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あいだーぬんリレー小説コミュの魔法の闇鍋『ラ・ヴェファーナ』/前(個)

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「ああ、寒い!」
 自己暗示をしているわけではないけれど、思わず叫んでしまう言葉。風は冷たく、指先が冷えて、身体もぶるぶる。手袋をすればよかったのだろうけれど、出かけるときはいつも忘れてしまう。
 指先に息を吹きかけながら、急いで大通りを駆け抜ける。箒を持って出なかったから、空は飛べない。もっとも、こんな寒い日じゃ、風に当たっていられないけれどね。
 寒さにも負けずに活気のある商店街を抜けて、小さな裏路地に入る。身体を横にしないと入り込めないような狭い道をすり抜けて、愛しの我が家へ。
 古めかしくて重々しい扉の上には、『魔法の闇鍋』という文字。ここがわたしの家。『あなたの望むもの、なんでも取り揃えています』という言葉を売り文句に営業中。
 扉を開けると、幾つも取り付けられている鈴がちゃらちゃらと心地よい音を立てる。この音が好き。聖夜に似合うと思わない?
「ファンタズマ! お客さん来た?」
 埃を被った大きな箪笥や、針が逆回転を始めた壁掛けの古時計。テーブルには禍々しいかたちの壷が揃えられて、壁際は一面に新旧様々な書物の戸棚。大事な商品の間をすり抜けて、暖炉の炎が暖かな、奥の部屋へ。事務室兼寝室。
 ベッドの上で丸くなっていたファンタズマ──わたしの相棒、黒猫三歳オス──は、あくびをしてしっぽをゆらりと立てた。
「来るわけないじゃないか。誰もこんな寒い日に朝からこんな怪しい店に近づかないよ」
「もうお昼も過ぎて、日が暮れそうよ! 本当に、ちゃんと店番してたの?」
 ファンタズマを横目に見遣りながら、暖炉の前に椅子を置いて腰掛ける。暖炉に両手をかざして、吐息をふーふー吹きかけた。
「していたよ。少しくらい眠っていたかもしれないけれどね、うん」
「火をつけたまま寝ないでよ。火事になっちゃったらどうする気!」
「怒らないでくれよ」
 ファンタズマはあくびをして、もぞもぞと丸くなった。そのまま目を閉ざしてしまう。
「もう……聖夜なのよ? わかる? ワイナハテン聖夜! 色々な人達が、恋人に、家族に、プレゼントを贈るすてきな日なのよ!」
 椅子から立ち上がって、ファンタズマを見下ろす。彼は目も開けずに、あくびをしている。
「ねえ、聞いているの。ファンタズマ。きっと今日こそは、お客さんがたくさん来るに違いないわ。わたし、もう、朝からレストランで働いてくたくた……それもこれも、売り上げが悪いからよ。どうしてお客さん、来ないのかなぁ」
「場所が悪いんじゃない?」
 ファンタズマは眠ったまま答えた。なるほど、と頷く。
「確かに、それもあるかもね。この場所、裏通りの更に裏通りだもの。でも、宣伝するようなお金もないし……オーバーダウンタイムズ紙に広告を載せるお金もないのよ」
「なら仕方ないよ、うん」
 ファンタズマはひとりで納得して、眠ってしまう。
「もう。ファンタズマったら……」
 幸せそうな黒猫にくるりと背を向けて、窓の外に視線を移してみる。狭い通りが見えるけれど、外はやっぱり寒そうで、道を歩くひとも数少ない。近くのアパートの石壁を眺めて、思わず溜息。
「もう、恋人達が寄り添うすてきな日に、どうしてわたし、一人で溜息なんかついているのかしら」
「恋人がいないからさ」
 ソファの上にあったクッションを、黒猫目掛けて投げつける。
「にゃっ!」
 妙な声を発して、ファンタズマは青いクッションに埋もれた。窒息死しないように、お気をつけて。
 にゃふー! と喚いているファンタズマを無視して、お店のカウンタに戻る。椅子に腰掛けて、カウンタの上に置いていた読みかけの小説を手に取った。頬杖をついて、ぱらぱらと捲りながら、読書をしながら店番開始。
