機を手にとった。
子機はまだ手の中でブブブブとバイブしながら電子音を響かせていた。

「なんだってんだよ! 一体、誰から着信してるってんだよ! おらー!」

覚悟を決め、目を閉じながら着信ボタンをプッシュする。
子機を恐々耳に当てると、子機からは無機質なプーという電子音が聞こえてくるだけだった。
いっそ地面に叩きつけて壊してやろうかという衝動にかられたが、そんなことで逃れられるようなことではない気がして思い直した。
とにかく今すべきことがあるとするなら、クローゼットの奥に眠っている説明書を読むことだ。
「そうだ、それしかないんだ」そう自分に言い聞かせるように呟き、鍵を鍵穴に差し込もうとすると手が思っていた以上に震えていることに気付いた。
舌打ちをしながら、もう一方の手で震える手を支えて、鍵を開けて中に入ろうとしたとき、ソレはまたバイブレーションと共に鳴り始めた。

「きゃああああ!」

あまりに驚いて女の子のように叫んでしまった。鳴ったままの子機を玄関のマットの上に放り投げて、真っ直ぐクローゼットに向かい乱暴にまさぐった。

***

半年前、会社の近くで行われた相撲協会のイベントに会社からサクラ要員として参加するよういわれ、「お相撲さんの声で着信音が鳴る電話機」キャンペーンに参加したことがあった。
相撲に全く興味はなかったが、サクラ要員としての仕事をまっとうするべく、限定モデル電話機の申込書の列に並び記入したのだった。限定数10個。当たるはずがないと思ったその数日後にこの電話機が届いた。
「ごっつあんです、ごっつあんです」と繰り返す着信音があまりに不気味で、ノーマルモードに設定したはずだった。

「あった!」

クローゼットの奥の箱を取り出そうとすると、フタが絨毯に引っかかり箱が横倒しになった。その拍子に出てきたのは、あの日の相撲協会のイベントのパンフレットだった。
二つ折りになったA4サイズのパンフレットを持ち上げると、絨毯の上に小さなモノが落ちてきた。

「あ、あのときのSDカードだ……」

それは会場に来ていた現役力士が落としたものだった。すぐに声をかけ渡そうと思ったが、ファンにもみくちゃにされていたために渡せなかった、と言いたいところだが、単にSDカードの中身を見てみたかった。結局、家についてすぐに見てみたが、どの機器に差し込んでもうんともすんともいわなかったのでパンフレットに挟んでしまっておいたことを思い出した。

もららららら。もららららら。

またしても玄関に置いておいた子機が鳴り始めた。
幾分恐怖は和らいでいたが、やはりまだ怖い。子機を足のつま先でコツンと突付いてみると、【KO  KI】と書かれた部分の下に挿入口があることに気がついた。
ふと思い立ち、手に持ったままのSDカードをその挿入口にそっと入れてみた。

ぶぶぶぶぶぶ、ぶっぶっぶっぶっー!!!!
ギギギ、ガガガ、モモモ、キュイーーーン!!!!
子機がもの凄い音を立てて跳ねるように動き始めた。

「ひいいいー!!」

思わず手で頭を抱える。ピーという大きな電子音の後、子機の画面が強く光を放ったと思ったら、目の前に琴光喜の姿があった。

「ハジメマシテ、コトミツキデス、スモウキョウカイインボウ、デンワキナッタ、データスクナイ、カンタンニイウ、シャッキンカエスタメ、ボクノウウッタ、ゾウキバイバイ、ノウサイボウデンシチップシテ、デンワキナッタ、タクサンスモウデンワナッテル、コレミテルアンタヤバイ、ジッケンサレテガ…ガ…ガガガ」

ビビビという電子音とともに、ホログラフの琴光喜は消えてしまった。

「ジッケンサレテガ……?」

呆然と立ち尽くし、ひとまず深呼吸をしてホログラフが最後に言った言葉を繰り返してみる。実験されてるってことか? 何の? 頭が混乱しまくっている。ホログラフは琴光喜と言ったけれど、そんなことあるわけがない。
あるわけがないんだ。だって俺自身が琴光喜だからだ。

「俺が琴光喜だバカヤロー!」

と子機に向かって怒鳴った瞬間「やめてよ! 変態!」と玄関の外でけたたましい女性の叫び声がした。良美の声だ。
慌てて玄関のドアを開けると、良美は数人の黒尽くめの男たちに羽交い絞めにされながら「ことちゃん! その子機は琴光喜だってわかったの! 逃げてー! 早くー!」言ったと同時にドサリと倒れ込んでしまった。
「良美!!」そばに寄ろうとしたとき、男に何かを嗅がされ体の力が一気に抜け、玄関の床に膝をついた。声帯がしびれたようになり声もうまくだせない。

「ああ、ううう……」

その中の一人が話しかけてきた。
「私にも心がありますから、最後に説明させていただきます。あなたは琴光喜ではありません。琴光喜子機から発する微弱電波がどのように人体に影響を与えるのかの実験をしたんですよ。まさかご自身が琴光喜だと錯覚するとまでは思っていませんでしたが。あなたのお名前は【琴平 渚】さんです」

***

ピロリピロリピロリピロリー。
いつもの目覚ましの音で良美は目を覚ました。

「……夢? か。だよね、子機が琴光喜とか、んなアホなことあるわけねーべー」

いつものように着替えを済ませ、いつもの満員電車に乗り込んだ。
「なんであんた子機持ってきてんのよー!」という笑い声に驚き振り向くと、鞄の中から子機が見えた。その子機には【KOTOHIRA】と書かれていたのだった。

コメント(11)

これは何事なんですか!
大入り袋が縮みあがりましたよっ!
しっかし、描写すげぇなぁ〜。
素人じゃねぇです。
ほんとプロですね!
怖かったですー><

一ぴょうです!
こっわー!
でも、チョコチョコ笑いも散りばめられていて楽しめました。
きちんと謎も解明されているし、みなさんさすがですね!
怖かった・・・
良美のキャラが可愛かったですwww
一票!!

綺麗ですね。ただで短編小説を読めるなんて素敵だな。って思いました。一票です。

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