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創作ストーリー『流転恐怖』コミュの流転恐怖 第三十九話『猿夢』

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『まもなく、電車が来ます。白線の内側でお待ちください〜』

 薄ら寒い駅のホームに、ザザッ…… と雑音と共に胡散臭いダミ声のアナウンスが入った。

 周りに人は見当たらず、左右を見渡しても階段も売店も自販機すらもない、だだっ広いホームが延々と続いているだけ。まるで電車に乗ることだけを目的に作られた、一切の無駄を省いたような場所だ。

 そんな寂しい場所で一人、ソアラは電車の到着を待っていた。

 よくよく考えれば、ここがどこなのかすらも分からないし、なぜ電車を待っているのかも理由も思い出せない。ただ、なんとなく電車の到着を待っていた。考えなしの生き方をしているメリーさんや、何を考えているかもわからないメルなら、そんなこともあるかも知れないがソアラ本人としてはあまりにおかしなことだと気づく。多分、これは現実ではない。

 「夢……ね」

 ソアラはぽつりと誰にでもなく呟いてから、あたりを見回す。駅の外はススキ野原が駅のホームと同様に延々と広がっているだけで、それ以外に家も車も見当たらない。彼女の本体である車も、そこには存在しなかった。車から離れることのできない彼女にとっては起こるはずのないことであり、それはここが現実でないことを確証づけているようであった。

 「夢とはいえ、車から開放されるのは悪く無いわね」

 そう言って、肩や首をコキコキと音をさせて回して体をほぐす。夢の中だから身体的なものは意味はないのだろうけど、本当に体を動かしているかのような感覚があった。ぼんやりとしていた意識も、これが夢と理解してから、次第にはっきりとしたものに変わってゆく。

 ほどなくして電車がホームにやってくる。電車の見た目は綺麗で割と新しそうだ。窓越しに見える車内は新幹線のように全て前向きになっており、まばらに人の姿が見える。気のせいか、その誰もがお通夜のように暗く項垂れている。

 「辛気臭い夢ね……」

 電車はスピードを落として停止して扉が開く。左右を見渡しても降りてくる乗客はいなかった。

 このまま、こんな何も無い場所で待ち続けるよりはマシと思い、ソアラは電車へと踏み入れようとしたときだ。再び、電車のアナウンスが入る。

 『この電車に乗るとあなたは恐い目に遇いますよ〜。それでもいいなら、どうぞご乗車ください〜』

 機械的ながら、どこか嘲笑じみたものが含まれたアナウンスは、ソアラを軽く苛立たせる。

 「馬鹿みたいなアナウンスね。別に乗っても乗らなくても、どっちでもよかったけど」

 ソアラはそう言うと、無遠慮に電車の中に押し入る。

 「入ってあげるわ。まあ怖いっていったって夢だし、大したことないでしょうけどね」

 脅かしに屈するような性格でもなく、むしろムキになる。彼女はそんな性格だった。

 中はやはり新幹線のような前向きの座席が、ずらりと並んでいた。座席には老若男女問わずおり、各列に一人が座っている。座席はどこも空いてるし、知り合いでもない限り同席もないだろう。逆にいえば、ここにいるのは誰も互いに知り合いではないといったところか。

 窓から見たのと同じように誰もが下を向いていたため、きちんと確認したわけじゃないが、ソアラの見知った顔はなさそうだった。

 『ドアが閉まりま〜す』

 アナウンスが入り、扉が閉まる。ソアラは電車が動きだすのを察して、慌てて前の方の開いてる席へと座った。すぐに電車は動き出し、窓の外の景色が動き始める。意外にもどこまでも続いていると思われたホームはすぐに端に到達し、あとはどこまでも続くススキ野原が続いた。

 走りだしてから数分でススキ野原は終わり、今度はどこまでも続く海辺へと姿を変える。今のところ、単調な景色が続くだけでアナウンスであった怖い思いなんてものは何もなかった。せいぜい乗客達が一様に俯いて気味が悪いということだけだ。