 こうして一日が何事もなく過ぎていくこともあるのだけれど、幸いここには山のように書物があるから、暇に困ることはない。困ることといったら、生活費くらい。アルバイトをしているし、贅沢もしないから、今のところ、飢え死にするってことはなさそう、だけれどね。
 でも、お客さんが来ないと、やっぱり退屈。わたしがこのお店を開いたのだって、お客さんと楽しく会話をしながら、色々な品物について、教えたり、教えてもらったりして……うん、とにかく、ひとと話をするのが好きなんだ。
 だから、こうもお客さんが来ないと……。
 扉が開かれて、ちゃらららん、と心地よい鈴の音が、いつ響くものかと待ち構えている。待ち構えてしまうと、本を読むのがなかなか進まなくなっちゃうけれど。早く鳴らないかなぁ。
 ちゃらららん。
 そうそう、そんな感じに、ね。
「フローエ・ワイナハテン」
 静かで、けれどよく響く声が届く。
「……あ」
 わたしは急いで顔をあげた。戸口のところに、若い女性が立っている。わたしと歳は変わらないかもしれない。十六歳くらいで、深紅のワンピースドレスを着ていた。赤い長靴下と長手袋に四肢を包んでいる。肩に流れる髪は亜麻色。すてきなファッションだ。
 慌てて立ち上がって、お客さんに一礼。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか?」
 がちゃり、と扉を閉めて、お客さんがカウンタまで近づく。彼女はにこにこと微笑みながら、大きく両手を広げた。
「たくさん、たーくさん、プレゼントを探しているの。すごいいっぱい、たくさんね」
「たくさん、たーくさん?」
 小首をかしげて、わたしは店内にごちゃごちゃとしている商品達を眺めた。
「そう。たくさん、たーくさん」
「すごいいっぱい?」
「すごいいっぱい」
 お客の彼女は、にこにこと微笑んで、近くのテーブルにあった壷を手に取った。それを眺めながら言う。
「子供達にあげるのよ。だから、こういう古臭いのは駄目よ。たくさん必要で、それでね、くばって歩かないといけないから、軽いものがいいかな。それで、喜んでもらえそうなもの」
「ええっと……」
 わたしは天井を眺めた。
 どうしよう、たくさんあって、子供達に喜んでもらえそうなもの……。
 あったかなぁ……。
 お客さんに視線を戻す。彼女は期待に満ちた表情でわたしを見ていた。
「あの……えっと、おもちゃとか?」
「そう……おもちゃね……」
 赤い手袋に包まれた指先で、彼女は自身の額をこつこつと叩く。なにか考えているのかもしれない。
「おもちゃでも、いいんだけれど。うん、なにが喜んでもらえるのかなって、考えているのよ。ね、あなた、何か思いつかない? 毎年毎年、色々なものをくばっているけれど、けっこう、不安なのよね。喜んでもらえたのかなぁって」
「誰にプレゼントされるんですか? えっと、弟さんとか、妹さんとか?」
「違う違う。もっともっと、たーくさんの子供達に」
 たーくさん、のところで、彼女は大きく両手を広げた。
「たーくさん?」
 わたしも、つられて同じ仕草。
「うん……なんていったらいいのかなぁ。とにかくね、こう、見知らぬ子供達に、恵みの手を、って感じで」
「えっと……ボランティアみたいな?」
「そう、そんな感じ」
「それじゃ、うーん、あまり、お金をかけたものじゃなくて、いいのかな」
 小首をかしげて、思案。玩具の人形とか、可愛いぬいぐるみとか、そういうものは置いてあるけれど、たーくさん、というほどにはストックがない。
「お金は気にしないよ。いくらでもかけちゃうもの。ね、今日中に、たーくさん、配らないといけないの。今まで、色々なお店を見て回ったのだけれど、これって思うものがなくてね。うん、もう時間がないから、なるべく急いで、こう、なにか思いつかない?」
「うーん……」
