ＪＭＭ(ジャパン・メール・メディア)のメルマガで12/18配信分で「海角七號」取り上げられていましたのでご紹介します。本来なら《海角七號》でのほうがいいんでしょうが、こちらで紹介したい気分だったので。
http://
「海角七號」
「『海角七號』、もう見た？」
１２月初めの台北の日差しは暖かく、やわらかく、街ではコートに身を包んだ人の
姿は見かけるものの、すでに夜間には零下の気温になる北京からやってきたわたしに
はＴシャツにカーディガンだけで十分だった。今回、そんなおだやかな気候のもとで
育ってきたはずの、台湾人の知り合いの多くに必ずといってよいほどこうきかれた。
８月下旬に封切られたこの映画は、このときすでに興行額が５億新台湾ドル（約１
３億４千万円）に近づき、台湾映画の興行記録を塗り替えて大きな話題になってい
た。いや、話題となっていたのは興行額だけではなく、一人で何回も見に行った（わ
たしが見聞きした中での最多は１８回！）り、おじいちゃんおばあちゃんから小さな
子供たちまで久しぶりに一家総出で見ることができる映画と言われるそのフィーバー
ぶりだった。
台湾と言えば、昨年末の「宝島実感！」
（http://
が、昨年のちょうど今頃の台湾の関心事は「選挙」だった。いや、それは実際には人
々の口に上る「話のタネ」というより、「どんなに親しい友人同士でも支持政党によ
るレッテル貼りで決裂することも珍しくない」と語った友人の言葉通り、そこには
「気になるものの口にできない」という閉塞感が漂っていた。それが今年は、「『海
角七號』を海賊版で見たとでも言おうものなら、『なぜ台湾映画界の興行を支持しな
い？』とファンに怒られる」という、ソフトな話題に取って代わられていた。
中国側からメディアを通じて観察していると、台湾ではここ１年間、執政党の交
代、前政府トップの汚職摘発、中国との歩み寄り、そして中国の訪台代表に対する激
しい抗議活動、と激しい動きが続き、まだまだ内部分裂、衝突と喧騒が続いているか
と思いきや、実際にこの地に立ってみると、個人の政治指向はともかく、社会として
の落ち着きを取り戻しつつあるように感じられた。
そしてそんな、社会再構築の重要なネジの一つとして出現したのが、間違いなくこ
の「海角七號」だった。
映画は、 日本人の台湾映画ファンならすんなりと入っていけるだろう、日本語の
ナレーションから始まる。台湾人観客の中には、映画が始まって一番に耳に飛び込ん
でくるのがこの日本語の、決して短くないナレーションだったので戸惑った、という
人もいたらしい。それは６０年前、日本人男性教師が台湾から日本へ向かう引揚船の
上で、残してきた台湾人の恋人に宛てて書いた手紙だった。そこから画面が切り替わ
ると、真夜中の都会の片隅で今度は「くそったれ、台北め！」という、国語（北京
語）のセリフが響き、激しいバイクの爆音が響く。かと思うと、今度はのどかな台湾
の農村風景をうゎんうゎんと走るバイクにまたがり、老人がフンフンと鼻を鳴らしな
がら、「わらべぇは見〜た〜りぃ〜、野中のバ〜ラぁぁぁ」と歌う。
こうして、映画は６０年前の引揚船で恋人に宛てて書かれた手紙のナレーションが
ちりばめられる中、台湾南部の都市・恒春に戻ってきた元バンド坊主の生活が描かれ
る。大都会・台北から明らかに夢破れて故郷に戻ってきた若者は何に対してもふてく
されているし、原住民の警官と殴り合いになったり、仕事もいいかげん。そして、い
かにも田舎の名士といった羽振りをきかせる、母の再婚相手も気に食わない。しか
し、この田舎の名士もなかなかの理想家で、街が次々とよそ者によって開発されるの
を快く思っておらず、無理やり「在地化」（地元化）を目指して主人公を巻き込んで
地元バンドを作ろうとひと悶着を起こす。そこに日本人女性がかかわり、ストーリー
としては単純、はちゃめちゃコメディといえるだろう。
出演者も監督も一般にはほぼ無名のこの映画は、封切りされた最初の週こそ、監督
