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創作ストーリー『流転恐怖』コミュの流転恐怖 第四十七話 『深山奇譚 〜悪鬼集結〜』

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 俺と朱鞠、そしてじいちゃんは廃棄された粗大ごみの中に紛れる古びた棺を囲う。護法剣をとっていった猿の手がかりが得られるからというより、また別の意味の危機感を感じたからだ。

 棺はいくつもの釘を無造作に打ち付けて閉じられ、更に鎖で何重にも巻かれている。こういったものは悪徳を働いて殺された人間が、怨霊となって蘇るのを防ぐために行なっていたとか地方伝承で聞くくらいのもので、さすがに実物を見るとは思いもしなかった。

 なんにせよ、この中に入っていたものが死体だったと判断するのはやめておこう。棺の横に明らかに中から何かが出てきた穴が開いているのだから。

 隅には汚い字…… というか、日本語を知らない奴が文字の形を真似て書いたような字で『第参號 邪視』とあった。字がところどころ間違っているので、一番それっぽい字なだけだが。

「どっかで見たような字じゃのう」

「知ってるのか、じいちゃん」

「このくそきったない書き方、見覚えがあるんじゃが……」

 じいちゃんは頭をひねらせて記憶を巡らせる。エロいことに関しては数十年前のことでも鮮明に覚えているほどの異常な記憶力を誇るが、それ以外のことについては昨日のことすら覚えてないじいちゃんだ。まったく期待はできない。

 「きゅーは何か知らないか?」 そう尋ねようとするより早く、彼女は二つの指を俺の口元に突きつける。もう片方の手で人差し指を立てて自分の唇に当てる。「静かにしろ」ということなのだろう。

 彼女は目を細め、じっと木々の奥の様子を探っている。とはいえ、夕焼け空はもう完全に夜へと代わり、まして、ここは昼ですら暗い場所だ。ランプの灯りが届かない場所は完全な闇に閉ざされている。少なくとも俺には何も見えない。

「獣の臭いに複数の足音、妖気、それにわずかだけど見える光……。何者かがここに向かってきてます」

 けれど、この山で過ごしてきた彼女には朧気ながらも捉えることができるようだ。

「ふむ、猿どもが行列をなして歩いておるのう。偉そうなのが先導して、その後を神輿みたいなものを担いだのがついてきておるようじゃな。残念じゃが雌の臭いはせんのう。むっ、あの先頭の猿はでーぶいでーを交換した猿じゃな」

「って、なんでじじいも見えるんだよ! つーか、暗闇で見えすぎだろ!」

「もう、静かにしてください! ムコオヤマ達に気付かれるでしょうが!!」

「誰か〜、おるのか〜?」

 喚き立つ俺たちへと、寒気を催すほど甲高く、それでいてしわがれた声が呼びかける。正直、心臓が止まるかというほど驚いて、急いでランプを消し、転がるようにして瓦礫に紛れる廃車の中へと潜り込む。

 少ししてから、俺たちがいた場所に何かもぞもぞと動くものがやってくる。蠢くシルエットからすると、大きさは中型犬くらいで四つん這いで歩いているようだった。二つの目がギラギラと辺りを見回す。