 急かされてしまうと、頭が回転しなくなる。
 困り果てて、わたしは小首をかしげた。
 ありません、他をお探し下さい、なんて、せっかく来てくれたお客さんには、言えないもの。
 思いついた最後の手段は、プレゼントと呼ぶには、あまりにも些細なものだった。
「あの……お菓子とか、どうでしょう?」
「お菓子!?」
 お客の彼女は、高い声をあげた。怒らせてしまっただろうか。びくびく。
「お菓子……! そう、そうね! それがいいわ」
 彼女はぽふん、と、両手を重ねて、その場でくるりと回転した。赤いスカートがふわりと広がる。
「それでお菓子、ここ、置いてあるの?」
 お客さんは、少し胡散臭げに、わたしのお店を見回した。確かに、お菓子があるようには見えない。もちろん、普段はお菓子なんて、置いていないけれど……。
「あ、あの、少し、待っててくださいね」
 わたしは慌てて、ばたばたと寝室兼事務所へと戻った。ファンタズマがソファの上で、幸せそうに眠っている。まったくこの猫は、せっかくの聖夜に──まだ夜じゃないけれど──眠ってばかり。気楽なものよね。
「ファンタズマ!」
 わたしはソファを引っ張って、彼を叩き起こした。
 耳と尻尾を立ててびっくりした様子の彼が、目をぱちくりとさせた。
「どうしたんだい。雪でも降ったの?」
「違う。お客さんが来たのよ!」
「そりゃ、雪が降るより一大事だ。美人のお客さん?」
 わたしはソファでファンタズマを引っぱたく。ぼふっと音がして、にゃぅーと悲鳴があがった。
「ね、ファンタズマ。先週ビギンズさんに分けてもらったお菓子の缶、どこにあるか知らない?」
 ふにゃー、と鳴いているファンタズマを、ソファの下から救出してやる。
「キッチンじゃないかな、うん。あれ、貰ってそのままだものね。君が、いざというときの非常食にしようだなんて、不吉なことを言うからさ……」
 ソファをファンタズマの上にかぶせて、わたしはキッチンへ向かった。にゃふー! という苦しげな悲鳴を背後に聞きながら、戸棚から大きな缶を引っ張り出す。蓋を開けて確認してみると、中には様々な種類のお菓子がたくさん入ったままだ。ファンタズマがつまみ食いをしていないかどうか、少し懸念していたのだけれど。
 わたしはお菓子の缶を抱えて、お客さんのところへ急いで戻った。彼女は書棚から本を一冊取り出して、それをぱらぱらと眺めている。
「あの、もってきました。これで、足りますか?」
 缶を蓋をかぽりと開けて、彼女に差し出した。彼女は首を伸ばして、中を覗き込む。
「わぁ、すごい。たくさんあるじゃない。いいわ。これをプレゼントすることにする」
 彼女は満足そうな表情で顔をあげると、懐からお財布を取り出した。
「おいくら?」
「あ、いえ、御代は結構です」
 思わず、反射的に答えちゃった。
 なにせ、このお菓子は貰い物。貰い物を売ってお金にするなんてことしたら、神様に怒られちゃうものね。
「え、うそ、マジ? くれるの?」
 藍色の瞳をぱちくりとさせて、お客さんはわたしを不思議そうに見詰めてくる。
「えっと……あの、サービスです」
 貰い物だから、なんてことはいえなかった。流石に。
「わたしからの、プレゼント……というか、うん、ほら、子供達にプレゼントするんでしょう? それなら、わたしも嬉しいし、このお菓子も、役に立つかなって」
「ふぅん……」
 彼女は納得してくれたらしかった。お菓子の缶を両手で抱えて──なにしろ、結構大きい缶なのだ──それを抱きしめる。
「そういうことなら、あたしも、ちゃんと子供達に配るわ。……っていいたいところだけれど、今の街の子供達って、裕福な子が多いものね。他人からお菓子を貰っても、あまり喜ばないでしょうけれど……」
「はぁ……」
 小首をかしげて、曖昧に返事をする。
 何を思ったのか、彼女は深く頷いて、わたしを見つめた。