自身が「資金の抵当に入れた家を手放すしかないな」と思い、かかわったスタッフも
「未払いの報酬は回収できないな、こりゃ」とあきらめたというほどの成績だった。
それが二週目には興行成績が８９％アップ、三週目にはさらに７０％アップ、四週目
には６３％アップ、そして五週目には７０％アップ……と、あれよあれよと口コミを
通じて興行ランキングを駆け上り、人々の間で「『海角七號』、もう見た？」が挨拶
代わりになった。
「『海角七號』が人々を感動させたのは、それが台湾社会にある種の心理的な共鳴を
引き起こしたからだ。主人公は台湾人と日本人で、この二人の恋愛は過去の政治的な
関係によって捻じ曲げられるどころか、昔の人たちが成就させられなかった愛情に触
発される。今の台湾では、本省だの外省だのといった出自分けによる恨みつらみを挑
発する連中が、多くの人々の人間関係に微妙な変化を引き起こしている。特に選挙の
時には、夫婦のいさかいや友人との絶交、親戚との反目など、すでに険悪なまでに
なっている。『海角七號』はそんな時に台湾人に一つ飛び越えた啓発をもたらし、個
人の命は必ずしも集団の付属品ではないことを主張した。まさにそんな、心の底に生
んだ共鳴が５億新台湾ドルもの成績を生んだのだ」（「『海角七號』の風は大陸には
吹かないのか？」中央日報・１２月４日）
ここで触れられている「外省」と「本省」とは、もともと台湾省という行政区分に
置かれていた台湾島に、中国共産党（１９４９年に中華人民共和国を建国）との政権
争いに破れて敗走してきた中国国民党（＝中華民国政府）とともに中国大陸から流れ
込んできた「省外出身者」と、以前からの住民「本省内出身者」を分ける呼び方であ
る。その後、大陸への反攻をにらんで「戦時下」を理由に台湾島内で厳しい弾圧体制
を敷いた国民党政府系の既得権者「外省人」に対して「本省人」が反発し、そのあつ
れきは長年にわたって続いてきた。
国民党政府による執政に反対し、台湾独立を主張する民進党が力を伸ばしたのも、
そんな「本省人」たちの支持を獲たからだった。ただ、民進党が地下組織から政党化
したのは、１９８０年代に国民党の蒋経国・元総統が民主化を推進したことが前提に
あり、戦時体制から自由、民主化された現代台湾社会への変転は必ずしも一方的な力
量だけで実現したわけではない。さらに国民党が敗走してきた時代からすでに５０年
以上が経ち、戸籍上は大陸の父祖の地出身となっているが実際には台湾生まれ台湾育
ちの世代が育っていることも、昨今の「本省」と「外省」の関係を複雑化させている。
南部を舞台に描かれる「海角七號」には外省人は出現せず、原住民、さらには客家
人という位置づけの人々が登場する。原住民とは、１７世紀以前に大陸から台湾へ
移ってきた「本省人」漢族よりも前からこの土地で暮らすポリネシア系の人たちで、
日本統治時代には「高砂族」と呼ばれていた。さらに客家人とは、やはり１７世紀ご
ろに移ってきた漢族のグループだが、現在の福建省や広東省地域を出身地とする漢族
「本省人」とは別のグループと見なされている。つまり、台湾の人口は出自や文化
バックグラウンドから本省人、外省人、客家人、原住民の四つに分けられ、もともと
農耕社会の、つまり土地の利用がそのまま利益にかかわる島でこの四グループが暮ら
すうちに利益配分を巡っての対立があった。
映画ではそこに台湾を５０年間統治した「日本人」のグループがそこに出現する。
植民地統治時代にやってきて敗戦を迎え、恋人を台湾に残して旅立つ男と、「こんな
とこ、やだ！ もう日本に帰る」が口癖の女性とバンド坊主という、時代を超えた二
つの日台間のロマンスが対照的に描かれる。わたしにとってちょっと興味深かったの
は、戦時を生きながらやわらかい口調で語りかける日本人男性のナレーションと、こ
とあるごとにかんしゃくを起こして怒鳴ってばかりの現代日本人女性という対比も、
ある意味、中華社会における潜在的な日本イメージとは違う取り合わせだったことだ。