「まだ完全には気付かれてないみたいですね。護法剣を取り戻すまで面倒ごとはごめんです。このまま、やり過ごしましょう」

「あぁ、そうだな。……しかし、こう緊張感溢れる状況ってのはきついな」

「うむ、まったくじゃの。どうじゃ、いっそのこと闇討ちしてしまうのは?」

「何、言ってるんですか、この魔性は!」

「いいな、それ。よし、なら早速!」

「止めなさい、この馬鹿!」

 廃車から音を立てずに出ようとしたところ、朱鞠の下駄蹴りが背中に決まった。

「ぐおぉ! 一本歯が、一本歯が背中に突き刺さる! 俺はじいちゃんと違うんだよ、不死身じゃないんだよ。半分冗談なんだから全力で蹴ることないだろ」

「半分冗談って、半分本気じゃないですか!」

「おいおいおい、下駄で踏みつけるな。せ、背骨が矯正される! じゃなくて折れる!」

「ふぉっ、ふぉっ。お前もおなごに踏んでもらって喜ぶようになったか。立派に成長したのう。わしも踏んでほしいわい」

「喜んでねぇ!」

 朱鞠に踏みつけられ、うめき声と怒声が入り混じった騒ぎを起こせば、当然ながら隠れきることなどできるわけもない。

「誰か〜、おるな〜? そっちか〜?」

 暗闇に光る二つの目が、俺たちが隠れる場所を見据える。そして、バランスの悪い足場を難なくひょいひょいと跳んで俺たちのいる車の近くまでやってくる。こうなったらやはり、やるしかないかと木刀を掴む手に力が入る。だが……

「誰か〜、おるのか〜?」

 そいつはその場をくるくると回って再び問いかける。まったく灯りのない山の闇の中で隠れんぼをした相手を探し当てるのは山の妖怪でも困難のようだ。俺はほっと胸をなでおろす。

 とはいえど、まだ安心はできない。そいつはその場から離れることなく、「誰か〜、おるのか〜?」と二度、三度と繰り返す。

 このままではいずれ気付かれるかもしれない。時間が経てば、奥から来る猿達が合流するかもしれない。その可能性が破裂寸前の緊張感となり、攻めるかやり過ごすかのバランスを今にも崩そうとする。

「やはり、ここは攻めるぞ」

「この闇の中で相手に気づかれることなく一撃で仕留めきるなんて不確実すぎます」

「やはり〜、誰か〜、おるのか〜?」

 闇に光る双眸が俺たちが隠れる車へと向く。こうなったらやるしかないと再び木刀を握る手に力が篭る。

「誰か〜、そこにおるな〜?」

「誰も〜おらんぞ〜。こっちじゃ〜、ないぞ〜」

 闇に紛れて奇襲を行うより先にじじいは同じような口調で答えるのだった。すかさず俺の木刀の突きと朱鞠の蹴りがじじいの顔面に入ったのは言うまでもない。

「なにをするんじゃ!」

「何してるんだよ、このじじいは!」

「自分から居場所を教える馬鹿がどこにいますか!」

「誰かおるのか聞いてきたから居留守を使っただけじゃ。わしはあれで毎年、えぬえっちけーの請求にくるじじいをやりこめておるんじゃぞ! 経験と統計に基づいた行動じゃ」

「なんだ、そうだったのかよ。NHKを追い返せる技なら安心だぜ…… って、そんなわけないだろうが!」

 もうバレたのなら仕方ない。俺と朱鞠は覚悟を決めて、闇に浮かぶ双眸を睨みつける。そうして次の動きを待つ。

 だが、そいつは襲いかかるでもなくそっぽを向いてしまった。

「なんじゃ〜、誰もおらんのか〜」

 意外に素直な奴だった。奴は哀愁を漂わせながらしょぼしょぼと来た道を引きもどし……

「と、見せかけて誰か〜、おらんか〜?」

 しかし、数歩でばっと振り返るのだった。だが、そんな見え見えなフェイントに引っかかる俺達ではない。すぐさま車の中へ転がり込んで誰もいないように装おう。

「だから誰もいないって〜」

「全くその通りです〜。誰もいませんよ〜」

「誰もおらんから、ビニ本よこせ〜」

「なんじゃ〜、やっぱり誰もおらんのか〜」

 残念そうにそういって、そいつは去ってゆく。今度こそやり過ごせたかと思えば、また別の危機が訪れる。

「こんなところで何をしてるんだ」

 声と共にいくつもの灯りが近づいてくる。今までの闇と違い、灯りに照らされるその姿は俺にもはっきりと見えた。それは松明を手にして二本足で歩く猿達であった。もっとも動物園などにいるような可愛げの残るものじゃない。野生の凶暴さよりも人間的な邪悪さを纏った妖猿だ。