 『毎度、ご乗車ありがとうございま〜す』

 今までとは打って変わって軽やかなダミ声が響き渡る。先程までの年をとった男性のものではなく、若い女の子のものに変わっていた。車内放送だから車掌がアナウンスをやっているのだろうが、電車の中の辛気臭さとは逆に明るく楽しそうな声である。

 ソアラはあまりに場違いに明るいダミ声に「これのどこが怖い思いをするのよ」などと小馬鹿にした笑みをこぼす。まあ、夢に常識なんてものを求めても仕方ないのだが。

 アナウンスは変わらず可愛らしいダミ声で次の駅名らしきものを告げる。

 『次は〜、破裂〜、破裂〜。お亡くなりの際はお忘れ物のないよう、お気をつけ下さい〜』

 「次は破裂ねぇ…… って、破裂? 何、そのネーミング。それにお亡くなりの際って……。遊園地の悪趣味なお化け屋敷みたいね」

 そこで電車に乗るときに聞こえたアナウンスを思い起こす。この電車にのると怖い思いをする…… ならば、これから怖いことが起こるというのだろうか? そんなことを考えて、小さく身震いをする。

 「まさか、そんなことあるわけないじゃない」

 ソアラはそんなことを呟いて、むすっとした表情で黙りこむ。所詮、これは夢だ。嫌なら目を覚ませばいい。そう自分に言い聞かせて、でも彼女はここで目覚めたら怖くて逃げたようで気に入らないと何かが起きるまでは残ることにした。

 「ぎゃぁー!」

 かなり後ろの方から悲鳴が響いてきた。ソアラは驚いて、何が起きたのかと座席から後ろを覗き見る。

 異変はすぐにみつかった。一番後ろに座るサラリーマン風の男が人の頭ほどの大きさしかない小さな猿達の手によって、座席に縛り付けられていた。男は声にならない声で喚き、もがいているが、かなり固く縛られているようでまともに身動きできないようだった。

 この騒ぎになっても他の乗客たちはずっと下を俯いたままだ。これは怖いというより、酷く不気味である。

 「見ないほうがいい……」

 「え?」

 異様な情景に眉をひそめるソアラに、一列後ろに座っていた眼鏡の男が声をかける。少しやせ気味の体に、くたびれた感じの黒い背広を着ていたため、まだ若そうなのに疲れた中年を思わせる。彼は話しかけておきながら、俯いたまま顔をあげようとはしなかった。

 「なによ、人と話すときは顔くらいあげたら?」

 「……悪いことは言わない。君も自分の番がくるまで何も見ないで、早く目覚めるようにするんだ」

 「自分の番?」

 『え〜、お待たせいたしました〜、破裂〜、破裂〜』

 いつの間に来たのか、マイクを片手に車掌の服装をした少女が縛り上げられた男の隣に立っていた。帽子を目深に被っているため、どんな顔をしてるのかは分かりづらいが、その口元だけはとても楽しそうな、無邪気な笑みを見せていた。

 「や、やめてくれー! 覚めろ! 覚めろ! なんで目が覚めないんだよぉ!」

 『他のお客様の迷惑になるので、お静かにお願いします〜』

 車掌はそう言って、縛られた男の口に大きな漏斗をはめ込む。男は一層暴れるが、喋りにくいらしくまともに叫び声をあげることはなくなった。

 「じゃあ、どんどんお願いしま〜す」

 「了解ですじゃ」

 車掌が指示を出すと、小さな猿達は漏斗へと小さな黒い欠片を入れ始める。どうやら、漏斗は男を黙らせるためではなく、あの黒い欠片を飲み込ませるためのものらしい。

 「なにやってるの、あれ……」

 「ふふふっ、何をやってるか…… ですか〜?」

 走行中ゆえに騒音も激しいというのに、車掌はソアラの呟きに反応する。普通なら聞こえるわけもない小さな呟きであったにも関わらずにである。ソアラは思わず両手で口を塞ぎ、何も喋らないようにして車掌を睨みつける。