魏徳聖監督は、これらのさまざまな文化的背景を持つグループを組み合わせたこと
についてこう語る。
「これは無念を晴らす話なのです。最初のシーンで范逸臣（バンド坊主役）がギター
を叩き壊して『くそったれ、台北！』と叫ぶ。あれはすべてのさすらい人たちの気持
ちなんです。ぼくも南部から出てきて台北で仕事をしている。希望に満ちて台北に
やってきたのに、毎日失望や絶望に直面して、何度も離れようと思ったことがありま
す。人生の最初のチャンスをきちんとつかみとれない人は、次のチャンスにどう向か
うのか？ ６０年前の日本人教師も、夢を抱いて生きる小市民も、それぞれの人生に
おける無念をどうやって晴らしていくのか。『海角七號』が語っているのは、夢を捨
てたことがある人がその無念を晴らし、愛を失ったことのある人がまた許されて包み
込まれていく、そんなお話なのです」（「海角七號は新たな台湾映画時代である」亜
洲週刊・９月２８日）
台湾人観客はこのような人物の出自以外にも、さらに多くの台湾に見られる対立ポ
イントがこの映画に組み込まれていることを見抜いている。
「中日関係という大きな脈絡以外に、映画にはたびたび矛盾が交錯していて、たとえ
ば台湾のローカル化という『都市と地方の関係』（映画で主人公が台北を罵るシー
ン、恒春がよそ者に開発される現状）、宗教信仰（原住民信仰、キリスト教、仏教、
馬祖＜航海神＞信仰）、新旧の観念（登場人物の一人が語る、カエルの多夫一妻
制）、そして現代と古典芸術のぶつかり合い（『国宝』を自認する老人の月琴とロッ
クミュージック）、さらには派手派手しいローカルな政治生態（『民意代表』を名乗
る名士役の正邪不明の役まわり）が入り乱れる。これらのすべてが監督によってそこ
に軽々と詰め込まれ、恒春という南部の街をまるで『地球村』のように仕立て上げ、
グローバル化の時代において回避することのできない社会文化の衝突と融合を描き出
している」（「金馬賞は『海角七號』を見くびってはならない」魏英傑ブログ・１２
月８日）
そしてここで語られるグローバル化という世界的な大前提の前に、台湾が直面して
いるのが台湾海峡を挟んだ対岸、中国との関係である。
この映画の人気に注目した馬英九・台湾総統は、今年１１月に台湾を訪問した、中
台「民間」交流窓口機関の中国側トップである陳雲林・海峡両岸関係協会会長の滞在
スケジュールに「海角七號」鑑賞を組み込んだ。中国大陸とは違う「台湾人意識」を
アピールしようというわけだ。また、メディアを通じて台湾でのフィーバーぶりはす
でに大陸の若者たちにも伝わっており、中国トップの訪台という政治的な話題ととも
に陳氏がこの作品をどう見たのか、そこから「海角七號」の中国公開がいつになるの
か、日本人への思慕を描いた作品がどのように紹介されるのかという点に関心が集ま
り始めた。
「多くの大陸の友人が、なぜ台湾人はこの映画をそんなに好きなの？と尋ねてきた。
わたしからすれば、そこに描かれている自動車修理工や民意代表、そして原住民の警
察や月琴を弾く『国宝』爺さんなど多くの小市民のしぐさや言葉、そして彼らが見せ
る純真さには、多くの、本当に多くの台湾人の姿が投影されていて、わたしたちはこ
の映画に素敵な夢を見た。主人公と舞台に上がって歌い、夢を実現させ、あの何十年
も宛先に届かなかった手紙に無念の愛を届けられた、それだけのこと。台湾独立とな
んの関係があるっていうの？ 日本が毒ガス弾を残したことなんて関係ない。少なく
とも、わたしたち台湾人はこの映画を見ているときに、そんなこと、連想すらもしな
いわ」（「海角七號と毒草の関係」胡同に暮らす台湾娘のブログ・１１月１７日）
映画は１１月下旬に香港で封切られ、話題を呼ぶ一方で、中国での公開は遅遅とし
て発表されていない。１２月初めには陳雲林氏自らが中国政府内部での会議で「あれ
は皇民意識の強い映画であり、中国大陸の観客の反感を呼び、中台間の意識対立を引
き起こす可能性があるので、中台の現状に不安をもたらす」と語ったとメディアで伝