 先頭にいたおっさんの顔をした猿は暗闇に浮かぶ双眸へと近づくと、灯りに照らされて双眸の主の姿ははっきりとする。それは中型犬ほどの大きさもある猫のような生き物だった。猫といいきれないのは、体つきは猫によく似ているがその頭がしかめっつらをした坊主頭の幼児だったからだ。

「お前が〜、おったか〜」

「何のことだ? そんなことより、アレは見つけたのか?」

「あ〜、あれな〜、あったぞ〜。あったぞ〜。そこにあったぞ〜」

 間延びしたなんともむかつく喋り方で、童顔山猫は瓦礫の中にある棺をくいっと顎で示す。猿たちはなにやらごそごそと話すと、次々に瓦礫に降りて棺を取り囲む。そうしてぐるぐると棺の周りを回れば、一匹の猿が棺に穴が開いていることに気付いて声をあげる。

 その途端に猿達は次々とヒステリックな叫びをあげはじめる。それを諌めるべき立場であろうおっさん猿と童顔山猫は、ただ青ざめて「お前のせいだ」「いいや〜、お前のせいだ〜」と半狂乱になって責任の擦り付け合いらしきものをしていた。

「中に入っているのに逃げられたから…… というには少し騒ぎすぎじゃね?」

「ふぉっ、ふぉっ、エロいものでも隠しておったのだろう。ちくしょうが! もっと早く気付いておれば、わしが先にぶべら!」

「だから静かにしなさいと言ってるでしょうが!」

 じいちゃんが騒ぎ出すより先に朱鞠の蹴りが顔面に入る。

「一本歯の下駄で思い切り蹴りまくるのはどうかと思うぞ」

「無事じゃないですか」

「ふぉっ、ふぉっ、若い頃にえすえむぷれーというのをしたくて鍛えておったからのう。このくらいじゃなんともないぞ」

「どういうプレーをしようとしてたんだ、このじじいは……」

 隠れる俺たちのいさかいにも気付かないほど、外の猿達はまだ狂騒のるつぼから抜け出せていなかった。むしろ、おっさん猿と童顔山猫の責任のなすりつけあいはどんどんとエスカレートして、それにあわせて子分の猿達も大騒ぎとなっていった。

「お前がさっさと見つけないからだ!」

「いいや〜、お前だ〜。鬼棺が〜、解き放たれた責任〜、どうとるつもりだ〜!」

 童顔山猫は口論がヒートアップして『鬼棺』という言葉を出した瞬間、猿達は凍りついたように静かになった。その張り詰めた空気で山猫も我に返ったようでばつが悪そうに黙り込んでしまう。

 そして、その『鬼棺』という言葉を聞いて驚愕を見せたのはこちらにもいた。

「鬼棺じゃと……? そうか、あのくそきったいない字に見覚えがあると思ったら、そういうことじゃったか!」

 『鬼棺』という名前を聞いたじいちゃんの顔は珍しく険しいものとなった。恐れを感じているのは猿達と同じ。だが、じいちゃんはそれ以上に激しい怒りを見せる。

「じいちゃん、知ってるのか?」

「……うむ、二度と起こらんと思っておった昔の話じゃがの。異国の連中が造ったものでの、連中は鬼を生み出す呪法などと言っておった。じゃが実際はただの命を弄ぶ外法邪法の類じゃて」

「……私もおじいに聞いたことがあります。確か、かなり古い呪法を真似て同じものを作ろうとしていたとかでしたね。もっとも失敗したために鬼棺なんて呼ばれたそうですが」

「って、ことは棺に収められていた鬼がいなくなったから慌ててるってわけか」

 棺の中に眠る鬼……。おそらくはそれが棺に書いてあった邪視なのだろう。ふと思い起こすのは山の中で感じた強烈な視線。あのおぞましいものが邪視のものとすれば、きっと俺たちの手に余るものだろう。

「やれやれ、毎度ながらじいちゃんに関わるとろくなことにならないぜ」

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、俺は光が漏れないように気をつけて携帯電話をぽちぽちといじる。あまり使ってないからメールを一行二行書くのも一苦労だ。