 「怖がる必要はありませんよ〜。まだお客さんの番じゃありませんからね〜」

 車掌は可愛らしい声をわざわざアナウンス同様のダミ声にして、間延びした口調で答える。

 「このお客さんには〜、乾燥ワカメを食べてもらっているのですよ〜」

 「乾燥ワカメ?」

 「これをお腹いっぱいに食べさせてから〜、水を飲ませるのですよ〜。そしたらお腹の中のワカメが何十倍にも膨れ上がって〜、このお客さんは破裂してしまうんですよ〜」

 車掌は両手を一気に広げて、弾ける様子をジェスチャーしてみせる。それを見ていた猿達は乾燥ワカメを流しこむ手が止まって、ガクガクと震え始める。

 「ひいぃっ! な、なんと恐ろしい殺し方じゃ」

 「さすがは猿夢の車掌ですぅ。残酷すぎて言葉もでないですぅ」

 「ほ、ほんま車掌はんの処刑は一味も二味も違いますなぁ」

 猿達は誰も彼も恐ろしい恐ろしいと口にして、恐れおののいていた。

 「いや、乾燥ワカメって…… それ都市伝説じゃないの?」

 例え乾燥ワカメを大量に飲み込ませ水で膨張させたとしても、胃の中のもの逆流させて破裂にはいたらない。もっとも逆流したものが喉に詰まれば窒息して死ぬ可能性はあるので危険なことに変わりはないのだが。

 恐れおののく猿達とは違って、ソアラは呆れた様子で返した。少なくとも怖いと思っているようには見えなかった。

 「じゃあ、吐き気止めも飲ませておいてください〜」

 「ひいぃっ! 決して破裂させることを諦めないおつもりじゃ。なんと恐ろしいお方だ……」

 「さすがは猿夢の車掌ですぅ。残酷すぎて言葉もでないですぅ」

 「しゃ、車掌はん…… あんた、ほんまに恐ろしいお人…… いや都市伝説や」

 「って、そんなんでどうにかなるわけないでしょうが! って、なんで私が殺害のアドバイスしなくちゃならないのよ!」

 車掌と猿達のやりとりに、ソアラは思わずツッコミをいれてしまうのだった。

 「大変でっせ、車掌はん! 乾燥わかめがもうありまへんがな」

 猿の一匹が慌てて空になった袋を振ってみせる。どうやら必要量を用意してなかったようだ。しかし、それでも慌てず騒がず、車掌は冷静に別の案を即座にひねり出した。

 「じゃあ、乾燥しじみでも飲ませておいてください〜。あれはおいしいのです〜」

 「いや、乾燥しじみってそんなに増えないし! それにおいしいとか関係ないんじゃないの?!」

 臨機応変に対応する車掌に対しても、ソアラは即座に反応してツッコミを決める。もっとも、車掌以外はソアラの声が聞こえてないだけかも知れないが、ツッコミなど無視して取り巻きの猿達は真剣に恐れの声をあげるだけだった。

 「ひいぃっ! ワカメだけじゃ飽き足らず乾燥しじみまでもお使いになるなんて、なんと恐ろしいお方じゃ……」

 「さすがは猿夢の車掌ですぅ。残酷すぎて言葉もでないですぅ」

 「しゃ、車掌はん…… あんたって人はどれだけ底が読めないんや!」

 『それじゃあ、アルバイトの皆さんは乾燥シジミを飲み込ませる作業をお願いします〜。電車に遅延を発生させるわけにはいかないので〜、私は次へ行きます〜』

 車掌は猿達に乗客を破裂させる作業を指示して、自分は次の乗客へと向かう。

 「なんなのよ、ここ」

 「……ここは猿夢。乗客が次々に殺されてゆく電車だ」

 そう答えたのは車掌ではなく、後ろに座る青年だった。今度はきちんと頭を上げる。その顔は見覚えのあるものだった。

 「って、あなたGOROさん?」

 その風貌といい、その印象の薄さといい、そのヘタレっぽさといい、間違いなく何の間違いか心霊四天王の一人に数えられているGOROであった。名を呼ばれて、GOROもまたソアラのことに気付いたようだ。すぐに驚きの声をあげる。