えられた。やはり上映されずじまいかとも思われたが、今週に入ってから中国政府の
台湾事務担当機関スポークスマンがその報道を「根も葉もないこと」と否定し、「積
極的に上映に向けての許可手続きを進めている」と語り、巷では今月２６日がそのＸ
デーとなるだろうといわれている（しかし、今に至るも映画会社は何も語らず、もち
ろん、プロモーションも行われていない）。
もし、上映がかなえば、中国大陸の人々はどうこの映画を見るだろう。すでに「海
角七號」を見た（どうやって？）、中国の人気ブロガー王小峰はこう綴っている。
「興行成績が良かったからどうしたって？ 政治的な意味は表面的な記号でしかな
い。どこのアホが映画を見るときに政治のことばっかり考えてるんだ？ 病気だよ、
そいつは。我われ大陸だって刀郎（郷土色豊かな中国人ポップス歌手）が好きなん
だ。でも、みんなかっこつけやがって、自分の文化的プライバシーがばれるのが怖く
てラヴェルが好きだと言い張っている。だから、ぼくらのところでは興行成績が良く
ても、中身は空っぽだ。ぼくらの文化には帰属感がない。母親を持たない、あるいは
継母の文化みたいなものさ。ぼくらには台湾人の青春謳歌は真似できない。ぼくらに
も青春はあったけど、ただ謳歌する前にぶち壊されてしまっただけ。王朔（中国の流
行作家）が言っているじゃないか、『青春の歳月は河のようだ、流れ流れて泥沼にな
る』って。純真なものなんてそこにはありゃしない。映画『奮闘』がなぜあれほどひ
どいストーリーだったのか、ひどい映画だったのか、ひどい演技だったのか。それは
ぼくらの側の人間は青春についてなにも知らないからだ。ぼくらの青春には未来がな
いんだから、『テーブルの向こうのキミ』や『青春時代』なんていういわゆる青春
ポップスですら魂が欠けてるんだよ」（「青春のない青春期」王小峰ブログ・１１月
８日）
巨大な人口の大きな土地とそのわずか一都市分の人口しか持たない島。中国と台湾
を隔てているのは、数字で表せる問題だけではない。
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「海角七號」
「『海角七號』、もう見た？」
１２月初めの台北の日差しは暖かく、やわらかく、街ではコートに身を包んだ人の
姿は見かけるものの、すでに夜間には零下の気温になる北京からやってきたわたしに
はＴシャツにカーディガンだけで十分だった。今回、そんなおだやかな気候のもとで
育ってきたはずの、台湾人の知り合いの多くに必ずといってよいほどこうきかれた。
８月下旬に封切られたこの映画は、このときすでに興行額が５億新台湾ドル（約１
３億４千万円）に近づき、台湾映画の興行記録を塗り替えて大きな話題になってい
た。いや、話題となっていたのは興行額だけではなく、一人で何回も見に行った（わ
たしが見聞きした中での最多は１８回！）り、おじいちゃんおばあちゃんから小さな
子供たちまで久しぶりに一家総出で見ることができる映画と言われるそのフィーバー
ぶりだった。
台湾と言えば、昨年末の「宝島実感！」
（http://
が、昨年のちょうど今頃の台湾の関心事は「選挙」だった。いや、それは実際には人
々の口に上る「話のタネ」というより、「どんなに親しい友人同士でも支持政党によ
るレッテル貼りで決裂することも珍しくない」と語った友人の言葉通り、そこには
「気になるものの口にできない」という閉塞感が漂っていた。それが今年は、「『海
角七號』を海賊版で見たとでも言おうものなら、『なぜ台湾映画界の興行を支持しな
い？』とファンに怒られる」という、ソフトな話題に取って代わられていた。
中国側からメディアを通じて観察していると、台湾ではここ１年間、執政党の交
代、前政府トップの汚職摘発、中国との歩み寄り、そして中国の訪台代表に対する激
しい抗議活動、と激しい動きが続き、まだまだ内部分裂、衝突と喧騒が続いているか