「それでね、農村部の子供達に配ろうと思うんだ。うん、決定。今決めたわ。その方がすてきでしょ」
「あの、配る子供達って、誰でもいいんですか? その、ボランティアなんですよね。教会の子達とか、孤児院の子達とかじゃなくて……?」
「あ、孤児院の子達にも、あげなきゃね!」
 彼女は嬉しそうに頷いた。
「これだけお菓子があれば、大勢の子に配れるじゃない! このお店に来て良かったわ……あ、そうそう、それでね、一つお願いがあるんだけれど。もちろんタダとは言わないわ。アルバイトよ、アルバイト。あなた、ちょっと手伝ってみない?」
「は?」
「あなた、魔女でしょ。箒で空飛べるんじゃないの? ちょっとさ、今から農村部まで行くと夜に間に合わないじゃない。ここ、都会なんだし。だからね、こう、箒でひとっとび……乗せていってくれない?」
 とんでもない仕事だ。わたしは目を丸くしてかぶりを振った。
「あ、あの、できません、そんな。空は、危ないですし……他のひとを箒に乗せるなんて」
「お願いよ」
 彼女は缶をテーブルに置いて、両手を重ねた。お願いのポーズらしい。
 わたしは慌てて片手を持ち上げた。
「あ、あの、その、すみません。その、お店を開けるわけにもいかないし……」
「どうせ誰も来ないんでしょう?」
「……ぁう」
 ……痛いところを突かれてしまう。
「ね、貧しい子も裕福な子も。良い子にも悪い子にも、プレゼント、配ってあげたいと思わない? せっかくの聖夜なのよ? 子供達に喜んでもらいたいって、思わない?」
 お客さんは、瞳を潤ませてわたしを見詰めてくる。
「あのぅ……でも……その……」
「ああ、可愛そうな子供達。寝ている間に、神様の使いがプレゼントを枕元に置いてくれる……そんな幻想を抱きながら夢に落ちて、目が覚めたときにはプレゼントは無し。さぞがっかりするでしょうね!」
 彼女は両手を天井に差し伸べて、芝居がかった動作でしみじみと述べた。
「あ、あの、わかりました。お手伝いさせていただきます」
 わたしってば、ひと良すぎ。
 せっかくお客さんがたくさん来る(かもしれない)聖夜にお店を開けなきゃならないなんて……。
「そう、良かった。ありがとう! よろしくね。あたしはヴェファーナよ」
 彼女はわたしの手を力強くとって微笑んだ。わたしは曖昧に微笑んで、名乗り返す。
「それじゃ、善は急げね。箒で飛んでも、今から農村部までじゃ、時間がかかるだろうし、さっそく行きましょう。ね?」
 わたしは暫く呆然としていたけれど、こうなってしまえばもう仕方がない。力なく頷いて、こほんと咳払いをした。
「それじゃ、あの、少し準備をしてきます」
 寝室へと戻って、わたしは黒いコートを羽織った。下に着ているのも黒いワンピース。典型的な魔女ファッションだ。立てかけてあった自作箒を片手に、眠っているファンタズマに声をかける。
「ファンタズマ。わたし、ちょっと出掛けてくるね。お店をお願い」
 ファンタズマはあくびをして、器用に片目だけを開けた。
「どこに行くのさ。この寒いのに」
「ちょっと、農村部の方まで……どれくらいかかるかわからないけれど、帰るのは夜遅くだと思う」
「ふうん……まぁいいけれどね。ひとりでいくの?」
「違う。ヴェファーナさんと。あの、お客さんなんだけれど、子供達にプレゼントを配るんですって。だから、箒で乗せていってくれないかって……」
 ファンタズマは耳をぴんと立てて、にゃぅーと鳴いた。
「そう。気をつけてね」
「うん。ファンタズマも、寝ちゃ駄目だよ。暖炉の火、冬は危ないんだから。帰ってきたらお店が全焼なんて、嫌よ」
「わかっているよ、うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます。じゃあね」

コメント(1)

字数制限に引っかかった。
後編に続く。

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