 「君は…… 確か、都市伝説『影薄ソアラ』のソアラ君じゃないか! まだ出番があったんだね!」

 「って、誰が影薄ソアラよ! 首ちょんよ、首ちょんソアラ! あとさりげなく縁起でもないこと言わないでよ!」

 「あー、ごめんごめん。今回が最後の出番だったんだね。まさか、車の都市伝説が猿夢の被害者でENDになるなんて、まるで車と電車の力関係を物語っているみたいで皮肉だね」

 「だから、そういう話じゃないでしょうが! それより、さっきから言ってる猿夢ってなんなのよ?」

 「都市伝説『猿夢』……。電車に乗り込んだものを様々な方法で残酷に殺害してゆく悪夢だ。夢の中だというのに五感はとてもリアルで、夢の中で殺されたものは現実でもショック死してしまうんじゃないかと言われている」

 「言われているって…… はっきりしないわね」

 「仕方ないよ。自分が殺されるところまで見たという人はいないんだ。可能性は二つ、単に誰も見てないか、見たものは死んだか……」

 今まではたかが夢と高を括っていたソアラだが、GOROの話に背筋がゾっと冷たくなるのを感じた。

 ソアラは自分の手をグーパーと閉じたり開いたりしたり、頬をつねってみたりする。そのどれも感触は鮮明で痛みもある。都市伝説であるソアラに普通の物理攻撃は通じないが、相手も都市伝説となれば話は別だ。都市伝説同士ならダメージを与えることはできるのだから。

 「で、でも…… 助かる方法とかあるでしょ? あんたもそんなに詳しいのにわざわざ乗っているんだから」

 「あるとすれば、自分の順番が来るまでに目を覚ますことだけさ。それだって一時凌ぎにしかならない。眠るたびに猿夢はやってくるからね」

 GOROの口調は悲愴なもので、助からないことに現実味を帯びさせるようだった。

 「なんで…… なんで、そこまで分かってるのにあんたはこんな電車に乗ってるのよ」

 「そんなの決まってるじゃないか」

 そう言ってGOROはため息混じりに自嘲の笑みを浮かべる。

 「ソアラ君と同じで出番が欲しかったからだよ!」

 「わ、私は別にそんなの気にしてないわよ! 一緒にしないで! でも、本当に助かる方法を知らないの?」

 「今となっては、せめて脱出の方法を考えてから乗り込むべきだったなぁ、としか言えないね」

 「だから、なんで衝動で乗り込んでるのよ!」

 「いや、だってさぁ……」

 『次は煮込み〜、煮込み〜』

 「ぎゃぁーっ!」

 GOROと無駄な問答をしている間に、すでに車掌はGOROの後ろにまで来ていた。

 『煮込み』といわれた乗客は、やはり座席にベルトで固定され、更に今回は座席の周りを板で囲んで水を張っていた。簡易的な特大鍋といったところだろうか。猿達は鍋の周囲をバーナーで熱して、中のお湯を四十二度程度に保っていた。

 「これで三日も煮込めば〜、どろどろの人間シチューの出来上がり〜、出来上がり〜」

 「ひいぃっ! 生かさず殺さずで三日も煮込むなんて、なんと恐ろしいお方じゃ……」

 「さすがは猿夢の車掌ですぅ。残酷すぎて言葉もでないですぅ」

 「さすがは車掌はんや。恐怖を与えながら殺すことに手間暇おしまへんなぁ。ほんま恐ろしいもんや」

 ある意味、狂ってるのは確かだろう。ただ、狂ってる方向性が馬鹿馬鹿しいという意味だが……。

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