と思いきや、実際にこの地に立ってみると、個人の政治指向はともかく、社会として
の落ち着きを取り戻しつつあるように感じられた。
そしてそんな、社会再構築の重要なネジの一つとして出現したのが、間違いなくこ
の「海角七號」だった。
映画は、 日本人の台湾映画ファンならすんなりと入っていけるだろう、日本語の
ナレーションから始まる。台湾人観客の中には、映画が始まって一番に耳に飛び込ん
でくるのがこの日本語の、決して短くないナレーションだったので戸惑った、という
人もいたらしい。それは６０年前、日本人男性教師が台湾から日本へ向かう引揚船の
上で、残してきた台湾人の恋人に宛てて書いた手紙だった。そこから画面が切り替わ
ると、真夜中の都会の片隅で今度は「くそったれ、台北め！」という、国語（北京
語）のセリフが響き、激しいバイクの爆音が響く。かと思うと、今度はのどかな台湾
の農村風景をうゎんうゎんと走るバイクにまたがり、老人がフンフンと鼻を鳴らしな
がら、「わらべぇは見〜た〜りぃ〜、野中のバ〜ラぁぁぁ」と歌う。
こうして、映画は６０年前の引揚船で恋人に宛てて書かれた手紙のナレーションが
ちりばめられる中、台湾南部の都市・恒春に戻ってきた元バンド坊主の生活が描かれ
る。大都会・台北から明らかに夢破れて故郷に戻ってきた若者は何に対してもふてく
されているし、原住民の警官と殴り合いになったり、仕事もいいかげん。そして、い
かにも田舎の名士といった羽振りをきかせる、母の再婚相手も気に食わない。しか
し、この田舎の名士もなかなかの理想家で、街が次々とよそ者によって開発されるの
を快く思っておらず、無理やり「在地化」（地元化）を目指して主人公を巻き込んで
地元バンドを作ろうとひと悶着を起こす。そこに日本人女性がかかわり、ストーリー
としては単純、はちゃめちゃコメディといえるだろう。
出演者も監督も一般にはほぼ無名のこの映画は、封切りされた最初の週こそ、監督
自身が「資金の抵当に入れた家を手放すしかないな」と思い、かかわったスタッフも
「未払いの報酬は回収できないな、こりゃ」とあきらめたというほどの成績だった。
それが二週目には興行成績が８９％アップ、三週目にはさらに７０％アップ、四週目
には６３％アップ、そして五週目には７０％アップ……と、あれよあれよと口コミを
通じて興行ランキングを駆け上り、人々の間で「『海角七號』、もう見た？」が挨拶
代わりになった。
「『海角七號』が人々を感動させたのは、それが台湾社会にある種の心理的な共鳴を
引き起こしたからだ。主人公は台湾人と日本人で、この二人の恋愛は過去の政治的な
関係によって捻じ曲げられるどころか、昔の人たちが成就させられなかった愛情に触
発される。今の台湾では、本省だの外省だのといった出自分けによる恨みつらみを挑
発する連中が、多くの人々の人間関係に微妙な変化を引き起こしている。特に選挙の
時には、夫婦のいさかいや友人との絶交、親戚との反目など、すでに険悪なまでに
なっている。『海角七號』はそんな時に台湾人に一つ飛び越えた啓発をもたらし、個
人の命は必ずしも集団の付属品ではないことを主張した。まさにそんな、心の底に生
んだ共鳴が５億新台湾ドルもの成績を生んだのだ」（「『海角七號』の風は大陸には
吹かないのか？」中央日報・１２月４日）
ここで触れられている「外省」と「本省」とは、もともと台湾省という行政区分に
置かれていた台湾島に、中国共産党（１９４９年に中華人民共和国を建国）との政権
争いに破れて敗走してきた中国国民党（＝中華民国政府）とともに中国大陸から流れ
込んできた「省外出身者」と、以前からの住民「本省内出身者」を分ける呼び方であ
る。その後、大陸への反攻をにらんで「戦時下」を理由に台湾島内で厳しい弾圧体制
を敷いた国民党政府系の既得権者「外省人」に対して「本省人」が反発し、そのあつ
れきは長年にわたって続いてきた。
国民党政府による執政に反対し、台湾独立を主張する民進党が力を伸ばしたのも、