「きゅ? きゅ? なんですかそれ?」

 朱鞠は携帯電話に気づいて興味津々で覗き込んでくる。

「携帯電話だよ。さすがに手に負えない可能性もでてきたからさ、メールを送ったんだ」

「けーたいでんわ? めーる? よ、横文字ばかり使うとは都会者は卑怯です」

「いや携帯電話は日本語だろ。ほら、貸してやるから」

「お、おー……」

 メールも打ち終わったので朱鞠へ携帯電話を渡す。彼女はびくびくとおののきながら、しかし興味はあるようで珍しい玩具を貰った子供のように食い入るように見入っていた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。それくらいわしだって持っておるぞ。見よ、これがわしのまいましん『ぴーえっちえす』じゃ。なんとこの『ぴーえっちえす』を使うとなぜかわしの居場所がバレて地図まで表示してくれるんじゃと。残念ながら使い方はわからんがのう」

 そういってじじいは懐からポケベルを取り出すのだった。サービス終了してるかと思ったが『564219』と受信して表示しているあたり動いているようだ。

「つか、それPHSじゃないし、じいちゃんの言いたいのはGPSだろうが! そもそも使い方分からないくせにそんな機能付きもってどうするんだよ」

「な、なんじゃと?! PTAのババアどもはこれが『ぴーえっちえす』と言っておったのに……。ぴーとか、えっちとか、えすとかエロい想像掻き立てられて思わず大根五本と交換してしまったわ」

「物々交換かよ。価値も微妙すぎるだろ」

 そんな携帯電話談義を行なっている間に、外の猿達は何か話しがまとまったようだ。童顔山猫と半分くらいの猿は松明を消して四方へ散ってゆく。棺の中にいた奴を探しにいったのだろう。

 残った猿は棺を運び出し、空の土台に乗せる。そして、おっさん猿が先導して、その後を手下らしい猿達が二つの棺を運んで緩やかな坂道を登ってゆく。

「気付かれないように後をつけるぞ」

「きゅ? な、なにもいじってませんよ?! ぺこぺこしてる部分おしたら見た目が変わったのは私のせいじゃありませんよ?!」

 彼女は俺の携帯電話を後ろに隠して、思い切り焦っていた。既に護法剣とか猿とか鬼棺とか頭になさそうだった。

「それは後でいいから猿を追うぞ。あいつらの後を追えば、護法剣の隠し場所とか鬼棺を集めている理由とか分かるかも知れないからな」

「きゅー…… あ、元の見た目に戻った!」

「わしのは暗闇だとよく見えんのう……。老眼のせいか?」

 朱鞠もじじいも携帯電話とポケベルに熱中したままだ。仕方なく、俺は二人の襟首を掴んで引きずってゆく。

「いいからいくぞ!」

「きゅー……」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」

 猿達は緩やかな獣道をゆっくりと登ってゆく。棺を担いでは急な坂道も登れないし、素早い移動も無理、更に松明の灯りのおかげもあって離れても居場所は分かるので後をつけるのに大した苦労はなかった。

 せいぜい苦労したことといえば、猿達に気付かれないようにランプの灯りを弱めにしたせいで足元が覚束なかったことと、朱鞠とじいちゃんが携帯電話に熱中して木にぶつかったりするくらいである。

 そろそろ山頂が見えるくらいまで登ったところで、行列とは別に明るい場所が見えてきた。猿の行列はそこへと向かっているようだ。近づくほどに光は強くなり、ランプなしでもその場所へと向かうことができた。

 そこは体育館くらいの大きさの開けた場所だ。等間隔に大きな松明が置かれ、煌々と辺りを照らす。その中心には立てばニメートルを超えそうな真っ白な毛並みの年老いた狒々が鎮座していた。その周囲に座るのはおっさん猿を筆頭とした百匹近くの猿たちと、この山には不釣り合いなライダースーツの集団。

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