そんな「本省人」たちの支持を獲たからだった。ただ、民進党が地下組織から政党化
したのは、１９８０年代に国民党の蒋経国・元総統が民主化を推進したことが前提に
あり、戦時体制から自由、民主化された現代台湾社会への変転は必ずしも一方的な力
量だけで実現したわけではない。さらに国民党が敗走してきた時代からすでに５０年
以上が経ち、戸籍上は大陸の父祖の地出身となっているが実際には台湾生まれ台湾育
ちの世代が育っていることも、昨今の「本省」と「外省」の関係を複雑化させている。
南部を舞台に描かれる「海角七號」には外省人は出現せず、原住民、さらには客家
人という位置づけの人々が登場する。原住民とは、１７世紀以前に大陸から台湾へ
移ってきた「本省人」漢族よりも前からこの土地で暮らすポリネシア系の人たちで、
日本統治時代には「高砂族」と呼ばれていた。さらに客家人とは、やはり１７世紀ご
ろに移ってきた漢族のグループだが、現在の福建省や広東省地域を出身地とする漢族
「本省人」とは別のグループと見なされている。つまり、台湾の人口は出自や文化
バックグラウンドから本省人、外省人、客家人、原住民の四つに分けられ、もともと
農耕社会の、つまり土地の利用がそのまま利益にかかわる島でこの四グループが暮ら
すうちに利益配分を巡っての対立があった。
映画ではそこに台湾を５０年間統治した「日本人」のグループがそこに出現する。
植民地統治時代にやってきて敗戦を迎え、恋人を台湾に残して旅立つ男と、「こんな
とこ、やだ！ もう日本に帰る」が口癖の女性とバンド坊主という、時代を超えた二
つの日台間のロマンスが対照的に描かれる。わたしにとってちょっと興味深かったの
は、戦時を生きながらやわらかい口調で語りかける日本人男性のナレーションと、こ
とあるごとにかんしゃくを起こして怒鳴ってばかりの現代日本人女性という対比も、
ある意味、中華社会における潜在的な日本イメージとは違う取り合わせだったことだ。
魏徳聖監督は、これらのさまざまな文化的背景を持つグループを組み合わせたこと
についてこう語る。
「これは無念を晴らす話なのです。最初のシーンで范逸臣（バンド坊主役）がギター
を叩き壊して『くそったれ、台北！』と叫ぶ。あれはすべてのさすらい人たちの気持
ちなんです。ぼくも南部から出てきて台北で仕事をしている。希望に満ちて台北に
やってきたのに、毎日失望や絶望に直面して、何度も離れようと思ったことがありま
す。人生の最初のチャンスをきちんとつかみとれない人は、次のチャンスにどう向か
うのか？ ６０年前の日本人教師も、夢を抱いて生きる小市民も、それぞれの人生に
おける無念をどうやって晴らしていくのか。『海角七號』が語っているのは、夢を捨
てたことがある人がその無念を晴らし、愛を失ったことのある人がまた許されて包み
込まれていく、そんなお話なのです」（「海角七號は新たな台湾映画時代である」亜
洲週刊・９月２８日）
台湾人観客はこのような人物の出自以外にも、さらに多くの台湾に見られる対立ポ
イントがこの映画に組み込まれていることを見抜いている。
「中日関係という大きな脈絡以外に、映画にはたびたび矛盾が交錯していて、たとえ
ば台湾のローカル化という『都市と地方の関係』（映画で主人公が台北を罵るシー
ン、恒春がよそ者に開発される現状）、宗教信仰（原住民信仰、キリスト教、仏教、
馬祖＜航海神＞信仰）、新旧の観念（登場人物の一人が語る、カエルの多夫一妻
制）、そして現代と古典芸術のぶつかり合い（『国宝』を自認する老人の月琴とロッ
クミュージック）、さらには派手派手しいローカルな政治生態（『民意代表』を名乗
る名士役の正邪不明の役まわり）が入り乱れる。これらのすべてが監督によってそこ
に軽々と詰め込まれ、恒春という南部の街をまるで『地球村』のように仕立て上げ、
グローバル化の時代において回避することのできない社会文化の衝突と融合を描き出
している」（「金馬賞は『海角七號』を見くびってはならない」魏英傑ブログ・１２
月８日）
そしてここで語られるグローバル化という世界的な大前提の前に、台湾が直面して
いるのが台湾海峡を挟んだ対岸、中国との関係である。
この映画の人気に注目した馬英九・台湾総統は、今年１１月に台湾を訪問した、中
台「民間」交流窓口機関の中国側トップである陳雲林・海峡両岸関係協会会長の滞在
スケジュールに「海角七號」鑑賞を組み込んだ。中国大陸とは違う「台湾人意識」を
アピールしようというわけだ。また、メディアを通じて台湾でのフィーバーぶりはす
でに大陸の若者たちにも伝わっており、中国トップの訪台という政治的な話題ととも
に陳氏がこの作品をどう見たのか、そこから「海角七號」の中国公開がいつになるの
か、日本人への思慕を描いた作品がどのように紹介されるのかという点に関心が集ま
り始めた。
「多くの大陸の友人が、なぜ台湾人はこの映画をそんなに好きなの？と尋ねてきた。
わたしからすれば、そこに描かれている自動車修理工や民意代表、そして原住民の警
察や月琴を弾く『国宝』爺さんなど多くの小市民のしぐさや言葉、そして彼らが見せ
る純真さには、多くの、本当に多くの台湾人の姿が投影されていて、わたしたちはこ
の映画に素敵な夢を見た。主人公と舞台に上がって歌い、夢を実現させ、あの何十年
も宛先に届かなかった手紙に無念の愛を届けられた、それだけのこと。台湾独立とな
んの関係があるっていうの？ 日本が毒ガス弾を残したことなんて関係ない。少なく
とも、わたしたち台湾人はこの映画を見ているときに、そんなこと、連想すらもしな
いわ」（「海角七號と毒草の関係」胡同に暮らす台湾娘のブログ・１１月１７日）
映画は１１月下旬に香港で封切られ、話題を呼ぶ一方で、中国での公開は遅遅とし
て発表されていない。１２月初めには陳雲林氏自らが中国政府内部での会議で「あれ
は皇民意識の強い映画であり、中国大陸の観客の反感を呼び、中台間の意識対立を引
き起こす可能性があるので、中台の現状に不安をもたらす」と語ったとメディアで伝
えられた。やはり上映されずじまいかとも思われたが、今週に入ってから中国政府の
台湾事務担当機関スポークスマンがその報道を「根も葉もないこと」と否定し、「積
極的に上映に向けての許可手続きを進めている」と語り、巷では今月２６日がそのＸ
デーとなるだろうといわれている（しかし、今に至るも映画会社は何も語らず、もち
ろん、プロモーションも行われていない）。
もし、上映がかなえば、中国大陸の人々はどうこの映画を見るだろう。すでに「海
角七號」を見た（どうやって？）、中国の人気ブロガー王小峰はこう綴っている。
「興行成績が良かったからどうしたって？ 政治的な意味は表面的な記号でしかな
い。どこのアホが映画を見るときに政治のことばっかり考えてるんだ？ 病気だよ、
そいつは。我われ大陸だって刀郎（郷土色豊かな中国人ポップス歌手）が好きなん
だ。でも、みんなかっこつけやがって、自分の文化的プライバシーがばれるのが怖く
てラヴェルが好きだと言い張っている。だから、ぼくらのところでは興行成績が良く
ても、中身は空っぽだ。ぼくらの文化には帰属感がない。母親を持たない、あるいは
継母の文化みたいなものさ。ぼくらには台湾人の青春謳歌は真似できない。ぼくらに
も青春はあったけど、ただ謳歌する前にぶち壊されてしまっただけ。王朔（中国の流
行作家）が言っているじゃないか、『青春の歳月は河のようだ、流れ流れて泥沼にな
る』って。純真なものなんてそこにはありゃしない。映画『奮闘』がなぜあれほどひ
どいストーリーだったのか、ひどい映画だったのか、ひどい演技だったのか。それは
ぼくらの側の人間は青春についてなにも知らないからだ。ぼくらの青春には未来がな
いんだから、『テーブルの向こうのキミ』や『青春時代』なんていういわゆる青春
ポップスですら魂が欠けてるんだよ」（「青春のない青春期」王小峰ブログ・１１月
８日）
巨大な人口の大きな土地とそのわずか一都市分の人口しか持たない島。中国と台湾
を隔てているのは、数字で表せる問題だけではない。
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コメント(2)
Kumiさん
御紹介ありがとうございます！
先週末、台湾に行く直前に、友人がこのメルマガのことを教えてくれたので、非常に興味深く読んだところでした。
この記事でも指摘されているように、「海角七號」は、一見、気楽な娯楽映画にみえるけれど、実に深い論点を包含する作品だと思います。これは見た人は、それぞれの立場やレベルで、さまざまなことを語りあいたくなるんです。ある人は実体験にもとづいて、またある人は観念的に・・・。
「海角七號」はもはや、台湾の文化&社会現象になっているので、この映画が含んでいる内容もそうですが、この映画をいかに台湾の民衆が受け止めたのか、映画がどのような影響を与え、どのように論じられたのか、という分析や研究が今後いろいろ発表されるであろうと期待しています。
御紹介ありがとうございます！
先週末、台湾に行く直前に、友人がこのメルマガのことを教えてくれたので、非常に興味深く読んだところでした。
この記事でも指摘されているように、「海角七號」は、一見、気楽な娯楽映画にみえるけれど、実に深い論点を包含する作品だと思います。これは見た人は、それぞれの立場やレベルで、さまざまなことを語りあいたくなるんです。ある人は実体験にもとづいて、またある人は観念的に・・・。
「海角七號」はもはや、台湾の文化&社会現象になっているので、この映画が含んでいる内容もそうですが、この映画をいかに台湾の民衆が受け止めたのか、映画がどのような影響を与え、どのように論じられたのか、という分析や研究が今後いろいろ発表されるであろうと期待しています。
Kumiさん 今このトピに気が付きました。遅すぎっ。が、むんむんうなづきながら感慨深く眺めさせていただきました。
海角七號、すぐれた娯楽映画だと思います。ストーリーも至極単純明快。なのに、見るたびに違う感動が沸き起こるのですね。
台湾に来る前から、私の周囲には台湾びいきの方が多く、台湾のことはたくさん教えてもらっていました。ここへ来て、なるほどその通りだと思うことも、実はちょっと違うんだなと思うこともたくさん見つめてきましたが、知れば知るほど台湾を好きになると言うのが実情。ようやく台湾に対する温かい気持ちが固まってきた時に見たこの映画は、ほんっとうに生涯忘れ得ない映画になりましたです。
まだ台湾のことをすっかりわかりきってはいないものの、「台湾」がまるごと2時間ちょっとのフィルムに収められている、そんな風に思いました。
香港、シンガポールでも成功を収めている模様。あとは、日本。この映画は必ず日本に行かなくちゃいけません。たくさんの日本の人に見てもらいたい。
単純に「台湾=親日」で語りきれない複雑な台湾を、日本の人に見てもらいたいのですよ。
海角七號、すぐれた娯楽映画だと思います。ストーリーも至極単純明快。なのに、見るたびに違う感動が沸き起こるのですね。
台湾に来る前から、私の周囲には台湾びいきの方が多く、台湾のことはたくさん教えてもらっていました。ここへ来て、なるほどその通りだと思うことも、実はちょっと違うんだなと思うこともたくさん見つめてきましたが、知れば知るほど台湾を好きになると言うのが実情。ようやく台湾に対する温かい気持ちが固まってきた時に見たこの映画は、ほんっとうに生涯忘れ得ない映画になりましたです。
まだ台湾のことをすっかりわかりきってはいないものの、「台湾」がまるごと2時間ちょっとのフィルムに収められている、そんな風に思いました。
香港、シンガポールでも成功を収めている模様。あとは、日本。この映画は必ず日本に行かなくちゃいけません。たくさんの日本の人に見てもらいたい。
単純に「台湾=親日」で語りきれない複雑な台湾を、日本の人に見てもらいたいのですよ。
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